2月になった。
僕の家はどこかに隙間があるのか、ストーブがめらめらしててもストーブから離れると寒い。それに比べて悠生くんの家はすごく暖かい。マンションだから、周りに住んでいる人たちの家の暖かさと混ざっているのかな? 僕は寒がりだから、悠生くんの家で遊ぶのが最近のお気に入り。
「毎年冬にね、スキー温泉旅行に行くの」
「いいなぁ、僕も一緒に行きたいな」
今日も悠生くんの家で遊んでいた。その時に「遊べない日ってある?」って聞かれて、そう答えた。
僕の話を聞いた悠生くんも、旅行に行きたいって。
うち、小谷家と怜くんの家族、園田家は昔から仲良くて、一緒に旅行も楽しんでいた。だいたいスケジュールは決まっていて、冬休み中か、2月の最初辺りの休日に。朝に家を出てスキー場に向かい、スキーのあとは温泉があるホテルで泊まる感じ。
お母さんたちに悠生くんが行きたがっていることを伝えると、すぐに「いいよ」って言ってくれた。家族には僕と悠生くんが付き合っているってことはまだ内緒で。仲の良い友達だって伝えている。
今のところ、悠生くんが僕の恋人だってことは、怜くんしか知らない。
怜くんとは大晦日の日からちょっと気まずい。旅行中もそんな雰囲気のままなのかな?って考えると心がチクチクしちゃう。
今日は旅行の日。
それぞれ家族ごとに車を出した。悠生くんは、僕と一緒に小谷家の車に乗った。うちの車の席は3列で一番前にお父さんお母さん。真ん中に僕たち、一番後ろは椅子をたたんでスキーとか荷物が置いてある。
スキー場に着くまでだいたい2時間ぐらいかかる。冬道は雪がじゃまして、もっとかかるっぽい。悠生くんと一緒にスマホでゲームをしてたけど、途中でちょっと酔ってきちゃった。車を停めてもらって、道の駅で休憩した。具合悪いのが治まってきてからトイレに行くと、怜くんとばったり。僕は慌てて目をそらしちゃった。
「どうした? 顔色悪いけど、具合悪いのか?」
「う、うん。でも休んだから大丈夫だよ」
それだけ言うと、逃げるように僕は車に戻っていった。本当はさけたくないのに、あの日以来気まずいのは、僕の方からさけちゃってるからっぽい……。
「どうしたの? まだ調子悪い?」
車に戻ると、悠生くんが僕の顔を覗き込んだ。
「酔ったのは、休んだからもう大丈夫だけど……」
「だけど?」
「トイレで怜くんと合って、話しかけてくれたのに避けるようにトイレから出てきちゃった」
悠生くんは無言で一番後ろの席にある毛布を手に取った。そしてそれをふたりの膝にかけて。
「先輩のことばかり考えないでよ……寂しい」って小さい声で言って、誰にも見えないように手を握ってきた。
そうだよね、悠生くんは僕が好きで。
好きな人が別の人の話ばかりしてちゃ、寂しいよね。
スマホばかり見ている怜くんの姿が頭の中に浮かんできた。また怜くんのこと考えちゃった。
僕は間違えた絵をぐちゃぐちゃと黒いペンで消すように、怜くんのことも頭の中から消した。
「悠生くん、ごめんね」。
スキー場に着くと、僕たちの車は並んで停まった。駐車場から大きな山の全体が見える。混んでいなくて、人のいないところだらけだから、のびのび自由に滑れそうかな? 混んでいたら誰かにぶつかっちゃいそうになるから、今日は安心。
