三
「映画? 買い物?」
柊矢が前方を見たまま眉を顰めた。
帰りの車の中だった。
「清美があの人と付き合えるようになるまででいいんです。付き合い始めたら二人だけで会うようになるはずですから」
小夜が懇願するように言った。
「あいつはお前の方に気があったようだが?」
「でも、お互い全然知らない相手ですし、一緒にいるうちに清美の方を好きになるかもしれないですから」
柊矢は考え込んだ。
確かに、小夜をぱっと見て気に入ったんだとしても清美の方が気が合うとなれば彼女の方を選ぶ可能性はある。
清美だって可愛い顔をしているのだ。
小夜は性格的に男に合わせるなんて無理だろうが清美の方は相手の好みに合わせるタイプに見える。
狙ってる相手ならば尚のこと。
問題は……。
「買い物は店を限定してなら。勿論、送り迎えは俺がする。映画はダメだ。暗いところで襲われたら防ぎようがないからな」
「分かりました」
予想通りの答えだったので小夜は頷いた。
小夜はふと思いついて、
「柊矢さんと二人でも映画はダメですか?」
と聞いてみた。
「ホラーならいいぞ」
柊矢が意地悪な笑みで言う。
「遠慮しておきます」
「今回のことが決着するまではDVDで我慢してくれ」
「はい」
それほど映画が好きなわけではない小夜は素直に返事をした。
「買い物していくか?」
そろそろ大久保通りに近くなった。
買い物をするかどうかで右に曲がるか真っ直ぐか変わってくる。
「何か食べたいものありますか? 昨日は楸矢さんの好きなもの作りましたから、今日は柊矢さんの好きなもの作りますよ」
柊矢はちょっと考えてから大久保通りを右折した。
「買い物なんだけどさ、丁度今、原宿のお店でセールやってるよ」
「え! 行きたい!」
そう答えてから、
「あ、でも、女の子の服の買い物なんて、宗二さんは嫌じゃないかな」
と小夜が言うと、
「じゃ、聞いてみる」
清美はいそいそとスマホを取りだして教室から出ていった。
宗二に電話する口実が出来たのが嬉しいらしい。
清美と宗二さんが上手くいくといいけど。
でも、そうなったら私とはあんまり一緒にいられなくなっちゃうかな。
清美に念願の彼氏が出来るのは嬉しいが、ちょっぴり寂しい気もした。
「OKだって」
清美が帰ってきて言った。
「じゃ、服買いに行こうか。あ……」
「どうしたの?」
「なんでもない」
宗二に、柊矢の誕生日プレゼントの相談に乗ってもらおうかと思ったのだが清美と上手くいくまではあまり積極的に話さない方がいいだろう。
「じゃ、今度の日曜日にね」
清美が言った。
日曜日、小夜は清美、宗二の二人とともに原宿の店に来ていた。
「こっちは?」
「え? こっちの方が良くない?」
限られた予算でベストの選択をするには商品を厳選しなければならない。
自然とあっちをあわせてみたり、こっちをあわせてみたり、となってしまう。
店内は小夜と同い年くらいの女の子で溢れていた。
「このスカートと合わせるならこのブラウスだよね。でも、あのベストと合わせるならあっちのブラウスの方が……」
「でも、そうするとスカートが……」
服選びに夢中の二人に宗二は完全に置いてけぼりを食った。
宗二の方も、とても口を出せる雰囲気ではないと悟ったのか、店の外でスマホをいじっていた。
清美も今だけは宗二を綺麗に忘れていた。
「やっぱり。向こうの方がいいかなぁ」
「それよりこっちの方がいいんじゃない?」
「小夜、あっちにしなよ。あたし、そっちにする。で、着たいときに貸しっこしようよ」
「いいよ。じゃ、次、隣の店行こうか」
「うん」
二人がレジをすませて店を出ると宗二は壁にもたれていた。
「マズっ! 宗二さん、すみませんでした」
清美が慌てて頭を下げた。
小夜も一緒に頭を下げる。
お互い横目で、今日は他の店は無理だねと確認し合った。
「構わないよ。気に入ったの買えた?」
そう言った宗二の顔は引き攣っていた。
「はい。宗二さん、疲れたんじゃないですか?」
清美が宗二を気遣うように言った。
