誰かに、名前を呼ばれた気がして、目が覚める。
すると、朝になってて、ベッドから身を起こすと、おやすみモードにしていたスマホが電話を知らせて、振動している。
スマホを手に取って、通話に出る。
相手は、もちろん、アイツだ。
「おはよう」
挨拶すると間髪いれずに、いつもと同じ言葉が返ってくる。
「おはよ。俺は、準備出来てるから、早くしろよ」
「ああ。ありがとな」
「どういたしまして。じゃ、また、後で」
「ああ」
電話を終えた。これが俺の寝起きのルーティンだ。
朝だな。そう思いながら、制服に着替えて、荷物の確認の間に、部屋の空気を入れ替える。確認が終わったら、鞄を持って、玄関へ降りる。
さっと、玄関の鏡の前で、髪を整えて、家を出る。
「やっと来たな。アイツらも待ってる。行くぞ」
家の前で俺を待っていたのは、幼馴染で隣に住んでいる、今野咲斗(こんのさきと)だ。
「ああ。待たせた」
俺達は、隣に並んで歩きだす。
毎日、朝、電話をかけてくるのもアイツだ。
迷惑では、あるけど、迷惑じゃない。咲斗の声が起きたら、すぐ、聞けるって、ラッキーだから。
前まで、咲斗は、朝、早く、起きるのは、絶対に無理だった。寝坊に近い時間に起きてくるから、学校に行く日とか遊びに行く日は、俺が起こしていたくらいだと思う。
だけど、あることがきっかけで、その立場は、あっという間に逆転した。
「あっ」
その声と同時に、突然、咲斗が俺の頭を触った。
上を向くと咲斗と目が合って、鼓動が速くなる。
「なんだよ」
「寝癖」
「えっ...」
「だから、じっとしてろ」
「ああ」
直してきたつもりだったが、足りなかったか。
「ほら、直ったぞ」
「ありがと」
「我ながら、上手く出来た。寝癖があるのも可愛いけど、湊斗(みなと)は、かっこいいが似合うからな」
「寝癖があると、俺は、可愛くなるのか?」
「ああ。普段、湊斗は、身だしなみもしっかりしてて、勉強が出来て、スポーツが出来て、皆がかっこいいと思っている」
「そのかっこいいって言われるの、俺は、お前からで良いんだけど?」
「まあ、聞け!だから、寝癖があると、湊斗がギャップ萌えをするのだ!!」
「はあ、で、その、ギャップ萌え?
どこで覚えてきたの?」
「クラスの女子が言ってた」
またか...。
「あのさ、俺は俺で、咲斗は咲斗。クラスの女子は、女子。いつも通りで良いから。言いたいことは、分かったし、嬉しいけど、ギャップ萌えとか、俺もよく、分からないし、咲斗が思うことは、咲斗の言葉で伝えて」
「湊斗...」
「それに、俺、咲斗の事、受け止める自信あるし、咲斗が一番、好きって、伝える自信あるよ?」
「うっ...」と咲斗は言葉を詰まらせるが、
すぐ、「だよな」と言って、俺に抱きついた。
「だけど、俺もずっと、湊斗の事、好きだって言えるぜ」
俺は、毎日、同じ思いを持っているという事を伝えることができる幸せを噛み締めていた。
「ああ。好きだ」
「あっ、湊斗、今のは、ずるいぞ」
そう、俺達は、恋人同士だ。
中学卒業のタイミングで俺から告白し、両思いで、付き合う事になった。
それからは、アイツが毎朝、俺を起こすんだとか言い出して、「やれるものなら、やってみろ」って言ったら、咲斗は、有言実行。俺が起きる時間の三時間前から、電話をかけてくるようになり、三日目で降参。この時間に起きたいから、その時間にかけてくれと頼んでからは、この日課が当たり前になった。
たまに、クラスの女子が言っている事を間に受けて、俺の好きなところとかを伝えようとしてくる。
その度に俺は、自分達なりに思いを伝え合えば良いと言って、咲斗も納得するが、忘れた頃にこんな会話をする。
俺が離れていくかもしれないと不安になるんだろう。
俺がお前から、離れる訳、ないだろ。
恥ずかしいから、本人の前では、言わないけど。
バス停に近づくといつも、一緒に居る二人が俺達を待っていた。
「それ、新作のチョコだろ?」
「ああ。一口、食う?」
「もらい!」と一口かじるふりをして、チョコは丸ごと、取られてしまった。
「あっ」
俺達に気づいた一人が手を振る。
来斗(らいと)、全部、持ってくな!」
そして、もう一人も俺達に気づき、手を振った。
「おはよ」
「ふぁよー」
「良かったな。来斗、理斗(りと)がまるごと、チョコくれることなんてないだろ」
咲斗が言うと残りのチョコもあっという間に食べて満足して言った。
「ああ。美味かった」
俺は、ある事に気づく。
そして、理斗が来斗に近づき、頬にキスをする。
「なっ!?」
「ごちそうさま」
「なんだよ!?」と来斗は赤くなる。
「えっ?何って、チョコだけど。もう少し、綺麗に食べたら?」
「嘘だろ!?」
そう、来斗の頬にチョコが付いていたのだ。
佐久川理斗(さくかわりと)早木来斗(はやきらいと)
この二人も同じく、幼馴染で、中学から付き合っている。
「来斗、良いなー!」
咲斗の一言で、さっきの恥ずかしさが吹き飛んだのか、来斗は、腰に手を当て、高笑い。
「ハッハッハー!良いだろ!!」
そんな二人を見て、俺と理斗は、笑い合う。
「朝から、お熱いね」
「そっちは、朝から、モーニングコールだろ。
お互い様だ」
「だな。...ほら、バス停、行くぞ」
そして、四人で、バス停まで、歩いて、タイミング良く、バスが来る。
バスを降りろと、目の前は、学校だ。
これが俺達、恋人同盟のいつもの朝だ。
恋人同盟は、高校生になった時に、お互いが付き合っている事が分かって、すぐに結成した。
ただ、毎日、一緒に居る。それだけだ。
お互い、幼馴染で恋人がいる。それ以上に何かの名前をつけるなら、なんだろうと話した事から、始まった。
「湊斗、屋上、行こうぜ」
「ああ」
咲斗に呼ばれて、昼休みだと、気づく。咲斗と隣の教室に向かう。
「理斗、来斗」
咲斗が呼んでも返事は無い。
「こっち」
後ろを向くと、理斗と来斗が居た。
「悪い。先生に呼ばれてたんだ。行こう」
「ああ」
昼休みに集まって、購買でパンを買って、屋上で食べるのも俺達の日課だ。
「ラッキーだったな。メロンパンと焼きそばパンが残っているなんてな」
「ああ。チョコパンも残ってたし」
「早く食べろ。次の授業の小テスト、勉強するんだろ」
「そうだった!」と来斗は、急いでパンを詰め込む。
「そんなに詰めたら、詰まるぞ」
「ふあに?」と言った来斗のリスのようになった頬は、すぐに、小さくなった。
「食えるのかよ」
「ああ。食えるよ。理斗、食ったから、勉強、教えてくれ!」
「待て、俺は、まだだ」
後、一口分と言ったところだが、中々、食べようとしない。
「食べれないのか?」
「いや、食べれる」と今度は、理斗が口にパンを押し込んで、コーヒー牛乳を流し込む。
「理斗、それ、俺のだけど」
だけど、理斗が飲んだコーヒー牛乳は、来斗が飲んでいたものだった。
少し、驚いていたが、飲み込んだ後、間髪入れずに言った。
「お前のだったら、なんだって飲むよ」
理斗は、笑った。
だけど、来斗は、顔が赤くなる。
「また、そうやって、お前は、俺をドキドキさせるんだ」
「ああ、そうだよ。来斗、お前が好きだからな。
幾らでもさせてやる」
理斗は、来斗からみれば、爆弾のような言葉を投げ続ける。
「分かったから、追撃、やめろ!
