島へは、メイズ、ライアー、マリー、ラコット、アントーニオ、レオナルド、そしてハリソンが降りることになった。皆、奏澄との関りが深い者たちだ。他の者たちも一様に心配していたが、全員が船を降りるわけにはいかない。大人数で行けば威圧することにもなる。渋々、船に残ることを了承した。
「ついてこい」
メイズたちが島へ降りると、男はそれだけ言って、黙って歩き出した。周囲の気配も、姿は見せないままだが、同じように移動する。メイズたちは、黙って従った。
暫く歩くと、小さな村が見えた。簡易な木造の家に、最低限の大きさの畑。柵で囲われた中には家畜もいた。自給自足でまかなっていると見える。一見すると技術力は低い方の部類に思えたが、見たこともないような精巧な物が無造作に転がっていたりする。見ただけでは、素材が何なのかわからないものまであった。それらは、セントラルの技術を彷彿とさせた。オリヴィアの言葉を思えば、逆なのかもしれない。
表には人の姿は見えなかったが、視線を感じた方に目を向けると、戸の隙間から顔を覗かせている子どもが見えた。子どもは母親らしき人に叱られ、すぐに顔を引っこめた。どうやら、家族単位で生活しているようだった。
「こっちだ」
男について、立ち並ぶ中でも一番大きな建物の中に入る。どうやら、寄合所のようだった。
メイズたちが全員中に入ると、その後ろから数人の男たちが入ってきた。ずっと感じていた気配の正体は彼らのようだ。出入口と、部屋の周りを固めるように広がった男たちは、老いた者も若い者も、皆武装していた。
「話を、聞こう」
先導した男は、アルフレッドと名乗った。
依然厳しい目をしたアルフレッドに、代表してメイズが一歩前へ出た。逸る気持ちを抑えるように、一度息を吐く。自分の悪い癖が出ないように。彼らは武装してはいるが、どの者も戦い慣れているようには見えない。ここで恐怖心を与えれば、何も聞き出せなくなる。それを承知しているのだろう、ラコットも腕を組んで、決して手を出さないようにしている。
メイズは平静を装って、口を開いた。
「俺たちの船長は、カスミという女だ。彼女は、自分は違う世界から来たのだと言っていた。だから、元の世界に帰る方法を探すために、無の海域にあるという『はぐれものの島』を探していた。はぐれものの島は、異界に通じているという噂がある。そこになら、彼女を故郷に帰す手掛かりがあるかもしれないからだ」
それを聞いて、アルフレッドは片眉を上げた。
「……彼女は、帰りたいと、言ったのか? 自分から?」
その反応に、今度はメイズが訝しんだ。今の話で最初に気にかかることが、何故そこなのか。
「何かおかしいのか」
メイズが聞き返すと、僅かに周囲にも動揺が広がった。下を向く者、唇を引き結ぶ者。その様子からは、語りたくないことだと読み取れる。
「彼女の出身は」
「ニホンだと、言っていた」
「ニホン……ジャパニーズか。あそこの人間は、比較的多いな。国民性なのかもしれんが」
アルフレッドが呟いた内容はメイズにはわからなかったが、口ぶりから、アルフレッドは奏澄の出身地を知っているようだった。となれば、この男はやはり奏澄と同じ世界の者なのだろう。
眉間に皺を寄せながら、考えるような間を置いて、アルフレッドは口を開いた。
「この島は、確かにお前たちが『はぐれものの島』と呼ぶ場所なのだろう。俺たちは、はぐれた。だがそれは、この世界に来てしまったからはぐれたのではない。元々、世間からはぐれた者たちが、ここに集っている」
「……どういう意味だ?」
要領を得ない言い方に、メイズが問いかける。
「この島のものに共通するのは、皆、元の世界で不要とされた――或いは、不要だと自ら思ったものたちだということだ」
その言葉に、たんぽぽ海賊団の面々は息を呑んだ。堪えきれないように、マリーが声を荒げた。
「そりゃいったいどういうことさ!」
マリーの剣幕に眉一つ動かすことなく、アルフレッドは答えた。
「この島に流れ着く物に、完全な物は一つも無い。修理をすれば使えるが、どれもどこかが壊れていたり、欠けていたりする。ここはゴミ捨て場と同じだ。要らなくなった物を、無造作に捨ておく」
あまりの言い草に、動揺が隠せない。アルフレッドは少し目を伏せて続ける。