スキー靴を履いたり準備をしたあとは「楽しんでおいで」って怜くんのお父さんが言って、いつも親たちと僕たちの2組に分かれる。親たちは一番難しい上級コースに。
僕は毎年、怜くんと中級レベルぐらいのコースを滑っている。中級でも僕にとっては難しくて、転ばないようにゆっくりとスキーで滑ってく。怜くんはすいすいボードで先に進んでいって、僕との距離が広がったら止まって僕を待ってくれている感じ。
今年は僕と怜くん、そして悠生くんの3人。
中学時代、授業でスキーをした時はレベルごとにグループが分かれて滑る感じだったんだけど、悠生くんは一番うまいグループにいた気がする。
ふたりは運動が得意で、僕は……苦手。
もう運動全部が苦手。
3人で2人用リフトの乗り場に並んだ。
一番前は怜くん。次は僕で後ろが悠生くん。2人ずつ乗るから、怜くんの隣に乗るつもるだったけど。後ろからぎゅって腕を引っ張られて、悠生くんが「一緒に乗ろう」って。
ひとりでリフトに乗った怜くんが一瞬こっちを向いて、ぷいってしてきた。
リフトに乗った瞬間、ため息をまた外に出しちゃった。ぷいってされたのがショックで。
最近ため息、たくさん外にこぼしちゃうな……。
「歩夢くん、どうしたの?」
「あのね、今、怜くんにぷいってされたの」
僕は前のリフトに乗っている怜くんの背中を見つめた。
「歩夢くんが僕と一緒にリフトに乗ったからかな?」
「えっ? 僕のせい?」
「……歩夢くんって、鈍感だね」
「何? いきなり鈍感とか言われても意味が分からないよ。なんで?」
「教えない!」
どうして教えてくれないの?
ぷいってされた理由と鈍感って言われた理由をなんでだろうって考えていたら、いつの間にか降りる場所に着いていて、あわててリフトから降りたら転んだ。
次に降りてくる人たちの邪魔になっちゃうから移動したいけど、立ち上がれなくなっちゃった。
「歩夢……」
「歩夢くん、大丈夫?」
怜くんが近づいてきて助けようとしてくれたけど、悠生くんが先に目の前に来て手を出してくれた。僕は悠生くんの手を掴んで立つと急いで移動した。
怜くんと目が合うとすぐにそらされちゃった。
「行くぞ」って怜くんの声を合図に、僕たちも滑っていく。ふたりとも、やっぱりすごく上手くて。僕の滑るスピードに合わせてくれている。ちなみに僕はずっと全力。
何回も滑って、全部悠生くんとリフトに乗っていた。けれどラストって時に「最後、俺と乗ろ」って怜くんに誘われて、嬉しくなって笑顔で返事をした。
乗っている間は怜くん、ずっと無言だったけど、僕の気持ちはるんるんしていた。
歩夢はあいつと何回もリフトに乗った。さっき歩夢が転んだ時、歩夢を助けたのもあいつだし。
俺じゃなくて――。
最近の歩夢は俺よりもあいつと一緒にいる時間が多い。それだけでもなんかムカつくのに、実際に目の前で仲良くしている姿を見ていたら……。
『 もっとムカつくー!』って雪山を滑っている時、心の中でおもいきり叫んだ。
今日のスキーだってあいつが来ること、俺だけが知らなかった。知ったのは朝、あいつの姿を見た時だし。
はぁ……。ふたりで滑った方が楽しいのに。
俺と歩夢の間にいきなり割り込んでくるなよ。今年はあいつがいるからつまらん!
