私たちスコラ・シャルロの生徒は、汽車で保養地オーマシェリにたどりついた。楽しみにしていた、修学旅行の目的地だ。
オーマシェリの周辺は、森や川、海など、大自然に囲まれていて、本当に美しい場所だ。
(体の中からきれいになりそう)
とにかく空気がさわやかだ、と私は思った。
私たちは宿泊所に向かって、山を登りはじめた。
10分後──。
「おいっ、見ろよ!」
都会っ子のスコラ・シャルロの生徒は、ヘトヘトになりつつ、さわぎだした。
前方に、全面ガラス張りの建物が見えてきた。まるで巨大なクリスタルのように美しい建物だ。ここが今回の修学旅行の宿泊所、「クリスタリア・ホテル」だ。
「ふむ、美術館のように美しい建物だな」
ランベールがつぶやくように言った。
「ミレイア、気をつけろ」
ゾーヤが私に耳打ちした。
「駅のホームで絡んできたあいつ。下級生のファビオラ・マネカだ。こっちを見てる」
髪の毛が真っ赤な不良少女、ファビオラが、私をにらみつけている。
「あんた、なんだよ。文句あんのかぁ?」
ゾーヤがファビオラに向かっていくと、ファビオラはニヤッと笑った。
「ザコに用はねーんだよ。ゾーヤ先輩だっけ?」
「はあ? あんた今、なんつった?」
「あたしが興味あんのは、ミレイア先輩なんだよ。ザコはどいてろ。ぶっとばされてえの?」
「こ、この……!」
ゾーヤとファビオラは小競り合いを起こしそうだった。
すると、ランベールがゾーヤとファビオラの間に、あわてて入ってきた。
「やめないか! 皆が楽しみにしている修学旅行だぞ」
ちょうどそのとき、クリスタリア・ホテルから、係員の若い女性がでてきた。
「ようこそ、スコラ・シャルロの皆様。これからホテル内をご案内いたします!」
そう言って、丁寧にお辞儀をした。
ファビオラは舌打ちして、取り巻きのほうに行ってしまった。ゾーヤは、「生意気なガキだな」とブツブツ言っている。
部屋は、1人につき1部屋与えられた。洗面台、風呂場、トイレ、バルコニーあり。ゆったり過ごせそうだ。
宿泊所の裏は海。私たちは荷物を部屋に置き、すぐに海に走った。
「うわああーっ! 海だ!」
ゾーヤが叫んでいる。
私は聖女の仕事をしていたせいで、海をほとんど見たことがない。海というものは、何て広大なのか。空に広がる大きな入道雲も美しい。なんて新鮮な光景だろう。
生徒たちは小学部の子たちみたいに、砂遊びをしたり、実際に水着を借りて、海に入ったりし始めた。
「おーい、ミレイア~! 海もいいけど、温泉に一緒に入るって約束はぁ? はやく行こう!」
ゾーヤが催促をした。私はうなずいた。
「じゃ、さっそく入りに行きましょう」
「おお、いいね~! 混浴だろ、オレも入るぜ!」
ナギトは調子よく言ったが、ナギトはゾーヤに頭をどつかれた。
「ナギト~! お前はアホか! 混浴なんてしないぞ。あたしらは、女子専用の温泉に入るんだ」
「え? べつに混浴でいいじゃねーかよ。一緒に入って楽しもうぜ」
「このスケベ」
私はボソッと言って、ゾーヤと一緒に、温泉のほうに向かった。
「え? あれ? ジョークだよ、おい!」
ナギトは後ろで訴えている。私たちはナギトに構わず、廊下を歩く。
「うむ」
ランベールの声が、後ろから聞こえる。
「ナギトよ。お前はもともと、あの2人からの好感度は低かった。だが、それがもっと下がってしまったな。今の発言で」
「そ、そんな~。オレは親睦を深めようと思って……」
「おい……。どっかのエロ親父の発想をやめろ」
私とゾーヤは、笑いをこらえていた。
◇ ◇ ◇
私はゾーヤと温泉に入ったあと、オーマシェリの屋外大魔法訓練場に行った。温泉に入ったあとだから、別にそこで汗をかくつもりはない。単に見学のつもりだった。
「うわああ……豪華だ」
ゾーヤが声を上げた。
「スコラ・シャルロの魔法競技訓練場より広いわね」
私は感心した。
魔法競技舞台が、6つもある。杖も、魔力模擬刀も、貸し出しをしている。水や清涼飲料水も、無料で飲める。軽食も無料で頼むことができる。
「何でもあるんだな、ここは!」
ゾーヤはさっそくバナネの実を注文し、皮をむいて食べ始めた。
ここには、たくさんの16歳から17歳の少年少女がいる。スコラ・シャルロの生徒ばかりではない。着ている制服がみんな違う。
「そうか、同日に他の学校の生徒も、修学旅行に来ているんだったな」
ゾーヤは、「一応、土産物屋も探索してみるか。ミレイアはこの訓練所を見といてくれ」と言って、行ってしまった。
ちょうどそのとき──。
「そこにいたんスか、ミレイア先輩」
この声は……。後ろを振り向くと、さっき、ゾーヤにからんできた、下級生のファビオラがいた。取り巻きの2名の女子も、ニヤニヤ笑いながら、私を見ている。
「ねえ、さっそく勝負しましょうよ。魔法で」
「……本気? あなたが怪我してしまうから、やらない」
「はあ? ナメてんの? あんたの実力がどれくらいか、試したいんスよね~」
「あっちに行って」
「はああ? てめぇ、なめてんの? マジでムカついたわ。んじゃ、勝負するぜ。訓練場の広場で、競技パートナーありの練習試合をやったるわ」
ファビオラがそう言ったとき、「うーっす」という声が、後ろから聞こえた。
「オレらとタイマンしたいヤツがいるって?」
「あ、そうなんス! バンテス先輩!」
ファビオラの後ろには、制服を着崩した、背の高い筋肉質の少年が立っていた。髪の毛は黄色に染めている。要するに彼も不良か。
ファビオラは、そのバンテスという少年の腕にすがりついている。
あ、そういう関係ね。
「じゃ、ミレイア先輩。あんたも競技パートナーを連れてきなよ」
ファビオラはニヤニヤ笑いながら言った。
すると、訓練場の入り口のほうで、オレ、オレと自分を指差している男子がいる。約1名。……ナギトだ。
うーん。
「競技パートナーなんていないわ」
私があっさりそう言うと、ナギトはえらい勢いでズッコケていた。
「う、ウソつけっ! いるだろ。ナギト先輩が!」
ファビオラは声を荒げた。バンテスは頭をかいて、あくびをしていた。
「はやくしろや。タイマンすんの? しねぇの?」
「……わかったわよ」
私は、宙から聖女の杖を取り出した。
「そんなに挑発したんだもの。……ただじゃ済まさないわよ」
私はファビオラをにらみつけた。
「お、おう……」
ファビオラは一歩後ずさった。
私──ミレイアと競技パートナーのナギト、そしてケンカをふっかけてきたファビオラとバンテスは、訓練場西広場に向かった。
徒歩30秒、そこは大きな運動場だった。
私たちの対決を聞きつけた生徒たちが、集まってくる。
「おい、あいつ」
ナギトはファビオラのパートナー、バンテスを見ながら言った。
「2年A組のバンテス・デルボーンだ。勇者コースで、かなり強いぜ。A組では1番強い。粗削りだが、攻撃に突破力《とっぱりょく》があるっつーか……」
「ふーん、そうなの」
ナギトとバンテスは、自分の魔力模擬刀を持っている。準備は万端だ。
「始めるぜええええっ!」
いきなりバンテスが、私たちに向かって走ってきた。狙っているのは──私!
