マーブル色の君に愛を捧ぐ
水嶋捺

 Dear懐かしい
 元気ですか?1度諦めたあなたが、隣にいるはずのないあなたが。
 また近くに感じられるなんて。
 そんな日が来るなんて思ってもみなかった。

 「刹那! 着いたね大阪!」
 「だね~観光を楽しもっ!」

 今日は同級生の美緒と大阪に旅行に来ている。わたしは24歳になって地元の短大を出て今の職場で事務職4年になる。美緒とは保育園から高校まで一緒だ。互いのことは何でも知っている。お互いの恋愛のことも、家庭の事情も。美緒にはわたしの忘れられない恋愛もすべてお見通しだ。だって、近くで見ていたのだから。

 初日は道頓堀でカフェやたこ焼きの食べ歩きを楽しんだ。
 夕暮れ時にはグリコ看板の前でポーズを真似て写真を撮った。田舎から来た観光客丸出しだ。恥ずかしさもあってうまく都会に染まりたいと願った。目的地のある道頓堀のその先の道には両脇にホストが1列に何人も並んでいた。怖くて美緒とどうする?と悩んだ末、旅行先だしその先にある目的地に行ってみるかということになった。

 私と美緒はホストの前をそそくさと通り過ぎることもできずに、前に出て来た若いホスト2人に捕まった。互いに軽く自己紹介を済ませる。1人は茶髪の前髪が長めなマサキ、20歳。もう1人は黒髪短髪が似合う田舎から出て来たのが垣間見えるアツト、20歳。マサキは奈良県の専門学校を中退、アツトは兵庫県の短期大学を中退し、それぞれ大阪に上京しホストになったらしい。そんな人生の選択肢もあるのだろうか。

 こんな2人に捕まってこれからどうなるのだろう。

 「君たち旅行中なの?」
 マサキは前のめりで訊いて来る。
 「そうなんです! 福島県から来ました!」
 わたしがすかさず出身地を言った。
 「へー! 遠いね! いつまでいるの?」
 アツトは様子を窺いながら尋ねてくる。
 「3泊4日なんで、あと3日後に帰ります」
 美緒が答えると、間髪を入れずにマサキは予定を確認する。
 「明日はどうするの?」
 「ユニバーサルスタジオに行きます!」
 楽しみすぎて勢いで答えてしまった。

 「今ってユニバはハロウィンナイトのシーズンだよね? なんか、コスプレとかするの?」
 「それに行くんです! コスプレしたいんですけどそんな衣装は何も持ってきていなくて……」
 「じゃあ、これから俺たちと買いに行こうよ! 近くで売ってるよ!」
 「美緒、どうする行く?」
 「とりあえず行くか」
 話を遮れないわたしたちは、マサキに押し切られる形で、なし崩し的に一緒にコスプレ衣装を見に行くことになった。

 コスプレ専門店に着き、マサキとアツトは入り口付近で「ここで待ってるね」と言うので、美緒と店に入ると高い衣装ばかり並んでいて2人で顔を見合わせた。
 美緒は出入口側にいるわたしに合図を送る。
 「ねえ、あの2人まだいる?」
 「いるよ」
 「しつこいなあ」
 「ここで買わないっしょ?」
 「買えないよ。高すぎる。でも入り口に居られちゃ逃げ場はないし、しょうがないから戻ろっか」
 「そうだね」

 私たちはホスト2人と仕方なく合流した。

 「あのドンキで買えば?」とマサキは指差し言った。
 「あ、いいんじゃない? 刹那。安いし」
 安さが故か、もともとコスプレが好きな美緒も乗り気になり、わたしたちはドンキのコスプレコーナーに行った。
 「これとかどう?」
 アツトは魔女の衣装を持って見せてきた。
 「あ、かわいい~。これにしようかな」
 わたしは気になる衣装が特になかったので進められるがまま無難な魔女のコスプレにした。自然に敬語からタメ口に変えてくるホスト達につられてわたしたちもタメ口になる。それに、4歳も年下だとやっぱり話しやすい。いや、もしかしたらホストはどんな人からも話しやすいのかもしれない。

 「美緒ちゃんは決まった?」
 マサキが美緒を気にかける。
 「じゃあ、美緒はこれ!」

 美緒はメイドの衣装に決まり、わたしたちは会計を済ました。そこはホストが奢るわけもなく、わたしと美緒の自腹だ。

 会計を済ませたことで、ホストたちの本題にもっていかれた。
 「準備も済んだし、バーでも行かない?」
 マサキは用意周到にわたしたちを誘う。
 美緒が小声で言った。
 「もうそろそろ……」
 ホスト達は聞こえないふりをきめこんでいる。
 「バーってこの辺にあるの?」
 近くにバーが見えないから訊いてみたものの、
 「すぐ近くにあるよ。ここに来るまでに通った道だよ」とマサキに言われるがまま、ホスト達に捕まった道に連れ戻されてしまった。

