結果を言うと、次の日は祭りへ行けなかった。
魔王軍の進軍報告があって、わたしたちは早朝から任務へと赴かねばならなかった。
(……ライアスの話、聞きたかったな……)
わたしたちは、馬車で指示された洞窟へと向かう。
その間ほかのメンバーもいるし、だからふたりきりで話す機会っていうのはあまりないものだ。
「だからさ、洞窟ってことは、お宝もあるんじゃないか!? やっぱさー隠し黄金って憧れるよな!」
「えー。でもそういうのって、ドラゴンとかが守ってるんじゃない?」
「魔王軍と戦うってのに、ドラゴンの相手までは嫌じゃぞ」
「もー! おまえら、夢がないよなぁ!」
「ライアスが夢がありすぎなんだよ」
「ははは!」
ライアスは、いつも通りだった。
明るく、楽しくメンバーと話して、戦闘前の気分をほぐしてくれている。
(……変わらないなぁ)
初めて会った時から、ずっと。
この気遣いに、わたしは救われたんだ。
右も左もわからなかったわたしが、この世界でやってこられたのは、ライアスがいたからで。
(ライアス、いつもありがとう……)
これは、ただの感謝の気持ちだけじゃ、なくって。
祭りには行けなくなっちゃったけど、この遠征中のどこかで、なんて。
本当は少し、期待している。
***
馬車はやがて宿泊地に着いた。
宿屋の食堂で、夕食をとる。
みんなで談笑しながらの、楽しい時間。
そんなときだった。
「もーライアスってば! いっつもおかしいんだから! でも、あたし、そんなライアスのこと好きだな!」
「め、メリー……」
「!」
思わず、目を見開く。
今、メリー、なんて言ったの?
「ライアス、あとで話があるの! 寝る前、あたしの部屋に来てね」
「お、おう」
「ほっほっほ。若いのう! 明日の戦闘には響かせるなよ!」
「もーっ。分かってるって!」
ライアスの顔を見る。
ライアスは――少し緊張したような顔をしていた。
わたしは、曖昧に笑って――みんなに気付かれないように、ひっそりと部屋を出た。
***
次の日は、わたしは少し――寝不足だった。
見ると、ライアスも少し隈をつくっている……。
その理由を考えるのを、無理矢理放棄する。
メリーは、いつも通りだった。
明るく、かわいく笑っている。
癒やしの力を持つ神官の彼女は、わたしたちのヒロインだった。
なのに。
今日は彼女の顔が上手く見られない。
この日の戦闘が、終わったときだった。
その洞窟の中の場所は、部屋と言っていいほど広く空洞になっていた。
最後の魔物を倒したとき――
パアアアアァッ
と、部屋の床に――魔方陣が現れたのだ。
「!」
「シオリ!」
わたしは、その光に吸い寄せられる。
足を踏ん張ろうとしたけれど、不思議な力ですぐにバランスを崩し、魔方陣へと引きずられてしまった。
(これって、……もしかして)
一度だけ、今と同じような光景を見たことがある。
そう。
聖女召喚の儀式――。
あの日見た光と、よく似ていた。
……もしかして。
(わたし、元いた世界へ、戻るの……?)
