3月29日。今日は歩夢の誕生日だ。
朝、歩夢の好きなチーズケーキのワンホールを買ってきた。買ってそのまま歩夢に渡そうとしたけど、歩夢は家にいなかった。
多分、あいつと一緒にいるんだろうな。
夕方、暗くなってきたころ。そろそろ帰ってくるかなと小谷家の前で待ち伏せしていた。息を吐くと寒くて白いモヤモヤが出てくる。
4月になったら歩夢はあいつとどうなるのか。本格的に付き合うのか、それとも付き合わないのか。すごく気になるから聞きたい気持ちもある。
本当はゆっくり話したいけど、最近歩夢にどうやって接すればいいのか分からない。あいつとのことに嫉妬して傷つけることをしたり言いたくもないし……自分があいつに嫉妬している理由は、なんとなく分かってきていた。
きっと俺は歩夢のことが――。
はぁっと、おもいきり吐いた白いモヤモヤは、空に向かう。
渡すだけにしようか、家の中で話そうって誘おうか、決められないでいた。
そしたら歩夢よりも先に、歩夢の父親が帰ってきた。待ってることを伝えると「寒いから、歩夢の部屋で待ってな」って言われて、歩夢の部屋で待つことにした。
歩夢の部屋、久しぶりに入ったな。
歩夢の部屋はピンクとか水色とかパステルカラーの小物や布団で色が統一されている。歩夢のイメージそのままだ。昔から一緒にいると癒されて、歩夢の顔を見て、声を聞くだけで嫌なことがあった日はそれが全部どっかにぶっとんだ。
パステルカラーみたいな、歩夢の可愛い無邪気な笑顔が頭の中に浮かんできた。その可愛い笑顔は他の人にはあんまり見せない笑顔だったから、特別な感じがしていた。
歩夢の部屋は床に服とか置きっぱなしでちょっとだけちらかっている。なんとなくそれを畳んでベッドの上に置いた。
ふと机の上に目をやると、ピンクの小さな袋が置いてあった。ちらっと覗くと中に何か紙が入っている。
あいつからのプレゼントとかかな?
この紙は手紙とかか?
勝手に見られたら嫌だろうなって考えたけど、気になりすぎてその紙を出して開いてみた。
『 怜くんが僕に依存する』
――何これ、俺の名前?
「怜くん! それ見ないで!」
後ろから歩夢の声がしたから、慌てて袋の中にその紙を戻した。
予想外すぎる言葉が書いてあって、全身が固まった。
今まで見たことのないすごく険しい顔、そして早さでそれを奪っていった。
「見た? 見た? 見てないよね?」
顔が真っ赤になる歩夢。
見てないって言った方がいいのか?
他の、どうでもいい内容が書かれていたなら見てないふりが出来た。
――でも、言葉の真相が気になりすぎた。
「ごめん、見た……」
歩夢は、はっとした顔をして後ろを向いた。耳まで真っ赤だ。そして、泣きだした。
「……」
「歩夢、また泣いてるの?」
〝また〟って言ったのは、旅行中の夜も泣いていたから。本人は隠してたんだと思うけど、俺とあいつが話をしていた場所にまで歩夢の鼻水をすする音と泣く声が聞こえてきた。あいつがその時、小声でなぜか「先輩のせいですよ」って言ってきた。それに「鈍感すぎですね」とも。
「ごめんね、ごめんなさい。変なこと書いて、本当にごめん。気にしなくてもいいから」
後ろを向きながら呪文のように謝る歩夢。
「歩夢、落ち着けって!」
歩夢の前に回り込んで歩夢の顔をしっかりと見つめた。
「あのね、大丈夫だから。もう『 怜くんが僕に依存して』なんて思わないから。内容、忘れて?」
「……いや、絶対に忘れられない内容なんだけど」
「忘れてほしい……もう、大丈夫だから。怜くん、旅行の日に聞いたと思うんだけど。あの、悠生くんとお試しで付き合ってた話」
「あぁ、聞いた」
「あれね、正式に付き合い始めたから、さっき」
「はっ? さっきって、まだ2日あるじゃん」
「悠生くんと恋人になったから。もう怜くんがスマホをずっと見てても気にしないし、大丈夫だから」
……ん? スマホ?