 古臭いビルの2階にある昭和の雰囲気が漂うバーが見えた。本当にバーに行かなきゃいけない流れなのだろうか。お金だっていくらかかるのかわからない。こんなホストと一緒にどこかの店に入ったことなんてない。ホストクラブも行ったことないのに。

 「え、美緒。」と美緒を呼び止めたが、美緒はもう無理だと言わんばかりに首を振った。
 それはもう抵抗を諦めたサインだった。結局わたしたちは2階のバーに行く運びとなった。

 わたしは今日一体いくら支払わされるのだろうか。

 店のドアを開けるとカランと音が鳴り、カウンター席が4席あるだけのちいさなどこか昔懐かしい趣のあるバーの内装が見えた。店内には昭和感が漂うポスターが貼ってあり、ジャズのトランペットが哀愁を漂わせている。

 「また今日も来たのかい?」
 軽やかな口ぶりでバーのオーナーがマサキとアツトに声をかけた。
 店のオーナーは茶髪でパーマをかけ、見るからにやり手そうな雰囲気の40代位のママさんだった。

 マサキとアツトは毎日客をこの店に連れてきているのだろうか。もしかしてこのバーはホストクラブと提携しているお店で、客に通常では考えられないほど高いお金を払わせてがっぽりもうけているのではないかという思考に囚われた。もしその通りなら詐欺ではないか。いや、これがホストの真の手法なのだろうか。

 入り口に近いカウンター席からわたし、マサキ、アツト、美緒の順に座った。見事に美緒と相談してすぐに帰れない席順になった。これを狙ってホスト達は座ったのだろうか。

 「何を頼む?」
 店員がドリンク表を見せながら、フランクな口ぶりで訊いてきた。

 上体をのけ反り、離れた席の美緒を見る。
 「美緒はどうする?」
 「ビールにしようかな」
 「あ、じゃあ俺もビール。アツトは?」
 「俺も!」
 みんながのんべえだったのか、わたし以外はビールで一致した。

 「え、みんなビール?わたしはアルコール度数が低いサワーにしようかな。カシスオレンジもあるじゃん!じゃあカシオレで」
 「刹那ちゃんアルコール度数を気にするなんて、お酒に弱いの?」
 「お酒はあまり強くなくて。飲めたら良かったんだけど」
 「飲めないのもかわいじゃん」

 マサキのフォローがありがたかった。お酒が飲めないとどこにいっても気を使ってしまう自分がいる。お酒の話は仲良くなりやすく、ビール派や焼酎派の話に入っていけないのが小さなコンプレックスだった。

 お酒を店員から受け取ると、「まず、乾杯しよ」とのマサキの合図で「乾杯―」とお互いのグラスをコツンとぶつけた。

 席の関係もあってわたしとマサキ、美緒とアツトがペアに分かれ話す流れになった。

 「どうしてホストになったの?」
 わたしの率直な疑問をマサキに訊いてみた。
 「大阪に上京したかったんだ。地元は田舎だったから。アツトもだよな?」
 「そうそう、田舎は何もないしな」
 「専門学校はもう行かないの?」
 「行かない。それもアツトもだよ」
 「そうなんだ、もったいないね」
 学校を出れば、何か資格は得られるかもしれないのに。経済的な余裕がなく、大学を中退し社会人となったわたしは、現実的なことを考えた。
 バーで男の人と飲んだ経験が乏しいわたしは、薄暗いなかなんともいえない雰囲気に気まずくなり、お酒のペースが早くなる。少し視界がぼやけてきた。マサキを見ると横顔が綺麗だなと思ってしまう自分がいる。まだ20歳だよねなどと考えてしまう。
 お酒の力を借りて訊いてみた。

 「彼女は居ないの?」
 「前はいたけど、上京してからいないよ」
 「ふうん」
 こんな色気のある人なら彼女くらいすぐできそうだと思いながら、目を伏せもう一度マサキを見た。

 あれ、どこかで見たことのある顔。忘れられないあの人の顔に見えてしまっている。確かに、顔の系統はなんとなく同じな気もしてきた。マサキが笑う度に胸の奥にしまったあの人の情深い笑顔が浮かび上がる。笑ったときにほんのりと染まる赤い頬。まるで、あの人がいるかのように昔好きだった人が思い浮かぶ。星空のように大好きなあの人が煌めいて見える。これは夢なのだろうか。それほど飲みすぎてしまったのだろうか。