「人間も同じだ。生きる意味を失った者。生きる気力を失った者。僅かでも死を、消失を望んだ者が、死神に背を押されてここに落とされる。世界にとって不要だと、排除されて」
「嘘だ!!」
悲鳴に近い声を上げたのは、レオナルドだ。
「母さんが、死にたいなんて、思っていたわけがない!」
「……彼は」
メイズに視線をやったアルフレッドに、レオナルドの代わりにメイズが答えた。
「あいつの母親は、カスミと同じニホンの出身だったんだ」
「そうか……。外の海域で、家庭を持った者がいたのか」
呟くように言ったアルフレッドに、ハリソンが問う。
「彼の母親は、青の海域に流れ着きました。カスミさんは、赤の海域に。この島ではなく、他の海域に流れ着いた者については、何か条件が違うのではないですか」
「いや。異世界から流れてきたものは、全てこの海域に落ちてくる。ただ稀に、窓を通って他の海域にまで流れてしまうものがある。それが、彼女たちだったんだろう」
「窓……って、あれだよな。来た時に見た、でっかいやつ」
ライアーの言葉に、アルフレッドは頷いた。
「あれは、この島を囲うように六枚ある。それぞれが、別の海域に通じている」
「それって、あの窓を潜るだけで、どの海域にも自由に行き来できるってこと?」
だとしたら、とんでもないことだ。航海の概念を覆す。ひどく驚いた様子のライアーに、アルフレッドは首を振った。
「行き来はできない。出ていくだけだ。この島のものは、基本的に全て不可逆なんだ」
「不可逆……?」
「この島に落ちたものは、元の世界に戻ることはない。この島から流れ出たものは、この島に戻ることはない。ここは向こうの世界とこちらの世界を繋ぐ通過点でしかなく、どちらにも身の置き場の無いものの溜まり場だ」
宝の島だと、夢の島だと語られていたはぐれものの島。その実態に、皆が口を噤む。
暗い空気の中で、レオナルドがぽつりと零した。
「一度全てを捨てた、って」
俯いたままのレオナルドに、皆の視線が集まる。
「カスミが、読んでくれた。母さんの言葉。一度全てを捨てたって、書いてあった。それが、もしかしたら、あんたの言う『死を望んだ』ってやつなのかもしれない」
カスミ以外は、サクラのメッセージを知らない。ハリソンが、そっと肩に手を置こうとした。
「でも」
レオナルドが、顔を上げる。その瞳は、強い意志を宿していた。
「その後に、こう書いてあった。『全てを与えてくれた』って。俺たち家族を、『愛している』って。母さんは、この世界で、ちゃんと前を向いて生きていた。生きる理由を、持っていた。不要な存在なんかじゃない! 暗い顔で俯いて生きてるような、あんたたちとは違う!」
レオナルドの叫びに、島の者たちが怯んだ。違う、と言えないのだろう。この島の閉鎖的な空気。余所者に対する異常な警戒。この小さなコミュニティで、彼らは何を思って生きているのだろうか。
「カスミも、そうだったよ」
僅かに震える声で発言したのは、アントーニオだった。内気な彼が、こういった場で声を上げるのは珍しい。
「カスミも、できることに一生懸命だった。むしろ、閉じこもってしまっていたぼくを、引っ張り出してくれた。ぼくは彼女のおかげで、広い世界を見ることができたんだ。ぼくも必要とされてるって、思えたんだよ。彼女はぼくにとって、ぼくらにとって、かけがえのない存在なんだ」
緊張からか、息を切らせたアントーニオの背中を、ラコットが叩いた。そして、島の者たちを見渡す。
「この島は、通過点だって言ったよな。お前らは、外に出ようとは思わなかったのか? こんな辛気臭い場所から飛び出して、新しい人生を生きようって思わなかったのかよ」
「知ったような口を……!」
苛立ったように踏み出した若者を、アルフレッドが制した。
「この島の者たちは、皆傷を負った者たちだ。前を向く気力が、持てない者もいる。残っている者たちは、それぞれに傷が癒えるまで、支え合って生きている。馴れ合いだと言われても構わない。誰もが、明るい場所で生きられるわけじゃない」
