『たまきくん、みんなに優しいしかっこいいからすき!』

物心ついてから今日まで言われ慣れたそれにたいして、何の感情持たなくなった。


自分の外殻が優れたもので、

でもそれだけじゃ、好きになる理由としてさみしいから

取ってつけたように内部の事もみんなが述べる。

優しいなんて嘘だと分かっている。

優しいなんて、誰にでも言える、当たり障りのない言葉。それこそ優しい、真綿のような言葉。

ふわふわと質量のない言葉をプレゼントされるたび、
中身の有り余った容量を見透かされているんじゃないかとヒヤヒヤする。

俺は、きっと優しくなんかない。

もうどうでもいいから、誰でもいいから、嫌われたくないから
相手が欲しい言葉をプレゼントするだけ。

このままふわふわと流されながら生きていけば、ずっとみんなが求める『優しい』『かっこいい』俺で生きていける。


わざわざ逆行して、誰かに逆らって自己主張をする人を見て、
『ばかだなあ』と『羨ましい』を
繰り返しながら見ていた。

無難が一番生きやすい。誰かの指示や空気に飲まれながら生きる事が自分の事を守れる気がした。


いつか言われた『そんなもんかよ』という罵りがずっと、胸で反芻していても、俺は、本当の自分を胸の奥底にしまい込んだ。

誰も知り合いはいない高校に進学したのに、結局、同じ道を歩んでしまっている気がした。

結局この学校でも俺を見ては、すぐに目をそらすか、盗撮するか、ずけずけと取り巻いてくるかのどれかだった。

今だって
「たまきくん、すごいじゃん。インスタグラム」
俺の机の周りには女子、女子、女子。

俺の前、横の席は男子だったはずなのに、HRが始まるまで、昼休み、放課後はだいたい四方八方女子に囲まれる。

「ううん、そんなことないよ。俺の写真撮ってくれる人が上手なだけだよ」
と笑いながら右手を振る。
俺の横顔が載った美容室の写真にはたくさんいいねが付いている。俺の顔に対してのコメントより、美容師のカット技術について見てほしいと願っても、コメントを見る限り、俺の身元を探るようなコメントばかりが目についた。
きっと美容師もその方がうれしいと思う。いやでも勝手に俺の写真使っている時点で俺の顔を広告に使おうとしているのか。美容師に対して、申し訳なさと不信感のどちらも抱いてしまう。

「たまきくん、今日の放課後なにするの?私はカラオケ行こうかなって思うんだけど、」

女子のひとりが俺に判断を委ねる。
行こうと誘えば周りの女子に角が立つし、俺から「行く」といえば、俺が乗り気だから嫉妬しても仕方ないという空気になるだろう。
でも正直、行きたくはない。前回カラオケに行った時の虎視眈々とした女子たちの空気がちょっと怖かった。

虎視眈々としてくれないで普通に過ごしてくれるなら行ってもいいが、そんな事をやんわりと伝える方法が咄嗟に出てこなかったし、もうそんな仲良しこよしでいられる年齢は過ぎてしまっている事を知っていた。

小学5年生あたりから女子のこういう、異性を狙う独特の空気感には未だに困惑する自分がいる。


そこまでしてどうして俺にこだわるんだろうか。
だいたいその理由は容姿だと嫌になるほど周りが態度で教えてくれた。

「えー、なになに?カラオケいくん?俺も行きたーい」

俺よりも先に答えたのは、
リュックを背負ったまま、女子の輪に割り込んできた田島くんだった。

今年から同じクラスになった彼は、誰とでも話す、気さくな、声が大きい脳天気な奴だと思っていた。

クラスの中心人物とまではいかなくても、彼が話すと、そこに勝手に耳がチャンネルを合わせそうになる。
内容はわからなくても何故か聞きやすいのか、
いつもこの空間のどこかには彼がいる、と認識してしまう。そんな人だった。

でもそれ以上は知らない。俺自身とは話をしたことない。
教室という一つの箱の中でも、

俺は東側、教室出口近くのエリア。
田島くんは西側、窓ガラスから校庭がよく見えるエリア。
俺は女の子にずっと囲まれてへらへら笑ってて、
田島くんはずっと男に囲まれて、けらけら笑っていた。口を大きく開けて笑うたびに日に焼けた肌に白い歯が浮いているように見えた。


