馬車で揺られること数時間。
リーナと談笑をしていたのだが、心地よい馬車の揺れも相まっていつの間にか眠ってしまっていた。
耳元で囁かれ、目を覚ましたのだが何故か俺は膝枕をされていた。
おかしい、寝る前は真正面に居たはずだ。
「寝づらそうにされておられましたので膝枕してみました。気分はいかがでしょうか? 」
「うーん、上々。てかちょっと恥ずい」
「私達以外誰も居ないのですから何も恥ずかしがることはないでしょう」
「いや御者さんが……」
「御者は手綱をしっかりと持ち、支えることに集中してますし、なによりよそ見して真後ろを見ようものなら大事故に繋がりかねませんよ」
正論をカマされてぐうの音も出ない。確かに言う通りだ。
身体を起こし、リーナの隣に座る形になる。
「ヘレクス領まであとどのくらいだろうな」
「そうですね、私も気になるので聞いてみます」
そう言うとリーナは立ち上がり、窓から顔を出して御者に問いかける。
「あとどのくらいで着きますでしょうか? 」
御者さんはんー、と悩み唸ったあと、答える。
「このまま何事も無ければ20分程度で到着する予定です」
「ありがとうございます」
20分か。レジエント王国からヘレクス領まではかなりの距離があったはず。それを考えると一つの疑問が残る。
一体俺、何時間寝てたんだ……。
「ざっと6時間以上は寝ておられましたね。すやすやと寝息をたてながら、私の膝の上で安心しきってました」
「ま、まじか……ろ、6時間。ず、ずっと膝枕してたのか? 」
流石にそんな訳ないだろうと考えながらも聞いてみるが、帰ってきた答えは……。
「はい、最初から最後まで膝枕してました」
「そ、そうか。あんがとな……」
まだ20分あるみたいだしもう一眠りしようとしてたのだが、また隙を晒すと膝枕されかねない。いや別に膝枕が嫌という訳ではないんだが。
膝枕されっぱなしの男ってのはちょっとな。しかしさっきのあの柔らかい太ももの感触も忘れられず……。
脳内の甘い誘惑と闘っているとまもなく、ヘレクス領の付近まで着いたと報告が上がったのだった。
「すいませんが流石にこれ以上は近づけないので、ここら辺にて失礼させていただきます。こんな辺境に何故……いえ、詮索するのは失礼ですね。それでは」
そう言うと俺たちを降ろして、来た道を去っていった。
そんなにヘレクス領に近づきたくないもんなのかね。
噂でしか聞いたことないからよくわからん。
まぁいい、ここからは歩いて進んでいこう。
御者の人いわく、数分程度歩けばいいとのことだったし。
えぇと地図、地図。
流石に道に迷うことはないだろうけど一応。
【アイテムボックス】から地図を探すがなかなか見つからない。
「なんでもかんでも適当に詰め込むからですよ。はい、こちらをどうぞ」
メイド服のポケットから四つ折りのモノを取り出し、差し出してきた。それを受け取ってひらげる。
「おおー地図……って、この赤線と丸印二つは……」
渡された地図にはなんと通ってきた道には太線が引かれ、現在地と思われる場所と、ヘレクス領と書かれてる場所に○が書かれており、予測到着時刻まで綺麗な時で記されている。
このメイド、完璧すぎる。
「レン様の専属メイドたるもの当然の仕事です。それとですね、寝起きだから仕方ないかもしれませんが、《サーチ》を使えばレン様も同じことが出来るでしょう。まぁ、お疲れの時にそんな面倒させようものならメイド失格ですので私がしましたが」
あ、確かにそうだ。サーチ使えば楽だった。と、それはそうなんだが、何故頭を出てくるんだ。
よく分からんが、ずっと出したままなので撫でてみたら、顔を赤くしながらも
「あ、ああありがとうございましゅ……」
と喜んでくれたので、よかった。
こんなことで喜んでくれるならこれからもしようと思ったのであった。
歩くこと数分。
リーナの予測時間ぴったしに着いたのは言うまでもない。
さて、俺たちの眼下にはヘレクス領があるわけだが。
「なぁ、これから領主になる人間が言っていい言葉じゃねぇかもしれないが言ってもいいか? 」
「別に何を言っても構わないでしょう。領主なのですから」
「いやそんな暴君領主みたいなことはしないけどね? 」
「あら、違うのですか? 私としてはあのクソ国王に今まで抑えられていた分の鬱憤を晴らすべく、暴君領主として君臨して好き放題のあまりを尽くされてもいいと考えてますが」
「そんなことしねーからな!? 領民と支えあって領地経営していくつもりだぞ!? 」
目の前の光景を見るに領民がいるのかすら疑問だが。
「そうですか、やはりレン様はお優しいですね」
「せんきゅーな。優しいって言われた直後だから言いづらいが」
すぅぅぅーーー、と息を吸って俺の出せる精一杯の大声で叫んだ。
「ほんとに領地かよここおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!! 」
さて、一つずつ状況を整理していこう。
この目の前に広がる景色についてだ。
とてもじゃないがお世辞にも領地とはいえない光景が広がっている。
「なぁにこれ」
見渡す限り、全て酷い。 ほんとに酷いの一言に尽きる。
草地はぼうぼう、ここから見える民家と思われる建物はボロボロ。
本当に人が住んでいるのか? と不安になるほどに。
「すいませーん、誰か居ませんかー? 」
リーナが声を上げる。しかし返事はない。
しゃーねー、もっと奥側に行って人が居ないか確認してみよう。
しばらく歩いているとやっと領民とおもわしき人を発見した。
「あら、旅人の方かしら? こんな場所に来るなんて不幸なもんね 」
「ええとあんたは? 俺はレンだ。レン・レジ……あーいや、レン・ヘレクスになんのか。まぁ、こんなナリだが元第五王子で、この領地に左遷……もとい追放されて領主を任されることになった。んで、こっちは」
紹介しようとしたがすっと一歩前出て遮られたので口をつむる。リーナが一歩手前に出る時は基本自分で言います、的な合図。
「私はリーナです。こちら天才錬金術師のレン様の専属メイドをやらせていただいております。以後お見知り置きを」
「まさか領主様になられるお方だったなんて……丁寧に紹介ありがとうございます。あたしはトメリルです。ここのまとめ役みたいなのをやってます。正直あたし一人では限界を感じてきてたので、領主様が来てくださって心強いです。それに錬金術師とは……! 」
トメリルと名乗った女性は俺らより背丈は少し小さい程度。頬は黒ずみ、少し痩せこけている。で、薄茶色の髪に目。長さは背中まである。服はボロボロで所々破れている箇所まである始末。
「あー、いや、目輝かせてるとこ悪いんだが、国王に無能だと追放されたようなナリだから、そんなに期待されても反動でガッカリするだけだと思うぞ。任されたからには全力でやるけど……」
ぶっちゃけ、さっきここ見た時にはバックれることも考えたが領民が居て、しかも領主が居なくて凄く苦労している。
それにこんな年半ばの女性が領民をまとめている、なんて聞いてしまったら逃げるに逃げれなくなってしまった。
ここに流されたのもなにかの運命だと思って、いっちょ領主やってみますか。
「それでも領主様が来ていただけるだけでもありがたいんです……本当にありがとうございます! そうだ、皆を紹介したいですし、着いてきてください! 」
手を引っ張られ、かなり広めの家に案内される。
中には領民が数人いた。
「ここが集会所です! 何かあった時や会議を開く時とかにここに集まってます。今来れる人を呼んでくるのでレン様とリーナ様は椅子に腰掛けて待っててください! すぐに集めてまいりますので」
そう言い残すと、猛スピードで走っていった。
ぽつんと取り残された俺たち。
当然中にいた領民たちは不思議そうにしてる。
俺らを目にした領民がなにやらこそこそ話し合っている様子も見受けられる。
やがて話し終わったのか静寂が訪れる。
当然だがここに住んでいる人だらけな訳だ。その中によそ者が紛れ込んでる構図。
そりゃシーンってなるわな。
この空気、耐えられねぇ!
