「この度は息子の命を助けて頂き、心から感謝申し上げます」
時雨くんの家に着くなり、時雨くんのお父さんがお礼を言う。
「え、、、あ、うん」
正直、何を返せば良いのか分からない。
時雨くんの部屋に通される。部屋には机に向かって熱心に分厚い本を読んでいる時雨くんの姿。
「時雨くん、もう体調は大丈夫?」
「真央さんと師匠のお陰で、もうすっかり元気になりましたよ」
「良かった〜」
兄さまが殴った頬にはガーゼが貼られている。
「まさか指輪が元凶だなんて思わなかったです」
あの憑き物は指輪を通して時雨くんに憑依していただけなので、指輪自体には何の害もない。
魂の気配を読み取ることが出来たのも、憑き物が憑依していたからだと兄さまは言った。
時雨くんに指輪を渡した男性は指輪を持っていたら不思議なことに巻き込まれたので、早く手放したかったらく、たまたま通りかかった時雨くんに渡したんだとか。
あの指輪は今、歌夜の神社で預かっている。
『一件落着って訳だな』
「うん!」
時雨くんが読んでいた分厚い本を見せてもらうと、難しいことが何ページも続いたいた。これを読破するのは国語辞書を読破するより難しいと悟った。
「村上家って時間を操る家系だったらしいんですよ」
時間を、操る?
「操るって言っても過去の自分と話せるだけなんですけど、、、」
「過去に干渉出来るだけでも凄いよ!?」
能力を持っているよりも凄いことだよ。
「この本は時戻しをする手順などが書かれていて、勉強中です。まぁ、僕も最近初めて見せて貰ったんですけどね」
布団に潜って、今日あったことを考える。
過去に干渉することが可能な家系。
村上家の者が人生で一度しか使えない制限付きの力。他の家系の人には出来ないらしい。
『真央、、、昨日の夜、オレに言ったことを覚えているか?』
「昨日言ったこと、、、」
何か兄さまに言ったかな、、、。昨日は兄さまが離れていくんじゃないかと思って寂しくて泣いて、それから、、、。
「あ、、、」
(好きって言ってた、、、)
思い出した途端、顔がみるみる熱くなっていく。鏡で見ない限り兄さまに私の表情は見られないって分かっているのに顔を両手で隠してしまう。
「あぁぁぁ!恥ずかしいぃぃ!」
(してた!告白してた!)
『オレのこと好きだったんだな』
「うぁ、、、」
『オレは真央のことが好きだ』
「え、、、」
言葉の意味は理解しているが、頭まで情報を運んでくれない。
ようやく頭まで届くと、また叫んだ。
真央が熱を出した。元々体は弱い方ではなかったが、強い方でもなかった。季節の移り変わりによく体調を崩す程度だった。
体温計で測ると三十八度を軽く超えている。親父とババァは仕事に行った。大丈夫?そんな言葉も言わずに、、、。
今回の原因は不安、恐れ、悲しみ、プレッシャーなどだとオレは思う。
高校生になってから勉強が難しくなったからだろうか。最近、夜遅くまで勉強を続けていたから。
「勉強、、、やらなきゃ」
『駄目だ』
机に向かおうとする真央を必死に止める。
今は体を休ませる時間だ。
「兄さま、、、」
『ん?』
「何で私は、、、認めてもらえないの?」
この子は寂しがり屋だ。だけど努力家で、誰よりも両親に褒められたいと思っている。小さかった頃のように、、、。
憑き物を祓えるようになって、勉強も出来たらきっと褒めてくれる、そう思ったのだろう。
笑顔の裏側で何時も泣いている小さな子供。
他人のこと優先で、自分のことは二の次―――とんだお人好しで誰よりも優しい子。
ずっと見てきたから分かる。
真央はそういう子だ。
だけど、な?
ねぇ、もう良いだろ?
もう、休めよ
オレも、真央も、、、
大丈夫。心配しなくて良い。
守るって、決めたから―――
泣かせないって、決めたから―――
真央の側にいるって、決めたから―――
だから―――
『おやすみ、真央。、、、今は眠れ』
絶対にお前をひとりにはさせない。
兄さまは私にとって強くて、優しくて、格好良くて、憧れで、、、。
私より能力の扱いが上手くて、占いとかも外したことがない、、、そんな相手を私が好きになって良いんだろうか?
でも、兄さまは私のことが好き。
、、、本当に?
