「各グループの自己紹介が終わり次第、荷物を持って転移陣まで移動するように。
番号を呼ばれたらまとまって陣に入るように」
各学年主任と担任達が口々にそう言いながら促すのを意識の片隅に捉え、グループ移動を始めたところですぐ背後から声がかかったわ。
「公女、うちのリーダーがつくづく申し訳ない。
しかし差し出がましいとは思うけど、公女にもいま少し公女たる自覚は持って欲しい」
まあまあ、まあまあ!
最後の言葉は耳元近くで不意打ちね!
軽く振り向けば私より高い目線から申し訳なさげなお顔が中性的!
ノーマル、アブノーマル、百合も衆道も何でもござれな妄想を掻き立てる罪深いお顔じゃないかしら?!
あちらの世界の現代ミステリーの主人公にだってミナ様ならなれましてよ!
ミステリーを書くのが苦手な己がこれほどに悔やまれた事はないわ!
「……公女?
その、すまない。
会ったばかりなのに、このような事を言うべきでは無かった」
あら、いけない。
妄想が暴走していたわ。
しまった、なんて焦ったお顔はお口よりも物を語っていてよ。
なんて可愛いお孫ちゃんかしら!
あの俺様婚約者も孫なのだから、ミナ様もお孫ちゃん認定でいいわよね!
祖母ちゃん、可愛いがっちゃう!
「うふふ、ごめんなさい。
お気になさらないで。
仰る事は理解していてよ。
特に辺境を守るウジーラ侯爵家の方ですもの。
私の素行に何も思わないはずがないわ。
家格く、こほん」
あらあら、お孫ちゃんフィーバーでうっかり家格君て言いそうになったわ。
淑女の微笑みがデフォルトで良かった。
「ふふふ。
公子の言動も気にしておりません。
魔獣討伐の実戦でつまらない見栄など張ってグループを危険に晒すより、つまらない嘲りを受けても現状をお伝えする方が余程マシですもの」
「……随分と大人な対応だね。
そこは感服するよ」
「ちっ、無才無能を無才無能と言っているだけだ」
うふふ、家格君たら、相手にされたいのかしら?
追い抜きざまに言い捨てて足早に先に行ってしまったわ。
でも今は漲り滾るこの妄想を頭に刻み込むのに必死なの。
相手なんてしていられなくってよ!
なんて思っていたら、早々に転移陣に到着してしまったわ。
そうね。
数十メートル奥に歩いただけだものね。
地面の転移陣という名の魔法陣は、直径5メートルくらいの円陣。
陣からは淡く白い光が出ているわ。
魔法陣にはこちらの世界の古語やモチーフが浮かんでいるのだけれど、前世の世界的にはそれっぽい円陣だと思ってくれればいいかしらね。
「グループAD8」
1つ前の人達が光った魔法陣の中に消えたから、次が私達ね。
それにしても今年の合同訓練からは難易度が上がるって本当なのね。
私は魔法陣を見ればどこに転移するのかわかるわ。
でも普通はこんなに早く魔力を通さずに場所を限定なんてできないみたい。
それよりあの魔法陣、引っかけも仕掛けてあるから面白いわね。
そう思っていると、ラルフ君がこちらを見るから、小さく2度頷いておいたわ。
油断しちゃ駄目っていう合図よ。
それを見て、私とカルティカちゃんを挟むようにラルフ&ローレンの2人が立つ。
ラルフ君はベルトの腰の辺りに引っ掛けてある革紐のトップにつけた剣のモチーフにそっと手を触れたわ。
「グループAD9」
私達ね。
A、Dクラスのクジ番号9番ていう意味よ。
8人で円陣の中央に進んで立つ。
「用意はいいかしら」
4人で等間隔に立って魔法陣を維持している、居残り学年の先生の1人が声をかけてくれる。
「「はい」」
家格君とラルフ君の2人のリーダーが返事をすれば、円陣の白い光が私達を包む。
瞬きする間に景色が変わったわ。
「ふん、今回は森か。
随分薄暗いな」
「そうだね。
何年かに1度は変わる趣旨変更かもしれない」
さすがに4年生ともなれば訓練にも慣れているみたいね。
確か昨年はもっと明るくて開けた森だったし、新1年生が多少パニックになっても逃げられる魔獣ばかりの森だったから、全然違うわね。
リーダー家格君に続いてサブリーダーお孫ちゃんと2人して肩を並べて辺りを見回しているわ。
「ローレン」
「はい」
こちらのリーダーとサブリーダーは私達を挟んだまま、互いに背中を向け合い、目視と索敵魔法を使ったわ。
といっても微々たる魔力を地面に沿って網状に広げただけだから、余程臆病で敏感な魔獣でないと気づかれないでしょうね。
私は右、カルティカちゃん左を目視する。
私達がグループで食料調達する時のフォーメーションね。
「ふん、まだ入学して1年経っただけの未熟な学生がいる訓練だ。
びびって全員総動員で警戒するとはな」
「でも何だかこれまでと様変わりし過ぎではありませんこと?」
相変わらずの不遜な家格君だけれど、索敵を使っているとは思っていないみたいね。
良いのかしら?
油断大敵だと思うわよ?