ちょっと話しかけみるかね。とりあえず1番近くにいるこの人にーーー
「レン様、リーナ様! お待たせしました! 今来れる者を集めてまいりました。外に狩りに出てる者などにはまた個別で挨拶に向かわせますので何卒」
別に後から挨拶になんて面倒なことしなくてもいいのに。
トメリルの後からぞろぞろと領主が入ってきては、俺をみて変な顔をしてる。中には俺とトメリルの顔を交互に見て首を傾げるものまで。
「レン様、そちらの椅子にお座りください」
段差の上にある椅子を指さし、言う。
なんともボロい椅子だけど、他の椅子よりは一回り大きい。多分偉い人用だろう。これまではトメリルが座ってたのだろうか。
とりあえず座ってみた。
座り心地は普通。長時間座ってると背中が痛くなるかも?程度。
相変わらずザワザワが止まらない。
俺が椅子に座ったタイミングでトメリルが隣にやってきた。
右がリーナ、左がトメリル。
「えぇと、どうすりゃいいの? 」
こんな経験ないから、これから何をするのかすら全くわからん。こういうのはリーナも詳しそうだけど、トメリルは領主なわけだし、トメリルに聞くのが1番だろう。
「んん、皆、この人誰? って思ってるでしょ? 」
トメリルの問に一斉に頷き出す領民。
「じゃあー問題! この人は誰でしょー! 」
あれ? なんかキャラ変わってね? さっきとは打って変わって声も弾んですげぇ元気なんだが。
「はーい!! 」
列の先頭の方で元気に手を挙げてる女の子。
「じゃあ、ナナンちゃん! 」
へぇ、この子はナナンって言うんだ、覚えとこ。
ゆくゆくは全員の名前覚えなきゃだしな。こうやって少しづつでも覚えてかないと。
「トメリルお姉ちゃんが拉致って来た冒険者さん! 」
「違うよ〜!? お姉ちゃん拉致なんてしてこないよ!? 」
「えーほんとー? 」
「ほんとです! これが終わったらナナンちゃんお話があるからね! 」
「やだー! 帰るーー! 」
なんか和む……。
「他に誰かない〜? 」
また一人手を挙げた。次の人は目元まで黒髪で覆われていて顔がよく分からない。
さっきのナナンちゃんは黄色髪おさげの幼女、って感じで凄く印象に残りやすかったが、全員が全員そうじゃないからな。
「トメリルの……彼氏……でへへ、大正解」
「それだ! 絶対そうだよ!! 」
「メナウさん天才だ! それ以外考えらんねぇよ!! あんな頬を赤く染めてるトメリルさんなんて俺、みたことないよ。……あれ? 真っ赤になってる」
へぇーあの子はメナウって言うんだ、覚えとこ。
ビンゴビンゴと騒ぎだした男が指さした先にはトメリルさんが居る。そう、顔がリンゴよりも赤くなったトメリルさんが。
「ち、違うよ〜!? もう皆真面目に答えてくれないから答え言っちゃいます! この方はなんと〜」
「「「なんとー? 」」」
ごくりと唾を飲み込む音が聞こえるほど、一瞬静かになる。
誰もが固唾を飲んで次の言葉を待っている。
やがて小さい口が開かれる。
「なんと! 領主様であらせられます! レジエント王国からこられた元第五王子で錬金術師のレン様と、その専属メイドであるリーナ様です! 皆、拍手〜! 」
ぱちぱちぱち!!
溢れんばかりの拍手が巻き起こり、皆一様に驚きを顕(あらわ)にしている。
「領主様!? 」
「この見捨てられた領地にまさか領主様が来て下さるとは……」
「夢じゃないのよね? 」
中には疑い、泣き出すものまで現れて、てんやわんやした状態となり、収集がつくようになるまで少し時間がかかったのであった。
気持ちは凄くわかる。だって今まで領主が就任しても直ぐに逃げ出してまともな政策はされてこなかったし、他の領地や国も近づかず、関わろうともせずに放置状態。
本来レジエントは金銭的な援助等をしなければならないのに無視。
挙句にはどこからも事情最悪のスラム領地だなんて言われる始末。
領民たちは見捨てられたのと同じ。
それでも諦めまいと全員で努力をして今日まで生きてきているのだ。
「またこの人も逃げ出すんじゃねぇの? 何回目だよ、これ」
一人の男がため息をつきながら、こちらを睨み前に歩みでてくる。
多分、俺と同じか少し下の年齢っぽい。
いかにもって感じのチンピラ。
他の人たちはというと真っ青な顔をしていた。
「お、おいガーク……領主様にその態度はないだろ……お前のせいで気分を悪くして出ていかれたらどうするんだよ」
「そうです! ガークさん、レン様に失礼です」
うんうん、と頷く人もいれば、ガークに賛成だって人も居る。7:3って感じだろうか。
「ガーク、あんたの言い分はごもっともだ。何回も期待を裏切られたらそりゃ信じれなくなるよな。俺にはあーだこーだ言う権利はない。レジエントの元人間としてヘレクス領の全員に謝らせてくれ、すまなかった」
俺が頭を下げて謝罪すると、どよめきがはしった。
「なっ!? レン様が謝罪する必要はありません。任された責務を投げ出して逃亡した無責任者の尻拭いをするはおろか、それを代表して謝罪するなどレン様の名に傷がつきます」
「そうですよ! 領主様が謝罪する必要ありません! 確かにあたし達は、見捨てて逃げ出した前領主たちに怒ってますし、許さないですが、領主様は違うじゃないですか……」
「なんで俺がそいつらとは違うって断言できるんだ? そこがガークも気になってんだろ? 」
俺がそう言うと、ガークも「あぁ」と頷いた。
トメリルさんは俺の問いに目をぱちくりさせた後、不思議そうに言う。
「あたしにも分かりませんが……なんかこう雰囲気とか、言葉に説得力があるんです。何言ってるか分からないかもしれませんけど……この人なら信じれるって、心から思ったんです! 」
トメリルさん……。
実の父親や兄弟に何も信用してもらえなかったからか、こうして信用してくれた、認めてくれた人が居ることに感動してしまう。
「ちっ、トメリルがそう思ったんならもう好きにしろ、俺は知らん、好きにやらせてもらう。レン、だったか? 俺と勝負しろ」
「はい? 勝負? 」
え、何言っちゃってんのこの人。 今、すっげーいい場面だったよね? なんか水刺された気分。しかも勝負しろとか言ってくるし。
「俺と一体一で勝負しろ。三本勝負で一本でも俺から取れたら認めてやるよ」
なんて傲慢なのこの人……。
「嫌だといったら? 」
「ハンっ、逃げんのか、まぁいいぜ」
「いや俺にメリットないんだがそれ」
別にこいつに認められようが認められまいがどうでもいいんだが。どうせ領主しないといけねーんだし。
「勝ったらてめぇの命令でもなんでもきいてやるよそしたら、それでいいだろ? 」
はぁぁぁ。めんどくせー、やるけど。
ガークの後を付いていき、道の真ん中で向かい合う。
「おらぁッ! 行くぞ! 」
はぁぁぁ!?