はてなが浮かんできた。
「なんでスマホ?」
「あのね、怜くんがスマホばっかり見て、スマホと恋人みたいで。スマホに嫉妬したからこれを書いたの」
「はっ? スマホに嫉妬?」
「うん……本当は僕ね……」
歩夢は急に、もじもじしだした。
「怜くんのスマホみたいに……怜くんの恋人みたいになりたかったの」
「……いや、俺スマホと恋人じゃねーし。っていうか俺と、恋人?」
歩夢は下を向いて目を合わせない。
スマホと恋人とか意味が分からないけど、歩夢はもしかして俺と同じような気持ちだったのか?
歩夢の気持ちを聞いたら、俺の気持ちも言って大丈夫なのかな?って思ってきた。
俺も、きちんと伝えたい。
歩夢への気持ちを――。
「歩夢、俺も伝えたいことが……」
「あ、電話」
歩夢に大事なことを伝えようとした時、歩夢のスマホのバイブがなった。
「あ、もしもし悠生くん? うん、家に着いたよ……ちょっと待って? 確認してみる」
歩夢はカバンの中を覗いて何かを確認している。
「それ、僕のだ。今から取りに行くね」
歩夢は電話を終えると、再び出かけようとした。
「どこ行くの?」
「悠生くんの部屋にうちの鍵落としちゃってたみたいで、取りに行くの」
「……行かないで?」
気がつけば歩夢の腕をしっかり掴んでいた。
「いや、でも……」
「もうスマホ、本当に用事がある時しか見ないから。俺、歩夢のこと弟として好きだと思ってたけど、それは違って……歩夢のこと、恋愛の好きなんだと思う。俺と恋人になってほしい」
愛おしい、嫉妬、隣にいたい、喜ばせたい……そして意識しだしてからは、心臓がうるさい。
そう、きっと歩夢に対してのこの気持ちは、恋。歩夢が離れそうになって、初めて気がついた。
歩夢への気持ちを、きちんと伝えられた。
歩夢はしばらくぽわんとして、動かなくなった。
そして呟いた。
「悠生くんと本当の恋人になったこと、キャンセルした方がいいかな? ねぇ、どうしたらいい?」
「いや、さすがにどこかに予約したとかじゃないから、簡単にキャンセルは出来ないと思う」
「だよね……」
歩夢の目を真剣に見つめた。
「……歩夢はいつも流されやすくて、俺のあとばっかりついてきて……だから俺が別れろって言えば、きっと歩夢はあいつとすぐに別れるだろ? でも、どうしたいか、自分の考えがあるんだったら、自分の意思でどうするか決めればいいと、思う」
キャンセルしろってひとこと言えば、簡単にあいつと歩夢は別れると思った。だけど、歩夢の意思で決めてほしい。
歩夢の意思できちんと、俺を選んでほしい――。
歩夢はどうするのか、これからどうなるのかは予想できた。
だって、一番近くにいるのは、俺だから。
「キャンセルしてくる!」
歩夢は家を出ていった。
そしてすぐに帰ってきて「悠生くんに怜くんとのことを伝えたらね、恋人がダメなら僕に弟になってほしいって。だから僕、それならいいよって言ったよ」って報告してきた。
あいつが歩夢の兄?
あいつの考えは俺の予想を超えてきた。
俺はこれから歩夢の恋人になるだろう。けれど、兄的な立ち位置でもある。それを奪おうとしているのか。
「なんで弟になってって頼まれて『 いいよ』って言ったんだよ」
「だって、前に僕が怜くんのことばかり悠生くんに話してた時にね、悠生くんが寂しいって言ってたの。怜くんとのことを伝えてる時にそれを思い出して。悠生くんをこれ以上寂しい気持ちにさせちゃうのが嫌だったの……それに悠生くん、お兄ちゃんっぽいし」
あちこち流されやすい歩夢もだけど、あいつも侮れん。俺らの仲の隙を狙ってきそうな気がして油断が出来ない。
「歩夢、恋人は俺だけにしろよ」
「うん、分かった」
歩夢は可愛い笑顔でうなずいた。
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歩夢と恋人になってから半年が経って、季節は秋になった。
今日は歩夢が俺の部屋に来ていた。
目の前では歩夢が真剣にスマホを見ていた。
「なぁ、歩夢、スマホばっかり見てないで俺も見て?」
「あ、うん。ちょっと待ってね?」
