とある魔法吹奏楽団 ~吹奏楽と覚醒魔法の出会い~

「そういえば、美琴先輩って関西出身ですか?」
「ん?ああ、そうやよ。」

 ある放課後、パートのみんながそれぞれの諸事情により、クラリネットパートは二人だけで練習していた。

「なんだか、流ちょうな関西弁がすごく素敵で…」
「——そんなん言うてくれたの、星那ちゃんが初めてや。」
「…え?」

 どこか悲しそうな顔をした美琴の顔を見て、星那は驚いた。

「うちな、小三まで大阪に住んでてん。小四でここら辺に引っ越してきたんよ。」
「そうだったんですね。」
「関西弁なんてここらで話したらビックリされるやろ?それに、うちは『何か方言で喋って』みたいなこと言われるのが一番嫌いやった。」
「…」
「だから、ある時期を境に関西弁を喋るの辞めたんよ。」

 初めて聞いた話だからか、戸惑ってしまう。

「でも、美琴先輩って今は関西弁を話していますよね…?」
「うん。ゆかり先輩が自分を誇れって言うてたから。自分を隠すのはもう辞めてん。この髪も目もな。」
(笑顔の輝きがすごい。)
「ていうか、星那ちゃんって、私のこと見ても驚かんかったよな…」
「あ、はい。綺麗だなとは思ったけど…」

 そう、美琴は金髪で青色の目をしていた。

「え?ホンマにそれしか思わんかったん?」
「それだけ、ですね…」
「——すごいな、あんたは…」
「えっと、生まれつきです…よね?」
「うん。父さんがアメリカ人で、母さんが大阪人。うちは英語喋るより関西弁喋る方が好きやけどな!」
(多分、いやきっと、美琴先輩は色々なことで苦労していたんだ…)

 星那も生まれつきの茶髪で、昔から色々と聞かれたことはあった。

(まあ、私の親はどっちも日本人だから、別にそこまででしかないけどね。)

 星那の中ではそこまで髪や目の色は気にするものではない、みんな同じ“人”という結論で終わっていたため、美琴の髪や目の色は気にするほどではなかった。

「そういや、星那ちゃんも綺麗な髪やなあ…」
「そ、そうですか…?」
「うん。すっごい綺麗。」
「ありがとう、ございます…?」

 少し返答に困ったけど、綺麗と言ってくれるのは嬉しい。

「よーし、練習頑張るぞー!」
「はい!」
「——よってこのような反応が起こります。このようなことを…」

 今は授業中。だけど…

(つまらない…)

 既に塾で習っていたので、何も面白くない。

(せっかくだし、譜読みするか。)

 吹奏楽部三大内職の一つ、譜読み。

(まあ、バレなきゃ犯罪じゃないからね。隣の席は…有島なら大丈夫か。)

 そんなこんなで、机の中から貰いたてほやほやの楽譜を取り出した。

(えーっと、ソ、レ、シのフラット…)
『千鶴さん、何してるの?』
『あ、これはその…』

 しまった。速攻で有島にバレた。

『先生が来そうだったら呼ぶから。心配しないで。』
(…神。)
『ありがと。』

 そのまま何とかばれないように、ノートに隠しながら譜読みをした。

(後は…)

 一番最後に残していたのは、私の大好きな曲。

『あ、その曲…』
『え?有島も知ってるの?』
『うん、俺の好きな曲で…』
『本当に?実は私も。』

 バレないように小さな声だけど、お互いの共通点を見つけた。

『千鶴さん、すごいよね。スラスラと楽譜を読めてさ。』
『そんなことないよ。先輩たちの方がもっと早いよ。』

 譜読みが終わってからは、指練習の時間。

(ここの連符、嫌い。)

 お気に入りの三色ボールペンを上手く利用して、指を動かしていた。

(装飾…もう良いってば…)

