「私たちで人間を滅ぼし、吸血鬼を救いましょう」
出会ってはいけない三人がここに集まった。
このお城に隠すはずの大切な餌が顔を見せたことでお互いを理解し助け合う。
そういう存在を知ってしまった以上、もう過去には戻れない。
他人にはなれない。
でも。
「突然何を言われたか分からないでしょ? 私も私が何を言っているのか正直分からないけど、これだけは信じて。私はあなたたちの味方よ、あなたたちがどんな人間でも、私は全てを受け入れるわ」
三十歳になっても恋を経験していないナイ。
やっと手に入れた最高の希望なはずなのに、ナイはその希望を自分で失っていくことをまだ知らない。
知った時のナイはきっと・・・。
十五歳のアム。
二十一歳のルロ。
二人はナイよりも年下でまだまだ大人の経験は浅い。
考え方も想像も甘くてバラバラに溶けてしまうくらいの年齢だからこそ。
「私は、私たちは吸血鬼を好きになれる唯一の人間。普通の人間なら吸血鬼を好きになるなんて絶対に嫌だけど、私たちは違う。私たちは吸血鬼を好きに、愛せる人間よ。これは同じ希望。私たちがここで出会ったのは何かの運命、何も遠慮せず、自信を持って私がさっき言ったことをやってみましょう」
誇り、尊敬、意味。
全てがごちゃごちゃに混ざり合うはずなのに、ナイの美しすぎる大人らしい微笑みがアムとルロを明るく陽よりも眩しいくらいに照らしてくれる。
これがナイのすごいところ。
出会ってそんなに時間が経っていないのに、ナイの微笑みは全ての生き物を明るく照らす魔法を持っている。
すると。
「私にもできますか? 私と同じ気持ちがあるなら、あなたを信じたいです」
勇気を出して真剣な眼差しと可愛い微笑みを見せるアム。
「僕も、吸血鬼を愛せる人間の見本として、その提案を受け入れるよ」
愛する妻のために堂々と右手を挙げるルロ。
二人のやる気を待っていたかのように、ナイがさらにあることを提案する。
「じゃあ早速、明日あなたたちが契約を結んでいる吸血鬼と一緒にお茶でもどうかしら?」
その言葉を聞いてしまった一瞬で、アムとルロの表情が暗く沈む。
「それは、ダメな気が、します」
「えっ?」
「僕は別に構わないけど、妻は納得はしないだろうね」
「そう、なのね」
困ったわ。
やっぱり契約を結んでいる吸血鬼の方が大切よね。
私が良くても、セスが嫌がったら意味がないわ。
「はあっ」
もっとちゃんとした言葉をかけるべきだったわ・・・。
大人の私がしっかりしないとダメなのに。
でも、ここで止まるわけにはいかない!
「あなたたちの吸血鬼を私はこの目で見てみたいの。きっと美しくて思いやりのある素敵な吸血鬼だと私は強く希望がある。それに、私はあなたたちよりも大人なんだから、少しくらい私の言うことを聞いてほしいわ」
って、結構上から言ってしまったけど、まあ、少しくらいは年上らしく基本を見せるのも大切なことよ。
私が遠慮してどうするのよ?
それこそ、私も、もっと自信を持ってセスを二人に紹介したい。
私がこの世界で一番好きになりたいセスを、アムとルロに見て欲しい。
「ふふっ」
自分の希望を他人に押し付けるのは良くない。
ナイも当然それは理解している。
理解しながらも、自分の大人らしさをどう伝えるかをはっきりと頭に入れておくことで、さらにナイの笑顔が輝ける。
出会いの形がバラバラな三人。
どんな理由でも、吸血鬼と契約を結んだアムとルロが気になるナイ。
すると。
「ナイ、そこで何をしている? 僕を待たせるなんていい度胸だな」
ほんのちょっとでも待つのが大嫌いなセスが不気味な笑みを浮かべながら三人の目の前に現れ自然とナイを抱きしめる。
「僕とお前は契約を結んでいる、僕から離れるのは許さない」
起きる時から寝る時までずっと離さないセスの甘える可愛い姿に、ナイはいつも通り優しく頭を撫でて優しく笑った。
「ふふっ、ごめんなさい。そうだったわね、あなたは私のことが好き。私もあなたを好きになる。そういう仲なのに、離れてごめんなさい」
「別に、謝る必要はない。ただ、えっ・・・」
