The Sun-Gild Wing ――神話として語り継がれる超古代文明のテクノロジー

「ソール、本当なの? もう完成したなんて……」
イシュタムが怪訝な表情で聞く。そんなあっさりとできるものなのだろうか? しかしソールはしれっと答えた。
「やることは決まっているんだ。クラーケンが目撃されるラブラドル海盆でリヴァイアサンを待ち伏せして、迎撃システムで破壊する。目的がはっきりしていれば開発は早くできるさ」
 それにしても――とイシュタムは思う。こんな短期間で造れるなんて、才能としか言いようがない。
 とりあえずアルカディア海軍基地がある地中海のとある一画に行ってみると――そこには、紺色のボディをした大きな魚型の機械が浮いていた。全長は20mある。
「リヴァイアサン迎撃システム――コードネームはバハムートだ」
「バハムート…」
 イシュタムがソールの言葉を反芻する。バハムート――イスラム圏で巨大な伝説の魚とされ、後には最強のドラゴンとも言われるようになる幻獣である。これは潜水艦や軍艦のように乗り込むのではなく、ラジコンのように遠隔操作する兵器である。
 その翌日。ソールとイシュタム、アルカディア海軍の一部がリヴァイアサンの迎撃に向かった。

 ソールたちを載せたスキュラ戦艦はバハムートを連れてラブラドル海盆に向かった。ここでは巨大な烏賊・クラーケンが度々目撃されている。ソールはこの海域をリヴァイアサン迎撃ポイントに選んだ。
 バハムートには迎撃用の魚雷ミサイルをふんだんに搭載している。リヴァイアサンが近づいたらこのミサイルを全弾ぶちこむのだ。
「そんなにうまくいくのか?」
 海軍司令官のポセイドンが言った。この作戦に関しては、軍司令部はあまり大きく関与していないため、ポセイドンが出てくる必要はない。が、ソールがどのような機体を開発したか興味があり、同行したのだ。もっとも、ゼウスからも「見張っておけ」と命じられたのもあるが。
「まあ、1回で仕留められるかは正直分からないさ」
 珍しくソールが自信なさげに答える。
 理由は、リヴァイアサンのデータがほとんどないからだ。イシュタムから聞いただけではイメージができないし、何より海中の兵器はあまり詳しくない。最初の迎撃で失敗しても仕方なしとして、なるべくデータをとろうと思っているのだ。
 そうこうしているうちに――レーダーに未確認物体が移った。
「きなすったか」
 ソールは持ってきたモバイルを立ち上げ、タッチパネルにある魚のアイコンをタップした。スキュラの隣で待機していたバハムートの目が点滅する。
「いくぞ、バハムート」
 スキュラの中から操作すると、バハムートは起動して泳ぎ始めた。その先には、こちらに向かってくる細長い海蛇のような物体――リヴァイアサンがいた。
「よし、ミサイル発射!!」
 バハムートはリヴァイアサンに向けて魚雷ミサイルを発射した。数十発の弾丸が標的に向かっていく。しかし、命中すると思いきや――リヴァイアサンの前で向きを変えてミサイル同士がぶつかり、爆発した。
「な、何だ!?」
「仕留められたのか?」
 口々に言う兵士に対し、ソールは「いや……」と首を振った。リヴァイアサンの前には渦の壁のようなものが現れている。
「防御シールドか」
 攻撃を受けることくらい予測済みだ――フン・カメーのそんな声が聞こえてきそうだった。そしてリヴァイアサンとスキュラがすれ違った時、スキュラが大きく揺れた。
「うわっ!!」
「きゃっ!!」
 ソールは立っていられずに柱にしがみつく。さらにイシュタムはそのソールにしがみついた。それだけではない、スキュラが突然、旋回するかのように前後の向きを変えた。
「おい、旋回しろという命令は出してないぞ!!」
 ポセイドンが怒鳴るが、
「だめです! 海流が突然変化して舵が動きません!!」
「まさか、リヴァイアサンが海流を変えたのか?」
 しばらくすると揺れが収まり、海流も元に戻った。海兵の分析によると、リヴァイアサンは海流を震動させる波を起こしているらしい。
「ちっ、やはり一筋縄ではいかないか」
 ソールは、リヴァイサンが通過した先を見やった。すると、巨大な烏賊の脚のようなものが海面に飛び出て、海中に潜っていくのが見えた。この海域で目撃されたクラーケンだった。予想通り、烏賊に変形して海底に潜っているのだ。
「とんでもないものを見せつけてきやがる。だが、今度はやらせないぜ」
 1週間後。ソールたちは再びラブラドル海域にいた。バハムートにはミサイルのほか、水圧砲を取り付けている。かつてケートスに装備したものと同じだ。リヴァイアサンのシールドは海流の改変機能を応用させ、水中に渦を作って物理攻撃を防ぐものだから、その海流を凌ぐ水圧を発生させて防御シールドをこじあけられるはずだ。
 再びリヴァイアサンと対峙するバハムート。ミサイルと共に水圧砲も発射した。その水の圧力がシールドを破り、ミサイルがリヴァイアサンに届いたのが見えた。が、轟音が響いたのにリヴァイアサンはさしてダメージを受けていない。
「はあ? どういうことだよ!!」
 再びリヴァイアサンはソールを嘲笑うかのように通り過ぎていった。

