「全く謀りなぞしておらん。勝手に盗み見して、勝手に疑心暗鬼になられてもな」
陛下はああ、と納得。からの呆れ顔です。
寧ろ無賃観客に、気の毒な何かを見るような目を向るとは、これ、如何に?
丞相に至っては、真顔で体を揺らしてますよ? 尋問中でなければ絶対、笑っていますよね? 真顔でないと、寧ろ笑いに堪えられないんのすよね? 一言も言葉を発せられなくなるくらいの事ですか? そうですか。
私の笛の音が素直にさせる効果云々は、あながち間違いではありません。けれど素直になり過ぎていませんか? 何やら納得できない不穏な感情が生じそうです。
「それで、お前はどこの間者だ?」
「素直に言うはずがない」
あら、そこは素直ではありませんね。
「そうか」
そう言った陛下の目配せに丞相は軽く頷くと、男の腕を縛る縄のあたりを押さえたまま、顔の下半分を覆っていた布を引き下げます。
タイミング良く陛下が覇気を当てました。
「っぐ」
あら。苦しそうに呻いた男には、右の首から頬にかけて火傷の痕が。火傷していない側は額から眉にかけて、獣の三本爪で裂かれたような痕。
傷痕だらけですが、肌が褐色ですか……ほうほう?
「言え」
「……っ」
「ならばお前の身元を明らかにして、一族郎党を罪に問うしかあるまい」
「そんな、事……」
「皇帝にできぬと思うか。どのみちお前が死ぬ事は、決定している」
「俺に家族はいない……残念、だったな……」
「おっと」
「っぐ」
何者かが、何かを噛み締めようとしたのを察知した丞相。両頬を片手で掴み、阻止します。
握力が強いのですね。頬に指先がめりこんで痛そうです。
「何です。歯に毒でも仕込んでいましたか? もし貴方が自害するならば、貴妃の宮に忍びこんだ不届き者として晒します。首に墨を入れていない者が単身で後宮に立ち入り、貴妃の宮に忍びこんだのです。随分前から貴妃を観察していたようなので、私達が何者か知っていますね。証言は私達がします。それくらいの罪には問えますよ。貴方の仲間や家族が、それで仇討ちをするならそれも構いません。こちらとしては、何かしらの尻尾もつかめて何者かの手駒も幾らか減らせますから」
丞相の言葉に、何者かがギッと睨みつけたのを見て、頬を掴む手を離します。目には生気が宿っているようなので、自害は思い止まったようですね。
「はっ……そこの、小娘が危険、に……」
「ほう、つまり仲間か……家族……恋人……は、いるのか」
陛下は覇気をぶつけ、途切れがちに話す男の顔色を窺いつつ、言葉を区切り探りを入れます。
「なるほど、家族か。東亜の民に多い肌の色にその顔だ。晒せば家族は、お前が何者かすぐに気づくな」
何者かの、覇気に当てられながらも、しっかりと睨みつける様は……合格ですね。
チラリと横目に先人を見やり、こちらはもう大丈夫だと確信して笛から口を離します。
『眇眇たる雪』
かつて滅びたとされる、東亜のある部族の言葉で何者かに話しかけます。
遠くの雪、という意味です。この言葉を話せる者も、今ではほんの一握りだけとなりました。
『何故……その言葉を……』
何者かは半ば呆然と、恐らく無意識に同じ言葉を口にします。
「何を話した、小娘」
怪訝そうな陛下には返事をせず、すっと目を細めた丞相にも気づかないふりです。
男の正面に進み、しゃがんで微笑みかけます。
『初めまして、ジャオの咫尺たる雪。早速ですが、私につきませんか? 身の安全は保証します。まともにお給金も支払いますよ』
まさかこのような所で探し人に会うとは。ちょうど良いので、かつてジャオと呼ばれていた部族出身の彼を、近くの雪と呼んで勧誘です。
『……無理、だ。そなたが何者かわからぬが隷属の誓約、が、あ……っぐ、ぐぅあっ』
これまでの砕けた話し方とは違い、言葉遣いが違う。そう思った矢先、突如苦しみ始めました。
「何が起こった?!」
何者かは、体を折り曲げて苦悶の表情を浮かべ、縛られた腕を縄を引き千切らんばかりに暴れ始めました。丞相も押さえ続けるのは難しそうですね。
「丞相、そのまま体を押さえておいて下さいね。ふん!」
丞相によって、後ろから引っ張られた馬のようになった何者かの顎先に、狙いを定めて気合い一発。掌底をお見舞いします。
「ぐっ……」
するとどうでしょう。くぐもった声を出して大人しくなってくれました。私、良い働きをしましたね。
「小娘……さすがに酷くないか……」
「暴力娘……」
殿方二人の私への評価と、ドン引いた視線が酷いですね。
「はあ、ひとまず説明せよ」
何でしょうね? 脱力感満載で妻に質問を投げる夫の態度は。
「ずっと探していた殿方を見つけたので、勧誘したまでです。隷属の誓約によって激痛に苛まれていたので、ひとまず気を失って頂きました。というわけで、この者は本日付けで私の部下となります。この宮での事は不問と致します」
「はぁ。認めると?」
せっかく夫に答えたのに、今度はため息混じりに反論ですか。けれど半ば諦めてらっしゃいますよね?
