私はいつもの浜辺に来ていた。
 すべてを、終わらせるために。
 目の前には私の宝石箱が広がっていた。
「綺麗……」
 星空だけはずっと変わらない。
 生まれ変わったら、この星空の星の一つになりたい。
 ずっと変わらずこの思い出を照らしていられるように。
 私は、体を起こして海の方へゆっくりと歩く。
 私の頭を次々と思い出が巡る。
 お母さんには手紙を残してきた。
 感謝と愛が伝わるように。
 足先に冷たい海水が当たる。
 迷いはなかった。
 一歩、一歩。
 確実に海の中へと。

「きーらきーらーひーかーるーおーそーらのーほーしーよ……」

 突然、きらきら星が聞こえてきた。
 そんなわけない。
 だって、ずっと待ってたのにいまさら……。
 きっと、幻覚よね。
 私は死ぬのが怖いんだ。幻覚を見てしまうほどに。
 でも、清太郎がいない世界で、希望のない世界で、信じることができなくなった世界で……。
 そんな世界で生き続ける方が怖い。
 私はいまさらひるまない。
 もう一歩、海の奥へ足を進める。

「満歌」
 
 ふいに名前を呼ばれた。
 幻聴でない。
 誰に呼ばれてるのかわからないわけがない。
 でも返事ができない。
 怖かった。
 返事なんて来ないんじゃないかって。
 振り返るとそこには誰もいないんじゃないかって。
 でも、どうせもうすぐ終わりなんだから、ちょっと絶望しても何の問題もないよね。
 私はぎゅっとこぶしを握り締めて、そして振り返った。
 その瞬間私の体は引き寄せられて、気づいたら誰かの腕の中にいた。
 いや、誰かわからないはずがない。
 この感じ……。
 私は、清太郎の腕の中にいた。
「なんで……」
「ごめん、ごめんね」
 清太郎だった。本物。
「清太郎……」
「話、聞いてくれる?」
 久々に観た清太郎は私の記憶と何一つ変わっていなかった。
「うん」
 

 清太郎は私を抱えて浜まで連れて行った。
 そして、二人で砂の上に寝転んだ。
 あの日と同じように。
 空には相変わらず星が瞬いていた。
 しばらくすると、清太郎がポツリ、ポツリと話し出した。
 内容はこんな感じだった。
 清太郎は近所の子で私の三つ年上らしい。
 私が生まれたときから、私のことを知っていて、だいぶ可愛がってくれていたらしい。
 でもあるとき、この海で溺れて死んでしまった。
 私という未練があった清太郎は霊的な存在になってここに留まっていた。
 でもあの時、私に姿を現すことに成功して、私との日々が始まった。
 そして、私の誕生日の日、清太郎は霊として限界を迎えていたらしい。
 これ以上ここに居れないと悟っていた。
 だから、別れを告げた。
「正直、僕にもなんで今ここに居られるのかわからない。ただ、ここじゃないどこかで満歌に会いたいと、そう思っていた」
「私も、ずっと会いたかった」
「こんな話信じてくれるか?」
 もちろん、混乱してる。
 でも、嘘には見えない。
 それに……。
 私は清太郎に抱きついた。
「信じるよ。だって、清太郎には匂いがない。ずっと思ってた。なんでだろうって。だからね私は信じる」
「ありがとう」
 なんでだろうね、私を死にたいと思うほどに苦しめてたのは確かに清太郎のはずなのに、こんなにも簡単に信じてしまう。それに、許せてしまう。大好きだと思ってしまう。
「清太郎。やっぱり私清太郎が好き。死んじゃいたいくらい大好き。だからさ、私の恋人になってよ」
 清太郎はじっと私のことを見つめていた。
「ねえ、だめなの?」
「満歌。僕が満歌のこと大好きなのは知ってるよね?」
「うん」
「じゃあなんで満歌に返事できないかわかる?」
「……生きてないから?」
「確かにそれもある。でも、それでも恋人になりたいと思うくらい、死んでもなお、満歌のことが忘れられないくらい好きだ」
「じゃあなんで……」
 清太郎は小さく笑う。
 あの時と同じ。寂しい笑顔。
 嫌な予感がした。
「僕は今夜、この世界から消える」
 あぁ、やっぱりそうなんだ。
 ずっと一緒にはいられないんだ。
 そっか今夜だけなんだ……。
 でもさ、
「それだもいいよ。今夜だけでも。私は清太郎の恋人になりたい」
 清太郎は泣いていた。
 私は清太郎が泣いてるのをはじめてみた。
 十五年間してきた恋が叶ったんだ。泣きたくもなるものなんだろう。
「僕も、満歌の恋人になりたい」
「うん。よろしくね」