奏と詩織のトラブルもあったが、その後の吹奏楽部は平和だった。
そして、いよいよ文化祭当日。
午前中の吹奏楽部のステージは無事に成功し、響は少しだけ肩の荷が降りた。
執事&メイド喫茶をやっている二年四組の教室に戻ると、先に戻って燕尾服に着替えた風雅がクラスメイトの女子達に囲まれている。
「朝比奈くん、写真撮ろうよ」
「あ、狡い狡い、風雅くん、私も!」
「おう、じゃあ全員で撮ろっか」
容姿と身長に恵まれている風雅はヘラヘラ笑いながらクラスの女子達と写真を撮っていた。
(よくやるわ)
響はその様子に苦笑した。そのまま荷物を置いて、簡易的に作られたバックヤードに行く響。衣装の燕尾服に着替えようとした。しかし、何と響の燕尾服が見つからないのだ。
(嘘だろ!? ちゃんと持ってきたはず!)
焦った響は一旦バックヤードから出る。
「お、響、戻って来てたのか。ちょっと来てくれよ」
相変わらず女子に囲まれている風雅に声をかけられた。
「風雅、今それどころじゃなくて。俺の燕尾服が」
「小日向くんの燕尾服ならあの子が着てるよ」
「え?」
一人の女子生徒の言葉に響は目が点になる。
彼女が示した先には響と同じ二年四組の女子生徒がいた。
その女子生徒は響が持って来た燕尾服を着て、他の女子達に囲まれていたのだ。
ショートカットで響と同じくらいの背丈、おまけに中性的な顔立ち。燕尾服が非常に良く似合っていた。
「何で?」
響は燕尾服を忘れていなかったことにホッとしつつ、どうして彼女が燕尾服を着ているのか疑問に思った。
「今、朝比奈くんとその話してたんだよね」
「そうそう。小日向くん、小柄で童顔だから似合うと思って」
女子生徒達がワクワクしながら響に目を向ける。
「確かに、響なら似合うはずだ」
ニヤニヤと笑う風雅。
何となく嫌な予感がした響だ。
「一人くらい、男女逆の衣装でも面白いって思ってさ。小日向くんにはメイド服着てもらいたいの。着てくれるよね?」
疑問系ではあるが、ほぼ強制であることは間違いない。
響は死んだ魚のような目になった。
こういうことに関する女子のパワーには敵わない響だった。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
いよいよ二年四組の執事&メイド喫茶に客が入り始め、文化祭らしい空気になってきた。
男性客には「お帰りなさいませ、ご主人様」、女性客には「お帰りなさいませ、お嬢様」と対応している。
「響、お前中々似合うぞ。クラスの女子達も可愛いって言ってただろ」
風雅はメイド服に着替えさせられた響を見て面白そうに笑っている。
響は若干不貞腐れていた。
女子達から化粧まで施されそうになったが、それは全力で拒否した響。そのおかげで何とかメイド服を着るだけで許してもらえた。
「男が可愛いって言われてもさ……。それに、かなちゃんも来るのに……」
「奏ちゃんもきっとお前のこと可愛いって思ってくれるからさ」
「……好きな子にはカッコいいって言ってもらえた方が嬉しい」
「まあその男心は分かるけどさ。でもさ、俺らが小学生の時に流行ったドラマでも、『可愛い』は最強、『可愛い』の前では全面降伏って言ってたし」
「でもさあ……」
響は不貞腐れたようにため息をついた。
「おい、響、奏ちゃん来店だ。彩歌ちゃんもいるぞ」
ニヤリと入り口を見て笑う風雅。
「え!? もう!?」
響は嬉しさ反面、現在の服装のせいで素早くバックヤードに隠れようとする。
「いや待て響、隠れようとするなって」
「風雅、頼むから離せ」
隠れようとする響だったが風雅に引っ張られて必死に抵抗している。
「せっかくだし奏ちゃんにも見てもらおうぜ」
「恥ずかしいって」
響は悪あがきを続ける。
(せめて燕尾服姿だったら……!)
