夜になり、蘇芳は屋敷へと戻った。
結界破りたちが起こす暴力沙汰に、倒れて搬送されたあやかしへの聞き取りなど、城下町を駆けずり回りクタクタだ。
(腹がすいたな……)
忙しすぎて、朝からろくに食べていない。
晩ご飯も適当に店で買ったものを食べるつもりだったが、蒼火にきつく言い含められていたのを思い出した。
(今日は絶対に屋敷で食べろ、と言っていたな)
いつもは控え目な蒼火が、一歩も引かない勢いで言ってきた。
――寧々子さんが蘇芳様のために晩ご飯を作ると言っているのですから、今日は絶対に屋敷で食べてください!
(手料理か……よく銀花が許したな)
朱雀屋敷の料理はすべて料理長である銀花が仕切っている。
腕はいいがこだわりが強い銀花は、自分が認めた者しか厨房に入れない。
余所者の、しかも人間に、王の食事を作らせる許可を与えたとは驚きだ。
(蒼火が頼み込んだのか……?)
事情がよく飲み込めない。
屋敷でゆっくりと過ごせ、と言った花嫁が、なぜわざわざ料理を作ることになったのか。
蘇芳はため息をついた。
(ああ、気が重い……できるなら、顔を合わせたくないのだが)
異界のバランスを取るために必要な結婚、というのは痛いほどわかっている。
結界のほころびから侵入を繰り返すあやかしたちの対応に日々迫られているし、人間界もそれは同じだ。
適宜対応するよりも、結界を強固にして場を安定させるのが一番効率がいい。
(だが、人間の娘と結婚とは……)
現実味がわかない。
形式だけで構わない、と佐嶋は言ったが、異界へ嫁入りする娘の気持ちを思うと心が暗く沈む。
(ずいぶんと勇気がいる行為だ……)
あやかしの国に望んで来る人間の娘などいるはずがない。
隠しても詮無いと判断したのか、佐嶋は正直に事情を明かしてくれた。
実家の借金を肩代わりするのを条件に、嫁入りを受け入れたらしい。
(これではまるで人買いではないか……)
相手の財力や地位を見込んでの政略結婚というのはよくあることだ。
だが、その相手が人ではなくあやかし、住むのは異界というのであれば話は別だ。
霊力が高いのを見込まれたというが、その娘にとってはとんだ災難だと思う。
なるたけ怯えさせないように距離をとり、屋敷にいてもらう他はないと考えていたのだが、娘は違ったようだ。
(なぜ、わざわざ手料理を振る舞いたがるのだ? 俺のご機嫌とりか?)
嫁入りが失敗したら、借金を返してもらえなくなる。
それが恐ろしいのかもしれない。
(無理をせずとも、霊力の高い貴重な娘なのだ。異界の安定のためにいてもらうのに)
まったく合点がいかず、戸惑いながら蘇芳は座敷に座った。
「お待たせしました」
澄んだ声が廊下から聞こえ、蘇芳はびくりとした。
お膳を持った寧々子が室内に入ってくる。
(控え目な所作だが綺麗な娘だな……そういえば、顔もろくに見ていなかった)
何やら豪勢な着物を着ている、としか認識していなかった蘇芳は、思わずまじまじと寧々子を見つめてしまった。
あやかしの王と二人きりだというのに、なぜか寧々子は落ち着きはらっていた。
怯えた様子もなく、堂々と蘇芳の前に膳を置く。
「特にお嫌いなものはない、と伺っていたので、今日は洋食にしてみました」
「洋食……!」
知識としては知っている。
今、人間界で流行している、外国から入ってきた料理だ。
「オムライスという卵料理です」
「ほう……」
初めて見る料理に目が釘付けになる。
蘇芳にとっては想定外の出来事だった。
蒼火にうるさく言われたからしぶしぶ食べにきただけで、さっさと食べて部屋を出るつもりだったのだ。
だが、今や蘇芳は目の前のふんわりとした黄色いものに包まれた料理に興味津々になってしまっている。
「オムライスとはなんだ?」
「お米と少量の野菜を炒めてトマトケチャップで味付けしたものを、薄焼き卵で巻いたものです」
「ほお……炒めた米を卵焼きで巻いているのか」
「……せっかくなので、上に文字を書いておきました」
「すおう……俺の名前か」
赤いケチャップで自分の名前が書かれている。
こんな料理は初めてで、蘇芳は思わず微笑んでしまった。
「下手ですみません」
寧々子のオムライスにも、『ねねこ』と書かれている。
よく見ると、寧々子のオムライスは焼きムラがあり、形も少し崩れている。
対して、蘇芳のオムライスは綺麗な色味できちんと巻かれている。
(綺麗にできた方を俺に寄越したのか……)
「スプーンですくってお食べください」
「わかった」
焼いた卵はやわらかく、さくっとスプーンが入る。
蘇芳は中身のケチャップライスとともにすくい上げた。
ほかほかと湯気の立つ黄色と赤という鮮やかな色味の一口を口に運ぶ。
「!!」
口の中で卵とライスが混ざり合い、うまみが広がった。
(ライスに混ざった細かい野菜がいいアクセントになっている……)
(初めての味、食感だが、悪くない……)
もっと味わいたくて、蘇芳は次々とすくって口に運んだ。
その様子を見た寧々子が、安心したように自分も食事を始めた。
結界破りたちが起こす暴力沙汰に、倒れて搬送されたあやかしへの聞き取りなど、城下町を駆けずり回りクタクタだ。
(腹がすいたな……)
忙しすぎて、朝からろくに食べていない。
晩ご飯も適当に店で買ったものを食べるつもりだったが、蒼火にきつく言い含められていたのを思い出した。
(今日は絶対に屋敷で食べろ、と言っていたな)
いつもは控え目な蒼火が、一歩も引かない勢いで言ってきた。
――寧々子さんが蘇芳様のために晩ご飯を作ると言っているのですから、今日は絶対に屋敷で食べてください!
