お父さんに頼んで、私はその台本をしばらく借りることにした。お父さんが言うには、この台本はお母さんが小学生の時の学芸会で書いたものらしい。それはお母さんが初めて書いた物語であり、小説家を目指すきっかけにもなった特別な物語だった。
 私は何度もその台本を読んだ。私と同じくらいの年の人が書いたとは思えないくらい表現も展開もクオリティが高かった。この頃から既にお母さんは物語を書く才能を開花させていたのかもしれない。そしてある日思ってしまった。
 私も物語を書いてみたいと。小学生でこの台本を書いたお母さんのように。私のそんな挑戦は、年明けと共に幕を開けた。

 冬休み明け前日の夜、物語を書くべく、私は創作論が書かれた様々なブログを読み漁っていた。お父さんはその画面を見ていたのか「夏芽も物語を書いてみたいの?」と聞かれた。
 「うん!」
 「そうなんだ。お母さんの台本読んでそう思ったんだね。きっと喜ぶだろうな、お母さん。自分の物語がきっかけで夏芽が物語を書くこと」
 「本当に?」
 そう言うとお父さんは笑顔で首を縦に振ってくれた。
 「そうと決まったら、早速書いてみる?」
 「う~ん、今なかなかアイデアが閃かなくて」
 お父さんは握りこぶしを顎にあてて、私と一緒に悩んでくれた。
 「じゃあ、この台本使ったら?」
 「お母さんの台本を?」
 「うん。台本だから地の文がほとんど書かれてないんだ。だって台本だと実際の演技が地の文になるから。だけど小説は違うでしょ。セリフと地の文が融合して小説になるからさ」
 確かにこの台本には地の文がほとんどなかった。
 「でも、それだとお母さんのまねっこしているみたいだよ」
 「いいんだよ、真似しても。最初だからさ。それに自分が書いた物語を夏芽にアレンジしてもらえるのお母さん、喜んでくれるよ」
 喜んでもらえる。そっか、喜んでくれるのか。それなら書いてみたい。お母さんが書いた物語を私が小説にするんだ。たとえその表現がお母さんが想像していたこととはかけ離れていたとしても。
 「わかった。私、書いてみるよ!」