修三(しゅぞう)は三池屋で最も優秀な職人だった。
 店の一番人気商品の豆大福の製造を任せられていた一人だ。

「本当にお嬢さんですか!? なんであやかしの国に!!」

 修三が愕然とし、珍しく大きい声を出す。
 ふたりは呆然と見つめ合った。

「修三さんってあやかしだったの!?」
「い、いえ、人間です!!」
「じゃあ、なんでここに!?」
「仕事のためです……」
「そ、それはごめんなさい……」

 父の不始末で給金が払えなくなり、ほとんどの職人が店を出ていってしまっていた。
 修三もそのひとりだ。

「でも、修三さんの腕前ならどこの菓子店にでも再就職できたのでは?」
「……私はこのとおり口ベタで……三池屋さんでは古参で黙々と作業にだけ専念することができたんですが、他のお店ではうまくいかず……」
「そうだったの……」

 修三は寧々子(ねねこ)が生まれる前から勤めてくれていた職人だったが、確かに挨拶しかかわしたことがない。
 そもそも、目を合わせてくれないのだ。

「一人で店を出すことも考えましたが、初期費用の捻出や接客のことを考えると実現できそうになくて。困っていたら、世話役の佐嶋(さじま)さんに声をかけてもらって」

 久々に人と会って嬉しいのか、修三が珍しくぺらぺらと話す。

「佐嶋さんに!?」

 寧々子は一瞬驚いたが、今自分がここにいるのも佐嶋の采配によるものだ。
 寧々子の件に限らず、手広く人間界と境国を繋いでいるのだろう。

朱雀(すざく)国では今、料理人を募集していて、お店を用意してくれると。あやかしたちも人の姿をしていて怖くないし、愛想もいらないと言われて……」
「それで、こっちで甘味処を……」

 あやかしたちを相手に商売し、あやかしの国で暮らすと聞くと、なんと勇気がいることかと思ってしまう。
 だが、人間界の煩わしさを忌避したいのであれば、何のしがらみもない場所に思い切って飛び込む人もいるのだろう。

「材料の仕入れも手探り状態でしたが、なんとかお店を開くことができました」
「す、すごいですね……」

 無口で引っ込み思案だと思っていた修三の行動力に、寧々子は舌を巻いた。
 誉められた修三が、照れくさそうに微笑む。

「最初は恐ろしかったですけどね、食われるんじゃないかって……」
「あやかしって人を食べるの!?」

 そう言われれば、昔話でよく人を食ったり、さらったりしている。

「そういう危険なあやかしは境国に入れなくしているので大丈夫ですよ。それこそが王のの仕事です」

 安心させるように蒼火(そうび)が口を挟んできた。

「そ、そうなの?」
「ええ。治安維持がもっとも肝要ですから。おかげで蘇芳(すおう)様は、『朱雀の閻魔』と言われて恐れられています」
「閻魔……」
「あやかし、人を問わず、罪人は絶対に許さない、というのが蘇芳様の立場です。あ、でも普通に暮らしている者たちにはとても優しいですよ、蘇芳様は!」

 寧々子の表情が曇ったのを見て、蒼火が慌てる。

「ですが、最近異界との境界線にほころびが出て、危険なあやかしが流入してきているんです」
「やっぱりそうなのね……」

 佐嶋が話していたとおりだ。

「ちゃんとした門を通らずにほころびを使って秘密裏に流入するあやかしを、『結界破り』と呼んでいます。勝手に入ってきた結界破りには警備担当の火鳥組ひとりぐみが対応していますが、揉め事があちこちで起きていて……それで蘇芳様も大忙しなんですよ」
「そうなの……私、避けられているとばかり……」
「昨日、帰りが遅かったのもそのためです」
「そっか……」

 寧々子は少しホッとした。

「ところで、お嬢さんはなんで朱雀国に?」

 借金を返すために嫁入りに来たと話すと、修三は目を見開いた。

「ええっ、蘇芳様の花嫁に!? あやかしの王ですよ!?」

 修三が腰を抜かさんばかりに驚いている。

「すごいですね……。お嬢さんが王の嫁ですか……!」
「う、うん……一応」

 まだ目も合わせてもらっていないので、花嫁と言われると気まずい。

「でも、修三さんの方がすごいよ。お店は一人でやってるの?」
「ええ。大変ですが、一人が気楽なので……」

 ふう、と修三がため息をつく。

「ただ、菓子作りはいいのですが、やはり接客が……」
「誰か雇うのは?」
「……よく知らない人と働くのはちょっと……。そういうのが嫌でこっちに来たので」
「そうよね……」

 そのとき、鬼の面をつけた男たちが店に入ってきた。