訝しげなマイティ嬢は警戒するようにいつでも防御魔法を出せるように身構えているわ。
リム令息も。
ある意味正解ね。
家格君の隣のお孫ちゃんは索敵を使ったわ。
正解よ。
「公子!」
「うわ!」
周囲を警戒していたお孫ちゃんが家格君を蹴り飛ばした瞬間、彼のいた地面がボコッと陥没してそのまま穴に落ちてしまう。
ギインッ。
と、思ったのも束の間穴から鈍くぶつかる金属音がしてハイスピードに何かが上へ突き上がる。
「なっ」
「きゃっ」
侯爵組2人は驚き、小さく悲鳴をあげ、尻餅をついてしまったけれど、自分達の周りだけ防御魔法を展開したわ。
色々と残念な子達ね。
次から金髪呼びでいいかしら。
でも確かに気持ち悪いわ。
穴から長い胴体を見せて立ち上がっているのは巨大ムカデだもの。
上からならともかく、腹側から見るのは無数の脚がウゴウゴしてなかなかのグロテスクさよ。
「くっ」
頭上からお孫ちゃんの声がして、上を見上げると抜剣して多分顎に当たる部分、毒のある顎肢の左の牙に斬りつけているわ。
無言だけど、私達の目の前からリーダーのラルフ君は消えているの。
咄嗟の判断でミナ様の反対側の顎肢にに斬りつけているわ。
ムカデが上に突き上がる時に飛び込んだみたい。
「公女!」
「焼くと美味しいわ!」
「「「「はあ?!」」」」
4年生達は取り敢えず無視ね!
「下処理方法!」
もちろんうちのリーダーの声には反応してよ!
「ラルフ君は顎肢の1つ下の節を節に沿って切断!
毒が顎肢にあるから気をつけて穴の外に落として!
ローレン君、穴に火球!
カルティカちゃん、手分けして魔獣避け(改)!」
「「「了解!」」」
「「「「ええ?!」」」」
お孫ちゃんも加わった4年生達は驚いているわ。
でも叫ぶ余裕があるのに役に立たないわね。
もちろんお孫ちゃん以外の事よ。
「命に感謝を!」
「「「美味しくいただきます!」」」
リーダーのいつもの掛け声といつもの合言葉を私達2年生は声に出し、それぞれ行動する。
「カルティカちゃん!」
「はい!」
私はまず手持ちの鞄からすぐに取り出せるようにしておいた長さ50センチほどのペグ2本とハンマー1つを可愛らしい眼鏡女子に手渡し、自分もそれを持って走る。
ペグはテントにも使える仕様なの。
パキィン!
まずはペグの1本を打ちつける。
あちらでは同じタイミングでカルティカちゃんも打ちつけたわ。
上の円盤に魔力を込めてハンマーで打つと、対になるペグ同士がまずは連動の動きを見せるわ。
澄んだ音が響いたらオッケー。
「切断したらあっちに蹴り飛ばすぞ!」
「わ、わかった!」
上空ではラルフ君と戸惑い気味のお孫ちゃんが協力してムカデの背面に回る。
あの手の虫型魔獣は背面に回れば攻撃は当たらないわ。
2人が手にしている剣にラルフ君は風刃効果、お孫ちゃんは水刃効果を魔法付与させたわ。
その剣でまずは節と節の間の真ん中にそれぞれの剣を突き立て、それぞれが外側に向かって切断する。
『ギャアアアア!!』
耳にキンとくる、つんざくような奇声を上げてムカデは這い出ながら暴れようする。
けれど私とカルティカちゃんがムカデの飛び出る穴の周りに4つのペグを突き刺して打ちつける方が早かったわね。
4本全てに魔力が通ったわ。
全てのペグが連動と共鳴を起こし、ある波動を内に向かって放出し合う。
つまり閉じ込め結界みたいな状態になったのだけれど、そのせいでムカデは穴から出られず、見えない壁に当たるのを嫌がるように暴れる範囲も狭まったわ。
魔獣避けは本来なら囲われるのは人間で、魔獣が嫌がる波動を外に向かって放出して追い払うの。
けれどこの(改)は発想の逆転で、魔獣を囲って閉じ込めるのに使っているわ。
各ペグを少し斜め上向きに刺しているから波動が共鳴、反響し合って上空まで効果を及ぼしているわ。
もちろん細工して本来の魔獣避けよりも放出する波動の力を大きくしてあるせいか、この使い方だと長くはもたないのとメンテナンスが都度必要になる事が難点ね。
でも魔法具師科の私がいるから、魔力も価格も最低限で設置できちゃう分お得なの。
「はあ!」
魔獣避け(改)の設置完了を待ったかのように気合い一発、ローレン君が穴に魔法で作った火球をこれでもかと投げ込む。
この魔法具の良い所は魔獣を閉じ込めつつ、外からの攻撃もできる所ね。
「蹴るぞ!」
「任せろ!」
上空では頭部の切断が完了して動きがピタリと止まったムカデの頭をラルフ君達が蹴り飛ばした。
あらあら、家格君の足元に落ちたわ。
「うわ!」
身体強化魔法を使っているから、勢いよく跳ねたわね。
まあまあ……。
討伐中にぼうっと見てるだなんて、危ないわよ?