 翌日。ソールは研究室にこもっていた。1度目は仕方ない。しかし、2度も迎撃に失敗するなど予想外だった。
「どうすればいいか…」
 珍しく頭を抱える。その脳裏にフン・カメーの嘲笑が浮かんだ。だまし討ちに遭い、軟禁された忌まわしい記憶がよみがえる。ああ、本当に忌々しい! あの野郎…!!
「ソール、ちょっといい?」
 イシュタムが部屋に入ってきた。
「あまり一人で抱え込むのは良くないわ。私も一緒に考えるから」
「ありがとう。でもなあ、海流とか専門外のことを付け焼き刃で学んでも限界があるよ。どうやったらリヴァイアサンを攻略できるんだ…」
「ねえ、こういう時は外に出てみようよ。ふとひらめくことがあるかもしれないし」
 イシュタムの提案に従い、外に出てみることにした。
 商店街を歩くと、アルカディアの日常はいたって平和である。時折、海産物の高騰を嘆く声が聞こえてくるが、切羽詰まっているほどではない。
 しかし、今は海産物の値上げで済んでいるだけで、海流の改変がどのような影響をもたらすか想像はできない。海水は雲になり、やがて雨となって落ちてくる。その水の循環システムをいじれば、集中豪雨や干ばつなどが起こるだろう。現に、局地的ではあるが集中豪雨が起きている地域もあり、影響が出始めているのだ。
「ソール?」
「んあ?」
 イシュタムに呼ばれ、すっとんきょうな声を出す。
「大丈夫? 口を半開きにして…」
 そんな間抜けな表情をしていたのか。
「ああ、大丈夫大丈夫…」と言うものの、頭の中はリヴァイアサンのことでいっぱいだった。これでは気分転換にはならない。
「ねえ、いっそ水族館に行ってみない?」
「水族館?」
「海の生き物の生態を見てみれば、攻略法が見つかるかも」
 それだ! 海のことは海の専門に教えてもらえばいい。早速、行ってみることにした。

 リヴァイアサンは海蛇の形をしている。そこで、海蛇をはじめとした細長い生き物を観察した。基本的にくねくね動くだけだが、ここに海流を変える力が発動する。
「なかなか弱点が見えてこないなあ……」
 彼ら生き物を見ると、横からの攻撃には弱そうだった。そこを付けばなんとかなりそうな気もするが、海流のシールドで弾かれるだろう。
「あ、ソール。蛸さんと烏賊さんもいるよ」
 イシュタムが無邪気に指さす。彼らは8本、10本の脚で水中を進んでいく。脚を曲げて力を蓄え、ひゅっと蹴るようにして推進力を生み出すのだ。そしてまた脚を曲げ、蹴って進む――その繰り返しだ。
「……」
 ソールの脳裏にクラーケンのことが浮かんだ。なぜ、リヴァイアサンは烏賊の形態になって深海に潜るのだろう? そして、今見た烏賊の動き――。
 突然、ソールはベンチに座って帳面を取り出し、なにやらメモをし始めた。それを見てイシュタムは「ひらめいたんだ」と悟った。

 数日後。3度目の正直ということで、またまたラブラドル海盆にやってきた。
「今度はうまくいくといいね」とイシュタムがやや不安げにつぶやく。それに対してソールは「今度は大丈夫だ」と言った。自信に満ちた表情は、成功を確信させるものだった。
 早速、レーダーに未確認物体の反応があった。
「来た」
 ソールはバハムートを発進させた。しかし、今度はリヴァイアサンに向かっていくのではなく、海流が深海に潜るポイントに向けている。
「どうして?」とイシュタムは不思議そうに見ている。やがてリヴァイアサンがやってきた。深海に潜るために尾を10本に分けつさせ、先頭を下に向けた。10本の尾――つまり烏賊の脚が上に向けられ、曲がったその瞬間――
「ミサイル発射!!」
 ソールがボタンを押すとバハムートが魚雷を発射した。また海流のシールドに阻まれる――と思いきや、魚雷全てが命中した。激しい音とともに、リヴァイアサンがバランスを崩す。
「よし!」
 さらにソールはバハムートを突進させた。魚の口の部分には赤く光るものが見える。バハムートはリヴァイアサンに近づくと、口から槍のようなものを発射し、リヴァイアサンの腹に突き刺した。
「エネルギー充填、爆破!!」
 ソールがレバーをぐいっと押すと、バハムートの後部からエネルギーが送り込まれた。そして、それはリヴァイアサンの内部に注ぎ込まれ――2つの物体は大爆発を起こした。
 その熱量と炎は北極近くの氷を一瞬で溶かし、暗い夜空を赤く染めた。
「い、一体何がどうしたの?」
「リヴァイアサンも無敵じゃなかったってことさ」
 海蛇の形状では隙がなかった。しかし、烏賊の形態で深海に潜る時に脚が曲げられる。この時は動きが止まり、ほぼ無防備になる。そこにミサイルを打ち込んだのだ。さらに、それだけでは仕留められないと考えて、バハムートにエネルギー注入型爆弾を配備し、突進させたということだ。
「バハムートには悪いことをしたけど、これで任務は済んだ」
 ソールはそう言うと、持っていたバハムートの設計データとリヴァイアサンを調べたデータを、その炎に向かって投げ入れた。
「いいの、ソール? せっかく開発された技術なのに…」
「ああ、今はこれでいいんだ」
 ジオエンジニアリングの技術はいずれまた発見され、開発されるかもしれない。しかし、その前に人間の技術への倫理観が育っているように――。
 そう祈りながら投げ入れたのだった。
名前
①所属国・地域②年齢③性格や強みなど