 どれだけお気に入りの曲とはいえ、楽器との相性がある。唯一違うことといえば、他の曲よりも楽しく練習できることくらい。

(まあ、今日のクラブで頑張るしかないか…まだまだ音の状態も良いとは言えないからね…こんな感じじゃ、オーボエの練習も大変だろうな…)

 学校ではクラリネットの練習をしているけど、家ではもちろん、オーボエの練習をしている。

(先生、今日ノート全然書かないな…珍しい。)

 まあ、その方が嬉しいけどね。

 ♢ ♢ ♢

「では、授業を終わります。号令!」

 やっと終わった…ずっと指連をしていたからか、指がつりそうだった。

「星那ちゃん聞いた?」
「ん?何を?」

 この子は花岡(はなおか)(かおる)ちゃん。同じ吹奏楽部で、フルートを担当している。初心者ではあるらしいけど結構上手。

「今日、宮下先生が急な出張でクラブが休みになったらしいの。」
「そうなの?」

 せっかく例の曲を練習しようとしていたのに、残念。まあ、今日はやることがあるから、まあいいか。

「それにしても、宮下先生も忙しい人よね。」
「確かに…今は研修とかのシーズンなのかな…まあ、先生は、その…研修が必要そうな年齢ではない気もするけどね…」
「それを言っちゃ、ねえ。うふふ。」

 今日は授業が五限までだから、家に帰ってからオーボエの楽譜を買いに行くつもり。せっかくだから、有島の好きな曲にでもしてやろうかな、なーんて。

「有島、ちょっと聞きたいことがある。」
「どうかした?」
「さっきの曲以外で、好きな曲とかってある?」
「あ、うん。この曲知ってる?」

 そう言って、筆箱に入っていたメモ帳を取り出し、そこに曲名を書いてくれた。

「これ、『一つの赤いバラ』って曲。知ってる?」
「あー、何となく知ってはいるけど、聞いたことはないかな。」

 有名な曲ではあると思うので、多分楽譜にもなってはいるだろう。

「でも、俺の好きな曲を聞いてどうするの…?」
「オーボエの練習に使おうと思って。」
「あ、千鶴さんの楽器だっけ?」
「正式的にはクラリネット担当だけど、いつかオーボエも担当したいなって思って。今はまだ練習中!」
「そうなんだ。練習、頑張ってね。」
「うん、ありがとう。」
「らっしゃーい…って、おほしか。」
「うん。ちょっと聞きたいことがあって…」
「何だ?楽譜探しにでも来たのか?」
「まあ、うん。」

 放課後、星那は一度家に帰ってから陸羽の店に行った。

「えっと、『一つの赤いバラ』のソロ楽譜、オーボエ用のってある?」
「あー…クラリネット用は見たことあるけどな…」
「まあ、見てみる。どこら辺にあるの?」
「おう。『ひ』だから多分、一番右奥の棚の『ひと③』のファイルだな。」
「区切り方が気持ち悪いね…」
「そこか?」

 右奥の棚まで、早歩きで向かう。

(えーと、多分ここだよね。)

 そこには陸羽の説明通りのファイルがあった。

(えーっと、どこかな…)

 一つの赤いバラのソロ用ではない楽譜や、オーボエ以外の楽譜はずっと出てくる。

「無かったら困るのにな…」

 せっかく有島が楽しみにしてくれているのに、ここで見つからなければ意味がない。絶対に見つけ出さないといけない…

(お願いだから出てきて…!)

