ワシは頭を抱えていた。
つい先日、聖女と賢者が王都を去った。しかも理由はあの無能のレンを左遷したワシに失望しただの、あいつのいない王都に未来はないだの。
ふざけるなと言いたい。
国王であるこのワシより、あの無能のレンの方が優れているなど有り得ない話だ。
ワシの判断はなにも間違ってはいない。
レンに何か吹き込まれて揺らいだだけだろう。
しかもなにせ向かった先はあのヘレクス領だ。劣悪な環境に耐えきれず、王都に戻ってくるに違いない。
そこまで考えてワシは、自分でも笑みがこぼれて行くのがわかった。
歪なまでに口が歪んでいるだろう。
あいつらが出ていったせいで、ワシの城での……いや王都での評判まで落ち始めていた。
人の噂というものはすぐに広まる。
「聖女様と賢者様が愛想を尽かして出ていかれてしまわれたらしい」
だの、
「理由は第五王子のレン様を左遷したかららしい。聖女様や賢者様が、自らあのヘレクス領に向かう程の理由になる人物……」
だの、
「ウチの娘が迷子が怪我をして座り込んで泣いていた時に、キズを癒して、ウチまで連れ帰ってくれたことがある。そんな優しい心の持ち主を左遷させるなんて信じられない」
だの、
「騎士団長様と訓練してるところを偶然みかけたことがあるが、かなりの実力者だった。終始圧倒していたし、騎士団長様の悪い癖や、アドバイスも的確に行っていた。それでいて、休憩中には冷たいシート? をおでこに貼ってあげていて、喜んでいたのを見かけた」
だの……。
ああああ!!!!
机を思い切り叩きつける。
思い出すだけでも腹が立つ。
現在のワシの評判はかなり悪いといっていいだろう。
レンを追放して、それを城のもの達に報告して以降、メイドどもはワシを汚物を見るような目で見てくるし、騎士団長も、剣聖も、魔術師長も、結界魔術師長も、どいつもこいつも、その決定は可笑しい、貴方は何もわかっていないとほざく始末。
無能を1匹追放した。ただそれだけのことだ。何故こいつらはレンがレンがと言ってくる。意味がわからない。
しかし。 ワシは再びニヤリとする。
見立てではそろそろ寝を上げて、聖女どもが帰ってくるはずだ。
「私たちが間違っていました。これからも国王様の元で働かせてください。なんでもします」
こういうに違いない。
ククク……。
しかしワシはこう返答してやる。
「今更もう遅い。しかしワシは心が寛大だからなぁ。一生城の飼育小屋で畜生共の糞尿でも掃除してろ。もちろんそこが貴様らの住む部屋だ」
となぁ。そう言い放った時の顔が見てみたくてしょうがない。
くくく……!! 想像したら気分が良くなってきた。
よぉし、仕事をしよう。
「おいメイドぉぉ!! 書類をもってこんかぁ!!! 」
大声で怒鳴るが、誰も入ってこない。
なぜだ? いつでも呼びつけて雑用をさせれるように必ず一人は部屋の外に配置しているはずだ。
少し待っているとカツン、カツン、と金属が擦れる音がなりながら、足音が近づいてきた。
ちぃぃっ、やっときたか。このメイドはもうクビだ。
呼びつけてからやってくるまでに数十秒もかかったことにイライラしたワシは、机に置いてあった、飲みかけが入ったコップを持ち上げ、腕を振り上げる。
入ってきた瞬間に飲み物を顔にぶちまけてやる。
これでワシの溜飲が下がるのだから、本望だろう。
ギギギ……とドアが開く。
今だ!