こいつ、あろうことか試合の合図も何もなしに、腰に携えていた剣を抜いて、斬りかかってきた。
卑怯すぎんだろ。
まぁ、俺もこれから卑怯なことすんだけどね。
「おらおらぁ! 俺はこれでも昔はそれなりの《剣士》だったんだよ! 少し前までぬくぬく暮らしていたような王子様にはこの剣筋すら見えねぇだろ? 」
「いや、見えるけど」
二本指で受け止める。
「なっッッ!? 」
長々と自画自賛した割には、ふつーのスピードだし、へなちょこだし。
「次は俺のターンでいいよな? 」
アイテムボックスから杖を取り出して、先端を向け一言。
「なんかめっちゃ強い魔法」
唱えると同時に、魔法には威力減少魔法を掛けて、周囲にバリアドームを展開し強度強化付与も掛けておいた。
ほぼゼロ距離で「なんかめっちゃ強い魔法」をもろに食らったガークは吹き飛んで行く。
このままではバリアドームに激突してしまう。
俺はすんでのところで《クッション》をガークの背中に付与して、衝撃を吸収させた。
背中にドームがぶち当たる瞬間、もくもくと雲のような物体が背中から身体を覆い被さる。これで大丈夫だろう。
まぁ、全面は魔法直に当たってるし、大怪我してるみたいだけど。
バリアドームとクッションを解除して、ガークのとこに行く。
威力減少魔法を掛けたとはいえ、「なんか(以下略」はその名の通りかなりの強さを誇る魔法。
大怪我だけで済んでるのを見る限り、かなり鍛えてるようだ。
ポケットからキラキラと輝く石を取り出す。
これを握って、超万能薬であるエリクサーになるように念じる。
すると、ほわあぁ…と石が優しい明かりを発して、収まると緑色の液体が入った詰め物にかわっていた。
これがエリクサーだ。
「な!? 」
「あの石はまさか……」
「いやいや見間違い……だめだ、何回目を擦っても見えるんだが」
なんか領民たちがコレに驚いてる。
ぶっちゃけこれかけとけば、靭帯損傷でも治るらしい。
試したことないけど腕ちょんぎられても、傷口にかければニョキニョキ生えてくるって聞いたことがあるくらいにやばい代物。
これからも試そうとは思わないが、ぶっちゃけ少し気になるよね
とりまこいつをガークにぶちまけてっと。
次はなんか緑色のぽわぽわが現れて、その数秒後には血だらけで、肌も剥げてた身体が、女性もびっくりのすべすべお肌になっていた。
あら、なんか領民の女性陣がぎょっとしてる。
ってそれはそうとガークが目を覚まさない。お前、気絶してたんか。
領民二人がぺこぺことお辞儀をしながらガークをおぶって、どっかに連れていった。
ガークの目が覚めるまで気まづ過ぎんか……?
ほかの領民が話しかけてくれたので起き上がるまでの間、楽しく過ごせたのであった。
恐る恐る話しかけてきた領民たちと会話して、少しは打ち解けられたと思う。
僕は何をやってますだの、領主様は何故追放されてしまったのかだの、お互いのことを聞きあった。
そんなこんなで過ごしていると、ガークが髪をガリガリとかきながら、近づいてきた。
パッと見、体調は大丈夫そう。エリクサーぶっかけたし、ほりゃ万全になってなきゃ詐欺エリクサーならぬ詐欺クサーになってしまう。
「わりぃ、手加減があんま出来ずに大怪我おわせちまったな」
生まれてこの方手加減なんてほぼせずに、一生懸命生きてきたから、やわな手加減になってしまった。不手際で傷つけてしまったのだし一応謝っておく。
けどこいつが喧嘩ふっかけてきたんだし、多少のダメージは覚悟していたはずだ。なんならこいつ殺しにきてたよな?
「あ、あれで手加減してたのか!? 」
「領主様……なんてお方なんだ」
「ん……? まって!? 手加減してたってことは別々の魔法を二つ同時に展開してたってことよね!? 魔法二重展開なんて初めて見たわ!? 」
「二重展開ってよそでいう冒険者だとSランク級じゃないか! 」
「いや、ちげぇ……3つだ! 最後のガークを受け止めた白いふわふわとしたアレも領主様が使った魔法だ! 」
残念! 正解は4つです! なんてバカ正直に伝えたら卒倒してしまいそうな勢いだ。とてもじゃないが言えない。
へ? なんで同時並行で魔法を使っただけでこんなに騒いでるんだ?
もこもこ魔法は別に大した魔法じゃないし、子供でも簡単に覚えれそうなんだけどな。ナナンちゃんあたりに教えてたら数十分でモノにしそう。
すげーって騒いでる領民たちの近くで俺の右手をじーと見てるナナンちゃん。
もしかして興味あるのだろうか? 今度教えてあげよう。
「てめぇ……いやレン様、俺なんかに伝説の薬ポーションであるエリクサーを使ったのはなんでなんだ? 俺はレン様を殺す覚悟で攻撃したんだ、殺されても文句は言えない。だというのに、周りに影響が出ないようにバリアを展開し、魔法を打った際には俺を案じて手加減をして更にそこから威力が減少するような魔法までかけて……なんでそこまでするんだ? 」
質問が長いし多い……。全部ぶっちゃけどうでもいいでしょうが。ありがとう、はい終わり。これで済む話なのに。
めんどくせ!!