 ファイルも残り1ページ。心の中で一生懸命に願いながら、ページを掴み、めくった。

「あっ…」

 あった。見つけた。

「りく助、あったよ。」
「そうか。データが書かれてあると思うから、読み上げてくれ。」
「うん。えっと…」
「——よし。少しだけ待っておけ。」

 待っている間は、近くのソファーに座っていた。

(まあ、無断転載禁止のためにだと思うけど、でかでかと“SAMPLE”って書かれると内容が分からないのよね…)

 確かに、誰かが心を込めて作った曲にお金を払わないのは言語道断。かといって、買うまで分からないのは少し緊張する。

「おい、出来上がったぞ。」
「ありがとう。いくら?」
「ファイルに書いてあるはずだから、それを見ろ。」
「はーい。」

 ♢ ♢ ♢

「——疲れた。」

 あれから数時間、必死になって練習をした。けど…

「何よこの連符…本っ当に吹きづらい。」

 だけど、原曲にも同じような部分があるので致し方ない。練習する他に道はない。

(それにしても、有島ってこういう感じの曲とか聞くのね。何だか、意外。)

 調べた感じによると、『一つの赤いバラ』は、少し前のテレビドラマで使われていた曲とのこと。恋愛が主軸の物語だったらしいので、この曲の歌詞などにも恋愛が少し絡んできている。

(『一目惚れ』『あなたしかいない』…曲名には会っているけど、有島には何だか合わない気もするような…まあ、人の恋愛には興味ないし。)

 もう一度頑張ってみよう、星那がそう決意すると、星那のスマホが鳴った。

「…誰?」

 スマホを覗くと、メッセージアプリからだったらしい。

「あ、結乃からだ。」
『せいなー! 先生、明日の部活にも来れないらしいから、私たちは個人練習だって!』

 先生…どれだけ忙しいの…?

『了解! 教えてくれてありがとう!』

 明日は、あの曲を頑張ろっと。
「飽きた。」

 一人ぼっちの練習。流石に飽きてきた。

(先輩たちはみーんな合奏に行っちゃったし…何もやることがない…)

 先輩たちはみんなでコンクール曲の合奏をしているらしい。私たちは初心者だし、人数の関係もあって出られないらしい。だから…

「もう飽きた…」

 オーボエは家にあるから練習できないし、かといってクラリネットの練習も飽きてきてしまった。

「——あれ?もうお茶がない。」

 いくら初夏とはいえ、ここ最近は暑すぎる。そのせいでかは分からないが、お茶の減りが早すぎる。

「給水所に行くか…」

 ここ華月学園には、いくつか給水所がある。今いる場所から一番近いのは…

「アイスリンクの近くか…」

 正式名称は華月アイスリンク。冬のスケートの授業で使われる他、スケート部の人たちの練習場所でもあるらしい。

「行くか…」

 ♢ ♢ ♢

 着いた。けど…

「暑すぎる…」

 早く水を入れてしまおう…

「千鶴さん?」
「え?」

 そこに居たのは、いつもと違う服を着た有島だった。

「あ、有島か。綺麗だね、その服。」
「そうかな…?これ、今度の試合で着る服でね、これを着た状態でも上手く滑られるか確認していたんだ。」
「入部直後から試合が出れるなんて、羨ましいな~…うふふ、なんてね。」
「ふふ、スケート部は人が少ないからね。」

 いくら人が少ないとはいえ、入部直後の、しかも中等部一年生から試合に出られるのは冗談抜きでも羨ましすぎる。

「ていうか、その衣装って…作ったの?」
「うん。従姉弟のお姉さんに作ってもらったんだ。ここの高等部三年生。」
「そうなんだ。良かったじゃん、素敵な服を作ってもらえて。」
「うん!俺も頑張らないとね!」
「そうね。応援してる。」

 普段と違う有島は、どこかいつもよりも輝いている気がした。

「うん、ありがとう。千鶴さんも頑張ってね!」
「はーい。」

 少し立ち話をしているだけで、汗をかいてしまった。

(暑い…早く水を入れて、早く部屋に戻らないと…)

