「確かにここは穴場かもな」
たんまり買い込んだ田島くんの右手にはビニール袋にたこ焼き、フライドポテト、唐揚げ、ゲソ天とたくさんの戦利品があった。
左手は、俺の手が収められ続けていた。
汗ばんだ手のひら。結局、どっちの汗かは分からない。それくらい暑い。熱帯夜だった。
顔につけたお面は、鼻を圧迫するし、息苦しい。
でも、去年まであったナンパや自分をチラチラとみる
人たちはぐっと減った。
まあ、お面をつけた、高身長の変な人がいる、という偏見を向ける目線はあったけど。
お面のせいで、狭くなった視野は、人混みの中ではかなり不利だった。
それを田島くんが引き寄せたり、距離をとったりしながら移動してくれた。
小高い丘の上にある、閉校になった小学校。そのジャングルジムからみる花火が、星空が綺麗だった。この場所で、空に近づくにはジャングルに登るのが一番安全だった。
そこで見る
濃紺のシルクに宝石箱をひっくり返した空だけは毎年見ても、本当に心が洗われる。
きっと田島くんも気に入ると思う。
ジャングルジム横、ブランコに座ると金具が錆びついているのかきぃ、と大きな音がした。
田島くんも、横のブランコに腰掛けた。
「あ、そろそろかも」
空に無数の光の筋が、ススキのように流れた。それに遅れて、どーん、と音がした。
光のほうが音より先に届く。
花火が、無数に上がり始めると音との差は気にならなくなった。
「若王子くんは、毎年彼女と来てたん?」
「…まあね」
あまり今されたくない話題を振られて渋々答える。
「彼女、喜ぶやろ。こんな夜景」
「うん。多分。喜んでたんじゃない?」
正直、
彼女は俺の方をみている時間のほうが長かった。
俺は空を見ていたかったのに、穴が空くほど俺を見る彼女を放って置くわけにはいかなかった。
ブランコがきい、と音をたてた。
隣にあった気配が消えて、俺は空から目線を外した。
目の前がスッと暗くなって、田島が目の前に立っているんだってわかった。
「今年は、俺と花火が見られて良かった?」
「なにその質問」
「質問に答えてや」
俺が座るブランコのチェーンをつかんだ。
正面から囲うようにして、俺に向き合う。
目線が合うように俯いた田島くんは、また、絶対逃さないと言わんばかりの視線。
食べられる。直感で思った。
いつも、その目線から逃げられなくなるのが悔しい。
いつも、気がつけば田島くんのペースに飲まれているのも悔しい。
「あ、悔しそうやな。その目よ」
俺を見て、またニヒルに笑った。
「…よかったよ」
「まじ?ほな次の質問な。俺の事、分かった?」
また、あの時にされた質問を繰り出された。
田島くんの背後には花火がたくさん咲いていた。星形、花形、土星型。いろんな形が咲いていく。そして溶ける。一瞬の煌めきが連続で消えていく。
俺が光が当たるたびに別のものに見えるクラゲなら、田島くんからはどんなクラゲに見えてたんだろう。
水族館でクラゲを見て、俺を思い出してくれるくらいには、田島くんの中で俺を考える割合は多かったんだろうか。
いつか、花火と同じで、俺を照らす光が消えて、見えなくなって忘れてしまうのかもしれない。
グッと、胸が締まる。
「こら、また余所事考えてる。質問から逃げんな」
こつん、とおでこをこつかれた。
逆光だから田島くんが今どんな表情をしているのかはっきりとは分からなかった。
冗談で聞いているのか、また俺が真に受けすぎてから回っているだけなのか。考えるだけ無駄な気がしてきた。
「田島 一輝くん。
明るくって声がデカい、誰とでも話ができる明るい子。ちょっとだけガサツで、ちょっとだけバカ。俺を散々振り回してくれる。優しい人」
本当は、仕事ができて、冷静さもあって、意外と嘘つきで秘密主義という部分もあるのを知っているよ。