「元より私が雇い入れた者を、この宮の使用人として置くと話してありましたよ。それにこの者から色々と、話を聞きたかったのでは? 諜報の一端を担っていたなら、単なる暗殺者よりも情報に通じているかもしれませんね」
「つまり貴女は、その者を懐柔できると? しかしその者は隷属の誓約があるのでは?」
「左様です。ですから隷属の魔法をちょちょいと解除してしまうしかありません。このように激痛をもって支配されていた、憐れなる者です。慈悲と、有益なる情報をもたらせば、余罪はあっても減刑なさってくれるでしょう?」
「誓約に使っている、体の一部を切り取るという事か? 隷属の誓約に使う紋は急所に施す。後宮に入る者の首だとかな。本当にお前の言う通りならば……まあ、それも熟慮しよう」
陛下の言う通り、誓約魔法の中でも隷属に関わる類の紋は、必ず急所となる部分につけられます。大抵は奴隷につける紋ですからね。
その上、犯罪奴隷や不法所持された未登録奴隷になる程、解除自体も難しいとされております。また、紋を他者に洩らそうとするだけでも、先程のように激痛を与えます。自ら切り取り、自殺する事もできません。
関わる場所が皇帝の女達が住まう場所となる者は、急所となる首に紋を施します。しかし解除は隷属のものより容易となっているのです。
「そのような暴力的な事は致しません。少し骨は折れますが、丞相なら五体満足なまま解除できますよね」
「ほう?」
誓約魔法をかけた者以外が解除する方法。私が知っているのは、そんなに警戒する事でした? そういえば誓約魔法を扱える者は、特殊な扱いとなっておりましたね。
丞相は目を細めて私の一挙手一投足を窺おうとなさっています。
「もしくは陛下です」
「どういう意味で申している」
丞相が窺うだけで解除しないのならばと、陛下に話を振れば、今度は軽く睨まれてしまいました。
「お二人共、過剰反応が過ぎます。誓約魔法の完全解除は、確かに難しい。けれど圧倒的な魔力の差があれば、解除者がいなくとも力技で解除できるはずでは?」
「何故知っておる? それは秘匿された話だ」
「昔解除したのを、直に見ておりますもの」
それこそ二代目の私が出会った、ジャオの族長ですが。元々誓約魔法の発祥は、ジャオという東亜の部族です。
族長と知り合った私。芸事の肥やしにしようと解除について学びました。なので私にも解除は可能です。
解除に魔力は必要ですが、コツというものが一番物を言います。なので今より魔力の少ない二代目でも、解除できました。
その後、魔力を使い過ぎて寝こみましたが。
鍵が無ければ、錠前を開けられない人もいます。けれど針金で錠前を開けられる人もいるのです。解除も同じようなもの。
「なるほど。ならばその後、解除された者が廃人のようになってしまう事も知って居るか?」
「そうなのですか? それは……」
ド下手なのでは?
「今失礼な事を考えたであろう」
あら、ついうっかりと。気の毒な者を見る目をしまいました。
「いいえ、特には。試された事は?」
「あるはずがない。誓約をかける者に、そのように代々伝わって……できるのか?」
「私が見た時はそうでしたよ? という事で、やってみましょう」
「おい、軽すぎるだろう。もし失敗すれば……」
「いいじゃないですか。どのみち死する運命であったのですから」
尋問中、確かそのように聞きましたよ。
「だからとて命を軽んじるな、小娘!」
叱責する陛下の言葉は正論です。けれど、どの口が仰るのでしょう?
思わず呆れた目を向ければ、陛下はたじろぎます。わかっているならかまいませんが、少々イラッとしてしまいましたよ。
「ご自分のエゴを通す為に、十四の小娘を餌として使われる方が綺麗事を仰って、説得力かありますか?」
にっこり微笑めば、流石に目が泳ぎましたね、陛下。思わず笑みに威圧感を載せそうでしたよ。
「自覚されましたら、ちゃちゃっとやって下さい。いざとなったら、こちらで処理致しますので」
「くっ、痛い所を突くな! 年に似合わぬ事を言うな! 本当に良いのだな!?」
「良いです、良いです。ただし誓約を壊すのではありません。誓約という錠前を開けるような心づもりで、紋にゆっくりと己の魔力を馴染ませるように低出力で魔力を流して下さい。今後必要になる事ですから、こういう魔力操作はしっかり練習して下さいね。決して一気に魔力を流したり、壊すような気持ちで行ってはなりません。それがコツです」
解除されて廃人になるとしたら、誓約を壊す心象で魔力を紋に向かい、一気に流した場合です。解除の反動が、血流が多く流れる脳や心臓に出てしまいます。
下手くそか、解除に不慣れな魔力の少ない者ならば、無理矢理やらずとも廃人になるかもしれませんね。
しかし陛下と丞相は、覇気や威圧をやりたい放題垂れ流してらっしゃいます。コツを心得ていれば、問題ありません。
もしかすると誓約魔法を扱う方々は、解除のコツを知らないか、何者かが故意に秘匿したのかもしれません。今世では既に、ジャオという部族もほぼ滅びておりますし。
「聞いていた方法と違うぞ!? 本当にそれで良いのか!?」
「壊そうとするから廃人になるのです。もちろん誓約した者との魔力差が大きい方が良いので、陛下は解除にうってつけですよ。ほらほら、早くやってみて下さい」
「軽いな!?」
「陛下、ここです」
私と陛下が掛け合い漫才をしている間に、丞相がジャオの青年の服をはだけさせました。心臓のあたりに赤黒い紋を見つけ、指差します。誓約の種類によって使う墨が違うのですが、赤黒いとは。一体、何を使っているのだか。
それにしても丞相? 私、一応うら若き乙女なのですが、わかっておられますか?