 水を入れようと、蛇口を開くと…

「…は?」

 水が異常なほどぬるい。暑さのせいか、水を求める人が多いからか…

「いくらなんでも…」

 食堂近くの自販機も、流石に売り切れているだろう。諦めたくはないが、暑すぎるのでこれ以上外にいるのは良くないかもしれない。

「まあ、すぐに戻れば大丈夫か…」

 ♢ ♢ ♢

「なーんだ。あったじゃん。」

 私の大好きなアップルティー。嬉しいことに、これでもかというくらい冷えている。持ち合わせもあったので、何とか買うことができた。

「よし、戻ろっと。」

 戻ったら“私も”頑張らないとね。
「これで、今日のクラブを終わります。ありがとうございました。」
『ありがとうございました。』

 あの後からも練習は続き、たくさん入ってあったはずのアップルティーもあと少しになってしまっていた。

(これから歩いて帰らなきゃいけないのか…)

 伯父の陸羽を含め、私の家族はみんな仕事で忙しいので、相当な雨か異常な気温じゃないと車での送迎はしてくれない。

(あ、流星と菜々星のお迎え…忘れてた!)

 星那の弟で小学三年生の流星(りゅうせい)と、妹で小学一年生の菜々星(ななせ)。五年生にも弟、光星(こうせい)もいるが、学校終わりには塾に行くので、家には流星と菜々星の二人だけになってしまう。それは流石に防犯上危ないということで、今は民間の学童保育所に入ってもらっている。

「まあ、どうせ光星も迎えに来るか。」

 光星は姉、弟、妹の三人のことが大好きすぎて、迎え当番ではない日も絶対に学童保育所に足を運ぶ。

(でも、ちょっと急がないと…)

 流石に小学生三人をほったらかしておくのは可哀想だし、みんな危なっかしいからちょっと心配。

 あれからしばらく、上り坂を走った。きつい。でも…

「見えてきた…」

私が小学生の時も通っていた、『小鳥学童保育所』。外装も内装も、何なら遊具も綺麗。

「こんにちは、千鶴流星と菜々星の姉です。」
「あら星那ちゃん、いらっしゃい。ちょっと待っててね。」

 ここの先生も、私が通っていた時から変わっていない。

「お姉ちゃーん‼」
「菜々星、ちゃんといい子にしてた?」
「うん!今日はね、凪ちゃんと遊んでたんだ!」
「そっか。遊んでもらえて良かったね。」

 菜々星から聞いた話によれば、凪ちゃんは小学二年生で、この春からここに入ったらしい。苗字は知らないけど、すごくいい子。

「あ、凪ちゃん!いつも菜々星と遊んでくれてありがとう。」
「そんな…こちらこそ、いつもありがとうございます…」

 小学二年生で、完璧に敬語が使えている…こんな子本当にいるの?

「あれ?そういえば流星は?」
「あっちのブランコで、光星兄ちゃんと遊んでる。」
(元気だな…)

 光星も来ていたんだ。まあ、これくらい遊んでくれた方が夜もすぐ寝てくれるだろうし、ちょうどいい。

「こんにちは、有島凪の兄です。」

 ちょっと待て、めちゃくちゃ聞き覚えのある声だが…

「え?千鶴…さん?」
「有島…?」
(凪ちゃんって、有島の妹だったの⁈)

 ♢ ♢ ♢

「え⁈菜々星ちゃんって千鶴さんの妹だったの⁈」
「うん。あと、流星と光星も私の弟。」

 坂を下りながら、有島に事情を説明する。

「いつも凪から菜々星ちゃんのことは聞いていたけど、まさか姉妹だったなんて…」
「いや、私もびっくりよ。いつも妹と仲良くしてもらっている女の子のお兄ちゃんが、自分と同じクラスの、何なら隣の席の男子だなんて…そんなに起こることじゃないでしょ…」

 有島に兄弟がいるのは少し前に聞いていたし、私にも兄弟がいることは言っていた。だけど、まさか自分の弟や妹と同じ学童保育所に通っているなんて…

「凪、今日の晩御飯はコロッケにする?」
「うん。ポテトサラダも買ってくれる?」
「もちろん。」

 にしても、仲良しな兄妹だね…

「素敵ね。」
「ん?」
「ふふ、何でもない。」

 ここから見えるのは、綺麗な夕日…と、少し前で走り回る光星と流星。

「あんまり走り回って、怪我しないでよねー!」
「「はーい!」」
『本日は日本各地で猛暑の予想と…』

 梅雨が明けてからは一段と暑くなり、猛暑日も続いている。

(盛夏服、着よっかな…)