というか、早く、勉強しよ?!」
「来斗、可笑しいな!」
と笑う咲斗に俺も追撃をする事にした。
「咲斗、お前も早く食べるんだ。俺達も小テストだろ」
「そうだな」と言って、咲斗は、コーヒー牛乳を飲む。
「ちなみに、それ、俺のだから」
「えっ?!...湊斗、入れ替えたな!」
「当たり。という訳で、こっちは、俺がもらう」
俺は、咲斗が飲んでいたコーヒー牛乳をすぐに飲み干す。
「あっ、湊斗が全部、飲んだ!」
「大変だな。咲斗も」と言う来斗の隣では、理斗が笑いを堪えていた。
「理斗、笑うな!!」
「フッ...ごめん、無理」
こうして、昼休みは、勉強会になり、過ぎていった。
放課後になって、帰り支度をする。
「湊斗、今日は、どこ行く?」
咲斗が早々に帰り支度を済ませて、俺の隣に座る。
「カラオケとか?」
「ゲームセンターもあり」
「とりあえず、合流しよう」
「ああ」
教室から出ようとした時、理斗と来斗が来た。
「遅いから、迎えに来た」
「サンキュ」と咲斗が手を振る。
「行こう」
「ああ」
そして、四人で、学校を出る。
「カラオケ、行く?」
来斗が言った。
「賛成」
「右に同じ」
「左に同じ」
大体、こうやって、行き先が決まる。
学校から、話しながら歩いていると、あっという間に、カラオケに着いた。
「よし、歌うぞ!」
「俺も歌う!」
マイクとタブレットに飛びつき、咲斗と来斗が二人で、歌い始める。
「まず、ポテトを頼め」と言って、理斗は部屋に付いている電話で注文を始めた。
「俺、ドリンク取ってくる」
咲斗と来斗は、歌うのに夢中だ。
注文をしていた理斗が、軽く、手を上げた。
大丈夫という事だろう。
ドリンクを取って、帰って来ると、今度は、理斗が来斗と一緒に歌っていた。
「みーなと」と咲斗が俺に抱きつく。
...可愛いな。
「次、二人で歌おうぜ」
「ああ。曲は、咲斗に任せる」
「やった!」と咲斗は、また、タブレットに飛びつく。
「可愛いな」
今度は、口に出ていた。
咲斗が肩をビクッとした時、少しだけ、しまったと思った。
「湊斗」
「何?」
「...俺は、可愛いのか?」
「ああ。可愛い」
「朝の仕返しではないよな?」
「ああ。今の咲斗を見て、可愛いと思っただけだ」
「俺、可愛いのか...」
今の可愛いの連呼は、良くなかったか。
可愛いのは、本当なんだけど...。
まあ、良いか。この際だから、言っておこう。
「咲斗、こっち」と俺は、咲斗を手招き。
「ん?」
咲斗が近くに来ると、俺は、咲斗を引き寄せる。
「うわぁ」
「黙って聞け」
俺は、ただ、一方的にそう言って、咲斗の耳元に顔を寄せる。
「言っとくけど、俺は、今日の朝、お前に寝癖を直してもらった時、ドキドキしてた。ちゃんと、咲斗は、かっこいいよ」
咲斗は、恥ずかしかったのか、俺が顔を覗き込もうとすると、パッと腕で顔を隠してしまった。
だけど、その後、最高の一言を返してくれた。
「湊斗、好きだ」
「知ってる。...俺も好き」
すると、歌い終わった理斗と来斗が俺達に声をかけた。
「おーい。次、二人の番だぞ」
「湊斗、咲斗に何、言ったんだ?
ずっと、顔隠してるけど」
「可愛いって連呼したら、落ち込んだから、咲斗は、かっこいいって言っただけ」
「そうだな」と気づけば、咲斗が腕を下げていた。
まだ、少し、顔は赤い。
「歌おうぜ」
「ああ」
俺は、咲斗が好きなんだ。
その事実を深く思いながら、咲斗と歌を歌った。
帰り道、四人でバスに揺られていた。
ゆっくり、夕暮れが沈んでいくのを俺は窓から見つめている。隣には、咲斗が俺に肩を預けて寝ていた。
反対側の席で、理斗と来斗がスマホの画面を見せ合い、笑っている。
「次は、佐々木ー、佐々木ー」とアナウンスが流れる。
「咲斗、降りるから、起きろ」
俺は、咲斗の肩を軽く叩く。
「んー、嫌だ。あと五分」
「嫌じゃない。起きろ」
「あと五分」
ったく、しょうがないな。
俺達以外、人、居ないし。
「こうしたら、起きるか?」
俺は、顔を近づける。
何かを感じたのか、咲斗は、パチっと目を開けて、また、顔を腕で隠した。
「自分で起きるから!」
「よくできました」
「ずるい、湊斗」
丁度、バスが止まる。
「またですか」
「良いなー、咲斗」
理斗と来斗が先にバスから降りる。
「来斗、覚えてろよ」
と言って悔しそうな咲斗の頭をなでて、俺は、立ち上がる。
「だから、やめろ!」
「照れ隠しも可愛い」
「うるさい!早く、降りるぞ」
バスを降りて、また、四人で並んで歩きだす。
「もうすぐ、七月か」
「夏休みだ!」
「その前に夏期講習と文化祭の準備だろ」
「あぁ、それがあった」
「良いじゃん。こうやって、集まれるし」
「だな」
夏期講習か。最終日のテスト対策しないとな。
「あっ」
突然、咲斗が立ち止まる。
「どうした?」
「あれ」
咲斗が指さしたのは、町の掲示板だった。
そこには、花火大会のポスターが貼られていた。
八月の終わりに開催らしい。
「今年もやるんだな」と理斗が呟くと、俺と咲斗は、拳を合わせる。
「行こうぜ」
「ああ」
「楽しみだな」と来斗も理斗の隣で呟く。
花火大会も毎年、四人で行く恒例行事だった。
「着るだろ、浴衣」
「もちろん」
「俺も」
「着る!」
それから、屋台とか花火の話題で持ちきりになり、気づけば、理斗と来斗と別れる十字路に着いた。
「じゃ、また、明日」
「またなー!」
二人を見送って、俺達は、二人で歩きだす。
「湊斗、バイト、次、いつ?」
「確か、明後日の午前中」
「俺もだ」
「明後日、集まるのは、午後からだな」
会話が途切れる。
「あのさ」
「なんだ?」
「俺、今年も期待してるから。
まだ、着てないやつ、着てこいよ」
すると、咲斗は、笑った。
「ある」
