いつも通りの日々を過ごす。
 結璃ちゃんとうららちゃんと一緒にいることがほとんどの大学生活。
「……せや、天ヶ紅祭ってもうそろそろやんな?」
 天ヶ紅祭、それは大学の学園祭だ。
「そうね。結璃ちゃんとうららちゃんはなにかやったりするのかしら?」
 わたしが聞くとうららちゃんは嬉しそうに言った。
「うららね、天ヶ紅祭でライブすることになったの!」
 人気アイドルが大学でライブなんて夢のような話だ。
「ほんまに言ってるん?大学に人入り切らんで?」
 結璃ちゃんはおもしろそうに笑った。
「うららちゃんがライブだなんて大学にいる子たちびっくりするんじゃないかしら?」
 わたしたちが言うとうららちゃんは嬉しそうにはにかんだ。
「うらら、うららのこと知らない人も虜にするの。だから、見ててね。ワンマンライブよりもすごいライブするから!」
 うららちゃんは胸を張って堂々と言った。
「ええ勢いやな。このままいけばライブは大成功やな」
 結璃ちゃんはうららちゃんに向かってそう言った。
「えへへっ……結璃ちゃんはなにか出し物とかあるの?」
「せやな、うちのところは小さなレストランを開くって言ってたわ。冷泉リゾートのシェフが料理の指導してくれはるって」
 結璃ちゃんの口からさらっと告げられた言葉にわたしとうららちゃんは呆然とする。
「「……ん?」」
 わたしとうららちゃんは声を合わせ、結璃ちゃんを見る。
「ん?」
 結璃ちゃんもわたしたちと同じ言葉を言った。
「……なんかうち失言でもしたんか?おーい、二人ともなんで固まってるん?」
 結璃ちゃんはわたしたちの目の前で手を振った。
「い、いや……シェフってなに⁉学園祭の規模じゃなくない⁉」
「シェフが特別教室開いてくれるって」
 当たり前ではないかと言いたげな顔をして言う結璃ちゃん。
「家でどんな話をしたらそうなるのよ……」
 わたしがボソッと呟く。
「どんなって……なんやろ、学園祭で小さいレストラン開くことになったで~って言ったらうちのシェフが「なら特別教室でも開いて料理勉強しはりますか?」って言ってくれたんや」
 さすがは冷泉リゾートの社長。
「すごいわね……それでどこで料理教室開くのかしら?大学の教室?」
 わたしが首を傾げ聞くと、結璃ちゃんは首を横に振った。
「そんなわけないやん。うちの家でやるで?」
「家⁉結璃ちゃんの家にそんなに人入るの⁉」
 うららちゃんはとても驚いていた。
「別に少しくらいなら入るで?うちを甘く見たらあかんで~」
 上品に笑う結璃ちゃん。
「結璃ちゃんのところのレストランだけすごい高級そう……」
 勝手な偏見を結璃ちゃんに言う。
「そんな大学の学園祭で大金もらったりするわけないやん。材料も高くないのを選んでるで?」
 結璃ちゃん曰く、小さなレストランのリーダーは先輩のようだが、ほとんど仕切っているのは結璃ちゃんだそう。
 社長は効率よく、物事を進められるのか小さなレストランを営業する人たちは皆結璃ちゃんに従っているみたいだ。
 それも納得ができる。
 結璃ちゃんはリーダーシップがあり、頼ってもいいだろうという安心感がある。
「妃翠ちゃんはなにか出し物するん?」
「わたしはチュロスを売ろうって話になっているのだけれど……結璃ちゃんたちのところがハイクオリティすぎて言っていいのか不安になってくるわ」
 学園祭というものを楽しむのは初めてなのでよくわからないが、結璃ちゃんたちのところがハイクオリティなのは目に見えてわかっている。
「そうなんや……チュロスは売れるって言うで?」
