冴えない社内SE女子が異世界皇帝になる話

 遡ること、1ヵ月前――。




   ◇   ◆   ◇   ◆




【Side コボル男爵(元・フォートロン辺境伯)】


「くそっ、くそくそくそっ、どうして僕がこんな目に――」

 汗とヘドロの不快な臭い。
 臭いエールと噛み切れないほど硬い干し肉。
 フォートロンブルクの貧民街。
 場末の酒場で、僕は毒づく。

「何もかも、あのエクセルシアとかいう頭のオカシな女の所為だ。アイツさえ嫁いでこなければ、僕は665人の可愛い妻たちと一緒に幸せでいられたのに」

 エクセルシアの、人を食ったような卑しい笑みを思い出す。
 憎い、憎い、憎い!
 僕から幸せな世界を奪った卑しい女。
 アプリケーションズ家に抗議したくても、男爵位では侯爵家に手紙を出すこともできない。
 何かないか、エクセルシアに復讐するための手段が。




「聞いたか? 例のウワサ――」




「ああ、聞いた聞いた。領主様が帝国の間者(スパイ)かもしれないって話だろ?」

 モンティ・パイソン帝国が、攻めてきた。
 かと思ったら、あっという間に退去していった。
 バルルワ = フォートロン辺境伯領の領主を連れて。

 それが、昨日のこと。
 それ以降、辺境伯家からは何の声明も出ていない。
 そのことで、領民が不安がっているのだ。

「新領主はモンティ・パイソン帝国の自動人形や兵器に詳しいって話だし」

「常識はずれなことばかりやるらしいしな」

 酒場では、壮年の男性たちが根も葉もないウワサ話に花を咲かせている。

「それに、新領主は獣人贔屓(びいき)だって聞くぜ」

「そりゃねぇよ。フォートロン辺境伯領を支えているのは、俺ら人間だぜ!?」

「獣人ばっかり裕福になって、俺たちの生活はちっとも楽にならねぇ」

「俺なんて、領主の所為で仕事を失っちまったんだぞ!? 獣人叩きの演目を領主が禁止したもんだから、劇場が倒産しちまってよ。獣人を叩けば客は喜ぶ。劇場は儲かる。それの何が悪いって言うんだ?」

「そうだそうだ!」

 良い。
 実に良い。
 こんなところに、あったではないか。
 エクセルシアに復讐するための、絶好の手段が。
 僕の得意分野が!

 人は隣人が裕福になると、相対的に自分が貧しくなってしまったように思うものだ。
 虐げられていた者を保護すれば当然、人は保護された者に嫉妬する。
 そして、自分を助けてくれない為政者に不満を抱く。
 極めて当然のことだ。
 なのにあの小娘は、そんな当然のことにも気づかないらしい。

 下地はすでにできている。
 あとは、彼らの卑しい本質をほんの少しくすぐってやるだけでいい。

「その話」僕は(おご)りのエールを携えて、彼らの席に加わる。「詳しく聞かせてもらえませんか?」
【Side カナリア】


 お姉ちゃんが、モンティ・パイソン帝国に攫われてしまった!

「お姉ちゃん……」

 あの日からもうすぐ1ヵ月になる。
 相変わらず、お姉ちゃんは戻ってこない。

 ボクは鉄神M4でお姉ちゃんを連れ戻そうと考えた。
 けれど父上から、『それはさすがに許可できない』と言われた。
 相手の出方を見極める必要がある、とか……何だか難しい話をされた。
 こちらから鉄神で攻め込んだら、いよいよ戦争になるかもしれない。
 理由は分からないけど、帝国がお姉ちゃんだけを連れていき、それ以上のものを王国に要求しないのならば、様子を見るしかないのだと。

 ボクは父上に、『お前がエクセルシアを守れ』と言ったじゃないか、と言った。
 そうしたら父上は、『すまない』とだけ言った。
 ボクは父上を恨んだ。
 けれど、父上の本当につらそうな顔を見ると、もう本当に、どうしようもないのだと悟った。

