【ピュアBL】キミと羊毛フェルト、そしてぬい活。

 俺は一階にある風呂に向かった。

 俺が泊まることを親に伝えておくと叶人は言っていたけれど、多分叶人は頭の中が忙しくて忘れていそうだから、途中、リビングを通り直接叶人の両親に泊まるのを伝えた。そしたらいつものように優しい叶人の両親は、笑顔で受け入れてくれた。

 浴室に行くと全身を洗い、湯船に浸かる。
 この家の湯船の中には、いつも俺の好きな森の香りと色がする入浴剤が入っている。思いきり香りを吸い込んだ。

 答えはほぼ見つかったけれど、頭の中を整理してみよう。
 
「そんな好きではないし」

 俺の頭の中を悩ませていた言葉はこれだ。
 たしか、その前に「お前ら恋人みたいだな」とクラスメイトの夏樹の言葉もあった。

『恋人としての、好きではない』

――はぁ、そういうことかよ!

 叶人から嫌われたら、もう何もやる気しない。想像しただけでしんどい。お湯の中に顔を沈めた。

 嫌われていなくて、よかった!

 だけど、叶人は恋人としての好きではないって言っていたけど、叶人もドキドキしていたし。

 ハグした時の感触を思い出して、お湯の中から顔を出した。緊張感と叶人を愛おしいと感じた気持ち。それに、俺も先輩が教えてくれたドキドキ、かなりした。

――俺は、叶人を恋の人として好き、かもしれない可能性もある。

 いつも通りに過ごせばいいと、叶人には言ったものの、どうすればいいのか。

 風呂から上がると叶人の部屋に戻った。

「おかえり!」
「ただいま」
「うさぎのもっふんちゃま、多分明日で完成できそうだよ」

 俺の予想では、さっき起きたドキドキについて叶人はずっと考え、何も手につかないと思っていたのに。ウサギ制作作業を進めていた。 

 俺も何事もなかったかのように、ウサギの足をチクチクし、作業をする。そうだよな、特に何か関係が変わるわけでもないし、叶人のように、いつもと変わらない気持ちで過ごしていけばいいんだよな――。さっきはなんであんなに悩んでたんだ?とも思えてきた。

 そうして寝る時間がやってきた。
 叶人はベットの上に、俺は床に布団を敷いていつも寝ている。今日もふたり並んで横になり、部屋の灯りを常夜灯にした。

 目を閉じてしばらくすると「ねぇ」と小声で俺を呼ぶ声がした。この時間が久しぶりに来たか。

 叶人は、叶人の〝起きてる〟と〝眠ってる〟の狭間の時間に、本音を話してくれる時がある。寝ぼけているのだろうと思う。しかも翌日はあんまり話した内容を覚えていないらしい。

「叶人、どうした?」

 ほわんとしている表情の叶人と目が合った。

「僕ね、ハグしてからずっと陽向くんを意識しちゃってる」
「意識?」
「うん、恋人としての意識」

 さっきまでは何事もなく過ごしている様子だったのに。頑張って気持ちを隠していたのか?

「僕ね、陽向くんとだったら、恋人になってもいいと、おも……」

 話の途中で叶人は完全に眠りの世界へ行った。
 俺は話の続きが気になって、しばらく眠れなかった。

――俺も、叶人となら恋人になってもいい。

 ふと、何故か他の人と叶人が恋人になっている景色を想像してしまった。それは完全に嫌だな。俺はずっと、叶人の一番でありたいし隣にいたい。
「可愛い!」

 僕は完成したうさぎのもっふんちゃまと目が合った瞬間、叫んだ。

 陽向くんが家に泊まってくれて、朝からも一緒に制作作業をしていた。昼が過ぎた頃、ついにうさぎのもっふんちゃまは完成した。「顔を可愛くできる自信がないから、やってほしい」と陽向くんがお願いをしてきた。鼻と口と頬、そしてつぶらな目はうさぎのもっふんちゃまの顔を何回もネットで確認しながら、僕が作った。

「叶人は、可愛くするのも上手だな」
「顔は大事だからね、可愛くできてよかった! 陽葵ちゃん、喜んでくれるかな?」
「想像以上に上手く可愛くできたし、陽葵の反応が楽しみだ。叶人、ありがとな!」

 陽葵ちゃんが喜んでくれるのも嬉しいし、陽葵ちゃんが喜ぶと陽向くんも嬉しくなる。そしたら僕も嬉しくなって、幸せな気持ちになれるんだ――。

 どうか喜んでくれますように!

