「紗雪、おかえり」
残業を終えクタクタで帰宅した、平日の22時。
リビングのドアを開けると、そこには満面の笑みの彼がいた。
海外にいるはずの、彼が。
「って、なんで!?どうして慎がここにいるの!?」
「どうしてって、飛行機に乗って帰ってきたからとしか」
「そうじゃなくて……」
清々しい笑顔で言う彼に、私は動揺を抑えるように深く息を吐いた。
高安紗雪、29歳。
私は都内にあるエステサロンで店長兼エステティシャンとして働いている。
エステティシャンとしての業務はもちろん、数字管理や人材育成、スタッフ管理と毎日やることは山積みだ。
けれど頑張りが売上にもつながっており、苦労も多いがやりがいを感じられている。
慌ただしくも充実した毎日を送っている。
今日も一日働き詰めで、足は浮腫むし腰は痛いしでクタクタだ。
そんな疲れを癒そうと、コンビニで缶酎ハイを二本とおつまみを買って帰宅したわけだけれど……。
玄関のドアを開けるとリビングのドアの隙間からは明かりが漏れていて、恐る恐る部屋をのぞくとそこにはスーツ姿の慎がいたのだった。
「もう……急に来るのやめてって前から言ってるでしょ。
私が出張とかで帰ってこない日だったらどうしてたの?」
「それはそれで、この部屋で紗雪の香りを堪能しようかなと」
「そっか、帰ってくれる?」
「うそうそ!冗談!」
私の冷ややかな対応に、笑いながら答える彼……最上慎は、普段は海外で暮らしている遠距離恋愛中の私の彼氏だ。
「改めて、おかえり紗雪」
目いっぱい愛情を表すように、両手を広げて私を待つ。
そんな慎に、私は胸に飛び込む……ことはなく。余計に増す疲労感にため息をつき、洗面所へと向かった。