The Sun-Gild Wing ――神話として語り継がれる超古代文明のテクノロジー

 同じ頃、アレクサンドリアの上空では、1機の戦闘機が旋回していた。イカロスが乗ってきた人の顔を持つ鳥――パーピーだ。ギリシア神話では、人肉などを食い散らかす怪鳥として伝わっている。
「任務遂行しました」
《ご苦労だった》
 イカロスは、アルカディアの司令室と連絡を取り合っていた。
「しかし、アポロンとその仲間たちには気の毒でしたね」
《余計なことは言わないでいい。軍人は任務を粛々と遂行するものだ》
「はっ!」
 イカロスの任務はアポロンの説得、それが叶わなければ整備工場もろとも爆破して抹殺することだった。アルカディアの首脳部は、技術者であり元大臣の力が外にもれるのを早くから処理したかったのだ。
「気のすすまない任務だった。早く帰ろう」
 ハーピーが大きく旋回して北に向けて進路をとった。そのときだった。
 先程、爆弾を落とした地点から石の弾が飛んできた。
「何だ!?」
 下を見やると、炎の中から何かが向かってくる――まるで、巨大な鳥のような……。
「戦闘機!?」
 突進してきた赤い戦闘機――フェニックスを間一髪でかわし、ハーピーは体勢を立て直した。
「何だ、あれは!?」
 イカロスは驚愕(きょうがく)した。彼の知る限りでは、空戦用の兵器を所有するのは、アルカディアと北欧のアスガルド、大西洋に浮かぶ都市・シバルバーだけである。
 アレクサンドリアに戦闘機があるなど、聞いたことがない。
 虚空に浮かんだ敵機は翼に炎をまとっている。イカロスは軍人としての決断をした。
「ちっ、敵であることは間違いない! 目標補足…排除開始!!」
 ハーピーは肩にあたる部位からミサイルを放った。この時代の戦闘機に標準装備されている機関銃・アバリスの矢だ。

「うおっ!!」
 フェニックスはかろうじて回避した。ソールはかなり焦っている。何故なら戦闘機に乗って空中に飛ぶのは経験があったが、実際に空戦をするのは初めてである。
「勢いに任せて飛び出したはいいけどどうするか……」
 元々ソールは整備兵だ。機械は詳しいが通常の任務でコックピットに入って動かすのは滑走路で動かすときくらいだった。
「いや、アポロンの造った戦闘機ならどこに何のスイッチがあるか、分かるはずだ」
 操縦桿の右グリップにあるボタンを押すと、ダダダッとアバリスの矢が発射された。
 しかし、弾はハーピーにあっけなくかわされた。ハーピーは旋回して、今度は背中の筒から銃弾を発射した。アバリスの矢の改良型で、大きさも速度も旧式より優れている。
「ぐっ!」
 かわしたがこのままではやられる。無理もない。相手は正式な訓練を受けたアルカディア空軍のパイロット。自分は戦闘経験のない整備兵。分がどちらにあるか、一目瞭然だった。
 その予感はあっけなく的中した。ハーピーの動きについていけないフェニックスは、左翼に銃弾を受け、バランスを崩した。
「うわあっ!!」
 そのまま失速し、地上に落下していく。
「ちくしょう! やっぱりだめだったのか……」
 強力なGがかかる中、ソールの意識が遠のいていった。が、ハッと我に返った。
(いや待て、アポロンはアルカディア空軍に対抗するためにフェニックスを造ったはず。一流のパイロットでなくても、勝てるシステムが組み込まれているんじゃないか?)
 ソールはコックピット内のボタンを探しまくった。ふと、右上の赤いボタンが目に留まった。
 アポロンは重要なものを赤で表現する癖があった。迷わず押した。

 あっけなく幕切れした空戦。しかし、イカロスの心中に一瞬不安がよぎった。
(飛行機能を失ったはずだ。なのに、何で嫌な予感がするんだ……)
 落下していくフェニックスを見つめるイカロス。すると、その赤い戦闘機が全身にオレンジ色の光をまとい始めた。
「!?」
 地上に激突しようとした寸前――フェニックスは頭部を上げ、再び虚空に上がってきた。
「そんなバカな!?」
 さっき、ハーピーによって貫かれた左翼が――再生している!!