入ってきた人物にコップを投げつけた。
その人物の【甲冑】にコップが当たり、衝撃で粉々に割れる。びしゃりと液体が全身にふりかかる。
そう、【甲冑】に。
一瞬、ワシの思考が止まった。
甲冑を着るようなメイドは居ないはずだ。
それに思い返せば、何故ドアの向こうからやってくる足音に、金属が擦れる音が鳴っていたのか。
メイドは全員メイド服を着用させているので、金属なんて一切身についていない。
と、なると……。今、目の前にいるであろう人物はメイドではない。そして、メイド以外にここに来るような人間。
執事……違う。
ここまで考えてワシの頭は真っ白になる。とてもじゃないが目の前の人物の顔を見上げることが出来ない。
いや、待て、落ち着くんだ。
焦りからよく考えれなかったが、兵士どもだって甲冑を来てるはずだ。
ああ、そうだ。ワシは何を勘違いして焦っていたのだろう。
報告に来た兵士だ。それ以外ありえない。
しかし何故だろうか。
目の前にたっている人物からとてつもない殺気が、襲いかかってきているのだ。
並の兵士が出せる殺気をゆうに越えている。
そう、まるで王都の最上位クラス。
ワシはまた現実逃避をする。
そうだ、息子達だ。外で訓練をしていたから甲冑でも着ているのだろう。そうに違いない。
ワシはようやく顔を上げて、来訪者の顔を見上げた。
そして、絶望する。
目の前にいる、飲み物で顔と髪がべちゃべちゃになった女性の姿を見て。
なんとか力を振り絞り声をかける。
「こ、これはメリア殿。以下にしてこちらへ……」
ダメだ、情けない声になってしまった。
無理もない、なにせメリアは王国最強クラスの騎士団長なのだから。
とんでもない人物に飲み物を、それも顔面にぶちまけてしまった。
急ぎポケットからハンカチを取り出す。
「こ、これでお顔をお吹きくだされ。こ、これは事故でして……」
メリアは顔をヒクつかせながら言う。
「そうか、事故か。部屋にやってきた人物に顔も見ることなく飲み物を、いや器物を投げつけてきたのが事故か。ハハハ! 国王様は面白い事をおっしゃるな」
「ガハハハ! そうであろう!! 」
メリア殿が笑うので、つられてワシも大きく笑う。……両者、顔をヒクつかせながら。
「して、何用で」
ええい、ビビらせやがって。
こいつだって国王が直々に飲み物をぶちまけたんだ、今頃感謝し、ありがたみを噛み締めているはずだ。
「(なっ、なぜこのあほ面バカ国王はこの状況で笑ってられるのだ!? さっきのは皮肉に決まっているだろう。謝罪の一言もなく、平然と、いや、当たり前のようにふんぞり返っているのはおかしいだろう!? 今ここで叩き切ってやってもいいんだぞ……はっ、いかんいかん。深呼吸してっと)こほん、ここに参ったのは他でもない」
なんだ……?
まさか、こいつまで辞めるとか言い出さないだろうな。
いや、こいつの家系は先祖代々王国の騎士団長としてこの国に仕えてきた。そんなやつが辞めるなどありえない。
「マサカコンナコト国王、すまないが私、メリア・トライシスは王国騎士団長を辞めさせていただく」
しかしメリア殿の口から発せられた言葉は、ワシが危惧していたものだった。
「なぜだッ!? 先程のは事故だと言っただろう!! 」
「(こ、こいつはやはりアホ、アホなのか!? 飲み物を頭にかけられたから、ふてくされて辞めると言い出したと思われてるのか!? )違うに決まってるだろう!? 私はそんな幼稚ではないぞ!? 」
「じゃあ、なぜぇ!!!!!!!!! 」
「(唾を撒き散らかしながら怒鳴らないでくれ、私は今日は液体まみれになる一日なのか!? というか、)そんな理由も分からないのか!? 少し考えたら分かるだろう」
「分からんから聞いてるのだろう!!!!!!! 」
「(よくこんなやつが国王になれたな!? 今までレンから愚痴は聞いていたが、まさかここまでとは……あいつがここまで苦労していたことに気づけなかった私は、あいつの友失格だ。あいつはいつも私を気遣ってくれたのに……)」
メリアは深呼吸をする。
そして、意を決した様子で言う。
「友が心配だ。あいつのサポートに回る。ああ、安心しろ、私の後釜は全信頼を置いている副団長に任せている。これからも変わらないはずだ」
「その友が誰だときいているんだあああああ!!!!! 」
「私の心からの友はただ1人。レンだけだ。では失礼する」
「ま、待ってくれ……いや、まてええええ!!!!! 」
メリアはワシの魂の絶叫を無視し、きびすを返す。
しかし、思い立ったかのように立ち止まる。
考え直してくれるのだろうか、ワシの言葉で踏みとどまってくれるのか。
そんな願いとは裏腹に、淡々と言う。
「このエンブレムの付いた甲冑や鎧、剣。一式ここに置いておく。副団長に渡してくれ」
そして今度こそ立ち止まることはなく、ドアが閉まった。
部屋に一人取り残される。
また、レンだ。