ずっとそんなことをもやもや考えていた。
そしてリフトに乗るのがラストの時「最後、俺と乗ろ」って、気がついたら誘っていて、歩夢といつの間にかリフトに乗っていた。
歩夢に恋人が出来た辺りから、今までの歩夢とは違う歩夢に見えてきていた。
今まではずっと弟のような、小さい頃の歩夢のままだったのに、急に成長して大人に近づいて。俺の手の中にいた歩夢がするりと手の隙間から抜けていき、遠くに歩いていっている気がした。
リフトにふたりで乗った時も今までと違う感じだった。今までは普通に会話出来ていたのに。
隣にいる歩夢を意識すればするほど、話し方を忘れたみたいに、何も言葉が出てこなくて。なんか胸の鼓動も早くなって、心がバグってた。
ホテルに着いた。
スマホの時計を確認すると15時。
今日泊まるホテルは山の中にあって、ちょっと古めなホテル。くすんだ白い色をしていて結構大きい。
幼稚園に通っていたころから家族ごとに泊まる部屋を分けていた。けれど歩夢が中学になった時だったか「子供たち一緒の部屋にした方が子供たちは楽しめるかもね」って親が言って。歩夢と俺の両親それぞれと、俺と歩夢の部屋、3部屋に分かれるようになった。
今回俺たちの部屋は2人じゃなくて、あいつも含めての3人。
部屋は5階にある和室だった。部屋の入口すぐ近くにトイレとかがあって、進むと低いテーブルが置いてある畳の部屋。そして窓側は木の床になっていて、背の高いテーブルと肘掛けつきの椅子がふたつ向かい合わせに置いてあった。
部屋は古い独特の匂いがする。ここのホテルには何回か泊まりに来ていて、その匂いを昔、歩夢が「怜くんっぽい匂いがしてこの部屋好きかも」って言っていた。だから俺もこういう匂いが好きになった。
夕ご飯はレストランでバイキング。時間が来るまで部屋で休むことにした。歩夢たちふたりは窓側にある椅子に座りながらスマホのゲームをしていた。俺は畳のとこにある低いテーブルの座椅子に腰掛けスマホを見ている。
いつもみたいにダンス動画をながしているけど、全く集中できない。俺の視線はスマホを通らないで歩夢たちの方へ行く。
「ここのクエスト、火系の敵多いらしいから、水系の武器防具で行けば強いと思う。だから歩夢くんの装備は――」
俺にはさっぱり分からないゲームの単語とかも会話に出てきて、聞いていてもよく分からない。
このまま部屋にいるのが苦痛だった。ひとりになりたい気分になって部屋を出て、ひとりで温泉に入った。それでも夕食の時間までまだ時間がある。お土産売り場の近くにあった、古めのゲームがいくつか置いてあるコーナーでUFOキャッチャーとかして、適当に時間をつぶした。
夕飯は1階のレストランでバイキング。大きな広場で大きな窓があって外の雪景色がはっきりと見える。俺らは人混みを通り抜けて窓側の席に案内され、窓側から俺、歩夢、あいつの順番に座った。俺の向かいには俺の両親、その横に歩夢の両親が並んだ。
母さんが「やっぱりバイキングって性格でるのかなぁ?」って、俺ら子供のおかずを見比べた。視線につられて俺もお皿の中を見比べる。
俺は全体的におかずの量が多い。揚げ物ばかりのおかずの他に、お刺身のエビやサーモン、そして白ご飯と味噌汁がちょびっと。好きなものを中心に盛った。歩夢はウインナーやオムレツ、からあげと混ぜご飯に味噌汁。ちょっとお皿の上がぐちゃぐちゃ。食べ切れるのかな?ってぐらいの量。あいつの皿は、漬物や豆腐……和食洋食中華。今日あるメニューのほぼ全部のおかずが均等に盛り付けられている。
「これで人間分析出来たりするのかなぁ?」と歩夢の母親が言うと、うちの母さんが「なんか出来そうじゃない?」って言いだして分析を始めた。
俺の盛り方は好きなものに一途。歩夢は深く考えるのが苦手で流れるまま生きる、らしい。
「悠生くんの盛り方は大人だね」とか「バランス安定してるね」とか。親たちがべた褒めしていた。
歩夢が「うんうん、分かる」ってあいつの分析に対してうなずくから、俺は心の中で舌打ちをした。
本当に当たってるのかこの分析。
俺は一途とか言われたけど、おかず結構な種類皿に盛ってるし。
「あれ? エビフライあった?」
歩夢が親たちの話をさえぎり、あいつのお皿を覗く。
「あったよ。歩夢くん食べたかったの?」
「うん。エビフライ好きなの。あったんだ……見つけられなかったなぁ。取りに行ってこようかな?」