でも、なぜか言うのが惜しくて、また今度聞かれたときに、その事を言おうと思った。
田島くんは、アッハッハと声を出して笑った。
「まだまだやな。若王子くん。俺に対して認識が甘い!…でも、それでええよ。それがいい。お前の中の俺がそうあれたら、満足!」
ガシャン、とチェーンが揺れて、田島くんが離れていく。
また、隣のブランコに腰掛けて、揺られ出した。
「あーあ、花火、もうそろ終わりかな?」
「うーん。もうちょいかな?」
田島くんは、がさがさと袋からゲソ天を取り出して、齧りついた。
「…あ、いる?はい、あーん」
「齧ったやつはいいかな…」
俺に齧ったゲソ天を差し出して、すぐにまた口元に運ぶ。
「彼女と食べさせあいとかした?」
「さあ、どうだろ」
「花火上がったタイミングでチューとかした?」
「さあ、ね」
「あーあ、若王子くんの17歳の夏、俺が奪っちゃったなー」
キャー、と甲高い声で茶化す口元にはソースがたっぷり付いていた。
そうやって、予想外の言葉と行動で、俺を振り回してくれる。
でも、多分俺が自ら振り回されにいってるのかもしれない。
今まで相手の顔を見て、欲しい言葉と行動をあげた。
田島くんは、何が欲しいのか、どうすればいいのか、
俺の経験値の中に答えなんかなかった。
ずっとなんとなく、周りの答えに合わせて生きてきたのに、田島くんのペースになると、自分で答えを出している気がした。
田島くんがいないと、今、ここでブランコに揺られている俺はいなかった。
夏休みにジュースじゃんけんなんか、小学生がする遊びなんか楽しみにしてないし。
「俺も、初めて女の子以外と夏祭り一緒に来たし。
田島くんの17歳の夏、俺のもんだよ」
始業式が終わって、文化祭までの期間は、準備する時間を学校が与えてくれた。
俺たちが命をかけて折りたたんだパンフレットも、HRで配布された。
田島くんに目配せしてみるけど、
田島くんはただ、パンフレットを眺めていた。
結局、連絡先が聞けないまま、夏休みが終わってしまった。
夏休み前まであった女の子に囲われた俺と、
窓ガラスをバックに大きな口を開けて笑う田島くん。
本当に、夏休みだけの
一時的な関係性だったんだということを象徴する風景が目の前に広がる。
最初から、そういう関係性を願っていたのは俺なのに、いざ本当にそうなるとさみしい。
心に風が吹き込むたび、寒さがあった。
まだ蝉が泣き止まない9月なのに。
「田島くんは、この衣装。若王子くんはこの衣装」
クラス委員の女子から紙袋を渡される。中身を見て、すぐ見なかったことにした。
「うわ、俺、王子様?まじ?着たことないねん」
いやそれはだいたいの人がそうだろ。と内心突っ込む。
「若王子くんは?」
ようやく話しかけてもらえて、口元が緩みそうになるのを抑えた。
「お姫様だった」
中身がすごいものだったけど、それより、田島くんの声の方が、ショックよりも嬉しいが勝つ感覚がした。
「まじ?じゃあ俺らペアやんな」
お互いを指差しながら笑ってすぐにまた前を向いた。
なんか、素っ気ない気がする。
夏休み中なら、俺にガツガツ関わってきていた気がするのに。
俺はそんなこと思っても、どうすればいいかは分からないからまた曖昧に笑った。
まさか俺がお姫様(金髪、ピンクのフリフリドレス)を着るだなんて。むしろ田島くんと逆じゃね?とすら思う。
そんな話をしたくても、田島くんはもう西の端の男子と話をしていて、俺は俺で女の子に囲まれてて、何もできなかった。
また、放課後、最終準備で話せばいいや。なんて何日も寝かしてしまうほど、俺は彼と仲良くなってたつもりだった。
小学生まではサッカーのクラブチームに入っていた。
そして中学1年のとき、サッカー部に入った。
たまたまサッカーが強い中学だったから。
全国大会へ出場するレベルのそこにいれば、
