ポン、と小気味のいい音を立てて白い煙が体を包み込む。
 次の瞬間、私は青いドレス姿になっていた。

「うん。清楚でかわいらしいな。エラにとても似合っている」

 アッシュは満足そうに頷いている。

「うーん。さっきのピンクも捨てがたいですね」

 イングリードが私を舐めまわすように見ながら言う。

「確かにあれも良かったよなー」

 ぽん、と音がして、ドレスが今度はピンクに変わった。

「黄色が案外似合うのでは?」
「あ、確かに」

 ぽん。

 イングリードの目が輝く。

「ああっ! いいですねえ。明るい野の花って感じで。エラ様は少々お顔が地味ですし、これくらいの方がよさそうです」
「うーん、もう一回青、行ってみるか。あっちはエラの魅力がそのまんま出るからな」
「確かに。もう一度見てみましょうか」
「それにしても……俺ってやっぱセンスの塊だな!」

 アッシュは満足そうに呟いた。
 もう、こう言うのを何十回となく繰り返されている。
 そして私は……。

(どうしよう。違いがさっぱりわからない!!!)

 さっきから背中に脂汗が流れている。
 全部素敵で全部可愛い。
 つまり、どれも同じに見えている。

(付け焼き刃のセンスなんて無理だわ。どうしよう。二人の会話が外国語みたいに聞こえるんですけど! と言うか子守歌?)

 くううう。

「エラ様、寝ちゃだめですっ!」

 激しい叱責に私は両目をぱちりと開けた。

「ご、ご、ごめんなさい!」
「エラ、君な、やる気あんのか?」

 アッシュの眉間には青筋が立っている。

「ありますありますっ! だけど、どれも(同じくらい)素敵に見えて……」

 私はしょんぼりと肩を落とす。

「ごめんね。二人とも。なんだか冴えないヒロインで。アッシュと私が交代できたらいいのに……」

 イングリードまでが、同意する。

「確かにアッシュ様のファッションショーは見ごたえがありそうですねえ。でもエラ様も十分お可愛いですよ」
「ありがとう……気を使ってくれて……」

 そう。
 一生懸命な二人のためにも、頑張らなきゃ。

「そういえばアッシュ様はなぜ女装をしているんです? エラ様には素のままで行くべきとおっしゃるのに」

 イングリードがアッシュに尋ねている。

「モブキャラとしての矜持だよ。素で行くと王子を食っちゃうからな。俺ってほら、モブの癖にビジュアル良すぎだから」
「でも逆にエラ様を食ってしまうのでは?」
「男は2メートル超えの女には興味を持たない」
「確かに。考えてますねえ。さすがアッシュ様」

 二人はまた意味不明な会話で納得しあっている。
 私は首をかしげた。

「じょそう……? ここに来る前に除草してきたの? それなのに、全然疲れが顔に出てないわね。お疲れ様」
「君は何を言ってるんだ?」

 労いは伝わらなかったらしい。
 私は口をつぐんでおくと決めた。

「やっぱり黄色がベストですね」
「だな。決まり」



 やっとドレスが決定した。
 そして次の瞬間、アクセサリーやヘアスタイルも一気に変わる。
 
「仕上げだ」

 アッシュが杖を一振りすると、透明なハイヒールが現れた。

「ガラスの靴だよ」

 これが噂の……。
 流石に私でも見惚れてしまう。
 キラキラしていて繊細で……とっても綺麗……。

 と、アッシュが私を軽々と横抱きにした。

「ちょ、な……」

 突然の事に目を白黒させてしまう私を椅子に座らせると、アッシュは足元に跪く。
 足首をそっと握られドキっとした。
 ガラスの靴が足先に触れる。
 そして私の足にフィットした。

「ぴったりだな」

 そう言われてふつふつと湧き上がるものがある。

「ありがとう! 二人とも……私、頑張る。立派なシンデレラになって、ハッピーエンドを目指すわ」

 私は拳を握りしめ勢いこんで立ち上がる。
 しかし慣れないハイヒールにバランスを崩し、よろめいてしまう。

「おっと」

 アッシュの胸が私を受け止めた。
 彼女の筋肉のついた胸板にドキッとする。そして……。

(ん……何か違和感が……)

 私は彼女の胸元にさらに頬を押し付けようとした。
 が、すぐに肩を両手で挟まれ遠ざけられる。
 そして手を取られ、再び鏡の前に立たされた。
 鏡の中にいたのは、黄色いドレスに身を包んだ、どこから見てもプリンセス然とした淑女だった。

「これが私……!」

 私は鏡にかぶりつきになった。

「これが君の舞台衣装だ。君の鎧にもなってくれる。絶対に勝てよ。この勝負」

 アッシュが言う。

 そうか。待ちに待った本番に、今から私は立つんだ。
 このドレスとガラスの靴で。
 この時を私はずっと待っていた。

 みーんみんみん

 武者震いとともにセミの鳴き声が、頭の中を駆け巡った。