「これ、歩夢くんにあげるよ」
「いいの? ありがとう! 優しいね、悠生くん」
歩夢の顔をちらっと覗くと、目を輝かせていた。
目の前でいちゃいちゃ。
あいつのエビフライは1本しかお皿にないけど、俺なんて3本もあるんだからな。歩夢が欲しいって言えば、全部あげるのに――。
ご飯を食べ終えると、部屋に戻った。
「歩夢くん、ちょっと休憩したら温泉に行く?」
「そうだね。怜くんは?」
「俺は――」
歩夢とあいつは少し休んでから、部屋に置いてあった浴衣やタオルの準備を始める。そしてふたりで温泉に行った。俺はあいつらと一緒に行っても、自分だけ浮いて虚しくなる予感しかしなくて。聞かれたけど「さっき入ったから、俺は行かないわ」って答えた。歩夢と旅行に来て一緒に温泉に入らなかったのはこれが初めてだ。
俺らがご飯を食べている時にホテルの人が引いてくれた布団。そこにごろんとしながら、歩夢とあいつのことについて考えていた。
――歩夢が完全に離れていったら俺、生きていけるのかな。
今頭に浮かんだ言葉は大げさかもしれない。生きていけるとは思う。だけど歩夢がそばにいないことを想像したら、心が本当に痛い。
目を閉じているとふかふかな枕と布団が気持ちよくて眠りそうになった。ちょうどそのタイミングでドアが開く音と、歩夢たちの声がしたから目を開けて、布団の上に座った。
「歩夢くん、部屋で休んでて?」
「うん、迷惑かけてごめんね」
「大丈夫だよ、歩夢くん。迷惑じゃないから」
あいつが消え、歩夢だけが部屋に入ってきた。歩夢はふらついていた。
「歩夢、どうした?」
「温泉に長く入りすぎちゃって、のぼせちゃったみたい」
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「水飲むか?」
布団を引くため奥に追いやられたテーブルの上には、出しっぱなしの水のペットボトルがあった。歩夢が布団の上に座り、俺は水をコップに入れようとして立ち上がる。
「あ、今ね、悠生くんが冷たいお茶を買って、氷も持ってきてくれるって」
「……そうなんだ」
悠生くん、悠生くん、悠生くん……。
あれもこれも悠生くん。
「歩夢は、俺がいなくても生きていけそうだな」
「……怜くん、何を言っているの?」
〝俺がいなくても生きていけそう〟
自分で言ったその言葉はあっという間に尖っていき、自分の深い部分に突き刺さってきた。
歩夢の質問には答えられなくて、今の表情を歩夢に見せたくなくて。俺は歩夢に背を向けた。
23時。寝る時間になって、畳の上の布団に、入口側から怜くん、僕、悠生くんの順に並んだ。そして怜くんが明かりを消した。
ぱちっ。暗くなると目の前に浮かんできた。さっき怜くんが言った言葉がはっきりと。
「歩夢は、俺がいなくても生きていけそうだな」
――僕は怜くんのいない人生は嫌だし、考えられないよ。
僕と怜くんは、赤ちゃんの時から一緒にいる。ちょっと大きくなってからは人見知りだった僕に、いつも「遊ぼっ」て声をかけてくれたり、お菓子をいっぱいくれたりもした。大好きだったからいつも怜くんのあとについていって、追いかけていた。
いないのを想像しただけで涙が出そうになる。だけどぐっと我慢した。我慢したからかな? 鼻がずんって痛くなった。
もやもやもやもや、目を閉じながら怜くんのことを考える。
今日だって、ホテルに着いてから悠生くんと一緒にスマホアプリでゲームをしていたけれど、怜くんのことずっと気になっていたんだよ。相変わらず怜くんはスマホばっかり見ていたけれど。
しかも毎年「風呂行くか?」って聞いてくれるのに、今日は黙ってバスタオル持ってひとりで行っちゃうし。どうして一緒に温泉行ってくれなかったのか、お湯の中でずっと考えてた。一緒に温泉入りたかったよ。
泣くの我慢していたら「うっ」って変な声を出しちゃった。
怜くんの方から、がさがさって布団が擦れた音がした。立ち上がって移動した気配がする。
「ちょっと、いい?」って怜くんのいつもより低い声がして悠生くんが「はい」って返事をしていた。
そんな会話が聞こえたから「えっ?」って思いながら薄く目を開けると、ふたりは窓側の方に行った。そして畳の部屋と木の床の部屋の境目にあったとびらを閉めた。
なんでだろうと、僕の目が大きく開いた。
秘密のはなしかな、聞かない方がいい?