「はぁ、仮にも俺は領主なんだぞ? 楯突いてきたからって領民魔法で爆殺したら大問題だろ。正直最初はやりすぎたって思ったくらいだ」
「そ、そうかよ……けどよ! エリクサーをあんな怪我ごときになんで使っちまうんだよ!? レン様が自分のために持ってたんじゃねぇのか」
そういえばガークはキラキラ石を見れてないから、俺が大金はたいて自分の護身用に買ったモンだと勘違いしてんのか。
「いや、ぶっちゃけエリクサーなんていくらでも作れるからそこはなんも気にする必要はないぞ。あ、他のみんなももし怪我したり体調が悪くなったら俺に言ってくれ。直ぐにエリクサー作るからさ」
伝説のポーション、万能秘薬エリクサー、その名の通りの代物。酒飲みまくって二日酔いになった朝とかにエリクサーを1個飲んだら、見違えるくらい頭がスッキリすんだよな。
毎日の生活の始まりにエリクサーを飲めば皆、良い一日を過ごせるのでは……?
「よし! これから領民全員にエリクサーを配って毎朝飲んでもらおう!」
「「「いやいやいや!? 何言ってるんですか領主様!? 」」」
目ん玉飛び出るんじゃないかってくらい驚いた領民たちは、慌てふためきながら、NOを言ってくる。
そんなにダメらしい。
「いい案だと思ったんだけどなー」
「「「そういうことじゃなくてですね!! 」」」
この後も結局認められることはなく、毎朝エリクサー生活は却下されたのであった。
くそぉ……絶対いつかリベンジしてやるからな!!
☆
んで、話が少し脱線したが元に戻す。
「毎朝全員にエリクサー渡せるくらいに、これを作るのは楽な仕事だからガーク、お前が何か気にする必要は無いし、引け目に思うこともねーからな」
あ、それと。
「後、お前にレン様って呼ばれるとなんかむずがゆいし、柄でもないだろうから好きに呼んでいいぞ。最初みたいにてめぇ、でもいいしな」
こんな金髪半グレみたいないかつい容姿の男に様付けで呼ばれるのはなんかね。
「さ、流石に領主サマと認めた男をてめぇ呼ばわりは他のヤツらにぶん殴られちまうわ。ほら見ろレン、トメリルが鬼の形相で俺みてんぞ」
あ、ほんとだ。背後に鬼がいる。威圧感がパない。
視線だけでガークを射抜いて殺しちまいそうだ。
「おーレンで全然いいぞ。認めてくれたってことでいいんだよな? 」
「あぁ、流石にこの短時間でこんなすげぇの見せられたら認めざるをえねぇよ。これからヘレクス領と俺たちをよろしくな、レン! 」
「任せとけ! 一緒にさいっこうの領地にして、支援してこなかった国や領地どもを見返してやろうな! 」
固い握手を交わし、ガチっと握り合う。
「おめーんら中でまだレンを認めねぇ、なんて戯言(たわごと)抜かすやつぁ、居ねぇよな? 」
頷く領民。ガークの取り巻きや、さっきはガークに賛成してた者も皆が満場一致で頷き、拍手をしてくれていた。
こうしてこの場の全員に笑顔で認められて、無事正式にヘレクス領主となったのであった。
俺、レンは生まれ育った王国を、国王である父親から左遷され辺境の闇のスラム領とまで蔑称されるやばい領地の領主に就任することになってしまった。
色々あって疑心暗鬼になっていた領民の一人に喧嘩をふっかけられるがなんなく倒し、えらく驚かれた!
そしてそいつにも認められた結果、多分領民全員?認めてくれた。
んで今は俺の就任祝いが開かれている。
「レン様、どんどん食べてくださいね! 」
「領主様これからこの領地をお願いしますね」
「おー、任せとけ。だけど皆も協力してくれよ? 意見もバシバシ言ってくれていいからな! 」
「さ、流石だ……今までの領主とは全然違う」
「前の領主ってどんな感じだったん? 」
「えぇっと……」
領民の一人が教えてくれたのはこんな感じ。
お手上げ状態ででてったとか、近くの森で魔物に出会ってビビり散らかして一目散に逃亡して行ったとか。
またある領主はトメリルに手を出そうとしてガークにボコボコにされて近くの森に投げ入れられたらしい。
確かにトメリル綺麗だもんな、スタイルも抜群だし。
変な気でも起こしてしまったのだろう。
さっきから森という単語がよく出てくるがなんなんだ?
ここからも見えるあの森のことだろうか。
「冒険者ギルドのランクでいえばSランク以上の魔物が蔓延っている危険な森なんです。瘴気も強くて入口付近ですら、体制のない人間であれば吐き気や嘔吐をしてしまうほどに濃いです。領主様も間違って立ち入ることがないようにお気をつけてくださいね」
そこまで濃いのか。けど俺の知り合いのアイツなら「あれ? ちょっと空気がおいしくないね? 」とかいいながらケロッとしてそうだな。
ついでに気になったことも質問した。
「その魔物が降りてきたらどうするんだ? 」
「今までそんなことなかったので……私がヘレススに来て十数年経ちますが、一度もなかったです。とと、祝いの場で辛気臭い話題をして申し訳ありませんでした。私はこれで」
今までに前例が無いから安心……それは裏を返せば、起きてしまったら何も対処法を知らないという訳だ。
もしそうなってしまった場合は領主の俺が、領民を守らなければならない。
これはあの森の調査もして行かなければならないな。
歓迎会は夜遅くまで続いた。
ぶっちゃけ俺より領民たちの方が飲み食いしてた。
けれども皆笑顔でどことなく安心していた。
トメリルもそうだ。最初会った時は顔がやつれて、元気も無さそうだったが今は飲み物片手に、リーナと談笑していてずっと笑顔だ。
リーナは相変わらずの……いや、彼女も笑顔だった。
ガークも取り巻きも、領民みんな。
この笑顔と空間を守りたい、そう心から思えるひとときとなった。
さて、そんな歓迎会もそろそろお開きの時間が迫ってきた。
ぼちぼちと片付けが始まったので俺も自分の皿と、隣ですやすやと寝息をたてているリーナの分を手に持ち、回収してる場所に行く。
皿を手渡すと何故かえらい驚かれた。
「はーい、ありがとう……って領主様!? 領主様は座っててください!! 回収は私たちの仕事ですし、わざわざ持ってこさせるなんて! 」
「い、いや俺もこの領地の一員だからさ、手伝うよ。それに皆が片付けしてる中俺だけあぐらかいて座ってるのは嫌だしな」
「なんと素晴らしいお方なんだ……」
「今までの領主とは雲泥の差だな」
「比べることすら烏滸がましいかもしれないですね」
当たり前のことしただけなのにめっちゃ褒められる。
俺、自分で食った後の皿片付けただけだぞ……。
今までの領主まじでどんだけヤバい奴揃いなんだ!?
