レンチンパレード♪ 魔導レンジで素材をチンして、快適領地運営はじめます。

『やぁやぁ、皆の衆。出迎えご苦労。ふはーっはっはっはっは』

 どうしてこうなったんだろう?

 昨夜、魔導レンジを見せてからずっと、ヴァルゼさんは僕に質問しっぱなしだった。
 レンチンしたときに失敗した料理はどんなものか、どうして失敗したのか、なぜ今まで料理以外でレンチンしようとしなかったのか。
 そして朝を迎え、一度町に戻ると言ったら……ついて来た。

 地縛霊じゃなかったの!?
 だから最初、僕らが町に戻ると言った時寂しそうにしていたんじゃないか。
 あの時は一緒に来なかったじゃないか!

 当然のように町の人にも見えているから、みんな奇異の目で見ている。
 ただ悲鳴が上がったり、怯える人がいないのは不幸中の幸いなのかもしれない。
 まぁ怖い、とは思わないよね。こんな陽気な幽霊なんだから。
 でもなんとなく、憐れむような視線を向けられているようでいたたまれない。
 この視線はヴァルゼさんに向けられているものなのか、それとも僕に……。

 屋敷に到着すると、さっそくハンスさんが後ずさる。

「どこで拾ってこられたのですがこのゴースト!?」
「えっと、坑道で」
『はっはっは。犬や猫やスライムじゃないのだから、拾ってきたは失礼だろう少年』

 スライムって拾って来るものなんだ?

「詳しい話は中でします」
「か、畏まりました。まずは疲れをお取りください。湯あみの準備は整えておりますので」
「ありがとうございます」

 お風呂に入ってさっぱりしよう。





「って、なんでヴァルゼさんもいるんですか!?」
『それはだな少年。吾輩は少年に憑りついてしまったのだ』
「……え?」
『研究への未練が、吾輩をゴーストに変えた。そして今、吾輩は少年という存在への興味で溢れている!』
「……え?」
『つまりはだ、あくなき探求心により、吾輩は少年の背後霊にジョブチェンジしたのだよ。ぬわーっはっはっは』

 え……どうしてそんなことになるの?
 あと服着たまま湯船に浸からないでください!!

 じゃあ、地縛霊だったはずの人がうろうろしているのは、彼がうろうろしているんじゃなくって僕にくっついてきただけってこと?
 うああぁぁぁ、どうしてぇぇぇっ。

 ・
 ・
 ・

「ってことのようです」
「なんっって迷惑な幽霊じゃ」
「お祓いをしましょう」
「チェリーチェに言って下の町から神官をお呼びいたしましょう」
『吾輩は善良な幽霊ぞ。酷いではないか。なぁ少年よ』

 善良な幽霊って言葉、初めて聞いた。
 とりあえずお祓いは――

「冗談です」
『うぬよ、その顔で冗談だったのか?』
「はい。冗談を言う顔をしてたつもりですが」

 フ、フレドリクさん、冗談だったの?
 うぅん。僕にはまだわからない。彼が本気なのか冗談なのか。

「じょ、冗談でしたか。ははは」
「あれ、どうしたんですかハンスさん?」
「いえ、なんでもございません」

 ん? なんかあたふたしているような……は!
 チェリーチェさんがもう出発しちゃったんじゃ……。

「それで、どうなさるのですかデュカルト様」
「あ、うん。不便ではあるけど、僕はこのままでいいですよ。ヴァルゼさんが魔導具の研究がしたい。ボクらは魔導石の錬成、それに魔導具の開発が出来れば町を発展させられる。お互いの利益は一致しています。ですので、彼の知識を貸していただきたいと考えています」
『ふふ、よかろう。吾輩、少年のスキルに可能性を見出しておる!』
「僕のスキルに、ですか?」

 ただの料理スキルだと思っていたけど、食材以外にも調理《・・》できることがわかった。
 どこまでのものを、どんな風に調理できるのかはこれから検証していかなきゃならない。
 それが可能性ってことなら、どんな可能性があるのか確かに興味がある。





「三日三晩も!?」

 魔導鉱石を、実際に魔導具のエネルギー石に錬成するには、三日三晩かけてゆっくりじっくり溶かさなきゃならないそうだ。
 その過程でミスリル銀を加える。その量は一度に1グラム。
 実はここが重要らしく、ミスリル銀の量が多くても少なくてもダメらしい。

 ミスリル銀を加え、固まらないようにずーっと混ぜ続ける。
 途中で色が濃くなり出したらまたミスリル銀を加える。
 それを繰り返していくと、だんだんと透明感が出てくるそうだ。
 半透明になったら精錬終了。
 完成した溶液を鋳型に流し込んで形を整えれば、魔導石になる。

「なかなか面倒くせぇな」
「ずっとかき混ぜなきゃならないんでしょ? 溶けた鉱石を、どうやって混ぜるの?」
「そこは問題ねぇ。魔導鉱石は低温で溶けるから、なんだったら木の棒でもいいんだよ」
『ドワーフの言う通りだ。魔導鉱石の融解温度は120℃。故に木の棒でかき混ぜても問題はない』
「そう、なんだ。じゃがずーっと混ぜてなきゃダメなのよね?」

 ルキアナさんの質問にヴァルゼさんが頷く。

「何人か交代で番をすることになるな」

 そう言うとドズルさんは、腰から一本のナイフを取り出した。

「こいつぁミスリル銀制の小型ナイフだ。使うことがまったくねぇから、今回はこいつを溶かそうと思ってな」
「ちょ、え、待ってくださいっ。ミスリル銀のナイフなんて、いったいいくらすると思っているんですか!?」
「軽く金貨二十枚はするでしょう」
「そうです。フレドリクさんの言う通りです。金貨二十枚と言ったら、四人家族の一般市民の半年以上が暮らせる金額なんですよ!」

 日本円で換算すると、ざっと二五〇万から三〇〇万といったところかな。

「いいんだよ。使ってねぇんだから。それに魔導鉱石の錬成は、なにがなんでも、俺たちの手で成功させなきゃならねぇ。成功させりゃあ、金貨二十枚なんざあっという間に元が取れるだろ」
「……そう、ですね。魔導鉱石の錬成を、なんとしてでも成功させましょう」
「あぁ、もちろんだ。ま、その前に鉱石の採掘を進めなきゃな。今はこの前見せたアレしかねえからよ」

 あぁ、そうだった。
 まずは坑道の整備かなぁ。

「それでは、この者らを連れてゆきます」
「はい、ご苦労様です。道中、どうかお気をつけてお戻りください。これ、よかったら途中の食事の時にどうぞ」

 僕の背後にヴァルゼさんがくっついてから一週間後、ここから一番近い町から王国兵の方たちがやって来た。
 目的はゼザーク子爵かガルバンダス侯爵が雇い入れた、あの罪人たちを連行するためだ。