フン・カメー
①シバルバー②39歳③シバルバーのネオフラカンシステムの開発者にして研究者。自身の技術と知識に絶対の自信を持っている。性格は短気で癇癪持ちで傲慢。ネオフラカンシステムを批判されることが嫌い。頭脳は優秀だが、性格に難があるため、詰めが甘いことが多い。モデルはマヤ神話の冥界の支配者の一人であるフン・カメー。


ヴクブ・カメー
①シバルバー②35歳③フン・カメーの弟で同じくネオフラカンシステムの研究者。沈着冷静で物腰が丁寧だが、中身は冷酷で自分以外のものを道具としか見ていない。モデルはマヤ神話の冥界の支配者の一人であるヴクブ・カメー。


イシュタム
①トゥラン→シバルバー→アルカディア②19歳③シバルバーの研究者。専門は脳科学。フン・カメーたちに軟禁されていた。性格は気弱で繊細。自分を否定された生い立ちにより、自己肯定感が著しく低い。その性格を克服すべく、サイコパスになれるカウィール・シナプス装置を開発してしまう。モデルはマヤ神話の自殺の神・イシュタム。
コードネーム
①メインパイロット②所属③装備④意匠⑤特徴


シパクナー
①フン・カメー(外から操縦)②シバルバー③炎熱フィールド④赤みのかかった金色。巨大な人の顔⑤ネオフラカン研究所で開発された兵器。ネオフラカンシステムを組み込み、遠隔操作もできる。敵の熱エネルギーを吸収して無力化できる。モデルはマヤ神話の巨人・シパクナー。


カブラカン
①ヴクブ・カメー(外から操縦)②シバルバー③寒冷フィールド④青みのかかった銀色。巨大な人の顔⑤ネオフラカン研究所で開発された兵器。ネオフラカンシステムを組み込み、遠隔操作もできる。敵の熱エネルギーを凍結させて無力化できる。モデルはマヤ神話の巨人・カブラカン。

ケツァルコアトル
①イシュタム②シバルバー→アルカディア③白熱の牙④翼の生えた白い蛇⑤イシュタムが極秘に開発した戦闘機。素人でも乗りこなせるようネオフラカンシステムでフォローできる。ミサイルや光線は装備せず、牙で敵をえぐるドッグファイトをする。カウィール・シナプス装置を発動させると、パイロットはサイコパスに陥り、敵を殲滅することをためらわなくなる。モデルはマヤ神話の蛇の神・ケツァルコアトル。

リヴァイアサン
①ー②シバルバー③海流振動、塩分操作④巨大な黒い海蛇⑤フン・カメーが極秘に開発した海流改変システムで、無人潜水機。大西洋と南極を絶え間なく動き続ける。海流を振動させたり、塩分濃度を変えたりして、シバルバーに有利な海の資源を集めさせる。深海に潜る際、尾を10本に分割して烏賊の形態・クラーケンになる。モデルは伝説の海蛇・リヴァイアサン

バハムート
①ソール(遠隔操作)②アルカディア③魚雷、水圧砲、サンギルドニードル④紺色の巨大な魚⑤リヴァイアサン迎撃システム。リヴァイアサン同様、機体に人は搭乗しない。モデルはイスラムの巨大魚・バハムート。
 シバルバーの事故から半年――ソールはそれまでの人生で最大の危機に直面していた。ソールだけではない。ペルセウスもアンドラもアーレスも、すべての人間が最大の危機に直面していたのだ。
「テュルフング・ミサイル、あと40分でアスガルドに着弾します!」
 悲痛な報告を聞きながらソールは心の中で毒づいた。
(ロキの野郎……!)