「えぇ〜、田島には言ってないよ〜」
冗談めかしていう女の子の目は、本気だった。邪魔が入ったとばかり言わない。
「えぇ〜…てか、話変えてごめんやけど。
桜井さんが座ってるそこ、俺の席やねん。変わってくれへん?」

カラオケに誘ってくれた女の子が座っている椅子を指さす。

「え、まだHR始まらないよ。あと5分もあるじゃん」

「それまで俺が棒立ちでおらなあかんの?俺の足の力に期待しすぎやで〜」

大袈裟に嘆くような素振りを見せると他の被害者の男子たち(西側、田島エリアに追いやられている)がこちらをチラチラと見る。

いつも彼らのことを気にしていないわけではなかった。
入学してから俺に寄ってくる女の子たち。
大体が着飾ったり、おしゃれな子ばかりで気も強いからなのか彼らが気を遣って俺の周りの席を空けるようになった。
きっと自分の席で自習したい人もいただろう。
俺までいたたまれなくなって、少しお辞儀をした。
彼らはすぐ、目線をそらす。
ああ、また俺はこうやって男の人と関わる機会がなくなっていくのだろう。
ハブられているとか、いじめられているとかでもない。
ただ、話すタイミングとか、いろんなことが重なって先に避けられるとか、俺が原因で、男友達(になれる可能性がある人たち)との距離が遠ざかっていくのを肌で感じていた。

「分かった分かった!席取っちゃっててごめんなさい」

諦めた女子が椅子をすぐに彼に返す。彼の席は俺の真横だった。

「分かってくれてありがとう!助かるわ!」

彼が大声(というか地声がデカい)で言うと、俺の周りにいた女子たちも気まずそうに自分の席に帰っていった。
どさくさにまぎれて、カラオケに行かなくて済んだ俺は、一息ついた。
隣の席ついた田島はリュックからうちわを取り出して扇ぐ。
冷房がついているとはいえ、通学時は熱された鉄板のようなアスファルトの上を移動してきたのだ。
どれだけこの教室に冷房が完備されていたとしても体は火照るに決まっていた。

ただ、問題は左手でうちわを扇ぐため、右隣に座っている俺にまで風が来ることだった。

まあまあの力で扇ぐからさっきからセットしてきた前髪がそよそよと額から離れたり戻ったりを繰り返していた。

田島は短髪だからセットもいらないし、前髪が動くことすら気にしたこともないのだろう。
周りに対しての配慮が足りないのか、我道を行くガサツな人間なのか。

関わる予定はないタイプの人間だから、内心まで知る由もないだろうと、俺は思いながら、女子がくれたキャラ物のヘアピンで前髪を止めた。

うさぎのキャラのそれは俺に似ているのだという。
どこが?という質問を飲み込んで「ありがとう。大事に使うね」と返事をしてしまった。
それ以降、ちゃんと使っているアピールをするために制服のポケットに入れっぱなしにしていた。していてよかった。

「あっ、ごめん。若王子くん」

彼が俺の動きに気がついて手を止める。
つり上がった目が少しだけ下がる。

「いいよ。気にしないで。俺は、べつにいいから」
俺は、いつものように笑って、両手を振る。

「いや、『俺は、べつにいいから』って。良くは思ってないやつが言うやつ。気をつけるわな」

彼がツルリ、言った言葉には少し棘があった。
俺の真似してなのか、両手を振り返してきた彼はすぐに目をそらして黒板を見つめた。


期末テストの返却が終わった後、気持ちだけが夏休みに走り出そうとしていた。
どこか浮足だった空気の教室。
頭の中で、
海、花火、夏祭り、浴衣とか関連ワードばかり浮かんでいく。
毎年女の子たちと出かけているそれらは、もうタスクとして組み込まれている。そのはずなのに飽きている自分がいた。
違う女の子と言っても変わらない景色を見て、「綺麗だね」と毎年のように繰り返す。