聖女も賢者も、そして騎士団長も全員が「レン」。
抗議に来たメイドどもも、全員、どいつもこいつも口を揃えて「レン」。
これじゃあ、あいつが国王みたいじゃないか。
「レンんんんぅぅぅぅぅ!!!! ……待っていろよおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!! 貴様の全てを壊してやるからなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!! 」
机の上にあった紙束をぐしゃりと握りしめる。
重要な書類の束だが、今はどうでもいい。
ワシの顔に泥を塗り、恥をかかせ続けるレンをどうやって潰してやろうと、その計画をねり始めるのであった。
前日皆に絞られたことを除けば、いつも通りの朝。
「ペット枠が欲しい」
「ぺっと……ですか? 猫ちゃんとかそこらへんの? 」
そばに居たトメリルが言う。
そう、ペットが欲しい。
こう、もふもふで俺を癒してくれるようなそんな存在が……。
「レミナ様がお連れしているあのスライムじゃダメなんですか? 」
うーん、だってあのスライムはあくまでもレミナのだしな。放置しているように見せかけて、あいつ割と愛情注いでんだよな。
「えー! なんか意外です! 」
手入れとかもしてやってるし、必然的にあいつの夜のお供はスライムだからな。それを取り上げるのは可哀想だ。
かといって俺もペットが欲しいわけで。
「よし! 魔の森を散策してみよう! 」
「ま、魔の森に行くんですか!? あんなとこにペットなんて居ませんよ!! それに、危ないです!! 」
俺を心配してトメリルが止めようとしてくる。
だが欲しいものは欲しい。
「だからって魔の森じゃなくても良くないです!? ほら、ピクニックに行った側の森だってあるじゃないですか」
そっち側だと、可愛い魔物居なかったからな。
「ゴブリングレートをペットにしたいってなら、行ってみるが」
「絶対嫌ですよ!? てかゴブリングレートはペットになりません!! 」
「だったら魔の森に行ってみるしかないじゃないか。てことで行ってくる」
「あ、ちょっと待ってくださいよー!! 」
「なに? 」
「えっと、どうしても行くって言うのなら止めませんけど。無事帰ってきてくださいよ? 」
「そんな危険な場所に行く時みたいな反応しないで……フラグになってしまう」
「現に危険な場所なんですけど! 」
まぁ、魔力は濃いそうだけど。もし危なくなったら転移で戻ってこれるし大丈夫だろう。
「そうでしたね。そういえば私の領主様は規格外でした」
謎に私の、をやたら強調して言ってきた。
「じゃあ行ってくるわ」
俺は転移を発動させようとする。
「玄関から向かわないのですか? 」
「んーだって、トメリルがこの反応なら全員同じ反応するだろうし、なによりリーナ辺りにバッタリ会ったら、絶対止められるだろ」
「ああ、確かにそうですね。(もしペット候補が見つかって、連れ帰ってきたら、なし崩し的にバレるのでは? どうしよう、伝えてあげた方がいいですかね……でもここまでやる気に満ちている所に水を指す訳にも行きませんし……それに私もペット見たいですし、いっか! 後で怒られてください! )」
今度こそ転移魔法を発動させる。
俺が部屋から消える瞬間、トメリルが笑顔で手を振ってくれた。
「いってらっしゃいませ! 」
「」
そう答えたと同時に、景色が変わる。
ここは魔の森の入口の手前だろうか。足を踏み入れて、中へと入っていく。進めば進むほど魔素やら魔力やらが身体中にずっしりと圧がかかってくるのが分かる。
けど、聞いていたほどではない。
力を持たない、圧倒的な魔力圧などを体験していない、非力な領民たちには毒だろうけど。
このくらいなら屋敷のメンバー全員へっちゃらじゃないだろうか。
鼻歌を歌いながら、どんどん進んでいく。
変な魔物がたまに襲ってくるが、全部返り討ち。
途中からあまり倒しすぎたら、お隣さんたちが困るかなと思い気絶させるだけに留めることにした。
色んな魔物と遭遇したけど、ペットになりそうなやつはいない。トメリルの言ってた通りなのか。
かれこれ数十分散策したが、キモイやつとかグロテスクなやつとか、そんなのばっかで飽きてきた。
もう帰るか。
転移を発動させようと右手に力を入れる。
そこで奥になにやら洞窟があることに気づいた。
せっかくだし行ってみっかな。
洞窟の中は魔の森よりも暗く、明かりがないと先が見渡せない。
「ライト」
周囲を照らす魔法を展開しながら、先に進む。
足場がかなり悪く、気を抜いたらこけそう。
なんで道ごときに気を使わなきゃならねぇんだ。
イライラした俺は【整地】を使い、手のひらを地面に置く。
ズガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!