響は風雅に無理矢理奏の前に連れて行かれたので、長身である彼の後ろに隠れた。
「お帰りなさいませ、お嬢様方」
風雅はやって来た奏と彩歌に対し、にこやかに対応する。
「朝比奈先輩、こんにちは」
「うざいんだけど。それと毎週水曜に図書室来んな」
風雅に軽く会釈する奏。一方彩歌はいつも通りの不機嫌そうな対応である。
「まあまあそう言わずにさ」
風雅は彩歌の態度にすっかり慣れていた。
「それと、お前もそろそろ前出ろよ」
「ちょ、やめろって」
風雅の後ろに隠れていた響だが、ついに引っ張り出されてしまう。
「……お帰りなさいませ……お嬢様……」
響は俯いている。
「響先輩……!? どうしてメイド服を……!?」
奏は目を見開いた。
「……本当は俺も燕尾服着る予定だったけど、クラスの女子達の悪ノリで交換させられた」
響は苦笑しながら答えた。
「そうだったんですね。でも……響先輩、可愛いです」
奏はクスッと笑った。
「良かったな、響。可愛いだってさ」
風雅はニヤニヤと響を小突く。
「……ありがとう、かなちゃん」
響はやや複雑そうに笑うのであった。
「中途半端」
一方彩歌は響のメイド服姿を見てそう呟く。
「こういうのって女子顔負けな感じで本気でやるか、ゴリラみたいな野郎が着てネタに振り切るかの二択でしょ。あんたのは中途半端」
彩歌は鼻で笑った。
「だってさ、響。彩歌ちゃんは辛辣だ」
「いや、好きで着たわけじゃないから」
響は苦笑するしかなかった。
「響先輩、せっかくだし写真撮って良いですか? 両親と祖父母に今日の文化祭の様子写真で見せてって言われているんです。明日の一般祭にも来るんですけどね」
奏はスマートフォンを取り出す。
この日は校内祭で、一般客はおらず生徒だけの文化祭である。
「待って、おじさんとおばさん達に俺のこの姿見せるの?」
ギョッとする響。
「良いじゃん。じゃあ四人で撮ろっか」
風雅とスマートフォンを取り出し、近くにいたクラスメイトに写真を撮ってもらうよう呼び止めた。
「待って、奏とのツーショットなら良いけど、何でこいつらも入るの?」
彩歌は不機嫌そうだったが、結局四人で写真を撮ることになった。
♪♪♪♪♪♪♪♪
執事&メイド喫茶の休憩時間が回って来た響。素早くメイド服から制服に着替えて奏の元へ向かう。
響は奏と文化祭を回る約束をしていたのだ。
(まさか、かなちゃんと二人で文化祭回れるなんて)
響は浮かれていた。
ちなみに奏にベッタリの彩歌は小夜とセレナに呼ばれていたのである。
「そうだ、蓮斗達二年七組が謎解きカフェってやつやってるみたいなんだけど、行く?」
「晩沢先輩のクラスが。楽しそうですね。行きましょう」
奏はふふっと柔らかく微笑み頷いた。
いつも見慣れた学校のはずが、文化祭の飾り付けやお祭りモードの空気が流れ、初めて来た場所のような雰囲気だ。
そんな中、奏と二人で行動。
響はチラリと奏の横顔を見る。
クールで大人びているが、初めての文化祭に少しワクワクとした表情の奏。
(かなちゃん、可愛いな)
響は嬉しそうに表情が緩む。
その後、響は奏を連れて蓮斗のクラスや徹のクラス、そして吹奏楽部の三年生の先輩のクラスの模擬店を回った。
「かなちゃん、二年三組のお化け屋敷だって。行ってみる?」
響は二年三組の教室前で立ち止まる。
見慣れた教室のはずが、廃墟のような外装により不気味に見える。まるで本当に悪霊か何かが出て来そうな雰囲気だ。
しかし、誘っておいて響はハッとする。
幼い頃のことを思い出したのだ。
響が小学二年生の時の夏休み。
丁度奏の両親が不在で、響の家が奏を預かることになった日。
偶然テレビで流れていた番組が心霊現象などのホラー系だった。
響はホラー系の番組に少し驚く程度だったが、奏は目に涙を溜めて震えながら響の手を握っていたのだ。
「ごめん。そういえばかなちゃん、ホラー系苦手だったね。お化け屋敷はやめておこう」
響は申し訳なさそうに苦笑していた。
「いえ、大丈夫ですよ。……確かにテレビや映画みたいな映像系のホラーは苦手ですけれど、文化祭のお化け屋敷は完全なる人工物ですから」
奏はあまり怖がっていなさそうな雰囲気だ。
「それにしても、作り込みがかなり本格的ですね」
奏はその外装をじっくり見ている。
「……かなちゃんが良いのなら、入る?」
恐る恐る聞く響に、奏は頷く。
「ええ、良いですよ」
二人は受付の生徒に文化祭のみで使用出来る金券を渡し、不気味に作り込まれた教室に入るのであった。
薄暗く不気味な雰囲気が漂う教室は迷路のようになっている。
「うわあ、内部も凝ってるね」
響は目を細めて周囲をじっくり見渡す。
「確かに、本格的ですね」
ホラーが苦手な奏だが、落ち着いた様子だった。