 どうしよう…本当は着たいけれど、これで盛夏服を着ている人が誰もいなかったらすごく恥ずかしい…

「あ、結乃と六華に聞けばいいんだ。」

 スマホを取り出し、結乃と六華に聞いてみると…

『せいなも着るの⁈なら良かった、私も着ようか迷ってたの!』

 結乃…感謝。

『私も着よっかな。暑いし。』

 六華も…

(やっぱり、みんな考えることは一緒か。)

 ♢ ♢ ♢

「んー…やっぱり星那が一番似合ってるよね…」
「——同感。」

 結乃・六華曰く、私が盛夏服を着て白のつば広麦わら帽子をかぶるとお嬢様のように見えるらしい(個人の感想、とのこと)。

「それ、本当に思って言ってる?」
「もちろん。」
「六華の言う通り。」

 歩いている間は暑いけど、やっぱり今が一番楽しい。

「あれ?結乃、今日って朝練は…」
「もー、今日からは休みって私も星那も言ったよ!」
「うん、今日からテストまでは休みだよ?」

 六華に現実を見せる私たちと、現実を見せられてどんよりとする六華。

「そうだ…すっかり忘れてた…」
「まあ、もう私たちも小学生じゃないからね。」

 学校が近づいてきたとき、私はふと、あることを思い出した。

「そういえば、この制服の色って『ムラサキクンシラン色』でしょ?」
「へー、そんな色なんだ。」
「あー、なんか聞いたことある気がする…」
「この花の花言葉ってね…」

「『知的な装い』って言うらしい。」

 私の謎の雑学を聞いた二人の反応は…

「何だか、すごく制服にあっている気がする。」
「確かに。」

 うん、私は何を言いたかったの?

「星那は知的な装いより、お嬢様な装いって感じだけどね。ねー、六華!」
「確かに、結乃の言う通り。」
「もう、そんな褒めても何も出てこないよ?」

 こんな雑談も、いつかは大切な思い出になるのかな…

「じゃあ、また後でね。」
「うん、またね。」

私たち三人は、クラスが違う。だから、一緒に行けるのは廊下の分かれ道まで。

「まあ、クラスは隣だけどね。」
「確かにね。」

 ♢ ♢ ♢

「おはよう、薫ちゃん。」
「誰⁈え、星那ちゃん⁈」
「?ど、どうしたの?」
「あ、ごめん…普段もお嬢様みたいな星那ちゃんが、お姫様みたいで…」

 ——すべて個人の感想…である。

(みんな口裏を合わせている気が…)

 うん。何だか、やらせ感がすごい…

 ♢ ♢ ♢

「おはよ、有島も今日から盛夏服?」
「おはよう、今日とっても暑かったからね。」

 隣の席に仲間がいるのは心強い。

「ていうか、千鶴さん…何だかお嬢様みたいで可愛い。」
「そ、そう?」

 そういや、男子にこんなことを言われるのは初めてな気がする。

(まあ、あいつにとっては凪ちゃんの方が可愛いだろうけどね。)

 でも、やっぱり…嬉しいかも。
「明日からは夏休み、けがや病気のないように過ごしてくださいね。」

 明日からは夏休み。だけど…

(吹奏楽部には夏休みなんてあって無いようなもの、コンクールまではずっと練習漬けって、未来先輩が言っていたっけ…)

 休みはほとんどなし、コンクールに出ない私たちも他のイベントに向けての練習とのこと。

(まともな休みなんて、お盆だけかな…)

 宿題を最終日までため込みがちな私にとってはすごく困る。この感じだと、塾でも宿題をする羽目になりそう。

(五教科ワーク、作文、美術ポスター、読書感想文、レポート…)