なんとびっくり、あれほど足元の悪い荒れていた地面が、耕した土地の如く綺麗になっている。
「はぁ、はぁ……」
洞窟内全ての道を強引に整地したため、とてつもない量の魔力を使ってしまい息切れがおきる。
立っているのも辛くなり、半ば倒れるように地面に座り込む。でこぼこな壁に背中をやり、ひと休憩。
【アイテムボックス】からエリクサーを取り出して、一瓶分ぐびっと一気に飲み干す。
流石はエリクサー。飲んだ瞬間から魔力が全回復した。
ここまで歩いてきた足腰の疲れまでもが超回復。
一日一本、エリクサー!
栄養ドリンク(※エリクサー)を飲んだことによって回復した俺は、洞窟を進んでいく。
おかしい、こんなにも長芋のなのだろうか?
かれこれ数時間は歩き続けたはずだ。
現に何本かの栄養ドリンクを消費している。
それのおかげで疲れはないのだが、終わりの見えない洞窟に嫌気がさしてくる。
転移を使えばすぐにでも領地に戻ることが出来る。それにこの場所までまた転移で戻ってこれる。
はぁ、帰るか。
また今度暇な時にでもきて、先に進んでみるとしよう。
そうして俺は転移を発動させようとするが……
「はぁぁ!? 」
幾ら発動させようとしても、出来ない。
何らかによって阻害されている。
【整地】は使えたのにどうして……。
頭をフル回転させてひとつの結論に至った。
このモヤッとした霧、これが転移魔法を阻害させている。当然同じ原理の転移石も使用不可だ。
洞窟に入ってすぐからこの霧が蔓延していた。
ここは入っては行けない場所だったのかもしれない。
軽い気持ちで入ると、一生抜け出すことの出来ない洞窟。
どれだけ強いやつでも、いずれ食料は尽きるし、たまに現れる魔物との連戦で気が休まる瞬間もない。そして睡眠を取れるような安全な空間は存在しない。
「人間が立ち入れないような場所なら、手前にそう書いとけよ……」
次、あのお隣さんに会ったらクレームのひとつでも入れてやろう。
「さて、どうすっかねぇ……」
あぐらをかいてその場に座り、これからを考える。
屋敷を出てからもうかなりの時間が経っている。
帰りが遅くなろうものならリーナにみっちり絞られてしまう。それだけは避けたいのだが、転移が使えないせいで帰れない。
進むしかないのかねぇ。
終わりの見えない道を歩き続けるのは、心にくる。
心の疲れは栄養ドリンク(※エリクサー)でも補えない。
立ち止まっていても仕方ない。歩きながら、どうするかを考えよう。
あれから数時間後。
ようやく、明かりが見えた。
やっと出口に着いたのだ。
「いょっしゃぁぁ!! 」
俺は光の空間にダイブ。
そこは薄暗く、壁は苔が生い茂ったダンジョンのような場所だった。
『まさかこの洞窟を突破するものが現れようとは……』
そして目の間になんかいた。
でっかくて狼? みたいで、全身白くて、体毛がふさっとしている。
でっかい狼さん(仮)が語りかけてくる。
『よくぞ突破した。褒美になんでもひとつ願いを叶えてやろう』
うん? 何を言ってんだこいつ。
急に喋りだしたかと思えば、願いを叶えるってよく分からんのだが。
人語を話せる魔物がいるっちゅーのは聞いたことあるが、実際に目にしたのは人生で二回目だ。
『うむ? 何をぽかんとしておる。遠慮せず願いを言え。我の力を求めてこの洞窟へ入ったのだろう』
あれ、もしかしたらこの洞窟は何かの試練のための洞窟だったのかもしれない。
しかも願いをひとつなんでも叶えるとかいう、かなりヤバいレベルの。
それにしちゃ簡単すぎない? と思ったのだがそれはさておき。
願い、ねぇ……。
『圧倒的な力が欲しい。でも、地位名声を手に入れたい。でも、莫大な資産が欲しい。でもなんでもよいぞ。それだけの事を貴様は成しとげたのだ』
なんか褒めてくれてる。
