「奏ちゃんの家って広いし豪華だね。普段とは違う場所だから、いつもより集中出来た気がする」
奏達が紅茶を準備している間、風雅は奏の家のリビングを見渡していた。
「何つーか、金持ちって感じだな。俺とてもじゃないけどこの家では騒げない」
徹が肩を縮ませていた。
「徹が騒いだら絶対何か壊すからな。大月の家のもの壊したらお前が絶対弁償出来ない額になりそう」
蓮斗は苦笑していた。
「奏の家はお祖父さんとお祖母さんの代から揃って音楽一家で資産家なの。そんな奏の家に来るんだったらそんなお菓子じゃなくてもっとまともなもの持って来なさいよ」
彩歌はムスッとしながら響達が持って来たお菓子が入ったビニール袋を顎で示す。
スーパーのビニール袋にはポテトチップスや大袋のチョコレート菓子など庶民的なものがドサッと入っていた。
「確かに奏ちゃんの家には不釣り合いかも」
風雅は庶民的なお菓子が入ったビニール袋を見て苦笑した。
「お待たせしました」
奏達は紅茶を皆に配る。
「奏ありがとう」
彩歌はご機嫌な様子で奏から紅茶を受け取った。
皆集中して勉強していた反動か、肩の力が抜けている。
結局、響達が買ったスナック菓子や大袋のチョコレートではなく、奏の家にある来客用の少し高そうな焼き菓子を食べることになった。
「ああ、進路希望調査票、提出しないとな」
クッキーを食べながら、風雅が思い出したように呟いた。
奏はその言葉に紅茶を飲もうとしていた手が止まる。
(進路希望調査票……)
今まで奏が悩んでいたことだ。
「ええ、まだ出してねえの? 俺就職に丸してもう出した」
「昼岡先輩、大学に進学しないんですね」
クッキーを頬張る徹の答えに律は目を丸くしていた。
音宮高校は進学校なので、卒業生の進路も大学進学が主である。ごく稀に就職して公務員になった者もいるのだが。
「俺勉強嫌いだからさ。公務員目指す」
徹はあっけらかんと笑う。
「公務員になるのも勉強が必要なんだがな」
蓮斗は紅茶を一口飲んで呆れていた。
「蓮斗は医学部一択だろ? 代々医者の家系だもんな」
風雅はポンと蓮斗の肩を叩く。
「まあ……病院も俺が継ぐことになってるし」
蓮斗の家は開業医なのだ。
「朝比奈先輩は進学ですか?」
「まあな。どっか適当な大学の経済学部とか経営学部とか。文学部とか法学部もありだけど」
律からの問いに風雅は軽そうな笑みでそう答えた。
「律はどうなんだ?」
「俺もまだ大学は決めてないですけど、とりあえず学部は理学部か工学部にしようかと思ってます」
風雅の問いにそう答える律。どうやら律は理系に進むようだ。
「うわ、律理系かよ。よくやるわ」
勉強嫌いな徹が律に尊敬の眼差しを向けている。
「彩歌ちゃんは?」
「あんたには関係ないでしょ」
相変わらず風雅を邪険に扱う彩歌。しかし、棘が少しだけ丸くなったような口調だ。
(あれ? 彩歌?)
奏はそんな彩歌の様子に気付き、意外そうな表情だ。
「天沢さんは文系? 理系?」
律が興味あるような、興味ないような、どちらとも取れる口調で彩歌に聞いた。
「……一応理系だけど、理系は奏いないし男多いし。やっぱ文系にしようかな」
彩歌はムスッとやや迷い気味になりながらマドレーヌを食べた。
「彩歌、進路は無理に私に合わせないで、彩歌の興味のある分野に進んで欲しい」
奏は穏やかに微笑む。
(中学時代、特に腱鞘炎でフルートの大きなコンクールを辞退して、吹奏楽部も退部した時、彩歌には随分と助けてもらった。でも、いつまでも彩歌に甘えるわけにはいかない)
奏は真っ直ぐ彩歌を見ていた。
ゴクリとマドレーヌを飲み込む彩歌。
「奏……。もう少し考えてみる。進路のこと」
彩歌は奏から目をそらし、どこか遠くを見つめていた。
「そっか」
奏は彩歌の答えに、少しだけ安心した。
その時、奏は響からの視線に気付く。
(あ……。響くん……響先輩は進路決めているのかな?)
