久しぶりに、彼のことを思い出した。私との約束を果たしてくれなかったことは、もう今ではどうでもいい。けれど……
 きっと、あの日以来雪は降っていなかったはず。まだ、私は彼のことを諦めきれていないのかもしれない。
「雪が降った日にはショートケーキを食べよう」
 あの言葉を思い出して、無性にショートケーキが食べたくなった。
 買いに行こう。
 私はすぐにコートを着て、傘を持ち、家を出た。雪が降っている光景を見ると、彼がいた傘の半分のところに温もりを感じる。でも、隣を見るとその温もりが幻想だということを思い知らされる。
 ケーキ屋さんに着くと、「いらっしゃいませ」と店員さんが迎えてくれた。
「ショートケーキを1つください」
 言葉に出した時、やっぱり私は独りだという現実に襲われた。ケーキが入った箱を渡されたとき、前のときよりも軽くなっていた。
 急ぎ足で家に戻り、その箱を開けた。真っ白なケーキの上に、真っ赤な苺が目立っていた。まずはその苺を半分くらい噛む。酸っぱさはあまり感じない、甘い感覚が口の中に広がる。その甘さは、付き合い始めたころの高校時代を思い出させる。続いて、生クリームの部分をすくって食べた。苺の甘さとは違う甘さが広がる。生クリームのふわふわとした触感が好きなんだ、って彼も言ってたっけ。最後、スポンジの部分。最初の一口目は美味しい。生クリームや苺が混ざったスポンジは、色とりどりな味わいが広がっていく。でも、だんだんとその味に飽きてきてしまった。最初に食べた美味しさが薄れていく。
 きっと、彼もそうだったのだろう。付き合ってから時間が経って、会う機会も少なくなって、彼には私とは違う好きな人が出来て、別れを告げられる。まだ別れを告げられたことを受け入れられなかったけれど、今日でこの思いとはおさらばするのだ。それぞれ、違う道を歩んでいく。その事実を受け入れよう。そう心に誓い、ショートケーキの最後の一口を食べた。すると、ボロボロと涙が溢れた。やはり、私は心の奥底では諦めきれていなかった。
「私の名前は……白取三雪」
 彼に素敵だと言われた名前。「雪」という漢字が含まれている名前。
「私は……生まれた時から彼を愛する運命だったなかな」
 その素直な感情のまま、私は眠りについてしまった。