「女だからって、容赦しねえんだよ!」
バンテスが、魔力模擬刀を斬りつける。
ガイイインッ
するとナギトが、魔力模擬刀を横にして、バンテスの攻撃を頭上で受けた。
ナギトは危機を察知し、素早く私の前に出てくれたのだ。
「ミレイア、下がってろ! はあああっ」
ナギトは魔力模擬刀を横にはらう。
ブワッ
バンテスはそれを避けた。
「氷漬けにしてやるよ!」
バンテスの後方で待機していたファビオラが、杖を私に向かって振ってきた。
スイカのような大きさの氷塊が、私に向かって飛んでくる。
ガイン!
私はファビオラの魔法を、防御壁ではね返す。
「バンテス先輩!」
ファビオラが声を上げると、バンテスが応える。
「おおよ!」
タッ
ファビオラがバンテスの背中に駆け上がり、飛び上がった。
「サウザンド・クリュスタロス!」
ファビオラの頭上──左上の空中から、さっきのようなスイカ大の氷塊が、連発で打ちだされた!
速い!
ズドドドドドッ
その数──7つ!
「オレに任せな!」
ナギトがまた、私の前に出た。
バキッ、バキッ、バキ!
ナギトが魔力模擬刀で、氷塊を連続で破壊していく。
後1個──ナギトが破壊しそこねた。
私にぶつかる!
パシイイッ
「おおっとぉ……」
ナギトは魔力模擬刀を持っていない左手で、その氷塊を掴んだ。
「オレのパートナーを傷つけたら、承知しねーぞ」
ナギトはカッコつけてそう言っている。
しかし……その左手は、凍傷の一歩手前だ。
ぎゅ
私はナギトの左手を握った。
「しばらくこれで治癒よ」
「お熱いねえ!」
バンテスが飛び上がり、上から魔力模擬刀を振り下ろしてきた。
ブアッ
今度は私の番!
杖から空気圧を、バンテスの腹部めがけて打ちだした。
「な……げふっ」
バンテスはカウンターで思いっきり、私の空気圧魔法を強打した。
「大丈夫かい!」
ファビオラがあわてている。
「いくぞ!」
「ええ!」
私たち2人は、手を繋いで飛び上がった。
「ツヴァイドラッヘ!」
私は杖、ナギトは魔力模擬刀を振り下ろす。
私の杖と、ナギトの魔力模擬刀から、雷を帯びた魔法の龍が2体、放たれる。
2対の魔法の龍は、ファビオラに向かって一直線だ。
「う、うああああっ」
ファビオラが声を上げる。
「あぶねえええっ! ファビオラァアアッ!」
横っ飛びしてきたのは、バンテスだ。
バリバリバリ
そんな音がして、バンテスは2体の魔法の龍にぶち当たった。
ツヴァイドラッヘは、2名で打ちだせる有名な魔法だ。教科書にも載っている。
「う、うう……」
バンテスは地面に寝転がった。
「バンテス先輩!」
ファビオラがバンテスを抱き起こす。まだバンテスは多少、雷を帯びていたが、ファビオラはお構いなしだ。
ファビオラは、私たちをにらみつけた。
「ち、ちくしょう! こ、今回は負けた!」
ファビオラは叫んだ。
「ミレイア! 覚えてろ!」
ファビオラはバンテスを起こすと、肩を組み、訓練場のほうに一緒に戻っていった。
「大丈夫かああ~!」
代わりに、練習試合を見ていた野次馬の集まりから駆けつけてきたのは、ゾーヤだ。ランベールもいる。
「おっとぉ!」
ゾーヤは私たちを見て、目を丸くしている。
「お、お前ら……あ、熱いな」
ん?
私は首を傾げた。が、ゾーヤが言っているいる意味が、すぐ分かった。
私はナギトと、手を繋いでいたままだったのだ。忘れてた……。
「こ、これは違うわよ!」
私は顔を真っ赤にして、ナギトから急いで手を離した。
ナギトの左手の凍傷は、治ったようだ。私が手をつないだとき、治癒魔法をかけつづけていたからだ。
ナギトは伸びをしながら、私に言った。
「お前、大胆なヤツだったんだな……。スケベなヤツ」
「ナギトに言われたくないっ!」
「まったく、ミレイアはやらしいヤツだなあ」
「言い方を変えただけでしょ! この恩知らず~! せっかく凍傷を治してあげたのに」
私がナギトをにらみつけると、ナギトは口笛を吹いてごまかした。
すると……。
「あの~」
ん? そのときだ。
今度は私の左のほうから、聞き覚えのない女の子の声がした。
私が警戒しながらそっちを見ると、かわいらしい女の子が立っていた。12歳か13歳くらいに見える。
さっきの練習試合を見ていたのかな?
そして彼女は、顔を真っ赤にして、叫んだ。
「わ、私、あなたが好きです! ミレイアさんっ!」
は、はああああ~?
い、いきなりの告白! しかも女の子から?
私は驚きすぎて、ひっくり返りそうになった。
ナギトも目を丸くしていた。
「わ、私、あなたが好きです! ミレイアさんっ!」
い、いきなりの告白! しかもこんなかわいい女の子から? 中等部の子だろうか。
私は驚きすぎて、ひっくり返りそうになった。
「きゅ、急に何を?」
私は、その12歳か13歳くらいの女の子を見た。ツインテールの髪型がかわいい。
「スコラ・シャルロ魔法競技会──ジェニファーさんとの戦いを、生中継で観ました!」
その子は言った。
「素晴らしい試合でした。ミレイアさんのファンになっちゃったんです。握手してくださいっ!」
「え? あ」
な、なんだ。そういうことね……。
私は握手に応じた。
とにかく、私たちは広場から、訓練場に戻ることにした。
◇ ◇ ◇
私たちは訓練場に戻った。ゾーヤはまた温泉に入りにいき、ランベールは図書室を見て回るそうだ。
「良かったじゃねーか。告白されて」
ナギトはニヤニヤしながらそう言った。私はナギトをジロリとにらみつけたが、女の子は言った。
「あ、申し遅れました。私はジョゼット・マレーカと申します」
「ジョゼットは、どこから来たの?」
「私は、エンジェミアからきました」
「えっ!」
私は声を上げたが、ナギトも驚いたようだ。ナギトがジョゼットに聞いた。
「ほ、本当にエンジェミアから来たのか? じゃあ、スコラ・エンジェミアの生徒か?」
「はい、その通りです」
ジョゼットはニコリと笑って言った。
エンジェミア──聖女の中の聖女──聖女王の宮廷があり、世界の中心の国である。
その国には、スコラ・エンジェミアという学校がある。
世界最高の勇者・聖女養成学校といわれ、聖女王を100年のうち、4名も輩出している。単なる聖女ではない。聖女の中の聖女、聖女王をいく人も育てあげているのだ。
「ま、まさか、スコラ・エンジェミアの子が、ここに来るなんてなあ」
もちろん、スコラ・エンジェミアは、小学部、中等部、高等部、大学まである。このかわいい少女が、スコラ・エンジェミアの生徒だといっても、なにもおかしくない。
ナギトは興味深そうに、ジョゼットに聞いた。
「ジョゼットは何歳だ? 中等部?」
「私は、高等部所属です。今は13歳ですけど」
「ええっ? どういうことだ? 高等部だと、オレと同じじゃないか。高等部は普通、15歳からだろ」
「飛び級をして、13歳で高等部に入ったんです」
「え~っ? そ、そうなんだ」
私はうなった。きっと、才能のある子なんだろう。
その時……!