「ちょっとって、いつもちょっとじゃないじゃん」
歩夢からスマホに嫉妬していた話を聞いてから、スマホをいじるのは必要最低限にしていた。だけど最近は歩夢がスマホをいじってかまってくれない時が多い。
――スマホばっかり見ないで、俺にもっと依存しろよ。
朝、歩夢の好きなチーズケーキのワンホールを買ってきた。買ってそのまま歩夢に渡そうとしたけど、歩夢は家にいなかった。
多分、あいつと一緒にいるんだろうな。
夕方、暗くなってきたころ。そろそろ帰ってくるかなと小谷家の前で待ち伏せしていた。息を吐くと寒くて白いモヤモヤが出てくる。
4月になったら歩夢はあいつとどうなるのか。本格的に付き合うのか、それとも付き合わないのか。すごく気になるから聞きたい気持ちもある。
本当はゆっくり話したいけど、最近歩夢にどうやって接すればいいのか分からない。あいつとのことに嫉妬して傷つけることをしたり言いたくもないし……自分があいつに嫉妬している理由は、なんとなく分かってきていた。
きっと俺は歩夢のことが――。
はぁっと、おもいきり吐いた白いモヤモヤは、空に向かう。
渡すだけにしようか、家の中で話そうって誘おうか、決められないでいた。
そしたら歩夢よりも先に、歩夢の父親が帰ってきた。待ってることを伝えると「寒いから、歩夢の部屋で待ってな」って言われて、歩夢の部屋で待つことにした。
歩夢の部屋、久しぶりに入ったな。
歩夢の部屋はピンクとか水色とかパステルカラーの小物や布団で色が統一されている。歩夢のイメージそのままだ。昔から一緒にいると癒されて、歩夢の顔を見て、声を聞くだけで嫌なことがあった日はそれが全部どっかにぶっとんだ。
パステルカラーみたいな、歩夢の可愛い無邪気な笑顔が頭の中に浮かんできた。その可愛い笑顔は他の人にはあんまり見せない笑顔だったから、特別な感じがしていた。
歩夢の部屋は床に服とか置きっぱなしでちょっとだけちらかっている。なんとなくそれを畳んでベッドの上に置いた。
ふと机の上に目をやると、ピンクの小さな袋が置いてあった。ちらっと覗くと中に何か紙が入っている。
あいつからのプレゼントとかかな?
この紙は手紙とかか?
勝手に見られたら嫌だろうなって考えたけど、気になりすぎてその紙を出して開いてみた。
『 怜くんが僕に依存する』
――何これ、俺の名前?
「怜くん! それ見ないで!」
後ろから歩夢の声がしたから、慌てて袋の中にその紙を戻した。
予想外すぎる言葉が書いてあって、全身が固まった。
今まで見たことのないすごく険しい顔、そして早さでそれを奪っていった。
「見た? 見た? 見てないよね?」
顔が真っ赤になる歩夢。
見てないって言った方がいいのか?
他の、どうでもいい内容が書かれていたなら見てないふりが出来た。
――でも、言葉の真相が気になりすぎた。
「ごめん、見た……」
歩夢は、はっとした顔をして後ろを向いた。耳まで真っ赤だ。そして、泣きだした。
「……」
「歩夢、また泣いてるの?」
〝また〟って言ったのは、旅行中の夜も泣いていたから。本人は隠してたんだと思うけど、俺とあいつが話をしていた場所にまで歩夢の鼻水をすする音と泣く声が聞こえてきた。あいつがその時、小声でなぜか「先輩のせいですよ」って言ってきた。それに「鈍感すぎですね」とも。
「ごめんね、ごめんなさい。変なこと書いて、本当にごめん。気にしなくてもいいから」
後ろを向きながら呪文のように謝る歩夢。
「歩夢、落ち着けって!」
歩夢の前に回り込んで歩夢の顔をしっかりと見つめた。
「あのね、大丈夫だから。もう『 怜くんが僕に依存して』なんて思わないから。内容、忘れて?」
「……いや、絶対に忘れられない内容なんだけど」
「忘れてほしい……もう、大丈夫だから。怜くん、旅行の日に聞いたと思うんだけど。あの、悠生くんとお試しで付き合ってた話」
「あぁ、聞いた」
「あれね、正式に付き合い始めたから、さっき」
「はっ? さっきって、まだ2日あるじゃん」
「悠生くんと恋人になったから。もう怜くんがスマホをずっと見てても気にしないし、大丈夫だから」
……ん? スマホ?