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 半年前。シバルバーが大西洋の海中に沈むという前代未聞の事故は、世界中に衝撃を与えた。死者・行方不明者は合わせて十数万人で、そのほとんどが海の中の藻屑となったのだ。
 フン・カメーは中央研究所から脱出できなかったと考えられるので、そのまま死んだのだろう。遺体の回収は不可能と思われている。ヴクブ・カメーの生死は確認できず、行方不明のままだ。
 ケツァルコアトルはシバルバー中央研究所と一緒に海に飲み込まれた。引き上げることは可能だろうが、また使えるようになるかはわからない。そもそもアルカディア軍が回収するつもりなのかも分からないが……。
 イシュタムはその後、アルカディアに身を寄せている。ソールの隣の部屋が空いていたのでそこに入った。ときどきソールの研究を手伝っているようで良き研究仲間となったようだ。シバルバーやケツァルコアトルのことはほとんど話さないが、お互いに頭の片隅には残っているのだろう。
 ちなみにイシュタムはソールに多少の好意を寄せ始めていて、アンドラや周りの女性は応援しているもののソールは恋愛に無頓着で研究に夢中らしい。
「朴念仁ねえ」とはアンドラの言葉だ。

 事故後、リヴァイアサンによる海流変動現象が起こったものの、世界的に広く知られることがなく、ニュースでも取り上げられることがなくなった。そんなこんなで、しばらくは平穏な日々が続いていた。しかし北欧のある出来事を境に世界が震え上がる事態に急展開していったのである――

「アスガルドへ行くだと?」
 ソールは戦闘機を整備していた手を止めてペルセウスに向き直った。
「ああ、アルカディアの主だった軍人が行ってくる。その中にお前もリストアップされているんだ」
「何で北欧の一国に軍人が行くの?」
 横にいたイシュタムが尋ねた。
「アスガルドとアルカディアは同盟を結んでいるんだ。今回はゼウスの表敬訪問とともに軍事演習もかねている」
 アスガルドは、北欧神話に出てくる神々の住む国である。シバルバーの事故では、アルカディアと協力して被災者を助けた。
「期間は長いのか? というかアンドラと赤ちゃんは大丈夫なのか?」
シバルバーの事故後まもなく、ペルセウスはアンドラとの間に子供が生まれた。初めての育児ということでアンドラもペルセウスも苦労しているようだ。
「シッターもいるし、期間は1週間だからなんとかなるさ。それよりソール、お前の予定も空けておいてくれよ」
 こちらからのメンバーは政府の関係者、もしくは役職の高い軍人だ。その中にソールが入れられたのはサンギルドシステムの紹介も視野に入れているからとのことだ。
「…今度は大丈夫なんだよな」
 ソールはシバルバーのことを皮肉交じりに言った。シバルバーもアスガルドもアルカディアもこの時代では世界有数の大国である。現代で言えば米中露と言ったところか。
 しかし、そのうちの二国でソールはさんざんな目に遭っている。アスガルドも同様の事態になることを考えるのは自然なのだろう。
「それはうがった見方だ。アスガルドは大丈夫さ、今度はゼウスも行くからな」
 だから余計に心配なんだよと、ソールは心の中で毒づいた。
 ソールとゼウスは基本的に犬猿の仲だ。ソールはアポロンやオシリスの死をまだ許せていないし、ゼウスもアルカディアを混乱させたソールを許せてはいない。お互いに廊下ですれ違っても挨拶どころか目も合わせない。
 そして単に個人的な感情だけでなく、ゼウスの政治手腕にも疑問を抱いていた。アポロンのメッセージを伝えてからゼウスはガイアの血を削減していくかと思っていたが、一向にその気配がない。それを人づてに伝えたら「だったらお前がサンギルドシステムを一般化してみろ」と返ってきた。以来、ソールは研究に没頭、というより意地になっている。
 そんなわけであまり気乗りはしなかった。しかし、気になることがあったので結局行くことにした。

