翌日のお昼頃には、全員の容態が安定した。
魔女さん曰く、あとは三日間、毎食後に薬を飲ませるだけでいい――と。
既に何人かは体調もよくて、食事も摂れるようになっていた。
みんながほっと胸を撫でおろしていたその時。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません、デュカルト様」
初老の男性が僕を訪ねて鉱山組合にやってきた。
「えっと、どちらさま?」
黒い燕尾服からして、執事っぽいけど。
もしかすると子爵の執事さん?
「わたくしめはハンスと申します。ハーセラン家に仕えるものでして」
「え!? うちに??」
「はい。と言いましても、十年前から領主代理の補佐役としてロックレイにおります」
そっか。さすがにゼザーク子爵ひとりで事務処理してるわけないもんね。
でも昨日は姿を見なかったな。
「おぉ、ハンスさん。ドワーフのとこから戻ってきたかい。あんたがいない間に、大変な事故が起きてなぁ」
「組合長殿。孫のチェリーチェから聞きました。しかしこの様子だと、大事にはいたらなかったようですな」
「おうよ。侯爵様んとこの坊ちゃんのおかげでな、薬も手に入ったのさ」
「デュカルト様の?」
「ぼ、僕は魔女さんに、調合の手順を教えて貰って、あとはスキルでチンしただけですからつ」
「おぉ、『魔導レンジ』というものですな。旦那様から窺っております」
スキルを習得して一カ月半ぐらいだけど、ハンスさんは知っているのか。
父上が手紙で書いたのかな。
手紙と言えば――
「ハンスさん。ゼザーク子爵の手元に、僕の着任書類が届いてないようなのですが」
「いえ、そのようなことはございません。わたくしめが確かに奴めの机の上に置き、目を通すよう言っておきましたので」
は、はは。子爵相手に「奴め」か。
ハンスさんも子爵に対しては、いい感情を抱いていないようだね。
「うぅん、あれは嘘じゃなさそうだったけど……ハンスさんの話をまったく聞いてなくって、書類の存在にも気づかなかった……なんてことは」
「……あり得ます。しかしご安心ください」
そう言ってハンスさんは懐から封書を取り出した。
その封書に押された蝋印は、父上のものだ!
「侯爵様は賢いお方です。このようなこともあろうかと、同じものをもう一通ご用意しておりましたので」
「おぉ、さすが父上! 中身は確認したのですか?」
「確認はしておりませんが、侯爵様から別書にて、中身はデュカルト様の領主着任書であると知らされております」
「そっか」
その瞬間、建物内で歓声があがった。
「これであの野郎を追い出せるぜ!」
「はぁ、やっとまともに仕事ができるなぁ」
彼らのうっ憤も、ずいぶん溜まっていたみたいだ。
「それではデュカルト様、さっそく――」
「ううん、待ってくださいハンスさん」
「デュカルト様?」
「ただ追い出すだけじゃダメです。きっとガルバンダス侯爵に泣きつくでしょうから、そしたら、なんの理由もなしに解雇するのなら賠償金を払え――とか言いそうでしょ?」
僕の言葉に全員が頷く。
鉱山組合の人たちは、ガルバンダス侯爵のことをよく知らないだろうに。
まぁゼザーク子爵のボスだし、ロクでもない侯爵だってのは想像できるもんね。
「彼には正当な理由で出て行ってもらいましょう。ところで、さっき組合長さんが言ってた、ドワーフっていうのは?」
ドワーフ。言わずと知れたファンタジーで有名な妖精族だ。
でもこの世界の妖精族は少ない。
彼らが元々暮らしていた妖精界へと繋がる扉が、一五〇年ぐらい前に閉じてしまったからだ。
「はい。ここロックレイには先々代侯爵様に保護されたドワーフ族がおりまして」
「僕のひぃおじい様に?」
「はい。当時西側諸国で激しい戦がありまして、彼らはその西側に里を持つドワーフ族でした」
ドワーフ族の一部が戦に参戦し、そのせいで里が壊滅したそうだ。
それで逃げて来たドワーフ族を、僕のひぃおじい様がロックレに受け入れたってことらしい。
「彼らも鉱山の作業員でして、先日お伝えした物《・》も彼らが発見いたしました」