「ミレイアさん」
えええ? ジョゼットはかわいい口を、そっと、私の耳に近づけた。
(なななな、なに、急に?)
「『フレデリカ』に気を付けて」
「えっ?」
「では、私は練習試合があるので、これで」
ジョゼットは中年の女性がいるほうへ行ってしまった。中年女性は、スコラ・エンジェミアの先生だろう。
ナギトは感心しながら言った。
「びっくりしたな。あんな超有名学校も、修学旅行にきてるなんてさ」
「ええ……そうね」
「あ、オレ、温泉に入ってくるわ。……お前も一緒にどうだ?」
「どつくわよ」
私がナギトをにらんでそう言うと、ナギトはピューッと逃げてしまった。
それにしても……ジョゼットと握手したとき、私は気付いた。何となく彼女の「恐れ」を感じたのだ。彼女は何に恐れているのだろう?
彼女の言う、フレデリカって……私の旧友のフレデリカ? いや、考えすぎだ。
「──ジョゼットはかわいいだろう?」
ハッ
私はぎょっとした。いきなり私の左横に、気配が「出現」した?
「驚かせちゃったかな?」
男子──いや、髪の毛の短い少女が立っている。年齢は私と同じくらいか。目が鋭い。彼女は私に挨拶した。
「私はフレデリカ。フレデリカ・レイリーン。スコラ・エンジェミア所属だ」
「……フレデリカ」
私はつぶやくように言った。この髪型、この声、この雰囲気。目の鋭さ。
見覚えがある。
そして決定的なのは名前だ。
フレデリカ・レイリーン。この名前は……旧友の名前そのものだ。
私は静かに挨拶した。
「久しぶりね」
旧友のフレデリカが、私の左隣に立っている。10歳の頃まで、いつも公園で、仲良く遊んでいたフレデリカが、すぐ横にいる。
砂場でお城をつくったり、滑り台で一緒に遊んだりした。
私は言った。
「私はミレイア・ミレスタよ。覚えてる?」
「ああ、分かってるよ。一緒に公園で遊んだな」
フレデリカは笑った。そう、間違いなく旧友のフレデリカだった。でも、背が伸びているし、顔もあの頃より、大人になっている。──当たり前だけど。
しかし、なぜだろう? この違和感は……。
フレデリカは言った。
「驚いた。ミレイアがスコラ・シャルロにいると聞いたときは」
「フレデリカ、あなたこそ。エクセンからシャルロに引っ越したはずじゃないの? まさか、エンジェミアにいるなんて」
「ああ。シャルロから引っ越した。シャルロの学校は、私には合わなかった」
フレデリカは言ったが、私は首を傾げた。
「どういうこと?」
「その話をする前に、見てみろ。我がスコラ・エンジェミアの強さを。さっきのジョゼットが、ほら──練習試合をするぞ。私のかわいい後輩だ」
私はジョゼットを見て、驚いた。
魔法訓練の舞台上にジョゼットが立っていたが、彼女の目の前には──。
(あ、あの女子生徒は!)
1メートル80センチはある、体の大きい女子生徒だ。まるで男子のようだった。
あの子は、新聞で見たことがある。超大国アダマーグの聖女候補だ! 最近のスコラ・マダマーグ魔法競技会でも、強力な魔法攻撃で、優勝したらしい。
「そう、スコラ・アダマーグのラーラ・ジェリフィンだ。世界学生魔法競技会の出場者でもある」
フレデリカは言ったが、私は声を荒げた。
「この練習試合はダメよ! ジョゼットはまだ13歳でしょ! ラーラ・ジェリフィンは力強い魔法力の使い手らしいわ」
「そうだ。ラーラのこと、よく知っているじゃないか」
ジョゼットの身長は約140センチくらい。しかし、ラーラは180センチ以上ある。体格はかなり魔法力に関係があるのだ。精神力も体力にかかわりがあるからだ。
「そもそも、高等部の生徒に、13歳の子がかなうはずがないじゃない!」
私はフレデリカに訴えた。
「怪我じゃすまないわよ。危険だから、やめさせて!」
「フフッ。──ジョゼットが、どうして13歳で高等部にいるのか──?」
フレデリカはクスクス笑いながら言った。
「この練習試合を観れば分かることだ。私のかわいい後輩、ジョゼットの恐ろしさがね」
私は息をのんだ。
ジョゼットとラーラの練習試合が始まろうとしている!
あんなに小さくてかわいい13歳の女の子が、体の大きい17歳の聖女候補と戦う──。
(練習試合とはいえ、魔法競技では絶対に考えられない年齢差だわ)
13歳と17歳では、精神的な経験値が違う。魔法競技だと、それが大きくあらわれてしまうはずだ。
私は訓練舞台上のジョゼットを見守っていた。
ジョゼットをにらみつけるのは、相手のラーラ・ジェリフィンだった。
「スコラ・エンジェミアの生徒と、練習試合を行えるっていうから、ここにきてみたら」
身長180センチのラーラは不満足そうに、ジョゼットを見下ろした。
「あんたのような子どもと対戦するハメになるとはね!」
「申し訳ございません」
ジョゼットはそう言いながら、宙から自分の杖を取り出した。
「ご安心ください。私はあなたに勝ちますから」
「は? なに言ってんの、こいつ」
「私が、あなたに勝つから、ご安心ください、と言ったのです」
「はあ?」
ラーラは半笑いだ。頬はピクピク震えていたが。
「生意気いってんじゃないよ、このガキ……!」
ラーラは顔を真っ赤にして、1メートル後ろに跳躍した。そしてすぐに、自分の杖を振りかざした。
ドパッ
そんな音がした。
圧力砲! 風を弾丸のように撃ち、相手を吹き飛ばす魔法だ!
しかし──えっ? ジョゼットがいない!
(あっ)
私は声を上げた。
ジョゼットは5メートルも大ジャンプしていた。ラーラの魔法をかわし、自分も魔法を使ったジャンプをしたのだ。
「面白い! だけどやっぱり子どもだね!」
ラーラは杖から空中のジョゼットに向かって、杖を振りかざした。
ラーラの杖からは、直径50センチの、魔法で作り上げた魔法球が打ち出される!