「「「「「一人はみんなのために、みんなは一人のために」」」」」

「まただ」

 ボクはバルルワ村の自室から、窓の外を見る。
 すると、『友愛』と書かれたハチマキをした連中が、街を我が物顔で歩いているのが見えた。
 最近増えた、ナゾの連中だ。
 フォートロンブルクで生まれた気味の悪い集団で、

『友だちを愛せ』
『手を取り合おう』

 なんて言うクセに、獣人に対しては『人間以外は愛するべきではない』とか言って差別する、ナゾの集団。
 温泉郷で、彼らの思想を書き連ねた紙を配ったり、温泉郷の従業員――つまり獣人――とトラブルを起こしたりして、ヴァルキリエが神経を尖らせている。
 ヤツらの所為で、温泉郷の雰囲気はすっかり悪くなってしまった。

「村の中にまで入り込んでくるなんて……」




   ◇   ◆   ◇   ◆




 状況は日に日に悪くなっていった。
 ハチマキをした連中は当然の顔をして村中をうろつくようになり、村の畑や倉庫を荒すようになり始めた。
 村人が抗議すると、

『なんて人情のないヤツだ』
『友愛精神を理解できないケモノ』

 と言い返してきた。
 ヴァルキリエは何度も兵を動かして、連中を追い出そうとした。
 けれど剣を向けると、ヤツら涙を流して土下座するからタチが悪い。
 しかも、無理やり立たせようものなら『殺されるー!』って温泉郷にまで届くほどの大声で叫ぶ。
 その所為で温泉郷でも『領軍は友愛の連中を殺し回っているらしい』なんて根も葉もないウワサが流れ始めている。
 まさか本当に殺すわけにもいかず、ヴァルキリエはどうすれば良いか分からなくなっているようだ。

 こんなとき、お姉ちゃんならどうするのだろう?

「お姉ちゃん……」




   ◇   ◆   ◇   ◆




 犯人が分かった!
『友愛』集団のトップのことだ。
 コボル男爵!
 あの、お姉ちゃんが離婚した、気味の悪い元辺境伯が友愛集団のトップだった。
 いや、集団からは『教祖』と呼ばれているらしい。

 友愛の連中は今やバルルワ村の人口よりも増えてしまっていて、村人を追い出して勝手に家に住み着いたりしている。
 昨日なんて、この屋敷の厨房で勝手にご飯を漁っていて死ぬほど驚いた。
 ヴァルキリエからは、僕は部屋に隠れているように、と。
 絶対にカギを開けてはいけないと言われた。




   ◇   ◆   ◇   ◆




 その日は、朝から外が物々しい雰囲気で満ちていた。
『友愛』の連中が村のスキはクワで武装して、屋敷を包囲していたんだ。

「一人はみんなのために! みんなは一人のために!」

「友だちを愛せ! 愛さないものには死を!」

「村の豊かさをフォートロンブルクに還元しないバルルワ村は、友愛を理解しないケモノの村だ! 悪魔たちの巣窟だ!」

「悪魔に死を!」

「「「「「死を! 死を! 死を!」」」」」

 連中が、屋敷の中に雪崩れ込んできた!
 ヴァルキリエは結局最後の最後まで、連中を武力で制圧するという手段を取ることができなかった。
 屋敷は破壊された。
 徹底的に破壊され、僕は屋敷から引きずり出されて、まるで魔女裁判の後の魔女のように、火あぶりにされた。

 …………今。
 ボクは今、教会の中庭で木にくくりつけられている。
 足元からは炎と煙が舞い上がっていて、炎は遠からずボクの足を焼き、体を焼き、ボクを殺してしまうだろう。

「あぁ、お姉ちゃん……お姉ちゃん!」

 最後に、エクセルシアの顔が見たかった――




『やめろぉぉぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』




 懐かしい声を聴いた。
 お姉ちゃんの声だ!