物――というのは、新しく見つけた鉱石のことだろう。
「あれは奴の目に触れさせるわけにはいきませんので、ドワーフ族の里長には一芝居していただきました」
「お芝居?」
「ドワーフの頭はもともと、あの野郎、あー、子爵のことですがね、奴が嫌ってたんだよ」
「ここのドワーフ連中はみーんな、ハーセラン侯爵家に恩義を持ってるっす。けど子爵はガルバンダス侯爵派っすからねぇ」
それで双方、いつでもいがみ合ってたそうだ。
だからこそ、新しい鉱石を発見した時にドワーフ族の里長さんがわざと子爵と喧嘩して、その結果。
「ドワーフ族は鉱山はもとより、町への立ち入りを禁じられました。それに腹を立てたドワーフ族のみなさんが、ロックレイを出て行った――というシナリオです」
「見つけた物はドワーフ族が持って帰ってるから、あの野郎に見つかる心配もねぇ」
「なるほど、そういうことだったんですね。全て片付いたら、ドワーフ族のみなさんにはお礼をしなければいけませんね」
「お、それなら坊ちゃん。美味い酒があれば大喜びだぜ」
「組合長、それあんたが飲みたいだけじゃないのか?」
「バ、バカ言うんじゃねえ。あたりめぇだろうが!」
あはは、隠す気もないじゃん。
でも、子爵が来てからの三年間で溜まったストレスを発散してもらうためにお、お酒はいいかもしれないね。
「そのためにも、まずはやることやらないとね」
「というわけで、やってきました領主の館へ!」
夜になってから、僕らはハンスさんの手引きで屋敷へとやってきた。
「あの、ところで魔女さん」
「なんじゃ?」
「どうしてあなたがここに?」
「面白そうだからに決まっておる」
面白そうって……。
「まぁいいか。ではハンスさん。子爵が帳簿を隠してある部屋に、心当たりはありませんか?」
「もちろんございます。奴めは帳簿をわたくしにも見せようとしませんでした。強引に突けば亡き奥様のご実家にご迷惑をおかけするやもしれないため、ずっと堪えておりましたが。さ、こちらでございます」
案内されたのは書斎だ。
なるほど。本を隠すなら本がたくさんある部屋ってことか。
「一冊ずつ調べるのかの?」
「自分もお手伝いいたします」
「お待ちくだされ。ゼザークは姑息にも、魔導具の力で帳簿が目に見えない状態にしております」
「目に見えない?」
「はい。トランスパレントと呼ばれる魔導具は、視覚だけでなく、聴覚や嗅覚でも見つけることができない魔導具なのです」
フレドリクさんが、冒険者でもそれを使う者がいるって教えてくれた。
強敵、絶対勝てない相手と遭遇したときに、その魔導具の力を借りてなんとかやりすごすんだって。
そんなものを本に使うなんて……。
「じゃあ、どうやって探すっていうんじゃ」
「大丈夫。魔導具を使っているなら、見つけるのは簡単だから」
魔女さんにそう言って笑って見せると、僕は右手を突き出してこう唱えた。
「"鑑定"」
と。
「あんた、鑑定スキルを持ってたの!?」
「うん。『魔導レンジ』とセットで習得したんだ。間違った食材をレンジに入れて調理したら、失敗するからね。たぶんそのためだと思う」
本棚をぐるっと見渡す。
あったあった。
魔導具って、発動しているときにはぼんやりと光るんだよね。
もちろん実際に光っているんじゃなく、鑑定したときにだけ見える光だ。
なるほど。本の後ろに隠してあるのか。
何冊か本を取り出して、後ろにあった光に触れる。
すると、透明になっていた本がすぅーっと現れた。
「はい、発見っと」
さぁて、どれだけ不正をしていたのかなぁ。
魔女さん曰く、あとは三日間、毎食後に薬を飲ませるだけでいい――と。
既に何人かは体調もよくて、食事も摂れるようになっていた。
みんながほっと胸を撫でおろしていたその時。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません、デュカルト様」
初老の男性が僕を訪ねて鉱山組合にやってきた。
「えっと、どちらさま?」
黒い燕尾服からして、執事っぽいけど。
もしかすると子爵の執事さん?