「そういうことだったのか……」
 ソールは瞬時に理解した。
 アポロンはフェニックスに機体自らが修復する機能・自己修復機能を付けていたのだ。サンギルドシステムが応用されているのだろう。とりあえず、完全に大破されない限り負けることはない。
「イカロスとか言ったな、いくぞ!」
 フェニックスは急上昇してハーピーに襲いかかった。イカロスは急いで操縦桿を切ったが間に合わず、翼に衝撃をくらった。
「ぐっ、なんてやつだ! 普通の戦闘機のドッグファイトでも、ここまで近接しないぞ!!」
 イカロスの言う通り、戦闘機の近接戦闘は、あくまで射程内に標的を入れるために、敵機を追いまくるものだ。翼で体当たりするなど、聞いたことがない。
《イカロスとか言ったな、なぜアポロンたちを殺した!?》
 両機は虚空を旋回しながら間合いを取っている。
《軍人は命令に従うものだ、理由などない!!》
《そういうことならこっちにも考えがある!!》
 フェニックスが上昇した。
「所詮はただの整備兵、戦闘機のバトルならこちらが上だ!!」
 ハーピーを上に傾けたが、眼をつぶってしまった。太陽の光がまぶしい!!
「しまった、やつの狙いは目くらましか!!」
「みんなの仇だ、くらえ!!」
 ソールは、フェニックスの尾・テイルブレードショットを分散して発射した。熱を帯びたブレードは真っ直ぐに飛ばず、旋回しながら標的であるハーピーに向かい、次々にボディを切り裂く。
「うわあっ!!」
 アレクサンドリアの技術者たちを喰らった怪鳥は、炎に包まれて落ちていった。
「………」
 ソールはその様を見届けていた。が、急降下してハーピーのコックピットを胴体から切り離すように弾を発射した。
 横からの衝撃が加わり、コックピットは地面への直撃が緩和された。が、機体そのものは炎上して滑走路に落ちた後、大爆発を起こした。
「生きているな……」
 ソールは、コックピットの人影が動いているのを確かめた後、東の空に飛び去っていった。
 フェニックスがハーピーを撃墜して半日後、アルカディアでは軍部の緊急会議が開かれていた。
 自国の戦闘機が正体不明の機体に撃墜されたのだ。軍をはじめ政府の高官の間でも緊張が走っていた。ちなみにイカロスは生存していたが意識がまだ戻らず、事情を聞けないでいる。
「一体、何者なんだ」
「アポロンが秘密裏に戦闘機を開発していて、それが事を企てたということでしょうか」
 戦闘機どころかアポロンが新しいエネルギーシステムを開発していたことなど、彼らは思いもよらなかった。
「どうしますか、ゼウス?」
 声を向けられた男――ゼウスはつぶっていた眼を開いた。彼はギリシア神話の主神となる男である。大国アルカディアを統治する元首であり、軍の最高司令官でもある彼の判断は、同国の行き先を左右する。
 大柄かつ骨格のよいあごが開いた。
「このまま捨てておくわけにはいかない。追っ手を出そう」
「誰が行きますか? 相手の素性がわからない故、危険もあります」
「俺が行く」
 声の主は漆黒の髪をした細身の男だった。
「ハーデス」
「イカロスを撃墜するほどの相手だ。半端な力では勝てない」
「しかしアルカディア陸軍の司令官であるあなたが出張るほどでは……」
 すると、ハーデスは髪と同じ黒い瞳を細めて答えた。のちにギリシア神話の地獄の神となる彼は、目をつむって返した。
「この眼で確かめる必要もある。アポロンが開発したなら、どういう料簡でその機体を造ったのかをな」
 そう言い残し、会議室を後にした。

 フェニックスは飛んだ。ひたすら飛び続けた。
「勢いで敵を落としてしまったけど……これからどうするかな」
 ソールは、いたずらがばれて親に怒られることを予想する子供のような顔で呟いた。怒りに任せてハーピーを撃墜しアポロンたちの仇を討ったところまでは良かった。しかし、世界でも一、二の軍事力を争うアルカディアのことだ。絶対に追っ手を差し向けるだろう。
 しかも、相手は世界最強の兵器を持っている。パイロットも歴戦の強者だ。こちらは新兵器であるが搭乗するパイロットはただの整備兵だ。
「こんなことならちゃんと操縦を習得しておくべきだったよ」
 整備兵とは言え、ソールは一通りの操縦はできる。しかし空戦となると話は別だ。実際に生死を分かつような場面に身を投じたことがない。
「ペルセウスやアーレスがやってきたらどうしよう……」
 自分が機械整備の分野で研鑽に励んだのと同時に、旧友2人は戦闘機乗りとして腕を磨いてきた。実力の差は歴然としている。絶対に勝てない。しかもあいつら、一切手加減しなさそうだしな……。
 そんなことをつらつら考えていると突然、コックピット内に警報が鳴った。
「げ!」
 燃料の残量がわずかだ。しかも、もうすぐ日没で太陽エネルギーも補給できない。
 フェニックスは高度を下げ、どんどん下降していく。
「うわああ……」
 燃料が切れたフェニックスはついに荒野に不時着した。

「……ってて」
 ソールは目を覚ました。どうやら不時着したときの衝撃で気を失っていたらしい。
「ん?」
 不審に思った。自分がなぜかベッドの上にいる。最後の記憶はフェニックスのコックピットにいたときのはず。
「あ、気がついたみたいね」
 暗がりの中から鈴のようなきれいな声がした。ソールが目を細めて声のした方を凝視すると、髪を束ねた女性が椅子に座っていた。誰だろう?
「どこか痛いところはない? あなた、あの赤い戦闘機の中で気絶していたから助け出して介抱してあげたのよ」
 女性は椅子から立ち上がって歩み寄ってきた。
「とりあえず助けてくれてありがとう。で、あんた何者だ?」
 脳天気なソールだが、さすがに素性のわからない人間がいきなり近くにいると警戒するものだ。まして、今はアルカディアから追われている身である。
「私はアンドラって言うの。怪しい者じゃないから安心して」
 自分で私は怪しい人と言うヤツもいないだろうが。
「あなた名前は?」
「…俺はソール。いろいろ聴きたいことがあるんだけど……ここはどこだ?」
「戦艦の救護室よ」
「戦艦?」
「北欧のゲリラ組織、グールヴェイグのね」
 アンドラは起き上がったソールを戦艦の中を案内してくれた。部屋を出ると石で作られた頑強そうな艦内が目に留まる。
「立派な戦艦でしょう? 私も初めて見たときはびっくりしたわ」
「そうだね」
 あたりさわりのない返答をするソール。しかし、まだアンドラに対しての警戒心は解いていない。
 洞察力を駆使して目の前の女性を観察した。
 なぜ、この人は自分を助けたのか? 実はアルカディアの追っ手で無害なふりを装って近づいたのか?
 しかし、それにしては隙だらけだ。現に、自分の前を丸腰のまま歩いている。ソールがその気になれば、彼女を後ろから押し倒して絞殺することもできるだろう。
 では、本当にゲリラ組織のクルーなのか? ただ、北欧出身にしては顔立ちが違う気がする。むしろ南ヨーロッパ系の顔だ。
 そんなことを考えているうちに大きなドアの前に着いた。アンドラが手をかざすとシュッと音を立てて開いた。
「ロキ、客人がお目覚めよ」
「ロキ、客人がお目覚めよ」
「お」
 一番高い椅子に座っていた男が、腰を上げた。顔に傷があり、やや強面の端正な顔立ちだ。しかしそのゴツい顔とは裏腹の笑顔が印象的だった。
「気分はどうだい? いやあ、びっくりしたよ。荒野のど真ん中に戦闘機があるんだからさ」
「助けてくれてありがとう」
「ま、いいってことよ。困ったときはお互い様だからな」
 そう言って笑うが、ソールの頭にはあまりよろしくないイメージが浮かんでいた。
 笑顔がうさんくさい――顔は笑っているが目が笑っていない。どこか人を心から信用していないような感じを受ける。
 顔の傷は額の左側から右頬にかけての長いものだ。何か壮絶な過去をにおわせる。
「俺の名はロキ。このグールヴェイグのキャプテンだ」
 ロキ――北欧神話に出てくる神の1人である。
「あのさ、出し抜けに悪いんだけど……」
 ソールは気になっていたことを尋ねた。
「あの赤い戦闘機はどこにある?」