ふと疑問に思ったので聞いてみることにした。
「響先輩は進路、どうする予定ですか?」
「俺は進学予定だけど、どこの大学にするかはまだ迷ってる。普通の大学の教育学部か、教育大か、音大か」
響は悩んでいるが明るい表情である。
「音大……」
奏は思わず身を乗り出す。
「うん。俺、音楽教師になりたいんだよね。子供達に音楽の楽しさを教えたいって思ってる。音大も教員免許取れるとこあるみたいだし」
響は楽しそうに語る。
「そう……ですか」
奏はゆっくりと響から目をそらし、ぼんやりと天井を見つめる。
「かなちゃんは?」
「え……?」
「進路、どうするの?」
響の優しげな目が奏を見ている。
「私は……」
奏は胸に手を当て、窓の外にゆっくりと目を向ける。
(私の進路……私の将来……)
思い浮かぶのはフルートを演奏する自分の姿。
少しだけ、奏の胸の奥に小さな炎が生まれた。穏やかだが、ゆっくりと確実に大きくなる胸の奥の炎。
「まだ……少しだけ迷っています」
そう答えた奏だが、その表情はどこか穏やかで、真っ直ぐ未来を見ていた。
(きちんと向き合わないと。音楽やフルートと)
その後は再び期末テストに向けて勉強を始め、いつの間にか夕方になっていた。
「マジで今日は頑張った!」
徹がばたりと高級感あるテーブルに腰から上を伏せる。
「徹、大月の家のテーブル壊すなよ。体起こせ馬鹿」
蓮斗はそんな徹を小突いて起こした。
「奏、今日はありがとう。お陰で勉強進んだ」
「良かった。彩歌、期末テスト、頑張ろうね」
「うん」
彩歌がそう立ち上がった瞬間、彼女の鞄から文庫サイズの本が落ちた。
「天沢、本落としたぞ」
蓮斗がそれに気付き、彩歌に本を渡す。
「ああ、晩沢先輩……ありがとうございます」
蓮斗には敬語を使うが、仏頂面の彩歌だ。
そんな彩歌に蓮斗は苦笑する。
「彩歌ちゃん、それ何の本?」
風雅は興味津々な様子だ。
「うるさい」
嫌そうな顔で一蹴する彩歌。
「ただ知りたいんだ。俺、あんま本読まないからさ。彩歌ちゃんのおすすめの本とか、普段本を読まない人がとっつきやすいものとかさ」
ヘラヘラとチャラそうな表情ではなく、風雅の目はどこか真剣そうだった。
彩歌は若干不満げだが、スマートフォンを取り出し何かを調べ、風雅にそのページを見せる。
「これ。本読まないあんたでも読めそうなやつ」
「へえ、ミステリー系なんだ。今日本屋で買ってみようかな」
風雅はどこか嬉しそうな表情だった。
(彩歌、今までは朝比奈先輩に話しかけられても噛み付くだけであんまり相手にしていなかったのに……)
奏は意外そうに微笑んでいた。
「大月さん、今日はありがとう。それでさ、これお土産に。中央図書館近くにケーキ屋があったから」
律は爽やかに笑いながら奏に焼き菓子詰め合わせの小さな箱を私達。
「ありがとう、浜須賀くん」
小箱を受け取り、奏は微笑む。
「え、律そんなの買ってたんだ? いつ?」
響は焦ったような態度である。
「先輩方がスーパーでお菓子を買っている最中に少し抜けさせてもらいました」
律の爽やかそうな表情の奥にはどこか得意げな態度があった。
「あの時か……」
響は若干悔しそうな表情である。
(響先輩、どうしたのかな?)