「ラッピングはうちで、こそっとやるわ」
「うん、分かった」

 うさぎのもっふんちゃまを陽向くんに渡す時、陽向くんの手と僕の手が触れて、僕の全身がビクッとなった。
「「あっ、ごめん――」」

 ふたり同時に謝った。

 またドキドキしてきてしまった。
 僕は昨日の夜から、陽向くんをとても意識してしまっている。

 陽向くんとハグをした時のドキドキは、本当に凄かった。陽向くんがお風呂に入ってからもしばらくずっと「これは恋なのかな?」って考えていた。けれど、もうすぐ完成するうさぎのもっふんちゃまが目に入って、僕は今、恋について考えている場合ではない。やらなければならない使命があるのだと思い出して、作業を再開させた。それからは表面では何事もなかったかのように今、この時まで過ごしてきた。

「か、叶人は、次、何を作るの?」
「小鳥かな? 陽向くんは?」

 顔を見るともっとドキドキしそうだけど、目をそらしすぎたら陽向くんが悲しい気持ちになってしまうかもしれない……僕は頑張って、陽向くんと目を合わせた。

「どうしよう……叶人と作るの楽しかったから、また何か作りたい気がするけれど」

――僕と一緒に作るの、楽しいって思ってくれたんだ。嬉しいな!

「陽向くんが一番好きなものを作るとか? そしたら完成させるのがもっと楽しみになって、楽しくなるよ」

 陽向くんは僕の顔をじっと見てきた。

「じゃあ、叶人を作ってみようかな――」
「ぼ、僕ですか?」
「うん、だって、ほら……いや、うん」
「じゃあ……僕も陽向くん作ってみようかな」

 今の話の流れって、一番好きなのは僕って意味だよね? だから僕も一番好きな陽向くんを作ってみようかな?って思った。

 その気持ちをそのまま陽向くんに伝えたいけど、なんか恥ずかしくて言えない。昨日までは素直に好きって気持ちを伝えられていたのに。

――恋の好きを意識しちゃうと、どうしてだろう。上手く伝えられなくなっちゃう。

***
 連休が過ぎて、さらに暖かい季節になった。

 何故かお互いのキャラを羊毛で作ることになったから、学校か家で少しずつ作業を一緒に進めた。まずは二頭身ぐらいのキャラにした僕たちのイラストを描いた。陽向くんは実はあんまり絵を描くのが得意ではなく。陽向くんの数少ない弱点かな? 〝陽向くんが作る僕〟も、僕が描くことに。

 イラストが描けたら、それを参考にしながら各パーツを型紙に、羊毛を直接重ねて大きさが確認できるように、実物の大きさにして描く。

 作りたいイメージのイラストは毎回簡単に描いていたけれど、こんな感じかなと、いつもは感覚だけで羊毛フェルトをやっていた。こんな丁寧に型紙に描いたりするのは初めて。

 陽向くんを作るのだから、多分過去最高に丁寧に作る予感がする。今回は期限がないから、羊毛フェルトの陽向くんにスズメのショルダーバッグを持たせたいなとか、追加でアイディアが浮かんでくる。

 チクチクチク……。

 僕たちの羊毛フェルト制作作業は進んでいく。本当に一緒に作業をする時間が幸せ――。

 ちなみに陽向くんは無事にうさぎのもっふんちゃまを渡せたみたい。「予想以上に喜んでくれた」って言いながら、陽向くんはニコニコして嬉しそうで、僕も幸せな気持ちになれた。

 陽向くんは僕にたくさんの幸せをくれる。

 ずっとずっと、陽向くんと一緒にいたい。もしも恋人になったら、その願いは叶うのかな? 

 陽向くんには内緒だけど、僕はハグしてからずっと陽向くんを恋の人として意識をしているし、恋人になっても良いと思っている。前よりも陽向くんがキラキラしてみえるし、一緒にいてドキドキすることも増えた。それと、もしかしたらだけど、ハグをしたから僕の中で眠っていた陽向くんへの恋心が覚醒し、今の気持ちになったのかもしれなくて。実は昔から陽向くんのことを恋の人として好きだったのかもしれないとも考えた。

 だけど恥ずかしいから、陽向くんには何も伝えられなさそう――。

 
 ちょうど夏休みに入る前に、ふたりの羊毛フェルトキャラは完成した。

今回作っている羊毛フェルトの目は、漫画やアニメみたいな目で、顔の土台に直接細かく羊毛を植え付けるようにニードルを刺してしていく。鼻や口もそうやっていたけれど、特に目は簡単ではない。まつ毛やキラキラ目になるように白い部分もあるから、本当に細かく丁寧にチクチクした。もちろん陽向くんが作った僕の目も、僕がやった。

 陽向くんの目の色は黒髪だから、だいたいの色が似合うかな?って思って迷ったけれど、深緑にした。

 その理由は、陽向くんは森の香りの入浴剤が昔から好きだから。小さい頃は一緒にお風呂に入っていた。その時、森の香りがする入浴剤の匂いを気に入って、湯船に浸かりながらその香りを思いきり何回も陽向くんは吸い込んでいた。