と内心でツッコミを入れつつ、しっかり体は確認します。聞いていた通り、体の右半分に火傷の痕がございます。探し人は、この者で間違い無さそうです。
それにしても……鍛えられた体躯には、何ともそそられますね。眼福です。
火傷痕に悲しみそうな部下が一人おりますから、痕をできるだけ薄くなるよう、色々と生薬を塗りたくりましょう。ついでに割れた腹筋を触りたい放題です。ふふふ。
「丞相は傍観か!? やはり俺がやるのか!? 小娘は男の裸を、食い入るように見すぎであろう!? 顔がニヤついておるぞ!?」
「まあ、ついうっかり。目に眼福なので、早くして下さい」
「眼福と言うでない!」
などとやっている間に陛下は屈んで紋に触れました。そうですよ、人間諦めが肝心です。そうそう、魔力を流しで下さいね。
私もその紋に触れます。紋の性質と、どれくらい魔力が流れているのかを感じ取る為ですよ。陛下は何を勘違いしたのでしょう? 睨まないで欲しいものです
陛下の魔力量なら、この誓約でも問題は無さそうですね。
「陛下。魔力はもう少し抑えて流して下さい。もっとゆっくりです」
「チッ。これ程に少なくて良いものか!? 大体、こちらの方が調整が難しいのだぞ!?」
「魔力量の多い方は、少ない出力の方が難しいようですからね。ふふふ、まるで……」
あの方に教えていた時のよう。
「まるで?」
「……下手っぴです」
「何と!?」
「ほら、多いですよ。調整して下さい。強弱をつけず、同じ調子で魔力を注ぐのです。この紋をつけた者と陛下との魔力差は、それほど大きいのです。焦らなければ直に……」
「むっ、カチッと音がした?」
「ならば終いです。お疲れ様でした。ほら、紋も消えましたよ」
「おぉ、こんなに簡単に……」
陛下は驚きと解除の手応えに、興奮されたご様子。
「それだけ陛下の魔力量が、他者と比べてかなり多いのです。子が欲しいなら、今の感覚をお忘れなきよう」
「そうか、子が……ん? どういう意味だ?」
「ああ、そういう意味ですよ?」
魔力の差を埋めて、馴染ませる作業がありますからね。
それより、そろそろ差し入れを確認したいです。お腹が空きました。魔力を使って疲れました。お菓子食べたいです。しょっぱいのと甘いの。両方あれば最高ですね。
「すっかり興味を無くしたように流そうとするでない! 詳しく!」
「嫌です、興味ありません。お腹空きました。それに時期尚早です」
「詳しくお願いします」
むぅ、しつこい。陛下の次は、成り行きを興味津々で観察していた丞相も参戦ですか。流石に不機嫌になりますよ。お菓子食べたいです。
「手つけに馬蹄銀を、食後に杏仁豆腐はいかがです?」
「しょっぱいお菓子も食べたいです」
「麻花兒もつけましょう」
銀塊に、甘いのとしょっぱいのが手に入りましたね。
麻花兒とは、小麦粉と塩と膨らし粉を練って油で揚げた、庶民にもお馴染みのお菓子です。上流貴族になる程、砂糖を混ぜたり、まぶしたりします。
「まずはこの後宮を、本来の四神相応の地に整えてからです」
「先に馬蹄銀を渡しておきましょう」
「ありがとうございます」
にっこり微笑んで、お礼を言って銀塊を懐にしまいます。
どうでも良いのですがこの銀塊、馬蹄というより餃子の形に似ていると常々、思っています。
「はぁ、まったく。守銭奴娘め」
「娘らしく杏仁豆腐と、ヨリヨリに釣られただけです。貰える物は貰える時に、貰えるだけしっかり貰う主義です」
ヨリヨリというのはマファールの別名です。細長く伸ばした生地をねじって作るので、ネジネジでも通じます。私は縁起を担いで余利余利呼びです。
「今のでわかりました。陛下は覇気のようにババッと放出するのに慣れすぎです。小さく均一に調整しながら放出するのが、下手くそすぎです。まるで使えません。下手くそが過ぎると、せっかく周辺環境を整わせても全て水泡に帰しかねません」
「下手くそを連発してあげないで下さい。微妙に落ちこんでいますよ」
「くっ」
「周辺環境とは? 貴女の言う四神相応の地とは、どのような物ですか? 何故環境を整えるのです?」
物申したげな、悔しげな目を私と丞相に向ける陛下は無視して、丞相が問います。
やはりそこですか。四神は伝わっていても、単なる象徴としての神獣なのでしょう。