しかし、響が次の一歩を踏み出した瞬間お化け役の生徒が全力で驚かせにかかってきた。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
響は軽く驚いただけだが、奏はその場の座り込んでしまった。
「かなちゃん、大丈夫?」
響も座り込んで奏に視線を合わせた。
「高校の……文化祭レベルだから……大したことはないと思っていたのですが……」
奏は少し震えていた。必死に落ち着こうとしているようだが、震えは止まらない。
「確かにここ、細部までこだわったお化け屋敷みたいだからね」
響はなるべく優しい声を出した。
「舐めてました」
奏は苦笑した。
「じゃあさ……手、繋いで歩く?」
響は緊張しながら、奏から目をそらしてそう切り出す。
沈黙時間がやけに長く感じ、響は自分の心臓の音が奏に聞こえるのではないかと気が気でなかった。
「……お願いします」
奏は響から目をそらしながら、控えめにそう呟いた。
「……分かった」
響は緊張しながらも、奏の手を握る。奏が立ち上がるのを待ち、ゆっくりと歩き始めた。
(俺、手汗とか大丈夫かな? 握る力、このくらいで良いかな?)
響は心臓がバクバクし、ある意味お化け屋敷どころではない。
(でも……何かかなちゃんを守れているような気分だ)
響は隣にいる奏に目を向け、少しだけ口角を上げた。
「かなちゃん、大丈夫そう?」
「……はい。……何だかすみません」
奏は弱々しく笑う。
「謝らなくても良いよ。むしろ俺は……かなちゃんに頼ってもらえて嬉しいから」
暗がりで顔色が分かりにくい中、響は頬を染めながら真っ直ぐ奏を見ていた。
「……ありがとう、響くん」
奏は少しホッとし、安心したように微笑んだ。
「あ、ごめんなさい、響先輩。学校なのに敬語が抜けていました」
「別にそこは気にしてないから大丈夫だよ」
ハッと慌てる奏に響はクスッと笑った。
「じゃあ、進もっか」
「はい」
響は奏を守るように、お化け屋敷の出口へ向かった。
「お化け屋敷、意外と怖かったね」
二年三組のお化け屋敷から出た響。
「はい。高校生が作れる程度だと思って舐めていました」
奏は明るい場所に出たことでホッとしていた。
「でも、響先輩がいてくれて頼もしかったです。ありがとうございました」
奏はふふっと柔らかく微笑み、響を真っ直ぐ見ていた。
響は体温が上昇したような感覚になった。
「なら……良かったよ」
響ははにかみ、頭をポリポリと掻いた。
何ともいえない緊張感とほのかに甘い空気が流れている。
「そうだ、せっかくだし有志のステージも見に行ってみよう」
響は緊張していることを誤魔化す為、明るめの声で提案した。
「そうですね。そういえば、三年の先輩も有志のバンドでステージに出るって言っていましたよね。行きましょう」
奏は思い出したような表情になり、進み出す。
響は奏の隣に並んだ。
響と奏が並んで歩いている様子を、校舎の外にある模擬店の列に並びながら詩織は見ていた。
複雑そうな表情である。
「そんな顔するなら、さっさと小日向先輩に気持ち伝えたら良いんじゃないの?」
突然声をかけられ、ビクリと肩を震わせる詩織。
「何だ、浜須賀くんか。びっくりした」
声の主は律だった。
律は詩織の後ろに並ぶ。
「浜須賀くんこそ、良いの? 大月さんのこと好きなんでしょう? 態度でバレバレ。でもこのままだと小日向先輩が有利なままだけど」
詩織はムスッとしていた。
「まあ確かに有利なのは小日向先輩だろうな。でも俺は内海さんとは違って小日向先輩に嫌がらせはしない。そこまで心が汚れてるわけじゃないから」
律は意地悪そうに笑う。
「……浜須賀くんって爽やかそうに見えて結構意地悪だよね。奏ちゃん、意地悪な人は好きじゃないかもよ」
詩織はキッと律を睨む。
「嫉妬心をコントロール出来なくて大月さんに嫌がらせした内海さんにだけは言われたくないかな」
フッと笑う律。
詩織は何も言い返せず、率を睨むだけだった。
文化祭一日目、校内祭はこうして過ぎていくのであった。
そして、いよいよ文化祭当日。
午前中の吹奏楽部のステージは無事に成功し、響は少しだけ肩の荷が降りた。
執事&メイド喫茶をやっている二年四組の教室に戻ると、先に戻って燕尾服に着替えた風雅がクラスメイトの女子達に囲まれている。
「朝比奈くん、写真撮ろうよ」
「あ、狡い狡い、風雅くん、私も!」
「おう、じゃあ全員で撮ろっか」
容姿と身長に恵まれている風雅はヘラヘラ笑いながらクラスの女子達と写真を撮っていた。
(よくやるわ)
響はその様子に苦笑した。そのまま荷物を置いて、簡易的に作られたバックヤードに行く響。衣装の燕尾服に着替えようとした。しかし、何と響の燕尾服が見つからないのだ。
(嘘だろ!? ちゃんと持ってきたはず!)