 「刹那ちゃん、彼氏はいないの?」
 「ずっと大好きな人がいたんですが、将来の方向性が違って別れてしまってからはいないんです。いまだになかなか忘れられなくて」
 「でも、それじゃあもったいないよ。刹那ちゃんには、きっと他にいい人が出てくると思うよ」

 そういうマサキが忘れられないあの人に見える。うまいことを言ってなかなか帰してくれないあなたが憎い。

 「なんかマサキくんにそっくりなんだよね……」
 「忘れられない人が俺に似てるの?そんなことを言って今日はお持ち帰りでもされたいの?」
 マサキがわたしを茶化していたずらっぽい顔を見せる。こういうところも元カレにそっくりだ。自分もわたしのことが好きなのに、あくまでわたしから言わせたいのが大好きだったあの人の手法だ。マサキがあの人と似ているところは顔だけではなかった。自分は元カレのこういうところにずっと振り回されてきた。そして、なぜか今も振り回されている。

 「そういうわけじゃないよ!」
 わたしは恥ずかしさもあり、すかさず返した。

 「そんなにその人に似ているんだ?」
 「とてもね」
 「どういうところが似てる?」
 「まず顔、そして何より笑顔かな」
 「まあ性格は会ったばかりでそんなわからないよね」
 まさきが屈託なく笑った。
 「だけど、焦らした後のいたずらっぽい笑顔が似てるからあながち正反対の性格ではないような気がするよ」

 本心を返しながらも、願うことはただ一つ。この時間が一生続けばいいなと思っている。美緒が帰ろうと合図してこなければ、わたしはずっとこのままここにいてもいい。
 もう少し、このままあなたに浸っていたい。

 幸せな気持ちに浸っていると、美緒が合図を送ってきた。
 「もうそろそろ……」
 美緒には悪いけどわたしはまだ帰りたくなかった。
 「美緒ごめん……先に帰ってて」
 「あ……わかったよ。じゃあ遅くならないうちにホテルまで帰ってこれる?」
 「うん、後で行くよ」
 「じゃあとりあえずこの場では解散しよっか」
 アツトが何かを悟ったようにこの場をしめた。

 「じゃあ刹那、気をつけて帰ってよ」
 「うん、あとでね美緒」
 「駅まで送るよ」
 アツトは美緒を送り、2人で歩いて行った。

 「このあと、どうする?」
 「どうされたいの?」
 「そんなことを言って」
 
 刹那は困る質問に顔を赤らめた。土地勘のないわたしはマサキに行き先を任せた。
 道中にゲームセンターが見えた。そういえば元カレは写真が嫌いで思い出の写真は一枚もない。もちろん、プリクラも一緒に撮ったことはない。わたしの心に思い出のアルバムを留めているだけだ。

 マサキとも写真を撮りたい。あの人の代わりでいい。どうせ、あの人にはもう会えない。進路の違いはそう簡単に乗り越えられるものではない。今日だけでもマサキをあの人として一緒に過ごせたのなら、未練なくすっきり忘れられる。

 「ねえ、マサキ。ゲーセンにいかない?」
 「ゲーセン? 今ってそんな流れだった?」
 「違ったけど、プリクラ撮ろうよ。思い出の一枚が欲しいの」
 「思い出の一枚って結構ロマンチストなんだね」
 「意外にそうなのかも」

 わたしたちは道なりにあるゲームセンターの昇降口に向かった。一階はゲームセンターやメダルゲームがあり、プリクラ機は二階にあった。

 「あ! 音ゲーがある!」
 「刹那ちゃん、音ゲーが好きなの?」
 「うん! 地元でもよくやってるよ」
 「俺もよくやるよ。これなんかどう?」

 マサキがDJのような音ゲーに手をかけた。

 「え! DJ? こんなのできるの?難しくない?」
 「俺地元で少しDJの手伝いをやってたんだ」
 「え、意外なんだけど」
 「じゃあ、見ててよ」

 マサキはゲーム機に百円玉を入れ、ゲームをスタートさせる。
 左手はレコードのようなターンテーブルを動かし、右手は画面の上から上がってくるマークに合ったボタンを押す。それを左右同時に行う。マサキはパソコンのブラインドタッチのように手元を見ず、画面だけ見て素早く手を動かし、すべてを正確にクリアしていく。

 「上手すぎるよ。すごいね」
 「刹那ちゃんもやってみる?」
 「やりたい!」

 わたしもやってみたが、左右どちらもテンポが合わず乱れまくり。
 様子を見たマサキが提案してきた。
 「じゃあターンテーブルを俺が動かすから、刹那ちゃんはボタンだけに集中してみて」
 「わかった。やってみるよ」