 3人は先程の部屋――コックピットを出て今度は逆の方に歩き始めた。どうやらこの戦艦の後方が格納庫になっているらしい。
「俺たちは北欧のニブルヘイムって国を拠点に活動している。まあ、お日様もあまり顔を出さない陰気なところだけどな。で、アスガルドって大国から睨まれていて世界各地を転々としているのさ」
 ソールは聴いたことがあると思い記憶をたどっていった。北欧にはいくつかの国があり、その盟主とも言えるのがアスガルドだ。かの国は軍事力も強く、近隣諸国から物資や技術を豊富に集めている。さらに独自のエネルギーシステムの開発に成功したとも聞いている。
「何でゲリラなんかに?」
「よくぞ聞いてくれた。これには山より高く海より深―いわけが……」
「ロキ、着いたわよ」とアンドラ。
「今日はよく話の腰を折られるな」
 大きく無骨な扉を開けると目の前には青いボディの戦闘機が鎮座していた。
「これは……」
 ソールが今まで見てきた戦闘機とはひと味違う。まるで、とかげに翼が生えたようなデザインだ。
「グールヴェイグの主力戦闘機、ニーズホッグだ」
 北欧神話の竜として語られていくこの機体は、フェニックスやペガサスより少し大きい。コックピットを見ると2人分の座席が見えた。
「二人乗りか」
「フェンリル、ヨルムンガンド! 整備は順調か?」
 ロキが声を上げると、ニーズホッグの後ろから2人の男が姿を現した。
「ああ、完璧だ」
 うち一人は髪を逆立てた男だ。男と言っても少年に近い年頃だろう。ソールより年下かもしれない。もう一人は面長の端正な顔で、蛇やは虫類を連想する骨格だ。
「ま、オレたちにかかればこんなもんよ!」
 くったくのない笑顔で答える少年――フェンリルは得意げだ。北欧神話で狼となる彼は、そのとおりに血気さかんな性格である。
「最近、ようやくメンテナンスに慣れてきた。整備兵がいないと大変だな」
 もう一人・ヨルムンガンドは落ち着き払って答えた。こちらは大蛇として語られる男だが、低温動物を連想させるような冷静な性格のようだ。
 するとソールが突然、ニーズホッグに近づきボディを触り始めた。
「な、何すんだよ、お前!」
 フェンリルは自分の愛機に対して不審な行動を取る男を睨む。
 やがてソールは拳で軽くノックし、その部分の装甲を外した。さらに複雑に絡んだケーブルを探っていくと、そこには銅線が剥き出しになったケーブルがあった。
「げ!」
「なんと……」
 フェンリルとヨルムンガンドは絶句した。こんな故障があったとは……。
「何でわかったの? ソール」
「何となく変なにおいがした。長年、整備兵やっていたから経験測からも予想できるのさ。それにしても気がつくのが遅かったら飛行中に発火していたかもな」
「これはすごい! 整備の担当者を探していたんだ! ぜひ俺たちの仲間になってくれ!」
 ロキは目を輝かせた。
 ソールは数秒間考えた。正直この連中をまだ信用できない。が、このグールヴェイグは整備者がいないのは確かなようだ。寝首をかくような真似はしないだろう。何より自分1人ではアルカディアが来たときに間違いなくボコボコにされる。
「いいよ」
「よろしくな、ソール! そうそう、君の機体はあっちだ」
 ロキに指さされた方を見ると薄暗い中に赤い炎のようなボディを視認できた。駆け寄って確かめるとその機体――フェニックスは、目立った故障はなさそうだ。
「よかった、無事だったか」
「ねえ、ソール。私のも見てくれる?」
 アンドラが無邪気に言った。この女も戦うのか?
「私もあなたと同じで、グールヴェイグに拾われたの。兵器の整備なんてできないから途方に暮れていたのよ」
 早速、案内されたところに行ってみた。戦闘機ではなく、陸上兵器だった。
「ケートスって言うの。かなり旧式で、修理を重ねているから見てくれは不格好だけど、思い入れのあるものなの」
 ソールはアンドラの話を聞きながら、装甲を外したり機体を眺めたりした。このケートスは、ギリシア神話に出てくる怪物だ。
「すごいな、これは……」
「え、そう? 嬉しいな」
 笑顔を見せるアンドラに、ソールは痛烈な一言を浴びせた。
「こんなにひどい機体で戦おうなんてよく考えたものだ。10年くらい整備をしているけど俺の経験史上、間違いなく最悪のコンディションだ。こんなのに乗るあんたの神経がすごいよ」
かわいい顔はみるみるうちに怒りに満ちてゆでだこのように赤くなった。
「ひ、ひどい! ケートスを造るのにどれだけの人が苦労したか分かっていない!!」
「そんなこと言ってもなあ……」
 ソールにしてみれば「知ったことか」と言いたいところだった。彼の指摘するひどさは機体全体に及ぶ。装甲が色違いで、修理を繰り返し……というより、だましだまし使ってきたのが分かる。内部はこれまた古い銅線が使われていた。念のためにコックピットも覗いてみたが、窓ガラスには一部ひびが入っていてボタンやレバーもさび付いている。
 唯一の例外は座席だった。無骨な機体にふさわしくない花柄の布で覆われている。金使うところを間違えているんじゃないか? と顔をひきつらせながら思った。
「こんな兵器、いつ壊れてもおかしくはないよ。整備兵としても使うことをやめさせたいね」
「ただな、ソール……」
 むくれるアンドラをよそに、ロキが言った。
「グールヴェイグは、これまで見た3機しか兵力がないんだ。ボロボロのポンコツでも使うしかないんだよ。台所事情というのが辛いものでね」
 大丈夫か、こいつら……? ソールは先が思いやられる気がした。
 真夜中の2時頃。ソールは目を覚ました。なかなか寝付けない。今日はいろいろなことがありすぎた。
 アポロンやオシリスを失った。もともと幼少の頃に両親を亡くしたソールにとって、彼らは家族同然だった。仇討ちに走るのは無理もないことだった。
 しかし彼は生来穏やかな性格で争いごとを好まない。偶然拾われたゲリラ組織に協力していていいものか……。
 考えが頭の中でグルグルと回っている。眠れない!
「外に出るか」
 部屋を出てデッキに上がった。グールヴェイグは荒野を低空飛行している。コックピットが暗いことから察すると、自動運転モードになっているのだろうか?
 眼下を見ると、高温で溶けたような塔がいくつも見える。
「ここ、どこだ?」
「カッパドキアよ」
 声の方を振り向くとアンドラがいた。
「あんたも眠れないのか?」
「うん」
 カッパドキア――トルコにある巨石群だ。現代では同国の観光地にもなっている。
「ねえソール。あなた何であの戦闘機に乗っていたの?」
「ああ」
 一応仲間ということだしあまり隠し立てしていてもしょうがない。何より、考えるのがだんだんめんどうになってきた。
ということでソールはいきさつを話した。アレクサンドリアで整備兵をしていたこと、アルカディアの戦闘機が来て整備工場を爆破してしまったこと、師の形見であるフェニックスを使って迎撃してそのまま逃走してきたこと……。
「アレクサンドリアにいたの? 私もあの地方の出身よ」
「そうなのか?」
 アンドラも自分の素性を話してくれた。
 彼女は、アレクサンドリアから南東に降った小さな国の生まれだそうだ。現代でいうエチオピアのあたりだ。
 話を聞くとアルカディアの搾取ぶりのひどさが際だっていた。その国はガイアの血とさまざまな鉱石が採れるらしい。そこに目をつけたアルカディアは、植民地にして現地の住人を働かせて資源を掘り起こし、どんどん奪っていっているのだ。
 怒りが限界に達したその小国の民だったがアルカディアは高度な技術を持っている。戦闘機などの兵器で虐殺されるのがオチだ。そこで彼らは外国から流れてくる部品を集め、さらには陸上兵器の設計図を入手し、見よう見まねで兵器を開発した。それがあのケートスだったのだ。
「道理で……」
 服で言えばつぎはぎだらけの、自動車で言えば旧式モデルのシャーシに寄せ集めの部品をくっつけたようなものだ。動く棺桶のようなもの……とはさすがのソールも言えなかったが。
 出来上がった後、アルカディアに察知されないように船にカモフラージュして国を出たらしい。
「今までよく無事だったな」
「実はね、その直後にアルカディアに見つかったの。そのときグールヴェイグに助けられたのよ」
 グールヴェイグも戦力を必要としていたからか? しかし、話を聞く限りではあまり戦闘に参加していないようだ。
「装備は、アバリスの矢と水圧砲よ」
 アバリスの矢はこの時代のポピュラーな装備だ。どの戦闘機、兵器にもついている。水圧砲は水を吸い上げて圧縮し放つものだろうか。
「じゃあ、水辺じゃないと戦いにくいじゃないか」
「う、うん、そうね」
 このままではこの女は戦死すること間違いない。そこでソールはある提案をした。
「夜が明けたら改造しようか? もう一つか二つ、武器がいるだろう」
「ほんと? ありがとう!!」
 そう約束してそれぞれ寝床についた。誰かと久しぶりに話した感じで、すっきりした。それにしても――なぜ、女性が兵器に乗っているんだろう? 謎はまだ残っていた。