小学生の全国大会で戦った、関西のどこかのジュニアユースのアイツと再会できるのかもしれない。と淡い期待を抱いていたからだった。
本当にムカつくくらいサッカーが上手い選手がいた。
あと煽りも上手い。
ボールの奪い合いの中、耳元で「そんなもんかよ」と嘲笑いながら言ってくる。
思い出すだけでムズムズする。
それくらい、当時の俺は見かけに寄らず負けず嫌いだった。
サッカーで負けたなら、サッカーで勝つ。
目には目を、歯には歯を。
それが勝負事だと信じていた。
入部してすぐ、主将の彼女が俺に目をつけた。
いつもプレゼントやら連絡をくれるようになった。
勿論、主将はそれが気に入らなくて、露骨にパスや部活の連絡をくれなくなった。
それでも別にサッカーが好きだったから続けたかった。
でも、周りはサッカーが得意で、顔が良い俺が女の子すら奪い取っているように見えていたようだった。
サッカー、顔関係ないだろ。女の子はもっと関係ないだろ。
もっと俺の技術を見てよ。足さばきを見てよ。
そう訴えても、監督しかその言葉を信じてくれなかった。
結局、技術があってもパスがもらえなきゃサッカーはできない。
俺はサッカー部を退部した。
サッカーを嫌いというか、外面しか見てくれない周りをこれ以上、嫌いになりたくなかった。だから離れた。
でも、サッカー部から離れて暇な時間ができるほど、
自分を外面で評価する人の多さを思い知った。
自分の顔とイメージだけが、先に歩いていく。
優しそう、紳士そう。
いざ違うかったら『イメージと違うがっかりした』
とか意味のわからないことを言う。
じゃあイメージに合わせてやる。
じゃあ、中身の俺なんか、泥まみれの負けず嫌いの俺なんか、いらないじゃないか。
ルッキズムが物を言う時代に生まれなければ、こんな事にはならなかったのだろうか。
そのイメージにあわせて生きると、負けん気が強い、サッカーが好きな俺は死んで行った。
何もかも周りに答えを握られている、今の俺になった。
サッカーを続けていたら、どうなってたんだろう。
考えても予想つかなかった。
もしかしたら結局今みたいな感じになっていたのかもしれない。
「看板取り付けまーす」
脚立に登って、俺たちが色付けした紙を貼り付けたベニヤ板を校門に立てかける。
チープさこそが文化祭の醍醐味なのだと言うけど、いざ自分たちが作ったものだと思うとチープどころか最高級に見える。
あそこ、色ムラがあるとか、微妙に角度がズレたレタリングとか。
全部また燃やすのに、そこに費やした時間はかけがえなかったと信じれる。
「文化祭実行委員集まってー。写真撮りまーす」
賑やかにやんややんやと集まる委員たち。
はじめはやりたくなかったとぼやいていた人たちも、
やる気に満ち溢れたあの人たちみんな横一列に並ぶ。
カシャリ、と2回シャッター音を聞いてからすぐに
俺はさっき看板取り付けの瞬間までいた田島くんを探していた。
「若王子くーん!うちらとも写真とろ〜!」
「分かった」
女子の実行委員たちの構えるスマホに映り込んだ。多分きれいに撮れていると信じて足早にその場を抜ける。
看板を、空き教室から運び出すまでは一緒にいたのに、
いざ撮影になったとたん、俺の隣から姿を消したのだ。
高校にあるシンボルツリーの裏、謎の池の中、中庭。
どこを探しても見つからない。
というか、田島くんが写真撮影で姿を消すタイプには思えない。集合写真では絶対、みんなの前で寝そべって写真を撮るタイプだと思ってた。
もしかして、体調が悪いのかも。
「待って。ていうか、なんで俺が田島くん探してんの…?」
速歩きで校内を動き回った。上がる息と一緒に出た言葉に対して自分でも答えを見つけられなかった。
いや
なんでって、一緒に準備した仲だから?