その言葉が、メイズには理解できた。誰もが光の当たる場所で生きられるわけじゃない。それを望んでいるとも限らない。その場所が幸せなのだと、どうして他人が決めることができようか。暗闇を必要とする者も、それと寄り添うことでしか生きられない者も、確かに存在するのだ。
「ついてこい」
メイズたちが島へ降りると、男はそれだけ言って、黙って歩き出した。周囲の気配も、姿は見せないままだが、同じように移動する。メイズたちは、黙って従った。
暫く歩くと、小さな村が見えた。簡易な木造の家に、最低限の大きさの畑。柵で囲われた中には家畜もいた。自給自足でまかなっていると見える。一見すると技術力は低い方の部類に思えたが、見たこともないような精巧な物が無造作に転がっていたりする。見ただけでは、素材が何なのかわからないものまであった。それらは、セントラルの技術を彷彿とさせた。オリヴィアの言葉を思えば、逆なのかもしれない。
表には人の姿は見えなかったが、視線を感じた方に目を向けると、戸の隙間から顔を覗かせている子どもが見えた。子どもは母親らしき人に叱られ、すぐに顔を引っこめた。どうやら、家族単位で生活しているようだった。
「こっちだ」
男について、立ち並ぶ中でも一番大きな建物の中に入る。どうやら、寄合所のようだった。
メイズたちが全員中に入ると、その後ろから数人の男たちが入ってきた。ずっと感じていた気配の正体は彼らのようだ。出入口と、部屋の周りを固めるように広がった男たちは、老いた者も若い者も、皆武装していた。
「話を、聞こう」
先導した男は、アルフレッドと名乗った。
依然厳しい目をしたアルフレッドに、代表してメイズが一歩前へ出た。逸る気持ちを抑えるように、一度息を吐く。自分の悪い癖が出ないように。彼らは武装してはいるが、どの者も戦い慣れているようには見えない。ここで恐怖心を与えれば、何も聞き出せなくなる。それを承知しているのだろう、ラコットも腕を組んで、決して手を出さないようにしている。
メイズは平静を装って、口を開いた。
「俺たちの船長は、カスミという女だ。彼女は、自分は違う世界から来たのだと言っていた。だから、元の世界に帰る方法を探すために、無の海域にあるという『はぐれものの島』を探していた。はぐれものの島は、異界に通じているという噂がある。そこになら、彼女を故郷に帰す手掛かりがあるかもしれないからだ」
それを聞いて、アルフレッドは片眉を上げた。
「……彼女は、帰りたいと、言ったのか? 自分から?」
その反応に、今度はメイズが訝しんだ。今の話で最初に気にかかることが、何故そこなのか。
「何かおかしいのか」
メイズが聞き返すと、僅かに周囲にも動揺が広がった。下を向く者、唇を引き結ぶ者。その様子からは、語りたくないことだと読み取れる。
「彼女の出身は」
「ニホンだと、言っていた」
「ニホン……ジャパニーズか。あそこの人間は、比較的多いな。国民性なのかもしれんが」
アルフレッドが呟いた内容はメイズにはわからなかったが、口ぶりから、アルフレッドは奏澄の出身地を知っているようだった。となれば、この男はやはり奏澄と同じ世界の者なのだろう。
眉間に皺を寄せながら、考えるような間を置いて、アルフレッドは口を開いた。
「この島は、確かにお前たちが『はぐれものの島』と呼ぶ場所なのだろう。俺たちは、はぐれた。だがそれは、この世界に来てしまったからはぐれたのではない。元々、世間からはぐれた者たちが、ここに集っている」
「……どういう意味だ?」
要領を得ない言い方に、メイズが問いかける。
「この島のものに共通するのは、皆、元の世界で不要とされた――或いは、不要だと自ら思ったものたちだということだ」
その言葉に、たんぽぽ海賊団の面々は息を呑んだ。堪えきれないように、マリーが声を荒げた。
「そりゃいったいどういうことさ!」
マリーの剣幕に眉一つ動かすことなく、アルフレッドは答えた。
「この島に流れ着く物に、完全な物は一つも無い。修理をすれば使えるが、どれもどこかが壊れていたり、欠けていたりする。ここはゴミ捨て場と同じだ。要らなくなった物を、無造作に捨ておく」
あまりの言い草に、動揺が隠せない。アルフレッドは少し目を伏せて続ける。
「人間も同じだ。生きる意味を失った者。生きる気力を失った者。僅かでも死を、消失を望んだ者が、死神に背を押されてここに落とされる。世界にとって不要だと、排除されて」
