朱雀屋敷の料理を一手に任されている雪女、銀花が人間界出身と聞いて寧々子は一瞬驚いた。
だが、すぐ合点がいった。
(そうよね。でなければ、あんな洗練された料理は出せない……)
銀花が上品に豆大福を口にする。
「私はもともと人間界の生まれなんだ。このとおり雪女だから、雪国出身でね。冷たい料理しか食べてこなかったんだが、温かい食べ物に慣れてきて、だんだん体が馴染んできていろんなものが食べられるようになった」
「そうなんですか」
「料理に興味があったから、あちこちの店に弟子入りしてね。腕を磨いたのさ」
「ああ、それでいろんな料理を作れるんですね!」
「まあね」
「ずっと人間界にいたのに、なぜ朱雀国へ?」
「……」
銀花が色の薄い目で寧々子を見つめる。
聞いてはいけない質問だっただろうか。
寧々子は息を呑んで銀花を見つめた。
銀花がおもむろに口を開く。
「一緒に暮らしていた男がいたんだ。そいつが病で亡くなって……もう料理を作る気も失せてね。そんなとき、蘇芳様から声をかけてもらったんだ」
「そうなんですね……!」
もしかしたら、銀花が料理に興味を覚えたのは、その男性に食べさせてあげたいと思ったからかもしれない。
寧々子はふと、そう思った。
「これも美味しいですよ!」
しんみりした空気を破るように、珠洲が無邪気な声を上げる。
「あんた、もう! ボロボロこぼして!」
どら焼きの生地が机にパンくずのように落ちている。
「だって、人間の体にまだ慣れてなくて!」
「言い訳せずに、綺麗に食べる練習をしなさい! あんたは栄えある朱雀屋敷の女中なんだからね!」
まるで親子のようなやり取りをしているふたりに、笑みがこぼれてしまう。
こうやって美味しいものを食べているときは、人間もあやかしも変わらない気がする。
(おやつ会をしてよかったな……)
(不思議……)
(近所の人や友達と話しているみたい)
(とても自然だ……)
甘味があると、話が弾む。
普段ならとても聞けないようなことも、さらっと口に出せる。
「うひゃあ!!」
珠洲が奇声を上げたかと思うと、ポンと雀の姿になった。
「わっ!」
寧々子は感嘆の声を上げた。
「可愛い! やっぱり珠洲さんって雀のあやかしだったんだ」
「す、すいません~。これ、美味しすぎて!」
珠洲が食べていたのは、梅の花の形をした練り切りだ。
「ふふ、ありがとう」
興奮しすぎると、あやかしの姿に戻ってしまうらしい。
自分は錬って形を整えただけだが、やはり嬉しかった。
「あんたはもう……早く人に化けなさい」
「はい! えいやっ!」
珠洲が気合いの入った声を出すと、あっという間に人の姿に戻った。
「そういえば珠洲さんは異界から?」
「いいえ。私も人間界生まれですよ」
「そうなの!?」
「ええ。人間界に雀のあやかしは多いです。紛れられますからね」
「ああ、確かにそうね……」
鬼やのっぺらぼうがいたら大騒ぎだが、雀のあやかしなら誰も怪しまない。
これまでただの雀と思って見ていたのが、もしかしたらあやかしの雀が混ざっていたのかもしれない。
「私も蘇芳様に声をかけてもらったんですよ。ひとりぼっちだったんで、喜んで来ました!」
「そうなの……」
ここは異界と人間界の狭間。
どちらにも居場所のないあやかしや人を受け入れている。
(やっぱり、優しい方なのよね、蘇芳様は……)
今日だって、クリームあんみつのお礼にと、素敵な場所に連れていってくれた。
(嬉しかったなあ……)
屈託のない笑顔は、ミケの時にだけ見せてくれる。
(人間の私には見せてくれない……)
寧々子はため息をついた。
(今晩、一緒にご飯を食べてくれるだろうか……)
たわいもない話をしているうちに、たくさんあった甘味もなくなった。
「ご馳走様でした!」
「美味かったよ。職人さんにもお礼を言っておいて」
「はい!」
かなりの量だったが、三人でぺろりと平らげてしまった。
「楽しかったです……。またおやつ会しましょう」
「したいしたい! 毎日でもいい!」
「あんたはまたそうやって調子に乗って!」
銀花がじろりと珠洲を睨む。
「まあでも、いろいろ話せてよかったよ」
銀花がふっと微笑む。
「厨房に行くかい? 今日も一品作るんだろ?」