けど俺、ただ歩いてただけなんだよな。
それにこいつが出してきた例、何一つ魅力を感じない。
『じゃあ何だったらいいのだ……ほら、こんなチャンス滅多に無いんだぞ。なにかあるだろう』
あらでっかい狼(仮)さん困ってる。
ん? こいつよく見ればモフモフっぽいし、魔物?にしちゃあかなり綺麗な顔立ちしてる。
俺が探し求めていたペットに丁度良いんじゃなかろうか、少しデカイが……なんとかなるだろ。
『おっ、決まったのか! 』
「ああ。お前が欲しい」
『はぇ……!? 』
やっぱダメだったか。いくら何でもお前が欲しい、は無理か。これからも現れるであろう洞窟の踏破者に願いを叶えてやらないといけないからな。
「じゃあやっぱ他ので……え? 」
ぽふんっ! と音がした後、でっかい狼を煙が覆う。
煙が晴れると、そこに居たのは白い髪に、可愛らしい顔、お尻の辺りからはふわっとした尻尾が生えた美少女が立っていた。
「え、だれ」
『我じゃよ!? 』
えっ、こいついまさっきのでっかい狼!?
人語を話せて、しかも擬態化出来る魔物なんて珍しすぎる。こいつで二人目だ。
『我も……お主様に着いていくのじゃよ』
「俺が言っといてなんだけど、ここの番人? 的な仕事があるんじゃないの? 抜け出して大丈夫なのか? 」
『お主様以外この地に足を踏み入れれた人間は誰一人としておらんぞ。だから大丈夫じゃろう。それに願いは絶対なのじゃ』
軽い気持ちで願ったら、あっさりペットをゲット出来てしまった。
いや、擬人化している目の前の少女をペットにするのはなんだか気が引ける……。
「なんじゃ、お主様ペットが欲しかったのじゃな。安心せい! 我がお主様のペットになってやるのじゃ〜♡ 」
「いやペットにはしないからね!? 」
屋敷に連れ帰って、こいつは今日からペットだ、とか言ってみろ。俺がどうなるか分からない。
『願いなんじゃから、もう我はお主様のペットとして魂に刻印が刻まれてしまってるのじゃ! 』
とんでもないことをサラッと言うな!?
どうやら俺が屋敷の皆にゴミを見るような目で見られるのは確定してしまったらしい。
今から言い訳考えないと……。
そろそろ帰らないと本格的にやばい気がする。
「おい、じゃあ俺の屋敷に帰るぞ。お前名前は? 」
「名など与えられたことがなくての……」
名前が無いのは不便だ。ペットと呼ぶ訳にもいかんし……。
「お主様に決めて欲しいのじゃ♡ 」
お願いっ♡と見つめてくる。
しゃーねぇな。
「でっかい狼(仮)、でどうだ? 」
「酷すぎるのじゃ!? てか、我は狼などではない!! 」
「え、じゃあなんなん」
「見てわかるじゃろ!? フェンリルじゃよ〜!! 」
どうだすごいだろうと、ドヤ顔をしてくる。
なんか無性にイラついた俺は、頭をぺちっと叩く。
「何するのじゃ!? 」
「イラついたから」
「我、フェンリルじゃよ!? 」
「数秒前に聞いた」
「なんで叩くの!? 」
「だからイラついたからだって」
「酷いのじゃ……」
まぁ、しかしこいつの言ってることが本当なら俺はやばい事をやらかしている。
フェンリルは神獣っちゅう、ざっくり言ったらとんでもない魔物。
フェンリルを崇めている一族もいるそうな。
そんなフェンリルをペットにしてしまったってわけだ。
俺はチラッとフェンリルを見る。
うーん……こいつがフェンリル。どこをどう見てもケモ耳美少女。
ま、ペットでいいか。
深く考えるのをやめて、フェンリルをみやる。
名前ねぇ……。
安直にフェルとかでもいいか。
「おい、お前の名前決めてやったぞ」
「なんじゃ! どんな名前にしてくれたのじゃ」
「フェル、でどうだ? 」
「フェル……フェル……」
その名前を連呼して、ゆっくりと噛み締めているフェンリル。ぱあああっと顔が笑顔になっていく。
そして、抱きついてきた。
