【ピュアBL】キミと羊毛フェルト、そしてぬい活。

 連休が過ぎて、さらに暖かい季節になった。

 何故かお互いのキャラを羊毛で作ることになったから、学校か家で少しずつ作業を一緒に進めた。まずは二頭身ぐらいのキャラにした僕たちのイラストを描いた。陽向くんは実はあんまり絵を描くのが得意ではなく。陽向くんの数少ない弱点かな? 〝陽向くんが作る僕〟も、僕が描くことに。

 イラストが描けたら、それを参考にしながら各パーツを型紙に、羊毛を直接重ねて大きさが確認できるように、実物の大きさにして描く。

 作りたいイメージのイラストは毎回簡単に描いていたけれど、こんな感じかなと、いつもは感覚だけで羊毛フェルトをやっていた。こんな丁寧に型紙に描いたりするのは初めて。

 陽向くんを作るのだから、多分過去最高に丁寧に作る予感がする。今回は期限がないから、羊毛フェルトの陽向くんにスズメのショルダーバッグを持たせたいなとか、追加でアイディアが浮かんでくる。

 チクチクチク……。

 僕たちの羊毛フェルト制作作業は進んでいく。本当に一緒に作業をする時間が幸せ――。

 ちなみに陽向くんは無事にうさぎのもっふんちゃまを渡せたみたい。「予想以上に喜んでくれた」って言いながら、陽向くんはニコニコして嬉しそうで、僕も幸せな気持ちになれた。

 陽向くんは僕にたくさんの幸せをくれる。

 ずっとずっと、陽向くんと一緒にいたい。もしも恋人になったら、その願いは叶うのかな? 

 陽向くんには内緒だけど、僕はハグしてからずっと陽向くんを恋の人として意識をしているし、恋人になっても良いと思っている。前よりも陽向くんがキラキラしてみえるし、一緒にいてドキドキすることも増えた。それと、もしかしたらだけど、ハグをしたから僕の中で眠っていた陽向くんへの恋心が覚醒し、今の気持ちになったのかもしれなくて。実は昔から陽向くんのことを恋の人として好きだったのかもしれないとも考えた。

 だけど恥ずかしいから、陽向くんには何も伝えられなさそう――。

 
 ちょうど夏休みに入る前に、ふたりの羊毛フェルトキャラは完成した。

今回作っている羊毛フェルトの目は、漫画やアニメみたいな目で、顔の土台に直接細かく羊毛を植え付けるようにニードルを刺してしていく。鼻や口もそうやっていたけれど、特に目は簡単ではない。まつ毛やキラキラ目になるように白い部分もあるから、本当に細かく丁寧にチクチクした。もちろん陽向くんが作った僕の目も、僕がやった。

 陽向くんの目の色は黒髪だから、だいたいの色が似合うかな?って思って迷ったけれど、深緑にした。

 その理由は、陽向くんは森の香りの入浴剤が昔から好きだから。小さい頃は一緒にお風呂に入っていた。その時、森の香りがする入浴剤の匂いを気に入って、湯船に浸かりながらその香りを思いきり何回も陽向くんは吸い込んでいた。

今も陽向くんが泊まりに来る予感が少しでもある日には、脱衣所にある、数ある香りの中から森の香りを選び、お湯の中にあらかじめ投入している。

 そして陽向くんは太陽のようでもあるけれど、森のようでもあるし。

服装も明るい黄緑色のTシャツと青いデニムのズボン。そしてスズメのショルダーバッグと、いつも履いているような黒いスニーカーも履かせた。

 僕の目は、明るい茶色の地毛よりも明るい黄みがかった茶色。服装はパステルイエローのチュニックと、陽向くんとお揃いのデニムズボン。そして白いスニーカー。これは陽向くんが決めてくれた。僕のイメージだって――。それに追加して、シマエナガのショルダーバッグも。