 それにしても、すぐに父上へ手紙を出しはしたけど、ずいぶんと早かったな。
 ここから実家まで徒歩で十日は掛かるのに。
 手紙はチェリーチェさんが直接父上に届けたそうなんだけど……ほんと、チェリーチェさんってどrだけ足が速いんだろうか。

「結局、あいつらって不法に雇われていたってことなの?」
「詳しいことは調べてみないとわからないそうですが、基本的に、国で指定した労働場所以外で罪人を働かせることはないそうなので」
「ならやっぱり不法じゃな」

 たぶんルキアナさんが言う通りだと思う。
 報酬がーって彼らは言ってたけど、たぶん払う気なんかなかったんじゃないかな。

 ふう。でもこれで肩の荷がひとつ減ったな。
 
 坑道を直下掘りする準備もできたし、崩落しないように補強も済んだ。
 これでようやく、本格的に掘削ができる。

「と思ったんだけど。もう冬支度をしなきゃいけないんだっけ」
「そうじゃ。この辺りの冬の訪れは早く、そして長いのじゃ。雪深くなる前に冬支度をしなきゃならないのよ」
「たとえばどんなことをするんですか?」
「んー、そうね。狩りをして燻製肉や干し肉をたくさん作っておくのじゃ。それから薪を大量に用意する。家屋の修繕も場合によっては必要じゃな」

 食料と寒さ対策か。

『うむ。この辺りの雪は深いからな。しっかりと準備をせねば、餓死してしまうぞ』
「え、そんなに? どのくらい積もるんですか?」
『うぅむ……吾輩、冬は地下に籠っておったからなぁ。どうせ外に出てもまともに動けぬし』

 冬の間ずっと引き籠り……。

「ルキアナさん」
「私がすっぽり埋まるぐらいには積もるのじゃ」
「ル、ルキアナさんがすっぽり!?」

 ルキアナさんは僕の身長とそう変わらない。ほんの少し、彼女のほうが高いのかな。
 そのルキアナさんがすっぽりなら、僕だってすっぽりじゃないか!

「そうなると、冬場は鉱山に行くのも……」
「無理なんじゃない?」
「え、そうなのですか?」

 ひとりだけちょっと次元が違う人がいる。
 フレドリクさんだけど。

『ここから坑道の入り口まで近いとはいえ、毎日雪かきをするのは大変であろう。人手も少ないようだしな』

 そう、なんだよね。
 町から少し南東に行くと、ドワーフ族の里がある。
 そこで暮らすドワーフ族は百人ぐらいいて、実はロックレイでは人間よりドワーフ族の方が多い。
 町で暮らす人の数は、鉱山で働く作業員が二十五名。それぞれが奥様と一緒に暮らしている。
 二十六人の中にアレックスさんもいて、彼はご両親と一緒に暮らしている。もちろんお父様も作業員だ。
 町には鉱山で働く人以外に、食堂を営んでいるご夫婦と雑貨屋を営むご夫婦がいる。
 それからお医者様と看護師さんのご夫婦と、全部で五十五人しかいない。
 ここにハンスさんとチェリーチェさん、そして僕たちを合わせても六十人だ。

 一メートルを超える積雪……想像もできない。
 前世の僕は関東に住んでいた。数年に一度、十センチ積もるかどうかの地域。
 十センチ積もったら公共の交通は麻痺して、会社にいくのも大変だったな。
 休ませてくれればよかったのに、這ってでも出てこいって……徒歩で四十五分以上かけて出勤して、帰りの電車もないから職場に泊まったり……。
 あぁ、思い出しただけでも胃がキリキリする。

「どうしたの?」
「あ、ゆ、雪のことを考えていたんです。融雪装置とかあれがなぁって」
「ゆうせつそうち? なんじゃ、それは」
「え、えぇーっと」

 うわぁ、咄嗟に口から出ちゃったけど、融雪装置なんて実際にはよく知らないんだよ。
 どこでそんな言葉、聞いたんだろう?
 うーん……うーん……あ、そうだ。
 東北の方から上京してきたっていう同僚が言ってたんだっけ。

 たしか――

「ど――道の脇に、地面から水を出す装置とか。水で雪を溶かすんです」
「へぇ」
「しかしデュカルト様、ここは山岳地帯ですので。水は低い土地へ流れていきますから、ヘタをすると町が水浸しになるのでは?」
「そ、そうか。うん、そうだね。えっと、それじゃあ……」

 他に聞いた融雪装置だと、地面に電気を流してその熱で雪を溶かすってのもあったな。

「熱の力で雪を溶かすんです」
「熱の力? いったいどうやって?」
「えっと、それは……」

 この世界に電気はないし。パイプを通して、温水を流すとか?
 いや、その前にパイプの中のお湯が凍結しそうだ。
 この世界ならではの何かがないかなぁ。

『熱? 熱なら魔法でどうにかなるのではないか?』
「あっ。そ、そうです。魔法です! 火の魔法で雪を溶かせばいいんですっ」
「しかし、魔法を扱える人が少ないんじゃない? まぁ私は使えるけど」
「そ、そうですね……。うぅん、何かないかなぁ」

 何か装置が作れれば……装置、そう……あっ。

「ヴァルゼさん! 魔法王朝時代に何かありませんでしたか? 熱を出すような装置が」
『熱……おぉ! あったぞっ、あった! 茶を保温するために使われていた、熱を発する魔導具が!!』

 それだ!
「デュカルト様。ただいま戻りました」
「あ、フレドリクさん。おかえりなさい。どうでしたか?」

 日々、だんだんとロックレイは肌寒くなってきた。
 雪が積もれば山道は閉ざされる。下の町から食料を仕入れるってこともできないから、自給自足するしかない。
 で、雪が積もれば狩りもできなくなるし、今のうちにとドワーフさんたちとフレドリクさんが今朝から出かけていた。

「エレファントボアとジャイアントキラーラビット、ファンググリズリーと、あと鹿やヤギを仕留めました」 
「おぉ、大猟じゃないですか。獲物はどこに?」
「中央噴水のとことで今、町の方々が解体作業を行っております」
「そうですか。僕も見て来よう。あ、ルキアナさんも行きますか?」
「ん。ファンググリズリーの肝は熱冷ましの薬になる。ドワーフどもに焼かれる前に、奪い取るのじゃ!」

 奪い取るって……。
 焼かれる前にってことは、酒のつまみになるってことかな。
 冬になれば風邪を引いて熱を出す人もいるかもしれない。熱冷ましは欲しいところだ。

「なら急ぎましょう」
「うむ!」

 屋敷を出て小走りに町の中央へ向かう。
 駆け抜ける道に並ぶ建物のほとんどが空き家だ。
 いつかこの空き家にも、人が暮らす日がくるのかな。

「ドワーフどもが来てるじゃない。肝! 肝は渡さないんだからっ」
「あっ、ルキアナさん!?」

 中央の噴水広場――といっても水は出てないけど――そこにはルキアナさんが言う様に、ドワーフ族の方もたくさん来ていた。
 女性のドワーフさんもいるみたいだ。解体の手伝いかな?
 でも、あの人数はさすがにおおす……ん?