何かの気配を感じたセスがその何かを警戒してとっさにナイを自分の背中に隠す。
ナイは何が起きているのか全く理解できずに首を傾げる。
「セス? どうした」
「黙って」
「えっ?」
「最悪。何でここにいる、絶対に会いたくなかったのに!」
そう言ったセスが睨む方向からゆっくり近づいた二つの正体。
「セス、久しぶりに会うのに、その言い方はないだろう?」
「そうですよ。わ、わわわわわわ私も、本当は会いたくなかった」
そう、アムと契約を結んだ四兄妹の次男スラ。
そして、ルロと契約を結んだ四兄妹の長女ソリー。
ナイがお茶会をしようとしていたところにちょうど来てくれた二人。
ナイは少し嬉しそうに瞳をキラキラと輝かせる。
「へえ、あの二人の吸血鬼がセスの兄妹なのね」
見た目はあまり変わらないのね。
やっぱり家族はどこか似ているのは普通みたいね。
だが、その嬉しい感情は一瞬で壊される。
「セスの後ろに隠れているその女はもう捨てていいだろう?」
スラが突然ひどいことを言い始めた。
それを聞いてしまったセスは。
「兄さん、今の言葉、ナシにして。そんなことを言える兄さんこそが捨てられるべきだ!」
好きなナイを否定した兄のスラに強すぎる怒りを感じたセスが右手を上に挙げ下ろした瞬間、スラの右手から大量の血が流れる。
「う、ああああああっ! 痛っ、セス、お前何をした!」
見事に自分の思うままにスラの体から血を流させたセスの顔は怪しげに心から嬉しそうに笑っている。
「あははははははははははははははっ! 兄さんが悪い、悪すぎるんだ。僕が好きなナイを捨てるなんて言うからこうなった。あははっ、本当に僕以外の吸血鬼は頭が悪い。はあっ、こんなクズな家族に生まれた僕の気持ちを少しは考えてよ。お前もな、ソリー」
まだまだ怒りが止まらずに、次はソリーに目が映ったセスがもう一度右手を挙げ下ろす前にルロがバサッとセスを地面に押し倒した!
「させないよ!」
「くっ、こいつ・・・」
ソリーの夫。
こいつがここに来てから僕はずっと嫌だった、最悪だ。
ここは吸血鬼の住む場所。
餌が一人で来ていい場所じゃない。
なのに、こいつのせいでソリーが僕よりも先に幸せになった。
こんなこと、絶対に許せない!
「僕たちの幸せを邪魔するなら、お前も殺すけど、いいの?」
吸血鬼らしい血みたいに赤い瞳と目が合ったルロだが、愛する妻のソリーと同じだと勘違いしてなぜか明るく微笑んでいる。
「そうだね、その気持ちはよく分かるよ」
「はあ?」
「僕もソリーとの幸せを誰かに邪魔されたら君と同じことをするだろうね」
「だったら、早く」
「だけど、それは子供の話で大人の僕は違う。僕は大人だから、そんなバカなことをしたらソリーは絶対に悲しむ、絶望させてしまう。幸せっていうのは、そういうものなんだよ。いくら怒っても、誰かに当たるのは子供がすることだよ。今君がしていることは子供だよ。その自覚があるなら、別に僕たちは構わない。ねえ、どうするのかな?」
自分よりも年下のルロからめちゃくちゃ正しすぎる言葉を言われてしまったセス。
それ以上のことをしたら、本当にルロの言う通りになってしまうが・・・。
「はあっ、分かった。お前とソリーには何もしなきゃいいんだよな?」
「えっ」
「僕とナイは将来結婚する。お前とソリーよりも、誰よりも一番に幸せになるからな!」
そう、僕とナイは結婚する。
幸せになるんだ。
僕にだけ与えられた力をここで使う。
もう後悔はしない。
誰がするか、そんな無駄なこと。
ナイも僕と同じ気持ちだよな。
自信満々に後ろを振り向くと、ナイは大粒の涙を流して両手でそれを見られないように隠している。
「う、ふっ、ああ」
その姿を見てしまったセスは急いでナイを抱きしめて自分の手で涙を拭ってあげる。
「どうした、何で泣いている?」
僕が何かしたか?
それとも!
一番大切なナイを泣かせた理由を知るために、セスは周りをしっかり見渡して理由を探している時。
「お前は幸せにはなれない」
いつのまにか目を離していた一瞬を狙っていたスラがセスを力強く爪をわざと引っ掻かせて押し、ナイの首に食用のナイフを向けた!
