しかし、それを彼女が私のためにするのだというあの物言いが、たまらなく嫌だった。いかにも、勝ち組目線で言われているようで、腹立たしい。きっと、彼女自身には露ほどもそんな考えはない。純粋に、私の幸せを願ってのことなのだろう。そうは思っても、胸に渦巻く嵐は当分収まりそうになかった。

 いつから、私はあの子に対してこんな感情を抱くようになったのだろうか。以前は、恋愛脳で甘ったるい子だと思うだけで、こんなイラつきは感じなかったはずなのに。

 イラつきに溺れる私を現実に引き戻したのは、インターフォンのチャイムだった。モニターを覗くと、義博が俯きがちに映っている。

「はい?」
“開けてくれ”

 マイク越しに聞こえた彼の声は、どこか歪で、いつものような聞き心地の良い芯の通った響きがなかった。

「何か用? 話があるなら、どこか外で話しましょ。今、行く……」
“いいから! 開けてくれ”

 私の声を遮って苛立った声がマイク越しに部屋に響く。私は仕方なくオートロックを解除した。程なくして、彼が私の部屋へやってきた。

 玄関を開けると、義博は無言で靴を脱ぎ、室内へとあがる。そのままキッチンを通り抜け、寝室兼リビングのソファにどさりと体を投げだした。その振動で、先ほど投げ捨てた紙袋が、バサリと床に落ちた。

「部屋へは来ないで。いくら友達だからって、誤解されるようなことしないで」

 私の非難の籠った言葉を、目を瞑ったまま聞き流した義博は、先ほどよりも苛立ちが落ち着いたのか、心地よさそうにソファに沈み込みながら、ボソリと胸の内を零す。

「やっぱり、オレはこの部屋がいいわ」
「はぁ? 何言っているのよ。この御曹司が。あんな高級マンションに住んでるくせに、こんな1Kの狭い部屋がいいとか、意味わかんないんですけど」

 悪態をつく私に、気だるげに鼻から息を吐きだした義博が視線を向ける。

「来たのか?」
「まぁね。美香に呼ばれたから」

 私の答えを聞いた彼は、一瞬目を瞑り、天を仰ぐような仕草を見せる。それから、大きなため息を吐き出して、目を開けた。その目は、どこか暗い色を宿しているように見えた。

「あいつ、何か言ってたか?」

 義博の言葉に、私は一瞬、また苛立ちのようなものを自身の中に感じたが、それを振り払うように、無理やり明るい声を出す。

「べっつに。相変わらず、愚痴という名の、あなたの惚気話を聞かされただけよ」

 それを聞いた義博は、心底嫌そうに顔を歪ませて、項垂れた。