――グールヴェイグはどうしているだろうか?
 それがソールの気がかりなことだ。
 グリフォンとの一戦で戦線を離脱し、そのまま行方不明になっている。フェンリルやヨルムンガンド、そしてロキが今何をしているのか気になった。
 それは彼らへの友情というものではない。何かを企んでいるように思えたからだ。特に艦長のロキはいつもヘラヘラ笑っているが目がすわっていて、何を考えているか分からないところがあった。アンドラと一緒にグールヴェイグにいた時は言わなかったが、ソールはロキのことをあまり信用していない。
――おまけにテュルフング鉱石なんて代物を扱っているときた。
 テュルフング鉱石とは核反応を利用したエネルギー…原子力の元になるウランのことだ。以前、グールヴェイグがどこかでテュルフング鉱石を収集したのがずっと頭の片隅に残っている。ロキが後世に残る北欧神話で災いをもたらす神と知っていたわけではない。しかし、嫌な予感はふくらむ一方だった。
 アスガルドをはじめ北欧は、テュルフング・エネルギーの利用が活発な地域だ。これだけの材料が揃うと、きな臭さを感じずにはいられなかった。
 アスガルドへの団体は大所帯だった。ゼウスを筆頭に取り巻きの大臣、そして軍の首脳部。この中にソールが交じるのは妙な光景だった。政府専用の航空機と、ペガサス、グリフォン、ケルベロス、セイレーン、フェニックスを載せた輸送機がアスガルドに到着したのは昼過ぎである。
「ようこそ皆様、お待ちしておりました」
 アスガルド側も大勢で出迎えてきた。先頭の背の高い男が元首だろうか?
「オーディン閣下、歓迎いたみいります」
「ゼウス閣下もお変わりなく」
 社交辞令とも言える挨拶が交わされた。オーディンとは北欧神話の最高神であり、神々の父とも言うべき存在だ。
 その後は会食になった。そばには大柄な男や美男子とも言える男、女性も数人いる。政府の高官や軍人たちはそれぞれ歓談を楽しんだ。が、ソールはというと食事をしながらこっくりこっくりと船をこいでいた。
「おい、ソール」
 小声でペルセウスがたしなめる。
「あ? 何?」
「お前も客人として呼ばれているんだから、少しは場の空気を読め」
「ここでの話って眠くなることばかりじゃないか」
 歓談の内容は政治経済や世界情勢、それに基づく各国のパワーバランスなど政治面の新聞記者がいたら垂涎ものばかりだ。しかし、技術屋のソールからすれば子守歌に等しい。この男は、自分が興味のある科学技術のことに関しては目を光らせるが、それ以外で興味のないことはどこまでも興味を示さない。
「まあ、ここのメシってボリュームあるからそれはそれでいいけど」
「お前な…」
 ペルセウスは額に指を当てて顔をしかめた。そもそもこの男に「空気を読め」ということが無理な話なのだろう。
「君がソール君かね」
 ソールの前に大柄な男が立った。いかめしい強面だったが笑顔は愛嬌がある。後で聞いたところによると多くの国民からも慕われている男だ。
「私はアスガルドのトールという者だ。君がサンギルドシステムを開発したと聞いているが……」
 トールは顔をほころばせながら言った。トールは北欧神話の雷神で、オーディンについで有名である。
「開発したのは俺じゃないっスよ」
 ソールはアポロンのことを正直に話した。ついでにゼウスの命令でアレクサンドリアがめちゃくちゃになったこと、自身も散々な目に遭ったこと……。
「普通、こういう場では自国の元首を悪く言わないものだけどな……」と苦笑するトール。
「すいません、あいにく大人の社交辞令というのが苦手な若造なんでね」
 遠くにいるゼウスをちらっと見やり、皮肉交じりに答えた。
「あの親父も俺がサンギルドシステムを使えなければとっとと死刑にしていたでしょうね」
「そのサンギルドシステムだがぜひ見せてほしい」
 トールは新しい技術に興味津々のようだ。
「我がアスガルドはテュルフングの力の恩恵を受けている。インフラのエネルギー、軍事力などでだ。しかし危険な一面もあり、他のエネルギーも確保した方がいいという声が各方面から寄せられているのだ」
 トールが言うには、地下資源であるテュルフング鉱石の採掘量は限界がある。ガイアの血を採掘しようにも北欧には油田があまりない。そのため新しいエネルギー開発は喫緊の課題なのだ。
「いいですよ。明日の軍事演習でフェニックスの機能を見せますよ」