 翌日、ソールは早くもケートスの改造にかかった。
「へえ、あいつ、そんなこともできるんだ」
 フェンリルが感心したように呟いた。
「ええ、これでケートスも戦力アップしてあなたたちの力になれるわ」
 ほどなくして、ソールがケートスのコックピットから出てきた。
「できたよ」
「早っ」
 ソールは、アンドラに説明をはじめた。
 追加した武器は二つだ。一つは、アバリスの矢改良型だ。すでに旧式は搭載されていたが、それだけでは心許ないということで追加した。
「ありがとう、ソール」
「で、もう一つの武器なんだけどさ……」
 ソールは口を半開きにしてじっとアンドラを見た。少し言いにくいことがあるとこんなしぐさをする。
「何?」
「もう一つの武器は最終手段に使うんだ。この機体、旧式だから戦いの途中で動かなくなるかもしれない。もしものときを考えて最終手段として自爆装置を付けておいた。本当に追い詰められたときに使えよ。あと、使ったらすぐに機体から離れろ」
 アンドラは冷や汗が出るのを感じた。
「自爆装置って……」
「文字通り、自機敵機をもろとも吹き飛ばすものだ。発動してから光が飛散することで攻撃できる。スイッチを起動させた後はすぐに機体から離れろ。あくまで最終手段だからな」
 ソールからすればもともとこの兵器を使うこと自体が反対だ。だが、アンドラは穏やかな一方、頑固なところがありそうだから、文字通り死ぬまでこのオンボロで戦い続けるだろう。それなら自機を捨てるきっかけとなる武器があった方がかえって良い。
「そろそろカッパドキアを抜けそうだな」
 ロキが顔を出した。キャプテンが艦内をうろうろするというのはあまりない。といっても、彼らは正規の軍隊ではないからそれでもいいのかもしれないが。
《ロキ! 至急コックピットへ来てください!》
 突然、切り裂くようなアナウンスが聞こえた。格納庫にいた全員がコックピットに向かうと、正面には荒野を進んでくる砂煙が見える。
「何だか嫌な予感がする……」
「たぶん、俺を追ってきたヤツらだ」
 ソールが呟いた。ハーピーを撃墜したときから覚悟はしていた。しかしあまりにも早すぎる。
「どうする、ロキ?」
「決まっている、迎撃するぞ!」
 ロキは全員に出動命令を下した。
 後部の格納庫からフェニックスとニーズホッグが発進し、ケートスは地上に降り立った。ソールはフェニックスを旋回させて敵らしき軍勢に対峙した。
 ざっと数えただけで30機はいる。
 巨大な蜘蛛、角の生えた馬のようなものがある。金や銀色、青みがかったメタリックカラーのボディをしている。
 ソールはタッチパネルのボタンを押した。戦闘と同時に敵機のデータを収集するためだ。ところが、敵機をモニターが捉えると鈍い音とともにそれらのホログラムが出た。既に敵機のデータは入れられていたのだ。
「アポロンが入れていたのか?」
 いずれアルカディアと戦うことになると考えていたのだろうか? 蜘蛛はアラクネ、馬はユニコーンというらしい。いずれも実弾を使うようだ。ギリシア神話で語られていく幻獣たちである。
 ただ、敵軍の中央に巨大な兵器の情報はなかった。まるで犬が三つの首を持っているような……。
「あれが親玉か」
 ソールは戦闘や戦術に関しては不得手だが、なんとなくで検討はついた。
《ソール、アンドラ! 一気に叩くぞ!!》
 無線でそう伝えてきたフェンリルは、ニーズホッグを突進させ敵軍の中に突っ込んでいった。
《フェンリル、無茶するな!敵の数を考えろ!》
フェンリルは気が短く無鉄砲な性格で、ヨルムンガンドが止めない限りは無謀な猪突猛進な攻撃をするようだ。
 が、予想を裏切りニーズホッグは闊達な飛行でユニコーンとアラクネたちを翻弄した。敵が上空に向けて放つ光線や実弾をかいくぐると、今度は上空から青い光線を浴びせた。いや、光線というより吹雪のようなものだ。敵部隊がみるみるうちに凍り付いていく。
《冷凍光線か。冷却装置で大気を凍り付かせたんだな》
 ソールは昨日、ニーズホッグの内部を見たときに急速冷却装置があるのに気付いた。自機が被弾したときに冷却するのかと思っていたが、こういう使い方だったのだ。
「アンドラは大丈夫か……」
 ソールは地上に目をやった。ニーズホッグとは違い、旧式の陸上兵器をあり合わせの部品で修復したものだ。動く棺桶という例えは決して皮肉ではない。
 が、予想とは裏腹にアンドラは巧みにケートスを操っていた。新旧のアバリスの矢を交互に発射し敵を撃破していく。といっても、敵機を殲滅するより戦闘不能にする程度だ。
 ソールも、フェニックスを旋回させ敵に攻撃を仕掛けた。ユニコーンもアラクネも装備は実弾だけだ。グールヴェイグの3機は弾をかわし、あるいは防いで攻略していった。
「俺たちの敵ではないな」
 ソールがそう呟いたそのとき。
 ドンッ
 という音とともに、フェニックスの羽が貫かれた。
「なっ!?」
 多少油断していたとはいえ、弾を全く視認できなかった。どうやら、親玉の三つ首犬から発射されたようだ。
 片翼をやられたフェニックスはぐんぐん落下していく。が、地上に墜落する手前でその翼がオレンジ色に光り出して自動的に修復された。
《ソール、大丈夫か!?》
《ああ》
 フェニックスが自己修復機能を持っていたから助かった。が、これで敵にこの機体の性能がばれてしまった。
 地上を見下ろすと残ったのはあの親玉だけだ。
 ソールはタッチパネルを開き再度データを探した。が、やはり見当たらない。
「アポロンがアルカディアを離れた後に開発されたのか?」
 間合いを取りながら旋回していたら、突然、三つの犬の頭からそれぞれアバリスの矢、銅でコーティングされた大砲弾、歯車状のブレードが飛んできた。それもユニコーンやアラクネとは桁違いの速度だ。
 フェニックスはかわしたが、ケートスが足に、ニーズホッグが翼に被弾してしまった。
《アンドラ!フェンリル!ヨルムンガンド!!》
 ケートスは動きが止まり、ニーズホッグはバランスを崩して墜落した。
《ここまでだなゲリラども。俺はアルカディア陸軍司令官、ハーデス。このケルベロスでお前たちを殲滅する》
 ケルベロス――ギリシア神話に伝えられることになる、地獄の番犬である。
「マジか、ニーズホッグとはさみこんで倒そうと思っていたのに…」
 ケートスは最初からあてにならないというような、アンドラが聞けば怒り出しそうな思惑を捨て去り、ソールは操縦桿を引いて高度を上げ始めた。
 一方、ケルベロスのパイロットであるハーデスは多少驚いていた。
「自己修復の機能か……想像以上にやっかいだな」
 自分たちを裏切った技術者は、よりによってとんでもない戦闘機を開発したものだ。が、あまり深く考えずにハーデスはケルベロスのパネルを叩き、これまでに得た戦闘データをアルカディアに送信した。
 万が一自分が倒れたときに、同志の誰かが敵を攻略できるよう先に情報を送ったのだ。
「お、上昇しているな」
 フェニックスが高度を上げ始めた。どうやら間合いの外に出ようとする考えだろう。
「ふん、考えが甘い」
 そう言うと、ハーデスはケルベロスの口を開き弾を上空に発射した。弾は引力に逆らうかのように減速するどころか加速してフェニックスのそばをかすめた。
 あせって回避するのが手にとるように分かった。
「戦闘経験はあまりないみたいだ。正規のパイロットではないのか」
《おい、お前!!》
 ケルベロスの通信に知らない声が割り込んできた。通常、通信とは知っている機体同士ができるものだ。外に向けてスピーカーのように音を出さない限り聞こえることはない。
 ということはハッキングしてきたのか?
「誰だ、お前は」
《俺はソール。アポロンの直弟子だ。何でお前ら、仲間だったアポロンを殺した!!》
「違う、あれはやむを得なかったんだ」
《お前らが来なければ、アポロンもオシリスも死ななかった!》
面倒になったハーデスはスイッチを外に向け、怒鳴り散らした。
《知ったことか!!アルカディアに刃向かうのであれば撃破するだけだ!!理由などいらん!!》
 そのときフェニックスにとっては不運が起こった。急に雨雲が立ちこめ始めたのだ。
「しまった」
 ソールは舌打ちした。フェニックスのサンギルドシステムは太陽光がなければ作動しない。このままでは次に攻撃をくらうと劣勢となる。
 ソールの不安をよそに雲はどんどん広がり稲妻を伴う大雨となった。コックピットのモニターにはエネルギーの出力が弱まる警告が出た。
「おまけに視界も悪いな」
ケルベロスの姿が見えなくなった。が、それはつまり相手もこちらが見えないということだ。お互いに手を出せないなら長期戦となればフェニックスが不利だ。
しかし、そのケルベロスの砲弾・ブロンズ砲弾がフェニックスに向かって正確無比に飛んできた。
「うわっ!」
 かろうじて回避したがブロンズ砲弾と歯車状のホイールブレードは次々と飛んでくる。
「どういうことだ、こっちが見えているのか!?」
 冗談じゃない。サンギルドシステムが使えない上、相手は暗闇でも戦う術を持っている。絶体絶命だ。
「何であいつはこっちが見えるんだ?」
 ふと、ある考えに行き着いた。アイカメラやモニターが暗闇の中でも相手を視認できるようになっているのか? 暗所で作業する時に使ったことがある。この瞬間、ソールにはあるアイデアが浮かんだ。
暗い中で作業していたとき、急に光りが入ってまぶしくて目が痛くなった経験がある。もしかしたら……
「やってみるか!」