「お姉ちゃん!?」

 ぱっと顔を上げた。
 その視線の先に、陸戦鉄神がいた。
 何もいなかったはずの空間から、急に現れた。

 鉄神の頭上に魔法陣が展開された。
 とたん、土砂降りの雨が広場を満たし、ボクらをあぶる炎が消えた。
 雨が止むと同時、お姉ちゃんが乗っているらしき鉄神が、猛然と動き出す。

 ドカッ、バキッ、ベキャッ

 鉄神が『友愛』の連中を次々と殴り飛ばしていく。
 友愛の連中が、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
 お姉ちゃんはそんな連中を追いかけ、執拗に、丁寧に殴り飛ばしていく。
 ものすごい勢いで殴ってるけど……どうやら死人は出ていないらしい。

『カナリア君!?』

 全員を殴り飛ばした後、お姉ちゃんが戻ってきた。
 鉄神の巨大な手と、装備のナイフで器用に縄を切ってくれて、ボクを優しく下ろしてくれた。
 ヴァルキリエたちも順に下ろされる。
 そうして、

 ――プシュー

 ひざまずいた鉄神のハッチが開き、お姉ちゃんが飛び降りてきた!

「お姉ちゃん!」

「あぁ、あぁ、カナリア君! 良かった。本当に良かった!!」

「お姉ちゃん……痛っ、いたたた!」

 お姉ちゃんが、ボクをものすごい力で抱きしめている。

「……許さない。もう、絶対に許さない!!」

 耳元で、お姉ちゃんが叫んでいる。
 ぞっとするほどの、深い深い恨みのこもった声だ。

「どこだ愛沢!! 出てこい!!!!」
【Side 元・辺境伯】


「ははっ、あははっ、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 僕は今、M4などと呼ばれているロボットに乗って、魔の森を走っている。
 バルルワ村での蜂起は上手くいった。
 愚かな連中だ。精神が可哀そうなほど脆く、簡単に洗脳される。
 面白半分だったが、まさかたったの1ヵ月で、『友愛教』の信者が1,000人を超えるとは思わなかった。
 共感者も含めれば、もっといるかもしれない。

「ぬるい。ぬるすぎる。まぁ、識字率も低い世界では、こんなものか」

 道中、何度か魔物と遭遇したが、M4が自動戦闘で圧倒してくれた。

「こんな、この程度の簡単なコマンドも打てないとは、バルルワ村の犬どもの脳ミソは本当に犬並みだな」

 まぁ僕も、総務部部長として情報システム課を兼務していた経験があり、多少の馴染みがあったからM4を起動させることができたのだが。
 とはいえ仕事は全て■■ちゃんを始めとした有能な奴隷にやらせていたから、プログラミングを覚える機会はついぞ訪れなかったが。

「そう考えると、エクセルシアの中身は、やはり転生者か? 案外、自殺することで結果的に僕を殺した、朝子ちゃん辺りが入っているのかもしれないな」

 まぁ何にせよ、エクセルシアが支配するバルルワ = フォートロン辺境伯領はもうおしまいだ。
 モンティ・パイソン帝国に拉致されたらしいが、必死に戻ってきたとしても、迎えてくれるのは荒廃し切った領土。

「どんな顔をしてくれるだろうなぁ」

 一方の僕は、実効支配したバルルワ温泉郷を手土産に、帝国へ亡命する。
 上手くすれば、バルルワ温泉郷伯の地位を得られるかもしれない。
 温泉郷の地下には膨大な量の兵器が眠っているという話だから、フォートロン辺境伯領と、その先にいるゲルマニウム王国を圧倒するのも容易だろう。




 魔の森を抜けた。




 ぱっと広がった視界の先では、数十機のロボットと数十両の装甲車が停まっていている。
 コンクリート製の大きなビルが1つだけ立っており、ビルと兵器がフェンスで守られている。
 形ばかりの国境警備隊といったところか。

