藤井君たちが声の主へ顔を向け、色めき立つ。
「関係ないやつは、黙ってろ!」
「それとも、俺たちとやんのか!?」
「……そうだな」
 人影がのっそりと立ち上がった。
「てめぇらがそれを望むなら、相手してやってもいい」
 重々しい足音を立てながら、人影はこちらへ一歩、また一歩と近づいてくる。
 その姿が明確になるにつれ、藤井君たちの顔つきが変わった。
「ひ……!」
 声の主は、2mもあろうかと言う長身に蛇柄のパーカーを羽織った、野獣のような目つきの男だった。
 タンクトップ越しにも鍛えられた筋肉が浮き上がって見える。
 まくり上げた袖から覗く腕は、ごつごつとした陰影が刻まれていた。
 とてもカタギには見えなかった。
「どいつからやる? お前か?」
 言いながら大男は私の前を通り抜け、藤井君たちへ迫る。
「い、いや、ボクは……」
 すでに勝負はついていた。
 泣きそうな顔に愛想笑いを浮かべ、藤井君たちは互いに目配せをしあい、後ずさる。
 その時、大男の腕が俊敏に動いた。
「ひぃ!?」
 ごつい手が、藤井君に隠れるようにして撮影していた人物からスマホを弾き飛ばす。
 地面に転がった端末を、大きな足がすかさず踏み潰した。
「お、おいっ、行くぞ! 早くっ!! どけって!!」
 かつての同級生たちは泡を食い、先を争って逃げて行った。

「……クズが」
 吐き捨てるように言って、大男はぐるりとこちらを向く。
「……ぁ」
 助けてくれたことにお礼を言うべきか、それとも彼が私にとっての新たな脅威となるのか。
 判断が出来ずただ口をわななかせる私へ、彼は大股で迫ってくる。
 そして、私の存在を全く認知していないかのように、またもあっさりと通り過ぎてしまった。
「……え?」
 呆気にとられ、私はただ去り行く広い背を見送る。
 その時、私の嗅覚が一つのにおいを捕らえた。
(鉄さび臭い……!)
 暗がりへ目を凝らす。
 男のパーカーの脇腹部分にシミのようなものが見えた。

「あ、あのっ!」
 声を掛けても男は立ち止まらない。私は急いで彼の後を追う。
「あのっ、すみません!」
 私が進路を塞ぐように立つと、男は鬱陶しそうにこちらを見た。
「なんだ」
「怪我、してますよね? そこ」
 震えながらも私はパーカーのシミを指差す。
 微かな灯りの下ではあったけれど、近づいた分だけ様子が見えるようになっていた。
パーカーのシミの中心部分は、なにか鋭利なものでスパッと切られていた。
「大したこっちゃねぇよ」
 男は私を押しのけて立ち去ろうとする。
「で、でもっ、血が出てますよ? 救急車だけでも……!」
「余計な事すんな」
 猛獣のように鋭い目が私を見下ろす。
「ついてくんな、うぜぇ」
 射すくめられ、私はびくりと身を固くする。
「で、でもっ」
 強張る足で追い、慌てて蛇柄パーカーの裾を掴む。
「さっき助けてもらったから、何かお礼を。せめて手当だけでも……」
 男がフーッと長い息を吐く。
 そして肩ごしに振り返ると、獲物を見る目で私を見た。
 口元から牙のように鋭い犬歯が覗く。
「手当? いいぜ、あそこでならな」
 男が指差したのは、ショッキングピンクで彩られたファッションホテルだった。