「ありがとうなのじゃ、お主様から頂いたこの名前、一生大事にするのじゃ」
うわっ、こいつ意外とデカイ。
動く度にむにっと押し付けられる感覚がする。
フェルを身体から引き剥がす。
「お主様のお名前はなんなのじゃ? 」
今度はフェルが聞いてきた。
「俺はレン。このまえ、ここの隣のヘレクス領ってとこの領主になった」
「ほぉ、レン様か」
「まぁ好きに呼んでくれ。俺の事をレン様と呼ぶ人間が周りには多いからな。見分けが付きやすくするためにも他の呼び方で呼んでくれてもいい」
「じゃあお主様にするのじゃ」
結局さっきまでの呼び方になったのだった。
「じゃあこれからよろしくな、フェル」
「こちらこそよろしくなのじゃ、お主様♡ 」
「……ペットとしてな」
こうしてひょんなことから神獣フェンリルが仲間、もとい俺のペットになったのだった。
「首輪つけるのじゃ? 」
「流石につけねーよ! 」
フェンリルのフェルが仲間になった。
転移で屋敷まで一瞬で帰ってもよかったが、外の世界をみたいとのフェルの要望で歩いて帰ることに。
こいつが歩いて帰りたいと言った瞬間は、焦った。
またあのクソ長い道のりを歩かされるのかって。
けど流石にそんなことはなく、フェルのなんかすごいパワーで入口手前にワープしてた。
「どうだ、これもフェンリルの力じゃぞ。凄いじゃろう」
そうドヤ顔で、ほれ褒めろと言わんばかりに俺を見てくるが。
「たわけ! 元を言えばてめーがクソ面倒な霧を撒いてるせいで転移出来なくしてたからだろ! 」
「あれは転移石を封じる為の術式じゃ! まさか転移そのものを使おうとする人間が現れるとは思ってもなかったわい! 」
「え? てか見てたの? 道中」
「試練に臨んでいるものの様子は見れるのじゃよ。もにたーとやらで」
へー。
「じゃあ俺が必死に歩いてるのをみながら、くつろいでたわけだ? 主様がひーこら歩いてるのに」
「その時は別にお主様は主でもなんでもないじゃろ」
「どんな風に見てたん」
「最初こそ久しぶりの人間に驚きはしたのじゃが、ふと今までのことを思い出しての。人間じゃからどうせ辿り着けずに道中で死んでしまうじゃろうなって……人間の死ぬ姿をもう見たくない、だから途中からもにたーは切っておったのじゃ。けど、接近を知らせるブザーが鳴って、まさかともにたーをまた見つめていたらお主が、我のところまでやって来てくれた」
どこか遠く、悲しい目をしている。
こいつ、もしかして寂しかったのか?
洞窟を作っておきながらも、人間の死は見たくないって。
もしかしたらこいつはただ一緒に話せる友人が欲しかったのかもしれない。
俺はフェルを見やる。
「な、なんじゃ? 」
「俺の屋敷は沢山の仲間がいて、皆優しいからな。俺以外は全員女子だから、フェルもすぐ打ち解けれるはずだ。……その、だから、お前はもう寂しい思いはしなくてよくなるぞ」
最初こそ言葉の意味がよく分かってない様子だったが、少しずつのみこんでいき、俺に言う。
「別に……寂しくなんてなかったのじゃ。我はそういう生き物なのじゃから、運命だと思ってたのじゃ。でも」
「でも? 」
「お主様の言う、その屋敷は楽しみなのじゃ。それに、お主様と出会えて良かったのじゃ。我を、あの場所から、ひとりぼっちだった空間から連れ出してくれてありがとうなのじゃ!! 」
そう言って、抱きついてくる。
俺はこいつが満足するまで抱きしめたまま、ふわふわな頭を撫で続けたのだった。
「けど寂しくなんてなかったのじゃからな」
何故かそこだけはプライドがあるらしい。
「はいはい」
けど、そう言って見上げてきたフェルの目元には涙の後があった。
……やっぱり寂しかったんじゃねぇか。
こいつを幸せにしてやりたい、そう思うのだった。
「ここがお主様の領地なのじゃな」