そして片付けが終了した。
何回も止められたけど、やっぱ最終的には褒められる。そんな感じのが何回か続いた。
褒められるのが嬉しくて、張り切ってしまった。
あっちじゃ貶されることの方が多かったからなぁ。あいつらは良く褒めてくれたけど、やっぱ血の繋がりのある人間、しかも親族ほぼ全員に無能だ何だと言われるのは心にグサッとくるものだ。
ここに来て解放されたことで、新たな視野が広がった。
それでいてやっと分かったことがある。
もしまたあいつらに会える日が来るのなら、一人一人に感謝、そして謝罪を伝えたい。
ぼーっとそんなことを考えてると、トメリルが肩をポンっと叩いていた。
「やっと気づかれましたか、呼んでも中々返事がなかったので心配したんですよ! 」
「あぁ、すまん。ちょっと王国のやつらを思い出してた」
「そうでしたか……今日はもう夜遅いので良ければ、また今度にでもレン様のお話を聞かせて貰えませんか? さっき聞かせていただいたご友人とのお話の続きも気になります! 」
さっきの宴の席で、酔ってちょこっと話をしてしまったのだ。
「あんな話でいいならまたいくらでもするよ」
「嬉しいです! では、レン様の屋敷を紹介させていただいて、今日はお別れですね」
案内される。夜風がほんのり涼しく、酔いも少し覚めた。
他の家々より一回りも二回りも大きく、これぞ屋敷!と言った感じの大きさの建物の前に立ち止まる。
「こちらがレン様の……領主の屋敷です」
マシな部類ではあるが、ボロい。
一応領主の屋敷だからデカイ、ただそれだけ。
ドラゴンの襲撃でもあれば一瞬で崩れ落ちそうだ。
「レン様、ドラゴンが来ようものなら、王国の建物でも一瞬で半壊しますよ」
うーん、けどここはSランクの魔物が蔓延っている森がすぐ側にあるんだろ? 今まで前例が無いとはいえ、魔物なんていつ襲ってくるか分かったものじゃない。
考えれば考えるほど不安になってくる。
ここは領主として何か対策を考えておかないとな。
トメリルが中も案内してくれたんだが、外見通り中は色んな部屋があり、紹介された中には不気味そうな部屋もあった。
幽霊とかいたりしてな、そんなわけないか、あはは。
「私が使用してた部屋しか掃除が行き届いてないので、明日にでも掃除させてもらいますね」
「いや大丈夫だ。自分でなんとかできるから」
「領主様の御手を煩わせる訳には……」
「そうですよ。それに掃除などはメイドの仕事ですよ!! 私にお任せください」
「しかしだな……」
俺的にはここまでだだっ広い屋敷だと、いくらメイドとはいえ疲れるだろうし、働かせすぎになると思うんだ。
ここはもう先手必勝で、明日にでも先にとあるものを作ってしまおう。
「私も手伝わせて頂きますからね! それでは今日はゆっくりとお休みになってください! 」
あれ? そういえばトメリルは何処に行こうとしてるんだ?
「へ? とりあえず今日は友達の部屋にでも泊まろうかと思ってたんですが」
「ならここの一室をトメリルの部屋にしないか? もちろんトメリルがよかったらの話だが……」
こんなあって一日も経っていない、信用に足りないような男とひとつ屋根の下で生活することになるのは嫌かもしれないが、一応提案してみる。
領主のいない間ずっと使ってきた我が家を、領主が来たから明け渡す。そんな事普通嫌だろう。
俺だったらそんなのごめんだ。
「い、いいんですか!? し、しかし対外的に見たら領主と同棲してる領民に見えてしまうというか、いや実際同棲ですし!? 皆がなんて言うか」
「元々トメリルの家みたいなもんなんだから誰も不思議には思わないと思うんだが……」
「そういう問題ではありませんよ。すいませんトメリルさん、レン様は天才ではありますが、こういう分野はからっきしなので。私が何回も…何回も……」
がくっ、と肩を落とし、ぶつぶつと何か小声で呟いている。
こういう分野ってなんだ? 俺なんか変なことでも言ってしまったのだろうか。
「リーナ様……く、苦労されてきたのですね」
「トメリルさんもこれから苦労することになりますね」
「えっ!? あっ、いやわ、私はまだ!? 」
「まだ、ですか。まぁいいです。これから同じ家に住む仲間通し仲良くしましょうね、もちろん別の意味でも仲間ですからね」
「敵では無いんですか? あれ、ごにょごにょ、ライバルというか」
「その点は心配ないですよ。なぜなら」
「なぜなら……? 」
リーナがこちらを向き、それに合わせてトメリルも僕の方に向き直る。な、なんだ。これから何が起きるっていうんだ。
「レン様、レン様の夢を今一度お聞かせください」
なんで俺の夢? ま、いっか。
「ここヘレクス領を世界一の領地にして、ぐーたら過ごすこと! 」
「あら? それは今決めた夢が加わってますよね? 」
む、むぅ。流石専属メイド。トメリルの手前、少しかっこつけた事がバレてしまった。けどこれも本当の夢だからな。
「俺の錬金術で何もかも全自動にして、寝っ転がったまま神になりてぇ! 」
「それも言ってましたが、なによりの夢を仰ってませんよね? 」
「え? そ、ソンナコトナイヨー」
「レ・ン・様・? トメリルさんが居るからカッコつけてるのかもしれませんが、今言ってきた夢だけでも全部かっこよくないですからね? 」
そ、そそそそそんなことあるはずないだろ!?
ぐーたら領主、実は世界最強。とかいいじゃん!?
全人類(男)の夢みたいなもんだろ!!
タイトルに起こしてみるぜ?
「ぐーたら領主、実は世界最強〜王国から左遷された錬金術師だけど、楽に生きたい一心で錬金術フル活用して、魔道具作ったり魔法自作したりしてたら、世界一の領地が出来上がっていた。今更戻ってこいと言われてももう遅い〜」
くーっ!! めっちゃ読んでみたいだろ!?
「あの、申し上げにくいのですがネタバレしちゃってますよ」
「これからそうなっていく作品なのに」
「メタいよ!? ストーリーをタイトル化しちゃった俺が言えたことじゃないかもしれないけど、メタいよ!? 普通、この人何言ってるんだ? って流すとこだぞ!? 」
「ではメタい話はあまりしない方向にします」
もう終わり!! 解散!!