ピシャッとムカデの体液がお高そうなブーツにかかってしまったわ。
念の為1つ下の節から切断するよう指示しておいて良かったわね。
1つ上の節から切断してると先に毒が飛び散って物によっては硫酸がかかったみたいに溶けちゃうから。
まだ頭はウゴウゴ動いててちょっと気持ち悪いけど、美味しくいただく為の試練ね!
「ラルフ君、風魔法でそのまま穴に体を沈められるかしら?」
「任せろ」
「私も手伝おう」
あら、お孫ちゃんも風属性の魔法が使えたのね。
素敵よ。
使える魔法の属性は人によって偏りが出るの。
沢山の脚の1つに足を引っかけて待機していた2人は、今度は直立不動に固まるムカデの背を蹴って飛び上がり、左右に揺れ始めた胴体に上から魔法で風圧をかけてまだ燃えている穴に沈めてくれたわ。
ローレン君、火加減バッチリね。
2人はちゃんと穴の外に着地したわ。
怪我をしなくて何よりよ。
私は荷物の中から使い捨ての燃焼用の魔石を取り出してポイポイッとまだまだ燃えている穴に放り込む。
途端にゴウッと火の勢いがましたわ。
これ、酸素無くても燃焼してくれるから蒸し焼きにちょうどいいの。
「カルティカちゃん、土魔法で穴の上に蓋をする感じで埋めてくれるかしら?」
「今日は蒸し焼きですね。
喜んで。
どれくらいで出来上がります?」
ふふふ、眼鏡の奥の目が輝いていて可愛らしくってよ。
「そうね、小一時間放置していれば出来上がるはずよ」
「小一時間……待ち遠しい……(ジュル)」
「早速公女の手料理が食べられるんですね!」
唾を飲み込むカルティカちゃんと素直に喜ぶローレン君。
素直な若者は可愛らしくて好きよ。
「公女、魔獣避け(改)は回収した。
すぐにメンテナンスだ」
「まあまあ、助かるわ。
これ、少しブーストをかけた正規の魔獣避けよ。
ムカデは番でいる場合が多いから、先に設置してもらえるかしら?
範囲はいつも通りで」
「「「……了解」」」
3人に2つずつ魔獣避けを手渡す。
こっちのは同じ長さの、ただの杭みたいな形よ。
中に魔石が入っているタイプで、魔石の魔力は既に満たしてあるから突き刺すだけ。
返事にタメがあったのは、いつもなら4つで良いからかしらね。
3人、いえ、お孫ちゃんも合流して4人は少し広範囲で地面や周囲を念入りに索敵魔法で調べながら魔獣避けを突き刺し始めたわ。
「ふん、少しは役に立つじゃないか。
しかし俺の靴を汚したのはいただけない」
「あらあら?
手伝ってもらえるのかしら?」
随分と上からの物言いなのは家格君よ。
洗浄魔法でも使ったのでしょうね。
靴は自分で綺麗にしたみたいだし、討伐訓練で汚れる事に何か問題があるの?
もちろん私はさっきリーダーから受け取った魔獣避け(改)のメンテナンスを開始しているわ。
鞄から敷布を取り出して広げて座ったら、工具箱と受け取ったペグを並べる。
作業をするから胡座をかいて座ったけれど、行儀が悪いとは思わないでちょうだいね。
「何様だ。
それは魔法師となる俺がすべき事ではない。
魔力の低い、魔法もまともに使えない公女にこそ相応しい作業だろう。
それよりこちらは靴を汚されたんだ。
謝罪の一つも欲しいんだが?」
まあまあ。
これが若者達に時折流行るという、いちゃもんというやつかしらね?
まあいいわ。
どのみち使用頻度の高い魔法具を信用できない人に触れさせられるはずがないもの。
「そんな魔法具より公女、先程の討伐は何です?
貴女達グループは随分手慣れていらっしゃるようですが、リーダーでもないあなたが何故指示を出していたんです?」
「あらあら?」
そんな魔法具より?
討伐に使用したのを直接見たはずの魔法具のメンテナンスを?
家格君といい、この金髪君といい、危機感が無さすぎないかしら?
「公女とはいえ、合同討伐訓練中は上級生やリーダーに指示を仰ぐべきでしょう。
今回はたまたま上手くいったからいいようなものの、何かがあってからでは遅いんです。
勝手な言動は慎んでいただきたい」
「まあまあ?」
家格君の靴の汚れ話はもういいの、金髪君?
それに金髪君てば、私はうちのリーダーに従って指示を出したのだけれど、もしかして視力と聴力が弱くて状況把握ができていなかったの?
尻餅をついてから自分の周りにだけ防御魔法を展開して特に何もしていなかったから、てっきり状況を観察しているものだと思いこんでいたわ。
だとすると……あらあら、何という事でしょう!
ハッとして彼らのお話をバックミュージック代わりにしつつ、作業をしようと工具箱を開けた手を止めてしまったわ。
身体的な問題に加えて、そもそもこの子達の実力が4年Aクラスの平均的な実力なら、この森に留まるのはまずいのではないかしら?!
