「──……妃翠。話がある、来なさい」
「……はい。お父さま」
お父さまに呼ばれ、立ち上がる。
もう何年も名前すら呼ばれなかったのに。
お父さまはとても優しい方だった。
お母さまとも仲睦まじかった。
けれど、お母さまが流行り病で亡くなってからお父さまは変わってしまった。
今まで優しくて笑顔溢れるお父さまの顔から笑顔が消え去ってしまった。
今まではたくさん話しかけてくれたのに、いつしか会話が一切なくなってしまった。
お母さまが亡くなってから数か月経ったころお父さまから話があった。
『妃翠、新しい母さんができるんだ』
『え……?』
幼かったわたしには理解ができなかった。
わたしのお母さまはこの世にたった一人しかいないのに。
それからは今の継母さまとお父さま、継母さまの連れ子の乃々羽お姉さまと暮らしている。
わたしは名門と言われている綾城家の娘。
家には何人もの使用人や執事がいる。
使用人は裏話なども知っているわけなのでたまに盗み聞きをしている。
昔、使用人たちが話しているのを聞いたときはお父さまと継母さまの結婚の話だった。
お父さまと継母さまは政略結婚だった。
お父さまは綾城家のご子息、継母さまも名門一家のご令嬢。
あやかしと共存する世界では名門一家は当たり前かのようにあやかしと政略結婚をさせる。
わたしの継母さまはあやかしの雪女。
お父さまは継母さまと結婚してからは乃々羽お姉さまに夢中になっていた。
お姉さまは美人でなんでもできる人だった。
お父さまや継母さまが話してくれないのは多分、わたしの能力が関係している。
お父さまはわたしを広い和室に連れてきた。
「妃翠、座りなさい」
わたしは座布団の上に正座をする。
部屋の中にはわたし、お父さま継母さま、お姉さま。
そして、何人かの使用人がいる。
……ああ、また聞こえてしまう。
(──あの小娘はいついなくなってくれるのかしら)
(──妃翠がお父さまに名前を呼ばれるなんて何年ぶりなのかしら?)
わたしは人の心の声が聞こえてしまう能力がある。
それは実のお母さまのものでも、お父さまのものでもない。
わたしはあやかしのハーフではない。
お母さまもお父さまも人間。
継母さまはあやかしだけれど、血は繋がっていない。
だからなのか、わたしは悪魔の子と呼ばれていた。
『──……妃翠お嬢様は不気味ですわね』
『わかります……!お嬢様の力は誰のものなのでしょうか?呪われた子ですね』
使用人たちにもこんなふうに言われていた。
お母さまも最初は驚いていたけれど、わたしを認めてくれていた。
『……妃翠、あなたは悪魔の子なんかじゃない。あなたはわたくしとお父さまの天使よ』
お母さまはわたしを抱きしめた。
そう言ってくれたお母さまももういない。
今の継母さまはわたしの能力をよく思っていないようで。
『あなた……何なのかしら。気味が悪いわ』
初めて会ったときに言われた言葉はこの言葉だった。
継母さまはわたしを嫌っており、心の声を聞いてしまうと殴られることもあった。
バシンッと大きな音がしたかと思えば自分の頬がジンジンと痛んだ。
打たれたと理解するのにそれほど時間はかからなかった。
『気持ち悪いのよ……っ!あんたなんかいない方がいいの。そのほうがみんなが幸せなのよ?おわかりかしら?』
お姉さまは特になにかを言うということはなかったけれど、庇ってくれることも心配してくれることもなかった。
こんな能力なければよかったなんていくら思ったことか。
「妃翠、お前に縁談の話が持ちかけられた」
わたしは驚くことしかできなかった。
けれど、その驚きの中には嬉しさも混じっていた。
やっと、この家から解放される。
(──やっといなくなってくれるのね。まあ、どうせ捨てられて終わるけれど)
継母さまはそんなことを心の中で呟いていた。
こんなふうに思われるくらいなら結婚して静かに暮らしたい。
綾城という肩書や悪魔の子なんて言われることがなくなるかもしれない。
そんな希望を抱いていた。
「……わかりました。お相手はどなたでしょうか」
肝心なのは相手だ。
「相手は……雲龍家の次期当主、雲龍茅都さんだ」
わたしは名前を言われた瞬間、先ほどまでの希望が一気に崩れる音が聞こえた。
(──妃翠はいつまでも恵まれないのかしら)
お姉さまの心の声が聞こえる。
雲龍家は──龍神の一家であやかしの中でもトップクラスに強いのだ。
雲龍家はとても冷酷な一家だと有名なのだ。
そんな家でこの能力が知られたら……。
しかも次期当主となると相当影響力のある人だろう。
「……わかり、ました。いつ頃、雲龍さまとお会いするのでしょうか」
「一週間後だ」
お父さまは立ち上がった。
「話は終わりだ。……妃翠、雲龍家には失礼のないように。お前の能力が相手にバレればこの家は潰れるも同然だ」
お父さまはわたしを睨む。
「……わかりました」
継母さまとお姉さまも立ち上がり、部屋を出た。
わたしの人生は一体どうなってしまうのか。
