「きれいになったよな、中塚さん。……ヤバい、めっちゃそそられる」
 高校の同窓会からの帰り道。学年一のイケメンと評判だった藤井君から路地で迫られ、私は震えていた。
 期待やときめきからではない、純粋な恐怖からだった。
 彼の後ろには数人の男が立ちならび、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべてこちらを見ている。
 彼らもまた、同総会で再会したかつての同級生だった。
「あの、どいて……」
 私を壁際に追い込んだ両腕から逃れようとあれこれ試みたが、藤井君は面白がるように私の行く手を足や腕で遮る。
 それにたとえ彼から逃れたとしても、その先で待ち構えている同窓生たちに阻まれるのは目に見えていた。
「そんな嫌そうな顔しなくていいだろ? 俺らは久し振りに会えた中塚さんと、もっとお話したいだけなんだからさ」
「わ、私は……」

 なんて迂闊だったんだろうと、後悔が胸を焼く。
 親しかったかつての級友と楽しいひとときを過ごし、お開きと共に会場を後にした私を、追って来たのが藤井君だった。
 駅まで一緒に帰らないか、と。
 昔から友人の多い彼がなぜ、ほぼ接点のなかった私に声を掛けて来たのか、深く考えていなかった。
 ただ、かつての人気者と二人で夜道を歩けることに、浮かれる気持ちが多少はあったかもしれない。
 やがて彼は「靴に石が入った」と私を薄暗い路地へと追い込んだ。
 そして仲間たちと合流し、本性を見せたのだ。
「俺たちと遊ぼうよ」と、路地の向こうに建つショッキングピンクに彩られたファッションホテルを指差しながら。

「中塚さんさぁ、高校の時は校則通りでダサかったけど、本当に見違えたよね」
 かつて多くの女子生徒を虜にした、自信に満ちた笑顔が目の前にある。
 けれど、夜の闇と派手なライトで彩られた彼の顔は、悪魔のように悍ましかった。
「きれいになった姿で俺らの前に現れてさ、見返してやろうって気持ちがあったでしょ? だからのってやるって言ってんの」
 何を言っているのだろう、この人は。意味が解らなくて、ただただ困惑する。
 学生の時に校則に従った服装をしていたのは、教師からの説教や呼び出しによる時間のロスが嫌だったからだ。
 そして今の服装やメイクだって、社会人としてのマナーに従っているに過ぎない。
 見返すなんて意図はない。

「あの、本当にそういうんじゃないんで……」
「嘘つかなくていいよ。せっかく俺らを満足させられるだけの顔になったんだし、相手してやるって」
「だから」
「いや、マジに驚いたよ。なんか見慣れない美人がいると思ったら、あの地味な中塚さんなんだもんなぁ。なんであの頃、手ぇ出しておかなかったんだろうって後悔したよ」
 背筋が凍る。怖い。
「だから、今夜埋め合わせしてあげるね」
 言葉が通じない。怖い。
「今の中塚さんなら、俺ら、いけそうだからさ」
 こんな人だったんだ。怖い。
「俺らをその気にさせといて、今更逃げるとかナシでしょ」
 誰か、助けて! 怖い! 

「おい、うっせぇぞ」
 恐怖でくずれ落ちそうになっていた私の耳に、ドスのきいた声が届いた。
 路地の奥から、誰かの身じろぎする気配がする。
「サカりてぇんなら、店か自分で処理しろや」
「ぁあ?」