するする会話がこっちに流れてきた。耳をふさごうか迷ったけれど、気になっちゃってじっくり会話に集中した。
「歩夢のこと、恋愛対象として好きなの?」
怜くんが悠生くんに質問している。しかも僕のこと。
「好きです」
すぐに悠生くんが答えた。
「はぁー」と怜くんがため息ついた。
なんでため息ついたんだろう。怜くんが困ることひとつもないのに。
「園田先輩も、歩夢くんのこと好きですよね?」
「あぁ、好きだけど」
今、好きって言ってくれたよね?
嫌いじゃなかったんだ……。最近僕は怜くんに嫌われているのかな?って思っていたから、ほっとした。
「それは、恋愛相手としてですよね?」
「……」
えっ? 悠生くん、なんてこと聞いちゃうの? 怜くんがそんなふうに僕のこと見ているわけないじゃん。何も言えなくなって困ってるよ。
でもそれの答え、僕も気になるかも……。
「歩夢のことは……そういうのじゃなくて、弟みたいな存在だって思ってた……」
そういうのじゃない――。
怜くんと僕の好きは、違う。だって〝恋の好き〟を感じているのは僕だけなんだもん。知ってたけど、1ミクロンぐらい同じ気持ちだったらな。なんて考えていたのかもしれない。胸の辺りがずきんとした。
直接、怜くんの声で違うって聞いた。怜くんとそんな話をしたことがなかったから、初めて聞いた。
弟みたいでも嬉しいよ。
でもなぜか涙がいっぱい出てきちゃったよ。
悠生くんは、今お試しで僕たちが付き合っていることも怜くんに話してた。それは2年生になるまでの期間限定な話で、それから本格的に付き合うか、やっぱり付き合わないかを決めることも。それからふたりの声は小さくなって、こそこそしだした。僕も泣いてちょっと鼻水ずるずるしてたから会話が聞こえなかった。
話が終わったみたいで、とびらが開いたから慌てて寝てるふりをした。
旅行から帰ってきた。
今回の旅行はいつもと違ったなぁ。寂しいことがいっぱいあった。
でも、朝食バイキングの時にうれしいことがあって。8時半までバイキングのご飯を選べるんだったんだけど、結構ギリギリに朝ご飯会場のレストランに着いた。急ぐの苦手だからあんまりおかずお皿に盛れないなって思っていたら、怜くんが「飲み物準備して待ってな?」って、素早く僕の分を準備してくれた。
しかもいつも朝食バイキングで自分が食べてたおかずばっかりだったから、僕が食べるおかずを覚えていてくれていたのかな?って。それがうれしくて、僕はにこにこしていた。
帰ってきてからは怜くんと一緒にいる時間はなかった。最近は悠生くんと一緒にいることが多くて、悠生くんが家まで送ってくれるからか、塾が終わっても待っていてくれることもないし。
話が全然出来てない。
隣に住んでいていつでも会える距離なのに、もったいないな。
あっという間に3月も過ぎていき。悠生くんとお付き合いのお試し期間が、あと2日。
いつもみたいに悠生くんの家のベッドでゲームをして遊んでいる時だった。
「ねぇ、僕のどんなところが好きになったの?」
悠生くんに質問してみた。4月から悠生くんとどうしたいかは決まりかけていたけど、本当にそれでいいのかな? どうしようかな?って考えていたら頭の中に浮かんできたこと。
だって、悠生くんは中学で同じクラスの時もクラスの人気者だったし、カッコイイし。それに何でも出来て、僕にないものいっぱい持っててキラキラしている。きっとモテモテなのに、なんで僕なんだろう。