焦った響は一旦バックヤードから出る。
「お、響、戻って来てたのか。ちょっと来てくれよ」
相変わらず女子に囲まれている風雅に声をかけられた。
「風雅、今それどころじゃなくて。俺の燕尾服が」
「小日向くんの燕尾服ならあの子が着てるよ」
「え?」
一人の女子生徒の言葉に響は目が点になる。
彼女が示した先には響と同じ二年四組の女子生徒がいた。
その女子生徒は響が持って来た燕尾服を着て、他の女子達に囲まれていたのだ。
ショートカットで響と同じくらいの背丈、おまけに中性的な顔立ち。燕尾服が非常に良く似合っていた。
「何で?」
響は燕尾服を忘れていなかったことにホッとしつつ、どうして彼女が燕尾服を着ているのか疑問に思った。
「今、朝比奈くんとその話してたんだよね」
「そうそう。小日向くん、小柄で童顔だから似合うと思って」
女子生徒達がワクワクしながら響に目を向ける。
「確かに、響なら似合うはずだ」
ニヤニヤと笑う風雅。
何となく嫌な予感がした響だ。
「一人くらい、男女逆の衣装でも面白いって思ってさ。小日向くんにはメイド服着てもらいたいの。着てくれるよね?」
疑問系ではあるが、ほぼ強制であることは間違いない。
響は死んだ魚のような目になった。
こういうことに関する女子のパワーには敵わない響だった。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
いよいよ二年四組の執事&メイド喫茶に客が入り始め、文化祭らしい空気になってきた。
男性客には「お帰りなさいませ、ご主人様」、女性客には「お帰りなさいませ、お嬢様」と対応している。
「響、お前中々似合うぞ。クラスの女子達も可愛いって言ってただろ」
風雅はメイド服に着替えさせられた響を見て面白そうに笑っている。
響は若干不貞腐れていた。
女子達から化粧まで施されそうになったが、それは全力で拒否した響。そのおかげで何とかメイド服を着るだけで許してもらえた。
「男が可愛いって言われてもさ……。それに、かなちゃんも来るのに……」
「奏ちゃんもきっとお前のこと可愛いって思ってくれるからさ」
「……好きな子にはカッコいいって言ってもらえた方が嬉しい」
「まあその男心は分かるけどさ。でもさ、俺らが小学生の時に流行ったドラマでも、『可愛い』は最強、『可愛い』の前では全面降伏って言ってたし」
「でもさあ……」
響は不貞腐れたようにため息をついた。
「おい、響、奏ちゃん来店だ。彩歌ちゃんもいるぞ」
ニヤリと入り口を見て笑う風雅。
「え!? もう!?」
響は嬉しさ反面、現在の服装のせいで素早くバックヤードに隠れようとする。
「いや待て響、隠れようとするなって」
「風雅、頼むから離せ」
隠れようとする響だったが風雅に引っ張られて必死に抵抗している。
「せっかくだし奏ちゃんにも見てもらおうぜ」
「恥ずかしいって」
響は悪あがきを続ける。
(せめて燕尾服姿だったら……!)
