ある街に、少し大きな養護施設があった。そこには赤ちゃんから高校生まで、何らかの事情で親と暮らせなくなった子供たちが暮らしていた。

「なあ…」
「何よ。どうかした?」
「何かの予感がする。」
「…また?」

 ここにいる兄妹も、その一人だった。兄は9歳の怜央(れお)、妹は8歳の京華(きょうか)という。幼い頃からここに預けられ、親が迎えに来るめどは一切経っていないという。昔から施設の年上を見て育ったためか、2人とも年齢にしては少しばかり大人びている。

「まあ、あくまで俺の予想だがな。」
「お兄の予想なんて、そんなに当たったことなんかないでしょ。」

ただ、この日の怜央の予感に狂いはなかったようだ。

「すみません、ここって里親募集はしていますか?」
((金持ちそうな人間だ…))

 施設の大人と話している若い女性は、見るからに金持ちそうだった。紺色のテーラードジャケットに、灰色のタイトスカート。ここまでだったら一般人に見えないこともないが、その女性が履いているキトゥンヒールはそこらの店では売っていなさそうなほどの上質さ、身に着けているペンダントもただものではない光具合、極めつけにはブランド物のバッグ。誰が見ても『金持ち』そのものだった。

「そうですか、ありがとうございます。」

 その女性は怜央と京華に近づいた。

「初めまして。私は桜葉(さくらば)胡々乃(ここの)といいます。あなた達がこっちを見ていて、私も少しお話したくなっちゃって。迷惑じゃないかしら…?」
「いえ、別に迷惑なんかじゃ…」
「そう?なら良かった。」

 胡々乃はとても優しい笑顔だった。

「そういえば、俺たちに何かご用があって…?」
「あ、そうね…こんな話をするのもあれなんだけど…私、子供を産めない体質で、今はそれを理解してもらえる旦那さんと過ごしているの。でも、人生で1回は子育てとかしてみたかったのと、誰かの親としていたかったのと…色んな感情があるのよね。」

 胡々乃の思い、それは決して軽いものではなかった。

「何かあったら、ここに連絡してきて。いつでも会いに来るから。」

 そう言って2人に渡したのは…

「「名刺…?」」
「そうよ。自分でデザインしてみたの。世界に1つしかないデザインって、なんだか心がすごく動かされるのよね…じゃあ、また会いに来ますね。」

「お兄、えーと、桜葉さん…だっけ?結局何だったのかな…」
「さあ。もしかして、俺たちのことを引き取る…とか?」

 夜、怜央と京華は消灯時間を過ぎても寝ず、話をしていた。

「もし引き取られたらどうなるの?」
「んー…桜葉さんたちの子供になるんじゃないか?多分、養子縁組でだろうけど。」
「事実上、家族になるってこと?」
「まあ、そうだな。」
「ふーん。」
「もういいだろ、もうお前は寝ろ。」
「はーい、おやすみ。」



 次の日も、その次の日も、2人の前に胡々乃がやって来た。

「あ、胡々乃さんだー!」
「あら、京華ちゃん。今日も遊びに来ちゃった!」
「お兄!胡々乃さん来たよ!」
「あ、こんにちは。」

 気づけば、3人は本物の家族のように毎日を過ごしていた。

「桜葉さん、少しお話してもよろしいでしょうか?」
「ええ、分かりました。2人とも、待っておいてね。」

「養子…良いんですか?」
「はい。2人も桜葉さんとうまくやって行けそうですし、何よりも桜葉さんといるときの2人の表情がとても良いんですよ。」

胡々乃は、施設長である永崎(ながさき)美空(みく)と話をしていた。

「でも、夫には時間の都合で会わせたことがなくて…」
「だから、1週間程お試し期間ということで、2人を桜葉さんのお宅に預けるということはいかがでしょうか?そしたら旦那様にも会えるのでは?」
「ですけど、怜央くんにも京華ちゃんにも迷惑じゃ…」

 美空は朗らかな笑顔で笑った。

「大丈夫ですよ。私も昔は色々あって、本当の家族とは過ごしていませんでした。けど、育ててくれた家族のことは本当に大好きで、感謝でしかありません。今は結婚して生活も変わってしまったけれど、ここまで育ててくれて本当に嬉しかったんです。」
「…分かりました。怜央くんと京華ちゃんに話してみます。」
「はい。その前に、少しばかり手続きをさせてもらいますね。それに、特別養子縁組をするのであれば仮期間なども大幅に伸びますので、その辺りの注意もお願いしますね。今は2人が桜葉さんのお宅にお泊りをするような感じですかね。」
「分かりました…ありがとうございます。」

 そして、最後に美空はこう言った。

「素敵な未来を願っています…!」

「あの、敬介(けいすけ)さん…私、やっぱりあの子達と暮らしたいんです。」
「…そっか。胡々乃が一緒に暮らしたいって思ったなら、それでいいよ。僕たちが親になるのか…実感が湧かないや。」
「そうですね…何か新しい服なども買ってあげた方がいいのかしら…?」

 胡々乃は家に帰るなり、夫の桜葉敬介に話を持ち掛けた。

「部屋は空いているところが2つあるから、そこに1つずつ天蓋付きのベッドでも設置しようか。服は本人が来たら寸法を測りに行こう。家具も一級品を…」
「敬介さん…流石にそれは気が早いですよ…」
「いいじゃないか。少しぐらいは用意しておかないと。」