「なんでだろう……」
悠生くんはスマホを見るのをやめてこっちを見つめてきた。
「中学の時、気がついたら歩夢くんのこと見るようになってて……目が合うとドキドキするようになって、それから……」
「僕を見てドキドキしてたの?」
「うん。でもね、告白するつもりはなかったんだ。歩夢くんの恋を応援する気持ちだってあった。でもね、悩み相談聞いてたり一緒に遊んでたりしていたら、ずっともっと歩夢くんと一緒にいたいなって思って。勇気を出して、告白しちゃった」
悠生くんは黙ってずっと見つめてきた。
見つめられすぎて困って、困りすぎて苦笑いした。
「そう、それ!」
「えっ?」
「歩夢くん、困ったらとりあえず笑うでしょ?」
「……笑うかも。どうしようってなりすぎて」
「それがきっかけかな?」
悠生くんも微笑んできた。
全く記憶になかったけれど、中学の時、僕たちが隣の席だった時に僕のことを可愛いなってずっと見つめてたら、僕が苦笑いしたらしい。
「ふふっ、本当にそれがきっかけなの?」
「本当だよ」
微笑みながらずっと見つめてくる悠生くん。もう一回困って苦笑いすると、ぎゅってしてきた。
温かくて、気持ちよかった。
「ねぇ、まだお試し期間で答え聞くのに早いけど、本格的に付き合って?」
抱きしめられながら、僕は「うん」ってうなずいた。
僕の予定では〝恋人の好き〟になれないから、断ろうかなって思っていたのに。おかしいなぁ。うなずいちゃった――。
3月29日。今日は歩夢の誕生日だ。
朝、歩夢の好きなチーズケーキのワンホールを買ってきた。買ってそのまま歩夢に渡そうとしたけど、歩夢は家にいなかった。
多分、あいつと一緒にいるんだろうな。
夕方、暗くなってきたころ。そろそろ帰ってくるかなと小谷家の前で待ち伏せしていた。息を吐くと寒くて白いモヤモヤが出てくる。
4月になったら歩夢はあいつとどうなるのか。本格的に付き合うのか、それとも付き合わないのか。すごく気になるから聞きたい気持ちもある。
本当はゆっくり話したいけど、最近歩夢にどうやって接すればいいのか分からない。あいつとのことに嫉妬して傷つけることをしたり言いたくもないし……自分があいつに嫉妬している理由は、なんとなく分かってきていた。
きっと俺は歩夢のことが――。
はぁっと、おもいきり吐いた白いモヤモヤは、空に向かう。
渡すだけにしようか、家の中で話そうって誘おうか、決められないでいた。
そしたら歩夢よりも先に、歩夢の父親が帰ってきた。待ってることを伝えると「寒いから、歩夢の部屋で待ってな」って言われて、歩夢の部屋で待つことにした。
歩夢の部屋、久しぶりに入ったな。
歩夢の部屋はピンクとか水色とかパステルカラーの小物や布団で色が統一されている。歩夢のイメージそのままだ。昔から一緒にいると癒されて、歩夢の顔を見て、声を聞くだけで嫌なことがあった日はそれが全部どっかにぶっとんだ。
パステルカラーみたいな、歩夢の可愛い無邪気な笑顔が頭の中に浮かんできた。その可愛い笑顔は他の人にはあんまり見せない笑顔だったから、特別な感じがしていた。
歩夢の部屋は床に服とか置きっぱなしでちょっとだけちらかっている。なんとなくそれを畳んでベッドの上に置いた。
ふと机の上に目をやると、ピンクの小さな袋が置いてあった。ちらっと覗くと中に何か紙が入っている。
あいつからのプレゼントとかかな?