 翌日の合同軍事演習は、アスガルド郊外で行われた。中心にある華やかなワルハラ宮殿とは違い殺風景なところだ。
アルカディアは輸送してきた四機の戦闘機を飛ばした。一方、アスガルドはスレイプニルという戦闘機を20機ほど使っている。スレイプニルは北欧神話に登場する馬で、主にオーディンが乗る馬として有名である。精鋭機揃いのアルカディアに対し、アスガルドは量産型の戦闘機だ。機能面では雲泥の差がある。
午前は双方の戦闘機での模擬戦が行われ、午後はトールの願いもあってフェニックスとスレイプニルで、一騎討ちの模擬戦となった。
《トールさん、それじゃ約束通りいきますよ》
《おう》
 トールはスレイプニルに乗り込み、フェニックスと対峙した。そして打ち合わせ通りフェニックスの左翼にミサイルを一発当てた。
 轟音が虚空に響いたが、間もなく被弾したフェニックスの左翼が光りはじめあっという間に修復した。
《これは素晴らしい!》
 トールはうなった。他のアスガルドのメンバーも地上から拍手を送っている。
「こんな技術を手に入れるとは、ゼウス閣下やりましたな」
「どうもありがとうございます」
 オーディンの賛辞をゼウスは無感情に受け取った。確かにサンギルドシステムは素晴らしいが、それを使うのがあのソールというのが忌々しいというところだろう。さらにもっと気にくわないのはこの技術が使えるのは、今のところソールだけということ。アポロンから直接教えられたのはあの男だけなのだから……。
《いやあ、いいものを見せてもらった。ソール君、ありがとう》
《どういたまして》
 ところが……そろそろ着陸しようとフェニックスが高度を下げ始めた瞬間、三時方向の森から何かが飛んできた。
「うわっ!」
 かわしきれずに尾に着弾した。それを見ると……
「凍っている!?」
 しかもこの凍り方は見覚えがある。
《久しぶりだな》
 森から現れたのは――ニーズホッグだ!
《ヨルムンガンド!!》
 声で分かった。が、再会を喜んでいる場合ではない。明らかに攻撃を仕掛けてきた。
《何のまねだ!!》
 ソールにしては珍しく声を荒げた。すると、今度は九時の方向から何かが飛んできた。今度はかわしたがフェニックスの腹部に傷を負った。
「お、狼!?」
 ニーズホッグより一回り小さいが飛行する狼型の機体だった。そして、そこから聞こえてきた聞き覚えのある声に、ソールは愕然とした。
《お前の力が必要なんでな。ご足労悪いが来てもらうぜ》
「フェンリルか!」
 かつての戦友の声に戦慄した。と同時に、狼とニーズホッグの攻撃に追い立てられ、フェニックスは西の空へ消えていった。
 残された面々は呆然としている。
「……さっきの竜って、以前ソールたちの仲間だったよね」とアルテミスが独り言のようにつぶやいた。
「う……」
 ソールは目を覚ましたとき、冷たい床を頬に感じた。
(何だか俺ってこんな仕打ちが多いな……)
 頭をふって意識を覚醒させた。どこまで覚えているだろうか? まず、トールと模擬戦をやってフェニックスのサンギルドシステムをお披露目した。着陸しようとしたらニーズホッグが出てきて、さらには狼のような戦闘機も出てきた。で、追い立てられているうちに西の方へ逃げに逃げて途中で撃墜されて……
「そこからの記憶がない……」
 腹減ったなあと思いつつ辺りを見渡した。腹が減っているのでけっこうな時間が経っているだろう。暗闇に目が慣れてくるとよろよろと立ち上がった。
「ん? 見覚えがあるな、ここ……」
 はっとした。自分がアレクサンドリアから脱出した後に身を寄せた場所だった。
「グールヴェイグ戦艦!?」
「ご名答」
 声の方を振り返った。そこにいたのは、笑顔の中に凍るような目を浮かべる端正な顔……。
「ロキ!!」
「やあ、久しぶりだな。活躍は方々で聴いているよ。元気にやっていたんだね」
 手をあげてなれなれしく挨拶する様子は、相変わらず何を考えているか分からない。
「……かつての仲間を不意打ちで強制的に歓迎とはな」
 ソールは引きつった笑みを浮かべた。あのときの直感は正しかった。こいつはやはり信用できない男だ。
「そうにらむなって。そうだ、久々に格納庫に来いよ。みんな会いたがっているぜ」
 罠に決まっている。が、フェニックスもないし今の自分には他に選択肢がない。しぶしぶついていくことにした。
 小さい戦艦なので格納庫まではすぐだ。そこには、ニーズホッグに先ほどの狼と、別にもう一機の狼がいた。フェニックスはその奥に鎮座している。そして、かつて一緒に戦ったフェンリルとヨルムンガンドら戦友もいた。
「よう久しぶり…ずいぶんなお出迎えだったな!」
 笑顔で言うなり、ソールは突然フェンリルに殴りかかった。が、2人の間に見えない電気の壁のようなものが立ちはだかり、ソールはその場に倒れた。
「……ってて」
「悪いけど君からの教訓を生かして、新しい方法で拘束することにしたんだ」
 この声も聞き覚えがある……奥の暗がりから出てきたのは……
「ヴクブ・カメー!!」
 死んだんじゃなかったのか……!! いや、行方不明だったが死亡は確認されていなかった。それにしてもどういうことだ!?
「君は以前、僕らの作った拘束チョーカーを外してしまった。その教訓から、君を拘束するんじゃなくて君以外の人間を守ることにしたんだ」
 発想の転換だよと微笑んだ。どういう経緯か知らんが、よりによって危険な2人が手を組んだ。最悪だ。
「フン・カメーの敵討ちか?」
「傲慢な兄貴のことなんてどうでもよいさ。このグールヴェイグの諸君と目的が同じだから、同盟を組んだんだ」
「目的だと……」
 おおよその見当はついている。
「ソール……」
「断る」
 きっぱりと言い放った。
「おいおい、まだ何も言っていないけど……」
「サンギルドシステムを利用させろ、だろ? ばかの一つ覚えか」
 まあ聞けよ、とロキ。
「君は今アルカディアにいるんだろ? 何で師匠の敵であったところに身を寄せているんだ? しかもアルカディアは、俺たちの敵であるアスガルドと同盟関係だ。同じ敵同士仲良くしようじゃないか」
 アスガルドが敵? 以前聞いたような記憶があるようなないような……。
「俺が嫌いなのは元首のゼウスだけだ。それ以外の連中はアポロンの意志を尊重してくれている。俺をお前らと一緒にするな」
 じゃあしょうがないと、ヴブク・カメーはヘルメットのようなものを取り出した。
「な、何だそれ」
「君の頭脳にある記憶などを引き抜く機械だ。人体実験で成功済みさ。もっとも被験者はその後精神障害を起こして自殺したがね」
 どこまで腐っている! 罵声を浴びせたものの体がまだ動かない。ヴブク・カメーはヘルメットをソールにかぶせた。が、ソールはとたんに体をひねって頭を床に打ち付け、ヘルメットを破壊した。
「な、何するんだ!!」
「そんな大事なものなら金庫にでもしまっておけよ!」
 体が動く。ソールはフェニックスまで走り、コックピットに飛び乗った。
「よし、脱出だ!!」
 機動させた……はずだが動かない。
「何でだ!?」
「ああ、ガイアの血はすべて空にしておいたから」
 ロキがニヤニヤしながら言った。
 やられた! フェニックスのスターターはガイアの血がなければ動かない。しかも改造したとき、ガイアの血を補給できなくしてしまっている。
「観念しなよ、ソール」
 そのとき戦艦が傾いて格納庫の後ろのハッチが開いた。固定していなかったフェニックスはそこからソールもろとも滑り落ちてしまった。
「うわあっ!!」
 虚空にフェニックスの赤い翼が舞った。しかしその翼はもう空を飛べない。
「あーあ、もったいないことしたなあ」
 ロキが独り言のようにつぶやいた。
「説得できなかったら殺すっていったのは君だろう」
 ヴブク・カメーが文句を言う。
「ま、しょうがないか」
 そう言って落ちていくフェニックスを見ていた2人だが、表情がこわばった。突然、フェニックスの胴体が光り始めたのだ。
「ちっ、情けない! こんなところで死ぬわけにはいかないのに……!」
 落ちていくコックピットの中で、ソールは手当たり次第にボタンを押した。フェニックスに乗り始めたハーピー戦で似たようなピンチがあった。そのときは赤いボタンを押して自己修復機能を作動させて助かった。が、今はそれもできない。
 すると視界に朝日が入った。
「夜明けか」
 太陽の光を浴びながら死ぬのも悪くはないかと思った矢先――フェニックス全体が光り始めた。
「何だ!?」
 光はどんどん強くなっていく。そして朝日が完全に昇り切るとフェニックスの光はさらに強くなり、エネルギーゲージが一気に満タンになった。ガイアの血を入れるタンクが剥落し、空中で爆発した。
「これはいったい……」
 ソールはハッと我にかえり、地上に激突しそうなところで操縦桿を急上昇させた。
「助かった……」
 しかしこれはいったいどういうことだ。サンギルドシステムの次の進化形態なのか!?
(アポロン、あんたはどれだけ俺を驚かせるんだよ……)
 呆れている場合でもない。あの危険なグールヴェイグを叩きつぶさねば。操縦桿を引いてフェニックスを上昇させ、敵戦艦に向かって突進した。
《ずいぶんやってくれたな、覚悟しろ!!》
 テイルブレードショットが分散し、戦艦を包囲したと思ったら一気に突撃した。
「こりゃすごい!」
 グールヴェイグにできた弾痕を見ると、鋭利な刃物で切り裂いたようになっている。以前の攻撃より威力が格段に上がっていた。
 さらにソールは、フェニックスのくちばしからエネルギーレーザーを発射した。グリフォンのものには劣るが、それでも敵機を貫通するには十分な威力で、グールヴェイグの後方に命中した。
 しかもエネルギー残量は減っていない。無限だ。
《ソール!!》
《アーレス!!》
 グリフォン、セイレーン、ケルベロスが到着した。グリフォンは足で抱えていたケルベロスを地上に放つと、早速ケラウノス光線で攻撃を開始した。
 ケルベロスは、地上からグールヴェイグに向かって砲弾を発射し、セイレーンは敵戦艦を取り巻いて攪乱した。