 多すぎる。頭がパンクしそう。

(こんなこともあろうかと、読書感想文の本文を前から考えておいて良かった。パソコンに打ち出しているはずだから、もうこのまま写せばいっか。)

 ♢ ♢ ♢

 夏休みの初日から練習。よく分からないけど、中等部一年生は合奏を見学しろ、とのことらしい。

「じゃあ、頭から。」

メトロノームが鳴り響く。これが練習の始まり。

「…え?」

 音が鳴り始めた途端、辺りが暗くなった。

「停電…?」
「え…続行するの?」

 ざわざわとする私たち。すると…

「光ってる…?」

 この光は、私があの春に見た光だった。

「星那…結乃…あれって…」
「あれだよね…星那がビビり過ぎた時の…」

 まさか、この光で私が失神してたの?

「はい、一旦止めるぞ。」
(合奏…止まった…)
「これ、言っていなかったな。これが魔法だ。」
(これが…?ショボい…)

 まさかの光るだけの魔法だったとは…

「ショボいと思っただろ?これだけじゃないんだよな。もう一度頭から。」

 次はさっきよりももっと部屋が暗くなり、光の色の種類が増えた。そして、この季節ではありえない光景になった。

「さく…ら?」

 厳密に言うと、桜の花びららしきものがたくさん舞っていた。

(信じられない…)

 こんなにフワフワした感覚になるのは、初めてではない。でも、あの時とはまた違ったフワフワした感覚になっている。

「本当はもっと凄い技があるけど、今のみんなはここが限界なんだ。」

 ——いや、ここまで出来ている時点で十分だと思うけど…

「ここを超えたら、一応魔法が使えるようになるんだ。」

 うん…よく分からない。

「先生、あの…」
「どうした葉月(はづき)。」
(葉月君?)

 葉月智哉(ともや)君。同い年で、チューバ担当。ちなみに自らチューバを志願したとのこと。実力は先輩たちに匹敵するレベルって、先生が言っていたっけ…

「その魔法って、本気を出したら中等部一年生のみんなは使えるようになりますか?」
(確かに…気になる。)
「まあ、できるだろ。先生は高校一年生辺りで使えるようになったからな。」

 結構早かった。思っていた以上に習得するのが早かった。

「では、もう一度頭から。」
(また光るの…?)

 それから一時間ほどは、先輩たちが光りながら演奏する姿をみんなで見ていた。
 夏といえば、夏祭り。今度、六華と結乃の三人で夏祭りに行くことになった。

「で、私に浴衣を着てほしいと…」
「「うん!」」

 そう、その夏祭りのために浴衣を着てきてほしいと六華と結乃に言われた。なぜかと言いますと…

「星那は絶対に似合う!」
「そうだよ!浴衣、あるでしょ?」
「ま、まあ…」

 よく分からないけど、二人的には私は浴衣が似合う(と、思われている)らしい。

「——嫌?」
「別に…嫌ってわけじゃないけど…」

 浴衣は家にある。着られないこともない。お母さんに言えば何とかなるはずだけど…

(私あんまり似合わないんだよね!)

 なぜみんなにことあるごとに服が似合っていると言われてしまうのか…本当によく分からないが、そういう錯覚がみんなに見えているの…?

「本当にお願い!私たちも着るからさ!」
「星那の浴衣姿、見たいです!」

 逃れようがない。もうここまで来てしまったら、私も観念するしかない。

(あ、そうだ。)
「その分、お願いを聞いてくれたらいいよ。」
「何なりと。」
「何でも言って!」

 交換条件作戦、強い。

「三人で帯留めを手作りしない?」

 ♢ ♢ ♢

「お母さん。」
「何?」

 私のお母さん、千鶴あんず。仕事の傍ら、趣味で集めているビーズがあるから、それで帯留めを作ろうと考えた。

「実は…」
「——もちろん。ここの箱に入っているビーズだったら何でも使っていいからね。使いやすい平紐もお父さんに用意するように頼んでおくからね。六華ちゃんと結乃ちゃんにも伝えておいて。」
「うん。ありがとう。」

