「なっ、なっ……」

 カナリア君と一緒に陸戦鉄神M4に搭乗した私は、息を飲む。
 格納庫の扉を開いた先――魔の森の様子が、M4のメインスクリーンに映し出されている。
 望遠されたカメラの中央に、地龍シャイターンが木々を薙ぎ倒した跡を道路代わりにして何百台もの戦車が、装甲車が、何百機もの陸戦型鉄神が出てくる様子が映し出されている。

 地下の遺跡に眠る兵器群の、百倍以上の戦力。
 極めつけに、魔の森上空には飛空艇のようなものまで浮かんでいる。
 とてもじゃないが勝てっこない。
 が、黙って蹂躙されるわけにもいかない。
 領民が避難するための時間を稼がなくては。

「カナリア君はこのままM4に乗って、格納庫の隠し通路から地下遺跡へ。ありったけの戦車と鉄神を起動させて、奇襲の準備をしておいて」

「お姉ちゃんは?」

「2号で時間を稼ぐ」

「逆だよ。時間稼ぎなら、M4でボクが行くべきだ」

「ありがとう。でも、ダメだよ」

「お姉ちゃんが死んじゃったら、ボクは――」

 私はカナリア君をぎゅっと抱きしめる。

「…………いや、やっぱり、私が行った方が良さそうだ」

「どういうこと?」

「ほら」

 メインモニタの中央。
 ひときわ立派な塗装を施された鉄神が、単騎で城壁へと近づきつつある。
 よく見てみれば、白旗を掲げている。

「あれは、軍使というやつかな、たぶん」

 戦いの前の挨拶というか、降伏勧告にでも来たのかもしれない。
 何にせよ、交渉の余地があるのは良いことだ。

「これは、領主である私の仕事だ。国と国との交渉事に5歳児なんて持ち出したら、相手を怒らせちゃうでしょう?」

「それは……そうかも、だけど」

「というわけで、奇襲作戦の準備をしておいて」

「了」




   ◇   ◆   ◇   ◆




 私が労働一一型鉄神2号に乗って単身で向かうと、

『話が通じそうな相手で助かったよ』

 鈴の鳴るような声とともに、敵機の中から搭乗者が出てきた。
 鉄神の手の平に飛び移ったその姿は――

「褐色ショタ!? しかもネコ耳!?」

 褐色肌に、肩口で切り揃えられた白髪、ネコ耳、金と碧のオッドアイという属性過多な美少年だった!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

『あはぁっ、開口一番、「褐色ショタ」に「ネコ耳」ときたか』

 年のころは10歳くらい?
 身長140くらいの小柄な体は金糸マシマシな瀟洒な軍服に包まれていて、『さぁ今から血みどろの戦争をしましょう』といった雰囲気には見えない。
 その少年が、人を食ったようなシニカルな笑顔を浮かべて、

『しかも、流ちょうな帝国語だな。いわゆる「転生特典」というやつかな? どうやら大当たりだったらしい』

「どっ、どういうこと!?」

『余は』褐色ネコ耳ショタが、鉄神の手の上で優雅にお辞儀をする。『モンティ・パイソン帝国、第13代皇帝キッシュ = ト = ブ = モンティ・パイソンだ。顔を見せてくれないかな? 異世界から来た旅人よ』

 皇帝!?
 皇帝本人が来たの!?
 っていうか皇帝がショタ!?
 そんなことより、この人、転生うんぬんのことを知っている!?

 ……混乱するばかりだが、今はコイツの指示に従うほかはないだろう。
 コイツを2号でとっ捕まえて人質にすることも考えたが、コイツが皇帝本人である保証はどこにもないのだから。
 もしコイツが影武者だったら、捕まえた途端に即開戦。
 あの、圧倒的物量でバルルワ = フォートロン辺境伯領は、いや、ゲルマニウム王国は秒で蹂躙されるだろう。

 ――プシュー

 私はハッチを開いて、鉄神の肩の上に上がる。
 鉄神の身長差もあって、私と皇帝キッシュは正面から見つめ合う形となる。

「あはぁっ。これはまた、ずいぶんと可愛らしいお嬢さんだ」

 お嬢さんて。
 アンタの方が年下でしょう、どう見ても。
 それとも、コイツも転生者なのか?