アップデートがなされない安定感と、
このままでいいのかという不安定感が交互に押し寄せてくてきた。

この感覚を思春期から青年期にかけての成長過程によるものなのだと言われても尚、足掻こうとする自分が消えない。

このまま、『言われたもの、与えられたものに忠実に生きる』か否か、自分が毎日割合を変えながら自分の中でせめぎ合う。

サッカーを辞めたあの日、『こんなもん』を受け入れて、
女の子と付き合いを受け入れて、振られるだけ振られてを繰り返しながらここまで来た。
振られるたびに一瞬悲しいけど、すぐに次がある。悲しい時間もだんだん短くなる。

ちゃんと『かっこいいだけじゃない、みんなに優しいたまきくん』でいるはずなのに『みんなに優しい』を理由で振られる。
その理由をフィードバック追求するのは辞めた。
みんなが『優しい』俺を求めてくるから与えているだけなのに。なぜそれに飽きや不安定感を感じるのか、
深層心理はわからなかった。


バン、と黒板を叩く音でそんな意味のない空想に浸っていた俺は我に返る。

「文化祭実行委員 自推他推可です」

決めろ、と言わんばかりにクラス担任から圧をかけられたHRは
誰も名乗り出るものはなかったし、浮足立つ教室を静まり返した。

クラス担任も毎年の仕事だから雑に話を進めようとしている。
クラス一致団結だ!とか言わないだけマシなのかもしれない。
というか、テスト返却が終わった今日決めるだなんて予想してなくて、俺はうんざりした。
中三から文化祭から逃げ続けている俺は、こういう係を決める日や文化祭当日は謎の病になったことにして休んでいた。
係にもし選ばれたら、きっと断れないだろうから、スタート時点で休むと計画していたのに、まさかのタイミングで委員を決めると言い出した担任。ばれないようににらむしかなかった。

無難に済ますように。祈りつつ嫌な予感がしながら、窓から廊下を眺めた。
ワックスがけが明日から校舎全体で行われるらしい。
だからか余計にこの廊下が汚いもののように見えた。みんなが土足で踏んでいくこの通路が。


「誰かが決めないと先生が独断と偏見で勝手に決めるぞ」

しびれを切らした担任が、暴君になりかける。
「先生、若王子くんがいいと思います」
予感的中。
女子が反応すると、周りの女子も頷いた。
その頷きには、信頼とか、かっこいいとか、絶対楽しそうとかポジティブなオーラしかなかった。

他の男子も頷いてはいるものの、
自分が推薦されなくて良かった、席を横領されてる日頃の恨みつらみのようなネガティブなオーラが隠しきれていなかった。

今、お前らがやったのは、自分の身を隠して、生贄を差し出すのと同じだ。

「若王子、いいのか?」

俺は、一度鼻から息を吸う。

『こんなもん』を受け入れてから、
俺は周りから言われたものはNOが言えなくなってきている。
自分が決めたものより、周りに任されたもののほうが、
俺には合っている、


「はい、皆さんが僕を推薦してくださるので。頑張ります」

「はい、はい!先生!先生!俺もやる!」
隣から大きな声が入ってきそうになって耳を塞ぐ。うるさい。そうはいえなかった。なぜならその声の主は田島くんだったから。
目をきらきらさせながら手を上げて、なんならぶんぶん振りながらアピールする田島くんを、異形をみるような目で見てしまう。

「田島。もうちょっと元気抑えような。
じゃあもう2人に決めるぞ。後は適当に予算内に収めて、喧嘩やトラブル起こさずやってくれよ〜」

わあ、とパチパチとまばらな拍手が起こる。

拍手がまばらなのはきっと俺と一緒に文化祭実行委員やりたかった女子たちの策略がこの田島の勢いのせいで頓挫したこと、
田島を期待の星として見つめる男子たちの拍手、
といった失望と希望が入り混じっているからだろう。

「っしゃ!よろしくな!若王子くん」

勢いよく隣から差し出された手のひら。
俺より大きくて、節くれていた。皮が厚くて、爪がささくれ立っていていかにも手入れ行き届いてない手だった。

「よろしく。田島くん」

俺は、それを握ることなく、笑って返した。
きっと、みんなが言ってくれる「人形みたいな、完璧な笑顔」だっただろう。

いいなぁ、何も考えなしで動ける人は。

でも、いい。

たった一ヶ月。その間の付き合いなのだ。

その間だけ、うまくやれれば無難に事は進むだろう。

彼は不思議そうに首を傾げながら、
手を引っ込めていった。