「嘘だ!!」
悲鳴に近い声を上げたのは、レオナルドだ。
「母さんが、死にたいなんて、思っていたわけがない!」
「……彼は」
メイズに視線をやったアルフレッドに、レオナルドの代わりにメイズが答えた。
「あいつの母親は、カスミと同じニホンの出身だったんだ」
「そうか……。外の海域で、家庭を持った者がいたのか」
呟くように言ったアルフレッドに、ハリソンが問う。
「彼の母親は、青の海域に流れ着きました。カスミさんは、赤の海域に。この島ではなく、他の海域に流れ着いた者については、何か条件が違うのではないですか」
「いや。異世界から流れてきたものは、全てこの海域に落ちてくる。ただ稀に、窓を通って他の海域にまで流れてしまうものがある。それが、彼女たちだったんだろう」
「窓……って、あれだよな。来た時に見た、でっかいやつ」
ライアーの言葉に、アルフレッドは頷いた。
「あれは、この島を囲うように六枚ある。それぞれが、別の海域に通じている」
「それって、あの窓を潜るだけで、どの海域にも自由に行き来できるってこと?」
だとしたら、とんでもないことだ。航海の概念を覆す。ひどく驚いた様子のライアーに、アルフレッドは首を振った。
「行き来はできない。出ていくだけだ。この島のものは、基本的に全て不可逆なんだ」
「不可逆……?」
「この島に落ちたものは、元の世界に戻ることはない。この島から流れ出たものは、この島に戻ることはない。ここは向こうの世界とこちらの世界を繋ぐ通過点でしかなく、どちらにも身の置き場の無いものの溜まり場だ」
宝の島だと、夢の島だと語られていたはぐれものの島。その実態に、皆が口を噤む。
暗い空気の中で、レオナルドがぽつりと零した。
「一度全てを捨てた、って」
俯いたままのレオナルドに、皆の視線が集まる。
「カスミが、読んでくれた。母さんの言葉。一度全てを捨てたって、書いてあった。それが、もしかしたら、あんたの言う『死を望んだ』ってやつなのかもしれない」
カスミ以外は、サクラのメッセージを知らない。ハリソンが、そっと肩に手を置こうとした。
「でも」
レオナルドが、顔を上げる。その瞳は、強い意志を宿していた。
「その後に、こう書いてあった。『全てを与えてくれた』って。俺たち家族を、『愛している』って。母さんは、この世界で、ちゃんと前を向いて生きていた。生きる理由を、持っていた。不要な存在なんかじゃない! 暗い顔で俯いて生きてるような、あんたたちとは違う!」
レオナルドの叫びに、島の者たちが怯んだ。違う、と言えないのだろう。この島の閉鎖的な空気。余所者に対する異常な警戒。この小さなコミュニティで、彼らは何を思って生きているのだろうか。
「カスミも、そうだったよ」
僅かに震える声で発言したのは、アントーニオだった。内気な彼が、こういった場で声を上げるのは珍しい。
「カスミも、できることに一生懸命だった。むしろ、閉じこもってしまっていたぼくを、引っ張り出してくれた。ぼくは彼女のおかげで、広い世界を見ることができたんだ。ぼくも必要とされてるって、思えたんだよ。彼女はぼくにとって、ぼくらにとって、かけがえのない存在なんだ」
緊張からか、息を切らせたアントーニオの背中を、ラコットが叩いた。そして、島の者たちを見渡す。
「この島は、通過点だって言ったよな。お前らは、外に出ようとは思わなかったのか? こんな辛気臭い場所から飛び出して、新しい人生を生きようって思わなかったのかよ」
「知ったような口を……!」
苛立ったように踏み出した若者を、アルフレッドが制した。
「この島の者たちは、皆傷を負った者たちだ。前を向く気力が、持てない者もいる。残っている者たちは、それぞれに傷が癒えるまで、支え合って生きている。馴れ合いだと言われても構わない。誰もが、明るい場所で生きられるわけじゃない」
その言葉が、メイズには理解できた。誰もが光の当たる場所で生きられるわけじゃない。それを望んでいるとも限らない。その場所が幸せなのだと、どうして他人が決めることができようか。暗闇を必要とする者も、それと寄り添うことでしか生きられない者も、確かに存在するのだ。