「それで逃げれたとでも? ちゃんと夢、答えてください」
「気になるので教えて欲しいです!!」
「しゃーねぇなー」
トメリルに言ったらドン引きされそうだから辞めておいたのに……。もうどうなっても知ったこっちゃない。
「ハーレムを作ってぐーたらしてても褒められる最高な生活がしたい…… 」
あぁ……終わった。せっかく少しでも信用してくれてただろうに。こんな事聞かされたら絶望だろう。
トメリルの反応は思っていたのと全然違った。
「そうですか……なら安心しました!! 」
むしろとびっきりの笑顔だった。
「だから最初から言っていたでしょう。それでは今日はここら辺にして寝ましょうか」
「え、ちょ、なんでアレ聞いて安心するの」
そう聞こうとしたがリーナはトメリルを連れて、さっさと出ていってしまった。
ぽつんと一人取り残された俺はこう呟いたのであった。
「明日から頑張ろ……ぐーたら生活のためにも」
ベットにダイブする。
はぁ〜今日は色んなことがあって疲れた。
今日は安眠魔道具を使わなくても、ぐっすり寝れそうだ。
朝、目が覚めると知らない天井だった。
「そんな寝ぼけたこと言ってないで早く起きてください」
「ええと、ここは俺の部屋のはずだが」
まだスッキリとしていない、ボサボサとした頭をかきながら思考を巡らせる。
「メイドなのですから起こしに来るのは当然でしょう。それに昔から私が起こしてますよね? 」
それはそうなんだが。
確かにいつも、というか毎日リーナに起こしてもらっていた。だけど今までとは違う状況なのだ。
「領主になったからカッコつけたいとかそんな感じですか」
違う、違うんだ。
「じゃあなんですか」
「なんで俺のベットん中に一緒に潜り込んでんの? 」
「五回起こそうとしましたが、頑なに目を覚まさないので、仕事だけ済ませてから私も一緒に寝させてもらいました」
「一緒に寝させてもらいましたってお前……こんな場面トメリルに見られでもしたらなんて思われるか」
「その心配は不要ですよ」
はて? なんでそうキッパリと言い切れるんだ? 疑問に思って聞こうとしたが、するりとベットから抜け出したリーナは、
「朝食の準備は済ませてますので身支度が出来次第、おいでください。私はトメリルさんを起こしに行ってまいります」
と部屋を出ていってしまった。
身支度を済ませて食堂に向かい、リーナお手製の朝食に舌鼓を打った。トメリルは出来栄え、そして味に驚いてた。
今日の朝食は二枚のパンにハムエッグをサンドしたものだった。
トメリルは、「こんなにも美味しいハムエッグは初めてです!! これなら毎日食べても飽きませんし、お腹もふくれます」と大絶賛していて、リーナも満更でも無さそうだった。なんならドヤ顔だった。
朝食後はちょっとした休憩時間ということで、各々休むことになっていたので、一度自分の部屋に戻った。
しかしそこで食堂に忘れ物をした事に気づき、とんぼがえり。
食堂では食べ終わった皿を洗おうとしているリーナの姿があり、声をかけた。
「休憩時間だし後でいいぞ。一旦お前も休め」
「いえしかし、やりきってしまわないとなにかむず痒いというか……」
そうだった、この子完璧メイドだった。
「なぁリーナ、メイドの仕事を好きでやってるのは俺も知ってる。だけど流石にこのだだっ広い屋敷全部をお前に丸投げするのは違うと思うんだ」
「メイドを増やす……ということでしょうか? 」
「あーそれも考えたんだが、ひとまずは、直近では使わない部屋も多いだろうし、慣れない環境になったっていうのに、初めましての人材を更に増やしてストレスになってもいけないと思ってな。まだ増やさないよ」
「ではどうするのですか? 」
「ふっふっふ、俺は錬金術師だぞ? 」
俺がそう言うと、はっ!とした様子でこちらを見る。
「ま、まさかあの皿洗いゴーレムですか!? 」
「そうそれ! 」
王国にいた時の話だが、メイドはかなりの人数居た。
かなりの人数とはいっても、仕事が大変なことには変わりない。
朝から晩まで家事全般から庭仕事まで色々。
自分たちのために精一杯働いてくれているメイドたちの仕事を少しでも減らして楽が出来たらなの一心で俺は、錬金術でとあるモノを作り上げた。
それがリーナからも出た【皿洗いゴーレム】。
錬金術を発動させると、形が形成されていき、木製の可愛らしいゆるキャラが現れる。
「よし、【皿洗いゴーレム】! お前は今日からこのキッチンの皿洗い担当だ。頼んだぜ」
俺の言葉にゴーレムはらじゃ!と敬礼すると、早速皿を洗い始めた。
その光景を傍で見ていたリーナは懐かしそうな表情を浮かべていたのであった。
こんなんでメイドたちの負担が軽減されたかは分からないが、皆感謝してくれたし、作った自分としても笑顔でお礼を言いに来てくれて、嬉しかった。
「そーいやこれも、父上たちは褒めてくれなかったなぁ」
「あの方たちはレン様を意地でも認めようとしませんでしたもんね。そのせいでレン様はお気づきじゃないかも知れませんが、レン様が作成したモノや魔道具などは全部、使い手への気遣いが篭っていて、使い手は皆喜んでいたのですよ」
「いやいやそれは買い被りすぎだ。案外皆スクラップにしてるかもしれないぞ」
昔作ったモノの中には、今じゃ到底満足出来ない出来栄えのモノだってかなりあるはず。それを全員が全員喜んで使っていたとは考えにくい。
「なんでレン様はこうなるんですかね……親や兄弟があの方たちで無ければ、少しは自信があったでしょうに」
こう話してるうちにも、皿洗いゴーレムは全ての皿を洗い終えていた。
「ほんとどんな仕組みなんですかこれ。このゴーレムだけでも他の錬金術師やゴーレム使いは目ひん剥いて驚きますよ、この光景目にしたら」
「こんくらいだったら少し練習すれば誰でも出来るようになるよ。俺がそうだったんだから」
「だからレン様はそこらとは違う天才だと何回も言ってますよね!? 普通出来ませんから! 」
「いや出来るってー」
言い争っていると、騒ぎがとメリルの部屋にまで聞こえたのか食堂にやってきていた。
「どうされたのですかーーーってなにこれ!? 」
「こいつは皿洗いゴーレムだ。見ての通り皿洗いと、洗い終わった皿を乾かして、水滴をふき取って棚に収納までしてくれる」
「万能すぎませんか!? ゴーレムにそこまで出来るんですか!? そんな細かい命令組めるんですか!? というかゴーレム使いでもあったんですか!? 」
「俺はゴーレム使いじゃなくて、ただの錬金術師」
「錬金術師ってここまで出来ちゃうんですか……初耳ですよ! 」
「トメリルさん、惑わされては行けません。レン様が天才過ぎるが故に為せるだけであって、そこらの錬金術師は到底不可能です。もう一度言います。レン様が天才なだけです」
「そ、そうですよねリーナさん!! 普通無理ですもんね!? レン様が天才なんですね! 早速領民の皆にもこの件を伝えないと! 」
「いやぁ、照れるなぁ。お世辞でも嬉しいよ。二人ともありがとう」
「「ですからお世辞ではありません!! 」」
一休みした後、領主の部屋にて。
俺は頭を抱えていた。
とりあえずそれっぽいことをしようと、席に着いたはいいんだが何をすればいいのやらさっぱりだ。
「失礼します! 」
トメリルが部屋に入ってきた。
「ちょうど良かった。どんなことをすれば良いのか教えて欲しかったんだ」
「そうですよね! レン様は領主生活1日目ですし、今日はゆっくりしてもらおうと思っていたのですが、何せ緊急事態でして」
「な、なんだ緊急事態って!? 」
部屋に入ってきた際に微かに息切れを起こしていたし、緊迫した面持ちだったので、なにかあったのだろうとは思っていたが緊急事態だとは。
「そ、それが……魔物が森から降りてきて、領地付近に近づいてきているのです!! 戦闘能力の無い者は家から出ないように通達し、狩りに出ていた者には戻ってくるように連絡を入れに行きました」
「とりあえずそこに行く、案内してくれ」
「わ、分かりました!! こちらです」
まじかよ、嫌な予感はしていたが、まさか栄えある領主就任一日目にやってくるとは。
しかもトメリルの口ぶり的に、本当は今日は一日休みっぽかった。
魔物め、俺の貴重な休みを潰しやがって! 絶対許さん!
