真夜中の2時頃。ソールは目を覚ました。なかなか寝付けない。今日はいろいろなことがありすぎた。
 アポロンやオシリスを失った。もともと幼少の頃に両親を亡くしたソールにとって、彼らは家族同然だった。仇討ちに走るのは無理もないことだった。
 しかし彼は生来穏やかな性格で争いごとを好まない。偶然拾われたゲリラ組織に協力していていいものか……。
 考えが頭の中でグルグルと回っている。眠れない!
「外に出るか」
 部屋を出てデッキに上がった。グールヴェイグは荒野を低空飛行している。コックピットが暗いことから察すると、自動運転モードになっているのだろうか?
 眼下を見ると、高温で溶けたような塔がいくつも見える。
「ここ、どこだ?」
「カッパドキアよ」
 声の方を振り向くとアンドラがいた。
「あんたも眠れないのか?」
「うん」
 カッパドキア――トルコにある巨石群だ。現代では同国の観光地にもなっている。
「ねえソール。あなた何であの戦闘機に乗っていたの?」
「ああ」
 一応仲間ということだしあまり隠し立てしていてもしょうがない。何より、考えるのがだんだんめんどうになってきた。
ということでソールはいきさつを話した。アレクサンドリアで整備兵をしていたこと、アルカディアの戦闘機が来て整備工場を爆破してしまったこと、師の形見であるフェニックスを使って迎撃してそのまま逃走してきたこと……。
「アレクサンドリアにいたの? 私もあの地方の出身よ」
「そうなのか?」
 アンドラも自分の素性を話してくれた。
 彼女は、アレクサンドリアから南東に降った小さな国の生まれだそうだ。現代でいうエチオピアのあたりだ。
 話を聞くとアルカディアの搾取ぶりのひどさが際だっていた。その国はガイアの血とさまざまな鉱石が採れるらしい。そこに目をつけたアルカディアは、植民地にして現地の住人を働かせて資源を掘り起こし、どんどん奪っていっているのだ。
 怒りが限界に達したその小国の民だったがアルカディアは高度な技術を持っている。戦闘機などの兵器で虐殺されるのがオチだ。そこで彼らは外国から流れてくる部品を集め、さらには陸上兵器の設計図を入手し、見よう見まねで兵器を開発した。それがあのケートスだったのだ。
「道理で……」
 服で言えばつぎはぎだらけの、自動車で言えば旧式モデルのシャーシに寄せ集めの部品をくっつけたようなものだ。動く棺桶のようなもの……とはさすがのソールも言えなかったが。
 出来上がった後、アルカディアに察知されないように船にカモフラージュして国を出たらしい。
「今までよく無事だったな」
「実はね、その直後にアルカディアに見つかったの。そのときグールヴェイグに助けられたのよ」
 グールヴェイグも戦力を必要としていたからか? しかし、話を聞く限りではあまり戦闘に参加していないようだ。
「装備は、アバリスの矢と水圧砲よ」
 アバリスの矢はこの時代のポピュラーな装備だ。どの戦闘機、兵器にもついている。水圧砲は水を吸い上げて圧縮し放つものだろうか。
「じゃあ、水辺じゃないと戦いにくいじゃないか」
「う、うん、そうね」
 このままではこの女は戦死すること間違いない。そこでソールはある提案をした。
「夜が明けたら改造しようか? もう一つか二つ、武器がいるだろう」
「ほんと? ありがとう!!」
 そう約束してそれぞれ寝床についた。誰かと久しぶりに話した感じで、すっきりした。それにしても――なぜ、女性が兵器に乗っているんだろう? 謎はまだ残っていた。

 翌日、ソールは早くもケートスの改造にかかった。
「へえ、あいつ、そんなこともできるんだ」
 フェンリルが感心したように呟いた。
「ええ、これでケートスも戦力アップしてあなたたちの力になれるわ」
 ほどなくして、ソールがケートスのコックピットから出てきた。
「できたよ」
「早っ」
 ソールは、アンドラに説明をはじめた。
 追加した武器は二つだ。一つは、アバリスの矢改良型だ。すでに旧式は搭載されていたが、それだけでは心許ないということで追加した。
「ありがとう、ソール」
「で、もう一つの武器なんだけどさ……」
 ソールは口を半開きにしてじっとアンドラを見た。少し言いにくいことがあるとこんなしぐさをする。
「何?」
「もう一つの武器は最終手段に使うんだ。この機体、旧式だから戦いの途中で動かなくなるかもしれない。もしものときを考えて最終手段として自爆装置を付けておいた。本当に追い詰められたときに使えよ。あと、使ったらすぐに機体から離れろ」
 アンドラは冷や汗が出るのを感じた。
「自爆装置って……」
「文字通り、自機敵機をもろとも吹き飛ばすものだ。発動してから光が飛散することで攻撃できる。スイッチを起動させた後はすぐに機体から離れろ。あくまで最終手段だからな」
 ソールからすればもともとこの兵器を使うこと自体が反対だ。だが、アンドラは穏やかな一方、頑固なところがありそうだから、文字通り死ぬまでこのオンボロで戦い続けるだろう。それなら自機を捨てるきっかけとなる武器があった方がかえって良い。
「そろそろカッパドキアを抜けそうだな」
 ロキが顔を出した。キャプテンが艦内をうろうろするというのはあまりない。といっても、彼らは正規の軍隊ではないからそれでもいいのかもしれないが。
《ロキ! 至急コックピットへ来てください!》
 突然、切り裂くようなアナウンスが聞こえた。格納庫にいた全員がコックピットに向かうと、正面には荒野を進んでくる砂煙が見える。
「何だか嫌な予感がする……」
「たぶん、俺を追ってきたヤツらだ」
 ソールが呟いた。ハーピーを撃墜したときから覚悟はしていた。しかしあまりにも早すぎる。
「どうする、ロキ?」
「決まっている、迎撃するぞ!」
 ロキは全員に出動命令を下した。