奏は響の態度が少し疑問に思った。
「かなちゃん、今日はいきなり大勢で押しかけてごめんね」
響は申し訳なさそうに眉を八の字にしている。
「いえ、少し驚きましたけど、こんなふうに勉強会が出来て楽しかったですよ」
奏は柔らかく微笑む。
奏としても、大人数での勉強会は初めてだったので、かなり新鮮で楽しめたのだ。
「そっか。今日はありがとう」
ホッとしたように明るく笑う響。いつもの笑顔なのに、何故か奏の胸が少し騒つく。
「……はい」
奏はその感情が何か分からず戸惑うばかりだった。
こうして勉強会は幕を閉じた。
皆が帰った後、奏は自室で進路希望調査票と向き合う。
(響くんも、浜須賀くんも、他の先輩方も進路を決めてる。彩歌も多分少し変わりつつある。……私も……一歩踏み出さないと)
脳裏に浮かぶのは、フルートを演奏する自分の姿。
奏はゆっくりと筆記具を持ち、進路希望調査票に自身が希望する進路を書いた。
そこに書いたのは、自宅から少し遠い音楽大学。学科は器学科のフルートコースである。
(やっぱり、音楽の、フルートの道に進みたい)
その思いは強く、熱いものだった。
♪♪♪♪♪♪♪♪
期末テストが無事終わり、夏休みになった。
今回の期末テスト、響は過去最高の七十三位だった。風雅はいつも通り学年五十位以内、蓮斗は相変わらず学年トップである。そして問題視されていた徹は何と赤点回避により夏休みの補習はギリギリ免れたのだ。
(徹にしてはよくやったよな)
響はドラムを叩く達をチラリと見た。その後、奏に目を向ける。しなやかで優雅な音を奏でていた。
(かなちゃんも、期末は一年の中で学年トップって聞いたな。凄い)
響は尊敬の眼差しを向けていた。
彩歌と律も、一年生の中で学年上位に入っており、吹奏楽部は割と成績優秀者が揃っている。
(コンクールまで後少し。頑張ろう)
響はコンクールの課題曲の楽譜を見ながら練習に励んでいた。
そしてコンクール当日。この地区大会を突破したら県大会へ行ける。
音宮高校は地区大会で金賞を取れても県大会には進めないのがここ数年の成績だ。要はダメ金ばかりである。
(今年はどうだろう? 今回の自由曲にはフルートのソロもある。フルートソロはかなちゃんが吹くから、もしかしたら県大会に進めたりするのかな?)
響は少しだけワクワクとしながら本番を迎えた。
響の脳内に広がるのは凪いだ草原に広がる星空。カラフルな宝石のような星々が流れ出す。まるで草原に宝石の雨が降り注ぐようだ。
(かなちゃんのフルートソロ……やっぱり凄い)
響は自身のクラリネットの音を抑えながら、奏のフルートを聴いていた。
奏のソロが終わると、他の楽器の音も大きくなりラストスパートへ向かう。
響も楽譜と顧問の指揮を見ながら精一杯演奏した。
♪♪♪♪♪♪♪♪
「いやあ、今年もダメ金だったかあ……」
徹が残念そうに呟く。
結局、音宮高校吹奏楽部は金賞を取れたものの、県大会には進めなかった。
「残念。奏のフルートソロがあるから行けるって思ってた」
セレナは悔しそうである。
「まあバランスだからね。奏ちゃんだけが上手くても、他に問題があったとしたら駄目なわけだし」
オーボエケース片手に小夜が苦笑する。
(今年もダメ金かあ……。でも、やり切った感はある)
響も結果を少し残念に思っていたが、達成感はあった。
その後、三年生の先輩達は引退となり、次期部長の蓮斗が代表で先輩達に挨拶をした。
実質ここから二年生中心になっていくのだ。
「かなちゃん、お疲れ様。どうだった?」
響は奏に声をかける。
「響先輩……コンクールは中学一年振りなので、何だか懐かしかったです」
奏は穏やかな様子だった。
「それに、フルートのソロ、成功して少し安心しています」
奏は目を閉じ、フルートケースを抱きしめるように持っていた。
「うん。かなちゃんの音……俺、好きだよ」
思わず頬を赤く染め、奏から目をそらす響。
「響先輩……」
奏は目を丸くし、頬をほんのり赤く染めていた。