高速でジョゼットに向かって飛んでいく!
あれに当たれば、骨折どころじゃすまない! 鉄球を撃ちだしたのと変わりはしないからだ。ラーラ、容赦ない……!
ガキイイイインッ
しかし、ジョゼットは空中でいとも簡単に、魔法球を杖で打ち返した。
スタッ
ジョゼットが地面に降り立ったとき──。
ゴワーン
鈍い音がした。
ラーラの後ろに設置された、魔法防御壁に、魔法球が当たったのだ。
「な、なんだと?」
ラーラが後ろを見ていると──。
「よそ見している場合じゃ、ございません。──ほいっと」
ジョゼットはそう言いつつ、杖をラーラの右脇に差し込んだ。
ヒュッ
ラーラの体が浮く! ジョゼットは魔法で、ラーラを投げた!
ドガアアアッ
ラーラはジョゼットの後ろの地面に、叩きつけられた。
「ぐ、へ」
ラーラはうめき声を出す。
魔法を使った、体術技!
「ジョゼット・ライトニングボルト!」
ビシャッ
天から雷の魔法が落とされた!
「ギャッ!」
その雷の魔法が、ラーラの腕に当たる。
ガラン
杖はラーラの手から落ち、ラーラは尻もちをついた。
「狙いは外しません」
ジョゼットはニコッと笑いながら言った。
(まさか……)
私は驚いた。ジョゼットは、ラーラの腕を狙って、雷魔法を放ったのだ。すごい正確性だ。
私でも、狙って、必ず相手の腕に魔法を落とせるのは難しい……。
ジョゼットは、尻もちをついたラーラを見下ろし、杖を突きつける。
「あっ……ぐっ……」
ラーラが立ち上がれない!
「う、ぐぐ」
ラーラはうめく。
やがて、ラーラは舞台上に、自分からうつ伏せになってしまった。顔は真っ青だ。
この練習試合を観ていた野次馬たちは、ラーラの行動に驚いた。
「ラーラ、どうしたんだ?」
「攻撃しないのか?」
「いや、魔法で上から圧力をかけられているんだ! 立ち上がれないんだ!」
ジョゼットの杖の魔法で、体を上から押さえつけられているのだ。それで、うつ伏せにならざるを得なかったのだ──。
ジョゼットはラーラに杖を突きつけながら、言った。
「どうします? 降参しますか?」
「うぐぐ……どうしてあたしが、あんたみたいなガキに……だあああっ!」
ラーラは渾身の力を込めて、体を起こした。
「あら」
ジョゼットは、感心したように声を上げた。
ラーラは冷や汗をかきながらゆっくり立ち上がると、ジョゼットの両肩をつかんだ。
「魔力を流し込んでやる!」
ラーラが声を上げたとき、ジョゼットは杖をひょいとラーラのあご先に当てた。
ジョゼットが杖に力を込めると──。
「う、わっ」
ラーラは後方に3メートルは吹っ飛び……。
ドガアアッ
ラーラは、一回転し、肩口から床に落ちてしまった。
魔法の投げ技だ!
「う、うう……何てこった……」
ラーラは痛々しい表情をして、肩を押さえている。多分、かなり肩を痛めただろう。
すると、ラーラの所属学校である、スコラ・アダマーグの先生たちが、あわてて舞台上に上がってきた。
「練習試合は中止だ!」
ドヨドヨドヨッ
野次馬たちが騒いでいる。
「お、おい。あの小さい女の子が、スコラ・アダマーグの生徒の勝っちゃったぞ」
「あの子、スコラ・エンジェミアの子だろ? 強いに決まってる」
「だからといって……あの体の小ささで……ラーラを圧倒かよ」
フレデリカはフフッと笑った。
「見たかい? ジョゼットは強いだろう?」
フレデリカは胸を張って、私に言った。
「あれがスコラ・エンジェミア、学校内ランキング3位のジョゼット・マレーカだ」
「あの子が3位? ということは1位……つまり、最も強いのは?」
「私だよ」
フレデリカはにこやかに言った。私はうなずいた。
「あなたはジョゼットの数倍強いってわけね」
「そういうことになる。世界学生魔法競技会が楽しみだ。私もジョゼットも出場予定だからね……ミレイア、あなたと戦いたい」
フレデリカはもう行ってしまいそうだった。
「私は戦いたくないわ」
「いや、私たちは戦う運命にあるよ、必ずね。──それでは。」
フレデリカが訓練所の外に行ってしまったとき、ゾーヤが戻って来た。
「おい、大変だ!」
ゾーヤが叫んだ。
「噂で聞いたが、ジェニファーが、スコラ・シャルロを自主退学した。そして、エクセン王国の聖女になるらしいぞ!」
ええええっ?
私は呆然とした。
ミレイアは保養地オーマシェリで、宿敵ジェニファーの噂を聞いた。
ジェニファーはスコラ・シャルロを自主退学した。彼女はこう言ったらしい。
「私は、エクセン王国の聖女になるわ」
そんなことがありえるのか? あの悪魔の心を持ったジェニファーが、エクセン王国の聖女になるなんて?