何時も好きとか愛してるとか言っている。今回もその類なのかも。
「兄さまは冗談を言ってるだけじゃ、、、」
『オレがそんなことで嘘を言うと思うか?』
兄さまはそんな嘘をつかないっていうのは分かっている。
好きという感情。鈴音から恋愛相談を受けた時、モヤモヤした気持ちの正体はこの感情だったんだ。
でも、兄さまは死者で、私は生者。
「、、、、、、」
兄さまは昔から私にとって神様みたいな、否、神様よりも特別な存在だった。何時も助けてくれて、暗いのが怖くて泣いていたら手を繋いでくれて、沢山甘やかしてくれた。でも、、、私は何もしてあげられなかった。
兄さまは私に沢山くれた。それなのに私は何もあげれていない。
色んなことを教えてもらった。
憑き物から沢山守ってもらった。
慰めてくれた、、、。
「私は、兄さまのことが好き、、、?」
そう考えると、胸の苦しみも納得がいく。
最近、兄さまの好きな餡子餅が勉強机の引き出しの約八割を占めていた。気が付けば兄さまのことばっか考えて、、、その全ての元凶が、兄さまに対する恋心!?
引き出しを開けると餡子餅。上の段を開けても餡子餅(パック入り)がぎっしり。全て私が兄さまの為に買った物。
餡子餅は三日後には綺麗になくなっていた。全て兄さまが食べてくれた。
「凍らせたプリンって、美味しいよね」
『真央がそう言うなら美味しいんだろうな』
二日程凍らせたプリンを約二時間、冷蔵庫に入れると美味しい。
『まぁ、それは一旦置いといて、、、』
「?」
『真央、オレと付き合わねぇか?』
「、、、え?」
、、、付き合う?
つまり私と兄さまが恋人になるということ。
、、、え?
『真央のこと絶対に幸せにする。だから、、、』
「ちょ、、、待って!急展開過ぎて頭が処理しきれない」
時計を見ると夜の十一時を過ぎていた。
、、、寝よう。
明日にはきっと兄さまも忘れているよね、うん。
「兄さま、おやすみ!」
『あ、おやすみ』
(死者と生者恋愛って良いのかな?、、、兄さまが生きていれば良かった、、、)
明日、鈴音に聞いてみよう。
「えっ、告白されたの!?」
夕日が差し込む教室内に鈴音の声が上がる。まだ教室に残っていたクラスメイトが一斉に此方を見る。
「鈴音、声大きいよ、、、」
「あ、、、ごめんごめん」
アハハと笑って謝る鈴音。
「でも、真央もついに春か〜」
「付き合う気はないんだけど、、、」
「えっ、何で!?」
鈴音は不思議そうな顔をした。確かに兄さまは私のことが好きなのかもしれない。私も兄さまのきとは好き。
鈴音はそれが分かっているから余計驚いたのだろう。
「でも、兄さまは死者で、私は生者。それは本来縁を結んだらダメ、、、」
「縁?私そうゆう系疎いのよ、、、憑き物落としの家系って色々決まりがあるんだね」
「決まりじゃなくて、、、えっと、、、この世の道理が許してくれない」
「うん。余計難しくなったね」
(何て説明しよう、、、分かりやすく噛み砕くって難しい、、、)
『必ずそうなるように決められたこと。例えば、罪を犯した者が罪悪感に蝕まれ、裁かれるような感じだろうか』
相変わらず、兄さまって凄い、、、。
不意に、声が聞こえた。
「新山さん、何か忘れていませんか?」声の主は後ろの黒板に貼られた進路懇談のお知らせと書かれた紙を指差す。
「あ!進路懇談、忘れてた、、、」
急いで支度をする鈴音。
「行ってらっしゃい」
「行ってきま〜す」
教室から出ていったのを確認して、声の主に視線を移す。
そこには時雨くん。
「時雨くんは進路懇談?」
「いえ、少し真央さんと話したいことがありまして、、、」
「話したいこと?」
少し此処では他の人の目もあるので場所を移しましょうと言われ、階段のところに連れてこられた。
「真央さんは師匠ともう一度会いたいんですんよね」
「会えるなら、、、もう一度、、、」
「僕が会わせてあげます」
「え、、、」
時雨くんは通学鞄から時戻しの書を取り出した。
「責任は僕が全て取ります」
「どうしてそこまでして、、、」