咲斗の親戚が浴衣を作っていて、半年に一回、咲斗の家族は、それぞれに合った、新しい浴衣を貰っている。
「楽しみにしてる」
「ああ。でも、湊は、あの浴衣にしろよ。
お前は、あれが一番だから」
「分かった」
また、会話が途切れる。
「湊斗、手、繋いでいいか?」
「ああ」
返事をするが、咲斗が俺の手を取る前に自分から、咲斗の手を取った。
「ずるいぞ」
「早いもん勝ちだ。それに、ずるいって言うの、何回目だよ」
「俺、そんなにずるいって言ってたか?」
「ああ、バス、降りる前も言ってたし、可愛いかった」
「湊斗こそ、また、可愛いって言ったな」
「俺は、良いんだよ。お前がずるい」
「そんな事、無い...とは思う」
「自覚あるんじゃない?」
「やっぱり、お前、朝の事、根に持ってるな!」
いや、そんな事、無いが、持ってる事にするか。
「...持ってる」
「ごめんって!もう、しないから!」
「分かってる」
「ほんとかよ」
あれやこれやと話していると、家の前に着く。
「着いたな」
「ああ」
「また、後で、電話して良いか?」
「良いぜ。咲斗からだったら、いつでも、待ってる」
「サンキュ。じゃ、行くか」
「そうだな。電話、待ってるからな」
「ああ。またな」
「後で」
お互い、名残り惜しく、繋いでいた手を離した。
その夜、咲斗から電話が来たのは、寝る準備を整えている時だった。
「悪い。寝る前だったよな」
「別に良い。ずっと、待ってたし」
俺は、ベッドに座って、電気を消す。
「好きだ」
電話で聞くと、いつもより、驚くのと嬉しさがあるが、それを隠して、言葉を返せるようになった。
「知ってる」
電話を始めると最初は、同じ会話になる。
「そんなに勉強ばっかしてると疲れない?」
寝る前に勉強をしている事を知っている咲斗のいつも、この一言から、会話は、始まる。
「お前こそ、ゲームばっかしてると、夏期講習のテスト落ちて、補習になるぜ」
「だよなー。でも、夏休みだからこそのゲームじゃん」
昔から、咲斗は、ゲームが趣味で、部屋の中は、ありとあらゆるゲームが置いてあった。
よく、一緒に遊んでいた事も覚えている。
だけど、高校受験の時くらいからか、家で遊んだのは、数えるくらいしかない。
「その理屈が俺には、分からない」
「湊斗、ゲーム、嫌いになった?」
「そういう訳じゃないが、俺は、咲斗と居る時間が無くなったら、困るから、勉強、頑張るよ」
「えぇ!?湊と居る時間が無くなるのは、俺も嫌だ!
湊斗、俺、頑張るから、勉強、教えてくれ!」
「それじゃあ、また、理斗達、誘って、図書館だな」
「だな。でも、四人も良いけど、俺は、二人で会いたい」
「えっ?」
「四人で居るのは、楽しい。だけど、たまにさ、湊斗が、''二人で,,って誘ってくれないかなとか、思ったりしてる」
なんていうか、珍しいけど...。
「俺が理斗とばかり話すから、嫉妬ですか?」
「ああ、そうだ!俺だって、妬くんだよ!」
女子だけじゃなくて、恋人持ちにも妬くとは、一途で、可愛いやつだ。俺のだけど。
「咲斗は、ずっと、来斗と話してるじゃん。理斗が妬いてた」
「理斗が、って、お前は、来斗に妬かないのか?」
「正直言って、妬いてる。だけど、お前が笑ってるの見てるのが好きなんだよ。理斗だって同じだ。来斗が笑ってるのが、嬉しいんだ」
「なら、良い」
少し、照れてるな。
「今度、休みで集まる日の何処かは、午後からにしようぜ。それなら、午前中、二人で何か、出来るだろ。
久しぶりにデートしよう」
「やった!約束だからな!」
「ああ」
ちょろいな。だけど、楽しみなのは、一緒だ。
「そろそろ、寝よう」
「明日も学校だからな」
また、声が寂しそうだ。
「また、明日」
「おやすみ、咲斗、愛してる」
「えっ?!」
次は、声が裏返っていたが、そのまま、電話を切る。
明日の朝がどうなるか、分からないが、これで良い。
デート、楽しみだな。
俺は、咲斗と話せた事に、大満足。
ベッドに入り、眠りについた。
それから、一カ月が過ぎ、夏休みになった。
相変わらず、平日は、学校だけど、休日は、四人で過ごす日々で、楽しい。
今日は、四人で遊園地に行く。
四人での待ち合わせは、駅に八時だが、俺と咲斗は、七時に二人で待ち合わせて、駅に向かう。
俺は、咲斗と繋いでいる手を一瞬だけ、強く握る。
「楽しみだな」
「ああ」
咲斗も繋いでいる手を握り返した。
「お化け屋敷、行こうな」
「お前、苦手だろ?」
「湊斗が一緒だから、大丈夫だろ」
と咲斗は、笑う。
「ちゃんと、手、繋いでてくれよ」
「湊斗も俺から、離れるなよ」
「当たり前だ」
駅に近づくと、理斗達が待っていたのが見えた。
二人も俺達に気づいた。だけど、手を繋いでいる俺達を見て、来斗が理斗に何かを訴える。すると、理斗から来斗と手を繋いでいた。
きっと、来斗が俺達もやろう、とか言ったんだろうな。
「おはよ」
「おっはよ!」
「来斗、何か、良い事でもあったのか?」
「理斗が手、繋いでくれたんだ」
「良かったな」と笑う。
咲斗、二人の事、見えて無かったな。
理斗は、来斗と逆方向を向いて、俺達から、顔を隠している。照れてるな。
「理斗、頑張ったな」
「うるさい」
腕の隙間から見えた理斗の顔は、やっぱり、赤い。
「早く、行こうぜ!理斗!」
「湊斗も早く、行こう」
改札を抜け、満員の電車に乗る。
「うっ、狭い」と咲斗が唸る。
「我慢しろ」
「助けて、潰れる」
身長の低い来斗は、人の波に逆らえず、波の方向に、引っ張られていた。その度に理斗が繋いでいる手を引いて、来斗を引き寄せる。
「こっち来い」
「サンキュ、理斗」
「離れるなよ」
「ああ」
最終的に、理斗と来斗がドアの近くに立って、二人を守るように、俺と咲斗が通路側に立つ事になる。