思わず口を開こうとしたけれど、考え直す。
そうね、やめておきましょう。
そもそも今日は訓練だもの。
何かがあるのが普通だったわ。
お婆ちゃん、若者の芽を潰すところだったのね。
危ない、危ない。
なんて思っていたら、今度は金髪ちゃんが胡座をかいた私の正面に仁王立ちして腰に手を当てて胸を張ったわ。
「リム、このグループは私達と違って手慣れているのは当然ではないかしら。
Dクラスは討伐や食料調達をするしか能のない底辺のクラスだもの。
公女も私達が劣っているわけじゃないとわかってらっしゃるはずよ」
そうね、劣っているなんて思っていないわ。
実力不足なだけよね。
わかっているわ、とにっこり微笑んで意思表示よ。
「ニルティ様もリムもわかっているでしょう?
結局討伐したのはミナ様よ。
ねえ、ロブール公女。
おわかりでしょうけれど、魔獣の討伐で無事に過ごすなら生活魔法くらいしか使えない、魔法具頼みの貴女では危ないわ。
大して役に立てないお荷物も同然の貴女や実力不足な他の2年生は何をしても活躍した事にはならない。
そうでしょう?」
「まあまあ?」
何だか金髪ちゃんの雰囲気が必死に絡もうとする毒の無い赤ちゃん蛇みたいね。
それにしても、どうして精神作用系に特化した闇属性の魔法を使っているのかしら?
これは精神感応魔法ね。
自分と同調させようとする時に使うような、相手の精神を攻撃していくタイプの魔法よ。
使い方にもよるけれど、魅了魔法とは違って好意を持たせて自主的に従わせ、そこに快楽を生じさせる魔法ではないの。
でもわからないようにしてあるけれど、本来の魔力量は私の方がこの子を凌駕しているわ。
一般的に精神に作用させる魔法って、お互いの魔力量の差が影響するのよね。
分かりやすく言うと、そうね。
中位以上の魔獣がよく放ってる威圧みたいなものね。
人でもできる威嚇とは別物よ。
災害級と呼ばれる魔獣や聖獣ちゃん達クラスの威圧なら、時に失神や最悪はショック死を招くから、怖いのよ。
この魔法は威圧のようにあからさまな恐怖を与えるものではないけれど、そんな感じで精神に作用させようとするのが攻撃的なの。
突き詰めた精神魔法に隷属魔法もあるわね。
魔力量が多ければ魔法の使用者は有利だし、対象者の方が多ければ不利ね。
不利な状況を埋めるのが使用者の魔法の熟練度なのだけれど、この子の魔法は雑だから困ってしまうわ。
今まではたまたま相手より魔力量が上回っていたんでしょうね。
とっても得意顔よ。
仮に魔力量が私より上回ったとしても、この程度の雑な魔法なら対処法を心得ている私には効かないのだけれど、どうしましょう?
上級生のプライドもあるでしょうし、かかったふりでもしようかしら?
でも何をさせたいのかしらね?
さっきからトンチンカンな発言ばかりで、若者の主張が理解不能だわ。
これが噂のジェネレーションギャップ?
確かにこの子の言う事も一理あるのよ?
学業よりも生きる糧に重きを置いているクラスなのは否定しきれないもの。
でもどうして活躍にこだわるのかしらね?
今は全員が怪我を最小限にしてこの森を出る事に重きを置いた方が良いのではない?
「そうだな。
それに俺達は下級生の訓練に付き合ってやっているんだ。
無才無能な公女のくせにつまらない見栄やプライドで目立とうとされるのも迷惑だ。
それに、こちらはわざと討伐させてやっている。
活躍しているなどと勘違いをされても困る。
わかったか、義妹虐めが趣味のロブール公女」
あらあら?
家格君に義妹虐めを趣味にさせられたわ。
義妹って私の従妹で義妹のシエナの事よね?
そもそもその気になれば瞬殺できるようなシエナ相手に弱い者虐めを楽しむほど悪趣味でも暇でもないのだけれど、何の事?
なんて思いはするけれど、いい加減手を動かす事にしましょうか。
ペグの1つを胡座をかいた膝の上に置いて工具セットの入った箱から針を2本取り出す。
ペグの本体は前後で構成してあるから、まずは前後を止める爪部分に隙間から1本差し込み、反対側も1本差し込む。
そのまま2つを押し込みながらテコの原理で上に力を加えればパカリと2つに分離するわ。
中に組み込んだ魔導回路に微量の魔力を注ぎ、確認してみる。
やっぱり一部がショートしているわね。
「おい」
家格君が何か言っているけれど、今は無視ね。
そもそもシエナに限らず、家格君も金髪2人も含めて弱い者虐めは趣味ではないもの。
「もしかして、魔力が低すぎてマイティの精神感応が効きすぎたんじゃないか?」
「やだ、仮にも四公の公女なのに」
金髪組の2人がニヤニヤ、クスクス笑っているけれど、何か面白い事でもあったのかしら?