「この世界には魔法や魔力という物が存在します。それ故か、土地や環境を整える事により、自然と私達の魔力は整うようにできております。そして魔力量が多い者ほど、その影響を受けやすい。元よりこの後宮こそが、初代皇帝の種を残すべくして作り上げた、一つの巨大な宮なのです。夫人や嬪の宮ごとに別物と考えるべきではありませんでした。なのによりによって西の宮ならまだしも、この北の宮を潰してしまった。挙げ句、手入れもせずに荒れさせたのです。後宮に住まう皇貴妃と、魔力の多い陛下との間に子が出来ないのも納得です。その上、恐らく無駄だと判断して、今では完全に消失させたしきたりが幾つか存在するのではありませんか?」
「た、確かに」
陛下がハッとします。恐らく数代前から、今日の陛下に至るまでに少しずつ廃してきたのでしょうね。
「初代皇帝は、それがわかっていたはず。しかし何故か、そうした理由を残しておられないこ様子。その為、このような事が起こったのでしょう」
もしくは何者かが、その理由を隠したか。もちろん一々口には出しません。何代も前に遡ったところで、お亡くなりになっているのは間違いありませんから。
「確かに古いしきたりの中には、無駄なものもあったでしょう。しかし残しておかねば、陛下のように魔力量の多い子孫に影響を及ぼしてしまう。そのようなものが確かにあったというだけの事です」
「そなたが何故そこまで知っておるのだ?」
「はぁ、堂々巡りです。信を得ようともせず、最初から失う事ばかりを私になさっている方ですよ? これ以上教えて差し上げるつもりは毛頭ございません。嫌なら追い出して下さい。今ならその者に免じ、八割掛けの持参金の引き上げにして差し上げます。とはいえ数日待てば、私が解除できました。これでも最大限の譲歩です」
「解除できた?」
丞相の訝しげな顔は、さしずめ魔力量が少ないお前が? と主張していますね。
「できましたよ。私、器用なので」
キリリとした顔で宣言する。
「何故、数日後なのだ?」
「本日はかなり魔力を使っております。私の魔力量は、貴族の中では少ない部類に入りますから。解除はできますが、仮に使っていなくとも隷属の類の紋を解除すると、魔力を消費し過ぎて私は寝こみます。二日以内に私の雇う者達がこちらにまいりますが、それまで魔力は温存しておかねば、命がいくつあっても足りません。なのに寝こむなど、自殺行為です。本来、皇帝の寵愛を得ない者とは、そのように命の危険に曝されるのです。陛下が気に入らなかろうと、もう少しお考えになられるべきですよ。私に命を軽んじるなと仰るのならば」
「ふぐっ」
どこぞの夫から、くぐもった声が。視線が合わなくなりましたね。もっとしっかり罪悪感を植えつけたいものです。
「特に私、他の貴妃や嬪に喧嘩を売っております。誰かさんの純愛とやらの為に」
「ふぐっ」
食らえ罪悪感、とばかりに言葉を続けます。
「少なくとも盾にするか、何かの異常に警告を発するできる護衛は、今この時からでも必要なのです。陛下もここに居続けたり、逆にここを出てすぐに私が襲われ、話せぬ仏になれば困るのでは? せっかく最愛の妻を引き留める光が差したのですよ?」
「ふぐっ……腹黒い小娘め。どうあっても、その者を手中に収めると言いたいのか」
腹黒とは失礼な。自分の価値を高めた上で欲しい物をおねだりするのは、駆け引きというのです。
丞相はにこやかに幼馴染の顔を眺めて成り行きを見守るようです。
「ええ。とはいえ、中途半端な情と後ろめたさから、陛下がお持ちの兵や駒を寄越そうとはなさらないで下さいね」
「ぐっ」
「図星でしたか。釘を刺して正解ですね。これでも不特定多数への餌です。完璧な護りでは、この者のような素敵な駒を得る事は無かったでしょう」
「わざと隙を作って誘い出すと?」
「ええ。しかし何より問題なのは、今朝拝見した陛下と皇貴妃、それぞれのお付きの方々です。半数の者達が信を置くに値しない、私欲の光を目に宿らせておりましたね。わ・ざ・と・寄越して頂くのは構いません。しかし私の手の者が、こちらに来てからにして下さい。大方、四公の方々が推薦した者達も混ざってらしたのでしょう?」
「ふぐっ……政とはそのような家門同士の繋がりや謀りなくして進まんものだ」
「何をキリッとした顔でそれらしい事を仰っているのです。皇貴妃のお付きの者との摩擦を、無駄に助長してらっしゃっているではありませんか。故にそうした者も排除しようとお考えなのでしょうに」
「ふぐっ……何故あのひと時でそこまで……」
「人は怒れる時こそ、本性が出るものです。しかし気に入らぬ者が苦境に立つのを間近にした時にも出るものですよ」
「ふぐっ……もう何も言えぬ……」
ふぅ。項垂れた陛下に、幾らか溜飲が下がりました。
「良い顔になりましたね」
良い顔とは、陛下と私のどちらに向けた言葉なのでしょう?