「……はい。お父さま」
お父さまに呼ばれ、立ち上がる。
もう何年も名前すら呼ばれなかったのに。
お父さまはとても優しい方だった。
お母さまとも仲睦まじかった。
けれど、お母さまが流行り病で亡くなってからお父さまは変わってしまった。
今まで優しくて笑顔溢れるお父さまの顔から笑顔が消え去ってしまった。
今まではたくさん話しかけてくれたのに、いつしか会話が一切なくなってしまった。
お母さまが亡くなってから数か月経ったころお父さまから話があった。
『妃翠、新しい母さんができるんだ』
『え……?』
幼かったわたしには理解ができなかった。
わたしのお母さまはこの世にたった一人しかいないのに。
それからは今の継母さまとお父さま、継母さまの連れ子の乃々羽お姉さまと暮らしている。
わたしは名門と言われている綾城家の娘。
家には何人もの使用人や執事がいる。
使用人は裏話なども知っているわけなのでたまに盗み聞きをしている。
昔、使用人たちが話しているのを聞いたときはお父さまと継母さまの結婚の話だった。
お父さまと継母さまは政略結婚だった。
お父さまは綾城家のご子息、継母さまも名門一家のご令嬢。
あやかしと共存する世界では名門一家は当たり前かのようにあやかしと政略結婚をさせる。
わたしの継母さまはあやかしの雪女。
お父さまは継母さまと結婚してからは乃々羽お姉さまに夢中になっていた。
お姉さまは美人でなんでもできる人だった。
お父さまや継母さまが話してくれないのは多分、わたしの能力が関係している。
お父さまはわたしを広い和室に連れてきた。
「妃翠、座りなさい」
わたしは座布団の上に正座をする。
部屋の中にはわたし、お父さま継母さま、お姉さま。
そして、何人かの使用人がいる。
……ああ、また聞こえてしまう。
(──あの小娘はいついなくなってくれるのかしら)
(──妃翠がお父さまに名前を呼ばれるなんて何年ぶりなのかしら?)
わたしは人の心の声が聞こえてしまう能力がある。
それは実のお母さまのものでも、お父さまのものでもない。
わたしはあやかしのハーフではない。
お母さまもお父さまも人間。
継母さまはあやかしだけれど、血は繋がっていない。
だからなのか、わたしは悪魔の子と呼ばれていた。
『──……妃翠お嬢様は不気味ですわね』
『わかります……!お嬢様の力は誰のものなのでしょうか?呪われた子ですね』
使用人たちにもこんなふうに言われていた。
お母さまも最初は驚いていたけれど、わたしを認めてくれていた。
『……妃翠、あなたは悪魔の子なんかじゃない。あなたはわたくしとお父さまの天使よ』
お母さまはわたしを抱きしめた。
そう言ってくれたお母さまももういない。
今の継母さまはわたしの能力をよく思っていないようで。
『あなた……何なのかしら。気味が悪いわ』
初めて会ったときに言われた言葉はこの言葉だった。
継母さまはわたしを嫌っており、心の声を聞いてしまうと殴られることもあった。
バシンッと大きな音がしたかと思えば自分の頬がジンジンと痛んだ。
打たれたと理解するのにそれほど時間はかからなかった。
『気持ち悪いのよ……っ!あんたなんかいない方がいいの。そのほうがみんなが幸せなのよ?おわかりかしら?』
お姉さまは特になにかを言うということはなかったけれど、庇ってくれることも心配してくれることもなかった。
こんな能力なければよかったなんていくら思ったことか。
「妃翠、お前に縁談の話が持ちかけられた」
わたしは驚くことしかできなかった。
けれど、その驚きの中には嬉しさも混じっていた。
やっと、この家から解放される。
(──やっといなくなってくれるのね。まあ、どうせ捨てられて終わるけれど)
継母さまはそんなことを心の中で呟いていた。
こんなふうに思われるくらいなら結婚して静かに暮らしたい。
綾城という肩書や悪魔の子なんて言われることがなくなるかもしれない。
そんな希望を抱いていた。
「……わかりました。お相手はどなたでしょうか」
肝心なのは相手だ。
「相手は……雲龍家の次期当主、雲龍茅都さんだ」
わたしは名前を言われた瞬間、先ほどまでの希望が一気に崩れる音が聞こえた。
(──妃翠はいつまでも恵まれないのかしら)
お姉さまの心の声が聞こえる。
雲龍家は──龍神の一家であやかしの中でもトップクラスに強いのだ。
雲龍家はとても冷酷な一家だと有名なのだ。
そんな家でこの能力が知られたら……。
しかも次期当主となると相当影響力のある人だろう。
「……わかり、ました。いつ頃、雲龍さまとお会いするのでしょうか」
「一週間後だ」
お父さまは立ち上がった。
「話は終わりだ。……妃翠、雲龍家には失礼のないように。お前の能力が相手にバレればこの家は潰れるも同然だ」
お父さまはわたしを睨む。
「……わかりました」
継母さまとお姉さまも立ち上がり、部屋を出た。
わたしの人生は一体どうなってしまうのか。