「君達の方が疲れたでしょ。そろそろお茶でも……」
宗二がそう言いかけたとき、人混みの向こうに柊矢の姿が見えた。
「柊矢さん」
小夜が真っ直ぐに柊矢の方に駆けていく。
小夜が目の前に立つと柊矢が小夜の荷物を持った。
「あの人、ホントにただの後見人?」
そうは見えない、と言いたげな口調で宗二が訊ねた。
「本人はそう言ってますけど」
清美も今の小夜を見て自信がなくなった。
あれはどう見ても恋人に駆け寄っていくときの表情だったし、小夜の荷物を当然のように持った柊矢も後見している子供を見る目ではなかった。
「清美、ゴメン、もう帰らないと。宗二さん、今日はすみませんでした」
小夜は戻ってきて二人に頭を下げると柊矢の元に走っていった。
「買い物は済んだのか?」
柊矢は小夜の肩を抱きながら訊ねた。
「それが……」
小夜が事情を話した。
「その店は今度にしろ。今日は別の店に行く」
「え? 行くって、どういうことですか?」
柊矢に連れて行かれたのは新宿のデパートに入っている店だった。
大人っぽさの中にも可愛らしさがあるデザインの服が置いてある。
「きれい……」
そう言いながら値札を見て慌てて手を引っ込めた。
「まずはこれだな」
柊矢が桜色のブレザーを選んだ。
「試着してこい」
柊矢は有無を言わせず小夜を店員に引き渡した。
小夜が店員に案内されて試着室へ入る。
「良くお似合いですよ」
「サイズもぴったりみたいだな」
「柊矢さん……」
柊矢は言いかけた小夜を遮って服を渡すとまた試着室へ押し込んだ。
全部すむと柊矢はレジで金を払って荷物を受け取った。
「と、柊矢さん、私、こんな高いの……」
「値段は気にするな」
「気にします」
「お前の後見人として、ちゃんとした服も必要だと思っただけだ」
「でも……」
「じゃ、身体で払うか?」
「柊矢さん、それ本気で言ってたら怒りますよ」
「冗談ならいいのか?」
「冗談でもダメです」
「とにかく気にするな」
柊矢はそれで話は終わり、と言う表情で歩き出した。
「映画? 買い物?」
柊矢が前方を見たまま眉を顰めた。
帰りの車の中だった。
「清美があの人と付き合えるようになるまででいいんです。付き合い始めたら二人だけで会うようになるはずですから」
小夜が懇願するように言った。
「あいつはお前の方に気があったようだが?」
「でも、お互い全然知らない相手ですし、一緒にいるうちに清美の方を好きになるかもしれないですから」
柊矢は考え込んだ。
確かに、小夜をぱっと見て気に入ったんだとしても清美の方が気が合うとなれば彼女の方を選ぶ可能性はある。
清美だって可愛い顔をしているのだ。
小夜は性格的に男に合わせるなんて無理だろうが清美の方は相手の好みに合わせるタイプに見える。
狙ってる相手ならば尚のこと。
問題は……。
「買い物は店を限定してなら。勿論、送り迎えは俺がする。映画はダメだ。暗いところで襲われたら防ぎようがないからな」
「分かりました」
予想通りの答えだったので小夜は頷いた。
小夜はふと思いついて、
「柊矢さんと二人でも映画はダメですか?」
と聞いてみた。
「ホラーならいいぞ」
柊矢が意地悪な笑みで言う。
「遠慮しておきます」
「今回のことが決着するまではDVDで我慢してくれ」
「はい」
それほど映画が好きなわけではない小夜は素直に返事をした。
「買い物していくか?」
そろそろ大久保通りに近くなった。
買い物をするかどうかで右に曲がるか真っ直ぐか変わってくる。
「何か食べたいものありますか? 昨日は楸矢さんの好きなもの作りましたから、今日は柊矢さんの好きなもの作りますよ」
柊矢はちょっと考えてから大久保通りを右折した。
「買い物なんだけどさ、丁度今、原宿のお店でセールやってるよ」
「え! 行きたい!」
そう答えてから、
「あ、でも、女の子の服の買い物なんて、宗二さんは嫌じゃないかな」
と小夜が言うと、
「じゃ、聞いてみる」
清美はいそいそとスマホを取りだして教室から出ていった。
宗二に電話する口実が出来たのが嬉しいらしい。