 あ、あれ、なんだろう。あの黒い、山のような塊。
 毛? 毛皮?

 エレファントボアって、どんなモンスター?
 エレフェントは象で、ボアはイノシシだよね。象みたいに大きなイノシシ?
 そ、それなら納得できる。
 うん。いやでも、あれ一頭?

「フ、フレドリクさん。お伺いしますが、何頭、獲ってきたんですか?」
「はい。エレフェントボア四頭、ジャイアントキラーラビット九頭、ファンググリズリー四頭です。鹿とヤギは……お恥ずかしながら、一頭ずつでして」
「いやいやいや、多いですって!」

 どおりであの毛の山なわけだ。

『あれだけあればひと冬越せるであろうな』
「ですね」
「ファングの解体は私がするのじゃ!」

 ルキアナさんが嬉々として輪の中に入っていく。
 解体の手伝い、僕もできればいいのだけれど。
 前世でも多少は料理をしたことがあるけど、魚をさばいたこともないからなぁ。
 こっちの世界では、魔導レンジが切るのもやってくれるし。

 解体、レンジでできないかな?

 と思って魔導レンジを出してみたけど、そもそも獲物が大きくてレンジに入らない。
 解体したものじゃないと入らないなら、まったくの無意味だ。

「坊や、レンチンするの?」
「え、えっと……」
「そうだ。レンジで血抜きや乾燥とかってできない?」
「あ、できますよ。やりましょうか?」
「お願い。坊やがいたら時間がかかる作業も一瞬ね」

 時間がかかる作業……そうだ、乾燥肉や燻製肉も、魔導レンジを使えば一瞬で作れるんだ。
 量が入らないから何度もやらなきゃいけないけど、普通に作るよりは早く終わる。

「肉の加工は僕がやります。すみませんが、レンジに入るサイズにカットしていただけますか?」
「お、そうか。坊ちゃんに任せれば一瞬だったな」
「おいかーちゃん。燻製用のチップを用意してくれ」
「塩も頼むわ」
「「あいよー」」

 ファンググリズリーの肝を四つレンチンしたあとは、みんなが切り分けてくれた肉をどんどんレンチン。
 燻製も干し肉も塩漬け肉も、じゃんじゃん作った。

 よかった。僕もみなさんのお手伝いができて。
 





『しかし少年よ。あれだけスキルを使っておいて、まったく魔力切れを起こすことはないのか?』
「はい。魔力量だけは無駄に多いので。僕の魔力量は、たとえば魔法が使えるとした場合、その効果に直結する魔力じゃなく、何回魔法を使えるかっていう方の魔力のようなんです」
『うむ。そうであるな。吾輩にもそう見える。しかしそれだけではないようだ』
「え、そうなんですか?」

 肉の加工作業を終え、夜にはそのままみなさんとお肉パーティーを楽しんで帰宅。
 ベッドで天井を見つめながら、枕元に立つヴァルゼさんと少し話をした。

『少年がスキルを使った際、魔力の減少が感じられる。だが次の瞬間には、減少した分がすでに補充されておるのだ』
「消費した魔力が、すぐに戻ってるんですか?」
『その通りだ』

 それは知らなかった。
 無限魔力という加護を授かっているけど、無限ってそういう意味なのかな。
 無限に湧き出る魔力とか、無限にスキルを使える魔力とか、そういう。

 魔法が使えないとわかった時は、なんて無駄な加護を授かったものだろうと思っていたけど、今日みたいに繰り返し何十回、何百回とレンチンするときには、加護を授かってよかったなって思えるようになった。
 僕にできることなんて少ないけど、少しでも役に立てるなら何百回でも、何千回でもスキルを使おう。

 それに、僕の魔導レンジは料理以外のものもレンチンできるってわかったし。
 まずは――

「ヴァルゼさん。最低限の鉱石が採掘されたら、融雪装置用の魔導具開発をお願いします」
『ふっふっふ。任せておきたまえ。すでに構想はできておる』

 雪が降り出す前に、魔導鉱石が採掘せれるといいんだけどなぁ。
「野菜を乾燥?」
「はい。冬の間はキンキンに冷えた地下室に野菜を保管すると聞きました。傷みにくくするためだということですが、それでも三割ぐらいの野菜はダメになるそうですね」
「そうじゃな。二月にもなると、さすがに傷んでしまうから」
「はい。ですから、乾燥させるんです。しかもそのまま調理できるよう、カットしてから乾燥させれば手間も省けますし」

 乾燥野菜は前世でもあった。切干大根や、ニンジン、干しシイタケとか。
 乾燥させてから冷凍すれば、日持ちが長くなるはずだ。
 冷凍野菜もいろいろあったし、この世界でもできるんじゃないかな。
 しっかり乾燥させるのが大事だし、乾燥なら魔導レンジで簡単にできる。乾燥と同時にカットもできるから、らくちんだ。

「試しにやってみましょう。このニンジンを使って」
『野菜を日持ちさせるために乾燥か。ふむふむ』

 ニンジンを一本、お皿に乗せて魔導レンジに入れる。
 野菜炒めにしやすいように薄めの短冊切りにして、乾燥っと。

 スタートを押してリーンして、お皿の上にはカラカラに乾燥されたニンジンが完成っと。

「うわぁ、カラッカラじゃ。これどうやって調理するの?」
「お湯で戻してから、水気を切って、あとは普通に調理するだけなんです。まぁ僕の魔導レンジだと、お湯で戻す工程もチンするだけですが」
「ま、そうよね。味はどうなの?」
「どうでしょう? 僕もそこまではわからないですが」
『実際に食して見ればよいだろう。食レポを所望する』
「はは、わかりました。じゃ、夕食は乾燥野菜で炒めものを作りましょう」

 せっかくだから、生の野菜と乾燥させた野菜で食べ比べてみるのもいいな。





「ということで、こちらが乾燥野菜の炒め物、こっちが生の野菜を使った炒め物です。食べ比べしてみてください」
「見た目はあんまり変わらないわね」
「色の違いもわかりません」
「ですね。では、いただきます」

 キャベツとタマネギ、それからピーマンも乾燥させてみた。
 どちらも干し肉を使用している。

「ん……んん!」
「驚きじゃ。乾燥野菜の炒め物の方が、旨味が強い気がする」
「僕もそう感じます」
「野菜の甘みが濃縮されたような感じですね」

 へぇ、知らなかった。乾燥させたほうが美味しくなるんだ。

「乾燥状態で冷凍すれば、日持ちもずっとします。冬の間も野菜をしっかり摂れるようにしたいなって思っていたんですが」
「凄くいいと思う」
『ふむ。なかなか面白い結果だ。栄養面はどうなのであろうな?』
「鑑定スキルで何かわかりますかね?」

 鑑定してみたけど、『野菜炒め』と『乾燥した野菜で作られた野菜炒め』としか出ない。
 調理前の方がよかったかな?