 ソールの予想通り、ケルベロスは暗闇でも敵機を捕捉できるモニターを備えていた。
「ふん、どうやら戦況はこちらに有利に働いたようだ」
 相手はケルベロスが見えない。が、ハーデスからはフェニックスの姿が良く見える。このまま追い詰めて撃墜しようと考えていた。
 が、突然聞こえてきた不審な轟音にハーデスの思考は停止した。
「なっ!?」
 叫んだとき、フェニックスがケルベロスの首の付け根に猛スピードで突っ込み、そのまま上空に舞い上がっていた。
《な、何をするんだ!!》
《お前に勝つにはこれしかない!!》
 フェニックスはどんどん上昇を続けた。そして、雨雲を突っ切り、雲の上空に出た。
《うわっ!!》
 ハーデスはまぶしさのあまり目がくらんだ。同時に、ケルベロスのアイカメラとモニターがノイズを立ててブラックアウトした。
《何も見えない!!》
《やっぱりな、暗闇仕様に切り替えたモニターに、急に強い光を当てれば当然壊れるよな!!》
 現代でもそうだが、機械のほとんどは人間や動物の体の性能をヒントに作られている。人間の目の仕組みから作られたケルベロスの機能上の弱点に気が付くまで、そう長くはかからなかった。
 そのままフェニックスは旋回し、地上に向けて急降下した。
《ぐわあああああ!!》
 雲に晴れ間を作りながらフェニックスはケルベロスを地面にたたきつけた。
 