◇ ◇ ◇
ジェニファーは飛空艇でエクセン王国に帰った。競技パートナーの、ゲオルグも一緒だ。そしてすぐ、エクセン城の軍隊指揮官の執務室に戻った。軍隊指揮官は、ジェニファーの役職だ。かなりの日数、さぼっていたけど……。
「ジェニファー! いままでどこで遊んでいたんだ?」
執務室で待っていたのは、婚約者のレドリー王子だった。副隊長のゴーバス、アルバナーク婆もいる。
「それに──そ、そいつは誰だ?」
レドリーはゲオルグを見やりながら言った。
「クラスメートのゲオルグよ。一応、魔法や戦い方を教えてもらっているわ。私は、スコラ・シャルロで勉学にはげんでいたのよ」
ジェニファーはソファに、ドカッと座りながら言った。
「もう自主退学したけどね。つまんないから」
「おいっ! 遊んでいる場合か! 魔物の襲撃が、4倍に増えたんだぞ」
「あっ、そ」
「『あっ、そ』じゃないよ、君が軍隊を指揮する役目だろう?」
「じゃあ、その軍隊指揮官は責任とってやーめた」
ジェニファーは口笛を吹いて、あっさり言った。
「その代わり、私を聖女にしなさい!」
「えっ、な、なに?」
レドリー王子は目を丸くした。
「そ、それは……。ジェニファー、君には無理じゃないかな」
ジェニファーの魔力では、とても聖女にはなれないはずだ……とレドリーは思った。だから、軍隊指揮官にしてやったのに。
すると、ジェニファーはレドリーに言った。
「じゃ、あんたの浮気を、国民にばらすわよ」
「げ、げべっ」
レドリーは変な声を出した。ジェニファーはレドリーをにらみつけた。
「あんた、私がいない間、色んな女に手を出して浮気をしていたのは、もう分かっているのよ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て」
「それを国民にばらすわよ」
「そ、それはヤバい。そんなことをしたら、僕のイメージダウンにつながる。僕は父親が死んだら、王になる予定なんだぞ」
「うるっさいわね! 私は聖女になるのよ。こっちはミレイアに負けてばっかりで、腹が立ってるの! 聖女になって見返してやる」
ジェニファーが声を上げると、それまで黙っていたアルバナーク婆が、クスクス笑った。元聖女ミレイアの師匠──現在は、エクセン王国の術師たちの相談役でもある。
「ジェニファー、お前がこの国の聖女になるというのか? バカな……」
「そうよ、アルバナーク婆さん。何が悪いの? 私はミレイアより能力が上だってことを、証明したいのよ」
「ほほう。子どもっぽい動機だのう」
「私には才能があるわ。結界を張れる能力はあるはずよ」
アルバナーク婆はギラリ、とジェニファーを見た。アルバナーク婆の目には、ジェニファーの「気」「魔力」が見えていた。
「ふむ……。お前さんが結界を張れる能力があるのは、事実のようじゃな。しかし、つい半年前は、そんな魔力はなかったはずだ。何があったのだ?」
「何度も言わせないでよ。修業したのよ!」
「ほほう。では、そのお前さんの体にまとわりついている、悪魔の『気』はなんなのかね?」
ジェニファーはピクリとアルバナーク婆を見やったが、すぐに笑った。
「見間違えじゃないの?」
「ジェニファーよ! お前、悪魔と契約したな!」
「あははは!」
ジェニファーはお腹をかかえて笑った。
「この婆さん、邪魔よねえ。──ゲオルグ!」
ゲオルグは、アルバナーク婆の額を手でつかんだ。
「な、何を……!」
アルバナーク婆は声を上げた。
ギュウウンッ
何かが吸い取られる──そんな音がした。
アルバナーク婆は、ソファの上で失神した。
「この婆さんの精気を吸い取ったのだ」
ゲオルグはクスクス笑って言った。
「もともと婆さんだから、精気の量が少なくて楽だったが」
アルバナーク婆は、ソファの背もたれに寄りかかって、動かない。その姿は変わり果てていた。
80歳の老婆だが、それを飛び越えて、ほぼミイラに見える。
「ひ、ひいい! そ、そんな。この国最高の術師、アルバナーク婆が!」
レドリー王子は、副隊長ゴーバスと抱き合って、悲鳴をあげた。
「あははは! この国最上の術師? 単なる婆さんじゃん」
ジェニファーは笑ってレドリーに言った。
「んで、聖女になることを、許可してもらえるかしら。ダーリン」
ゲオルグは、両手をレドリーとゴーバスに突きつけた。
「ひゃあああ~!」
レドリー王子は声を上げた。
「ぼ、暴力反対! ちゃ、ちゃんと魔物を侵入させないってんなら、いいけど!」
「あ、許可してくれるわけね」
ジェニファーはレドリーに投げキッスを送った。
「ウフフッ。魔物を侵入させないどころか、最強の国家にしてみせるわ。このエクセン王国をね──。そうでしょ、ゲオルグ」
「御意」
ゲオルグはニヤッと笑った。
「嫌な予感がするんですけど!」
レドリー王子は泣き声を出した。
私──ミレイア・ミレスタは保養地オーマシェリの修学旅行から、シャルロ王国に帰ってきた。
次の日、スコラ・シャルロに行くと、マデリーン校長に呼ばれた。
「ミレイア、あなたの世界学生魔法競技会の出場が、正式決定しました」
マデリーン校長は校長室のソファに座ってそう言い、ポリポリとクッキーを食べ、紅茶を飲んだ。
「私は戦うのは得意ではありませんけど、出場するべきなんですよね?」
私はそう言ってため息をついたが、マデリーン校長は背筋を正していった。
「この世界は、魔物に狙われています。何が起こるかわかりません。そのとき必要なのは、皆を指導する聖女です。あなたはこの世界の平和のために、自己を向上させなければならない」
「えっと、具体的には、まさか……」
「そうですよ。聖女の中の聖女、聖女王を目指す、ということです」
聖女王を目指す? ちょっと想像できない。信じられないくらい高い目標だ。私はあまりにも、マデリーン校長の私に対する期待が高すぎると感じた。
「さて、他の出場者なんだけども……。魔法競技会協会から通知がきました」
マデリーン校長は、1枚の紙きれを私に手渡した。嫌な予感がする。青いインクで、印刷された通知だ。
世界学生魔法競技会出場者 トーナメント表(1回戦)
○Aブロック
・ミレイア・ミレスタ(スコラ・シャルロ1位 聖女コース)
VS
・カロリーヌ・ランジェマルケ(スコラ・エクセン2位 魔法使いコース)
・ナターシャ・ドミトリー(スコラ・エンジェミア2位 聖女コース)注・前年優勝者
VS
・ロデリア・スレイマーダ(スコラ・ビダーラン1位 魔法使いコース)
・コルネリ・マール(スコラ・エチェンナ1位 聖女コース)
VS
・ロザリンダ・イネマ(スコラ・プレシトリッカ1位 魔法使いコース)
・サブリナ・オレ(スコラ・アダマーグ1位 聖女コース)
VS
・シルビア・マナテ・アジェ(精霊界学生選抜1位 精霊女王候補)
○Bブロック
・ロッタ・マスティナ(スコラ・レミトシュティンク1位 聖女コース)
VS
・ガガモケ・ピコレ(スコラ・アドブリゲ1位 錬金術師コース)
・ジョゼット・マレーカ(スコラ・エンジェミア3位 聖女コース)
VS
・アイリーン・レネン(スコラ・ドスコルス1位 呪術師コース)
・ジェニファー・ドミトリー(スコラ・エクセン1位 聖女コース)注・現エクセン聖女
VS
・ラーラ・ジェリフィン(スコラ・アダマーグ2位 聖女コース)
・ゾーヤ・ランディッシュ(スコラ・シャルロ2位 魔法使いコース)
VS
・フレデリカ・レイリーン(スコラ・エンジェミア1位 聖女コース)注・現エンジェミア聖女
注・カッコ内の順位は、所属学校内のランキング
「うっわ……」
私は声を上げた。ビダーラン、ドスコルス、アダマーグ、エンジェミアなど、超大国の聖女候補、魔法使い候補たちの名前が書かれている。
そして私の対戦相手は?