「わたくしめはハンスと申します。ハーセラン家に仕えるものでして」
「え!? うちに??」
「はい。と言いましても、十年前から領主代理の補佐役としてロックレイにおります」
そっか。さすがにゼザーク子爵ひとりで事務処理してるわけないもんね。
でも昨日は姿を見なかったな。
「おぉ、ハンスさん。ドワーフのとこから戻ってきたかい。あんたがいない間に、大変な事故が起きてなぁ」
「組合長殿。孫のチェリーチェから聞きました。しかしこの様子だと、大事にはいたらなかったようですな」
「おうよ。侯爵様んとこの坊ちゃんのおかげでな、薬も手に入ったのさ」
「デュカルト様の?」
「ぼ、僕は魔女さんに、調合の手順を教えて貰って、あとはスキルでチンしただけですからつ」
「おぉ、『魔導レンジ』というものですな。旦那様から窺っております」
スキルを習得して一カ月半ぐらいだけど、ハンスさんは知っているのか。
父上が手紙で書いたのかな。
手紙と言えば――
「ハンスさん。ゼザーク子爵の手元に、僕の着任書類が届いてないようなのですが」
「いえ、そのようなことはございません。わたくしめが確かに奴めの机の上に置き、目を通すよう言っておきましたので」
は、はは。子爵相手に「奴め」か。
ハンスさんも子爵に対しては、いい感情を抱いていないようだね。
「うぅん、あれは嘘じゃなさそうだったけど……ハンスさんの話をまったく聞いてなくって、書類の存在にも気づかなかった……なんてことは」
「……あり得ます。しかしご安心ください」
そう言ってハンスさんは懐から封書を取り出した。
その封書に押された蝋印は、父上のものだ!
「侯爵様は賢いお方です。このようなこともあろうかと、同じものをもう一通ご用意しておりましたので」
「おぉ、さすが父上! 中身は確認したのですか?」
「確認はしておりませんが、侯爵様から別書にて、中身はデュカルト様の領主着任書であると知らされております」
「そっか」
その瞬間、建物内で歓声があがった。
「これであの野郎を追い出せるぜ!」
「はぁ、やっとまともに仕事ができるなぁ」
彼らのうっ憤も、ずいぶん溜まっていたみたいだ。
「それではデュカルト様、さっそく――」
「ううん、待ってくださいハンスさん」
「デュカルト様?」
「ただ追い出すだけじゃダメです。きっとガルバンダス侯爵に泣きつくでしょうから、そしたら、なんの理由もなしに解雇するのなら賠償金を払え――とか言いそうでしょ?」
僕の言葉に全員が頷く。
鉱山組合の人たちは、ガルバンダス侯爵のことをよく知らないだろうに。
まぁゼザーク子爵のボスだし、ロクでもない侯爵だってのは想像できるもんね。
「彼には正当な理由で出て行ってもらいましょう。ところで、さっき組合長さんが言ってた、ドワーフっていうのは?」
ドワーフ。言わずと知れたファンタジーで有名な妖精族だ。
でもこの世界の妖精族は少ない。
彼らが元々暮らしていた妖精界へと繋がる扉が、一五〇年ぐらい前に閉じてしまったからだ。
「はい。ここロックレイには先々代侯爵様に保護されたドワーフ族がおりまして」
「僕のひぃおじい様に?」
「はい。当時西側諸国で激しい戦がありまして、彼らはその西側に里を持つドワーフ族でした」
ドワーフ族の一部が戦に参戦し、そのせいで里が壊滅したそうだ。
それで逃げて来たドワーフ族を、僕のひぃおじい様がロックレに受け入れたってことらしい。
「彼らも鉱山の作業員でして、先日お伝えした物《・》も彼らが発見いたしました」