「可愛い!」

 今回もふたりのキャラと目が合って、僕は叫んだ。

「これって、叶人が作った俺を、俺がもらう感じかな?」
「どうしようね? ふたり離ればなれになるのもちょっと寂しそうかも……」

 手を繋いでみえるようにふたりのキャラを並べて、窓のところに置いてみた。

「とりあえず、手を繋がせてここに置いておくか?」
「そうだね、そして陽向くんの部屋に遊びに行ったりもして……この子たちはふたりでいつも一緒にいる感じだね!」

 窓から入る明るい光を背負いながら手を繋いでいるふたりは、とても仲が良さそう。

 まるで、僕と陽向くんみたい――。

 そして一緒にいられると知って、嬉しそう。

「陽向くん、僕、ぬい活したいんだけど、一緒にやらない? ひとりであんまりお出かけしないから、ひとりじゃ、ちょっと不安で……」

 夏休みの昼過ぎ、叶人の部屋で羊毛をチクチクしていた時に叶人が質問をしてきた。
 
 ちなみに今作っているのは、叶人いわく、羊毛フェルトの俺らが食べる設定の、ソフトクリームやマカロン、ケーキ……ひたすら可愛い系のデザート。叶人が作っていた鳥たちも含め、完成した羊毛フェルトは全て叶人の勉強机に並べてある。机の上は今、パーティーのように羊毛フェルトたちで盛り上がっていた。

「ぬい活って、何?」
「推しのぬいぐるみと一緒にどこかへお出かけして、その場所を背景にぬいぐるみの写真を撮るの」

 叶人からの誘いはなかなか珍しい。
 叶人に誘われて断る自分は、どこにもいない。

「俺も、ぬい活してみたいな。一緒にやろ?」
「陽向くんと一緒にぬい活だ。やった! 陽向くんが一緒だったら安心だ。羊毛フェルトの子たちは、陽向くんや僕の他に鳥さんたちも連れていこうと思うよ!」

 推しのぬいぐるみ……羊毛フェルトの俺も、推しの中に入れてくれているのか。机の上で、羊毛フェルトの叶人と手を繋いでいるようにみえる、羊毛フェルトの俺。見るたびに、気持ちが温かくなる。

 叶人が丁寧に作ってくれた羊毛フェルトの俺――。
 
「行きたい場所とかは決めてるの?」
「あのね、あのね。ネットでいいなって思うぬい活をしている人がいてね、その人のSNSなんだけど……こんな場所に行って、こんな写真を撮りたいなって思ってるの」

 叶人が見せてくれたスマホの画像を覗き込む。場所はここからかなり遠い場所だけど、綺麗な花畑を背景に、羊毛フェルトで作られた人気なアニメのキャラクターが写っていた。

「楽しそうだな」
「でしょ? でもこの辺にこういう場所、あるかなぁ?」
「俺、探してやるよ」
 俺は羊毛フェルト制作作業を中断し、スマホを持つ。そして行けそうな距離にある花畑をネット検索してみた。観光地として知名度や人気もある、よさげな花畑をいくつもみつけた。時期もちょうどよく、花はほぼ満開らしい。

「叶人、この中のどれか、どう?」

 綺麗な風景で、且つランチやソフトクリームも美味しそうで叶人が気に入ってくれそうな場所を三箇所、叶人に見せてみた。

 大きなラベンダー畑かひまわり畑、そしてカラフルな花が綺麗に、グラデーションになって並んで咲いている畑。

「どうしよう。どれも綺麗な場所……陽向くん、どれがいいかなぁ?」
「全部良いけれど、初めて撮るならここかな?」と、俺はカラフルな花の場所を選んだ。
「じゃあ、ここにしよ!」
「楽しみだな! 多分、電車で行くことになるかな? 時間とか調べとくわ」
「ありがとう! すごく楽しみ!」

 行くのは、二日後。

 その日の夜、早速その日のスケジュールを立てた。
 念入りに広い花畑の中で、どこが撮影スポットなのかまで調べた。

――叶人、楽しんでくれたらいいな。

 そうして俺らのぬい活は始まった。
 叶人と一緒に花畑に行く日が来た。

「おはよう陽向くん!」
 
 朝、叶人の家のドア前に立つと、すぐにドアが開いた。いつもよりも明るい声での挨拶。叶人の気持ちがストレートに伝わってくる。

「叶人おはよう。今日楽しみだね」
「楽しみ!」
「忘れ物はないか?」
「そうなの、何か忘れていそうで不安――」

 叶人は、白いふわふわが入口辺りにちょっとついているカゴバッグの中を覗き「スマホ、カメラ、サイフもあるし……」と確認している。

「かわいいな、そのバッグ」
「でしょ? うちにあったバッグにふわふわをつけてみたの」
「叶人がアレンジしたのか? 可愛い!」
「中もふわふわさせて、羊毛フェルトの陽向くんたちもゆっくり過ごせる感じにしたよ!」