「そうなの?リーダーになった子がチュロスがいいって言っていたからそれになったのだけど」
 わたしが言うとうららちゃんがぴょこぴょこと飛び跳ねていた。
「うららもチュロス食べたい!マネージャーさんから肌荒れするから食べない方がいいんじゃないかって言われるの」
 不服そうに抗議するうららちゃん。
「うららだってチュロスくらい食べたい……だから妃翠ちゃんのところに行ってチュロス食べる!結璃ちゃんのところももちろん行くよ!」
 三人の中で一番楽しみにしているのはきっとうららちゃんだろう。
 家に帰り、茅都くんと学園祭の話をしながら夕食を食べる。
「茅都くんと会えればいいのだけれど……」
「妃翠に会いたいよ。四六時中一緒にいて、抱きついていたい」
「お気持ちだけもらっておくわね」
 わたしたちは毎日同じような会話しかしていない。
「……茅都くんはなんの出店?」
「んー……お楽しみ?」
「えー……待ちきれないわね」
 わたしがくすっと笑うと茅都くんはわたしの瞳をじっと見た。
 瑠璃色の瞳は川のように美しい。
「ど、どうかなさったの?」
 急に黙るものだからなにかあったかと心配になる。
「いや、妃翠はなんの出店なのか気になって」
 茅都くんはそう言うが心の声はそうでないことをわたしは知っている。
(──妃翠と同じグループ、変な奴はいないかな。僕は学部が違うから一緒にいられない。本当に心配……)
 そんなに心配しなくてもわたしは平気なのにと思うがどれだけ言っても茅都くんは心配することをやめない。
「チュロスを売るのよ……グループの子たちは皆いい子たち。だから心配しないで、ね?」
 わたしはニコリと笑う。
「……妃翠がそんなに言うなら、もうなにも言わないけど」
「……ありがとう。そうだわ、結璃ちゃんのところは小さなレストランを開くみたいなのだけれど、シェフが特別教室を開いてくれるみたいなの。レベルが違うわ」
 わたしが言うと茅都くんは苦笑いする。
「やっぱ社長は違うね~」
「そうは言っても茅都くんだって次期社長じゃないの?」
 茅都くんの家は大きな会社を経営している。
 今じゃ就職したいであろう人が殺到しているようだ。
「まあ、そうなんだけど。僕の会社はリゾートとかじゃないからシェフとかいないし」
「そう……まず次期社長って時点ですごいわよね」
 わたしは家のことなんて評判くらいしか気にしたことがなかった。
 家ではいないもの扱いされ、当主などの問題に一切関りがなかった。
  
 

 準備期間が終わり、ついに天ヶ紅祭当日。
 わたしは午前中だけ、仕事をする。
 茅都くんは午前中と午後に少しだけと言っていた。
 うららちゃんのライブは午後からと言っていたので見れそうだ。
「綾城さーん!こっち来て~!」
 グループの子から呼ばれ、わたしは走ってその子のところまで行った。
「綾城さん、これやっておいてね!うち接客行くから!」
 学園祭というものは大変だ。
 お客さんはたくさん来て、ストックが足りるかどうかも怪しくなってきた。
(──あれ、あの子高校一緒だった気がする……)
(──チュロス最高!)
 心の声がたくさん聞こえる。
 懐かしさを覚える声や食べ物に関する感想など、とても満足してもらえているようでなによりだ。
 午前中の仕事は終わり、わたしは茅都くんの出店に行くことにした。
「えっと……ここかしら?」
 わたしが着いたところは長蛇の列をなしていた。
 一体ここはなにをしているのだろう。
 一人で入ってみることにした。
「「いらっしゃいませ」」
 何人かの男性の声が重なった。
(──妃翠?)
(──ひい?)