 食後、調理前の状態で鑑定して見るとなんとなくわかった。
 乾燥後の野菜は『水分はなくなっているが、生野菜よりわずかに栄養分も増している』という一文が追加されていた。

 美味しくなって栄養価も高くなるって、いいこと尽くしじゃん!

「じゃあこれからは、ぜーんぶの野菜を乾燥させたらいいんじゃない?」
「うぅん、それはちょっと無理ですかねぇ」
「なぜじゃ?」
「トマトやキュウリって、乾燥できますかね?」

 水分の多い、みずみずしさが売りの野菜は、無理なんじゃないかなぁ。
 キュウリなんて90何パーセントかが水分だったはずだし。

『水分量の多い野菜は、乾燥に適さないであろうな。トマトを乾燥すれば、皮と種しか残らぬのではないか?』
「たぶんそうなりますね。ルキアナさん、やってみますか?」
「え、あ……んー、想像できちゃうから、いいのじゃ」

 ってことで、水分が比較的少ないだろうなぁっていう野菜を乾燥させることにしよう。

「でも今畑にある野菜だけで足りるかな? ハンスさん、どうですか?」

 ハンスさんは僕らと食事を共にしない。
 使用人ですから――というのが理由らしい。ま、あとでチェリーチェさんと一緒に摂るそうだけど。

「そうですな。冬場は傷みにくい根菜類のみでしのいでおりましたので、畑に行っても種類はそうございません」
「あぁ、そっか」
「麓の農村か、レイクドの町から仕入れてくるしかないかと」

 レイクド――ロックレイから一番近い、平野部の町だ。
 今から種まきをしても、芽が出てしばらくしたら雪だしなぁ。
 今年は自給するのは諦めて、仕入れてくることを考えよう。

「誰かに買い物をお願いできますかね?」
「孫に行かせましょう」
「チェ、チェリーチェさんにですか? でもひとりじゃ持ち帰れないんじゃ?」
「お心遣い感謝いたします。しかしこの程度のお役目、ひとりで達成できぬのであればメイドとして一人前とは言えませんので」

 僕の知っているメイドさんと、何かが違う。

「と、とりあえず、今町にある野菜から乾燥させていこうと思います」
「その際に、この料理を振舞われてはいかがでしょうかデュカルト様」
「それはいいですねフレドリクさん」

 昼食を終えしばらくしてから、人が集まる鉱山組合へと向かった。
 組合の建物の近くに食堂と雑貨屋、病院もある。お互い暇だと、自然に組合のロビーに集まって談笑しているそうだ。

「あ、みなさんいらっしゃってますね」
「お、坊ちゃん」
「領主様、いらっしゃい。山の上の寒さには慣れましたか?」
「このぐらいなら平気です。雪が積もった後にまた聞いてください」

 確かに寒いけど、平地の真冬よりはまだマシだ。
 みなさんも食事を終えたあとだろうし、軽く食べられるおひたしをレンチンした。

「味見してみていただけませんか?」
「お、新作料理か?」
「ホウレン草とニンジンか。どれどれ……お、うめぇじゃねえか」
「よかったです。実はそのホウレン草と人参、一度乾燥させたものなんですよ」
「乾燥させた? いったいなんで」
「保存するためです。乾燥させれば日持ちします。乾燥させて、なおかつ凍らせればもっと長期保存できます。こうしておけば、冬場でもいろんな種類の野菜が食べられると思って。それに地下の貯蔵庫に置いてても、雪解け前に傷んでしまう野菜もあると聞きましたから」

 乾燥保存すれば、ひと冬越すのなんて楽勝だ。
 無駄な野菜が出ないってことは、その分たくさん食べられるってことになる。

「どうでしょう? 今ある野菜を冬に備えて乾燥させるっていうのは」
「味としては、生のヤツとそう変わらねぇ」
「そうかい? むしろ良くなってるようだけど」
「領主様、栄養とかはどうなんです?」
「それも心配ありません。鑑定した結果、少し栄養面もよくなってるそうです」
「そいつはいい! けど乾燥って、どうやるんです?」
「もちろん、これです」

 魔導レンジを出して見せると、みんながポンっと手を叩いた。

「けど大変じゃねーですかい? 坊ちゃんにしかできねぇことだし」
「一度に全部やろうとは思っていません。雪が降りだすまでにコツコツやっていこうかと。もしお手伝いいただけるなら、野菜を水洗いした状態で持って来ていただきたいんです」

 水洗いも魔導レンジでできる。水を中に入れていればね。
 ただ野菜を乗せるお皿と、水を入れたボウル皿を同時に入れるとなると、一度にレンチンできる野菜の量がどうしても減ってしまう。

「わかりやした。さっそく手の空いてる連中に野菜を収穫して洗って持っていくよう伝えますよ」
「ありがとうございますっ」

 よし。これで僕のお仕事ができたぞ。

「ふぅ。今日の分の乾燥野菜作りは終わりですね」
「お疲れ様、坊や」
「ルキアナさんもお手伝いありがとうございます」

 乾燥した野菜は瓶詰にしてある。
 この世界じゃジップロックもなければ、ビニールも存在しないからね。
 ガラス瓶が大量に必要だったけど、ドワーフ族の職人さんが簡単に作ってくれた。
 ついにで、ヴァルゼさんに『レンチンしてみろ』と言われてやってみたら、僕の魔導レンジでもガラス瓶を作ることができた。

 ほんとに、材料さえあればなんでも作れちゃうのか。
 まさかレンジで料理以外のものが作れるなんて、誰も思わないよ。特に電子レンジを知っている地球人だとね。

「ところでルキアナさん」
「ん? なんじゃ」
「あの、その……坊やってのは……その……恥ずかしいので、名前で呼んでいただけないかなぁと」
「そ、そうじゃったか。ふむ、そうじゃな。十二歳なら、坊やと呼ぶべきじゃないわね。うん、わかったわ」
「もしよろしければ、デューとお呼びください。父上からはそう呼ばれていますから」
「そう? じゃ……デュー……」

 少し照れくさそうに、ルキアナさんは頬を赤らめて僕を呼んだ。

 ……ふぁっ。
 な、なんだろう。す、凄くドキドキする。
 父上に呼ばれてもこんな風にならないのに。
 ルキアナさんが頬を赤らめたりするから、僕まで恥ずかしくなるじゃないか。

 でも……いいな。
 綺麗な女の子に愛称で呼ばれるのって。

『――年。少年』
「は!? え、はい?」

 仰け反って上を見ると、しかめっ面のヴァルゼさんと目が合った。

『少年』
「えーっと、はい」
『少年!』
「はい!」
『しょうーねーんっ!!』
「だからなんですか!?」

 いったい何が言いたいんだ?
 あ、なんか……シュンとした。どういうこと?