揺られて二十分くらいすると、窓から目的地が見えてきた。
「見えた!」
「あと、電車、どれくらい?」
「二分」
電車から降りて、駅を出ると、目の前には、遊園地。
「来たぞー!」
「ジェットコースター!!」
と走りだそうとする咲斗と来斗の手を掴んで、俺と理斗は、静止する。
「待て」
「早い」
とりあえず、チケットを買って、中に入る。
「何処、行く?」
「もちろん、ジェットコースター!!」
「待て、どれに行くつもりだよ」
「あれだけど?」
と来斗が指差したのは、一番、高さがあるジェットコースターだった。
「いいな」
「賛成」
咲斗と理斗は、乗る気だ。
だけど、俺は、絶叫アトラクションは、嫌いだ。
お化け屋敷は、別だけど。
「湊斗、怖い?」と咲斗は、俺の顔を覗き込む。
咲斗は、俺とは、逆に、絶叫アトラクションは、好きだが、お化け屋敷が苦手だった。
「ああ、怖い」
「行くのやめるか?理斗達が行くなら、湊斗と一緒に居るけど」
咲斗の気持ちは、嬉しかったが、俺は、怖いよりも咲斗とアトラクションに乗りたいと思う方が勝っていた。
「いや、行く」と言ったものの、俺の手は、震えていた。その手を見た咲斗が俺の手を取る。
「それなら、隣で、俺が、ずっと、手、繋ぐ」
「良いのか?両手、上げられなくなるぞ」
すると、咲斗は、笑った。
「良いんだよ。湊斗が乗るなら、一緒に楽しみたいじゃん」
「咲斗...頼む」
「任せろ!」
咲斗が握ってくれたからか、手の震えは、止まっていた。そして、ジェットコースターの列に並んだ。
いざ、待っている間も怖かったが、その間も咲斗が手を繋いでくれていたから、安心できた。
俺達が乗る順番になって、ジェットコースターに乗り込む。
「あぁ、咲斗、絶対、手、離さないでくれよ」
「もちろんだ。隣にいるからな」
咲斗が俺の頭を撫でる。
「一番前だ!」
「そうだな」
一方、理斗と咲斗は、ハイテンションでジェットコースターに乗り込む。
ちなみに、二人のすぐ、後ろに俺達は、乗っている。
コースターに全員が乗り込むと、アナウンスが流れて、すぐに、動き出し、最初の上り坂をゆっくり、上り始める。
「それでは、いってらっしゃい!!」
「さ、咲斗!」
「大丈夫だ。俺は、ちゃんと、ここに居る!」
「怖かったら、とにかく、手を握るのと叫べ!」
「分かった。...咲斗、絶対、離さないでくれ」
俺は、必死に咲斗の手を握る。
「ああ。離さない」
咲斗は、俺が何かを言うと、大丈夫、離さないと言って、強く、手を握り返してくれる。
そして、ついに、最初の上り坂を上り切り、そこからは、勢いよく、滑り始める。
「うわぁぁ!!」
ただ、怖くて、目も開けられないし、気がつけば、落ち始めて、すぐに、咲斗に飛びついていた。
だけど、咲斗が繋いでいる手をまた、握り返してくれて、乗ってる間、ずっと、怖いけど、心の何処かに安心感があった。
「楽しかった!」
「だな。次、何処、行く?」
乗り終わると理斗達は、楽しめていたようで、次の行き先を決めようとしていた。
「二人共、一旦、別れて、周ろう。この後もジェットコースター、周るんだろ?」
ずっと、手を繋いでくれている咲斗は、俺の様子を見て、二人に、そう言ってくれた。
二人が楽しむには、一旦、俺達とは、別れた方が良いだろう。
「ああ。俺は、そのつもり。理斗は?」
「俺は、来斗に着いてく」
「よし、決まり。湊斗、無理するなよ」
「...ああ」
俺は、慣れないジェットコースターに酔っていた。
理斗達と別れると、咲斗が言った。
「俺、水、買って来る。一人にさせるけど、すぐ、戻るからな。あそこ、ベンチあるから、座って、待ってろ」
「ああ...頼む」
返事をすると咲斗も歩いて行った。
「はあ」
俺は、ベンチに座って、一人、溜め息。
クラクラする。そう思いながらも、頭の中は、何故か、考え込んでいた。ジェットコースターなんて、いつ振りに乗ったんだろう。記憶をたどっても、最後に乗ったのは、小学校の修学旅行で行った、遊園地だ。
その遊園地は、絶叫系アトラクションが大人気で、その時の俺は、まだ、絶叫系アトラクションが嫌いじゃなかったから、乗るのがすごく、楽しみだった。
「えっ」
突然、左の頬に冷たい感触が走った。
顔を上げると、咲斗が目の前に居た。
「ほら」
差し出されたペットボトルの中で水が揺れている。
「ありがと」
受け取ったペットボトルをすぐ、開け、水を口に流し込む。すると、頭が冷えて、すっきりしてきた。
酔った感じ、無くなってきた。
「落ち着いた?」
「ああ。助かった」
咲斗が隣に座る。水を買った時に一緒に買ったのか、サイダーを開けて、一気に飲み干した。
「覚えてるか?小学生の時の修学旅行」
「ああ」
俺も、今、思い出してたところだよ。
「俺さ、あの頃は、まだ、お前とは、ただの幼馴染で、ゲームしたり、公園で遊んでたりしてただけだったけど、あの時の修学旅行で湊斗が好きになった」
「えっ、聞いてない」
「今、初めて言ったからな」
「そっ、そうだな」
俺を見て、咲斗は、笑った。
「湊斗、俺の事になると、たまに、どっか、抜けてる時、あるよな」
「咲斗が好きだから、自然となるんだよ」
何故か、咲斗は、そっぽ向く。
「何で、そっち、向くんだ」
「この前は、"愛してる,,って、言ってくれたのに、今日は、"好き,,なんだ?」
そんなことか...。
「"愛してる,,なんて、これから、何度でも、言ってやる。だから、咲斗、こっち、向け」
そう言っても、咲斗は、俺をちらっと見て、また、そっぽ向く。
「分かったよ。もう、どうなっても知らないから」
俺は、咲斗の胸元を掴んで、引きよせ、唇を重ねた。
「愛してるって、...これで、分かったか。バカ咲斗」
「...ああ。って言うか、言うだけじゃねえか!