 この心の声で誰がいるのかがわかる。
「ひい、こっち空いてるぞ?」
「えっ?……あ、ありがとう」
 急に瀬凪くんに声をかけられて驚いた。
 瀬凪くんを見るとスーツを着ていた。
(──真神くん、やっぱりかっこいい)
(──あんなにイケメンなのに口悪いとか最高なんだけど)
 この店にいる子たちは皆、瀬凪くんたちが好きな人たちなのか。
「……妃翠!」
 聞きなれた落ち着く声。
「茅都くん。出店ってここだったのね──」
 わたしは茅都くんを見るなり、言葉を失った。
「……っ」
 茅都くんもスーツを着ていた。
 スーツ姿なんて見慣れているはずなのに、茅都くんがかっこよすぎて直視できない。
「妃翠?」
 茅都くんがわたしの顔を覗く。
 周りからはものすごい量の悲鳴が上がった。
(──なにあれ。雲龍さまにあんな近くにいられたら失神する自信がある)
(──一番イケメンなのは雲龍さましかいない)
 様々な心の声が聞こえ、少し複雑な気持ちになる。
 かっこいいのは誰もがわかること。
 けれど、そのかっこよさをわたしだけが知っていればいいのにと思ってしまった。
 いつからわたしは独占欲があったのだろうか。
「えっと……その、前に出店は秘密だって言っていたからここにいたのがすごくびっくりしたのよ!」
 わたしは自分の気持ちに蓋をして、咄嗟に前に茅都くんが言っていた言葉を頭の片隅から引っ張り出す。
「そういえばそうだったね、妃翠にはサプライズでもしよかと思って」
「サプライズは成功ね」
 わたしは茅都くんにふわふわのパンケーキをもらった。
 パンケーキは頬が落ちてしまいそうになるくらい美味しかった。
「妃翠、これから恋水うららのライブあるんでしょ?あとは結璃のところのレストランも行きたいって言ってなかったっけ?よければ一緒に回らない?」
 茅都くんはわたしの手を握った。
 ここには大勢の人がいるというのに。
 わたしは顔に熱が集まるのを感じながらこくんと頷いた。


 わたしと茅都くんは出店から離れ、うららちゃんがライブを行うと言っていた会場に向かう。
 会場に着くと、すでに満員だった。
(──うららちゃん、モデルやってたときから大好きだったからまた輝いてる姿見たいな)
(──恋水うららって、前にワンマンライブやってた子だったよな……)
 うららちゃんのライブにはうららちゃんのファンの人やそうでない人もいるようだ。
 ついに、うららちゃんのライブが始まる。
「──みなさーん!こんにちは~!恋水うららですっ」
 うららちゃんが出て来ると会場は大盛り上がり。
 マイクを通して聞こえるうららちゃんの声も、歓声にかき消されそうだ。
 うららちゃんが数曲歌い終わったあと。
「……では、ここでスペシャルゲストに登場してもらいます!」
 突然の発表に会場はざわつく。
「──……恋水爽良です」
 現れたのはうららちゃんの双子の兄、爽良くんだった。
(──どうしよう。爽良くん大ファンなんだけど)
(──もう泣きそう。双子共演とかあんまりなかったから嬉しい)
 会場はさらに盛り上がった。
「今日はうららのライブに来てくれてありがとうございます。兄としてこんなにたくさんのお客さんが来てくれるまで成長したんだって嬉しく思います」
 爽良くんはうららちゃんを見て微笑んだ。
 その笑顔に胸を打たれた人はどれだけいるだろうか。
「……多分、うららと爽良くんで歌ったりするのはここが初めてだと思うから、ちゃーんと目に焼き付けておいてよねっ!」
 うららちゃんはそう言ってウインクをした。
 曲が始まると最初に歌い出したのはうららちゃん。
 いつもの明るくて可愛い声からは想像できない透き通った声をしている。
 次のパートを歌ったのは爽良くん。
 爽良くんは名前の通り爽やかな歌声をしていた。
 会場にいた人全員が息を忘れるほど二人の歌に夢中になっていた。
 曲が終わると耳が壊れてしまうのではないかと思うほどの歓声が沸きあがった。
 ライブが終わるとうららちゃんと爽良くんは舞台裏に行ってしまったので話しかけることはできなかったが、後でライブを見たことを言おう。
「恋水の双子は歌上手いんだね。僕あんまりアイドルとかわからなくて」
 茅都くんが言う。
「そうね。うららちゃんの歌声はワンマンライブで聞いたから知っていたけれど、爽良くんの歌は初めて聞いたわ。すごかった!」