 グァン
 
 という激しい音を立ててケルベロスは動かなくなった。

《ソール、やったな!》
《助かったわ!》
 フェンリルとアンドラが通信を入れてきた。みんな無事のようだ。
《みんな、すぐにグールヴェイグに戻るぞ》
 フェニックスは尾のミサイルをケルベロスに放ち、手足と腹部を上手く切断した。
《とどめを刺したか》
《違うって》
 手足はこれ以上追って来られないようにだった。腹部は動力部があるだろうから、暴発してパイロットが死なないようにしたのだ。
《甘いヤツだな、お前は》
 ヨルムンガンドが冷たく言った。生き死にの戦いで敵に情けをかけるのが理解できなかったようだ。
《俺は本来戦士じゃないからな。助かる命があるなら敵味方関係なく助けるさ》
 3機はグールヴェイグに戻った。そして戦艦は進路を北西に向けて発進した。
「けっこう派手にやられたなあ」
 ソールはのんきな口調で言った。が、先のケルベロス部隊との戦闘で辛勝したもののグールヴェイグ側の被害は小さいものではなかった。
 ニーズホッグは片翼を激しく損傷している。墜落したときのダメージも多少あるようだ。ケートスに到っては、四足のうち3本が折られている。
 ソールは、早速修理に取りかかった。ニーズホッグの翼はスペアがあったのでそこから必要な部品を取り出して当てた。ボディのダメージは、傷があるものの内部までに損傷はないようだ。
 問題はケートスだ。スペア部品がない上、旧式モデルなので最新の部品では合わない。結局、格納庫にあった中古の部品を一から組み立てて修復することになった。これは、整備兵として修練を積んできたソールでも半日かかった。
「ごめんね、ソール」
 アンドラが目を潤ませ申し訳なさそうに言った。そう思うならこれに乗らなきゃいいのに……。
「で、これからどうするんだ?」
 ソールはロキに尋ねた。ケルベロスはおそらく、こちらとの戦闘データをアルカディアに送っているはずだ。すでに手の内は見抜かれていると思ってよい。
「守りに回ったらじり貧になるだけだ、こっちから殴り込もうぜ!」
 フェンリルが狼のように吠えた。
「殴り込むって、勝算はあるのか?」
 ヨルムンガンドが冷静に突っ込む。この2人は火と水のような性格だが、お互いを補って戦っているように見える。
 とは言うものの、受け身に回れば燃料や物資がなくなり殲滅されるのは目に見えている。フェンリルの言う通り打って出た方がいいだろう。
「そうだな、だがその前に寄るところがある」
 ロキはそう言うとパイロットに指示し、進路を北西にとった。

