浜松インターで降りて、浜松駅へと向かった。
 落ち合ったのはアクトシティ浜松。ホテルオークラが入っている背の高いビルだという事で、前もって調べたが現地に来てもわかりやすかった。とりあえず、駐車場に停めなければいけない。
 新幹線で来れば色々と楽だったことはわかっている。
 しかし、私は新幹線と飛行機が文字通り死ぬほど苦手だった。
 子どもっぽすぎると笑われて以来誰にも話さなくなったが、ホームと新幹線との隙間が本当に嫌いなのだ。
 一度落ちかけたのも理由かもしれない。母と手を繋いでいなければ、あの隙間に吸い込まれていた。
 というか、実際左足の靴を落とす羽目になったのだ。苦手にならない方が無理だ。飛行機はもっと単純な理由だった。あんな鉄の塊が飛ぶなんてありえない。絶対に嫌だ。だからどこへ行くにも車だった。
 兎にも角にも、駐車場を探す。駅近にはさすがにたくさんあった。時間毎の価格の低さに驚きながら、私は一時間二百円というパーキングに停めた。
 歩いてアクトシティ浜松へ向かう。
 それまでの間、これから会う約束をしている人物について紗和と話した時のことを思い出していた。





「中学生?」

 思わず声がひっくり返った。電話の向こうで紗和が頷く。

『ええ。中学二年生の男の子です。今時珍しくもないでしょう。インスタにも中高生はあふれてますよ』
「そうかもしれませんけど……」

 私が驚いたのは、何をどうしてその中学生と紗和がSNS上で繋がったのかだ。

 彼女が使用していたアカウントは、恋人との性生活含めて赤裸々に綴っているものと、母親や仕事についての毒を吐くものだ。
 趣味について楽しく語っていたのならともかく、どう考えてもきっかけが思い浮かばない。
 そう訊ねると、逆に驚かれた。

『芳野さん。本気で言ってます? 中学生の男子ですよ?』

 紗和は鼻で笑う。

『興味津々なお年頃じゃないですか。セックスの話なんて、ねえ? ネタに使うでしょ』

 何に使ってるかまでは言いませんけど、と乾いた笑いまじりに続けたと思ったら、彼女はため息をついた。

『まぁ、まさか本名だとは思いませんでしたけど』
「本名?」

今しがた教えてもらったアカウント名のメモを見返す。『大前大翔(おおさきひろと)』と書かれたそれをもう一度確認してから、聞き返した。

「本名なんですか? この子」
『ええ。読み方を本来の「おおさき」じゃなくて「おおまえ」にしてるみたいですけど、漢字だから意味ないですよね』
「……本名で、その、紗和さんをフォローしてたんですか?」

 本名丸出しで赤裸々なアカウントをフォローするというのは、あまりに考えなしじゃないだろうか、恥ずかしいという気持ちはないのだろうか。
 私の言いたいことを見透かしたのだろう。紗和は電話の向こうで首を振った。

『いいえ。リストに入れて見てくれてたみたいです』

 なるほど。それならまだわかる。彼女は続けた。

『ただそのリストも鍵かけてないので、もし他の人にチェックされたら一発なんですけど。だからまだ甘いですね』

 小さな咳払いをして、紗和は言う。

『まぁ鍵じゃなかったおかげで、大翔くんのリストに入ったことが分かったんです。私、どんな人が見てくれてるんだろうって暇な時にそっちに飛んでタイムライン見たりするんですよ。そしたら』

 ──紗和と同じように、大翔も何かを感じていると気付いたという。
 彼女にアカウントを教えてもらった後、すぐにダイレクトメールを送った。返信は早かった。
 テスト期間中ということで暇だと言う。何度かやり取りを交わした。今時すぎるというわけでも、言い方は悪いが芋っぽすぎるわけでもなく、ごくごく普通の中学生という印象だった。
 普段の大翔はサッカーチームでの活動が忙しいらしく、平日の放課後や休日もほとんどそちらに費やしているらしい。
 テスト期間中の今は親の言いつけで練習への参加を控えているという。
 そして、塾へ行く前の二時間ならという条件で会う約束を取り付けたのだった。
 私が指定したのは、ホテル内のカフェ。中学生には敷居が高いだろうが、ファストフード店ではなくできるだけ静かに話がしたかった。
 待ってから三十分ほど経っただろうか。ひとりの男の子が現れた。
 ダイレクトメールで確認してから、彼に向かって手を振る。どこか気まずそうに軽く頭を下げ、大翔は私の前に座った。
 好きだというジンジャエールを注文してから、話を切り出す。

「芳野です。来てくれてありがとう」
「……いえ」
「塾があるんだよね。大変だね」
「……いえ。ちゃんとやらないとサッカー辞めさせられるんで」

 陽に焼けた肌に、もみあげ部分を刈り込んだ短髪。
 時折私と視線を合わせようとする瞳は綺麗な切れ長で、文字だけでやり取りしていた印象よりもずっと──失礼とはわかっているが──モテそうな男の子だった。

「そう。偉いのね」
「……いや」
「塾に遅らせるわけにはいかないから、単刀直入に聞くけど」

 その時、大翔の視線が横に揺れた。
 まるで肩でも叩かれたような、何かに反応した動きだった。私は気づかないふりをして続ける。

「……何かがいるって感じることがあるの?」

 少し遅れて、大翔が頷く。

「それはどんな時?」

 ジンジャエールが運ばれてくる。店員に会釈をして受け取った大翔は礼儀を知っていることが見て取れた。
 それなのにこの子は本名のままSNSに登録している。
 アンバランスな感覚を持つ中学生を前に、私は両手を組んで彼の答えを待った。

「……パソコンっすかね」

 そして大翔は、話を始めた。