キスまで、するか?!場所、考えろ!」
「お前が煽ったんだ。バカ咲斗」
「うっ」
「ほら、行こう。時間無くなる」
俺は、ベンチから立ちあがる。
「大丈夫なのか?」
「ああ。ありがとな」
咲斗に手を差し出す。
「おう」
俺の手を取って、咲斗も立ち上がる。
「次、お化け屋敷、行こうぜ」
「ああ」
そして、お化け屋敷に来た。
「湊斗、絶対、離すなよ」
「ああ。隣に居る」
今度は、咲斗が怖がっていた。
怖いものに自分から、飛び込む事にどれだけの気力がいるか分かったので、ただ、手を繋ぎ、咲斗に合わせて、ゆっくり、歩いていた。でも、本当は、もう少し、早く、歩きたい。
「なんか、ガタガタ、言ってる」
咲斗は、周りをずっと、気にしてる。
「あっ」
俺は、次の仕掛けに気づいたが、咲斗は、怖がるだけで精一杯。
「えっ、湊斗、なんだよ」
咲斗は、震えている。
「何にもない。行こ」
俺は、手を引いて、歩く。
「うわぁ」
仕掛けがここで、一気に出てくる。
「み、なと」
「うん、大丈夫」
なんとか、お化け屋敷を出る。
「あー、死ぬかと思った」
「死なないよ。俺が居るから」
「お前、その自信、どっから来るの?」
「咲斗が居るからだけど?」
「あー、もういい、湊斗の追撃は、十分、効いてます。次、乗りに行こ」
今度は、咲斗が手を引いて、歩きだす。
「ああ」
その後も、色々なアトラクションに乗った。
コーヒーカップ、シューティングゲームにブランコ。
「次、ご飯、行く?」
「そうだな」
昼を過ぎた頃、俺達は、昼食に行こうとしていた。
「あっ、咲斗達だ!」
「来斗」
「湊斗と咲斗じゃん」
フードコートで、理斗達と偶然、合流した。
「そっちも昼飯か?」
「ああ」
俺が理斗と話していると、来斗と咲斗が話し始める。
「俺達は、もう、食べ終わったから、次、行くぜ!」
「何処、行くんだ?」
「お化け屋敷!!」
「俺達、もう、行ったぜ」
「おお!怖かったか?」
目を輝かせる来斗に対して、さっきまで、楽しそうにしていた咲斗のテンションが一気に下がる。
「来斗、聞くな」
「えー、じゃあ、湊斗は?」
そして、"怖かったか?,,という質問は、俺に飛んでくる。
「俺?...そうだな、咲斗と周れて、楽しいかな」
「何か、思ってたのと、違う答えが返ってきた」
「来斗、行くぞ。二人共、夕方な」
そう言い残して、理斗は、歩き出す。
「えっ、理斗、待てよ!」
来斗も慌てて、理斗を追いかける。
「理斗、来斗との遊園地、楽しんでるな」
「ああ」
咲斗も気づいていたみたいだ。
昼も別行動になったのは、理斗の提案だった。
「来斗も楽しそうだし、良かったよな」
「俺達もだろ?」
「そうだな。早く、昼飯、食べて、行ってないところ、周ろう」
そして、あっという間に、時間が過ぎて、夕方に近づいて来た頃、俺達は、観覧車に乗っていた。
「高いな」
「ああ」
観覧車もいつぶりだろう。
「湊斗、そっち、座っても良いか?」
「来いよ」
返事をすると、隣に咲斗が座る。
「さっき、修学旅行の話、してただろ?」
「ああ」
「俺も湊斗も自分が居るはずだったグループ抜け出してさ、遊園地、二人で周ったよな」
「ああ」
「湊斗と居るのが楽しいんだ。ずっと、一緒に居たいって、気づいて、好きになった」
「咲斗...」
「湊斗が告白してくれるまで、俺じゃ、駄目かもしれないとか、迷ってたり、このまま、隠そうとも、何度も思った。だけど、湊斗と両思いだった事が分かった時、嬉しかった。でも、早く、伝えたら、良かったとも思った」
俺は、咲斗の言葉に、どうやって、答えたら良いか、迷った。だから、自分の話をしようと思った。
「俺は、初めて、咲斗の事を意識したのが小学校の修学旅行だった」
「えっ?」
俺は、自然と笑みが溢れる。
「今の咲斗、俺と同じ反応してるけど、俺も、初めて言うからな」
「あっ...ああ」
「俺は、クラスに馴染めなくて、お前や理斗、来斗とずっと、一緒に居た。修学旅行でもグループで浮いていた俺を咲斗が連れ出してくれたから、今の俺が居るんだと思う。その時から、咲斗を意識してたかな。それから、好きになったのは、中学に上がって、すぐだった」
「もしかして」
「ああ。キャンプだ」
中学に上がって、すぐに、キャンプがあった。
その日の夜のキャンプファイヤで、咲斗とペアを組んで、キャンプファイヤに火を灯した。
「その時の咲斗が楽しそうなのみたら、好きになった」
「湊斗」
咲斗が俺を抱きしめる。
「俺、あの時も湊斗と一緒だったのが嬉しかったんだ」
俺も咲斗を抱きしめ返す。
「咲斗、俺もだよ。ありがとう」
上を向くと、咲斗と視線が合い、自然と唇が重なった。
「...咲斗」
「何?」
「咲斗とずっと、一緒に居たい」
「俺も。湊斗が隣に居てほしい」
そして、観覧車が一番上の高さまで来た。
夕日が綺麗だった。
観覧車を降りると、理斗達と合流した。
「帰る前に、パレード、行こう」
と来斗が言って、俺達も満場一致。
「あの大通りのところか」
「いいな」
「賛成」
最後に、パレードを観て、帰る事になった。
パレードの場所に着くと、まだ、少し時間があって、観る場所を探していた。
「あっちの方が人、少ないな」
観る場所も時間までに確保して、パレードが始まった。
「理斗、あっちこっち、キラキラしてるぞ」
「はいはい。綺麗だな」
俺と咲斗は、何か話したりはしなかった。
ただ、手を繋いで、パレードを観ていた。
パレードが終わると、遊園地を出て、急いで、電車に乗った。帰りは、椅子に座る事が出来た。
「なんとか、乗れたな」
「ああ」
椅子に座ると、来斗が理斗の肩に頭を預けた。
「ん、俺、寝る」
「駅に着いたら、起きろよ」
理斗の返事に来斗は、答えず、代わりに、寝息が聞こえ始める。
「ったく、ちょっとは、身構えろよ」
と言った理斗は、来斗の頭を撫でる。
「俺も、眠いかも」
「だったら、咲斗も寝ろよ。起こしてやるから」
俺が自分の肩を指さすと、咲斗が頭を預ける。
「ああ、頼む」
そう言って、咲斗は、眠り始めた。
「咲斗が湊斗に肩、預けたら、咲斗の体勢、丁度、良さそうな感じだな」
「ああ。俺の方が、身長、小さいから、咲斗には、丁度、良いんだろ」
「湊斗」
「なんだ」
「俺、夏期講習が終わったら、しばらく、お前達と集まれない」
「何か、あったのか」
「ただの用事。落ち着いたら、また、集まろうぜ。
来斗とも会えないと思うから、その時まで、来斗を頼む」
「ああ。分かった」
そこからは、何も話さないまま、時間が過ぎて、駅に着く。
「俺達、こっちだから」
「じゃあな!」
「ああ」
「またな」