「はい!」
寧々子は勇んで立ち上がった。
だが、すぐ合点がいった。
(そうよね。でなければ、あんな洗練された料理は出せない……)
銀花が上品に豆大福を口にする。
「私はもともと人間界の生まれなんだ。このとおり雪女だから、雪国出身でね。冷たい料理しか食べてこなかったんだが、温かい食べ物に慣れてきて、だんだん体が馴染んできていろんなものが食べられるようになった」
「そうなんですか」
「料理に興味があったから、あちこちの店に弟子入りしてね。腕を磨いたのさ」
「ああ、それでいろんな料理を作れるんですね!」
「まあね」
「ずっと人間界にいたのに、なぜ朱雀国へ?」
「……」
銀花が色の薄い目で寧々子を見つめる。
聞いてはいけない質問だっただろうか。
寧々子は息を呑んで銀花を見つめた。
銀花がおもむろに口を開く。
「一緒に暮らしていた男がいたんだ。そいつが病で亡くなって……もう料理を作る気も失せてね。そんなとき、蘇芳様から声をかけてもらったんだ」
「そうなんですね……!」
もしかしたら、銀花が料理に興味を覚えたのは、その男性に食べさせてあげたいと思ったからかもしれない。
寧々子はふと、そう思った。
「これも美味しいですよ!」
しんみりした空気を破るように、珠洲が無邪気な声を上げる。
「あんた、もう! ボロボロこぼして!」
どら焼きの生地が机にパンくずのように落ちている。
「だって、人間の体にまだ慣れてなくて!」
「言い訳せずに、綺麗に食べる練習をしなさい! あんたは栄えある朱雀屋敷の女中なんだからね!」
まるで親子のようなやり取りをしているふたりに、笑みがこぼれてしまう。
こうやって美味しいものを食べているときは、人間もあやかしも変わらない気がする。
(おやつ会をしてよかったな……)
(不思議……)
(近所の人や友達と話しているみたい)
(とても自然だ……)
甘味があると、話が弾む。
普段ならとても聞けないようなことも、さらっと口に出せる。
「うひゃあ!!」
珠洲が奇声を上げたかと思うと、ポンと雀の姿になった。
「わっ!」
寧々子は感嘆の声を上げた。
「可愛い! やっぱり珠洲さんって雀のあやかしだったんだ」
「す、すいません~。これ、美味しすぎて!」
珠洲が食べていたのは、梅の花の形をした練り切りだ。
「ふふ、ありがとう」
興奮しすぎると、あやかしの姿に戻ってしまうらしい。
自分は錬って形を整えただけだが、やはり嬉しかった。
「あんたはもう……早く人に化けなさい」
「はい! えいやっ!」
珠洲が気合いの入った声を出すと、あっという間に人の姿に戻った。
「そういえば珠洲さんは異界から?」
「いいえ。私も人間界生まれですよ」
「そうなの!?」
「ええ。人間界に雀のあやかしは多いです。紛れられますからね」
「ああ、確かにそうね……」
鬼やのっぺらぼうがいたら大騒ぎだが、雀のあやかしなら誰も怪しまない。
これまでただの雀と思って見ていたのが、もしかしたらあやかしの雀が混ざっていたのかもしれない。
「私も蘇芳様に声をかけてもらったんですよ。ひとりぼっちだったんで、喜んで来ました!」
「そうなの……」
ここは異界と人間界の狭間。
どちらにも居場所のないあやかしや人を受け入れている。
(やっぱり、優しい方なのよね、蘇芳様は……)
今日だって、クリームあんみつのお礼にと、素敵な場所に連れていってくれた。
(嬉しかったなあ……)
屈託のない笑顔は、ミケの時にだけ見せてくれる。
(人間の私には見せてくれない……)
寧々子はため息をついた。
(今晩、一緒にご飯を食べてくれるだろうか……)
たわいもない話をしているうちに、たくさんあった甘味もなくなった。
「ご馳走様でした!」
「美味かったよ。職人さんにもお礼を言っておいて」
「はい!」
かなりの量だったが、三人でぺろりと平らげてしまった。
「楽しかったです……。またおやつ会しましょう」
「したいしたい! 毎日でもいい!」
「あんたはまたそうやって調子に乗って!」
銀花がじろりと珠洲を睨む。
「まあでも、いろいろ話せてよかったよ」
銀花がふっと微笑む。
「厨房に行くかい? 今日も一品作るんだろ?」
「はい!」
寧々子は勇んで立ち上がった。