 茅都くんとライブの余韻に浸りながら結璃ちゃんのグループがいる場所へと向かう。
 ライブ会場から数分したところに看板が出ていた。
「絶対ここよね……」
「絶対にここだと思うよ」
 看板からして高級感溢れている。
 店内に入ると本物のレストランと見間違えるほどのものだった。
「……妃翠ちゃん、茅都。来てくれはったん?」
 わたしと茅都くんは頷く。
「嬉しいわ~。あ、ここの席座りや」
 結璃ちゃんに案内してもらい、椅子に座る。
 椅子もふかふかで学園祭の出店とは思えない。
 わたしと茅都くんはカルボナーラを選んだ。
 カルボナーラとかは冷凍食品とかでも売っているからそういうのかと思いきや、ちゃんと一からつくっているようだ。
「お待たせいたしました、カルボナーラでございます」
 結璃ちゃんが運んできてくれた。
「ありがとう……そういえば、うららちゃんのライブ最高だったわ。結璃ちゃんは仕事で見れなかったかしら?」
「せやな。うちも見たかったわ~。噂によると双子で歌ったんやろ?」
 結璃ちゃんは誰かから聞いていたようで爽良くんが出ていたことも知っているそうだ。
 カルボナーラの味はというと、出店のレベルではないほど美味しかった。
「美味しいわ!」
「最高」
 茅都くんも絶賛していた。
「ほんまに?やっぱりシェフ呼んでよかったわ~」
「……社長はやっぱり違うわね」
 わたしがそう言うと結璃ちゃんは楽しそうに笑った。
 家に帰り、今日のことをたくさん茅都くんに話す。
「チュロスはすぐに売れたわ!お客さんが喜んでいたのよ」
 わたしが楽し気に話しているものだからか茅都くんもすごく笑顔だった。
「よかったね。僕も結構儲かったよ。楽しかったし」
「…………」
 今日の茅都くんはすごく格好よかった。
 けれど、それと同時にわたしの感情にはほんの少しの嫉妬が混じっていた。 
 この気持ちは隠したほうがいい気持ちだろう。
 こんな気持ちを持っているわたしを茅都くんは嫌うかもしれない。
「どうしたの?急に黙り込んで」
 わたしはハッとし、俯きぎみの顔を勢いよく上げる。
「な、なんでもないわ」
「……隠し事?なにかあるなら言ってよ」
「い、言ったら怒る……?」
 茅都くんは小さく首を横に振る。
「怒らないから言ってみてよ」
 茅都くんにそう言われ、わたしは口を開いた。
「今日……茅都くん、スーツ着てて皆がかっこいいって言っていたの。それで……茅都くんのかっこいい姿なんてわたしだけが知っていればいいのにって思ったの……」
 わたしはまた顔が下がる。
「はぁ……」
 そんなため息が聞こえ、肩がビクッと跳ねる。
「ご、ごめんなさいっ。こんなこと思ってるなんて知りたくなかったよね……」
 わたしが言うと、茅都くんはすぐに口を開いた。
「は?いや、そういうことじゃなくて、なんでそんなに可愛いことを思ってるのかなって」
「え?」
 わたしは首を傾げる。
「妃翠だけだよ?今日は学園祭だし仕方なかったけど、本当は妃翠だけにあの姿を見せたかったよ」
 そう言って茅都くんはわたしを力強く抱きしめた。
「わたしだけ……?」
「そう、妃翠だけ。僕は妃翠の特別だから」
 茅都くんはそう言ってわたしの唇にキスをした。



 天ヶ紅祭が終わり、雪でも降るのではないかと思わされる寒さの十二月。
「寒い~!でも、雪降ってほしいなぁ~」
 のんきにうららちゃんは言うが、寒いのがあまり得意ではないわたしの身にもなってほしい。
「雪遊びしたい気持ちもあるわ~。せやけど、雪かきとか大変やしな……ホテルの雪かきも手伝うことになるしちょこっとだけ降ってほしいな」
 結璃ちゃんは頭を抱え悩んだ末、少しだけなら降ってもよしという回答にいたった。
「わたしは今の寒さで凍えてしまうのに……雪なんて降ったらどうなってしまうのかしら」
 わたしは考えたくもないと首を横に振った。
 わたしの発言に結璃ちゃんとうららちゃんは笑った。
「……この季節はやっぱりクリスマスやんな?」
 結璃ちゃんの質問にわたしとうららちゃんは同時に頷いた。
「あんたら二人はデートとか行くん?」
 ニヤニヤしながら結璃ちゃんはわたしたちに聞いた。
「うららはライブとかあるし……事務所は恋愛ダメって感じじゃ全くないけど、『ファンを恋に落とす小悪魔アイドル』っていうブランドを守るためにはデートとかしてる場合じゃないから!」