清美と宗二さんが上手くいくといいけど。
でも、そうなったら私とはあんまり一緒にいられなくなっちゃうかな。
清美に念願の彼氏が出来るのは嬉しいが、ちょっぴり寂しい気もした。
「OKだって」
清美が帰ってきて言った。
「じゃ、服買いに行こうか。あ……」
「どうしたの?」
「なんでもない」
宗二に、柊矢の誕生日プレゼントの相談に乗ってもらおうかと思ったのだが清美と上手くいくまではあまり積極的に話さない方がいいだろう。
「じゃ、今度の日曜日にね」
清美が言った。
日曜日、小夜は清美、宗二の二人とともに原宿の店に来ていた。
「こっちは?」
「え? こっちの方が良くない?」
限られた予算でベストの選択をするには商品を厳選しなければならない。
自然とあっちをあわせてみたり、こっちをあわせてみたり、となってしまう。
店内は小夜と同い年くらいの女の子で溢れていた。
「このスカートと合わせるならこのブラウスだよね。でも、あのベストと合わせるならあっちのブラウスの方が……」
「でも、そうするとスカートが……」
服選びに夢中の二人に宗二は完全に置いてけぼりを食った。
宗二の方も、とても口を出せる雰囲気ではないと悟ったのか、店の外でスマホをいじっていた。
清美も今だけは宗二を綺麗に忘れていた。
「やっぱり。向こうの方がいいかなぁ」
「それよりこっちの方がいいんじゃない?」
「小夜、あっちにしなよ。あたし、そっちにする。で、着たいときに貸しっこしようよ」
「いいよ。じゃ、次、隣の店行こうか」
「うん」
二人がレジをすませて店を出ると宗二は壁にもたれていた。
「マズっ! 宗二さん、すみませんでした」
清美が慌てて頭を下げた。
小夜も一緒に頭を下げる。
お互い横目で、今日は他の店は無理だねと確認し合った。
「構わないよ。気に入ったの買えた?」
そう言った宗二の顔は引き攣っていた。
「はい。宗二さん、疲れたんじゃないですか?」
清美が宗二を気遣うように言った。
「君達の方が疲れたでしょ。そろそろお茶でも……」
宗二がそう言いかけたとき、人混みの向こうに柊矢の姿が見えた。
「柊矢さん」
小夜が真っ直ぐに柊矢の方に駆けていく。
小夜が目の前に立つと柊矢が小夜の荷物を持った。
「あの人、ホントにただの後見人?」
そうは見えない、と言いたげな口調で宗二が訊ねた。
「本人はそう言ってますけど」
清美も今の小夜を見て自信がなくなった。
あれはどう見ても恋人に駆け寄っていくときの表情だったし、小夜の荷物を当然のように持った柊矢も後見している子供を見る目ではなかった。
「清美、ゴメン、もう帰らないと。宗二さん、今日はすみませんでした」
小夜は戻ってきて二人に頭を下げると柊矢の元に走っていった。
「買い物は済んだのか?」
柊矢は小夜の肩を抱きながら訊ねた。
「それが……」
小夜が事情を話した。
「その店は今度にしろ。今日は別の店に行く」
「え? 行くって、どういうことですか?」
柊矢に連れて行かれたのは新宿のデパートに入っている店だった。
大人っぽさの中にも可愛らしさがあるデザインの服が置いてある。
「きれい……」
そう言いながら値札を見て慌てて手を引っ込めた。
「まずはこれだな」
柊矢が桜色のブレザーを選んだ。
「試着してこい」
柊矢は有無を言わせず小夜を店員に引き渡した。
小夜が店員に案内されて試着室へ入る。
「良くお似合いですよ」
「サイズもぴったりみたいだな」
「柊矢さん……」
柊矢は言いかけた小夜を遮って服を渡すとまた試着室へ押し込んだ。
全部すむと柊矢はレジで金を払って荷物を受け取った。
「と、柊矢さん、私、こんな高いの……」
「値段は気にするな」
「気にします」
「お前の後見人として、ちゃんとした服も必要だと思っただけだ」
「でも……」
「じゃ、身体で払うか?」
「柊矢さん、それ本気で言ってたら怒りますよ」
「冗談ならいいのか?」
「冗談でもダメです」
「とにかく気にするな」
柊矢はそれで話は終わり、と言う表情で歩き出した。