響は風雅に無理矢理奏の前に連れて行かれたので、長身である彼の後ろに隠れた。
「お帰りなさいませ、お嬢様方」
風雅はやって来た奏と彩歌に対し、にこやかに対応する。
「朝比奈先輩、こんにちは」
「うざいんだけど。それと毎週水曜に図書室来んな」
風雅に軽く会釈する奏。一方彩歌はいつも通りの不機嫌そうな対応である。
「まあまあそう言わずにさ」
風雅は彩歌の態度にすっかり慣れていた。
「それと、お前もそろそろ前出ろよ」
「ちょ、やめろって」
風雅の後ろに隠れていた響だが、ついに引っ張り出されてしまう。
「……お帰りなさいませ……お嬢様……」
響は俯いている。
「響先輩……!? どうしてメイド服を……!?」
奏は目を見開いた。
「……本当は俺も燕尾服着る予定だったけど、クラスの女子達の悪ノリで交換させられた」
響は苦笑しながら答えた。
「そうだったんですね。でも……響先輩、可愛いです」
奏はクスッと笑った。
「良かったな、響。可愛いだってさ」
風雅はニヤニヤと響を小突く。
「……ありがとう、かなちゃん」
響はやや複雑そうに笑うのであった。
「中途半端」
一方彩歌は響のメイド服姿を見てそう呟く。
「こういうのって女子顔負けな感じで本気でやるか、ゴリラみたいな野郎が着てネタに振り切るかの二択でしょ。あんたのは中途半端」
彩歌は鼻で笑った。
「だってさ、響。彩歌ちゃんは辛辣だ」
「いや、好きで着たわけじゃないから」
響は苦笑するしかなかった。
「響先輩、せっかくだし写真撮って良いですか? 両親と祖父母に今日の文化祭の様子写真で見せてって言われているんです。明日の一般祭にも来るんですけどね」
奏はスマートフォンを取り出す。
この日は校内祭で、一般客はおらず生徒だけの文化祭である。
「待って、おじさんとおばさん達に俺のこの姿見せるの?」
ギョッとする響。
「良いじゃん。じゃあ四人で撮ろっか」
風雅とスマートフォンを取り出し、近くにいたクラスメイトに写真を撮ってもらうよう呼び止めた。
「待って、奏とのツーショットなら良いけど、何でこいつらも入るの?」
彩歌は不機嫌そうだったが、結局四人で写真を撮ることになった。
♪♪♪♪♪♪♪♪
執事&メイド喫茶の休憩時間が回って来た響。素早くメイド服から制服に着替えて奏の元へ向かう。
響は奏と文化祭を回る約束をしていたのだ。
(まさか、かなちゃんと二人で文化祭回れるなんて)
響は浮かれていた。
ちなみに奏にベッタリの彩歌は小夜とセレナに呼ばれていたのである。
「そうだ、蓮斗達二年七組が謎解きカフェってやつやってるみたいなんだけど、行く?」
「晩沢先輩のクラスが。楽しそうですね。行きましょう」
奏はふふっと柔らかく微笑み頷いた。
いつも見慣れた学校のはずが、文化祭の飾り付けやお祭りモードの空気が流れ、初めて来た場所のような雰囲気だ。
そんな中、奏と二人で行動。
響はチラリと奏の横顔を見る。
クールで大人びているが、初めての文化祭に少しワクワクとした表情の奏。
(かなちゃん、可愛いな)
響は嬉しそうに表情が緩む。
その後、響は奏を連れて蓮斗のクラスや徹のクラス、そして吹奏楽部の三年生の先輩のクラスの模擬店を回った。
「かなちゃん、二年三組のお化け屋敷だって。行ってみる?」
響は二年三組の教室前で立ち止まる。
見慣れた教室のはずが、廃墟のような外装により不気味に見える。まるで本当に悪霊か何かが出て来そうな雰囲気だ。
しかし、誘っておいて響はハッとする。
幼い頃のことを思い出したのだ。
響が小学二年生の時の夏休み。
丁度奏の両親が不在で、響の家が奏を預かることになった日。
偶然テレビで流れていた番組が心霊現象などのホラー系だった。
響はホラー系の番組に少し驚く程度だったが、奏は目に涙を溜めて震えながら響の手を握っていたのだ。
「ごめん。そういえばかなちゃん、ホラー系苦手だったね。お化け屋敷はやめておこう」
響は申し訳なさそうに苦笑していた。
「いえ、大丈夫ですよ。……確かにテレビや映画みたいな映像系のホラーは苦手ですけれど、文化祭のお化け屋敷は完全なる人工物ですから」
奏はあまり怖がっていなさそうな雰囲気だ。
「それにしても、作り込みがかなり本格的ですね」
奏はその外装をじっくり見ている。
「……かなちゃんが良いのなら、入る?」
恐る恐る聞く響に、奏は頷く。
「ええ、良いですよ」