「おーい、話を聞いてください!」

 僕は巨大な白い布――白旗を掲げながら、ゆっくりとビルに近づく。
 ビルの中から将兵らしき人影が何人も出てきたので、ロボットをひざまずかせて両手を掲げさせた。




   ◇   ◆   ◇   ◆




 幸いなことに、その若造――猫の耳とオッドアイを持った若き将校は、ゲルマニウム王国語が片言ながら話せるようだった。

「貴方、とても、運、いい」ビルの中を先導しながら、若造が言う。「ちょうど、今日、皇帝、ここ、いる。直接、話す、できる」

 まるで生前の日本を思わせる、先進的な造りの建屋内を歩くことしばし。
 やがて、大きな扉の前についた。

「ここ、司令官の部屋」

 扉が開かれる。
 奥の机に着いているのは――女?
 窓を背負っており、逆光になって顔がよく見えない。

「わたくし、ゲルマニウム王国において魔の森近縁を治めておりますコボルと申します」

 僕は揉み手で頭を下げる。

「魔の森近縁の土地を皇帝陛下に差し上げますので、このわたくしめを帝国臣民の栄誉にあずからせてはいただけませんか?」

「これはこれは、ご丁寧に」




 ……何やら、聞き覚えのある声だった。




「私、第14第皇帝を務めます、エクセルシア = ビジュアルベーシック = フォン = バルルワ = フォートロン = ト = ブ = モンティ・パイソンと申します」

 軍服姿のエクセルシアが立ち上がり、優雅に礼をした。

「死ぬほどお会いしたかったですわ、愛沢部長」
「死ぬほどお会いしたかったですわ、愛沢部長」

 優雅に礼をしてやると、

「なっ、なっ、なっ……」

 愛沢部長が、口をぱくぱくさせている。
 やがて、

「お、お前は誰だ!? 陽子か!? 千絵か!? 春奈か!? 叶恵か!? ■■か!? 風花か!? 美優か!? 明子か!? 瑠香か!? 理恵か!? あぁ、それとも――――……自殺した朝子か!?」








 ――――ぷっつん








 私の中で、何かが切れた。

 コイツ、私と同僚の4人だけでは飽き足らず、いったいぜんたい何人の女性を不幸にしてきたんだ?
 しかもコイツ、今、何て言った?
 自殺?
 は?

「…………■す」

 逃げ出そうとする愛沢を、キッシュ君と増援が押さえつける。
 私は、膝を折った愛沢を至近距離で睨みつけ、

「楽に死ねると思うなよ」

 愛沢に、ヘルメットを被せた。




   ◇   ◆   ◇   ◆




【Side 愛沢】


「――はっ!?」

 気がつけば僕は、真夜中の道路に立っていた。
 道路。道路だ。
 この街並みは……生前の日本?

 ――パァアアアアアアパパパパパッ!!

 突然の音に驚き、音の方を見る。
 真っ白な光。
 と同時、とてつもない衝撃が全身を襲った。
 くるくる、くるくる、視界が回る。
 街灯に照らされた街並みが回転する。

「ぎゃっ」

 どちゃっ、という音とともに、どうやら僕は地面に叩きつけられたらしい。
 意識を保てないほどの激痛。
 全身が熱い、熱い、熱い。
 いや、寒い。
 うすぼんやりとした視界の中、アスファルトの上でなお赤く照らし出されたものが見える。
 ……あぁ、僕の血だ。
 全身が寒くなっていく。
 怖い。
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い死にたくない死にたくない死にたくない!!




   ◇   ◆   ◇   ◆




「――はっ!?」

 気がつけば、僕は生きていて、何やら棒のようなものに縛りつけられている。

「「「「「一人はみんなのために!! みんなは一人のために!!」」」」」

「「「「「友愛を理解しない者に死を!!」」」」」

 僕を取り囲む気味の悪い連中が、僕の足元に火を点けた。

 熱い!
 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!
 やがて足の感覚がなくなったことに気がつく。
 息ができない。
 全身が炭化していく。
 狂乱する連中の顔が見えなくなった。
 熱い。
 死にたくない――




   ◇   ◆   ◇   ◆




「――はっ!?」

 また、気がつけば僕は生きていて、何やら台座の上に立たされている。
 僕の首に結ばれているのは……縄?