「あはぁっ。余は転生者ではないよ」コチラの考えを読んだかのようなタイミングで、皇帝キッシュが笑った。「代々、皇帝にだけは始皇帝ソラの日記を読むことが許されていてね。――それで」

 皇帝キッシュがネコのような身のこなしで、私の鉄神に飛び移ってきた。
 いわゆる『顎クイ』をされる。




「9999を99999にしたのは、キミだな?」




「――!?」

「あれは、ワナだったんだよ。プログラミングスキルを持つ人間を炙り出すためのね。全てのアンドロイド、ロボット、自動車や兵器には、プログラムが書き替えられた時点で、そのことをモンティ・パイソンの中央管理サーバに発信するためのプログラムが埋め込まれているんだ」

「ど、どうしてそんなことを!?」

「ヘッドハンティングのためさ。我が国は常にIT人材が不足していてね。だから、周辺国に我が国の製品をわざとバラまいて、センスがあるヤツを探しているのさ。今回は大当たりの様だ。――さぁ」

「きゃっ!?」

 皇帝キッシュが、私をお姫様抱っこした!
 そのまま、ぴょんぴょんと皇帝機の中へ連れ込まれる。
 ヘルメットのようなものを渡されて、

「これを付けたまえ。我らが始皇帝ソラ陛下がお待ちだ」

「ちょっと待って、どういうこと!?」

「言っておくが、拒否権はないぞ? こちらの要求はお前の身柄。それ以上のものを奪うつもりはない。が、お前が抵抗するのなら、その限りではない」

 私は無理やり搭乗席に座らされ、ヘルメットを被らされる。

 ――バチンッ

 と脳が弾けるような衝撃がして、目の前が真っ暗になった。




   ◇   ◆   ◇   ◆




『今から100個の問題が出題される』

 どこまでも広がる白いタイル。
 ただ、1対の机と椅子、そして1台のノートパソコンだけが存在する空間で。
 ノートパソコンのモニタに、そう表示されている。
 いや、より具体的には、画面の右下に『お前を消す方法』を検索するためだけに存在するイルカが漂っていて、そいつが吹き出しでそう言っている。

『全問正解した場合に限り、貴女は解放される』

「なっ……」

 イルカのクセに生意気な。

『第1問題』

「ちょっ、テンポ早いって!」

『コンソールに「Hello World」と表示させよ。言語はPythonとする。制限時間は10分』

「はぁ? いくら都落ちだからって、元プログラマの社内SEを舐めんな」




 print('Hello World')




 ノートパソコンのOSは、WindowsとmacOSを足して2で割ったような仕様になっていた。
 プログラムそのものは秒で書けたものの、コマンドプロンプトというかターミナルというか、コンソール画面の開き方だったり、プログラムファイルの実行手順で戸惑った。
 が、

『> Hello World』

 なんとか、残り3分で出力させることができた。

『正解。第2問』

「だからテンポ早いんだって!」

『「print(‘2’ - 3 * 7)」。何と表示される? 制限時間は1分』

「1分!?」

 3択が表示される。

 1:19
 2:-19
 3:表示されない(エラー)

「ええとええと、-3 * 7で-21。そこに+2するから-19?」

 私は液晶に表示されている『-19』の選択肢ボタンをタップしかけて、

「違う違う!」慌てて指を引っ込める。「2が文字列になってる! だから答えは3だ」

『3:表示されない(エラー)』をタップ。

『正解。第3問――』




 意識が加速していく。




 矢継ぎ早に出題される問題。
 容赦のない制限時間。
 脳が全力で汗をかき始める。
 呼吸が浅くなる。
 と同時に、ひどく冷静沈着に、集中している自分がいる。

『第10問。「果物」インタフェースを作成し、「リンゴ」クラス、「ミカン」クラスを実装せよ。各クラスに持たせるメソッドは――』

「ちょいちょいちょいちょい!」たまらず私は、イルカに語りかける。「私、Pythonは聞きかじった程度しかできないんだって! VBAでやらせて!」

 ビジュアルベーシック・フォー・アプリケーションズ!
 エクセルシア・ビジュアルベーシック・フォン・アプリケーションズの本懐、ここにあり。

『…………』イルカ君、しばらく悩んでいる様子だったが、『許可する』

 ゆ、許された!

 モニタに、見慣れたVBE(VBAの開発画面)が表示される。
 これは勝ち申したわ。
 VBAさえあればこっちのもの。
 私は秒で問題をクリアした。

『正解。第11問――』

 いよいよ楽しくなってきた!




   ◇   ◆   ◇   ◆




『第19問。オセロ(リバーシ)を実装せよ。升目は8*8である。制限時間は60分』

 1時間でオセロ作れって!?
 できらぁ!
 エクセルシア舐めんな!




   ◇   ◆   ◇   ◆




『第23問。将棋を実装せよ。制限時間は30分』

『第31問。インベーダーゲームを実装せよ。制限時間は15分』

『第40問。陸戦四二型戦闘車両搭載IFFを実装せよ。仕組みは次のとおり。――制限時間は10分』

『第52問。空対空戦闘九九型航空機のアビオニクスを全て実装せよ。諸元は次のとおり。――制限時間は5分』

『第74問。量子コンピュータを実装せよ。理論も諸元も自由とする。制限時間は1分』

『第88問。当該惑星網羅シミュレータの対地龍迎撃プログラムを実装せよ。制限時間は1秒』

『第99問。地球を再構築せよ。制限時間はコンマ1秒』




 思考は無限に加速する。
 私は0と1になる。
 人でありながら、人でなくなる。




『第100問――――……』