 叶人はバッグの中を俺に見せながら、くしゃっとした顔をして笑った。

 リアル叶人の服装もゆったりめの白いチュニックにデニムのパンツを合わせていて、今日も全てが天使のように可愛い。俺はシンプルな黒Tシャツにデニムパンツ。なんか叶人と正反対だな。

「叶人、行こうか!」
「うん!」

 俺たちは駅から電車に乗り、一時間ぐらいで着く花畑へ向かった。
 花畑に着いた。この辺りでは有名な観光地だからか、朝から観光客で賑わっている。花畑全体は、赤やピンクや紫、黄色などの花が色鮮やかに、バランスよく綺麗に咲いていた。

「混んでるね。叶人、俺にちゃんとついてきてな?」
「うん、迷子にならないように頑張る!」

 叶人は方向音痴だ。
 俺がしっかりと守ってあげないと――。

 着いてから早速花畑を背景に、羊毛フェルトで作った俺のキャラを撮影する叶人。まだ始まったばかりだけど、ひとまず無事に叶人のやりたい事は達成し、安堵する。

そして俺は、一生懸命に撮影している叶人の姿が可愛すぎて、その姿を俺のスマホで撮った。撮影スポットを調べたお陰もあり、花畑を背景に羊毛フェルトキャラのソロや、全メンバー並べて撮ったりと、叶人は満足そうな様子で次々と撮影をしている。俺は写らないようにキャラを持ったりして、助手的な役割を果たしていた。

 順調だったけれど、そろそろランチの時間になる時。俺がひとりでトイレに行った時だった。

「叶人が、いない――」

 トイレの前にあるお土産屋付近で待っていてって言ったのに、俺がトイレから出ると叶人はいなくなっていた。

「叶人、叶人?」

 しばらく辺りを探すも、叶人は見つからなかった。多分ふわふわしながら、どこかさまよい歩いているだけな気がするが、心配だ。どうしようかなと思っていた時だった。

 見つけた――!

 トイレから離れた場所にある、花畑の前に叶人はいた。

「叶人!」

 相手の男たちは後ろを向いていて顔が見えないが、叶人は今、二人組の男たちに話しかけられている。
 ナンパか? 叶人は誰が見ても可愛いからな。 
 イライラした気持ちと、助けなければならない使命感を交差させながら、叶人がいる方へ急いだ。

「叶人!」
「あっ、陽向くんに会えた! 良かった!」

 叶人の声が合図のように、男たちも振り向いた。

「あっ――」

 叶人をナンパしていると思っていた男たちはなんと、クラスメイトの夏樹とバイトの先輩、隼人先輩だった。

「何故夏樹と隼人先輩が一緒に?」
「陽向がバイトしてるカフェに友達と行ってみたらさ、隼人くんと意気投合しちゃって、仲良くなっちゃった」
「いつ俺のバイト先に来た?」
「最近、陽向が休みの日」

 夏樹は隼人先輩と目を合わせ、微笑みあった。なんとなくだけど、ふたりの間には特別な空気が流れている気がした。
「昼飯、一緒に食べる?」と、夏樹が聞いてきた。

「叶人は、どうしたい?」
「……僕は、どっちでもいいよ」

 叶人の気持ちを確認すると、叶人は低めの声で答えた。そして叶人は俺らから少し離れた場所へ行き、花畑の写真を撮り始めた。

「陽向、あの子がこないだ言っていた子?」

 隼人先輩は叶人をそっと指さす。

「はい、俺が隼人先輩に相談したのは、叶人についてです」
「叶人くんって名前なんだ? 叶人くんはランチ、陽向とふたりで食べたそうだよね。ふたりきりの世界を邪魔されたくないタイプか……」

 隼人先輩が顎に手を当てた時、夏樹がはっとした。

「……そうだったのか! そういえば、ふたりが中睦まじく羊毛フェルトを教室でやってた時、話しかけると雪白はいつもあんまり良い反応ではなかった気がする……」

 叶人は俺とふたりだけで過ごしたいから今も、教室でも、間に誰かが入ってきたら素っ気ない態度になるのか。

 叶人がいつもと少しでも様子が違うと、どうしたのかな?って、すごく気になる。

ふたりの間に誰も入れない。そんなことぐらい、簡単にできるし……叶人に嫌な思いをさせないように、きちんと話を聞けばよかったな。