「私の相手はカロリーヌ……スコラ・エクセン所属! 私はこの子を知らないですけど……呪術コース……? あっ、次の相手!」
「ナターシャ・ドミトリーね」
「ドミトリー……? 聞いたことがあるような」
「何を言ってるの。ジェニファーのお姉さんよ」
「えええええ?」
私は思わず声を上げた。
「ジェニファーに姉がいたんですか? しかも、スコラ・エンジェミア所属! 前年度優勝者?」
「強敵ね。ジェニファーの姉のナターシャは、スコラ・エンジェミアのNO2。フレデリカの右腕といわれる存在よ。いきなり試練だわ」
マデリーン校長が考え深げに言ったとき、私は気付いた。
「ジョゼットもいて……あ! ジェニファーがいる。姉妹で出ているのですか」
「ジェニファーはエクセン王国の聖女となり、エクセン王国勇者・聖女養成学校に再編入したわ」
マデリーン校長の言葉に、私は驚きを隠せなかった。やはり噂は本当だった。
「ジェニファーが? 驚きです。彼女が聖女? でも、彼女は悪魔と契約していると感じました。それが聖女だなんて!」
「そうねぇ。ありえないことだけど、これも事情を探ってみましょう。しかし、あなたが最も気になるのは、この子のことでしょう?」
マデリーン校長は、「フレデリカ」と書かれた部分を指差した。
「ええ。フレデリカ……私の旧友です。ゾーヤが出場することも驚いたけど、1回戦でフレデリカと対戦するんですね。──フレデリカのことは、校長先生はご存知なんですか?」
「名前は知ってるわ。彼女は、エンジェミア王国の聖女だから」
「ええっ? すでに聖女なんですか? あ、本当だ、そう書いてある……」
私が声を上げると、マデリーン校長はうなずいた。
「そうよ。あなただって、エクセン王国の聖女でありつつ、学生だったでしょう。フレデリカも同じ状況だと思うわ」
「スコラ・エンジェミアって、よく分からない学校なのですが」
私は腕組みした。
「世界の中心が、エンジェミア王国ということは知っています」
「スコラ・エンジェミアは最高の聖女養成学校として有名。でも謎が多いのよねえ。内部の情報が出てこないというか。関係者以外、立入禁止だし」
マデリーン校長は、クッキーをポリッとかじりながら言った。
「でもね、実は今度、私はスコラ・エンジェミアに行く用事ができたの」
「ええ? そうなんですか?」
「フレデリカ本人が、私に会いたい、というのです」
「どうして?」
「私が、23、24、25年前の全世界魔法競技会の優勝者だからかな」
マデリーン校長は、そう言って紅茶をすすった。私はあいた口がふさがらなかった。全世界魔法競技会というと、全世界の大人の術師たちが集まる、世界最高の大会だ。
(優勝者? しかも3連覇?)
23~25年前というと、ずいぶん昔の話。知らなかった。マデリーン校長が、そんなにすごい人だったとは……。
「私のファンだから、ぜひ会いたいそうよ。それに、私は聖女協会の副会長なの。フレデリカもどうやら、聖女協会に入り、組織の一員になりたいらしいわ」
「わざわざマデリーン校長が、スコラ・エンジェミアに出向くのですか? 17歳の女の子のために?」
「私がスコラ・エンジェミアに興味があるからよ。だって、普通は絶対立入禁止なのよ。見学する機会を逃せないわ」
私は落ち着かない気持ちだ。なぜかフレデリカのことを考えると、不安な気持ちになった。
「スコラ・エンジェミアに行くのは、気を付けたほうがよいと思います」
「あら、何を言ってるの」
マデリーン校長はそう言って笑った。
「ミレイア、あなたも私と一緒に、スコラ・エンジェミアに行くのよ。許可はとれてるから。旧友のフレデリカと話をしてみたら?」
へ? えええ?
私も、スコラ・エンジェミアに行けるって?
そして──フレデリカにもう一度会う……!
私は心臓が高鳴った。
しかし、不安のほうがなぜか強かった。
私──ミレイア・ミレスタとマデリーン校長は、一緒に旅立った。私が世界学生魔法競技会に出場することが正式決定した、1週間後のことだった。
これから、西に1000キロメートル離れた、世界の中心、エンジェミア王国のスコラ・エンジェミアに行く。
私たちを乗せた魔法馬車(馬に魔力がかけられた馬車。通常の馬車の50倍速く走る)は、エンジェミア王国に入った。
馬車でピンク色の湖のほとりを駆け、水晶の木が生えた森を抜ける。
「美しい場所ですね」
私がマデリーン校長に言うと、彼女はこう答えた。
「エンジェミアは昔、天使が住んでいたといわれている国なのよ」
やがて、スコラ・エンジェミアの敷地が見えてきた。
◇ ◇ ◇
「すごいです!」
「立派ねぇ」
私とマデリーン校長は、スコラ・エンジェミアの敷地に入るなり、目を丸くした。
広大な敷地内には、宮殿のような巨大校舎がどん、と建っている。舗装された校庭には、チリひとつ落ちていない。奥にはプール3つ、体育館3つ、専用の試合用スタジアムが3つもあるようだ。
(ご、豪華だなあ……)
私はため息をつくしかなかった。
スコラ・シャルロはプール、体育館、スタジアムが1つずつだから、規模が違いすぎる。
午後4時。私は校庭を観察した。帰宅時間なので、スコラ・エンジェミアの生徒が校舎から出てきた。
皆、白く美しい制服を着て、つつましく笑っている。
「きゃあああっ! あの人!」
「ミランダ・マデリーンじゃない?」
マデリーン校長のそばに、女生徒たちが駆け寄ってきた。マデリーン校長は、全世界魔法競技会3連覇をなしとげた、世界的有名人である。
私は世間知らずなので、最近知ったことだが……。
「サインください!」
「私が先よ!」
マデリーン校長はニコニコ笑い、スコラ・エンジェミアの生徒たちの手帳にサインをした。私はその光景を、ぼーっと見ているしかなかった。
すごい人と一緒にいるんだなあ、私……。
すると、マデリーン校長はその生徒たちに聞いた。
「フレデリカ・レイリーンさんはいらっしゃる? 会いに来たんだけど」
「えっ……。フレデリカ様ですか?」
生徒たちの顔がくもった。私とマデリーン校長は、彼女たちの表情の変化を見逃さなかった。
「えっと……今日は授業に出ていましたけど」
「ミレイア様と、スコラ・シャルロのマデリーン校長ですね。ようこそ」
後ろから、男性──老人の声がした。振り向くと、校舎からスーツを着たあごヒゲの老人が出てきたところだった。
「私は、スコラ・エンジェミアの教頭、エド・マンフレッドです」
老人は、「ご案内しましょう」と言った。
◇ ◇ ◇
私とマデリーン校長は校舎に入った。玄関の壁は水槽になっており、水族館のようだ。色とりどりの魚が泳いでいる。
「フレデリカ様の部屋は、この廊下の奥にございます」
(専用の部屋を持っているの?)
私は驚いた。ジェニファーが軍隊指揮官になったとき、専用の執務室を与えられたらしい。そのことを思い出した。
「さて──その部屋にお入りになるのは、まずはミレイア様だけでよろしいでしょう。フレデリカ様もそれをお望みです。マデリーン校長は、私がスコラ・エンジェミア内をご案内します」
マンフレッド教頭の言葉に、私とマデリーン校長は顔を見合わせた。マデリーン校長はちょっと考えていたようだったが、すぐに笑ってマンフレッド教頭に言った。
「ええ、そうしましょう。生徒同士のほうが、話が弾むでしょうし」
「では──ミレイア様、廊下の突き当りのお部屋にお入りください」
マンフレッド教頭は言った。マンフレッド教頭とマデリーン校長は、そのまま2階へ上がってしまった。
私はちょっとためらったが、廊下を奥まで歩き、突き当りのドアをノックした。
「どうぞ」
という言葉が返ってきた。
◇ ◇ ◇
(う、わっ……)
部屋の中はとても広かった。競技用舞台が1つあり、部屋の右手には、杖が約30本程度、立てかけておける、杖立て棚があった。水分補給ができる、大きな冷蔵庫もある。
まるで訓練施設!