「愛沢部長」

 声がする方を見てみれば、エクセルシアが立っていた。
 狂気としか言いようがない笑みを浮かべている。

「どう? 私のこと、思い出してくれました?」

「助けてくれ」

「ダーメ。お前はこれから、毎日死ぬの。明けても暮れても死ぬの。毎時毎分毎秒ごとに、死んで死んで死に続けるの。私が飽きるまで死に続けるの。私、飽きっぽいから、まぁ1週間くらい頑張れば終わるんじゃないかな? 1週間といっても、この世界は3,400,000,000倍だからね。あぁ、狂うのは無しね。この空間では、貴方の精神は慎重に慎重を期して管理されているから、絶対に正気を失うことはないよ」

「助けてくれ」

「助けて?」

「助けてくれ!」

「貴方は、私や情報システム課のみんなが助けを求めてきたとき、ただの一度でも助けてくれたことがあった?」

「助けて」

「はいスタートぉ」

 縄が、ゆっくりと巻き上げられていく。

「ぐ、ぐげぇ……」

 ゆっくり、ゆっくりと呼吸ができなくなっていく。

「あ、が、ご……」

 苦しい。
 苦しい苦しい苦しい!
 死にたくない!
 いや、死ぬならせめて一思いに死なせてくれ!
 こんな死に方は嫌だ!!




   ◇   ◆   ◇   ◆




「――はっ!?」

 また気がつけば、僕は机の上で大の字になって縛りつけられている。
 机のそばには、ナイフを携えたエクセルシア。

「魔物肉の解体でちょっとは覚えたんだけど。愛沢部長、丁寧に切り分けてあげるからね」

「い、嫌だ……嫌だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
 というわけで、100回ほど死んでもらった。
 うん、満足したよ。
 愛沢にはああ言ったけど、さすがにもういいかな。

「……ふぅ」

 眠らせた愛沢を乗せた陸戦鉄神M9で、魔の森を抜けた。
 見えてきたのは、すっかりボロボロになってしまったバルルワ村。

「こりゃ復興大変だぞ。やってくれたな愛沢」

 愛沢――いや、コボル男爵のことは、ゲルマニウム王国の司法にお任せする。
 まぁ死刑は免れないだろうけど、内乱煽って亡命したんだからさすがに当然の報いだろう。
 コイツのことは、これでおしまい。
 私は前世のことを忘れて、カナリア君や領のみんなと一緒に生きていく。
 あ、帝国のことも考えなきゃ。

「やることが、やることが多い!」

 村に入ると、村人の皆さんが出迎えてくれた。
 温泉郷で働いている人たちもいる。
 ヴァルキリエさんやクローネさんを始めとした元奥さんたちも。
 バルルワ村、勢ぞろいだ。
 だが、カナリア君だけは姿が見えない。