「それで、貴女の言う四神相応の地とは?」「四神相応の地とは、背に山を、左手に水流を、右手に通りを、目の前に澄んだ池を持ってくるのが基本です。そしてそれぞれの四神の司る意味もなぞらえます。玄武は始まりであり山。山から川が流れて龍が宿ります。山の木を切り倒して道を拓き、人が行き来する事で金が循環して白虎が凶を抑える。正面の池に良質な気を宿らせて鳳凰を呼び、それら四神に力を漲らせる事により、中央に富を還元する。それにより時に中央には麒麟や黄竜が宿り、子々孫々反映をもたらします。少しばかり噛み砕いておりますし、細かな意味は色々ございますが、ざっくりそんな感じです」
殿方二人の感心した顔から、やはりこの話は伝わっていないと確信します。
「しかしこの後宮は既に始まりの玄武からして機能しておりません。更に言うなら、この北の宮は皇城全体で捉えた時、ほぼ中央に位置します。麒麟も黄竜も後宮と皇城のどちらにも招けません。それ故に城の内側は荒廃していくでしょう」
今度は難しいお顔になりましたね。心当たりがあるようです。
「ですから宮を1つ廃宮するなら、貴妃を配置転換して西の主を北に移し、それから西の宮を壊して更地にすべきだったのです。更地にして通路にでもすれば、嫌でも人はそこを通りますからね」
「貴女は何故金の延べ棒を使っていたのです?」
「破落戸達の、どすこい共演の時のお話でしょうか? あの場所、実は少し前に子猫についた泥んこ情念汚れを洗い流した場所でした。立ち入らないよう石で囲っておりましたが、あの破落戸達には見えていなかったようです。面倒ですしほぼ勘の為、経緯は割愛しますが、子猫は西の宮で生まれたと見受けます。白虎は金気を持ちますし、西で生じた子猫の泥んこ情念汚れです。試しに金の延べ棒で叩いて、正気を取り戻せば良いなと思っただけですよ」
「泥んこ情念……」
何か言いたそうな顔で陛下は私を見ましたが、言ってやりたいのは私の方ですからね?
子猫を水でベショベショにしたのは、五行相生を狙ったからですよ。
「子猫というのはあの黒い靄の事ですか? あのように禍々しい靄が白虎だと?」
「モヤ?」
モヤ……何の事でしょう?
「靄だ、小娘。そなたは靄を従えておるかのように、臓物を与えておったではないか。黒い靄は、妖の類と昔から相場は決まっておろう」
モヤ……靄? そんな相場は初耳ですよ? もしやまともな姿に見えているのはこの場では私だけだったのでしょうか。
……ま、そんな事もありますよね。殿方達は、そちらにいる先人も見えてらっしゃいませんし。
先人は今、七輪と瓢箪と鳥肉をじっと見つめてらっしゃいます。早く食べたいですよね。よし、食べましょう。
確か丞相の差し入れの中に、炭がありました。陛下から鳥を狩って食べていた事を聞いたのでしょう。
「おい、突然調理し始めるな」
「陛下、火。育ち盛りですよ、私。お腹空きました。どうせすぐにはご飯はできません。お二人がすぐに帰るなら構いませんが、帰らないのでしょう。不機嫌になると喋りませんよ、私」
「チッ、貸せ。埃……どこから発掘してきたのだ」
陛下は呆れたように言ってから、七輪の埃を綺麗にし、炭に火をつけ、風を起こして火を定着させました。全て魔法で、ですよ。持つべきものは、魔力使いたい放題の夫ですね。
丞相はいそいそと荷の中から、お皿とお椀の入った籠を出します。先人が腰かける縁台の端におきました。
皿の数が多いような? いたいけな少女から、お肉をたかるつもりでしょうか? 敵ですか?
「ついたぞ」
「これを使って下さい。明日は豚肉を差し入れます。私達にも焼いて下さい」
「ありがとうございます。わかりました。明日のお昼には、何が何でも持ってきて下さいね」
「ええ、そうしましょう」
鳥は狩れますが、豚は歩いていませんからね。物々交換です。ニコリと微笑む麗人の提案。お受けしましょう。
お礼を言って鳥肉を網に並べ、陶器の瓢箪に入った調味料を振りかけておきます。
「ゲンキン主義……」
陛下はジトリと私を見る前に、丞相を見習って欲しいものです。
「ガウニャ〜ゴ」
おや、鳥の焼ける匂いに誘われましたか。子猫の登場です。
「どこが子猫だ?」
「やはり靄ですね」
殿方達のヒソヒソ話は無視して、鳥の素焼きも作ります。骨の付いた鳥足のお肉も追加で焼きましょう。
「靄は水で流せるものか?」
「五行相生というやつです。流しましたよ?」
「五行相生で……水?」
訝しむ陛下は、正しく理解していないようです。確かに金の相生を考えれば土となりますが。
「左様です」
「土の気では?」
丞相もでしたか。
五行相生とは万物を木、火、土、金、水に分けて循環しているという考えです。
木は擦れて火になり、火は灰となって土にになり、土は鉱物である金を生み、金は変容する際に水を生じさせ、水は木を育みます。この知識はあるようですね。
あら、屈んで七輪のお肉をひっくり返していれば、子猫が背中にスリスリしてきました。可愛らしいですが、火を使っています。危ないですよ?