 うららちゃんはアイドルという仕事に命を懸けているようだ。
 そんなうららちゃんを見て、たくさんの人が勇気をもらっているのだろう。
「うららちゃんが人気な理由がわかるわぁ~」
「本当に結璃ちゃんの言う通りだと思うわ。うららちゃんが人気な理由はファン一筋って感じがわかるからなのかしらね」
「ファンの子たちはみんな大好きだよっ。うららのことを支えてくれるのはファンの人たちだもん」
 うららちゃんは嬉しそうに語った。
「結璃ちゃんはデートとかしないの~?」
 うららちゃんが楽しそうに聞いた。
「うちはそんな暇ないわ~。クリスマスから年末は売れるんやで?そんなんしてる場合ちゃうわ」
 さすが社長、とわたしとうららちゃんは拍手をした。
「……妃翠ちゃんは茅都とデートするやろ?」
 わたしは硬直する。
「え、えっと……」
「……まさかとは思うんやけど、考えてないなんて言わないよなぁ~?」
 結璃ちゃんから放たれる威圧感に縮こまる。
「そ、そのまさかです……」
 わたしが言うと結璃ちゃんとうららちゃんは大きなため息をついた。
「クリスマスと言えばデートだよっ⁉妃翠ちゃんわかってるの⁉」
「あんたらお似合いカップルなんやからデートくらい行きや」
 結璃ちゃんとうららちゃんの二人に詰め寄られる。
「わ、わかったわよ……!行くわ、行く!」
 わたしが言うと二人は離れてくれた。
「で、でも、どこに行けばいいのかしら?わたし、彼氏とかそういうの茅都くんが初めてで……よくわからないのよ」
 綾城家にいたときはクリスマスだろうがなんだろうがいつも一人だった。
 茅都くんと出会ってからわたしの人生は一気に変わっていった。
 デートは自体は何度かあったが、クリスマスのように大きな行事の日には行ったことがない。
「王道なのはやっぱりイルミネーションだよっ!ね、結璃ちゃん?」
 うららちゃんが結璃ちゃんに聞くと、結璃ちゃんは大きく頷いた。
「イルミネーションは人気やな……せや、もう準備してるかもしれへんけど、茅都の誕生日プレゼントを渡したりするのはどうや?」
 結璃ちゃんの言葉にわたしは疑問を抱く。
「誕生日プレゼント……?」
「……?せやけど」
 わたしは頭を抱える。
 茅都くんの誕生日を知らなかった。
「まさかとは思うんやけど、茅都の誕生日知らんかったん?」
「そのまさかです」
 このような会話をつい先ほどもした気がする。
「茅都の誕生日はクリスマスの日やで」
 結璃ちゃんに教えてもらい、わたしは結璃ちゃんは一生分のありがとうを言った気がする。
「愛しの妃翠ちゃんから誕生日を祝われたら茅都めっちゃ喜ぶで?」
「結璃ちゃんの言う通り!雲龍さま、妃翠ちゃんのこと大好きだもんねっ」
 二人にそう言われ、少し恥ずかしい気持ちになる。
 その日は家に帰り、一人でじっくりと誕生日プレゼントを考える。
「んー……わからないわ」
 考えても、茅都くんが本当に喜んでくれるものがわからない。
 どうしようか。茅都くんはわたしに指輪をくれた。
 そのとき、わたしは心の底から喜びを感じた。
 茅都くんにもその喜びを味わってほしい。
 茅都くんならなにを渡せば喜ぶのか。
「──……もしもし?」
 わたしはなにがいいのかわからずに、助けを求める。
『もしもし?なんや、妃翠ちゃんから電話なんて珍しいわ』
 電話の相手は結璃ちゃんだった。
「助けてほしいのよ。茅都くんの誕生日プレゼント、なにを渡せばいいのか全くもってわからなくて」
 わたしがそう言うと返って来た返事は予想外のものだった。
『……なに言ってるんや!そんなん妃翠ちゃんが考えな意味ないやろ!』
「えぇっ!ちょっとは手伝ってよ……本当にわからないのよ」
 わたしは必死に伝える。
『せやな、強いて言うならばネックレスとかピアスちゃう?』 
「なるほど。アクセサリーっていいわね!ありがとう、結璃ちゃん」
 わたしがそう言うと、電話が切れた。
 今朝、茅都くんは今日は色々と会議があって帰るのが遅くなると言っていた。
 わたしは絶好のチャンスだと思い、デパートに向かう。
 アクセサリーショップにはキラキラと輝く宝石がついているネックレスなどが置いてあった。
 どれから手を付ければいいのかわからずにいると、声を掛けられた。