「ありがとうございます」
響から目をそらし、奏は少しだけ嬉しそうに表情を綻ばせた。
「うん」
響は再び奏に目を戻し、柔らかな笑みであった。
奏達が紅茶を準備している間、風雅は奏の家のリビングを見渡していた。
「何つーか、金持ちって感じだな。俺とてもじゃないけどこの家では騒げない」
徹が肩を縮ませていた。
「徹が騒いだら絶対何か壊すからな。大月の家のもの壊したらお前が絶対弁償出来ない額になりそう」
蓮斗は苦笑していた。
「奏の家はお祖父さんとお祖母さんの代から揃って音楽一家で資産家なの。そんな奏の家に来るんだったらそんなお菓子じゃなくてもっとまともなもの持って来なさいよ」
彩歌はムスッとしながら響達が持って来たお菓子が入ったビニール袋を顎で示す。
スーパーのビニール袋にはポテトチップスや大袋のチョコレート菓子など庶民的なものがドサッと入っていた。
「確かに奏ちゃんの家には不釣り合いかも」
風雅は庶民的なお菓子が入ったビニール袋を見て苦笑した。
「お待たせしました」
奏達は紅茶を皆に配る。
「奏ありがとう」
彩歌はご機嫌な様子で奏から紅茶を受け取った。
皆集中して勉強していた反動か、肩の力が抜けている。
結局、響達が買ったスナック菓子や大袋のチョコレートではなく、奏の家にある来客用の少し高そうな焼き菓子を食べることになった。
「ああ、進路希望調査票、提出しないとな」
クッキーを食べながら、風雅が思い出したように呟いた。
奏はその言葉に紅茶を飲もうとしていた手が止まる。
(進路希望調査票……)
今まで奏が悩んでいたことだ。
「ええ、まだ出してねえの? 俺就職に丸してもう出した」
「昼岡先輩、大学に進学しないんですね」
クッキーを頬張る徹の答えに律は目を丸くしていた。
音宮高校は進学校なので、卒業生の進路も大学進学が主である。ごく稀に就職して公務員になった者もいるのだが。
「俺勉強嫌いだからさ。公務員目指す」
徹はあっけらかんと笑う。
「公務員になるのも勉強が必要なんだがな」
蓮斗は紅茶を一口飲んで呆れていた。
「蓮斗は医学部一択だろ? 代々医者の家系だもんな」
風雅はポンと蓮斗の肩を叩く。
「まあ……病院も俺が継ぐことになってるし」
蓮斗の家は開業医なのだ。
「朝比奈先輩は進学ですか?」
「まあな。どっか適当な大学の経済学部とか経営学部とか。文学部とか法学部もありだけど」
律からの問いに風雅は軽そうな笑みでそう答えた。
「律はどうなんだ?」
「俺もまだ大学は決めてないですけど、とりあえず学部は理学部か工学部にしようかと思ってます」
風雅の問いにそう答える律。どうやら律は理系に進むようだ。
「うわ、律理系かよ。よくやるわ」
勉強嫌いな徹が律に尊敬の眼差しを向けている。
「彩歌ちゃんは?」
「あんたには関係ないでしょ」
相変わらず風雅を邪険に扱う彩歌。しかし、棘が少しだけ丸くなったような口調だ。
(あれ? 彩歌?)
奏はそんな彩歌の様子に気付き、意外そうな表情だ。
「天沢さんは文系? 理系?」
律が興味あるような、興味ないような、どちらとも取れる口調で彩歌に聞いた。
「……一応理系だけど、理系は奏いないし男多いし。やっぱ文系にしようかな」
彩歌はムスッとやや迷い気味になりながらマドレーヌを食べた。
「彩歌、進路は無理に私に合わせないで、彩歌の興味のある分野に進んで欲しい」
奏は穏やかに微笑む。
(中学時代、特に腱鞘炎でフルートの大きなコンクールを辞退して、吹奏楽部も退部した時、彩歌には随分と助けてもらった。でも、いつまでも彩歌に甘えるわけにはいかない)
奏は真っ直ぐ彩歌を見ていた。
ゴクリとマドレーヌを飲み込む彩歌。
「奏……。もう少し考えてみる。進路のこと」
彩歌は奏から目をそらし、どこか遠くを見つめていた。
「そっか」
奏は彩歌の答えに、少しだけ安心した。
その時、奏は響からの視線に気付く。
(あ……。響くん……響先輩は進路決めているのかな?)