 マサキに利き手の操作だけにしてもらって楽勝かと思いきや、六つのボタンを正確に押すだけでもわたしには難しく。ボタンを間違えたり、テンポが速すぎたりして半分くらいをミスしていた。

 「じゃあ俺が外側のボタンも押してあげるよ。上下に三つずつボタンがあるから、端から上の段の一つと下の段の二つを俺が押すね。だから、刹那ちゃんは内側のボタンを担当して」

 見かねたマサキは懐かしく親密な笑みを浮かべて得意げに言いながら、わたしを包み込むように右腕をまわしボタンに手を置く。軽く密着する身体に胸が高鳴る。

 早くなる鼓動の音に合わせてボタンを押してしまい、
 「あれ、刹那ちゃんさっきよりテンポが速くなってるけど。もしかしてドキドキしてる?」

 いたずらっ子のような笑顔を見せながらマサキが顔を覗き込んでくる。わたしは気恥ずかしくて思わず下を向いてしまう。
 「照れて何も答えられないの? 刹那ちゃんかわいいー」

 悔しい、こんなところまで元カレに似ている。わたしが元カレを好きになるまではこんな攻撃を毎日受け続けた上で向こうから好きだとは言わず、わたしに言わせるシステムだった。どうしても意識してしまう、マサキを。いやあの人を。やっとの思いで顔を上げ、そんなマサキに照れ笑いしてしまう。マサキのおちょくる笑顔と恥ずかしがり屋のわたし笑顔が重なるこの懐かしい感覚……。今わたしは誰と一緒にいるのだろうか。

 「結局ゲームはわたしが全然できないまま、終わっちゃった」
 「かわいい刹那ちゃんを見られて俺は楽しかったよ。プリクラも撮るんだよね?」
 「うん」
 わたしはマサキを見てはにかんだ。
 「じゃあ二階に行こうか」
 「そうしよう」
 
 二人で階段を上がると、そこには十種類ほどのプリクラ機があった。少し前にはやった機種から最新の機種まで。真新しい機種はやはり人気で、すでに三組のカップルが並んでいた。

 「刹那ちゃん、どの機種がいいとかある?」
 「並んでいる機種は最新なんだけど、補正機能が充実しすぎて誰だかわからなくなっちゃうんだ。だから左の奥から二番目の機種がいいな」
 「じゃあ、それにしようか」
 「やった!」

  念願のプロクラに心が躍る。わたしたちはプリクラ機のカーテンをくぐった。メニューの選択画面が出てくる。元カレを思うと淡い恋よりも、激しい恋色に染めたくてパステルカラーを何枚か選択した。補正度は「ちょっぴり綺麗め」を選択する。

 「やっぱり、女の子はこういうの得意だね。よく友達とプリクラとるんじゃない?」
 「さっきいた美緒とよく撮ってるよ。最近は、地元のゲームセンターにはコスプレ衣装も貸し出していて最近は美緒に誘われてコスプレでも撮ったりしてたよ」
 「そうなの? なんのコスプレ?」
 「美緒がチャイニーズドレスでわたしが警察のコスプレ」
 「警察!? 格好いい系にしたんだ! 写メとかある?」
 「あるよ。これ」

 わたしは一年前のコスプレ写真をマサキに見せた。
 「へぇー! 刹那ちゃんはクール系が好きなの?」
 「うん。よく大人っぽいって言われるからかわいい系にはなかなか走れなくて」
 「えー!別に髪も短いわけじゃないし、女の子っぽい感じも似合うと思うけど。じゃあ、俺がリードするからクールじゃなくて自然体に撮ってみて。絶対かわいいから」

 シャッター合図が鳴る。パシャ。わたしはマサキに肩を組まれ、顔を赤らめながらマサキに向き直る。そんなわたしを微笑ましく笑うマサキのショットが撮れた。撮れた画像を見ようにも、あまりの恥ずかしさに直視できない。さっきまでわたしが激しい恋色を表現できたらと思っていたのに、わたしからそんなことはできそうにない。

 「そんなに恥ずかしがるなら、本当は心外だけど、今日だけ俺のことを元カレだと思っていいよ」
 「え。いいの?」
 「俺はホストだしこんなことを言うのは格好悪いけど、引かれると追いたくなるというか。どうしても刹那ちゃんの秘められた部分が見たくなっちゃって」
 「それなら……マサキがいいならそうする」