 私は鉄神のハッチを開き、手を振りながら凱旋する。
 みんな笑顔だ。
 不安は取り除けたと考えていいだろう。

 M9を格納庫に収め、クゥン君に愛沢を下ろしてもらう。
 女神邸に入ると、爽やかなハーブティーの香りがした。

「お姉ちゃん」

 片づけられた居間で、カナリア君がお茶を用意して待っていてくれた。
 温泉卵と、ヤギミルクのアイスクリームもある。

「お疲れ様、お姉ちゃん」

 私はソファに座り、カナリア君を抱きしめる。
 カナリア君の、温泉の香りが鼻腔をくすぐる。

「疲れたよ」

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だよ」

「だけど、震えてる」

「大丈夫。ちょっと疲れちゃっただけなんだ」

「そっか」

 カナリア君が、私の頭を撫でてくれる。

「あ、いい。それすごくいい。安心する」

「少し、眠るといいよ」

 カナリア君が、私の頭を撫でてくれる。

「お姉ちゃんが起きるまで、こうしていてあげるから」

 カナリア君が、私の頭を撫でてくれる。
 私は、目を閉じた。

















 ……

 …………

 ………………

 ……………………

 ――ブーッ、ブーッ、ブーッ

 ポケットの中で、帝国でもらった携帯端末が震えている。

「あーもう」私は目を開ける。「せっかく今、いいとこだったのに」

 何というか、私って締まらないなぁ。

「もしもし」

『陛下!』

 キッシュ君だ。
 ものすごく慌ててる。

『シン帝国が、再び総攻撃を仕掛けてきました! 支えきれません!』

「早くない!?」
「ところでソラさん」

 例の不思議空間で、全国の国境警備隊からかき集めた旧式兵器のプログラム改修をやりながら、私は始皇帝ソラに尋ねる。

「シン帝国の皇帝は代々龍使いだって言ってましたけど」

「言ってないよ」

 ん?

「龍使いとは言ったが、代々とは言っていない。アレは龍人族で、恐ろしく長寿なんだ」

「ほぅ」

「私が国を興したころから、ずーーーーっと神龍帝・紅玉というヤツが治めている」

「へー」

 紅玉。
 ルビーね。
 Ruby on Rails、なんつって。

 Railsはスタートアップ期のTwitterにも使われた、超有名で優秀なプログラミング言語だ。
 より厳密に言えば、プログラミング言語ではなくフレームワークだけど。

「シン帝国はなぜ攻めてくるんですか?」

「それが、未だによく分からないんだよねぇ」

「をいをい」

「いや、だって」ソラさん、やれやれって感じのポーズをとって、「何度軍使を送っても、殺しやがるんだよ?」

「軍使を、殺す!?」

 それ、国として絶対にやっちゃいけないやつ。
『お前の国が絶滅するまで戦い続けるぞ』という最大級の宣戦布告行為。
 だからこうして、独ソ戦や太平洋戦争ばりの全滅戦争やってんのか。

「だから、あいつらとの対話は無理。こっちはマジノ線でひたすら防御し続けるしかないのさ。打って出るにも四龍が強過ぎるしねぇ」

「なるほどです」




   ◇   ◆   ◇   ◆




 というわけで再び、プログラミング戦争開始。
 私は前線に投入された旧式兵器たちの中にもぐり込み、実践(実戦)しながらプログラム改修を加えていく。

 ……とは言え、一生こうやって戦い続けてるわけにもいかない。
 私には、カナリア君と甘々な結婚生活をするという使命があるのだ!
 そういえば、カナリア君は?




「呼んだ、お姉ちゃん?」




「うおっ」

 いきなり声がしたかと思うと、私はいつものナゾ空間にいて、そこにカナリア君もいた!

「まさか、ソラさんの試験、クリアしたの!?」

「うん」カナリア君が微笑む。「何て言うかコレ、すごいね。今ならお姉ちゃんにも負けない気がするよ」

「生意気言いやがってこのこの~! うりゃうりゃ!」

「きゃ~っ」

 って、こんなことしてる場合じゃなかった。

「じゃ、僕はシン帝国の通信傍受をしてくるよ」

 何やら1段階大人びてしまったカナリア君が、とんでもないことを言い出した。

「もぐってくる」

「シン帝国もこっちと同じくらい進んでるの!? っていうか何で分かったの?」

「今、早期警戒機の電波受信プログラムを改修した。シン帝国には、原始的な無線通信までは存在しているよ」

 ということは、1900年代の日本。
 日露戦争当時くらいの技術レベルか。
 っていうか早期警戒機を改修したって言った!?
 マ、マジに私よりスキルレベル高いじゃん……。

 もしかして私、未来の魔王的存在を覚醒させてしまったのでは?
『アイ・アム・ユア・ファーザー……』とか言い出さないように、しっかりと愛してあげよう。

「お姉ちゃん、情報欲しがってたんでしょ? 行ってくるね」

 シュンっと姿を消したカナリア君。
 少し、いやかなり不安だが……任せるしかないだろう。




   ◇   ◆   ◇   ◆




 長い長い、戦いの日々だ。
 次々と投入される四龍。
 大急ぎで兵器工場を回し、全国の型落ち兵器をかき集めながら、何とかかんとかマジノ線を守り続けて1ヵ月。

「分かったよ、お姉ちゃん!」

 私の前に、カナリア君が現れた!