「懐いているのではないか?」
「流石ですね。妖を手懐けましたか」
ヒソヒソ話は聞かなかった事にしましょう。
「金の凶を和らげるならば、水を使うことで可能になります。次の事象を生み出せば、生み出した側は疲弊する、という考えです。女性が出産して疲弊するのと同じです。その上で、良質な金の延べ棒を使って金気を補充しました」
金の延べ棒に魔力を通しながら、子猫を魔力で覆って水でじゃぶじゃぶしましたからね。
「なるほど。凶をそのように抑える事もあるのか。そこで五行相剋の考えを使わなかったのは?」
「五行相剋によって金を攻撃し、暴力的に消滅させる方法なら、もちろん火を使います。ですが……」
「ウガウガウッ」
おや、抗議の鳴き声と共に、背中のスリスリ速度が上がりました。子猫は忖度できる子ですね。
「そのような事は致しませんよ。子猫を燃やす訳には、まいりません」
「ガウッ」
そうだと言いたげにひと声鳴いて、またゆっくりスリスリですね。可愛い子猫です。翼生えてますが。
五行相剋とは片方の事象にとっては最も相性が悪く、直接的、かつ一方的に攻撃される関係といったところでしょうか。
木は金でできた刃物で切り倒され、金は火で溶かされ、火は水で消され、水は土に濁されて吸収され、土は木に根を張られて養分を吸い取られる。これが相剋の菅家です。
「美味い……」
「なかなか……」
「ガウッ」
皆様、気に入ったようで、ようございました。やはりあの調味料は解析せねばなりませんね。
子猫の方は素焼きですが、翼がバサバサしてい喜んでおります。炭火で炙るだけでも美味しいのでしょう。
「ところで何故あの長椅子の上に、一切れ置いたのですか?」
「私はこの宮の新参者ですよ。新たな家に住まう時は、そこにどなたがいようといまいと、先人として敬意を払ってお供えするのは当然のことです」
「「……」」
どうしたのでしょう? 殿方達はお供えを見て、黙りこみました。
「小娘……いる、のか?」
「何がです?」
「幽霊ですよ」
「いる、いないなど関係ありません。大事なのは気持ちです」
涼やかに微笑んでみますが、殿方達は質問の答えに、腑に落ちない顔をしております。
先人さんはニコニコと微笑んで、お供えに向かって手を伸ばして食べてらっしゃいます。
もっとも頬張るのは、現物と酷似した幻影のような何かです。先人が幻影を全て食べたら、現物は私のお腹に入りますよ。
「う……」
あら? とりあえず奥の壁に寄りかからせていた、本日雇い入れたばかりの護衛が目を覚ましましたね。
「目が覚めましたか。こちらに来て、一緒にいかがです?」
「あ……はっ、紋は!?」
食べながら声をかければ、護衛はハッとし、慌ててはだけさせたままの胸元を確認しました。
「……ない!?」
「ええ。この方に解除していただきました」
「は!? そいつは皇帝じゃ……解除師とすり代わって……」
「正真正銘の皇帝だ」
陛下は心なしか得意気です。やり方を教えたの、私ですからね。
「陛下の魔力量の多さは、周知の事実でしょう。力技で解除していただきました」
「力技って……だが俺は正気だ。体にも異常は……今の解除のやり方なら、普通は……」
今の、と言いましたね。
「やはり知っていましたか。心配しなくとも、本来の方法で解除しております。問題ありませんよ」
「小娘、やはりとはどういう事だ?」
陛下はお行儀よく、モグモグし終わってから口を開きます。食事の所作は、丞相共々綺麗ですね。
「そもそも誓約魔法の発祥は、既に絶えて歴史からも消えたジャオという一族。彼は肌色からして、ジャオの特徴を色濃く受け継いであります」
「お、おい! 何でそんな事を知ってんだ!?」
「ふふふ、その内わかりますよ。それより、お肉食べますか? いらないですか? 私が食べてしまって良いですか?」
「貴妃、むしろ食べるなと言っているように聞こえますよ」
「育ち盛りの食欲という荒ぶる本能と、雇用主として食の補償をすべきという理性の戦いが、私を苛んでおり……」
――キュルキュル……。
「………………どうぞ」
「……何か、悪いな」
護衛のお腹の自己主張に、思わず泣きそうな顔をしてしまいました。それを見たせいか、護衛は申し訳なげに受け取りましたね。
雇用主としては申し訳ないですが、理性を勝たせたのです。大目に見て下さい。
「その……雇用主というのはどういう意味だ?」
「気を失う前に私が提案した事を、覚えていますか? 隷属の紋があるから無理だと仰ったので、解除しました。なので本日より、私に雇われているのですよ。ただし今はまだ、仮採用の試用期間です。よろしいですよね? そうすれば後宮に忍びこんだ件も不問となります。更に知っている事を話すなら、これまでに何かしらの犯罪行為を行ったとしても減刑されます。雇っている間は、私が給金も出しますよ。互いに信用を得て正式雇用となれば、見合う給金を正式に設定致しましょう