外に出ると剣や杖などを持った領民たちが、入口付近に集まっていた。
魔物はちょっとハナタレ箇所に居て、こちらに近づいてきている。もう少し遅れていたら戦闘が始まっていただろう。
俺がやってくると領民たちが声を上げた。
「りょ、領主様!!? 」
「領主様は錬金術師であらせられましたよね!? 危険ですので、ここは私たちにお任せ下さい」
「ば、バカ何言ってんだお前! ガークとのあの闘い見てねぇのか? 領主様は魔法も一流だったんだぞ! 」
「カッコつけてねぇでここは領主様に任せた方がいいだろ! 」
け、喧嘩すんな……。魔物も呆れてるぞ。
てか背中を向けるなよ、殺されるぞほんとに。
「てめぇらレンが来て安心するのはいいけど、敵に背ぇ向けんなって前も言っただろ」
「ガーク! 」
ガークがマトモな事言ってる……。初対面があれだっただけに意外だ。
「喧嘩うってんのか」
「すまんって!! 」
怖! 心の中読まれた!?
領民たちの合間を縫って1歩前に出て、【アイテムボックス】から【魔剣】を取り出す。
右手には禍々しいオーラを放っている黒紫の大剣。
こいつが【魔剣】羅刹(らせつ)だ。
ひと振りするだけで大抵の魔物は倒せるし、この魔剣の効果で倒したヤツを【吸収】してそいつが持ってた効果が付与されるというとんでもない代物だ。
なんでこんな武器を持っているのか?と思うだろう。
「な、なんだあの武器」
「ねぇ、めっちゃオーラ放ってるんだけど気の所為……よね? 」
「あれって封印された伝説の魔剣に似てる気が……」
「あの1000年前に魔王が使っていたとされる、あの!? 」
「あれだけ禍々しいオーラが放たれてるんだ、間違いないだろう」
「でも、ならなんで領主様が持っているの? 王国で厳重に保管されてるはずじゃ……」
「確か王国の中でもトップクラスの、王国結界魔術師が封印を厳重な結界を施したと話題になってたよな」
話が盛り上がってきており、この場の全員の顔が俺の右手にある【魔剣】に釘付けとなっている。
「あーこれ気になる? 」
「「「そりゃ気になりますよ!? 」」」
そうかー、気になっちゃうかー。
あんま持ち主にバラすなって言われてたんだけどな、なんかノリで取り出しちゃったし、説明するしかないよなー。
「一つ一つ質問に答えてくけど、最初に出てきてた通りこれは【魔剣】であってるぜ。正式名称はなんか長ったらしい横文字だったけど、長くて呼ぶのがめんどくせーから、羅刹(らせつ)って俺は名付けた。んで次、1000年前に魔王が使ってた云々、これも正解。王国で結界魔術師によって封印されていたのもあってる」
「で、では何故レン様がお持ちなのでしょうか? 」
おずおずと聞いてくる一人の領民。
「その結界魔術師の長が俺の誕生日にプレゼントとしてくれた」
キミなら扱えるだろうし、ぶっちゃけボクの結界魔術よりキミの【アイテムボックス】の方が安全だからねっ♡とポイッと渡された。
「プ、プレゼントで魔剣を貰ったぁぁぁ!?!? 」
「そ、その国王様から許可は出たのですか!? 」
「んや、多分無断だぞ。地下の奥深くの部屋に封印されてたんだが、親父も含めてほぼ誰も近寄ることは無かったからなー、今も気づいてないんじゃねーかな。あ、おめーらもこれ内緒にしててくれよ? 」
ソフィアちゃんが怒られちまうからな。
あ、話の結界魔術師長の名前ね。
「も、もももももちろんです!! 」
「まず王国に近寄ることが無いので!!! 」
「今日見た光景は墓まで持っていきます!! 」
クビがもげるんじゃねぇかってくらい頷いている。
んじゃ、話も終わったし魔物ワンパンしますか!
あれ? あんだけ大口叩いて「魔物に背中を見せるな」なんて言ってたのにお前もじゃねーかって?
俺には背中にも【眼】があるから見えてるんだぜ。しかも普通の【目】じゃない特別なヤツがな。
これもめっちゃ強い効果あんだが、今回は使うまでもない。
「領主様! 後ろ!! 」
「ん? 大丈夫だ、視えてるぜ」
後ろに手をやり、襲いかかってきていた魔物の頭を掴む。そして、空中に投げ込む。
「グガァァァァァ」
そして魔剣をひと振り。それだけで魔物は胴体から真っ二つになり、ボトンボトンと落ちてきた。
「え、弱くね? 」
Sランク級の魔物なんじゃなかったのか? 明らかに弱すぎるんだが。
Cランクくらいの魔物が森のSランクの魔物に追い出されてこっちにやってきたのかね?