物――というのは、新しく見つけた鉱石のことだろう。
「あれは奴の目に触れさせるわけにはいきませんので、ドワーフ族の里長には一芝居していただきました」
「お芝居?」
「ドワーフの頭はもともと、あの野郎、あー、子爵のことですがね、奴が嫌ってたんだよ」
「ここのドワーフ連中はみーんな、ハーセラン侯爵家に恩義を持ってるっす。けど子爵はガルバンダス侯爵派っすからねぇ」
それで双方、いつでもいがみ合ってたそうだ。
だからこそ、新しい鉱石を発見した時にドワーフ族の里長さんがわざと子爵と喧嘩して、その結果。
「ドワーフ族は鉱山はもとより、町への立ち入りを禁じられました。それに腹を立てたドワーフ族のみなさんが、ロックレイを出て行った――というシナリオです」
「見つけた物はドワーフ族が持って帰ってるから、あの野郎に見つかる心配もねぇ」
「なるほど、そういうことだったんですね。全て片付いたら、ドワーフ族のみなさんにはお礼をしなければいけませんね」
「お、それなら坊ちゃん。美味い酒があれば大喜びだぜ」
「組合長、それあんたが飲みたいだけじゃないのか?」
「バ、バカ言うんじゃねえ。あたりめぇだろうが!」
あはは、隠す気もないじゃん。
でも、子爵が来てからの三年間で溜まったストレスを発散してもらうためにお、お酒はいいかもしれないね。
「そのためにも、まずはやることやらないとね」
「というわけで、やってきました領主の館へ!」
夜になってから、僕らはハンスさんの手引きで屋敷へとやってきた。
「あの、ところで魔女さん」
「なんじゃ?」
「どうしてあなたがここに?」
「面白そうだからに決まっておる」
面白そうって……。
「まぁいいか。ではハンスさん。子爵が帳簿を隠してある部屋に、心当たりはありませんか?」
「もちろんございます。奴めは帳簿をわたくしにも見せようとしませんでした。強引に突けば亡き奥様のご実家にご迷惑をおかけするやもしれないため、ずっと堪えておりましたが。さ、こちらでございます」
案内されたのは書斎だ。
なるほど。本を隠すなら本がたくさんある部屋ってことか。
「一冊ずつ調べるのかの?」
「自分もお手伝いいたします」
「お待ちくだされ。ゼザークは姑息にも、魔導具の力で帳簿が目に見えない状態にしております」
「目に見えない?」
「はい。トランスパレントと呼ばれる魔導具は、視覚だけでなく、聴覚や嗅覚でも見つけることができない魔導具なのです」
フレドリクさんが、冒険者でもそれを使う者がいるって教えてくれた。
強敵、絶対勝てない相手と遭遇したときに、その魔導具の力を借りてなんとかやりすごすんだって。
そんなものを本に使うなんて……。
「じゃあ、どうやって探すっていうんじゃ」
「大丈夫。魔導具を使っているなら、見つけるのは簡単だから」
魔女さんにそう言って笑って見せると、僕は右手を突き出してこう唱えた。
「"鑑定"」
と。
「あんた、鑑定スキルを持ってたの!?」
「うん。『魔導レンジ』とセットで習得したんだ。間違った食材をレンジに入れて調理したら、失敗するからね。たぶんそのためだと思う」
本棚をぐるっと見渡す。
あったあった。
魔導具って、発動しているときにはぼんやりと光るんだよね。
もちろん実際に光っているんじゃなく、鑑定したときにだけ見える光だ。
なるほど。本の後ろに隠してあるのか。
何冊か本を取り出して、後ろにあった光に触れる。
すると、透明になっていた本がすぅーっと現れた。
「はい、発見っと」
さぁて、どれだけ不正をしていたのかなぁ。