「…おかしい」
 戦況は有利なのにソールは焦り始めていた。グールヴェイグに動揺の様子がないのである。敵機に囲まれて絶体絶命なのに。
「ロキのやつ、何企んでいる…」
 どうせろくでもないことだろうと味方に無線で注意を促そうとしたとき、グールヴェイグから3機の戦闘機が飛び出した。
「3機?」
 1機はニーズホッグ、2機目はフェンリルが搭乗しているだろう黒い狼、そして3機目は白い狼だ。
 ニーズホッグのブリザードブレスは攻撃範囲、威力ともに強くなっていた。荒野にあたると凍土並みに凍り付いた。
 黒い狼――機体を識別するとスコルと出たが、突進してきて牙でかみつこうとした。左翼をちぎられたが、自己修復で持ち直した。
 そして白い狼――ハティは、スコルと同じような俊敏な動きでアルカディア軍を翻弄している。この2機は、北欧神話で太陽と月を飲み込む狼である。
(この白いやつ、変だぞ。人間の動きらしくない)
 脳裏にヴブク・カメーの顔が浮かんだ。おそらくネオフラカンシステムを組み込んで自動操縦しているのだろう。
 こいつらここで叩きつぶさないと……ソールはフェニックスの操縦桿を握りレーザーとテイルブレードショットを放った。何だか嫌な予感がする……。
《ソール、あれ見て!!》
 アルテミスから通信が入った。その方向を見ると、グールヴェイグ戦艦が光り始めた。
「やっぱりな…何でこういう予感は当たるんだよ!!」
 すると、グールヴェイグの外壁が剥落していき、中から巨大な翼が現れた。さらに自ら卵の殻を破るように、くちばしで機体を崩し、中から現れたのは……鳥の形をした戦闘機だった。
「なんだって!?」
 まさかグールヴェイグそのものが巨大な戦闘機だったとは……。
 その戦闘機は体勢を整えるや否や、アルカディア部隊に向かって突進してきた。そしてくちばしから吹雪と炎のようなものを同時に吐き出した。
「はあ!?」
 全員が面食らった。これまで冷気系と火炎系のどちらかで攻撃する機体はいたが、同時にできるのは初めてだ。ほんの数秒しか視認できなかったが、どうやら空気を極限まで凍りつかせたり、灼熱の熱量を与えて攻撃するようだ。
《避けろ!!》
 アーレスの叫び声でどうにかかわしたが、当たった地面が激しくえぐれた。
「おいおい、あんなの食らったらひとたまりもないぜ」
 グールヴェイグ部隊は次々に攻撃を仕掛けてくる。このままではアルカディア部隊といえども危うい。
「アーレス、何とかならないのかよ!!」
《お前にそっくり返すぜ、その台詞!!》
 アーレスもアルテミスもハーデスも正規の軍人だ。正攻法では世界最強と言ってもよい。しかし、今の敵は奇襲などゲリラ的な戦いをする。不慣れであった。
 こういう場合は整備兵あがりのソールの方が強い。これまでも、フェニックスの性能を生かした戦法で戦いを制してきた。が、相手はうさんくささにおいてはソールをはるかに上回る。黄信号だ。
 そうこうしているうちに、ケルベロスが足に被弾した。
「ハーデス!!」
 上空から見ても分かる被害だ。
「まずいぞ、囲まれた!!」
 空域では敵4機に包囲された。集中砲火してくる気か!?
《ソール》
 からかうような声で通信を入れてきたのはロキだ。
《このフレスヴェルグは君らの機体をはるかに上回っている。悪いことは言わない、俺たちにつけよ》
「ろくでもない考えに乗る気はないね」
《ろくでもないのはアスガルドだ。個人からも国からも大切なものを奪ったんだ》
「あ?」
 通信のやりとりをしている間、敵機はぐるぐる回っているだけで何もしてこない。しばらくすると三々五々、散っていった。
「な、何なんだいったい!?」
 助かったという安堵の気持ちと、何を企んでいるか分からない気味の悪さが残った。
(アスガルドのやつら、絶対何か隠している……)
 ソールはそう感じた。
 グールヴェイグとの一戦から1週間。アルカディアの面々は、アスガルドの訪問を終えていったん帰国した。
 ゼウスにはアーレスから報告があったようだが、特に興味を持たなかったようで何も言わなかった。かつてソールと共にアルカディアを襲撃した連中なのに、ソールをしつこく目の敵にするのとは対照的だ。
 ところが、アスガルドの首脳部はグールヴェイグのことを話しただけで顔色が変わった。推理ドラマであれば主人公が何かを勘づくようなレベルだ。
「どうにかして探りを入れないとな……」
 そのことを、研究室を訪ねてきたペルセウスに言った。
「あのなソール、国家首脳部に詰め寄って自白させるなんてできるわけがないだろう」
 眠い目をこすりながら、ペルセウスは反論した。どうやら昨夜は赤ん坊がなかなか寝付かず、ほぼ徹夜だったようだ。
「そもそも正規の軍人の俺に話したところで、本来なら拘束ものだぞ」
 やるなら勝手にしろ、と言って去って行った。
「どうするの? ソール」
 イシュタムが心配そうに尋ねた。もともと気の弱い彼女はこのようなきな臭いことが苦手なようだ。
「別に好きにするさ。まずはアスガルドの歴史を探ってみないとな」
 なぜか目がらんらんと光るソール。こちらはきな臭いことは慣れている。