「破格だな……。だがアンタが俺を雇う利点なんか、無いだろう」
疑り深いですが、仕方ありませんね。この者の境遇は、それだけ過酷だったのでしょう。体についた火傷以外の傷痕を見れば、容易に推察できます。
「ありますよ。少なくともあの紋は、貴方の了承を得てつけた紋ではありませんよね。恐らく最低限の衣食住だけ補償した、強制タダ働きだったでしょう。なので主と設定された者へと寝返るとは、考えづらいのです」
こういう警戒する相手には感情へ訴えかけるより、利益を教える方が効果的です。
けれど本当は、私が会わせたい者がいるからなのですよ。今は陛下と丞相が邪魔なので、黙っておきますが。
「それに私がお金持ちなのは、聞き耳覗き見していたのですから知っているでしょう。私の給金を補償するという話。おいしいのでは? 貴方はどこの馬の骨ともわからない、一目で異国の者だとわかるその外見です。まともな働き口を見つけられるのかという観点から考えても、旨味しかないのでは?」
「そ、れは……」
一瞬真顔になってから、項垂れてしまいましたね。
「そちらの世界から足を洗うなら、今だと思います。そして私も、貴方のそうした弱味があるからこそ安心して雇えます。この後宮や朝廷から遣わされた者は、女官という役職を持っているらしい破落戸ばかりです。身近に置く気にはなれませんからね」
チラリと目線だけ殿方達に投げてみれば、バツが悪そうな顔と、苦笑した顔になりました。
「貴方もこの小屋の目と鼻の先で、どすこい乱闘を繰り広げていた破落戸達を見ましたよね。簡単に推察できるでしょう」
「どすこい……あー、まあ、な」
やはりあのような乱闘場面を直接見ると、説得力がありますね。しかしその責任者がそこにいるからか!言葉を濁すに留めました。
「そして私は、私ご直接雇い入れた者を自分の宮に置く許可を、既に得ております。お互い利点しかないと思いませんか? それでも嫌だと思うようでしたら、せめて二日は私の護衛についていただきたいですね。身のこなしからして我流でしょうが、武には秀でているようです。私の直属の使用人達が来るまで、ここで守ってくれると助かります。難しいですか?」
素直に利点を話してから反応を待てば、決心したようですね。護衛の顔がキリリとしました。
「いや、正直助かる。だが俺がいる事で、アンタに迷惑がかかるかもしれないぞ。良いのか?」
護衛に誓約魔法を強いた元主が、何かしらの危害を私に与えるかもしれないと言いたいのでしょう。
「少なくとも私の後ろ盾は、条件つきですが皇帝と丞相です。多少の事は考慮して頂けるでしょう。それに、そもそもの私個人が持つ後ろ盾は、それなりに大きいのです。その上に複数ありますから、問題ありませんよ」
安心して頂く為、朗らかに微笑みかけます。
既に私の幾つかの後ろ盾をご存知な殿方二人は、渋い顔をなさいました。後宮という魔窟に、望んでもいないのに妻として入るのです。事前準備は念入りにするに決まっているでしょうに。
「帝国の最上位権力者が二人してそんな顔するなんてな。アンタ一体、何者だよ。雇われる方は心強いけどな。じゃあ、まずは仮採用って事で頼む」
おや。護衛は心なしか引いてしまいましたか? 陛下と丞相の反応に、護衛の頬がヒクリと軽く引きつっております。
「ふふふ。持つべきものは人とのご縁ですよ。もちろん喜んで」
私としても仮採用中の者に、全て話すつもりはありません。けれど陛下と丞相が知る範囲までなら、教えてあげても構いませんよ。
「それで? そなたは誰に頼まれて諜報などしておった?」
「頼んできたのは二人だ。丞相の生家の風家。それから……皇貴妃の父親である林傑明司空」
陛下が皇貴妃を寵愛しているのは、周知の事実ですからね。質問に答える護衛の方が、今度はバツが悪そうに目を伏せました。
何か言いかけた陛下を、丞相が制して口を開きます。
ちなみに私は、そろそろ鳥肉を食べるのに専念しても良いですよね。そうしましょう、そうしましょう。
「あなたは二重諜報員だったという事ですか?」
「ああ、そうなる」
「しかしあなたに誓約紋を刻んだのは、林傑明司空ですね?」
「……何でわかった」
「腐っても今の私は、風家の息子です。あの家が奴隷でもない者に隷属の紋刻んでいれば、秘密にしていたとしても私にはわかります。その紋を他者に刻める者を囲っていて、わからない筈がありません」
丞相は本家の当主が!思惑をもって分家筋から迎え入れた養子です。義理の親子は互いに信用していないのでしょう。