「はっ、情けない」
家格君も鼻で笑っているわ。
ふふふ、楽しいのは良い事ね。
若者達は遊んでいてちょうだいな。
お婆ちゃんはメンテナンスに集中よ。
魔導回路はあちらの世界の電気回路に似ているの。
前世の50代の時に趣味で電気工事士の資格を取っていた経験が役に立ったわ。
夫と自宅DIYにハマった時にコンセントを増設したくなった自分を褒めてあげたい。
もちろん夫も資格を取ったのよ。
夫婦で手分けして増設したのが懐かしいわ。
といっても、魔導回路はこちら側の魔法の原理との組み合わせが必要
だから、こちらの世界特有の回路なのは間違いないわ。
魔法陣ともどこか似ているのよ。
工具箱から削り器を取り出す。
これで回路のショートした部分を削るの。
見た目はそうね、あちらの世界の手のひらサイズの電動消しゴムかしら。
消しゴム部分は小さな屑魔石を使用しているのだけれど。
乾電池式や充電式じゃなくてかなり微量の魔力を込めて動かすのよ。
魔力を注いで起動させればウィーンと小さな音がする。
力加減を間違うと回路を駄目にするから、慎重に削るわ。
「聞いているのか、公女。
おい」
「あらあら、聞いていなかったわ。
ふふふ、こちらに集中しているの。
お相手できずに、ごめんなさいね。
あなた達はあなた達で楽しんでいてちょうだい」
なんて断りを入れつつ、家格君の苛々した声も聞き流しつつ、少しずつ削る。
「何だと?!」
「どういうことかしら。
私の魔法にかかっていないの?」
家格君は私の反応がそんなに気になるのかしら?
金髪ちゃんは何を驚いているの?
あなたの雑な魔法では当然の結果なのだけれど?
というか金髪君?
もしかしなくても、あなたこういうの好きね?
他の2人は私の顔を見ているけれど、金髪君は金髪ちゃんの背後から興味津々で私の手元に視線が釘付けね。
何なら今からでも魔法具について学んでみてはいかが?
でも3人共他にもっとやる事があるようにも思うわ?
一応、合同の討伐訓練よね?
「何だと!
この悪女が!」
家格君が吠える。
「いい加減にしないか!」
と思ったら、彼らの背後からの凛々しく麗しいお声……ああ、早く帰ってこの滾々と滾る妄想を形にしたいわ。
もちろん声の主はお孫ちゃんよ。
「マイティ!
今すぐ感応魔法を解除しろ!」
「は、はい!」
猛々しい足音と共にまずは振り向いた金髪君を押し退け、金髪ちゃんの前に進んで一喝。
あらあら、お孫ちゃんたら。
そんなに苛々してどうしたのかしら?
彼らの背中越しにチラリと見えた他の4年生達のお顔が蒼白よ?
家格君も然りね。
「どういうつもりだ。
状況がわかっていないのか」
お孫ちゃんは金髪ちゃんが精神感応魔法を解いてから、大きくため息を吐いたわ。
頭が痛そうに右手を顔に当てているのだけれど、大丈夫かしら?
偏頭痛?
激高したような声のトーンではもうないけれど、苛々しているのは継続しているみたい。
「状況って、いつもの訓練だろう」
「どう考えても何かが起こっているのに気づいていないのか。
彼らは貴重な戦力だ。
それなのに君達は……」
反発する家格君。
そんな家格君に更に苛立ちを感じている様子のお孫ちゃん。
そしてそんな2人の口論を尻目にオロオロしている金髪組。
あらあら、ある意味カオスね。
そんな4年生達だけれど、今は私、絶賛メンテナンス中なの。
他の3本のペグも針でオープン、魔導回路に魔力を流してショートしていた1本を除き、再びカチリと合わせ閉じて片づけ終わっているのよ。
ふふふ、仕事は手早く、正確にがポリシーなの。
グラウンドでご挨拶した時と違ってギスギスグループになっているけれど、作業が終わるまではそっとしておきましょうか。
喧嘩して深まる仲もあるわよね。
青春て素敵よ。
「くっ、公女は何であんな目で俺達を見ているんだ……」
「何だか幼い頃のお母様、いえ、お祖母様の眼差しに似ているわ……」
「「どうせならあの2人を止めて欲しい」」
あらあら、駄目よ。
何がどうせなのかわからないけれど、確かに四公公女の私ならあの2人に割って入れるでしょうね。
でもあなた達だって侯爵家の子供よ。
大丈夫、仲間にぶつかって青春なさいね。
「自分達のした事を棚に上げて公女に助けを求めるな。
恥を知れ」
「「も、申し訳ありません!」」
金髪組の救助信号は気づかないふりをすれば、お孫ちゃんの冷たい声が口撃したわ。
「ちっ、サブリーダーが偉そうにしないでもらおうか。
2人はリーダーで公子でもある俺の指示に従っただけだ」
「エンリケ公子!」
と思ったら、家格君が舌打ちして反発よ。
ふふふ、口では何だかんだ言っても、目下の2人を庇ったのはプラスポイントね。
お孫ちゃんはその言葉に更に怒りを上乗せしてしまったみたいだけれど。
なんてやり取りを、もちろんただ傍観しているわけではないのよ。
仕事は手早く、正確にがポリシーなの。
ふふふ、大事な事だから2度言ってみたわ。
それをバックミュージックに、書き込み用のペンを手に取ってちゃんと作業しているわ。
ペンの見た目はあちらの世界のシャープペンシルね。
カチ、と上の部分を押すと先からはシャープ芯ではなく魔法針が出てくるの。
針の素材や太さはその時々で違うし、稀にシャープペンシル本体を特殊な物に変える事もあるのだけれど、今回の針は裁縫に使うような針とベーシックな本体よ。
針に魔力を通しながら素材に魔導回路という名の傷を刻みつけつつ、必要な魔力や属性なんかを付与するわ。
「公女、変わりないか?」
俯いて作業する私の視界に、不意にガッシリとした冒険者らしい筋肉が窺える足が映ったわ。
身体強化して瞬足でも使ったのかしら?