「この人間の血はまずいだろう? まずい人間をこの城に住まわせるのは良くない。お前も王族なんだ、もっと質の良い人間を選べ」
シセルとは違う強引で身勝手な言葉。
だが、セスは何も迷うことなくこう言った。
「ナイは僕の宝物。質なんてどうでもいい!」
僕が好きなナイはもう餌じゃない。
人間同士が恋に落ちるみたいに、僕もナイに恋に落ちた。
一生離れられない契約を結んだけど、それはただの紙切れ。
実際はもっと大切な物なんだ。
「スラ兄さんには分からない、分かって欲しくないな。僕とナイの絆はそんなナイフだけでは崩れない。壊せるほどボロボロじゃない。そんなことも分からない? 僕よりも年上なのに、あははっ」
動揺も衝撃も受けない。
一人の人間を好きに、愛する一人の吸血鬼の恋はもう、誰にも止められない。
なぜなら。
「そうよ。セスは私を一生選んでくれるわ。セスの魔法は誰であっても全てを消せる特別な物なんだから」
そう言って、ナイは自分の持てる精一杯の力で首に向けられていたナイフを足で蹴ってそれをスッと左手で握ってお返しにスラの首に傷をつけた。
「なっ、人間のくせに、吸血鬼の俺に傷をつけるとは!」
「スラ! 大丈夫?」
スラに傷がつけられたことを契約を結んでいるアムが心の底から心配して走って走ってスラを抱きしめる。
「ごめんなさい。私がいるのに、嫌、スラが消えたら私・・・」
「大丈夫だ、こんなの大したことじゃない。不安にならなくていい」
その様子を見ていたソリーとルロは。
「ねえ、ソリー」
「何?」
「君は僕が死ぬまで絶対に消えないでね」
「は? 何言っているの、私は、吸血鬼はそんなに簡単に消えたりしない。変なこと考えたらダメよ。私だって、あんたより先に消えたくはないわ」
お互いを思いやる気持ち。
それが好きでも嫌いでもどちらでもなくても関係ない。
この七人が幸せな未来が待っているなら誰だってもう・・・。



朝が来てしまった。
それぞれ部屋に戻っているはずが。
「じゃあ、今からお茶を飲みましょう」
美しく微笑みながらそう呼びかけるナイ。
「あの、どうしてこうなったのか教えてください」
全く今の状況が理解できないアム。
「そうだよ。どうして僕たちが君に付き合わないといけないのかな?」
無理やり付き合わされてさっきから聞き飽きた文句を言うルロ。
だが、この三人だけなら何も問題はなかったのに。
「ちょっと、ルロ、私眠いんだけど?」
「少し休ませてくれ」
「はあああっ、眠くて退屈」
そう、人間なら朝なんて普通に起きていられるが、吸血鬼は当然耐えられない。
それを知った上でナイは庭ではなく広間に来させた。
めちゃくちゃ無理やりで・・・。
「セス、少しは耐えられそうかしら?」
分かっているわ。
吸血鬼が朝になっても起きているなんて大きな問題。
でも、せっかく集まったんだから、もっと皆のことを知りたい。
私の勝手なのは十分知っている。
セスの体調も気にしながら続けたい。
「セス、ごめんな」
「謝らないで。お前が僕に謝ることなんて何もない。それに、僕だって少しくらい人間のお前の生活を体験してみたいからちょうどいい機会だ、ありがとうな」
満面の笑みでまさかお礼を言われるとは予想外だったナイは何度も瞬きを繰り返したが、また微笑んで優しくセスの頭を撫でてあげる。
「ふふっ、セスと契約を結んで正解だわ。本当に、私はあなたを好きになれて良かったわ」
「えっ」
今の「好き」という言葉を聞いたセスは一気に眠気が治ってナイみたいに何度も瞬きを繰り返して現実かどうかを自分の頬を力強く叩き、痛みを感じたことで現実と理解してナイをギュッと可愛らしく抱きしめた。
「あははっ、嬉しい! ナイからその言葉が聞けて僕は幸せだな。うん、僕も大好き、愛してい」
「許さない」
セスの愛の言葉を言いかけて止めたその声は力強くとても高くそれを見た者は心の底から恐怖を感じさせる。
セスはそれが何なのかをよく分かっている。
「嘘、そんな、ことって、あり得ない・・・」
何で、今になってここにいる?
僕たち兄妹を捨てたくせに、よくもここに帰って来られたな!
「一番最悪だな! 僕を、僕たちを置いて逃げたくせに、お前なんていらない、早く消えろ、ササ!」
そう、吸血鬼の四兄妹を過去に捨て遠くに逃げてお城から出て行ったはずのいとこ、髪を伸ばしたまま体も洗わず汚い姿を何十年も見てきたササが三十年ぶりにこのお城に帰って来てしまった。