「これはいったいどういうことだ!?」
 ゼウスが怒鳴った。
 追っ手に向けたケルベロス部隊が全滅した。陸軍の主力部隊を投入したにもかかわらず、敵を仕留められなかったのだ。兵器はユニコーンのほとんどが大破、アラクネは大破したものが半分、ケルベロスは動力部とコックピットは無事だったが手足とカメラアイが壊れて戦闘不能となっている。
 その一方、敵の戦い方に首をひねる者もいた。死者が出ていないのだ。
「あれだけの戦力を撃破するなら兵士もろとも殲滅できるはずなのに……変な連中ですね」
 ポセイドンが呟いた。彼はアルカディアの海軍の司令官であり、のちにギリシア神話の海の神となる男だ。そんな彼の経験上、こんな戦い方をする敵は今までにいなかった。
「アルテミス、どう思う?」
 ポセイドンは、そばにいた女性――といってもまだ少女と言える歳の女性に聞いた。アルテミスと言い、こちらは神話の月の女神となる女性だ。
「何か、別の目的があるんじゃないかしら? あとでハーデスが送ったデータを解析してみましょう」
 ソールの予想通り、戦闘の記録はケルベロスから転送されていた。解析自体は既に彼らの部下が行っている。やがて解析作業が終わり、2人はその作業室に通された。
「まずは……この竜型の兵器からか」
 ポセイドンらが最初に見たのはニーズホッグのデータだった。
「使う武器が吹雪のブレスか。普通は、鉱物系の実弾か熱線が武器なのにな」
 さらに解析するとスピードや耐久力が打ち出された。もっとも数時間の交戦なので、完全に把握しているわけではない。が、ケルベロスの送ったデータから予測を立てることはできる。例えば、スピードであれば1秒以下の単位で速度を測る文字がモニターに出ているので、目の前を通過する速度とその時間から解析できるのだ。
「こちら側の攻撃を凍らせることもできるんだろうな。なかなか手強い」
「装甲の破片から、出身地域も解析できるわよね?」
「今、データが出ます…」
 画面に出たのは、アルカディアが主に使う青銅ではなかった。
「グラムという鉱石ですね」
 主に、北欧で採れる鉱石である。後世において北欧神話の剣として知られるものだ。
「じゃあ、こいつは北欧の兵器ってことね。アスガルドで造られたのかしら?」
「でもアスガルドは外に侵略しないだろう。あそこは独自のエネルギーシステムがあるから、資源を確保する目的で戦争を仕掛けないよ」
 謎を残したまま次の兵器・ケートスを解析した。
「何だこれは。スピードもないし空も飛べない。おまけに、装甲がつぎはぎじゃないか」
「何でこんな役に立たなそうな兵器がいるのかしら?」
 ソールでなくともケートスの評価は散々なものだった。
「破片から解析してみると……って分からないですね。いろんな金属が混ざっているようで」
「出身地域不明なのね……」
「いや、そうでもないぞ」
 ポセイドンはきっぱり言った。いろいろな金属が混ざっていて、なおかつ不格好なつぎはぎの装甲と言うことは、資源が少ないか経済的に貧しい地域の出と推測できる。
「恐らくアレクサンドリアより南の地域だろう。あの辺りは発展途上の地域だからな」
「なるほど」
 そして、最後の1機――フェニックスが映された。
「もしかして、これがアポロンの開発した戦闘機か?」
「全身が炎に包まれたような機体ね」
 武器は、解析した限りでは尾から放つミサイルだった。しかし、写真を見ると砲撃部分もあるので他に武器がありそうだった。
「装甲の解析はできません」
「え、何故?」
「破片が解析できないのです、というより、破片がないのです」
 映像を見た限りではケルベロスと最も長く戦っていたのはこの機体だった。それもかなりの激闘だったはず。損傷していないわけがない。疑問は深まるばかりだ。
「謎が解けたと思ったら、新しい謎が増えてしまったわね……」
 アルテミスはこのとき、近いうちにこの敵と交戦することになるとは予想だにしていなかった。
 一方、グールヴェイグはロキの先導でカッパドキアの西端に着いた。
「ここに何の用があるんだ? ロキ」
「ここにある鉱石が必要なんだ。それをいただいていく」
 ロキは乗組員数人にそれを取ってくるように命じた。乗組員たちは防護服のようなものを着込んで外に出た。
「何だか仰々しいわね」
 アンドラも不審そうにつぶやいた。
「ここには、テュルフング鉱石が眠っているんだ」
「テュルフング鉱石?」
 ソールも首を傾げた。聞いたことがあるようなないような……。
「このグールヴェイグの動力源だ。北欧では今、主流のエネルギーとして注目されている。ただ……」
 ロキ曰く、テュルフング鉱石はその力が非常に大きいという。ガイアの血は燃やしたり爆発させたりして動力を得るが、この鉱石はその核部分を破壊することでエネルギーを生み出す――現代で言う核エネルギーだ。このテュルフングは、後世の北欧神話において、持ち主の邪悪な欲望を叶えつつも、最後には破滅させる魔剣として知られていく。
 毒性が強く、少量でも爆発すれば都市一つを壊滅させ、人体にも悪影響を及ぼす危険なエネルギー源なので、乗組員に完全防備をさせた上で採りに向かわせたのだ。願いと破滅を同時にもたらす、魔剣・テュルフングの名にふさわしいエネルギーだった。
「なるべくなら危険な目には遭わせたくないが、採ってこなくては最終目的が達成できないからな」
 ソールは冷や汗を流した。ガイアの血が温暖化や貧しい地域の搾取を助長している一方、そんな危険なエネルギーがあったとは……。しかも、グールヴェイグの目標に欠かせないだと。
(こいつらとも長くつき合うわけにはいかないかもな……)
 最初にロキを見た時、うさんくさいと思っていたが、漠然とした不信感が確信に変わった。
 やがて、補給が終わり進路をアルカディアに向けて発進した。