「シン帝国の目的!」

「ぐぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっじょぶカナリア君! 愛してる!」

「僕も! それでね」

 カナリア君の手の上に、無線型イヤホンのようなものが生成される。
 私はそれを、自分の耳に突っ込む。

「「「「「$W#$&vaelijeh;q2335!#456g:poj(‘#$5;:oljkmsbrep:o=~;nkcjh;ldkjfa%$&$-21!”#f:dp;ojsgr:);&(+GUO5$W#$&vaelijeh;q2335!#456g:poj(‘#$5;:oljkmsbrep:o=~;nkcjh;ldkjfa%$&$-21!”#f:dp;ojsgr:);&(+GUO5」」」」

 ぎゅっと圧縮された音声データが、私の脳ミソに詰め込まれた。
 その中で、神龍帝・紅玉の発言とされる一言が、私の心臓を鷲づかみにした。




『愛沢部長は!? 愛沢部長は、まだ見つからないの!?』




   ◇   ◆   ◇   ◆




 次回、最終回。
『愛沢部長は!? 愛沢部長は、まだ見つからないの!?』

 神龍帝・紅玉。
 ルビー。
 Ruby on Rails!!

 ビンゴだ。
 シン帝国の皇帝は、愛沢部長に追い詰められて自殺した朝子さんという方だ!
 転生した順番がまちまちなのが気になるが、そんなのは今さらだろう。
 私とソラさんの間には数百年の開きがあったし、そもそも私、愛沢より先に死んでるし。

「カ、カナリア君」私の声は震えている。「シンの皇帝と通話することって、可能?」

「可能だよ」

「さっすがカナリア君!」

 カナリア君の手の上に、原始的なマイクと聴音機が手渡される。
 あぁなるほど。
 これが、カナリア君がシン帝国内で見てきた電話の形なのね。

「じゃあ、カナリア君」

「うん。繋げるね」

『愛沢部長は見つかったの!?』

 ガラガラ、ゲコゲコとした声。
 龍人族と言うくらいだから、竜かトカゲのような外見なんだろう、きっと。

「見つかりましたよ」

『……お前は、誰だ。なぜ、この秘匿回線を知っている?』

「私は■■工業株式会社 総務部 情報システム課の――」

 電話の向こうで息を飲む音が、聴こえた。

「■■■■と申します。朝子様のお電話でよろしかったでしょうか」

『転生者!?』

「はい、シン帝国皇帝・紅玉陛下。私は貴女が攻めているモンティ・パイソン帝国の皇帝エクセルシア = ビジュアルベーシック = フォン = バルルワ = フォートロン = ト = ブ = モンティ・パイソンです。愛沢部長は確かに、我が国におります」

 厳密にはバルルワ = フォートロン辺境伯領に、だけど。

『あぁ、あぁ、本当にいた! この世界に生れ落ちてからずっと、あの人の魂の鼓動を感じ続けていたから』

「言うて愛沢部長がフォートロン辺境伯家に生まれたのは5、60年前のことで、貴女が戦争を仕掛けてきた数百年前にはまだ、生まれていなかったのですが」

『あら、そうなの? でももう、そんなことはどうでもいいわ!』

 めちゃくちゃな人だな。

「っていうか愛沢部長探してるだけなら、何も征服しなくてもいいじゃないですか」

『アナタそれ本気で言ってる?』

「はい?」

『まともな戸籍もないようなこの異世界で、他国で人探しなんてできるわけがないじゃない』

「あー……」

 確かに、バルルワ = フォートロン辺境伯領でも従士以外の一般領民は戸籍管理していない。
 だから征服して、戸籍制度敷いてやろうって?
 一瞬納得しかけたけど、やってることがめちゃくちゃだ。
 それに、