平時のはずなのに、何か慌てたの?
そんな言葉をかけてくれたのもこの足も、もちろんうちのグループリーダーのラルフ君よ。
「あらあら?
何も変わらないわよ?」
まあまあ、顔を軽く上げると何だか心配顔ね。
やっぱりこの森とあの4年生メンバーの不釣り合いさに不安を持ったのかしら?
向こうからはサブリーダーのローレン君と眼鏡女子のカルティカちゃんが駆けてきたわ。
皆どうしてそんなに慌てているのかしら?
「大体、大公殿下の息女とはいえ君は侯爵家だろう!
一々四公家の俺に指図しないでもらおう!」
「いい加減、状況を理解しないか!」
まあ確かに上位貴族の上級生が激しく口論しているのは異常事態よね。
初めてのご挨拶の時の私への反応のように、お前と言わないだけまだ理性が働いているのかしらね?
「ふふふ、仕方ないわね」
うちのグループが不安になっているのなら、話は別ね。
とりあえず修理が必要なペグは2本中1本終わったし、残りのペグは後で修理しましょうか。
予備のペグがまだ何本かあるから、ひとまず問題は無いわ。
「公女」
鞄を持って立ち上がれば、珍しくラルフ君が私を止めるように声をかけて二の腕を掴まれてしまったわ。
「まあまあ、大丈夫よ」
きっともう出来上がっているもの。
そっと彼の手を安心させるようにポンポンと優しく叩けば、腕を離してくれたわ。
それでも心配なのかしら?
ラルフが私の後ろをついてくるわ。
「何だ、公女。
魔力の低い無才無能が俺に意見でもするつもりか。
それともその鞄の中の魔法具で攻撃でもするのか。
公女の情けない魔力では俺に魔法では勝てないからな」
「公子!」
あらあら、随分好戦的ね。
いつでも魔法を放てるように体内の魔力を循環させ始めたわ。
心配しなくても魔法具の方がお高いから、殺るなら無料の自前魔法で瞬殺するわよ?
金髪組は息を飲むだけで何もしていないけれど、お孫ちゃんは警告するような声を出して腰に帯剣する柄に手をかけてしまったじゃない。
これが一触即発という状況なのかしら?
青春真っ盛りの仲良しグループがこれでは勿体ないわね。
それにしても家格君もお孫ちゃんもお兄様と同い年だったわ。
という事は……これは反抗期ね!
だとしたら……。
「まあまあ、あなた達もなのね。
それはあなた達のせいではないわ。
ホルモンの為せる技よ」
「何のこと……何故そんな生温かい目を向ける」
「こ、公女?」
ふふふ、舌戦が止んで雰囲気が和らいだわ。
やっぱりこういうのって、言われないと本人達にもわからない事だものね。
教えてあげられて良かったわ。
お孫ちゃんなんてあからさまに戸惑っているもの。
凛々しさが和らいだお孫ちゃんは、なんて可愛らしいのかしら!
ああ、本当に、本っ当に、早く帰りたい!
せめて1人でこの滾る妄想を胸にノートに立ち向かう時間が欲しいわ!
いっそ全員引き連れて転移魔法で帰宅しようかしら?!
いいえ、駄目ね。
約1世紀ぶりに学生らしく、今夜はキャンプするんだもの!
キャンプは青春よ!
そうしてラルフ君を後ろに引き連れて4年生達に歩み寄り、どうしてだか緊張が高まった彼らの脇をそのまま通過するわ。
「は?!」
「「え……」」
「公女?」
上から順に家格君、金髪組、お孫ちゃんよ。
ほぼ同時発言に加えて同じようなお顔ね。
やっぱり喧嘩しても仲が良いのね。
素敵よ。
このお顔こそ鳩が豆鉄砲ってやつだわ。
可愛いじゃないの。
「カルティカちゃん、蓋の真ん中に穴を開けてくれる?」
「はいっ!
時短ですか?!」
「ふふふ、香ばしさをプラスしましょう。
ラルフ君、ローレン君」
「仕上げの焼きですね。
お任せを」
「風魔法で火の調節だな」
でも彼らより大事なのは心配顔の3つのお顔ね。
ムカデに意識を向けさせれば、途端に目が輝いたわ。
うふふ、可愛い子達。
何だか無言で空気だけはざわついている4年生グループは無視して、私達も彼らに負けずに仲良く穴に近寄るわ。
カルティカちゃんがまずは土で固めていた穴の蓋の真ん中に人が1人通れるくらいの穴を空ける。
穴からは煙と共にふわりと香る甲殻類を焼いた時のような香ばしい香りが漂う。
ふふふ、いい感じね。
「ラルフ君は火を穴全体に広げるイメージで。
ローレン君は高火力でやっちゃって」
「「了解」」
私の意図を完璧に汲んだいつものメンバーは心強いわ。
穴のすぐ外に行って片膝をついたうちのリーダーとサブリーダーは仲良く穴に向かって手をかざす。
魔力が2人の手に集中する。
煙がかき消えたから、穴の中ではきっと風と火の魔法がシンクロして炎がムカデの硬い殻を焼いているはずよ。
あの殻、かなり硬いし分厚いのよ。
いきなり殻を焦がして炭化させるくらいの火力で焼いても、中は生煮えだったりするわ。
仮に中が煮えても殻が炭化していないと、剥がす時に身の部分がくっついて剥がすのが大変なの。
私は気にせず殻を持って齧りつくけれど、一応後ろの4年生も入れればローレン君以外は全員貴族だものね。
品良く食べられる方が良いでしょう?