せっかく記念撮影ならついでにスマホで写真撮って、写真送るから、なんて理由で連絡先交換できるじゃんか。
これ、今まで俺が女子にされてきた連絡先交換のための常套手段だと気がついた。
「…あら、若王子くんやん。膝に手を当ててどした?」
ぬるり、と背後から声をかけてきた田島くんの声に安堵する。
振り返ると、まだ、5時間目だというのに、すでにリュックサックを背負っている田島くんがいた。
かなり大きめのリュックサックには、うちのサッカー部の刺繍が施されていて、確かに彼は、サッカー部だったんだと気付かされた。今までは興味がなくて、ずっと見逃していただけだったんだ。
フェルトで作られたサッカーボール型のキーホルダーはすでにくすんだ白黒になっていたり、ほつれが出ていた。
長い、長い歴史を感じられるそれは大事にされている。今までカバンにつけられて、いろんな試合会場に連れて行かれたんだろう。
「…いや?ちょっと早歩きをして疲れただけ」
素直に言えない自分。中身を悟られたくなくて意地を張る。
田島くんをただ探してたなんか言えなかった。夏休みだったら言えた気がした。
「え?早歩き?謎やな」
さすがに俺を訝しげに見下ろした田島くんをさらに誤魔化すために早口で尋ねた。
「ていうか、もう帰るの?」
「ん?ああ、実行委員、俺等がやる分の仕事は終わったし。家の用事があるねん。ごめんやけど早退します」
ドロン、と人差し指を忍者みたいに口元によせて俺に言った田島くんはすぐに俺の横を通り抜けて、玄関の方へ歩いていった。
「…っあのさ!」
俺はとっさに声をあげた。
文化祭準備で賑やかなこの校舎の中で
俺の声はちょっと聞こえにくいかもしれない。
もし、聞こえていたら、
聞こえていなかったら、
ルート分岐をぐるぐる考える間が欲しかったのに、
田島くんは、俺の声を見つけてくれる。
「何?若王子くん」
「じ、ジュースじゃんけん、する?」
「…あー、ごめん。また明日!明日やろ!」
歯切れの悪い返事なんか、聞きたくなかった。
歯切れの悪い別れ話は何度聞いても慣れてしまったのか、すきま風がスカスカと吹き抜けていくだけなのに、
田島くんのその言葉は、ぺしゃん、と俺を頭から潰してしまうような勢いがあった。
明日、明日やろう。
そう約束してくれているじゃないか。
それでも、なぜか宇宙に放り出されて、もう連れ戻してはくれないんじゃないかと思わせるような拒絶を感じてしまった。
「明日、ね。わかった。じゃあね、田島くん。また明日」
俺は、また、いつもの、『優しくて人形みたいな』笑顔で田島くんに手を振った。
田島くんも笑って振り返してくれた。
でも、田島くんは次の日学校に来なかった。
文化祭当日
田島くんは普通に登校してきた。
「ごめんな。昨日急用できてん。ジュースじゃんけんをしに放課後だけでも来てもよかったんやけどな」
と隣の席につくと、早口で説明してくれた。
目尻の垂れたその顔から、嘘では無さそうと信じたくなって、俺は、
「…今日、いちごミルク奢れよ」
とだけ返した。
俺は、昨日1日、隣の席が空いていること、
割れるような笑い声、笑うたび揺れる白シャツがいないこの世界に違和感を感じていた。
今まで関わらなくともずっといた存在。
今となってはいないとおかしいと思う存在になっていた。
周りのクラスメイトはそうは思わないのからいつものように俺の周りには女の子が集い、
席を奪われた男の子は俺を恨めしそうに見つめる。
いつもあったルーティンを繰り返していた。
世界は意外と鈍感なのかもしれない。
みんな流動的にゆらゆらと生きていて、一つのエラーに気がとられるまでに時間がかかりすぎる。
鈍感だから俺の見た目しか気にしてくれないと思ってしまったのかもしれない。
どうして、今まで隣の席だったのに、
話をしてこなかったんだろう。
どうして、田島くんと過ごす夏休みだけが、
非日常だけが、
これからも続くだなんて少しでも信じてしまってたんだろう。
「うわ!俺、バリカッコいいねんな!な!」
王子様の格好に着替えた田島くん。
足の細長さを活かして白いスキニーパンツ、黒のロングブーツを履いていた。
上はイギリスの近衛兵が着用していそうな赤色の服(ダブレット!)に青色のタスキ(サッシュ!!)と着用していた。