「シオリ!」
「ライアス! 危ないよっ!」
わたしの方へ走り出したライアスに――メリーが駆け寄った。
その光景が、なんだかスローモーションに見える。
「シオリ! ……シオリッ!」
彼の、必死にわたしを呼ぶ声がする。
彼の手が伸ばされて、――わたしはその手を取らなかった。
そしてわたしは、光に包まれた。
***
まぶしい光の中、脳裏に浮かんだのはライアスの顔で。
でも、わたしは……。
まぶしい光が消え、わたしはようやく薄目をあける。
「ここ、は……」
パッパーッ
突然耳にはいる、トラックのけたたましいクラクション。
まぶしいヘッドライト。急ブレーキの音。
「危ねぇじゃねーか!!」
「きゃ……」
わたしは、道路の真ん中に座っていた。
暗い道路からあわてて立ち上がり、道路の脇に移動すると、運転手に何度もぺこぺこと頭を下げて謝った。
「ったく! 気をつけやがれ!! このコスプレ野郎が!!」
「すみませんでした……!」
トラックがいってしまうと、ようやく長い息を吐いた。
元の世界に、……戻ったのだ。
「…………服が、そのままだ……」
わたしは、……あの異世界の服のまま、アニメやゲームにでてくるようなデザインの服を着たままだった。これだもん、コスプレと思われても仕方ない、か……。
……あの世界は、夢じゃ、ないんだな。
あたりを見渡す。
見慣れた風景が広がっている。
……地元だ。
よく知る、わたしの――本来の街。
わたしは、道路沿いにあった店のウィンドウに近付いた。
「……わたしだ」
大きなウィンドウに映っているのは、今まで通りの、わたし。
他の誰でもない、わたし自身だ……。
***
(こうするしか、ない、よね……)
わたしは、家に帰ってみた。
家には母がいて――わたしを見ると泣いて飛び出してきた。
「汐梨! 汐梨……!! 帰ってきたのね……! ごめんね、ごめんね……!」
「お、お母さん……」
「無事で良かったわ……。ごめんね、お母さんがだめなお母さんだったから……」
「……ううん。わたしのほうこそ、勝手にいなくなってごめん。びっくりしたよね?」
数年ぶりに、母に抱きしめられる。
その感覚は、なんだか本当に、本当に久しぶりだ。
……わたしがいない間、お母さんにさみしい思いをさせてしまっただろうか。
「ねぇ汐梨。あなた一年もどこへ行っていたの……?」
「えっと……」
部屋のカレンダーを見る。
向こうでの暦と、一週間ほどしか違わなかった。
(時間の流れは、だいたい同じだったんだ)
どう説明したものか。
悩んでいると、そこへ、
「あぁ? なんだぁ? ガキが帰ってきたのかぁ?」
「えっ、と……」
部屋の奥から、ひとりのおじさんがでてきた。ひげの生えた中年で、タンクトップにハーフパンツという、ラフな格好だ。
……知らない人だ。会った記憶はないはずだ。
「ずっと家出してたらしいじゃねぇか。くそ不良娘だなおい~」
「ちょっと! 汐梨にそんなこと言わないで! あなたの娘になるんだから!」
「けっ。こんなでけー娘、いらねーよ。オレは赤ん坊のほうがほしーの」
「もう……っ。あなたったら……!」
(……お母さんの、新しい彼氏かな……)
会話の流れで、関係性を酌み取る。
母は、わたしがいない間に、……同棲していたのだ。
そう思うと――なんだか母はあまり寂しい思いをしていなかったのかな、と思ってしまう。
いなければいないで、上手くやっていた、みたいな。
少し、やりづらいけれど……仕方がない。
「あはは……。帰ってきました。またこの家で暮らします」
わたしは、愛想笑いをした。
***
高校は、留年扱いになっていた。
わたしの同級生は卒業していて――わたしは一歳下の子たちと学校に通った。
そんなだから、学校生活は、いまひとつで。
彼らはうわべだけは仲良くしてくれたけれど――あまり本当の仲良くもしてくれなかった。
やがて、高校を卒業したわたしは、そのまま高卒で就職した。
就職先は、地元の中小企業だ。
……面接の結果、そこにしか内定が出なかった。
一族経営の、腐敗した会社。
立派な外観のオフィスのわりに、社員の給料は渋い。
それでも、高卒だし、女だし、……やっている業務内容はできることだし。
こんなものかな、って思いながら働いていた。
同じ会社でなんとなく働き続け、
辞めようにも「三年いないと退職金をださないよ」と言われるとそれも惜しく、三年働いた。そのうちに社内での担当業務が増えていって、なんとも辞めづらくなってしまった。
そうしてわたしは、……独身のまま二十五歳になった。
あの、聖女として活動していた頃から、もう七年にもなる。
ライアスとも、もう七年会っていない。
だけど、わたしは一日だってあの頃のことを忘れたことはない。
あの頃が、一番楽しかったのだから……。
そして……現在のわたしは、これ。
今日も会社で残業をして、帰る。
帰る先は、もう実家ではない。
母と彼氏は再婚し、実家はわたしの居場所としてはずいぶんと窮屈だ。
だからわたしは、就職を機に一人暮らしをしていた。
***
アパートへの帰り道。
住宅街を歩いていると、
「シオリ!」
「え……?」
わたしは、ふいに呼びかけられて――立ち止まった。
(そんな――まさか)
聞いたことのある、声。
懐かしい、男性の、声。