「恩返しです。助けて頂いたのに何もしてあげられなかった。これが僕の恩返しです。父も納得してくれています」
(時雨くん、、、)
良いのだろうか。人生で一度しか使えない力を、私の為に使っても、良いのだろうか。
「勿論、すぐにとは言いません。心の準備もあるでしょう」
本を私に渡し、時雨くんは踵を返す。
(どうしよう、、、)
今から、約六年前のこと。
あの日は梅雨の時期で雨が降っていて、少し寒かった。
「ねぇ、兄さま。何時もと違う通学路で帰ろうよ!」
「真央がそう言うなら違う道で帰ろうか」
「うん!」
きっと、その選択が間違っていたのだろう。
雨粒が頬に当たる。今日の降水確率は十バーセント以下だったが、念の為、傘を持って来ていた。
「傘、持って来ておいて良かったね!」
「ああ、真央のお蔭だな」
「えへへ」
一つの傘に一緒に入る。子供用の小さな傘だから、少し横に動けば肩が当たってしまう。でも、その距離が丁度良い。
雨で髪や服が濡れてしまったら、私が水を操って乾かす。
「真央、手を繋いでよ」
「兄さまの怖がり〜!もう五年生なのに雷が怖いの?」
「良いから。手、貸して」
手を繋いで何時もと違う帰路を冒険感覚で歩く。
雨は本降りに近付き、どんどん強くなる。
それから、美味しかった給食の話や雨の話、社会科見学のことなど他愛のない話をする。
「あーめあーめふーれふーれかあさんがー」
「じゃのめでお迎え嬉しーな」
二人で歌も歌ったりしていると、兄さまが急に止まる。目線の先には邪鬼。それも相当強力な、、、。
「あ、、、いる、、、」
「真央、下がれ。オレが倒す」
「でも、、、」
足が震える。動けずに地面に座り込む。
兄さまは傘から出て、降り続ける本降りの雨を氷にして、少しずつ、少しずつ攻撃をしていく。
それでも、力の差というのは埋まらないようで、邪鬼の攻撃も食らってしまう。
「クソッ。彼奴、真央に選んでもらった服を破きやがった、、、」
膝や口の端が切れ、血が滲んでいる。
それからのことはあまり覚えていない。
気が付けば邪鬼は消え、冷たくなった兄さまが倒れていた。
「あ、、、兄さま、、、?」
声をかけても、揺さぶっても起きない。
「し、死んだフリなんてしないでよ、、、兄さま、、、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!置いて逝かないで!うわぁぁぁぁぁぁ!!」
ひたすらに泣いた。叫び過ぎて声が枯れて出なくなっても泣いた。
雨は涙を隠すと言うけれど、雨なんかでは隠しきれない。
それから、父が慌てて来たが、、、記憶がおぼろげで何を話したのかもう覚えていない。
兄さまの葬儀が済んだ後、兄さまの魂が私の体に宿って―――。
「―――っ!!」
勢い良く飛び起きた。
鼓動が速い。
呼吸が上手く出来ない。
汗が滝のように流れる。
「ハァッ、ハァッ、ケホケホ」
『真央?大丈夫か!!どうした!?』
額を手で押さえ、うずくまる。今は初夏だというのに寒い。
「う、、、うわぁぁっぁぁ!!」
思い出したくない。兄さまが死んだ時のことなんて思い出したくない。
だから、鍵をかけた。記憶の蓋に鍵をした。それなのに、どうして?思い出すの?
泣き声がリビングまで聞こえていたのか、驚いたお母さんとお父さんが驚いた顔をして来た。
何か私に呼びかけているが、何を言っているのか拾えない。
何も聞こえない。
喉が痛い。
「うあ、、、ごめんなさい、、、ごめんなさい」
両親に言っているのか、兄さまに言っているのか分からない謝罪を何度も何度も繰り返す。
遠くの方で叫び声が聞こえた。
喉が痛かった。
あまりに喉が痛むから気が付いた。
叫んでいたのは私だった。
「何で、、、?どうして!!!!!」
ようやく落ち着いたのは数十分後だった。
落ち着きを取り戻し、周りの音を拾えるようになった頃、いきなりお母さんに謝られた。
「ごめんなさい、、、今まで酷いこと言って、、、許してなんて言わないから、どうかこの謝罪を受け入れてほしい」
何を言っているのか分からなかった。だって、お母さんは私のことが嫌いなんじゃないの?