「ね、デュー」
「は、はい」

 ルキアナさんの顔が、近い!

「たぶん、自分も名前で呼んでいないことに、触れて欲しいんじゃない?」
「……ぁ」

 そう言えば、ヴァルゼさんは僕のことを『少年』と呼んでるな。
 そういうキャラなのかなって思ったんだけど。

「えっと、ヴァルゼさんもその……僕のこと、名前で呼んでいただけると――」
『なに!? うむ、そうか。少年が望むのであれば、吾輩も名前で呼ばねばな。うむ、あいわかったぞデュー』
「ふふ、はい」

 なんかすっごいドヤ顔して、それに嬉しそうだ。

 ヴァルゼさんは魔導具の研究をしていて、どうやらそれが原因で殺されてしまったようだ。
 きっとそうなるまでにも、いろいろあったんだろうな。
 お互い切磋琢磨できるライバルじゃなくて、存在を疎まれるような敵ばかりだったのかもしれない。

 友人、仲間、家族……そういった人たちがいたのかどうか。
 いたとしても、殺されてから何百年も坑道でその魂だけが存在していたんだ。
 きっと寂しかったに違いない。

「よし、それじゃお茶にしましょう」
「やったぁ」
「今日はきな粉おはぎにしますね」
「聞いたことがないお菓子だけど、ぼう――デューがレンチンするものなら美味しいに決まってるわね」
『ふむ。吾輩も知らぬ菓子の名だな』

 この世界でおはぎは一度も作ったことがない。ただ作り方は知っている。
 施設にいた頃、一度だけおはぎ作りをしたから。
 その時作ったのは、小豆のおはぎじゃなくってきな粉のおはぎだ。
 スーパーにあるお団子屋さんでも、きな粉のおはぎは売っている。結構好きなんだよね。

 さて、まずはきな粉の材料だ。
 大豆、それから砂糖と、ほんの少しの塩。
 おはぎ本体は100%もち米だ。あと水っと。

「ふっふっふ。とっておきのもち米です」
「もち? おばあさまに聞いたことあるわ。どこかの地方で、祝いの時に作られる白くてのびーる食べ物よね?」
「はい。お米に似た食べ物です。それを丸めてお団子にし、甘いきな粉をかけて食べるんです」

 材料を全部レンジに入れ、スタートボタンを押す。
 チンっと鳴って扉を開けると、見た目はちゃんとしたきな粉おはぎがお皿に乗っていた。

「ただいま戻りました」
「あ、フレドリクさん、おかえりなさい。巡回ご苦労さまでした。ちょうどお茶にしようとしていたところです」

 おはぎは全部で十二個用意してある。
 僕、ルキアナさん、フレドリクさん、ハンスさん、未だに見たことがないチェリーチェさん、それからヴァルゼさん。
 それぞれ二個ずつ、計十二個だ。

 ハンスさんが紅茶を淹れて持ってきてくれたので、おはぎと一緒にテーブルに並べる。

「これ、ハンスさんとチェリーチェさんの分です」
「ありがとうございます、デュカルト様。孫も喜びます」
「もちもちしているので、しっかり噛んで召し上がってくださいね」
「かしこまりました」
「さ、それじゃあ食べましょう。いただきまぁす」

 レンジでチンするのは初めてだから、うまくできているか……あむ。

「んっ。案外うまくできてる」
「案外? もしかして味の保証はないってパターンだったの?」
「あ、あは、あはははは。実はその、まぁ……魔導レンジを使って作るのは、はじめてだったんです」
「なーんだ。作ったことはあるものだったのね」

 前世でですけど。

『剣士よ、どうであった?』

 おはぎに向かって手を合わせてから、ヴァルツさんが話題を振った。

「そうだ。付近の様子はどうでしたか?」

 以前、吊り橋の所にエンパイヤパイソンが居ついていたけど、本来はもっとずーっと奥の山に生息しているモンスターだと聞いた。
 先日、フレドリクさんたちが狩ってきたモンスターも、普段はこの辺りで決して見かけないモンスターだったらしい。
 更に最近、ドワーフ族の里近くでも、これまで見たことがなかったモンスターが現れるようになったとか。
 それで、町の周辺にモンスターがいないか、巡回に出てもらっていた。

「吊り橋の先まで行って、ルキアナ殿のご実家とは違う東側に向かいました。ドワーフたちの話ですと、普段は兎や鹿といった動物の姿がよく見られるという事でしたが」
「その口ぶりですと、見かけなかったということですか?」
「その通りです。三時間ほど歩きましたが、一頭も見かけませんでした」

 寒くなって来たし、冬眠しているとかではないのだろうか。

「あの、確認のために聞くのですが……兎や鹿って冬眠しないのですか?」
「しないわよ」
「そう、ですか……じゃあ、どこに行ったのだろう」

 そこでフレドリクさんは話を切って、おはぎを口に運んだ。
 何か隠している?
 首を傾げながら僕もおはぎを完食。

「ごちそうさまでした」
「ん~、おいしかったぁ」
「今度は小豆のおはぎもレンチンしてみたいなぁ。でも小豆が手に入らないし……」
「小豆? うちにあるわよ。薬の材料にもなるから、育てているのじゃ」
「本当ですか!? それって森の家に?」

 ルキアナさんが頷く。

「わぁっ。今度行きましょうっ。雪が積もる前に!」
「いいわよ」
「いいえ、デュカルト様。それはなりません」
「え、どうしてですかフレドリクさん」

 彼はみんなを見渡した後、口を開いた。

「山の動物が消えたのは、捕食されたからです」
「え……」
「動物の骨が大量にありました。その周辺にはモンスターと思われる足跡もございましたので、お二人で出かけられるのは危険です」

 山の動物が、全部食べられてしまったってこと?
 あ、それでおはぎを食べ終わるのを待って、続きを話だしたのか。

 モンスターのたいはんは肉食だし、動物を食べるのは当たり前。
 なんだったら種が違えば、モンスター同士で捕食し合う事も普通にある。

 だけど、これまでいた動物がいなくなるなんて、そうとうな数のモンスターが突然増えたとかじゃないと起こり得ない。

「森にもモンスターはいたけど、動物を食べつくしてしまうほどの数はいなかったのじゃ。しかも小型のモンスターばかりだし」
「先日フレドリクさんたちが捕まえたモンスター。あれが食べてしまったとかじゃないですか?」
「あ、あり得なくはないけど……そもそもアレだって、もっとずーっと山奥に生息しているはずで、この辺りまで下りて来たことなんて一度もないのじゃ。少なくとも、私とおばあさまがこの山で暮らすようになってからは……」
「しかし捕らえたアレらが森や山の動物を食いつくしたとは考えられません。モンスターは食べたものを、数日から数十日かけて消化いたします。あの数で森の動物を食いつくすなどということはありません」

 本にもそんなことが書いてあったな。
 確かに人と同じように食べた物を数時間で消化してたら、今頃この世界の動物は絶滅しているだろう。

 じゃ、他にもモンスターが?
 それ以前に、どうして山奥に生息するモンスターがこんな所まで来たんだろう。
 群れからはぐれて山を下りて来てしまうことはあるだろうけど、それにしても数が数だ。
 
『例外はあるぞ』
「え? 例外って、何のですか?」
『食したものを消化するのに、何十日もかかるという話だ』
「そうじゃないモンスターもいるってことですかね?」
『その通りだ』

 そいつが森や山の動物たちを、食い尽くしたってこと?
 いったいどんなモンスターが!?