「公女、燻すか?」
「そうね。
食べきれない物は燻製にして日持ちさせれるようにして、寄付に回しましょう」
「私、土箱作ります」
「それじゃあ、僕の収納魔鞄に出来上がれば入れましょう」
いつも通り手際良く役割を決めていく私達。
ふふふ、2年生だけのこのグループならこの森も憂いなく楽しめるのよね。
「待て、何を勝手に下級生の、それもDクラスが動いている」
もちろんこれは家格君よ。
「問題ない」
これはラルフ君。
そうね、せめて家格君が大人しくしてくれていれば、実力不足の4年生がいても何とかなるのだけれど。
「問題だろう。
君達のせいで危険に晒されては俺達が困る。
それに面倒を見ているのは上級生にして、上位貴族である俺達だ」
「なるほど。
ならばお前達グループはこの魔獣避けから出て行けばいい」
「何だと……」
ラルフ君はギリリと歯噛みする家格君の言葉を遮って淡々と告げる。
確かにこの魔法具は私の物、ひいては私達グループの物だから、リーダーのラルフ君がそう言うなら虫避け剤でも渡して出て行ってもらおうかしら?
この森の魔獣にどこまで効くかは謎だけれど、ないよりはある方が良いわよね。
でも魔法師になるらしい家格君や治癒魔法に多少の精神感応魔法が使える金髪組がいるのだもの。
必要ないかしら?
そちらにはお孫ちゃんもいるのだし、森から逃走するくらいなら体がいくらか欠けても何とかなるわよね。
もちろんお孫ちゃんは陰ながら守ってあげるから、安心してちょうだいね。
「俺は俺の仲間をこけにされるだけでも腹立たしい。
それに卒業した元Dクラスの兄達から色々と聞いている」
あらあら?
金髪組の顔色が変わったわ?
目が泳ぐってああいう事なのね。
「だがお前達はそれだけではなく、あまつさえこんな危険な場所で俺の仲間に個人の判断能力を鈍らせて仲間の死を招くような精神感応魔法を使うよう指図し、それに何の疑問も持たずに止めようともしない愚か者ばかりだ。
リーダーとしてお前達は必要ないと判断する」
金髪組がこちらをチラッと見るから微笑んでみたのだけれど、何故か怯えた顔に変わったわ。
……何故?
それよりもラルフ君は敬語を使うのを止めたのね。
いつの間にか仲良くなったのかしら?
でもそれにしては家格君のお顔が不穏ね。
お孫ちゃんは心苦しそうに私を見て頭を下げるし、うちの他の2人は苦々しそうなお顔をお孫ちゃんを除く3人に向けているわ。
まあまあ、こんな鬱蒼とした場所だからかしら?
随分なカオスっぷりよ。
「危険な場所?
はっ、これだから経験値も頭も足りないDクラスとの合同訓練は嫌なんだ。
愚か者はお前だ。
そもそも学生用の訓練場所に死に繋がるような危険があるわけが……」
「蟲毒の箱庭」
鼻で嗤う家格君の言葉を再び遮ってこの森の名称を伝える。
「……は?」
あらあら、家格君てばさっきからお顔が歪みっぱなしね。
金髪組はお口を開けてポカンとしてしまったわ。
お顔を上げたお孫ちゃんとうちのグループだけは神妙な面持ちをしていて、やっぱりちゃんと状況判断ができているみたいね。
ふふふ、うちの子達ってば優秀だわ。
「ここは蟲毒の箱庭だ。
来たのは初めてだが、間違いない」
「……何を……言ってる?
学園の合同訓練だぞ?
大体、中に入れるはずが……」
まあまあ、絶句しそうになっていたのを気力を振り絞って出したかのような声音ね。
でも魔法師になると宣うだけに、この森に入ってしまえる可能性には気づいたのかしら?
途中で口を噤んだわ。
「あのムカデはそもそも規格外だが、索敵してみればあのクラスの蟲型魔獣が何体もいる。
この国でそんな蟲がゴロゴロ転がっているのは、危険度Aの蟲毒の箱庭くらいだ」
あらあら、ラルフ君?
蟲は転がっていないと思うわよ?