その中央の床には、魔法陣が描かれている。
(フレデリカ……!)
魔法陣の中央で、少女があぐらをかいて座っていた。目をつぶって、瞑想している。
彼女は──フレデリカだ。
(ううっ……)
フレデリカ──。何という鋭いオーラだ。フレデリカの1メートル以内に、なかなか近づけない。彼女の「テリトリー」に入ったら、魔法が発動し、怪我をする──。
あぐらをかいて座っているフレデリカの姿は、そんなイメージを抱かせる。
「あ、会うのはオーマシェリ以来ね。つい最近だけど」
私が話しかけると、フレデリカは目を開けながら言った。
「オーマシェリでも感じたが、大きな『気』が育っている。成長したね、ミレイア」
フレデリカは笑って、左手の棚から座るための座布団──薄めのクッションを出してきた。
「座ろう」
フレデリカは笑っているが、人を寄せ付けない雰囲気が漂っていた。例えれば巨大な壁状の「気」が、フレデリカの体から放射されているように感じる。
フレデリカに近づけない、と思ったのは、彼女の壁状の「気」のせいだ……。
「『過去視体験魔法』で、一緒に昔を思い出さないか?」
「ええ……いいわね」
私は会うなりフレデリカがそんなことを言い出したので、少し戸惑ったが、とにかく私も、座布団の上に座ることにした。
過去視体験魔法とは、文字通り、過去の出来事を頭の中で体験する魔法だ。
私は目をつむって、頭の中で過去を思い浮かべた。
ここはスコラ・エンジェミアのフレデリカ専用の部屋。
私とフレデリカはソファに座り、過去視体験魔法を発動させた。
この魔法を使えば、フレデリカと一緒に、過去の記憶が体験できる。
(見えてきた)
エクセン中央公園だ。7歳のころの私がいる。
砂場で、1人で遊んでいる。これは……フレデリカに会う前のころだろう。
(大きな大きなお城を作ろう)
私は一生懸命、無邪気に砂で大きな城を作った。子どもが作るものだ。城というよりは、単なる砂の山に見える。
私が7歳のとき、両親は共働きで、私はいつも一人ぼっちだった。数年後、両親は二人とも事故で死ぬのだが……。
そのとき──。
グシャッ
私がせっかく作った、砂の山──いや、砂の城を、誰かに足で踏みつぶされた。
「誰?」
私は怒って振り返った。そこには、近所の意地悪な小学部の男子生徒──バルケス・アドレンドが立っていた。彼が城を踏みつぶしたのだ。
彼の取り巻き連中も2人いる。
「何するの!」
私が怒ると、バルケスは巨体をゆらしながら笑って言った。
「は? 邪魔だったから、壊したんだよ。どけ! 俺らが砂場を使うんだよ」
バーン!
バルケスは私の砂の城を、蹴っ飛ばして粉々にした。
「やめて!」
「うるせえなあ。さっさとどけよ」
私とバルケスが押し問答していると、後ろから、「おい、やめろ」という声が聞こえた。
短い髪の毛の女の子が立っていた。7歳の「私」はこの少女を知らない。しかし、17歳の今の「私」は、この女の子のことを知っている。
7歳のフレデリカだ。バルケスはフレデリカに凄んだ。
「なんだぁ? てめえは」
「私? フレデリカ・レイリーンだ」
「フレデリカ? 知らねーな」
バルケスがフレデリカに凄むと、フレデリカはバルケスの右手首をつかんだ。
ミシッ
という音がした。
「ギャア!」
バルケスはあわてて、手を引っ込めた。
「ひゃああああああ! いてえ! いてぇよ!」
私は目を丸くした。バルケスは逃げ帰ってしまった。
「な、何をしたの?」
私がフレデリカに聞くと、フレデリカは事も無げに言った。
「魔法の力で、ヤツの骨に、ちょっとひびを入れてやったのさ」
ま、魔法で骨にひびを?
当時、7歳の私は、学校の小学部で魔法は勉強していた。紙を宙に浮かせるとか、鉛筆を手を触れずに転がすとか、そんな基本的なものばかりだ。
しかし、フレデリカは7歳で攻撃的な魔法を習得していた。同年代の子が、躊躇なく他人に魔法を発動するなんて、驚きだった。
……怖さも感じた。
「でも……やりすぎじゃ」
私は怖々言った。すると、フレデリカはフッと笑って静かにつぶやいた。
「そうだな……。私は怒ると、自分が自分でなくなってしまうんだ。混乱してしまう」
私たちは友達になった。私も両親が共働きでさみしかったし、フレデリカも家庭に何か問題を抱えているようだった。
さみしい者同士、気持ちが通じたのだろう。
◇ ◇ ◇
3年が経った。私とフレデリカは毎日公園で遊んだ。砂場で遊ぶことが多かった。フレデリカは1週間に1度は、バルケスとケンカした。
「ミレイア、私の家に来る? 面白いカードゲームがあるんだ」
フレデリカは何気なく言った。こんな誘いは初めてのこと。フレデリカの家には、1度も行ったことがなかった。
私は興味があったので、「うん」とうなずいた。
フレデリカの家は、大屋敷だ。私の家は一般住宅なので、私の家と比べると30倍は大きい。
「ただいま」
フレデリカが玄関で言った。フレデリカと私がリビングに行くと、彼の父親らしき人がいた。太っていて、ヒゲを生やした、非常に厳格そうな人だ。彼は、ゲーリック・レイリーン卿。レイリーン家──大貴族の長だった。
「フレデリカ、帰ってきたか」
レイリーン卿は、顔をしかめた。フレデリカの顔には青あざができていた。
「またケンカしたのか! 貴族らしくふるまえと言っているだろう!」
「あんたには関係ないね」
フレデリカは言い返した。私は目を丸くした。
「いい加減、私の言うことを聞いたらどうだ!」
パシッ
レイリーン卿は、フレデリカの頬を叩いた。
「お前は、レイリーン家を継ぐのだぞ! 女らしくふるまえ。将来は王族と結婚し、レイリーン家の繁栄に努めればよい!」
「フン」
フレデリカはニタリと不敵に笑った。
「あんたの言うことを聞くわけにはいかないね。私はあなたの駒じゃない」
「この……! 大バカ娘が! 子どものくせに、生意気な!」
バシン!