『迷宮……そこに生息するモンスターは、無限に獲物を喰らう』
「めい、きゅう……ダンジョンモンスターですか?」
「待つのじゃ。たしかにダンジョンモンスターの胃袋は底なしだと聞くが、ロックレイにはそもそも迷宮はないわよ」
「それに、どこかに迷宮があったとしても、地上にいる動物を襲えないでしょう?」

 だって迷宮からは出てこれないのだから。
 ……たぶん。

 ダンジョンモンスターは見た目や能力こそ地上にいるモンスターと同じだけど、生の成り立ちがまったく違う。
 地上のモンスターは他の生き物と同様、繁殖行為によって生まれる(・・・・)生き物だ。
 対してダンジョンモンスターは、ダンジョンそのものから生成《・・》されている。
 壁からにょきっと出てくるそうだ。
 死ぬとどろりと溶けるようにして、ダンジョンの床に吸収されるらしい。
 そしてまた、ダンジョンによって生成される。

 迷宮からは出てこない。それがダンジョンモンスターだ。

 ただ、絶対――ではない。
 スタンピードと呼ばれる、何かが引き金となって起こるダンジョンモンスターの大暴走が発生すると……出てくる、ことがある。

「もしかして、スタンピードでしょうか? でもいったいどこに迷宮が」
『スタンピードの可能性もあるが、吾輩は別の可能性を考えておる』
「別の? いったいなんでしょう」

 ヴァルゼさんが神妙な面持ちで、オラクルをくいっと正す。

『ダンジョン生成――だ』

 ダンジョンの生成……え?
 新しく、どこかにダンジョンが作られるってこと!?
『現在、この大陸にはいくつの迷宮が存在しておるのだ?』
「五十六です」

 ヴァルゼさんの質問に答えたのは、冒険者のフレドリクさんだ。
 この大陸は比較的大きな、たとえるならユーラシア大陸ほどはある。

 大きな大陸だけど、迷宮が五十六カ所もあるとは思わなかった。

『吾輩の最後の記憶では、迷宮の数は四十五だ』
「四十五……え、増えてる?」
『ちなみに、吾輩がデューぐらいの年齢の時には、四十九あったぞ』
「え!?」

 四十九から四十五に減って、それからまた五十六に増えてる!?
 ただ増えるだけならわかる。
 その時代までに発見されていなかっただけだと言えるから。
 でも減るっていうのは、どういうこと?

「迷宮は生まれ、そして死ぬ……冒険者の間で言われている言葉です」
「生まれて、死ぬ……」
「実際、自分が冒険者になってから、二つの迷宮が消滅しています」
「えぇ!? 迷宮が消滅?」

 迷宮って、なくなるものだったのか。
 もしかして迷宮のボスを倒すとなくなるとか?

『この時代の者は知らぬのか? 迷宮はある程度の魔素が失われると、消滅するのだぞ』
「え、そうなんですか?」

 フレドリクさんを見ても、彼は首を傾げるだけ。
 どうやら冒険者も知らないようだ。

『魔法王朝時代には研究が進んでいたのだがな。王朝が滅亡したのと同時に、研究成果も失われたか。では吾輩が聞かせてしんぜよう』
「お願いします」





 魔素とは、この世界に漂う魔力の源のことを言う。
 魔術師は漂う魔素と自身の魔力を混ぜ合わせて、魔法を発動させるそうだ。
 そして魔導石の中に蓄えられているのも魔素。

『空気中に漂う魔素は、あらゆる生命に吸収されることで消費されていく。そのうえ、普通に薄まって消えていくものだ』
「薄くなるんですか?」
『空気は消費されるが、同時に作られてもいるだろう。空気と混ざって薄くなるのだ。同時に、空気と同じように、魔素も常に生み出されておる』

 魔素って空気で薄められてるんだ……。

『地中に溜まった魔素は、魔導石に蓄えられる。だがそれだけでは消費は追いつかんだろう?』
「ま、まぁ、そうなんですかね?」
『そうなのだ。しかも魔素が薄くなる要素もない』

 空気がないからか。

『高濃度の魔素が大量に溜まると、そこに迷宮が生まれる』
「迷宮内の魔素が濃いのって、そういう意味だったのじゃな」

 迷宮内の魔素濃度とか、僕は知らなかった。
 迷宮は魔素の塊みたいなもの。その魔素がモンスターを生み出す。
 モンスターを倒すと、魔素の一部は四散する。残った魔素は再び迷宮に取り込まれ、新しいモンスターとして生成される。

『一部しか四散せぬとは言え、何万、何千万とモンスターを倒せば、四散した量も相当なものになるだろう。そうなるとだ――』
「迷宮が形として維持できなくなる?」
『その通りだデュー。迷宮内の魔素が薄くなれば、自然と迷宮は消滅する。だが、魔素は常に生成され続けるのだ。別の場所で新たな迷宮が生成されても、おかしくはないだろう?』
「……もしかして、ロックレイのどこかで迷宮が生成されているってことですか?」
『可能性は十分にある。今が太陽歴七三五年と聞いて、吾輩の中で何かが引っかかっていたのだが、おそらく周期だな』

 周期?