ふと疑問に思ったので聞いてみることにした。
「響先輩は進路、どうする予定ですか?」
「俺は進学予定だけど、どこの大学にするかはまだ迷ってる。普通の大学の教育学部か、教育大か、音大か」
響は悩んでいるが明るい表情である。
「音大……」
奏は思わず身を乗り出す。
「うん。俺、音楽教師になりたいんだよね。子供達に音楽の楽しさを教えたいって思ってる。音大も教員免許取れるとこあるみたいだし」
響は楽しそうに語る。
「そう……ですか」
奏はゆっくりと響から目をそらし、ぼんやりと天井を見つめる。
「かなちゃんは?」
「え……?」
「進路、どうするの?」
響の優しげな目が奏を見ている。
「私は……」
奏は胸に手を当て、窓の外にゆっくりと目を向ける。
(私の進路……私の将来……)
思い浮かぶのはフルートを演奏する自分の姿。
少しだけ、奏の胸の奥に小さな炎が生まれた。穏やかだが、ゆっくりと確実に大きくなる胸の奥の炎。
「まだ……少しだけ迷っています」
そう答えた奏だが、その表情はどこか穏やかで、真っ直ぐ未来を見ていた。
(きちんと向き合わないと。音楽やフルートと)
その後は再び期末テストに向けて勉強を始め、いつの間にか夕方になっていた。
「マジで今日は頑張った!」
徹がばたりと高級感あるテーブルに腰から上を伏せる。
「徹、大月の家のテーブル壊すなよ。体起こせ馬鹿」
蓮斗はそんな徹を小突いて起こした。
「奏、今日はありがとう。お陰で勉強進んだ」
「良かった。彩歌、期末テスト、頑張ろうね」
「うん」
彩歌がそう立ち上がった瞬間、彼女の鞄から文庫サイズの本が落ちた。
「天沢、本落としたぞ」
蓮斗がそれに気付き、彩歌に本を渡す。
「ああ、晩沢先輩……ありがとうございます」
蓮斗には敬語を使うが、仏頂面の彩歌だ。
そんな彩歌に蓮斗は苦笑する。
「彩歌ちゃん、それ何の本?」
風雅は興味津々な様子だ。
「うるさい」
嫌そうな顔で一蹴する彩歌。
「ただ知りたいんだ。俺、あんま本読まないからさ。彩歌ちゃんのおすすめの本とか、普段本を読まない人がとっつきやすいものとかさ」
ヘラヘラとチャラそうな表情ではなく、風雅の目はどこか真剣そうだった。
彩歌は若干不満げだが、スマートフォンを取り出し何かを調べ、風雅にそのページを見せる。
「これ。本読まないあんたでも読めそうなやつ」
「へえ、ミステリー系なんだ。今日本屋で買ってみようかな」
風雅はどこか嬉しそうな表情だった。
(彩歌、今までは朝比奈先輩に話しかけられても噛み付くだけであんまり相手にしていなかったのに……)
奏は意外そうに微笑んでいた。
「大月さん、今日はありがとう。それでさ、これお土産に。中央図書館近くにケーキ屋があったから」
律は爽やかに笑いながら奏に焼き菓子詰め合わせの小さな箱を私達。
「ありがとう、浜須賀くん」
小箱を受け取り、奏は微笑む。
「え、律そんなの買ってたんだ? いつ?」
響は焦ったような態度である。
「先輩方がスーパーでお菓子を買っている最中に少し抜けさせてもらいました」
律の爽やかそうな表情の奥にはどこか得意げな態度があった。
「あの時か……」
響は若干悔しそうな表情である。
(響先輩、どうしたのかな?)