(手料理か……よく銀花が許したな)
朱雀屋敷の料理はすべて料理長である銀花が仕切っている。
腕はいいがこだわりが強い銀花は、自分が認めた者しか厨房に入れない。
余所者の、しかも人間に、王の食事を作らせる許可を与えたとは驚きだ。
(蒼火が頼み込んだのか……?)
事情がよく飲み込めない。
屋敷でゆっくりと過ごせ、と言った花嫁が、なぜわざわざ料理を作ることになったのか。
蘇芳はため息をついた。
(ああ、気が重い……できるなら、顔を合わせたくないのだが)
異界のバランスを取るために必要な結婚、というのは痛いほどわかっている。
結界のほころびから侵入を繰り返すあやかしたちの対応に日々迫られているし、人間界もそれは同じだ。
適宜対応するよりも、結界を強固にして場を安定させるのが一番効率がいい。
(だが、人間の娘と結婚とは……)
現実味がわかない。
形式だけで構わない、と佐嶋は言ったが、異界へ嫁入りする娘の気持ちを思うと心が暗く沈む。
(ずいぶんと勇気がいる行為だ……)
あやかしの国に望んで来る人間の娘などいるはずがない。
隠しても詮無いと判断したのか、佐嶋は正直に事情を明かしてくれた。
実家の借金を肩代わりするのを条件に、嫁入りを受け入れたらしい。
(これではまるで人買いではないか……)
相手の財力や地位を見込んでの政略結婚というのはよくあることだ。
だが、その相手が人ではなくあやかし、住むのは異界というのであれば話は別だ。
霊力が高いのを見込まれたというが、その娘にとってはとんだ災難だと思う。
なるたけ怯えさせないように距離をとり、屋敷にいてもらう他はないと考えていたのだが、娘は違ったようだ。
(なぜ、わざわざ手料理を振る舞いたがるのだ? 俺のご機嫌とりか?)
嫁入りが失敗したら、借金を返してもらえなくなる。
それが恐ろしいのかもしれない。
(無理をせずとも、霊力の高い貴重な娘なのだ。異界の安定のためにいてもらうのに)
まったく合点がいかず、戸惑いながら蘇芳は座敷に座った。
「お待たせしました」
澄んだ声が廊下から聞こえ、蘇芳はびくりとした。
お膳を持った寧々子が室内に入ってくる。
(控え目な所作だが綺麗な娘だな……そういえば、顔もろくに見ていなかった)
何やら豪勢な着物を着ている、としか認識していなかった蘇芳は、思わずまじまじと寧々子を見つめてしまった。
あやかしの王と二人きりだというのに、なぜか寧々子は落ち着きはらっていた。
怯えた様子もなく、堂々と蘇芳の前に膳を置く。
「特にお嫌いなものはない、と伺っていたので、今日は洋食にしてみました」
「洋食……!」
知識としては知っている。
今、人間界で流行している、外国から入ってきた料理だ。
「オムライスという卵料理です」
「ほう……」
初めて見る料理に目が釘付けになる。
蘇芳にとっては想定外の出来事だった。
蒼火にうるさく言われたからしぶしぶ食べにきただけで、さっさと食べて部屋を出るつもりだったのだ。
だが、今や蘇芳は目の前のふんわりとした黄色いものに包まれた料理に興味津々になってしまっている。
「オムライスとはなんだ?」
「お米と少量の野菜を炒めてトマトケチャップで味付けしたものを、薄焼き卵で巻いたものです」
「ほお……炒めた米を卵焼きで巻いているのか」
「……せっかくなので、上に文字を書いておきました」
「すおう……俺の名前か」
赤いケチャップで自分の名前が書かれている。
こんな料理は初めてで、蘇芳は思わず微笑んでしまった。
「下手ですみません」
寧々子のオムライスにも、『ねねこ』と書かれている。
よく見ると、寧々子のオムライスは焼きムラがあり、形も少し崩れている。
対して、蘇芳のオムライスは綺麗な色味できちんと巻かれている。
(綺麗にできた方を俺に寄越したのか……)
「スプーンですくってお食べください」
「わかった」
焼いた卵はやわらかく、さくっとスプーンが入る。
蘇芳は中身のケチャップライスとともにすくい上げた。
ほかほかと湯気の立つ黄色と赤という鮮やかな色味の一口を口に運ぶ。
「!!」
口の中で卵とライスが混ざり合い、うまみが広がった。
(ライスに混ざった細かい野菜がいいアクセントになっている……)
(初めての味、食感だが、悪くない……)
もっと味わいたくて、蘇芳は次々とすくって口に運んだ。
その様子を見た寧々子が、安心したように自分も食事を始めた。