「うん。もう夜中だから領民たちは家で休んでて、寂しい感じになってるけど、昼は割と活発だぜ」
少しずつだが領地は繁栄していってる。まだまだ不便なとこも多いだろうから、領主としてこの領地を発展させて豊かにしていきたい。
世界最悪なんて言われないように、そして誰にも言わせない。
「お主様の大切なものを、我も守るのじゃ」
空を見上げると、星が光っていて夜空が綺麗だ。
うん……綺麗。
「なんで止まっておるのじゃ? 他の家々よりも一回りも二回りもデカイここがお主様の屋敷なのではないのか? 」
フェルが屋敷の前で立ち止まり、ずっと空を見上げている俺を不思議に思ったのか聞いてきた。
そう、無事帰ってこれたし、目的も達成出来て、新たな仲間も加わった。
そこまではハッピーエンドだ。
しかしここからが問題。
「帰るのが遅すぎた」
仕方ないとはいえ、いくらなんでも夜中に帰るのはまずいだろう。もうそろそろ明け方に差し掛かる時間帯だし……。
皆寝てることを祈ろう。
今日怒られるより明日怒られた方が気分が楽だ。
なんなら起きて、昨日遅かったことを忘れていてくれたらありがたい。
1人ずつ考えていこう。
まずメイド組。リーナ、トメリル、トゥーンちゃん。三人とも夜更かしはしないタイプだ。規則正しい生活を送るのを好んでいる。流石メイド組といったとこ。
この時間に起きているとは考えにくいから除外していいだろう。
次に健康賢者ことマーリン。朝の早起き、散歩。これらのイメージはあるが、夜どうしてるのかはよく知らん。
起きてる可能性もあるが、マーリンなら怒らないだろう。
はい次、クレニ。お子様っぽいとこあるし寝てるだろう。
最後レミナ。絶対起きてる。なんなら夜食、食ってそう。
けどこの中で一番俺の味方でもある。レミナのことだし、茶化してきそう。
あれ? わりと行けそうじゃないか?
何をビビっていたんだ俺は。
ひとしきり考えたあと、なんとでもなりそうだとの結論に至った。
「やっと入るのじゃな。楽しみなのじゃ〜! はやく挨拶をしたいのじゃ」
「あー張り切ってるとこ悪いけど、皆寝てるから静かにな? 挨拶は明日してくれ」
朝起きたら見知らぬ、しっぽの生えた白髪美少女が紛れ込んだいたら大騒動になりそうだが。
とりあえずは俺の部屋で寝させたらいいだろう。第一の犠牲者は明日起こしに来るメイド組の誰かだが。
「分かったのじゃ。明日挨拶するのじゃ」
俺はドアをゆっくりと開けた。
そして、閉めた。
「どうしたのじゃ? 」
汗だらっだらになりながら、俺はフェルの手を握る。
「ど、どうしたのじゃいきなり!? 」
「いいか、転移魔法を使って俺の部屋に転移する。初めての環境でなかなか寝付けないかもしれないが、許してくれ。それと転移したら直ぐにベットに入って、電気を消して寝るんだ。俺と一緒に寝るなんて嫌だろうが、今日だけは勘弁してくれ」
「言われなくとも一緒に寝るつもりじゃったが、わかったのじゃ。部屋に着いたらすぐベットにダイブして、目を瞑るのじゃ」
「よし、いい子だ」
まじで聞き分けが良すぎてペット。
俺はカウントを開始し、3・2・1のタイミングで転移を発動。真っ暗な俺の部屋に転移した。
言いつけを素直に守ったフェルは、即座にベットに直行。
俺もすぐ後を続き、ベットに潜り込む。
ミッションコンプリート。
ちらりと横を見ると、フェルはもう寝ていた。
それを見習って、目を閉じるが、なかなか寝付けない。
カツカツ……と、足音が迫り来る。
やべぇ、しぬ。
もう一か八かで、【スリープ】を自分に発動させた。
一気に眠気がきて、まぶたが重くなる。
なんとか危機が迫り来る前に深い眠りにつけそうだ。
明日、皆忘れてるといいなぁ……。
そう願うと同時に俺の意識は途絶えたのだったーーー!
これからも頑張っていこう……うん!