 わたしはマサキを元カレだと思って腕を組んだ。忘れられないあの人と顔を寄せ合う。パシャ。涙が出そうになりながらも胸が熱くなる。

 マサキなのか、あの人なのか。わたしは顔を近づけ、目の前にいるあの人の面影を見つめる。ずっと会いたかった。このままあの人を目に焼き付けたい。しばらく見つめ合い、シャッター合図が鳴ると、不意にキスされた。わたしもゆっくり目を閉じる。プリクラ機に一瞬表示された撮ったばかりの画像を遠巻きに確認した。わたしとキスしたのはマサキだった。初めて男の人とチュープリを撮った。プリクラに残されるなんて恥ずかしくていてもたってもいられない。
 
 次が最後のショットだった。
 「おいで」
 あの人が両腕を広げる。またしてもマサキがあの人にしか見えなくなったわたしは、両腕に飛び込んでいった。もう離したくないと痛いほど抱きしめると、彼に同じくらい熱く締め付けられる。パシャ。

 撮影は終わり、落書きルームに移った。画像内のわたしの下に「セツナ」と名前を書いた。隣に元カレの名前の「ユキト」と書きそうになり、ユキまで書いて慌てて消す。

 「元カレと俺を重ねていいとは言ったけど、さすがに名前は間違えないでほしいし、やっぱりちょっと妬いちゃうな」

 見かねたマサキがわたしの腰に左手を回して言う。やってしまった……!と顔をあげると反対の手で髪をなでてくる。

 「刹那ちゃんだから特別」

 マサキは少し切なそうな目をして自分の名前を書いた。あんなに落書き時間があったのに残り時間が10秒とカウントダウンが出てくる。焦ったわたしはマサキに問いかける。

 「10秒!? 何ができる?」
 「もう、無理じゃね。だってほら、あと5秒だよ」
 「もう時間がないよ」

 大したことを書けないまま、プリクラが機械から出てくるのを待つ二人。

 「あ! でてきたよ!」
 「ん~どれどれ」
 
 マサキがプリクラを取り出すと満足気に笑う。
 「だいぶ熱々カップルみたく撮れたね」
 「え!? ほんとだ。よく見たらわたしこんな表情してたんだ。やばい、チュープリなんか見てられない」
 「お互い目を瞑っていたからわからなかったけど、刹那ちゃんってチューするときこんな顔するんだ」

 マサキがニヤリと笑い、わたしはまた顔が真っ赤になってしまった。この笑う仕草がユキトに瓜二つだ。

 「耳まで赤くなってるよ、ほんとかわいいね。小動物みたい」
 「小動物は余計だよ」

 お互い顔を見合わせて笑いあうのが至福の時間だった。プリクラを半分に切り、お互いに分け合った。

 「プリクラも撮ったし店を出ようか、刹那ちゃん」

 早々と幸せな時間は終わる。離れるのは未練がたく、手を繋いだまましばらく道なりを歩いた。マサキがわたしをうかがってくる。
 「どうする?刹那ちゃんはもう帰りたい?」
 「わたしはまだ帰りたくない」

 大好きだったユキトとの時間が終わらないでと願った。ここで終わったら、これが最後の機会だ。

 「そうは言ってももう、行く場所なんて」

 そうこうしている間に着いたのは、ホテルだった。歩けば歩くほどにだんだんと店と言う店が少なくなっているのは気づいていた。マサキがわたしの顔を覗いてくる。

 「入る?」
 「いいよ」

 わたしに拒む理由はなかった。
 
 「旅行先に友達と来たのに俺と寝ていいの?」
 「もう自分を止められないから」
 「そんなアツい子だったんだ、刹那ちゃんって」

 二人はホテルに入り、抱き合った。

 魅惑的な時間はあっけなく終わってしまった。

 マサキが時計を見つつ、言った。
 「終電もうないよね?」
 「ないから、タクシーを呼ぶよ」
 「ちょっと待ってて、電話かけるから」

 こんなときにかぎってタクシーがすぐに来てしまった。

 このまま帰ると、もう2度と好きだったあの人をこんなに深く感じられなくなる。
 わたしの足取りが重いのを見かねるマサキ。

 「今帰らないと、旅行どころかずっと俺と一緒にいることになるよ」
 「それでい……」
 「美緒ちゃんを1人にするの?」

 わたしの言葉を遮って友達をダシにするマサキはずるい。

 「それはダメだね。じゃあまたね」
 「元気でね」
 「マサキも元気でね」

 こうして一夜の幸せな時間はあっという間に終わってしまった。
 わたしは、マサキにさよならを告げ、タクシーの窓からずっとあの人の幻影を目で追っていた。