今も陽向くんが泊まりに来る予感が少しでもある日には、脱衣所にある、数ある香りの中から森の香りを選び、お湯の中にあらかじめ投入している。

 そして陽向くんは太陽のようでもあるけれど、森のようでもあるし。

服装も明るい黄緑色のTシャツと青いデニムのズボン。そしてスズメのショルダーバッグと、いつも履いているような黒いスニーカーも履かせた。

 僕の目は、明るい茶色の地毛よりも明るい黄みがかった茶色。服装はパステルイエローのチュニックと、陽向くんとお揃いのデニムズボン。そして白いスニーカー。これは陽向くんが決めてくれた。僕のイメージだって――。それに追加して、シマエナガのショルダーバッグも。

「可愛い!」

 今回もふたりのキャラと目が合って、僕は叫んだ。

「これって、叶人が作った俺を、俺がもらう感じかな?」
「どうしようね? ふたり離ればなれになるのもちょっと寂しそうかも……」

 手を繋いでみえるようにふたりのキャラを並べて、窓のところに置いてみた。

「とりあえず、手を繋がせてここに置いておくか?」
「そうだね、そして陽向くんの部屋に遊びに行ったりもして……この子たちはふたりでいつも一緒にいる感じだね!」

 窓から入る明るい光を背負いながら手を繋いでいるふたりは、とても仲が良さそう。

 まるで、僕と陽向くんみたい――。

 そして一緒にいられると知って、嬉しそう。

「陽向くん、僕、ぬい活したいんだけど、一緒にやらない? ひとりであんまりお出かけしないから、ひとりじゃ、ちょっと不安で……」

 夏休みの昼過ぎ、叶人の部屋で羊毛をチクチクしていた時に叶人が質問をしてきた。
 
 ちなみに今作っているのは、叶人いわく、羊毛フェルトの俺らが食べる設定の、ソフトクリームやマカロン、ケーキ……ひたすら可愛い系のデザート。叶人が作っていた鳥たちも含め、完成した羊毛フェルトは全て叶人の勉強机に並べてある。机の上は今、パーティーのように羊毛フェルトたちで盛り上がっていた。

「ぬい活って、何?」
「推しのぬいぐるみと一緒にどこかへお出かけして、その場所を背景にぬいぐるみの写真を撮るの」

 叶人からの誘いはなかなか珍しい。
 叶人に誘われて断る自分は、どこにもいない。

「俺も、ぬい活してみたいな。一緒にやろ?」
「陽向くんと一緒にぬい活だ。やった! 陽向くんが一緒だったら安心だ。羊毛フェルトの子たちは、陽向くんや僕の他に鳥さんたちも連れていこうと思うよ!」

 推しのぬいぐるみ……羊毛フェルトの俺も、推しの中に入れてくれているのか。机の上で、羊毛フェルトの叶人と手を繋いでいるようにみえる、羊毛フェルトの俺。見るたびに、気持ちが温かくなる。

 叶人が丁寧に作ってくれた羊毛フェルトの俺――。
 
「行きたい場所とかは決めてるの?」
「あのね、あのね。ネットでいいなって思うぬい活をしている人がいてね、その人のSNSなんだけど……こんな場所に行って、こんな写真を撮りたいなって思ってるの」

 叶人が見せてくれたスマホの画像を覗き込む。場所はここからかなり遠い場所だけど、綺麗な花畑を背景に、羊毛フェルトで作られた人気なアニメのキャラクターが写っていた。

「楽しそうだな」
「でしょ? でもこの辺にこういう場所、あるかなぁ?」
「俺、探してやるよ」
 俺は羊毛フェルト制作作業を中断し、スマホを持つ。そして行けそうな距離にある花畑をネット検索してみた。観光地として知名度や人気もある、よさげな花畑をいくつもみつけた。時期もちょうどよく、花はほぼ満開らしい。

「叶人、この中のどれか、どう?」

 綺麗な風景で、且つランチやソフトクリームも美味しそうで叶人が気に入ってくれそうな場所を三箇所、叶人に見せてみた。

 大きなラベンダー畑かひまわり畑、そしてカラフルな花が綺麗に、グラデーションになって並んで咲いている畑。

「どうしよう。どれも綺麗な場所……陽向くん、どれがいいかなぁ?」
「全部良いけれど、初めて撮るならここかな?」と、俺はカラフルな花の場所を選んだ。
「じゃあ、ここにしよ!」
「楽しみだな! 多分、電車で行くことになるかな? 時間とか調べとくわ」
「ありがとう! すごく楽しみ!」

 行くのは、二日後。

 その日の夜、早速その日のスケジュールを立てた。
 念入りに広い花畑の中で、どこが撮影スポットなのかまで調べた。

――叶人、楽しんでくれたらいいな。

 そうして俺らのぬい活は始まった。