そして、咲斗と二人、帰路に着いた。
理斗が"ただの用事,,だけで、長い期間、集まれないって、初めてだよな。
来斗に、言えないから、俺達にも言えないとしたら、深く、追及するのは、駄目だしな。今日は、何も考えないでおこう。
「どうした?」
俺がずっと、考え込んでいたからか、咲斗が俺の顔を覗き込む。
「夏期講習が終わったら、理斗がしばらく、集まりに来れないらしい。"ただの用事,,だそうだ」
「来斗、寂しがるだろうな」
「ああ。だから、来斗を頼む。だってさ」
すると、咲斗は、少し、考えて、口を開く。
「それは、そうとして。誰かが来れないのも久しぶりだけど、理斗が来れないのも、理由も言わないの、初めてじゃねえか?」
「俺も、さっきまで、考えてた。だけど、理斗が言わないなら、追及しない」
「そうだな」
「いつも通り、集まって、出かけよう。夏祭りまでには、理斗も落ち着くだろ」
「ああ」
あれやこれやと話していると、家に着いた。
「湊斗」
咲斗がぽんっと俺の頭に手を置く。
「余り、考え過ぎるなよ」
「ああ」
俺が返事をすると、今度は、クシャっと頭を撫でる。
「よし。じゃあ、また、明日な」
「また、明日」
そして、一日が終わった。
次の日は、学校で夏期講習。いつも通り、四人で登校して、授業を受けて、昼休みになった。午後からは、文化祭の準備がある。
「俺、もう、行くから」
「理斗、早いな」
「先生に呼ばれてるんだ」
「じゃあ、俺も行く」
「お前、まだ、パン、残ってるだろ。食ってから来い」
「うっ、分かった」
理斗は、珍しく、来斗を待たずに、屋上から降りて行った。
「理斗、俺の事、嫌いになったのかな。最近、距離、とられてる気がする」
「考えすぎだろ。昨日だって、理斗がお前と二人になりたくて、昼も合流しなかったんだからな。後、絶叫が無理なやつが居たからな」
「悪かったよ」
「そうか...そうだよな。考え過ぎだよな」
「ああ。お前達は、大丈夫だ。それより、今日の帰り、何処、行く?」
「ん...ボウリングとか?」
「賛成」
「いいな」
理斗が良いなら、放課後、ボウリングに行く事になった。
ここで、予鈴がなった。昼休みが終わり、クラスに別れて、文化祭の準備を進めていく。
「咲斗、マーカー、取ってくれ」
「了解、えっと、マーカーっと。ほら」
「サンキュー」
俺と咲斗のクラスは、カフェをする予定で、二人で、看板を作っていた。
「外に置くメニューは、黒板が看板になってるやつ、使うんだよな」
「ああ。そっちは、前日に書くらしいから、大丈夫だ」
「分かった」
作業は、あっという間に過ぎて、放課後になった。
「よし、終わった。湊斗、来斗達のところ、行こうぜ」
「ああ」
隣のクラスに行くと、理斗が出てくるところだった。
「悪い、湊斗、咲斗。俺、今日、帰るから、来斗を頼む」
「それは、良いけど、用事、繰り上げになったのか?」
「ああ。そうなんだ。だから、しばらく、一緒に居られないが、夏祭りまでに終わらせる」
「分かった」
「任せろ」
俺と咲斗が頷くと理斗が後ろを振り向く。
「またな、来斗」
「じゃあな」
来斗の声が教室から聞こえてきた。
「頼む」
「ああ」
もう一度、頷くと、理斗は、帰って行った。
理斗と別れた俺達は、ボウリングに来ていた。
「理斗の馬鹿野郎!!」
と言って、来斗は、思いっきり、ボールを投げた。
ボールは、レーンの真ん中をストレートに転がり、ピンを全て、倒した。
「おっ、ストライク」
「こんなんじゃ、足りねえ。二ゲームやったら、カラオケ、行くぞ」
「そうだな。カラオケ、行くか。来斗、思う存分、歌おうぜ」
「ああ、湊斗も良いか?」
「良いぜ。咲斗、次、投げる番だぞ」
「おう」
次は、咲斗が投げる番だ。
「おりゃ」
咲斗がボールを投げる。
勢いは、良かったが、回転がかかり、左側のピンを三本ほど倒して終わった。
「あちゃ、もう少し、右から投げれば良かったな」
「そうだな。後、もう一回、投げれる。頑張れ」
「ああ、サンキュ!」
レーンの準備が出来て、咲斗がボールを持つ。
「もう一回」と言って、ボールを投げる。
次は、真っ直ぐに、ボールが転がるが、レーンの右側を通過。ピンに当たったが、今度は、二本、倒しただけだった。
「あー、今度は、ストレートかよ」
「まあ、惜しかったじゃん」
そして、一時間後、カラオケに来た。
「一曲目、俺、歌う」
「来斗、俺も一緒に歌う!」
いつも通り、咲斗と来斗が二人で歌い始める。
来斗、訳も分からないで、距離、取られてるから、寂しいよな。
俺達が居る時くらいは、気が紛れると良いけど。
「湊斗、曲、入れろ!」
マイクの電源を入れたまま、来斗が言う。
「歌え!」
咲斗が飛び付いてくる。
「分かったよ。今のうちに、ドリンク取ってくるのとポテト、頼んでおいてくれ」
「オッケー」
「じゃあ、俺、ポテト、頼む」
あっという間に、時間が過ぎて、帰り道を歩いていた。
来斗が突然、立ち止まった。
「あっ、理斗からメール、来てる」
「良かったじゃん」
「理斗、なんて?」
来斗から笑みが溢れる。
咲斗が横から来斗のスマホを覗く。
「今、こっちの近くに居るから、まだ、来斗が近くにいるなら、一緒に帰ろ。だって」
「早く、行かないとじゃん」
「そうだな。俺、行ってくる」
「ああ。行ってこい」
「二人共、ありがとな。またな」
「また、明日」
「じゃあな」
走り出した来斗を見送った。
「大丈夫そうだな」
「良かったよ」
心の底から、安心していた。
「俺達も帰ろうぜ」
「ああ」
だけど、次の日、こんな事になるなんて、俺も咲斗も思いもしなかった。
次の日の朝、いつも通り、咲斗と待ち合わせをして、バス停まで歩いて、理斗達と合流した。
でも、理斗達の様子がおかしかった。
「どうしたんだよ」
「何にも無い」
「ああ、いつも通りだ」
二人は、喧嘩をしたらしく、待ち合わせをしたのは、良いものの、お互いの方を見ようとも、話そうともしないのだ。
「昨日、何があったんだ?」
「言わない」
来斗は、言わないの一点張り。
「俺は、悪い事してない」
理斗は、説明をしない。
「とりあえず、学校な。昼に話そうぜ」
と咲斗が言って、この話は、一旦、終わりになった。
だけど、いざ、昼休みになると、理斗と来斗の喧嘩は、再燃した。
「理斗と話す事は無い」
「俺も無いよ」
俺もだったが咲斗もお手上げのよう。
「どうする、湊斗」
俺は、少し、考える。
「とりあえず、二人に別れて、話を聞こう。
お互いの前だから、話せないのかもしれない」
「了解」
「来斗、こっち来い。理斗は、咲斗の方に行け」
「ほら、理斗、二人で話そうぜ」
