「ミューリ、招待状だ」
 カイルとのレッスンがすっかり習慣化した頃、その封筒は送られてきた。
(送り主は、アナナ・デイツ……伯爵夫人!?)
 私は封を開き、中を確認する。

『シラーヴ・ティモンの新曲のお披露目をしますので、どうぞいらしてください』

 私は手紙を陽に透かし首をひねる。
「何やってんだ、ミューリ」
「いや、サロンの招待状っぽいのが来てるんだけど。カイル、何だと思う?」
「サロンへの招待状だよ」
「……どうして、私に?」
「来たんだよ、次のチャンスが」
「!」
 二度目のサロンへの招待状。天はまだ私を見捨ててはいなかった!
(陛下の(ベッド)へ繋がる切符に見える!)
 だが、ハネーギル夫人の時のしくじりを思い出し、やや怖気づく。
「賛美下手くそマンの私を招待するなんて。デイツ夫人って、もの好き?」
「お前の失敗を知らないんだろうな。ハネーギル夫人が悪評を広めなかったんだよ。あの人はそう言う方だ」
「そう……」
「けど、ハネーギル夫人と違ってデイツ夫人は普通に悪口言う人だからな? 他人の悪口なんて、暇を持て余した貴族にとっちゃ最高の娯楽だ。今度こそしくじりは許されない」
 ひぇ。
「いいか、芸術家を褒めろ」
 カイルは私の鼻先に人差し指を突きつける。
「彼女らはお抱えの芸術家を見せびらかして気持ちよくなりたいんだ。芸術家のスペックは、パトロンのステータス。全力で芸術家を誉めそやせ。そうすれば相手はいい気分になる。そしてお前のその姿が参加者の目に留まれば、次はその参加者のサロンに招待される。いずれ評判が公爵夫人の耳にまで届けば、陛下の元まであと少しだ」
「わかった、カイル。頭に叩き込んだ美辞麗句を並べ立て、今度こそサロンの皆を満足させてみせる」
「そうじゃない、ミューリ」
 カイルは首を横に振った。
「心にもない言葉を並べ立てても、相手の心には響かない。思ったことを素直に伝えるんだ。ただし、言葉は最上のものを選べ。最も美しく優しい言葉で飾り立てろ」
「素直な気持ちを、最上の言葉で……」
 考え込む私の両肩にカイルの手がかかる。
 顔を上げれば、深い青の瞳が私をまっすぐに見ていた。
「大丈夫だ、ミューリ。お前ならやれる。ここ毎日、たくさん努力してきただろう? 語彙は増えたし言葉のセンスも明らかに磨かれている。胸を張って行って来い」
(カイル……)
 力強い励ましに、私はうなずいて見せる。
カイルは嬉しそうに歯を見せて笑った。
「頼むぞ、ミューリ。お前の両肩に俺の出世がかかっているんだからな!」
 うん、そうだね。
 そう言う約束だった。

 デイツ夫人のサロンでは、音楽家シラーヴの新曲がお披露目されることとなっていた。
「こんにちは、ミューリ嬢。私のサロンへようこそ」
 目力の強い細面の女性が出迎えてくれる。私はつま先まで細心の注意を払いながら、可能な限り優雅な挨拶を返した。
 室内へ足を踏み入れると、一人の男性がピアノの前に腰かけ、静かな旋律を奏でていた。
「あの方がシラーヴさんですか?」
「えぇ、そうよ。きれいな音楽でしょう」
「はい、とても」
 にこやかにやり取りしながら、私は心の中でガッツポーズをしていた。
(よしっ、今回は確認したぞ!)
 ざっと見回しても音楽家らしい人間は部屋に一人しかいないが、前回の失敗がある。念には念を入れて、だ。

 やがて招待客が全て揃い、演奏会が始まった。
(ふぅん、こんな音楽を奏でる人なんだ……)
 部屋に入ってきた時も感じたが、とても繊細な音楽だ。デイツ夫人と客との会話を邪魔しない程度に控えめで、それでいながら華やぎを感じさせる。見事な仕上がりのレース細工のようだ。
(お、前よりも褒める言葉がすらすらと頭に浮かぶ)
 カイルとの勉強の成果を実感する。
 やがて演奏が終わり、私たちは口々に賛美の言葉を奏者へと贈った。私は先ほど頭に浮かんだ言葉をそのまま彼に伝える。
「見事な仕上がりのレース細工、ですか」
 シラーヴは私の言葉を復唱すると、嬉しそうに目を細めた。
「素敵な言葉をありがとうございます、ミューリ嬢。そんな風に言われたのは初めてですよ」
(やりましたぁああ!!)
 再び心の中でガッツポーズを取りながら、私はにっこりと微笑みを返した。