 ヴァルゼさん曰く、迷宮が生成される周期というのがあるらしいとのこと。
 ただ魔法王朝でも、周期があるかどうかの確信はなかったそうだ。
 あくまで『もしかして』のレベル。

『その周期というのがな、六六六年だ』
「うわぁ……」
「どうしたのじゃ、デュー?」
「あ、いえ、なんでもないです、ルキアナさん」

 六六六とか、地球人的には不吉な数字で有名なヤツだ。

『魔導歴六五二年に、二十二の迷宮が誕生しておる。魔導歴から太陽暦までの間に、三十年ほどの空白があっただろう?』
「はい。その間の暦はありません」
『魔導歴は一二一八年で終わり、そこから三十年と、太陽暦は七三五年。これを魔導歴に足せば、一九八三年になる。魔導歴六五二年に迷宮生成が起こったのだから――』

 次に迷宮が生成されたのは一三一八年ころ。
 そこから六六六年を足して――一九八四年。

「え、来年!?」
『うむ』
「で、でも、それならまだ、迷宮は生成されていないことじゃない?」
『まだ生成はされていないだろう。だが影響は既に出ている。むしろ今が一番、危険とも言えよう』

 迷宮はまだできていない。
 だけど魔素はすこぶる濃くなっている。その影響で、本来迷宮内で生み出されるはずのモンスターが、地中に出現することがあるらしい。

『地中で生み出されたモンスターは、そのまま圧死する。だが、運よくそこが地中に出来た空洞内だとしたら?』
「死なない、ってことですよね」
『その通りだ。そして迷宮ではない場所で生まれたモンスターに、迷宮から出たくないという思考が存在しない。最初から迷宮の外にいるのだから当然だろう』

 そして本能の赴くまま、目にした生命を手あたり次第襲う……。
 もしこの山のどこかに迷宮が生成されようとしているのなら、大変なことになりそうだ。

「ようこそ、冒険者のみなさん。こんな山奥までご足労いただき、ありがとうございます」

 ダンジョンモンスターが徘徊しているかもしれない。
 かもしれないとはいえ、実際にルキアナさんの実家がある森やその付近の山から動物の姿は消えている。
 そのモンスターが町に下りてこないとも限らない。
 冬の間、ドワーフ族のみなさんは里に帰る。そうでなくてもこの状況だ。里を守るために帰った方がいいだろう。

 町にはフレドリクさんがいる。ルキアナさんも魔法が使えるし、モンスターと戦った経験はいくらでもあると言っていた。
 でも二人だけじゃ、さすがに人手が足りない。

 ってことで、フレドリクさんの案で冒険者を雇うことになった。

「あのフレドリクさんからの知り合いからの依頼だ。山の中だろうが無人島だろうが、喜んで駆け付けるぜ」
「あの方のお役に立てるんだ。冒険者としてこれほど名誉なことはないさ」
「"閃光のフレドリク"。あの人と肩を並べられるなんて……あぁ、もう感激ぃ」

 ん、んん?
 フ、フレドリクさんって、冒険者の間では有名なのかな?
 それにしても、閃光のフレドリクって二つ名までつけられてるし。

「で、では、みなさんに使っていただくお部屋にご案内します」
「本当にいいんですか? 領主様のお屋敷を使わせてもらって」
「はい。といいますか、この町の宿はその……経営者がいませんので」

 宿は何軒かある。あるだけで、宿を営む人はいない。
 最後の宿は一年半前に、主が町を出て行った。
 それからずっと使われていないから、あちこちガタがきている。
 寒い時期だと隙間風がびゅーびゅー入って来て、とてもじゃないけど使わせられない。

「屋敷といっても、今ここで暮らしてるのは五人だけなんです。部屋も余ってますし、ぜひ使ってください」
「そういうことでしたら、有難く使わせてもらいます」
「ひと冬まるまる、宿代払わなくていいってのは助かるな」
「宿代、本当にいいの? 小さいご領主様」
「はい。その代わり、雪が積もったら町の中の雪かきを手伝っていただくことになりますので、よろしくお願いします」

 雪が積もるまでの間は、町の周辺を巡回してもらうことになっている。
 少し足を延ばしてルキアナさんの実家がある森の方まで行っていただこうかと。
 雪が積もれば、町と鉱山の周辺を警備してもらう。
 ついでに雪かきもお願いできれば、高齢の方が多い町にとってはとても助かる。

「それは任せてくれ」
「ガキの頃はよくやったもんだぜ」
「へぇ。俺は比較的暖かい地方の生まれだから、雪かきなんてやったことないな」
「あはは。僕もそうです。なんでも僕の身長ぐらいまで積もるそうですよ」
「うひぃー。領主様、埋もれないでくださいよ」
「善処します」

 雪かきするときは気を付けなきゃな。

 ロックレイに来てくれた冒険者は全部で十七人で、四つのパーティーだ。
 四人パーティーが三組で、残りの一組は五人パーティー。
 各パーティーごとに動いて貰って、常に最低限でも一パーティーは町に残ってもらう。

 何事もなければいいのだけれど。

『デュー。デューよ』
「うわっ。ま、まだダメですよっ。あの、みなさん、言い忘れていましたが――」

 ゴーストは冒険者にとっては、狩るべきモンスターだ。
 でもヴァルゼさんを狩られるわけにもいかないので、事情を説明するまでは姿が見えないようにして欲しいとお願いしていた。
 退屈だったのか、ヴァルゼさんがすぅっと現れてしまったもんだから――

「ご領主様っ」
「ゴースト、いやレイスか!?」
「神よ。彷徨いし魂を、浄化したまえ!」
「わーっわーっ!! ヴァルゼさんは悪霊ではありませんっ。浄化しないでくださいっ」
『ぐわー、うげー、ぎゃー』

 棒読み! ヴァルゼさん棒読み!!
 すっごいわざとらしいジェスチャーで、苦しんでいるように見せている。
 一人の神官さんが神に祈りをささげたけども、他は誰もまだ何もしていない。
 必要以上にうわーとかうぎゃーとか白々しく叫ぶもんだから、だんだんと冒険者のみなさんも胡散臭く見えてきたようだ。

「みなさん、待ってください。この幽霊はロックレイの復興に欠かせない人物なんです」
「りょ、領主様? 憑りつかれているから、そう思えているだけじゃ」
「憑りつかれていることは否定しません。ですが聞いてください」

 決して外部に漏らなさい。そういう約束をお願いしてから、ヴァルゼさんとの出会いから話した。
 元々、口の堅い、信用できる冒険者を――という条件で依頼を出したのもある。
 ルキアナさんなんかは、そんな程度で本当に約束が守れるのかって心配していたけど、どうやらフレドリクさんの口添えもあってその辺りは大丈夫そうだ。
 冒険者ギルドでもそういう人を選んでくれたようだし。

「なるほど。このレイスは古代魔法王朝時代の魔術師なのですね」
『大賢者である』
「魔導具の再利用……本当に可能なんですか?」
「まだなんとも言えません。鉱石の量が少なすぎて、精錬できないものですから」

 冒険者にとって魔導具は、生存率を大幅に向上させる貴重なアイテムだ。
 数が少なく、そのうえ使い捨て。
 今現在存在している魔導具って、いくつぐらいなんだろう?