「いやいやいや、それで愛沢部長が死んだらどうするんですか」

『大丈夫。あの人は絶対に死なないわ』

 ……なんだろう。
 この人は、ヤバい。
 深入りはしない方が良さそうだ。

「愛沢部長の身柄を引き渡す用意が、こちらにはあります。だから」私は、言った。「停戦しませんか?」




   ◇   ◆   ◇   ◆




 数日後。
 全ての戦闘が終了したマジノ線に、身長数メートルのトカゲの集団が現れた。
 中でも異彩を放つ、ビッグマムみたいな見た目をした10メートル近いトカゲが、

「愛沢部長! 愛沢部長はどこなの!?」

 挨拶もなしにわめきはじめた。

「こちらに」

「ヒッ!?」

 私は、後ろ手に縛られた愛沢を紅玉皇帝の前に押し出す。

「あぁ、愛沢部長!」

 紅玉皇帝が触手みたいに長い舌を出して、愛沢の体を吊るし上げる。

「ヒィイイイイイイッ! 助けてくれ!」

「あぁ、あぁ、こんなに怖がっていて、可愛そうに。でも、もう大丈夫」愛沢を舌で吊るしながら、器用に喋る紅玉皇帝。「私が一生愛してあげるから。ほら、貴方のために不老不死の秘薬も用意したのよ。貴方を愛せるのは私だけなの。だからもう二度と、私のことを嫌いだなんて言わないでちょうだい」

 自殺って、そっちの理由で自殺したんかーい!!
 はー、もういいよ。
 末永くお幸せに。

「あぁ、それと■■さん」

「はい?」

「この国、あげるわ。私はもう、目的を達成したから」

「…………はい?」

「今日から貴女が、シン帝国の皇帝よ。私は引退して、愛沢部長と愛の巣を作るの」

 ざざっと私にひざまずく、トカゲ人間――シン帝国の重鎮たち。

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
「「終わった~~~~!!」」

 数日後。
 終戦にまつわる諸々を突貫工事で終わらせて、私とカナリア君はバルルワ村の女神邸に戻ってきた。
 終戦の始末が数日でできるのかって?
 まぁ、私、両帝国の皇帝になったし、私には3,400,000,000倍の世界があるし。

「ねぇ、カナリア君」

 人払いをして、居間でカナリア君と二人っきり。

「なぁに、お姉ちゃん」

「私のこと、好き?」

「好きだよ」

「あのね」

「何?」

「話さなきゃいけないことがあるの」




   ◇   ◆   ◇   ◆




 洗いざらい喋った。
 転生のこと。
 前世の知識があったから、プログラミング無双ができたこと。
 そして何より、私の本当の年齢のことも。

「だから、何?」

「え?」

 カナリア君が、少し怒っている。

「そんな、たかがそれだけのことで、僕がキミのことを嫌いになると、キミは本当にそう思っているの、エクセルシア?」

 キスされた。
 ついばむようなキスだ。
 カナリア君が、私をソファに押し倒す。
 気取ったような顔をしながらも、カナリア君の顔は真っ赤だ。
 今度はこちらからキスしてやる。
 私はそのまま、カナリア君のズボンに手をかけ――

「いかんいかんいかん!!」

「僕はいいのに」

「ダーメ! カナリア君が成人して、ちゃんと結婚してからね!」

「まだ10年あるけど」カナリア君が、挑戦的な笑みを見せてくる。「ガマンできるかな、エクセルシア?」

「~~~~~~~~ッ!!」

 今度こそ、幸せになろう。
 今世でこそ。
 カナリア君と、一緒に。

 さようなら、前世の私。
 こんにちは、今世の私。




 Public Sub Excelsia()
  MsgBox "Hello World !!"
 End Sub




 >Hello World !!




   ◇   ◆   ◇   ◆




 最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。

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