もちろんリーダーの発言だから指摘せずにデフォルトの微笑みを浮かべているだけよ。
「知っているだろうが、蟲は群れる。
それにここは最低でも危険度がBクラス以上の個体に加えて、大半は毒を持つ魔獣ばかりの生息地だ。
この森で家格や上級生がどうだからと言う面子は何1つ役に立たない。
むしろ邪魔だ。
そんなくだらない事を主張してこちらの命を脅かすような者は不要。
そう判断して何が悪い」
「そんな……」
「嘘でしょう……」
ローレン君の言葉に金髪組が顔を蒼白にして震え始めたわね。
「嘘ではない」
救いを求めるように自分達のサブリーダー、お孫ちゃんを見やったけれど、ラルフ君のお話を肯定されて絶句してしまう。
金髪ちゃんなんて地面にへたりこんで涙を浮かべているのだけれど、元々ムカデがいたような場所だから土は少し湿気ているの。
ズボンに泥汚れがついちゃうわよ?
泥汚れはなかなか落ちないのよね。
「うっ、うっ……」
「終わりだ……」
泣き出す金髪ちゃんに、絶望に打ちひしがれたようなお顔で項垂れる金髪君。
まあまあ、上級生だ、面倒見てやっていると言っていたのに、仕方のない子達ね。
でもそうね。
蟲毒の箱庭はこの国でも有数の立ち入り禁止区域だものね。
王都には近いのだけれど、隣国との境にある森なの。
あの転移陣に込められる魔力量から考えても、学園から蠱毒の箱庭までの距離がせいぜいでしょうね。
箱庭と呼ばれているのは大型の蟲達が普通に闊歩する彼らの庭のような場所だからというのと、森だけれど比較的小規模で、結界魔法によって封鎖された箱庭のような状態からきているらしいわ。
本当は少し違うのだけれど、これは前々世の知識だから黙っていましょう。
この森、というかこの森の周辺では2年に1度、隣国と共同で冒険者を雇って森の周りに結界魔法を張るイベントがあるの。
もちろん蟲が出てくるのを防ぐ為よ。
つまり私達も下手をすると出られないわ。
それくらい結界魔法の封じの力は強いのよ。
でもここに転移したという事は、家格君も気づいたように外から入るのは問題無さそうね。
このイベントで国が雇う冒険者は、並の実力者ではないわ。
熟練したAクラスのパーティーか、もしくは個人活動するAクラス以上の冒険者よ。
学園のクラスと紛らわしいから、今後これ関連のクラス呼びは控えましょうか。
パーティーなら何組か、もしくは個人の冒険者なら何人も雇うのだけれど、決して中には立ち入らせないわ。
だって森にいるのは虫じゃなくて蟲よ?
蟲は必ず2体以上で行動する群れだというだけでも厄介なの。
なのにこの森の蟲は弱肉強食社会に物を言わせて強くなったのか、1体1体の危険度は少なくともB以上。
まるであちらの世界の呪物とされる、蠱毒を作っているかのようよね。
ほら、壺や箱に虫や両生類を入れて殺し合わせて最後に残った虫を呪いに使う、アレ。
といってもあちらの世界の小説や漫画知識しかないわよ、私。
しかもここの蟲の特徴はね、ほぼ全ての蟲が毒を持つわ。
ね、危険でしょ?
「おい、まさか危険度Sクラスの魔獣は……」
そうね。
家格君が危惧するのもわからなくはないわ。
この場所がどこかすらわかっていなかった彼が、どうして上から目線で質問できるのかはわからないけれど。
「少なくともこの付近にはいなかった」
ラルフ君が危険度Sの魔獣がいないのをすんなり認めたわ。
だとしたら彼もその可能性は考えて索敵魔法を使っていたんじゃないかしら。
ちなみに冒険者やパーティーの等級と、魔獣の危険度は全てAからFの等級で決められているの。
スライムやグリーンスパイダーのような、危険がほぼない魔獣はFね。
アメーバは……どうなのかしら?
スライムの素みたいな存在なのよね。
まあ認定されててもFなのは間違いないわ。
さっきのムカデは単体ならBでしょうけれど、最低でも番がいる可能性を考慮して認定される危険度はAなの。
肉食系の蜘蛛や蟻の型を取る魔獣もそうね。
これが蜂だと単体でもAだから、危ないのよ。
ただしこの森にはいなかったけれど、稀に災害級と呼ばれる魔獣がいて、その時はAではなくSの特例認定を受けるわ。
危険度Aの魔獣が束でかかっても勝てないくらいの、力の強さが異質で別格の魔獣よ。
昔はこの森にもいたのだけれど、家格君が心配したのは未だにその話が伝わっているからでしょうね。
国としても結界魔法を張り直す時に手抜きされたくないでしょうし、そんな存在がいる方が気が引き締まるならそれもいいと思うわ。
そうそう、冒険者にもS認定はあるのよ。
同じく災害級の実力者とされるのだけれど、彼らの存在や特徴は秘匿されているわ。
一個人で災害級の強さだから、各国で軍事利用されるとまずいでしょ。
でもパーティーにS認定はないわ。
最高でもA認定ね。
冒険者ギルドはあらゆる国に対して中立という体を取るから、等級がSだと判明した人はすぐさま囲いにかかるわ。
本人が望むかどうかはわからないし、自由意志だけれど。
例外はその相手が冒険者ではなく騎士や神官として登録済みだった場合ね。
既に何かしらに所属している人を囲うのは、ギルドとしての公平性に欠くとしているみたい。
「それで、お前達はどうする?」
ラルフ君が改めて4年生達に尋ねたわ。