 私のお父さんは、千鶴陸也(りくや)は、機織り職人として働いている。そんなお父さんの趣味は、平紐作り。機織り機みたいな大掛かりな機械が必要ないから楽だと言っていたことがある。
 こう見ればこの一家も、私の居場所の一つでもあるクラリネットパートに負けない癖の強さがある気がしてきた。

(まあ、この癖の強さがあってこその千鶴家だからね。)

 ♢ ♢ ♢

「こんなに綺麗なビーズ…初めて見た…」
「何だか使うのがすごく申し訳なくなってきちゃった…」
「そんなの気にしなくていいよ!それに、そんなに高いものではないからね!」

 まずはメインになるビーズ選び。

(——これにするか。)

 私が選んだのは、少しラメが入った紺色のビーズの中に、ひと際輝く金箔が一か所にだけ埋め込まれているデザイン。選んだ理由は、私が生まれた季節でもある秋は一等星が一つしか見えないから、そして、私の名前にもつながるから。

「みんなは選べ——」

 みんなは選べた?そう聞こうとしたけど…

「これも可愛いし…でもこっちも…」
「——決まんない…」

 まさかの、即決したのは私だけ。

(え?待って待って…話しかけにくい…)

 真剣に選ぶ六華、結乃の隣で、どのタイミングで話しかけるか迷ってしまう私。

(もうしばらく待つか…)
「できたー!」
「え、もう?」
「星那…早すぎる…」

 あれから一時間、やっとの思いで帯留めが完成した。

「星那様…手伝ってください…」
「私も…」
「はーい。」

 ♢ ♢ ♢

 ついに、夏祭りの日がやって来た。

「星那、ちょっとこっちにおいで。」
「どうかした?」

 急に、お母さんに呼ばれた。

「——良い感じ。ちょっとした物だけど、プレゼント。」

 私の頭に、オシャレな髪飾り。

「ありがとう!」

とても私の好みに合っている。流石、13年私のことを育ててくれた我が母。

「気を付けてね。何かあったら連絡するのよ?」
「うん。」
「帰りはお父さんが迎えに来てくれるからね。六華ちゃんと結乃ちゃんにも伝えておいてね。」
「分かった、ありがとう!」

 ♢ ♢ ♢

「今から何する?」
「別になんでもいいよ。星那は?」
(なぜ私に決定権が…?)

 まあ、そんなことは置いておいて…

「射的!」

 私が縁日でやりたかったこと、射的。

「星那、射的とか上手だもんね。」
「まあね。」

 今回の狙いは…

(光星の大っ好きなルービックキューブ!)

 私の欲しいものは今回なかったので、せっかくならと思い…

「星那、今回のお目当ては?」
「ルービックキューブ。光星へのお土産に。」

 とても子供っぽい光星だけど、私の大好きな初めての弟。

「もうすぐだね。」
「混んでなくて良かった。星那の腕前、見せてもらおっと。」

 とてつもなく私に期待している六華と結乃。重圧がすごい。

(やっとだ。)
「らっしゃい、って…え⁈」
「え⁈」

 目の前には、光琉先輩。なぜこんな所に?

「先輩…?」
「星那…ちゃん?」

 びっくり。

「先輩…なぜここに?」
「いや、親が毎年出店を出すから、その手伝い。星那ちゃんは?」
「六華と結乃と祭り行くぞーってなって、ここに来ました。今から射的をするので、お願いします。」
「はい、毎度あり。」

 射的用の鉄砲みたいなのを持つと、謎に気合が入る。

“パァン”

 軽快な射撃音。

「はい、ルービックキューブ。ありがとね。」

 狙いは命中。

「ありがとうございます。」
「はいよ。祭り、楽しんでな。」