奏は響の態度が少し疑問に思った。
「かなちゃん、今日はいきなり大勢で押しかけてごめんね」
響は申し訳なさそうに眉を八の字にしている。
「いえ、少し驚きましたけど、こんなふうに勉強会が出来て楽しかったですよ」
奏は柔らかく微笑む。
奏としても、大人数での勉強会は初めてだったので、かなり新鮮で楽しめたのだ。
「そっか。今日はありがとう」
ホッとしたように明るく笑う響。いつもの笑顔なのに、何故か奏の胸が少し騒つく。
「……はい」
奏はその感情が何か分からず戸惑うばかりだった。
こうして勉強会は幕を閉じた。
皆が帰った後、奏は自室で進路希望調査票と向き合う。
(響くんも、浜須賀くんも、他の先輩方も進路を決めてる。彩歌も多分少し変わりつつある。……私も……一歩踏み出さないと)
脳裏に浮かぶのは、フルートを演奏する自分の姿。
奏はゆっくりと筆記具を持ち、進路希望調査票に自身が希望する進路を書いた。
そこに書いたのは、自宅から少し遠い音楽大学。学科は器学科のフルートコースである。
(やっぱり、音楽の、フルートの道に進みたい)
その思いは強く、熱いものだった。
♪♪♪♪♪♪♪♪
期末テストが無事終わり、夏休みになった。
今回の期末テスト、響は過去最高の七十三位だった。風雅はいつも通り学年五十位以内、蓮斗は相変わらず学年トップである。そして問題視されていた徹は何と赤点回避により夏休みの補習はギリギリ免れたのだ。
(徹にしてはよくやったよな)
響はドラムを叩く達をチラリと見た。その後、奏に目を向ける。しなやかで優雅な音を奏でていた。
(かなちゃんも、期末は一年の中で学年トップって聞いたな。凄い)
響は尊敬の眼差しを向けていた。
彩歌と律も、一年生の中で学年上位に入っており、吹奏楽部は割と成績優秀者が揃っている。
(コンクールまで後少し。頑張ろう)
響はコンクールの課題曲の楽譜を見ながら練習に励んでいた。
そしてコンクール当日。この地区大会を突破したら県大会へ行ける。
音宮高校は地区大会で金賞を取れても県大会には進めないのがここ数年の成績だ。要はダメ金ばかりである。
(今年はどうだろう? 今回の自由曲にはフルートのソロもある。フルートソロはかなちゃんが吹くから、もしかしたら県大会に進めたりするのかな?)
響は少しだけワクワクとしながら本番を迎えた。
響の脳内に広がるのは凪いだ草原に広がる星空。カラフルな宝石のような星々が流れ出す。まるで草原に宝石の雨が降り注ぐようだ。
(かなちゃんのフルートソロ……やっぱり凄い)
響は自身のクラリネットの音を抑えながら、奏のフルートを聴いていた。
奏のソロが終わると、他の楽器の音も大きくなりラストスパートへ向かう。
響も楽譜と顧問の指揮を見ながら精一杯演奏した。
♪♪♪♪♪♪♪♪
「いやあ、今年もダメ金だったかあ……」
徹が残念そうに呟く。
結局、音宮高校吹奏楽部は金賞を取れたものの、県大会には進めなかった。
「残念。奏のフルートソロがあるから行けるって思ってた」
セレナは悔しそうである。
「まあバランスだからね。奏ちゃんだけが上手くても、他に問題があったとしたら駄目なわけだし」
オーボエケース片手に小夜が苦笑する。
(今年もダメ金かあ……。でも、やり切った感はある)
響も結果を少し残念に思っていたが、達成感はあった。
その後、三年生の先輩達は引退となり、次期部長の蓮斗が代表で先輩達に挨拶をした。
実質ここから二年生中心になっていくのだ。
「かなちゃん、お疲れ様。どうだった?」
響は奏に声をかける。
「響先輩……コンクールは中学一年振りなので、何だか懐かしかったです」
奏は穏やかな様子だった。
「それに、フルートのソロ、成功して少し安心しています」
奏は目を閉じ、フルートケースを抱きしめるように持っていた。
「うん。かなちゃんの音……俺、好きだよ」
思わず頬を赤く染め、奏から目をそらす響。
「響先輩……」
奏は目を丸くし、頬をほんのり赤く染めていた。
「ありがとうございます」
響から目をそらし、奏は少しだけ嬉しそうに表情を綻ばせた。
「うん」
響は再び奏に目を戻し、柔らかな笑みであった。