 地中海に差しかかる前夜、ソールはフェニックスの整備をしていた。
 恐らく、アルカディア軍は総力を結集してグールヴェイグを迎え撃ちにくるだろう。戦いの最中に整備はできないことが考えられる。念のため機体のメンテナンスをしておいた方が良い。
「それにしても……」
ソールは思うのだ。何故、アポロンはこれを開発したのか。サンギルドシステムが、ガイアの血を使わずに済む次世代のエネルギーというのは画期的だ。
しかし、それならサンギルドシステムをもっと普及させる活動を地道にすればよかったのではないか。何故、よりによって戦闘機を……?
「ん? 何だこれ?」
 ソールは、操縦桿の右奥に置かれたあるものに気付いた。黒くて、現代でいうスマートフォンくらいの大きさである。
「パピルスメモリーか……」
 パピルスとはこの時代の紙である。パピルスメモリーとは現代のCD-RやUSBのようなもので、この時代のデジタル記録メディアなのだ。
 ソールは中を確認しようとフェニックスのタッチパネルに繋いでみた。すると、アポロンの映像が映し出された。
「アポロン……」
 今は亡き師がそこにいた。そして、アルカディアに向けて何かを話し始めたのだ……。

 ――その映像を見たソールは、強く決意した。この映像を、必ずアルカディアに届けると――
その日は穏やかな気候だった。地中海の波も凪の如くと言えた。
 しかしその平穏な日が、アルカディアの歴史に残る激動の日になろうとは誰も予想していなかった……。

 その日の朝、アルテミスとポセイドンはいつものように地中海の警護にあたっていた。ケルベロス部隊はその後回収された。ハーデスは怪我を負ったためしばらく療養することになっている。
 それにしても……気がかりだったのは、例の連中だった。
「あれから数日経つけどどこにいったのかしら?」
 アルテミスは最初、追っ手として志願した。しかし、ゼウスが地中海を守る主力としてどうしても外すことができないと、首を縦に振らなかった。
 ちなみに、アルテミスは地中海上空を警護するセイレーン部隊のリーダーだ。同じ隊伍を組むパイロットとして、カリストー、セレネがいる。いずれも女性だ。
 機体のセイレーンは極めて小型の戦闘機だった。のちにギリシア神話で、航海する者を惑わす海の魔女と伝えられていく。一見すると、攻撃するための砲や爆撃用のミサイルを搭載する箇所がない。初見の者はこれで一体どんな戦闘ができるのかと首を傾げるだろう。
 一方、ポセイドンが載る機体は浅瀬に屹立する巨大な蛇型の兵器・ヒュドラだ。全身に砲身が30本近くはある。接近した敵を乱射して仕留めるタイプの兵器だ。
「まあ、誰かが守りを固めておかなくてはいけないからな」
「ねえ、あいつらここに攻め入ってくることは考えられないかな?」
「それはないだろう」
 いくら何でもそれは無謀すぎる。ポセイドンにしてみれば、もしアルカディアに攻めるのであれば他のゲリラ組織などに呼びかけて大きな勢力をつくってからである。でなければ圧倒的な兵力の差によって返り討ちにあるのがオチだ。
 しかし次の瞬間、ポセイドンの常識が根底からひっくり返る出来事が起きた。
「エマージェンシー、南東から未確認の飛行物体が接近!」
 司令部からの警報だ。
「え?」
「ちょっとまさか……」
 すぐにモニターを開くとかなりのスピードで接近してきているのが分かる。
「ポセイドン!」
「アルテミスの予感が当たったな、迎撃するぞ!!」

 グールヴェイグは最高速度で地中海を突っ切っていた。スピードを緩めたら四方八方から集中砲火を受けるかもしれない。短期決戦しかアルカディアを攻略する道はない。
「いいかみんな、沿岸に着いた瞬間、3機を放り投げるぞ」
《おう!》
《まかせて!》
 フェンリルとアンドラは意気揚々と叫んだ。
《アンドラ、絶対に無茶はするなよ》
 ソールは注意を促した。ケートスの状態はケルベロスと戦う前より悪くなっている。下手をしたらこの戦いで大破するかもしれない。
《わかってるわ!》
「みんな、武運を祈る!」
 ロキがそう叫ぶと、フェニックス、ケートス、ニーズホッグは、グールヴェイグの格納庫から発進した。

 フェニックスは空中に踊り出ながら旋回し、海岸に向かって突進した。視認した限りでは浅瀬に巨大な兵器・ヒュドラが立っている。それに向けて攻撃をしようとしたら向こうから何かが発射されてきた。
 とっさに操縦桿を切って回避した。次から次へと発射されてきたのは水だった。
「まさか、地中海の水を槍にして飛ばしているのか?」
 そう推測したのはヒュドラが足元から海水をくみ上げているように視認できたからだ。そうだとしたら弾は無限にある。
「フェニックスは熱や炎を武器にするから相性悪いな」
 ほかの二機はどうだ。ニーズホッグは回避しながら、吹雪のブレスで凍りつかせている。どうにか対処できているようだ。ケートスは何とか浅瀬についてアバリスの矢と水圧砲をヒュドラに浴びせているが、ビクともしていない。
「早くも劣勢かよ」
 愚痴を言っていると突然頭がグラッとした。
「な、何だ?」