はてなが浮かんできた。
「なんでスマホ?」
「あのね、怜くんがスマホばっかり見て、スマホと恋人みたいで。スマホに嫉妬したからこれを書いたの」
「はっ? スマホに嫉妬?」
「うん……本当は僕ね……」
歩夢は急に、もじもじしだした。
「怜くんのスマホみたいに……怜くんの恋人みたいになりたかったの」
「……いや、俺スマホと恋人じゃねーし。っていうか俺と、恋人?」
歩夢は下を向いて目を合わせない。
スマホと恋人とか意味が分からないけど、歩夢はもしかして俺と同じような気持ちだったのか?
歩夢の気持ちを聞いたら、俺の気持ちも言って大丈夫なのかな?って思ってきた。
俺も、きちんと伝えたい。
歩夢への気持ちを――。
「歩夢、俺も伝えたいことが……」
「あ、電話」
歩夢に大事なことを伝えようとした時、歩夢のスマホのバイブがなった。
「あ、もしもし悠生くん? うん、家に着いたよ……ちょっと待って? 確認してみる」
歩夢はカバンの中を覗いて何かを確認している。
「それ、僕のだ。今から取りに行くね」
歩夢は電話を終えると、再び出かけようとした。
「どこ行くの?」
「悠生くんの部屋にうちの鍵落としちゃってたみたいで、取りに行くの」
「……行かないで?」
気がつけば歩夢の腕をしっかり掴んでいた。
「いや、でも……」
「もうスマホ、本当に用事がある時しか見ないから。俺、歩夢のこと弟として好きだと思ってたけど、それは違って……歩夢のこと、恋愛の好きなんだと思う。俺と恋人になってほしい」
愛おしい、嫉妬、隣にいたい、喜ばせたい……そして意識しだしてからは、心臓がうるさい。
そう、きっと歩夢に対してのこの気持ちは、恋。歩夢が離れそうになって、初めて気がついた。
歩夢への気持ちを、きちんと伝えられた。
歩夢はしばらくぽわんとして、動かなくなった。
そして呟いた。
「悠生くんと本当の恋人になったこと、キャンセルした方がいいかな? ねぇ、どうしたらいい?」
「いや、さすがにどこかに予約したとかじゃないから、簡単にキャンセルは出来ないと思う」
「だよね……」
歩夢の目を真剣に見つめた。
「……歩夢はいつも流されやすくて、俺のあとばっかりついてきて……だから俺が別れろって言えば、きっと歩夢はあいつとすぐに別れるだろ? でも、どうしたいか、自分の考えがあるんだったら、自分の意思でどうするか決めればいいと、思う」
キャンセルしろってひとこと言えば、簡単にあいつと歩夢は別れると思った。だけど、歩夢の意思で決めてほしい。
歩夢の意思できちんと、俺を選んでほしい――。
歩夢はどうするのか、これからどうなるのかは予想できた。
だって、一番近くにいるのは、俺だから。
「キャンセルしてくる!」
歩夢は家を出ていった。
そしてすぐに帰ってきて「悠生くんに怜くんとのことを伝えたらね、恋人がダメなら僕に弟になってほしいって。だから僕、それならいいよって言ったよ」って報告してきた。
あいつが歩夢の兄?
あいつの考えは俺の予想を超えてきた。
俺はこれから歩夢の恋人になるだろう。けれど、兄的な立ち位置でもある。それを奪おうとしているのか。
「なんで弟になってって頼まれて『 いいよ』って言ったんだよ」
「だって、前に僕が怜くんのことばかり悠生くんに話してた時にね、悠生くんが寂しいって言ってたの。怜くんとのことを伝えてる時にそれを思い出して。悠生くんをこれ以上寂しい気持ちにさせちゃうのが嫌だったの……それに悠生くん、お兄ちゃんっぽいし」
あちこち流されやすい歩夢もだけど、あいつも侮れん。俺らの仲の隙を狙ってきそうな気がして油断が出来ない。
「歩夢、恋人は俺だけにしろよ」
「うん、分かった」
歩夢は可愛い笑顔でうなずいた。
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歩夢と恋人になってから半年が経って、季節は秋になった。
今日は歩夢が俺の部屋に来ていた。
目の前では歩夢が真剣にスマホを見ていた。
「なぁ、歩夢、スマホばっかり見てないで俺も見て?」
「あ、うん。ちょっと待ってね?」
「ちょっとって、いつもちょっとじゃないじゃん」
歩夢からスマホに嫉妬していた話を聞いてから、スマホをいじるのは必要最低限にしていた。だけど最近は歩夢がスマホをいじってかまってくれない時が多い。
――スマホばっかり見ないで、俺にもっと依存しろよ。