この紙は手紙とかか?
勝手に見られたら嫌だろうなって考えたけど、気になりすぎてその紙を出して開いてみた。
『 怜くんが僕に依存する』
――何これ、俺の名前?
「怜くん! それ見ないで!」
後ろから歩夢の声がしたから、慌てて袋の中にその紙を戻した。
予想外すぎる言葉が書いてあって、全身が固まった。
今まで見たことのないすごく険しい顔、そして早さでそれを奪っていった。
「見た? 見た? 見てないよね?」
顔が真っ赤になる歩夢。
見てないって言った方がいいのか?
他の、どうでもいい内容が書かれていたなら見てないふりが出来た。
――でも、言葉の真相が気になりすぎた。
「ごめん、見た……」
歩夢は、はっとした顔をして後ろを向いた。耳まで真っ赤だ。そして、泣きだした。
「……」
「歩夢、また泣いてるの?」
〝また〟って言ったのは、旅行中の夜も泣いていたから。本人は隠してたんだと思うけど、俺とあいつが話をしていた場所にまで歩夢の鼻水をすする音と泣く声が聞こえてきた。あいつがその時、小声でなぜか「先輩のせいですよ」って言ってきた。それに「鈍感すぎですね」とも。
「ごめんね、ごめんなさい。変なこと書いて、本当にごめん。気にしなくてもいいから」
後ろを向きながら呪文のように謝る歩夢。
「歩夢、落ち着けって!」
歩夢の前に回り込んで歩夢の顔をしっかりと見つめた。
「あのね、大丈夫だから。もう『 怜くんが僕に依存して』なんて思わないから。内容、忘れて?」
「……いや、絶対に忘れられない内容なんだけど」
「忘れてほしい……もう、大丈夫だから。怜くん、旅行の日に聞いたと思うんだけど。あの、悠生くんとお試しで付き合ってた話」
「あぁ、聞いた」
「あれね、正式に付き合い始めたから、さっき」
「はっ? さっきって、まだ2日あるじゃん」
「悠生くんと恋人になったから。もう怜くんがスマホをずっと見てても気にしないし、大丈夫だから」
……ん? スマホ?
はてなが浮かんできた。
「なんでスマホ?」
「あのね、怜くんがスマホばっかり見て、スマホと恋人みたいで。スマホに嫉妬したからこれを書いたの」
「はっ? スマホに嫉妬?」
「うん……本当は僕ね……」
歩夢は急に、もじもじしだした。
「怜くんのスマホみたいに……怜くんの恋人みたいになりたかったの」
「……いや、俺スマホと恋人じゃねーし。っていうか俺と、恋人?」
歩夢は下を向いて目を合わせない。
スマホと恋人とか意味が分からないけど、歩夢はもしかして俺と同じような気持ちだったのか?