咲斗が理斗を連れて、屋上を出る。
そして、来斗が俺の隣に座る。
「今は、俺と二人だから、昨日、あった事、話してくれるよな?」
すると、来斗が泣き出した。
「き、のう、理斗にメールしたら、すぐ、返事が来て、居る場所、教えてくれたんだ。だから、俺、急いで、行ったんだ。だけど、その時、同じクラスの女子と俺の事、待ってたんだ」
クラスの女子と待ってたか...。
「俺、行くの怖くなって、やっぱり、一人で帰るって、連絡したんだ。その時は、普通に返事が返ってきたから、安心したんだ。大丈夫だって。だけど、朝、待ち合わせした時、理由、聞かせてって、話したら、今は、何も言えないって、言われた。理斗、俺の事、嫌いになったのかなあ」
俺は、また、考える。
「来斗、俺の話、聞いてくれる?」
その日の放課後、来斗には、すぐ、帰ってもらった。
これは、昼休みが終わる頃に遡る。
「そうか」
俺は、咲斗と二人で、理斗達の話を共有していた。
「何か、考えないとな」
何か、考えていた咲斗がパッと言った。
「それならさ、放課後、二人で出かけようぜ」
「二人で?」
「今日は、来斗も頭、冷やした方が良いと思うんだよな。理斗は、元々、離脱だろ?だったら、二人で出かけて、何か、考えようぜ」
「確かにそうだな」
二人で出かける約束してたけど、中々、予定、合わなかったし、ずっと、四人で集まってたからな。良い機会だと思おう。
急遽、咲斗と二人で出かける事にして、今に至る。
「何処、行く?」
「カフェに行こうぜ。時間はあるからな」
「賛成」
スマホで場所を検索、相談して、人気のカフェに行く事になった。
「久しぶりだな。デート」
「嬉しいな」
俺達は、手を繋ぐ。
「俺達、喧嘩って言う喧嘩した事ないよな」
「ああ。だけど、言い合いは、喧嘩に近いくらいやってるよ」
「何か、思いつくと良いけど」
「まあ、楽しもうぜ」
そして、カフェに着いた。
「学校から近いから、ここにしたけど、人、多いな」
「夏休みだからな」
待っている人は、居ないが、席は、見渡す限り、満席に近かった。
「いらっしゃいませ!お二人様ですか?」
「はい」
「テーブル席、ご案内しますね」
そう言われて、テーブル席に案内される。
「ご注文、決まりましたら、伺いますね」
「はい。ありがとうございます」
俺は、そう言いつつ、咲斗が手を上げた。
「俺、パンケーキとカフェオレで!」
しょうがないな。
「じゃ、俺もカフェオレとパンケーキのホイップとキャラメルソースのトッピングでお願いします」
「はい、かしこまりました」
店員さんが下がると、咲斗が俺に謝った。
「悪い、湊斗、俺、勢いで、注文した」
「良いよ。相談してた時から、食べたいやつ、目星、ついてたから」
「サンキュ」
そして、話題は、本題の話に入る。
注文していたパンケーキとカフェオレが来ると、話は、一気に進んだ。
咲斗がパンケーキを頬張る。
「このまま、引きずるなら、夏祭りで、無理矢理、会わせよう。そうすれば、どっちからかは、話せるじゃん」
「そうするか」
それなら、俺達が集まると言えば、無理に断れないだろう。
俺もパンケーキを一口。
キャラメルとホイップの甘さが口の中で広がる。
パンケーキを飲み込むと、今度は、カフェオレを一口。
口の中で微かに残っているキャラメルの甘さがカフェオレのまろやかさと少しの苦さと混ざり合い、なんとも言えない美味しさを奏でている。
「何処かで、二人きりにさせるか」
「だな」
「夏祭りまでは、俺達で、来斗だけでも連れ出そうぜ」
「オッケ」
こうして、作戦会議は、終わった。
後は、デートを楽しむだけだ。
「よし、作戦も決まったし、次は、何処、行く?」
咲斗も同じ事を考えていた。
「買い物でも行くか?」
「行く」
買い物に決定した。
最初に立ち寄ったのは、服屋だった。
咲斗が次々とコーデを決めて、一緒に試着する。
「これも良いと思ったんだけどな。次、着るぞ」
「了解」
元の服に着替えると、咲斗がハンガーを取って、俺と自分に服を合わせる。
「これじゃなくて、あっ、こんな感じのだ。
湊斗、次、これな。俺は、こっちの服、着る」
言われるがまま、試着をする。
「おっ、似合う。さすが、俺」
「咲斗も似合ってる」
「だろ!俺、これ、買おうかな」
「俺も咲斗が選んでくれた、このコーデで買う」
「次、出かける時は、この服な」
「ああ」
服を買って、次にやってきたのは、雑貨屋。
「久しぶりにあれ、やろうぜ」
「あれか。やろう」
服屋の次に雑貨屋に来ると買った服に合わせて、アクセサリーを選んで買っている。
「これは?」
「良いな」
今は、咲斗が俺にネックレスを選んでいる。
「でも、こっちも捨てがたいな」
「悩むなら、一回、着けるけど?」
「いや、俺の勘がこっちだと言っている。こっちだ」
「ありがと。次は、俺の番だな」
俺は、もう、決めていた。
「これだ」
「俺、これにする!」
「気に入ってくれて、良かった」
その後もゲームセンターに行ったり、映画を観たりした。今日は、二人だったからか、いつもより、帰る時間が一時間ほど、押していた。
「あーあ。もう帰らないといけないのか」
「遊園地に行った時も感じたが、二人で居ると時間が経つのが早いな」
「だな」
会話が途切れ、沈黙が流れる。
「咲斗」
「なんだ?」
「何回、喧嘩しても、俺は、咲斗が好きだからな」
「ああ。俺もだよ」
俺達は、手を繋ぐ。
夏期講習が終わるまで、後、二日。
夏祭りまで、一カ月。
俺にやれることをやろう。
次の日と最終日の学校も理斗と来斗は、話すことは無く、そのまま、学校が休みになった。
毎日、俺と咲斗と来斗は、集まって、一緒に過ごした。
海に行ったり、キャンプに行ったり、流星群を観に行きたくて、天体観測にも行った。ここに、理斗が居てくれたらと俺達は、思いながら、八月を過ごしていた。
そして、八月の最終日。夏祭りの日だ。
夏祭りは、理斗が久しぶりに集まれる日でもあった。
夕方、俺は、浴衣を着て、家を出た。
「湊斗」
咲斗が待っていた。もちろん、浴衣を着ている。
俺が紺色で咲斗が赤色だった。
「浴衣、似合ってるぜ」
「咲斗は、かっこいいな」
「サンキュ。行こうぜ」
「ああ」
俺達は、肩を並べて、歩き出す。
突然、咲斗が耳元で囁く。
「ネックレスも似合ってる」
「気づいてたのか」
そう、今日は、咲斗に選んでもらったネックレスを着けていた。
「今、気づいた。首元が少し、光ってたから」
いざ、咲斗が気づいてくれると嬉しいが、少し、恥ずかしかった。
「湊斗、可愛い」
咲斗は、ニカッと笑いながら、俺の顔を覗きこむ。