「……なにかお探しですか?」
 お店の人だった。
 真っ白な肌、雪のように白い髪。
 どこかで見たことがあるような気がする。
「えっと、誕生日プレゼントを買いに来たんですけど……」
「そうですか。ネックレスがいい、指輪がいいなどご希望はありますでしょうか」
 お店の人に聞かれ、ネックレスと答えた。
「……そうですね、十二月生まれならば誕生石であるラピスラズリのネックレスはいかかでしょうか」
 お店の人はわたしを案内してくれた。
「綺麗……」
「……人違いでしたら申し訳ございません。妃翠お嬢さまですよね?」
 わたしのことをお嬢さまなんて言うのは家の者以外いない。
 けれど、わたしのことを今お嬢さまなんて呼ぶ人もいない。
「はい。えっと、あなたは露雪家の……?」
「そうですよ。今はもう結婚しているので露雪ではありませんが」
 その人の左手を見ると指輪をしていた。
「……お嬢さまがまだ本当に幼かった頃にお会いしました。でも、覚えていなくて当然かもしれませんね」
 わたしはなぜだと聞いた。
「あの頃、お嬢さまはお母さま……綾城妃奈(ひな)さまを亡くされて立ち直れていなかったんです。そんなときに冬香さまと乃々羽さまが来られたのですから。私と関わる機会があったとしてもお嬢さまはそれどころじゃなかったんです」
 なるほどとわたしは頷いた。
「けれど、今はプレゼントを選ぶときの顔がとても嬉しそうです。雲龍さまと出会えて、お嬢さまの生活が変わったと思うと本当に喜ばしいです……お嬢さまが綾城家でどんな扱いを受けてきたのかは聞きました」
 お店の人はすごく悲しそうな顔をした。
「お嬢さまが辛いときに助けてあげられず申し訳ございません……露雪家のあやかしに言われても意味ないかな……」
「い、いえ!綾城とか露雪とか関係なく、わたしにはちゃんと味方がいたんだって思えて……すごく嬉しいです」
 わたしが笑顔で言うと、その人も嬉しそうに笑った。
「お嬢さまとは血縁関係もなにもないですが、いつでもお嬢さまの味方です……そうだ、お嬢さま。このラピスラズリには石言葉がたくさんあります、私が好きな石言葉は……『人生を正しい方向に導く』お嬢さまならきっと大丈夫でしょう」
 わたしと敵対していた露雪家のあやかしとは思えないほどいい人だった。
 わたしは派手すぎないラピスラズリのネックレスを買った。



 翌日、眠りから覚めると茅都くんが横で寝ていた。
 寝ているからバレないだろうと茅都くんにそっと抱きつく。
(──朝から可愛すぎない?なんなの、この天使)
 わたしはバッと顔を上げる。
「お、起きてたの?」
「うん、こんなふうにされたら起きるよね」
 わたしは急いで離れようとするが茅都くんはそれを阻止するようにわたしの腰に腕を回した。
「ちょ、ちょっと離してよ……!」
「なんで?仕掛けたのはそっちでしょ?」
 茅都くんは意地悪く笑った。
 茅都くんから逃げるため、布団から足を出す。
「さ、寒い……っ」
 寒いのにどうしても慣れないわたしは布団にもぐる。
「冬はやっぱり寒いね。僕と抱き合ってれば暖かいよ?」
 茅都くんはわたしを力強く抱きしめた。
「うぅ……」
 わたしは恥ずかしさのあまり、唸り声をあげる。
「……付き合ってしばらく経つのにまだこういうの慣れないの?一緒に寝てるのに?」
 一緒に寝るだけならお互いに寝ているからなにをしても気づかないこともある。
 けれど、抱き合ったりキスをしたりするのは意識がハッキリとしているときだ。
 そんなの慣れるわけがないのだ。
「あ、そうだ。……妃翠、クリスマスの日、デートしない?」
 茅都くんの胸に埋めていた顔を上げる。
「デート?」
「そう、デート。せっかくのクリスマスだし」
 わたしは喜んで承諾した。
 茅都くんは実家に用事があると言って出かけて行った。
 わたしは茅都くんがいない間に茅都くんの誕生日プレゼントをどう渡すか考えていた。
 考えているうちにどんどん一日は過ぎていった。



 聖なるクリスマス当日。
 午前中はわたしと茅都くんは大学があったのでデートは午後からということになった。
「妃翠ちゃん、あんた今日デートなんやろ?」
「そうなのよ……」
「え~!じゃあ、うららが妃翠ちゃんのこと可愛くしてあげる!」
 うららちゃんが楽しそうにわたしに近づいた。