お父さんが言った。
「真由子は玲央を亡くして、何処に悲しみを吐き出せば分からなかったんだ、、、。毎晩、俺に言っていたよ、「真央を傷付けてしまった、、、」って。すまなかった」
「何で、、、今更、、、?」
「、、、真央が苦しんでいる時、親として何を言えば分からなかった。何を言っても効果なかった。取り返しのつかないことをしてしまったと後悔したんだ、、、」
黙る。
動く者は現れない。
ゆっくり口を開いたのは兄さまだった。
「、、、真央が許してもオレは許さない。ババアは真央を傷付け、泣かせた。その涙が鋭利な刃物となって何度心をズタズタに切り刻んだか分かってるのか!?」
重い空気が流れた。
「親父も重罪だ!何もしてこなかっただろ!何が親としてだ、巫山戯んな!!」
お父さんは目を逸らしたが、すぐに兄さまを見つめた。
私も、何も言えなかった。
兄さまは、私のことを深く理解してくれていたのだ。
自分でも意図していないところまで全部、、、。
「今更謝られて「はい、良いですよ」と言える訳な―――」
「良いよ。もう、、、」
兄さまの気持ちもよく分かる。それでも、私はまたあの頃みたいに仲良くしたい。
これが、私の決意表明だ。
数ヶ月が経った。お母さんとお父さんは反省し、今では仲良くなっている。
あの頃に近付けたのかもしれない。でも、完全に戻るにはもう一人必要。
四人掛けのテーブル、隣の椅子は空席のまま。
兄さまが此処に座っていれば、、、。
(時戻し、、、兄さまを助けることが出来る、、、)
兄さまを助けたい。
時戻しをするには時雨くんの手を借りなければ行えない。手を、借りなければ、、、。
放課後、時雨くんを校舎裏に呼び出し、取り戻しのことを伝える。
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「うん」
心臓の音が聞こえる。緊張しているのが分かる。
大丈夫だと自分に言い聞かせる。
何時も助けられているから、今度は私が兄さまを助けたい。
「兄さま、ちゃんと出来るよ」
『お前がしたいと思ったことをすれば良い』
兄さまはこういう人だ。一歩引いた所から私達を見守っている。
クールで格好良いと思う反面、私の意見を尊重するので、本当の思いを言えていないんじゃないかなって、心配になる。
この世の誰よりも大好きで、敬愛していて、世界中を探しても見付からない、唯一無二の兄さま。
ねぇ、兄さま。知ってる?お母さんから聞いたんだけどね、私と兄さまは小さい頃から似た者同士なんだって。
見た目も鏡写しみたいだから、実の両親でも判別するのは難しかった。着ている服で判別していたから、小さい頃はよく、髪型を少し変えて、お互いの服に着替えて入れ替えっこして遊んでいたよね。
そうしたらお母さん達も友達も、学校の先生だって私と兄さまを間違うの。
誰も、私達を見抜けなかったね。
ねぇ、覚えてる?
小学生の時、学校でハサミが必要になって買いに行った日のこと。兄さまだけお父さんと一緒に先に買って来て、私は後日お母さんと一緒に買いに行ったら、持ち手が同じ色だったんだよね。
それで、どっちがどっちか分からないからって、先生が名前シールを貼ってくれたんだよね。
でも、そんなのいらない!ってシール剥がしちゃって、そしたら兄さまも同じようにして剥がしていた。
「楽しかったね」
『ああ、そうだな』
表情は見えないのに、何故か微笑んでくれていると、そう思った。
時雨くんの勉強机の上に置かれていたのは、鏡と時雨くんが読んでいた本。
一応、儀式や占いをする時の礼装を着て来たけど、、、時戻しってどうするんだろう?
全身を覆い隠すような白色の服に金色の細かい刺繍が施されている。
「真央さんのその服装を見ていると、まるで天使が降り立ったような感じがしますね」
兄さまの礼装は色違いの黒色。
「は?真央が天使級な可愛さなのは当たり前だろ」
「あ、師匠。こんにちは」
「、、、」
「すみません」
確かに、この礼装って天使をモチーフにしているのかな?よく分からない。
「師匠が生きていた時の写真って、ありますか?」
「うん」
鞄から私と兄さまが写っている写真を取り出す。兄さまは写真が嫌いだから、あまり写っているのは見付からなかった。小学校の入学式とお誕生日の写真しかなかった。
「師匠のこんな笑顔見るの初めてです」
十歳のお誕生日の写真を見ながら時雨くんは言った。「そう思うと真央さんと師匠って、鏡写しみたいにそっくりですね。違うのは、、、髪型と服装くらいでしょうか」
「小さい頃はよく、入れ替えっこして遊んでたんだよ」
「似ているから出来る遊びですね。見分けられる自信がないです、、、」
『両親も見分けられなかったからな』
写真を洗面器に張った水に浮かばせ、時雨くんが何かブツブツ言っている。
「鏡を通して過去に干渉します」
その言葉に静かに頷いた。お守りを握り締め、大丈夫と自分に言い聞かせて、落ち着かせる。
そして、あの日のことを明確に思い出す。
明確に思い出せばその分、安定に過去に干渉出来るらしい。