「...分かってるなら、言うな」
「了解。だけど、その顔、俺だけに見せろよ」
「ああ。咲斗だけにしか見せない」
しばらく、歩いていると神社が見えてきた。
「理斗達、もう、着いてるよな」
「ああ。理斗が来斗を屋台に連れ周してるかもな」
「探しながら、俺達も屋台、周ろうぜ」
神社に入ると人混みで詰め寄っていた。
すると、咲斗が俺の手を取る。
「離すなよ」
「...ああ」
離すかよ。
「何、食べる?」
一瞬、来斗の声が聞こえた。
「湊斗、今」
「ああ、聞こえた。来斗の声だ」
辺りを見渡すが、来斗は見当たらない。
「理斗と一緒に居ると良いけど」
「あっち、探そう」
神社の一番、高い場所まで登る。
「見えるか?」
「何処だ」
「湊斗、咲斗、何してるんだ」
後ろから、理斗の声がした。
振り返ると手を繋いでいる理斗と来斗が居た。
「お前達を探してるんだよ」
と前を向いて、辺りを見渡しながら、自然と返事をする咲斗。
「咲斗、後ろ、見ろ」
「うわっ、理斗、来斗!」
「仲直り、出来たんだな」
「二人のおかげでな」
「ありがとな」
「おおー!良かったな」
「久しぶりに四人で周ろう。俺、夏休み、お前達と遊べなくて、寂しかった」
「理斗が寂しいって言った」
「俺だって、寂しい時だってある」
「俺も寂しかったぜ、理斗」
「来斗は、さっき、聞いただろ」
こうして、集まる事が出来た俺達は、四人で屋台を周る事にした。
四人でベンチに座って、屋台で買った食べ物を順番に食べていた。
俺は、屋台で買ったばかりのかき氷を一口食べる。
「湊斗、一口、交換しようぜ」
「ああ」
咲斗が俺のかき氷をすくって食べる。
「ソーダ、美味いな」
「俺も一口な」
「もちろんだ」
今度は、俺が咲斗のかき氷をすくって食べた。
口の中に、レモンの味が広がる。
「レモンも美味しい」
「だろ!もう一口くれ!」
「ああ」
もう一口、俺のかき氷を食べた咲斗は、満面の笑みを浮かべる。
「湊斗、咲斗」
理斗が話し始める。
「ありがとう。二人が居なかったら、俺、来斗と仲直りも出来なかったかもしれない」
「ありがとう」
来斗が俺達に頭を下げる。
「どういたしまして」
「本当に良かったよ。二人は、どうやって、仲直りしたんだ?」
「来斗が待ち合わせ場所に来てたんだ。そこに俺が来たんだけど、来斗がクラスの女子に誘われてたから、救出して、その後、全部、話した」
「まさか、文化祭で使う衣装をクラスの女子と作ってたなんてな」
そう、理斗は、クラスで文化祭の実行委員になっていたが、密かに衣装係も頼まれていたらしい。
サプライズで、クラス全員、一人ずつに衣装を作るのをクラスの学級委員長が計画していたが、一人じゃ、間に合わないと思い、理斗と二人で作っていたそうだ。
俺は、その話を作戦会議で、咲斗から聞いた。
「衣装は、当日まで、秘密だったんだ」
「せめて、文化祭の用意だからとかあっただろ」
「話さなかった俺も悪かったけど、お前が俺が思ってたより、寂しがりだったのと妬いてたんだよ。俺が来斗から離れるか」
「うるせえよ。それくらい、不安だったんだ」
本当は、二人だけで、待ち合わせさせて、仲直りしてもらおうとしてたんだけど、これで良かったかな。
「もう、終わった事だろ?早く、食べないと花火、始まって、射的とか周れなくなるぞ」
「俺、金魚すくい、行きたいから、早く、食べる!」
「ちょっと、待て。そんなに一気に食べたら、頭、冷えるぞ」
理斗の言う事を聞かず、一気にかき氷をかき込んで食べた来斗は、頭を抑える。
「うっ、頭、痛い」
「ほらな。たこ焼き、やるから、食べろ」
「うん」
来斗は、理斗にたこ焼きを食べさせてもらう。
「ほいしい」
「冷たいの吹っ飛んだか?」
「もう、一個、欲しい」
「しょうがないな。ほら」
また、一口でたこ焼きを頬張る来斗。
「ほいしい」
「来斗、さっきから、一緒の事しか言ってないじゃないか」
来斗は、理斗に甘えまくりだ。
「理斗、もう、一個、ちょうだい」
「ああ。いくらでも、食べさせてやるよ」
二人の様子を見ていた咲斗が言った。
「湊斗、俺も食べたい」
「たこ焼き、あるのか?」
「違う。湊斗のわたがし」
「ああ」
咲斗が来斗と焼きそば、買っているうちに買ってたのに、見てたのかよ。
俺は、わたがしに付いている袋を開けて、咲斗に差し出すと、咲斗が一口、食べる。
「甘いな。湊斗も食べよ」
咲斗も甘えモードになったな。
「ああ」
口の中で、甘さがふわっと広がって溶けた。
「美味いな」
咲斗が一口、頬張り、口元にわたがしが付く。
俺は、気づかない振りをして唇を重ねる。
「ん」
「ご馳走様。甘くて、美味しかった」
そこで、ハッとなる咲斗は、赤くなる。
「っつ、かっこよすぎるんだよ!バカ湊斗!」
「そりゃ、どうも」
屋台で、買った食べ物を食べ終わると花火が始まるまで、射的や金魚すくいに行く事になった。
最初に射的に来た。理斗が挑戦する。
「来斗、どれが欲しい?」
「取ってくれるの!?」
「ああ。好きなやつ、選べ」
「じゃあ、あれ、取って!」
来斗が指差したのは、遊園地のペアチケットだった。
もう一度、二人で行きたいんだろう。
「ああ。任せろ」
「理斗、頑張れ!」
「ありがとな」
理斗は、狙いを定めて、玉を打った。
玉は、チケットの板に当たって、板を倒した。
「よし」
「やった!」
「後、取ってほしいの、どれ?」
玉は、二発、残っていたが二発とも来斗が欲しい景品をしっかり、落として、終わった。
「理斗、ありがとう!」
来斗は、満面の笑みで理斗と手を繋いでいる。
「遊園地、二人で行こうな」
「ああ!」
次は、くじ引きにやってきた。
「俺、これ、やる」
咲斗が引くみたいだ。
景品を見て、咲斗が狙いを決める。
「俺は、あれを引く」
ゲームのソフトを狙うらしい。
俺も景品をひと通りみて、考える。
「俺も引こうかな」
「湊斗」
「咲斗、俺がゲームソフト出たら、やるよ」
「よし!一緒に引こうぜ!」
「ああ」
俺と咲斗は、一枚ずつ、くじを引いた。
「せーので、開けよう」
「ああ」
「せーの」
「あっ」
結果は、俺がゲームソフトで咲斗が映画のチケットだった。
「ほら、咲斗、ゲームソフトだぞ」
「俺、映画のチケットだ」
「その映画、俺、見たかったから、今度、一緒に観に行こうぜ」
「もちろんだ。って、もしかして、湊斗、このチケット、狙ってたのか?!」
「ああ。咲斗が出してくれて、嬉しいよ」
「なら、良かった」
「二人共、そろそろ、花火が始まるから、上に戻ろう」
「そうだな」
「花火、見るぞ!」
そして、俺達は、屋台を離れて、階段を上り、花火が見える場所に移動する。