「うららちゃん、今日ライブじゃないの?」
「……あ、それなら夕方からだから安心して?」
 大学の講義が終わり、わたしと結璃ちゃんはうららちゃんの家に遊びに行くことにした。
「本気でこれを着ろって言うのかしら?」
 うららちゃんから渡された服は普段のわたしなら絶対に着ないであろう白のニットワンピースだった。
「可愛いやん。こんな格好で妃翠ちゃんが待ってたら茅都、デートどころじゃないやん」
 結璃ちゃんはわたしを見るなり、おもしろそうに笑った。
「妃翠ちゃん!ここに座って!」
 うららちゃんに言われ、ドレッサーの目の前に座る。
 うららちゃんは鏡を見ながらわたしの髪をヘアアイロンで巻いている。
 ヘアアイロンなんか今回が初めてなものだからどんどんくるくるになっていく髪を見てわたしはドキドキしている。
「……できた!」
 鏡を見ればまるで別人のようなわたしが映っていた。
「すごいわ……うららちゃん、ありがとう」
 わたしがうららちゃんに礼を言うとうららちゃんは得意げに胸を張った。
「いいえ~!妃翠ちゃん、いつもと違うから色んな人に声掛けられちゃうかもねっ」
「茅都は妃翠ちゃんにドキドキしてたまらないんやろな~。うちも妃翠ちゃんとデートしたかったわ~」
「わ、わたしとのデートなのね……」
 結璃ちゃんのことだから仕事のできそうな人とのデートかと思っていたらまさかのわたしとのデートがしたいと言い出すので反応に困った。
「せや、そろそろ時間じゃないの?茅都のところに行かなくてええの?」
 結璃ちゃんに言われ、時計を見る。
「時間だわ……!二人とも、ありがとう」
 わたしは二人に礼を言い、待ち合わせ場所に行く。
「茅都くん……!」
 待ち合わせ場所にすでに来ていた茅都くんに慌てて駆け寄る。
「……え?妃翠?」
 茅都くんは目を見開いていた。
「え?そうだけど……」
 わたしはなにか変なものがあったのかと不安になる。
(──え?なにこれ、本当に妃翠なの?いつもと雰囲気違いすぎて見間違えるわ。今日本当にこれでデートすんの?僕の心臓絶対壊れるって)
 茅都くんの心の声はいつも以上に饒舌だった。
 デート自体はいつものようなショッピングだった。
 買い物に集中しているといつの間にか外は暗くなっていた。
「……妃翠、イルミネーション見に行かない?」
 茅都くんの大きな手に包まれながら、わたしは外に行く。
 ショッピングモールの中から外に行くと、空は星で彩られていて、並木道にはイルミネーションで木が飾られていた。
「本当に綺麗ね……」
 イルミネーションに夢中になっていると茅都くんの手に力がこもった。
「……?どうかなさったの?」 
 わたしが聞くと、茅都くんは幸せそうな笑みを浮かべていた。
「だって、妃翠が可愛すぎて」
 わたしの顔に体中の熱が集まる。
「今日はたくさんありがとう」
 わたしは茅都くんにそっとキスをした。
「……もっとすごいのしたいから、そろそろ家に帰ろっか」
 茅都くんはそう言い、わたしの手を優しく包み込んだ。
 家に帰って来て、わたしは早速茅都くんに話しかけた。
「……ねぇ、茅都くん。これ、喜んでくれるかしら?」
 わたしはネックレスが入っている箱を茅都くんに渡した。
「……?なにこれ?」
「開けてみてほしいわ」
 わたしがそう言うと茅都くんはすぐに箱を開けた。
「これ、ネックレス……?」
 茅都くんはネックレスについている宝石を見た。
「ラピスラズリ?」
「そうよ。誕生日おめでとう、茅都くん」
 わたしが笑顔で祝うと茅都くんは驚きを隠せなかったようで。
「なんで誕生日……」
「結璃ちゃんから教えてもらったわ。わたしの誕生日を盛大に祝ってくれたからなにかお返しをしたかった──」
 わたしが話している途中だというのに、茅都くんはわたしをぎゅっと抱きしめた。
 この温もりがとても安心する。
「ありがとう、最高の誕生日だ」
 茅都くんはすごく嬉しそうにしていた。
 茅都くんの笑顔を見ていると、このネックレスをおすすめしてくれた露雪家のあやかしの言葉を思い出した。
『石言葉は……『人生を正しい方向に導く』お嬢さまならきっと大丈夫でしょう──』
 茅都くんとなら、きっと正しい方向に行けるだろう。
「茅都くん、大好きよ」
「僕も大好き」
 わたしが愛を誓うのは茅都くんだけ──。