「はいっ。あの、あたし、エンチャントリングを持っているんですが、買った時から使えなかったんです」
「おいおい、それ騙されたんじゃないのか? 消耗しきったヤツを掴まされたんじゃ」
「それはない。あたし、魔導石にエネルギーが残ってるかどうかは、感じ取れるもの」

 そう言うのは、魔術師の女性だ。
 魔術師は魔素の流れが分かるから、魔導石のエネルギーの残量があるかどうかぐらいはわかるらしい。

『ふむ。吾輩に見せてみろ』
「ヴァルゼさんは生前、魔導具の研究をしていたそうなんです」
「そうなの!? じゃ、見てください。んー、んー、あった。これなんですけど」
『ふむ。簡単だな。リングの内側に刻まれた術式にゴミが詰まって、エネルギーの伝達が止まってしまっておるのだ』
「じゃ、使えるんですか?」
『使えるが、古い物であるからな。刻印も薄くなっておるし、これなら作り直した方がいいだろう』

 そう言ってヴァルゼさんは僕を見た。
 僕を見て、ニタァっと笑う。
 そして――

『デュー。レンチンしてみろ』

 ――そう言った。
『そう緊張するな。術式を刻み間違えても、またリングを溶かして作り直せばよい』
「簡単に言いますけど、リングを溶かすって――」
『レンジでできるだろう?』

 レ、レンジで……そうだ。坑道でやったじゃないか。
 熔かして固める。

「術式を刻むのは、どうやるんですか?」
『野菜はどうやって切っておるのだ?』
「えっと……レ、レンジが……」
『では魔導レンジが刻んでくれよう。とにかくデューよ。術式をよぉーく見て刻むのだ』

 冒険者のみなさんが見守る中、僕は魔導石を外したリングを魔導レンジに入れた。
 魔導具に刻まれた術式には二つの意味があるとヴァルゼさんは言う。
 一つは魔法を発動させるという意味。
 もう一つは魔導石内のエネルギーを、発動させるという術式に流し込むというもの。
 
「はぁ……じゃ、やります。ヴァルゼさん、模様を教えてください」
『うむ』

 ヴァルゼさんが指を動かすと、宙に幾何学模様が浮かび上がる。
 宮廷魔術師だった家庭教師に教わった、マジックルーンに似た文字があるな。
 文字を見ながら、それをリングに刻む――とイメージしながらスタート。

 ん、んん?
 あ、れ?
 なんか物凄くたくさん、僕の中の何かが――魔力が吸い取られてる気が。

「あの、ヴァルゼさん」
『魔力であろう? そうだ。術式を刻むには、かなりの魔力を消耗する』
「え、でも僕、魔法は使えませんよ」
『術式を刻むことは魔法ではない。だが魔力は消費する。デュー、お主は膨大な魔力を持っているから、術式彫り師に適しておる』

 こんなところで僕の無駄に多い魔力が役立つとは。

 チーンと鳴って中身を手に取る。
 リングの内側と外側に、幾何学模様が描けている。
 間違っていないかヴァルゼさんい確認してもらうと――

『よし。間違ってはおらぬな』
「成功ってことですか?」
『うむ。おい、使ってみろ』

 リングの持ち主である魔術師風の女の人に、作り直した魔導具を手渡す。

「あの、これ、何回使えるんだろう?」
『このサイズの魔導石は百回だな』
「そんなに使えるの!? やったっ。じゃ、一回ぐらい試しに使ってもいいか。キリー、実験台にお願い」

 じ、実験台……。
 女の人が「ディフェンスシールド」と唱えると、キリーと呼ばれた剣士さんの体がうっすらと光った。

「成功してる!?」
「領主様、それはこいつを殴ってみないとわかりませんよ」
「え、殴る?」

 言うや否や、別の屈強な男の人がキリーさんを殴った。
 いや、殴ろうとしたけど、拳が届いていない。何かに弾かれたようだ。

「キャーっ。ちゃんとディフェンスかかってるぅ」
「防御魔法ですか」
「そうなのそうなのぉ。よかったぁ。コツコツ貯金して、やぁっと買った初めての魔道具なんです。それが不良品だったもんだから、すっごく落ち込んでたの」
「実際、そういう魔導具って多いんですよね?」
「そうだな。出回ってる魔導具の二割ぐらいは不良品だし、三割ぐらいはエネルギー残量が少ないとかそんなんばっかりだ」

 だから冒険者は、魔導具が入った宝箱を迷宮で探している。
 どうして魔導具が迷宮で見つかるのかは、僕にもわからない。ヴァルゼさんなら知ってるかな?

 その時ふと、背中に悪寒が走った。

「あー、んー、たぁー、たー、ちぃ」
「ル、ルキアナ、さん」

 階段の上から、ドスの効いたルキアナさんの声が。

 しまった。
 冒険者のみなさんを部屋に案内すると言ってから、案内しないまま階段下でずーっとレンチンだのなんだのしてた。
 ルキアナさんには部屋の前で待ってもらっていたんだ。具体的に男女の人数が分からないから、部屋の割り当てをその場で決めるために。

 ずーっと、彼女を待たせてしまってた!

「いったいいつまで待たせるのじゃ!」
「ご、ごめんなさぁい」

 うわぁん、すっかり忘れてたぁ。

「それもこれも、ヴァルゼさんが予定外のタイミングで出てくるからですよ!」

 ……っていないし!
 こんな時だけ姿を消すなんて、卑怯だあぁぁぁぁぁぁぁ。





「こんなお菓子で、んく、長々と待たせたことがチャラになると、んん、思わないでよね」
「分かってますって」

 でもニコニコ顔でたい焼き、食べてるじゃないですか。

 フレドリクさんが早馬で一番近くの冒険者ギルドに行って帰って来るのに四日。
 その間に護衛にドワーフさんの戦士と一緒に、ルキアナさんの実家のある森へ行った。
 鳥のさえずりは聞こえてきたけど、それ以外の動物の姿は全く見えず、少し不気味に感じた。

 彼女の実家から持ち帰った小豆で、今回はたい焼きをレンチンしてみた。
 造形がなんというか、鯛というより鯉に見えるけど気にしない。
 僕の記憶にあるたい焼きより、少し餡子の甘さが足りないな。砂糖が少なかったのかな。
 でもたい焼きを知らないルキアナさんには、好評だったようだ。

「ルキアナさんをお待たせして悪かったと思いますが、実は凄いことできたんです」
「凄いこと? おかわり」
「あ、はい。餡子がもうないので、カスタードクリームで焼きますね。"魔導レンジ"」

 小豆を全部使ってしまう訳にもいかないので、少量しか用意していない。
 チョコレートがあればなぁ。

 カスタードクリームのたい焼きをレンチンして、ルキアナさんに手渡す。

「実はですね、魔導レンジで魔導具をレンチンしたんです」
「まほうぐほ!? んく。できたの?」
「はい、できました! 冒険者さんが持っていた魔導具が不良品で、術式に傷が入って使えなかったんです。リングだったのですが、それをレンジで溶かして作り直しました」
「やったじゃない! 魔導レンジで魔導具が作れることが証明されたのじゃな」
「そうなんです。魔導鉱石の精錬ができるようになれば、僕にも魔導具が作れるということがわかりました」

 これは大きな第一歩だ。
 僕にも魔導具が作れる。

 融雪装置、現実味を帯びてきたな。
 あとは追加の鉱石が早く採掘されることを祈らないと。

 雪が降り積もる前に見つかりますように。