真相はよく分からんが、魔物騒動は一分くらいで終わったのだった。
「えっ……この魔物はまさか……」
魔物の死体を確認していた領民の一人が青ざめた顔をしている。なんだなんだと他の皆も覗き込んでいる。
「この人は【鑑定】のスキル持ちなんですよ〜。目利きが良くて、どんな素材もバッチリ調べれるんですよ。領民全員お世話になってます」
聞いてもないのに近くにいた一人が教えてくれた、ありがとう。
「ま、間違いないです……この魔物は……デスウルフです」
そんな目利きの鑑定士さんが言う。
デスウルフ。その言葉を聞いた瞬間、また領民たちが騒ぎだし、あれやこれや言い合い出す。
「Cランクくらいの魔物だろ? 」
なんでそんなおっかない顔してるんだ、と言おうとしたところを一斉に遮られる。
「Sランクの魔物ですよ!!!?? 」
「噛みつかれたら最後、噛まれた部分から瘴気が身体中に蔓延し死に至る。そんなチートみたいな魔物です!! 」
へぇー、こんな犬っころにそんな能力があるとは思えんけどな。
「戦闘職ではない俺でも倒せたんだぞ? やっぱ見間違いなんじゃないか? 普通のウルフが髪染めならぬ身体毛染めでもして、イメチェンしたんだろ」
「そんなバカな話あるわけないですよね!? 」
「領主様ってちょっと抜けてるトコありますね……」
「無いわい! 」
まったく、失礼な領民だ。この俺がそんな間違いする訳ないだろう。第一Sランクの魔物があんなに弱いかっての。
「それは領主様がお強いからでありまして……」
やだ、勘違いCランクウルフを倒しただけで、強いだなんて言われちゃった!
内心褒められて嬉しい気持ちもあるのだが、流石にCランクの魔物倒してドヤる領主はダメすぎるだろう。
「レン様、屋敷の掃除をしていて遅れてしまいましたが、緊急事態というのは解決されましたでしょうか? 」
お、ちょうど良いタイミングで完璧メイドのリーナがやってきた。
「なぁーリーナ。この犬っころいんだろ? こいつがSランクのデスウルフだってこいつらが騒いでるんだが、違うよな? 」
犬っころをじっと見つめた後、苦笑するリーナ。
「これデスウルフで合ってますよ」
リーナがそう言うと、
「そうですよねリーナ様!! 」
「領主様が普通のウルフだと認めてくれないんですよ!! 」
リーナに詰め寄っていく領主たち。
「いやいやリーナ。冗談だろ……俺がそんな大層な魔物倒せるはずがないだろ」
「何を仰ってるんですか、あなた相当なチート持ちじゃないですか」
「俺はただ魔法と魔道具とスキルが作れるだけだ! チートなんなじゃない! 」
「だからそれがチートなんですよ!? 」
「現に親父や兄たちはけちょんけちょんに貶してきてただろ!! 」
「あんのクソ国王!!! 」
「!? 」
「大体レン様の仰る普通の人間は、魔法を自作することなんて不可能です!! 」
「じゃあ魔道具はどうなんだよ! 作ってるヤツ沢山いんじゃねーか!! 」
「確かに魔道具は造れる方はいらっしゃいますね。ですがレン様が造るようなチート機能付きの魔道具はレン様以外誰にも無理です!!! 」
「じゃあスキルはーーー」
「神以外作れないはずですよ!? てか作れるんですか!? 私、初耳なんですけど!? 」
おおう……。何を言っても直ぐに返されてしまう。
俺たちの押し問答を傍で聞いていた領民たちはというと。
リーナ以上にびっくりしていた。中には顎が外れるんじゃないかと心配になるほど口を大きく広げている人まで。
「あ、あの……領主様……いくら領主様とはいえスキルを創れるなどと口に出されるのは辞めた方が宜しいかと……天使族や教会の人間に見つかれば、即刻クビをはねられてしまいます」
その言葉に深刻そうに頷く皆。
天使族って可愛らしい美少女を想像するけど、そんなおっかなびっくりな性格してんのか。勝手に美少女って予想してるだけで実は筋肉ムキムキのおっさんな可能性もあるけどな。
教会の人間は確かにめんどくせー奴らばっかだったな。
王子の仕事柄、何回か関わったことがあるが、話が通じなかった記憶しかない。女神の像の手に乗せられていた宝玉にヒビが入っていて割れかかっていたから、治そうとしたらドチャクソにキレられて、二度と治してやるもんかと頭にきたことがあった。
あれ放置してたら絶対いつか木っ端微塵に割れてる。
「しかしその件のおかげで聖女様に気に入られたので良かったのではないですか? 」
そう、頑固頭しか居ない教会の中で唯一まともだったのが聖女であるクレニール・スアントル。
宝玉の件で教会の殆どの人間から大目玉をくらい出禁になりかけたんだが、聖女が止めに入ってくれて宝玉が修理されてることを力説してくれた。
俺が何回言っても、「神聖たる女神の宝玉にヒビなど入っているわけが無い」の一点張りだったくせに、あいつらときたら聖女が同じことを言った瞬間、即座に認めやがった。
そして渋々感謝された。
その後、聖女に百回くらい謝られて、制止の声をかけても、聞きゃ、しない。
俺としては聖女に謝られても、ぶっちゃけ気分が優れるわけでは無かったが、その日唯一まともな人間と会話出来た事、俺を庇ってくれた事に感謝する意味で、後日食事の約束をして、その日は解散となったが、なんか普通についてきた。
帰り際話し相手がずっと欲しかったから嬉しいと笑顔で伝えられた俺。
「どうなったんですか? 」
「き、気になります! 」
ありゃ? なんか人だかりが増えてるんだが。こんな話聞くために仕事放り出して集まってきているのか……?
仕方ない、続きを話そう。
いやまじでどうでもいい話だし、なんにもならないが。
「流石の俺もここは何か気を利かせる場面だと思った俺は、錬金術で即座にベアーをデフォルメにした可愛めのぬいぐるみを作ってプレゼントして、顔も見ずにスタコラサッサ家に帰った」
「で、どうなったんですか!? 」
「実は……」
「「「実は!? 」」 」
ごくりと唾を飲み込む音が聞こえるほど、辺りは静かになる。俺の次の言葉を領民全員が今か今かと待ち構えている。
「これつい最近の話だから、なんも進展が無いんだ。しかも追放されたからもう会えん。まず俺が何処に行ったかすら分からんだろう」
まさか俺を追って聖女様がこんな辺境の領地にやってくる訳無いしな。
「これで話は終わりだ! 期待したような話じゃ無かっただろ? ほら、皆も帰った帰った! 俺も帰る! 」
変な話させられたせいで疲れた。
そんなこんなで解散となった。
ちなみにデスウルフは皆で美味しく頂き、爪は武器の加工に使うことになった。
にしてもあの話をしたせいで、聖女が今どうしてるのかが気になってきた。
あんな性格の聖女にとって、あの協会は窮屈なはずだ。いつか嫌になって、他の国の教会に移るかもしれない。
まぁ、こんな辺境に左遷された俺が、聖女と再開する事は無いだろうが……。