歩夢の気持ちを聞いたら、俺の気持ちも言って大丈夫なのかな?って思ってきた。
俺も、きちんと伝えたい。
歩夢への気持ちを――。
「歩夢、俺も伝えたいことが……」
「あ、電話」
歩夢に大事なことを伝えようとした時、歩夢のスマホのバイブがなった。
「あ、もしもし悠生くん? うん、家に着いたよ……ちょっと待って? 確認してみる」
歩夢はカバンの中を覗いて何かを確認している。
「それ、僕のだ。今から取りに行くね」
歩夢は電話を終えると、再び出かけようとした。
「どこ行くの?」
「悠生くんの部屋にうちの鍵落としちゃってたみたいで、取りに行くの」
「……行かないで?」
気がつけば歩夢の腕をしっかり掴んでいた。
「いや、でも……」
「もうスマホ、本当に用事がある時しか見ないから。俺、歩夢のこと弟として好きだと思ってたけど、それは違って……歩夢のこと、恋愛の好きなんだと思う。俺と恋人になってほしい」
愛おしい、嫉妬、隣にいたい、喜ばせたい……そして意識しだしてからは、心臓がうるさい。
そう、きっと歩夢に対してのこの気持ちは、恋。歩夢が離れそうになって、初めて気がついた。
歩夢への気持ちを、きちんと伝えられた。
歩夢はしばらくぽわんとして、動かなくなった。
そして呟いた。
「悠生くんと本当の恋人になったこと、キャンセルした方がいいかな? ねぇ、どうしたらいい?」
「いや、さすがにどこかに予約したとかじゃないから、簡単にキャンセルは出来ないと思う」
「だよね……」
歩夢の目を真剣に見つめた。
「……歩夢はいつも流されやすくて、俺のあとばっかりついてきて……だから俺が別れろって言えば、きっと歩夢はあいつとすぐに別れるだろ? でも、どうしたいか、自分の考えがあるんだったら、自分の意思でどうするか決めればいいと、思う」
キャンセルしろってひとこと言えば、簡単にあいつと歩夢は別れると思った。だけど、歩夢の意思で決めてほしい。
歩夢の意思できちんと、俺を選んでほしい――。
歩夢はどうするのか、これからどうなるのかは予想できた。
だって、一番近くにいるのは、俺だから。
「キャンセルしてくる!」
歩夢は家を出ていった。
そしてすぐに帰ってきて「悠生くんに怜くんとのことを伝えたらね、恋人がダメなら僕に弟になってほしいって。だから僕、それならいいよって言ったよ」って報告してきた。
あいつが歩夢の兄?
あいつの考えは俺の予想を超えてきた。
俺はこれから歩夢の恋人になるだろう。けれど、兄的な立ち位置でもある。それを奪おうとしているのか。
「なんで弟になってって頼まれて『 いいよ』って言ったんだよ」
「だって、前に僕が怜くんのことばかり悠生くんに話してた時にね、悠生くんが寂しいって言ってたの。怜くんとのことを伝えてる時にそれを思い出して。悠生くんをこれ以上寂しい気持ちにさせちゃうのが嫌だったの……それに悠生くん、お兄ちゃんっぽいし」
あちこち流されやすい歩夢もだけど、あいつも侮れん。俺らの仲の隙を狙ってきそうな気がして油断が出来ない。
「歩夢、恋人は俺だけにしろよ」
「うん、分かった」
歩夢は可愛い笑顔でうなずいた。
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歩夢と恋人になってから半年が経って、季節は秋になった。
今日は歩夢が俺の部屋に来ていた。
目の前では歩夢が真剣にスマホを見ていた。
「なぁ、歩夢、スマホばっかり見てないで俺も見て?」
「あ、うん。ちょっと待ってね?」
「ちょっとって、いつもちょっとじゃないじゃん」
歩夢からスマホに嫉妬していた話を聞いてから、スマホをいじるのは必要最低限にしていた。だけど最近は歩夢がスマホをいじってかまってくれない時が多い。
――スマホばっかり見ないで、俺にもっと依存しろよ。
最近、用事がお互いにない日は怜くんとほとんど一緒にいる。
僕がスマホをじっくり見ていると、怜くんがやきもちを焼いてくれてるっぽい。たまに悠生くんと本当にゲームをしている時もあるけれど、ほとんどはスマホを真剣に見ているふりをしていた。
そして怜くんがこっちを見てくれている気配を感じて、心をほくほくしている。
もっと僕が長い時間スマホに夢中になっていると、そのたびに愛情いっぱいみたいな感じで強くぎゅってしてくれて、「スマホばっかりみないで」って優しく耳元で言う。
それが大好き過ぎて――。
怜くんにぎゅってされると、温かくて気持ちがいいし、いつもドキドキする。
︎︎☁︎︎*.𓈒𓂂𓂃◌𓈒𓐍
今、おまじないの袋は、僕の部屋にある机の引き出しの奥で眠ってる。
おまじないの効果かな?
怜くんが僕に依存してくれていて、胸がいっぱい。
☁︎︎*.𓈒𓂂𓂃◌𓈒𓐍