二人は受付の生徒に文化祭のみで使用出来る金券を渡し、不気味に作り込まれた教室に入るのであった。
薄暗く不気味な雰囲気が漂う教室は迷路のようになっている。
「うわあ、内部も凝ってるね」
響は目を細めて周囲をじっくり見渡す。
「確かに、本格的ですね」
ホラーが苦手な奏だが、落ち着いた様子だった。
しかし、響が次の一歩を踏み出した瞬間お化け役の生徒が全力で驚かせにかかってきた。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
響は軽く驚いただけだが、奏はその場の座り込んでしまった。
「かなちゃん、大丈夫?」
響も座り込んで奏に視線を合わせた。
「高校の……文化祭レベルだから……大したことはないと思っていたのですが……」
奏は少し震えていた。必死に落ち着こうとしているようだが、震えは止まらない。
「確かにここ、細部までこだわったお化け屋敷みたいだからね」
響はなるべく優しい声を出した。
「舐めてました」
奏は苦笑した。
「じゃあさ……手、繋いで歩く?」
響は緊張しながら、奏から目をそらしてそう切り出す。
沈黙時間がやけに長く感じ、響は自分の心臓の音が奏に聞こえるのではないかと気が気でなかった。
「……お願いします」
奏は響から目をそらしながら、控えめにそう呟いた。
「……分かった」
響は緊張しながらも、奏の手を握る。奏が立ち上がるのを待ち、ゆっくりと歩き始めた。
(俺、手汗とか大丈夫かな? 握る力、このくらいで良いかな?)
響は心臓がバクバクし、ある意味お化け屋敷どころではない。
(でも……何かかなちゃんを守れているような気分だ)
響は隣にいる奏に目を向け、少しだけ口角を上げた。
「かなちゃん、大丈夫そう?」
「……はい。……何だかすみません」
奏は弱々しく笑う。
「謝らなくても良いよ。むしろ俺は……かなちゃんに頼ってもらえて嬉しいから」
暗がりで顔色が分かりにくい中、響は頬を染めながら真っ直ぐ奏を見ていた。
「……ありがとう、響くん」
奏は少しホッとし、安心したように微笑んだ。
「あ、ごめんなさい、響先輩。学校なのに敬語が抜けていました」
「別にそこは気にしてないから大丈夫だよ」
ハッと慌てる奏に響はクスッと笑った。
「じゃあ、進もっか」
「はい」
響は奏を守るように、お化け屋敷の出口へ向かった。
「お化け屋敷、意外と怖かったね」
二年三組のお化け屋敷から出た響。
「はい。高校生が作れる程度だと思って舐めていました」
奏は明るい場所に出たことでホッとしていた。
「でも、響先輩がいてくれて頼もしかったです。ありがとうございました」
奏はふふっと柔らかく微笑み、響を真っ直ぐ見ていた。
響は体温が上昇したような感覚になった。
「なら……良かったよ」
響ははにかみ、頭をポリポリと掻いた。
何ともいえない緊張感とほのかに甘い空気が流れている。
「そうだ、せっかくだし有志のステージも見に行ってみよう」
響は緊張していることを誤魔化す為、明るめの声で提案した。
「そうですね。そういえば、三年の先輩も有志のバンドでステージに出るって言っていましたよね。行きましょう」
奏は思い出したような表情になり、進み出す。
響は奏の隣に並んだ。
響と奏が並んで歩いている様子を、校舎の外にある模擬店の列に並びながら詩織は見ていた。
複雑そうな表情である。
「そんな顔するなら、さっさと小日向先輩に気持ち伝えたら良いんじゃないの?」
突然声をかけられ、ビクリと肩を震わせる詩織。
「何だ、浜須賀くんか。びっくりした」
声の主は律だった。
律は詩織の後ろに並ぶ。
「浜須賀くんこそ、良いの? 大月さんのこと好きなんでしょう? 態度でバレバレ。でもこのままだと小日向先輩が有利なままだけど」
詩織はムスッとしていた。
「まあ確かに有利なのは小日向先輩だろうな。でも俺は内海さんとは違って小日向先輩に嫌がらせはしない。そこまで心が汚れてるわけじゃないから」
律は意地悪そうに笑う。
「……浜須賀くんって爽やかそうに見えて結構意地悪だよね。奏ちゃん、意地悪な人は好きじゃないかもよ」
詩織はキッと律を睨む。
「嫉妬心をコントロール出来なくて大月さんに嫌がらせした内海さんにだけは言われたくないかな」
フッと笑う律。
詩織は何も言い返せず、率を睨むだけだった。
文化祭一日目、校内祭はこうして過ぎていくのであった。