パクパクしつつ、次を催促する子猫にも食べさせつつ、耳だけ話に傾けます。陛下から呆れたような視線を感じますが、きっと気の所為です。
「ふん、なるほどな」
「どことなく恨みが見て取れますね?」
「そりゃな。あんたの義妹。梅花宮の凜汐貴妃だ。あの癇癪持ちには正直、手を焼いてたんだよ。今回は俺の新しい雇い主になった、滴雫貴妃の弱味を握ってこいとさ」
「それはお気の毒でしたね」
梅花宮は東にある宮です。宮の主は、先程のどすこいな破落戸の一人が仕える、丞相の義妹ですよ。
丞相は気の毒そうに護衛を見やりました。思い当たる何かが、あるのでしょう。
「小娘」
「……」
何でしょうか、と目だけで陛下に返事をしてみれば、何故だが呆れたようにため息が。
「はぁ、菓子を口いっぱいに頬張りすぎであろう。誰も子供から菓子を取り上げたりはせぬ」
食後の甘い杏仁豆腐からの、しょっぱいヨリヨリをモグモグしておりましたからね。菓子を取り上げられるとまでは思っておりませんでしたが、昨日からの精神的な疲弊に、念願の物を口にしたのです。無心で頬張るのは仕方ありませんよ。私、まだまだ成長期ですから。
子猫は元の場所で大人しく、食後のお菓子のように鳥の骨をポリポリ。先人は一番奥の陰と同化してらっしゃいます。
途中、丞相が抜け、戻ってきた時に手にしていたのが茶器類や、この甘いのとしょっぱいのです。
置いて帰って頂いて構わなかったのですが、殿方は新たに雇った護衛も含めて未だに小屋に。長居し過ぎでは? 暇なのでしょうか。
丞相がいなくなった間、陛下が差し入れの燭台に慣れた手つきで、パパッと蝋燭を立てて小屋の中を灯してみたり、護衛は戸の建てつけを、奥にあった古い道具を見つけて直してくれました。
持つべきものは魔力持ちの夫に、修繕もできる護衛。そして甘いのとしょっぱいのを持ってくる契約者ですね。
私はその間、鳥肉をゆっくり頬張りながら、指揮及び監督しておりました。
お陰様で夫により差し入れも整理でき、手の空いた護衛により、一段上がった所に設置されたこの床も綺麗になりましたよ。細々動いてくれる夫や護衛は、重宝しますね。今日からはこちらの床に布団を敷いて寝られそう、ようございました。
「花茶です。貴妃の淹れたお茶の方が美味しいですが」
丞相が淹れたお茶を一口含み、質を確かめます。あと少し蒸らしの時間を短くした方が、より美味しいと思います。とは言え、元々質の良い茶葉なのでしょう。
「美味しいですよ。ありがとうございます」
お礼を言って微笑んでおきます。
「それで小娘。何故魔力調整の練習が必要なのだ?」
「そういえば、それには答えておりませんでしたね。しかし宜しいのですか?」
既に護衛として働き始めたので、私の後ろには……。
「そういえば名前を聞き忘れておりましたね。名は何と?」
そこまで考えて、ふと護衛の名前を知らない事に気づきました。特に振り返らず、眼福とも呼ぶべき麗人達を眺めながら聞いてみます。
「え、今更? 好きに呼べば良いだろう」
「左様ですか。では大雪とでも呼びましょう」
「……何をどこまで知って……いや、何でもない。それで良い」
何かしら思う事があったのでしょう。けれど今は、それとなく私を観察するように目を細めた丞相が、僅かばかり気になります。何が気になるというわけではなく、何となくですが。
ちなみに、訝しげに私の後ろを見る陛下は全く気になりませんね。
「かまわん。お前が良しとした護衛なのだろう。それで魔力の調整が必要な理由は?」
やや痺れを切らせ気味の陛下は、気が短いですね。どのみち、まだ住環境が整っていないので先の話となるのに。
「今ではございませんが、陛下の外に出す魔力量を調節しつつ、皇貴妃の魔力にすり合わせて頂きたいのです。互いに馴染ませ合う。そう言えばわかりますか?」
「何故だ?」
「過去、お子が宿った時の営みの前。普段と違った事をなさいませんでしたか?」
「……営みなどと、子供が不躾に……」
「陛下の問いに答えているのですよ?」
二度の人生で、その手の事には慣れすぎております。個人的な興味など、あるはずもないのに。失礼です。鼻白みたいのは、陛下ではなく私の方ですからね。
「はぁ、まあ良い。思い当たる……いや、これと言って特には……」
「陛下、あの三度の渡りの内、二度は狩りの後ではありませんでしたか?」
首を捻る陛下に、丞相がハッとした様子で確認されます。
「ああ、そういえば。確かあの二度は、狩りで過去一番に大きな熊と、虎。それぞれ出くわしたのであったか。毛皮を作ってユーに贈ったのだ。間違いない。楽しみだと言ってくれていたから、喜んでいた。残る一度は……前日まで制度を変える為、徹夜続きであったか」
やはりたまたまですが、条件が揃ったのでしょう。