レイリーン卿は、再びフレデリカの頬をひっぱたいた。フレデリカは1メートルは吹っ飛んだ。レイリーン卿は太っていて、大柄だった。
私はもう唖然として、その親子ゲンカを見ていた。
「必ず、お前にはレイリーン家の女として、役目をはたしてもらうからな。くそ、お前が男だったら、もっと家を継ぐのに積極的だっただろうが……。あいにく、私の家には男は生まれなかった」
レイリーン卿は、冷たくフレデリカを見下ろしていた。
そしてフレデリカに言った。
「お前が生まれてきたのは、間違いだったんだよ、フレデリカ」
──その1ヶ月後、レイリーン卿は謎の死を遂げる。
誰かに頭蓋骨を潰されていたということだ。新聞に載るほどのニュースになったが、王立警察は、犯人を捕まえることができなかったと思う。
その頃から、私とフレデリカは疎遠になった。
フレデリカはシャルロ王国に引っ越し、私はエクセン王国の聖女を目指すことになった。
◇ ◇ ◇
「なつかしい」
フレデリカの声がした。私は目を開けた。
ここは……スコラ・エンジェミアのフレデリカの部屋だ。17歳のフレデリカがすでに目を開けて、私を見て笑っている。私は笑わなかった。
フレデリカは言った。
「色々あったな」
「ええ」
「重要な話がある。茶を入れよう。うまい茶があるんだ」
フレデリカは茶を入れに、台所へ歩いていった。
私は茶を入れにいったフレデリカの後ろ姿を見ていた。
私は彼女の心の闇を、ずっと感じていた。
ここは世界最高の聖女養成学校である、スコラ・エンジェミア。
私──ミレイア・ミレスタは、その学校の生徒の頂点であり、エンジェミア王国の聖女でもあり、私の旧友でもあるフレデリカと座布団を敷いて座っている。
「お邪魔します」
そのとき、部屋のドアがノックされ、マデリーン校長が入ってきた。スコラ・エンジェミアのマンフレッド教頭も一緒だ。
「ソファに座ってください」
フレデリカは立って、広い部屋の向こうのソファを指差した。
私もソファに座り、マデリーン校長も私の隣に座った。私たちの正面には、フレデリカが座っている。
「スコラ・エンジェミアの見学は終わったわ」
マデリーン校長は言った。
「まったく、大変なお金のかけかたね、この学校は。学校内に水族館があり、プールが3つ、訓練施設6つ、スタジアムが3つもあるなんて……。維持費がいくらかかっているのかしら」
マデリーン校長は、ハンカチで額の汗をぬぐった。マンフレッド教頭は、フレデリカの後ろに、静かに立っている。
「なぜ、私とマデリーン校長を、ここに呼んでくれたの?」
私がフレデリカに聞くと、彼女は答えた。
「『元』聖女協会の副会長、マデリーン氏に、重要な話があるからだ」
「……『元』? 何を言っているのかしら。私は聖女協会の副会長を、やめた覚えはないけれど」
マデリーン校長は首を傾げているが、フレデリカは言った。
「今日、私は聖女協会の副会長に任命された」
「何ですって?」
「残念ながら、マデリーン校長。あなたは昨日まで、聖女協会の副会長でした。しかし今日、その役職を降ろされました」
フレデリカの言葉に、マデリーン校長の表情がゆがんだ。私は場の不穏な空気を感じとった。
私は、その聖女協会なる組織のことがよく分からない。
マデリーン校長が、その組織の副会長だった、ということも初めて知った。
だが、その聖女協会とは、恐らく全世界の聖女をまとめる上で、重要な組織なのだろう、と想像する。
「何を言っているの? 冗談もほどほどにね」
マデリーン校長は、フレデリカを鋭い目で見る。今まで見たこともない、鋭い眼光だ。
「では、これを」
すると、フレデリカは、一通の手紙をマデリーン校長に見せた。
◇ ◇ ◇
『フレデリカ・レイリーン殿へ
本日より、聖女協会の副会長は、貴殿に任命する。
(注・スコラ・シャルロ校長のマデリーン氏は解任となった)
聖女協会会長 ドーラ・マドルビ』
「なっ……」
マデリーン校長は顔が真っ青だ。
「私は何も聞いていないわよ!」
「後日、マデリーン先生の手元に、あなたが解任された通知がくるはずですよ。お確かめください」
フレデリカは薄く笑いながら言った。
私はフレデリカとマデリーン校長を見て、はらはらしていた。いつケンカになるのか、と恐ろしくなった。
「マデリーン先生、フレデリカ様の言っていることは本当ですよ」
マンフレッド教頭は言った。
「……事態がのみ込めないわ……」
マデリーン校長は、膝がしらをギリリと握り、マンフレッド教頭を見た。マンフレッド教頭は、ウソをついているようには見えなかった。
マデリーン校長は、少し息をつき、努めて冷静に言った。
「……なるほど。私の知らない、聖女協会の様々な思惑があるようね」
フレデリカは何も答えない。私は、フレデリカが聖女協会という組織に対して、「力」を持っているのだ、と考えた。でも──いくらエンジェミアの聖女といっても、17歳の少女が、大きい組織で「力」を持てるものなのだろうか。
「フレデリカ、なぜあなたが副会長になったの?」
マデリーン校長は聞いた。
「理由はあるのかしら」
「数年後──この世は魔物に制圧される……そのような予見が立っています。ご存知でしょう?」
フレデリカが平然とそんなことを言ったので、私は思わず声を上げた。
「噂でしょ、そんなの! 魔王はかなり昔に封印されているはず。魔物は出現するけど、そこまで……」
「政府の最高機関の占い師たちが、『人間と魔物の大戦争』を予言しています。それはおよそ約3年後……」
「占い師? 3年後? バカバカしい!」
マデリーン校長は、パシッと机を叩きながら言った。
「確かに、人間と魔物との戦争が起こるとは、昔から言われていること。しかし、まさか3年後に『大戦争』にまで発展するとは、今の時点では考えられないわ」
「昨日、入ってきた情報です。聖女協会の副会長の私には、そのような情報が入ってきました」
暗に、「マデリーン校長、あなたには情報は入ってこない」と言っているようだった。
「分かったわ」
マデリーン校長はジロリとフレデリカを見やり、言った。
「それで、フレデリカさん。3年後に大戦争が起こるとして、この世はその後、どうなるの?」
「聖女候補、勇者候補、魔法使い候補……その他の若者たち……つまり学生たちが魔物討伐に駆り出されるはず」
「……確かに、魔物との戦争になったら、学生が動員される可能性は高いわね。あくまで可能性だけど。で、その陰謀論めいた予言が、あなたに副会長に任命された理由だっていうの? 面白いわね!」
マデリーン校長は、フレデリカをにらんだ。17歳の少女の言葉を、一切信じていないようだった。
一方の私は、答えが出せなかった。
「本題はここからですよ、マデリーン先生」
フレデリカは笑い、一気にこう言った。
「来年、すべての勇者・聖女養成学校は、スコラ・エンジェミアの監視下、監督下におかれます。スコラ・シャルロも例外ではありません」
「……どういう意味かしら」
マデリーン校長はもう身動きすらしなかった。ただ、フレデリカを見つめていた。
フレデリカは、「フフッ」と笑った。
「来年から、あなたたちのスコラ・シャルロはなくなります」
「えっ?」
私は耳をうたがったが、フレデリカは続けた。
「スコラ・シャルロの生徒は、我がスコラ・エンジェミアの生徒になる。全員、漏れなく。そう申し上げているのです」
意味が分からない。しかし──。私は、フレデリカが何か、とんでもないことを言っている、と分かっていた。