(衣装の名前をちゃんと言えなくて、衣装係の女子に怒られてる田島くんがそこにいた。俺も知らなかった。多分田島くんだから怒られてる)
鏡を見てくるくる回って、よく話をしている男友達に笑われていた。
大きな口を開けて笑う田島くんは、いつもと様子が変わらなくて、俺はなぜかホッとしていた。
田島くん、元気そうで良かった。俺に嫌気がさしてしまったんじゃないかってずっと頭の片隅で考えていたから。
そもそも、男からあまり好かれていない俺に、
男友達たくさんの田島くんが仲良くしたいと思ってくれたこと自体、あり得ない話だったのかもしれない。
なんて、妄想ばかりが膨らんでいた。
彼女が
『私以外にも周りにたくさん女の子いるじゃん。その子に気持ちが行っちゃわないか不安だよ』と
言われるたびにピンと来ないまま『大丈夫だよ』と答えていた。
多分、今その時の罰が回ってきている。
全然大丈夫なんかじゃない。
何が大丈夫なんだよ。
「次、若王子くんだよ。メイクと着替え」
「あ、これさ、意外と生地汗吸わないやつじゃない?あと、スカート部分、裏地がないかも」
「まじ?安物だから仕方ないよね…。若王子くん、なんでもいいから下に着れるシャツとハーフパンツ、ない?急だから無いよね…?」
何故か俺のメイクと衣装については準備担当の子たちがかなり気合いが入っている。
田島くんや他の男子生徒には「ワックスつけてね」とワックスまるごと渡すのに、
俺は女子生徒と同じくらいのヘアメイクと衣装調整のスタッフがついていた。
「え、ないかも。ごめん」
急に準備物を言われても手元にはなくて、謝る。
「ううん、うちらが言わなかったのが悪いの。1ミリも若王子くん悪くない」
「あ、俺あるで」
田島くんが
あのリュックサックからちょっとだけシワの入った黒いTシャツとハーフパンツを出す。
「あ!貸して!田島!」
女子が手をあげると同時にその2枚が田島から投げられた。
放物線を描きながら教室の東の端から俺の席にまで飛ばされたそれを抱きとめた。
田島くんの匂いがした。
ほのかに石鹸と汗が少し混じった匂い。
「ありがとう、田島くん」
俺は、腹をくくって、男子トイレまで、ドレスと田島くんの服を持って行った。
「2年6組〜、コスプレ喫茶〜!よろしくお願いします〜!」
俺と田島くんは、プラカードを掲げながら校舎内を練り歩いていた。
一般公開のこの文化祭は普段より人が多くて、暑くって、目眩がしそうだった。
それだけじゃない。俺たちに向けられるカメラの量も凄まじかった。
「やばあ!若王子さんっすよね!かわいい!」
声の主、木本くんは俺を指差して遠くから人混み駆け寄ってきてくれた。スポーツ科は文化祭は自由参加らしい。
なぜ同じ学校で科が違うだけでこんなにカリキュラムが異なるのか分からなかった。
「おい、まず俺やろ!先に俺に気がつけよ!」
「一輝さん、こんちわっす!」
俺にブンブン手を振るふる木本くんは適当に田島くんに頭を下げた。
田島くんのキャラクターだから
2人の関係性だから許されている振る舞いなんだ、とやっぱり、蚊帳の外のように感じられて、グローブをはめた手を意味もなく、開いたり閉じたりした。
俺の手の中には何も中にはない。汗が滲んでも、ナイロン製の安い布はあんまり吸い取ってはくれなかった。
金髪の安いカツラもさっきから、口の中に入りまくって気持ち悪い。
ペッペッと何度か毛を吐き出してみても、別の毛がまた入ってくるの繰り返しだった。
「てか、まじかわいいっすよね。一輝さん、彼女さん連れてるんかと思いました。いやー、文化祭来てよかったー」
「せやろ〜。たまきちゃんかわいいよな?あ、木本。また、自主練は絶対やれや?」
ぐい、と肩を引き寄せられる。
俺を見つめる目は、犬や猫に向ける、愛らしいものをみているような、とろりとした目だった。
何故か花火大会の時の田島くんの顔がフラッシュバックして、顔を背けた。
「…暑いよ。田島くん」
としか言えなかった。熱中症なのか、動悸がしていた。
9月といえども、まだ夏が続いてる今、俺たちの格好は、ほぼサウナに入っているのと同じくらい蒸されていた。
12時頃に、休憩に入っていいといわれていて、
その時に一度全てを脱ぎ捨てるつもりだった。