 ソールは図書館に行って歴史の本を調べた。アルカディアの中央図書館では、自国だけでなく世界中の蔵書が読める。ソールとイシュタムは、世界史の棚に行って一番読みやすそうな図鑑から取り出して読み始めた。
 いくつか読んでみると、次のようなことが分かった。
 北欧圏には数カ国があり、盟主とも言えるのがアスガルドだった。20年近く前まで、北欧は群雄割拠とも言える殺伐とした状態だったが、アスガルドのある行為がそれに終止符を打ったのだ。それは、ホウズとゲイボルクという強力な爆弾により、アールヴヘイムとスヴァルトアールヴヘイムという国が滅ぼされた事件だ。ホウズ、ゲイボルクは北欧神話の武器、二つの国は神話上の妖精の国と語られていくことになる。
 その爆弾は――テュルフング鉱石を使っていたのだ。まるで、広島と長崎を壊滅させた原子爆弾を彷彿とさせる。
「で、両国合わせて70万人の死者が出たと」
 現在でも行方不明扱いの者がいるらしく、実際の死者数はもっと多いだろう。
「現在でもテュルフング・ミサイルは開発が続けられ、現在はホウズやゲイボルクとは比べものにならない威力になってしまったとな」
 それこそがアスガルドの所有するテュルフング・ミサイル――バルムンクだ。北欧の伝説の剣となっていくこの兵器は、旧式のミサイルの数千倍の破壊力があるらしい。さらに通常の弾道ミサイルであるグングニル、上空から落とす爆撃弾であるミョルニールを占有し、北欧随一の軍事力を持つようになった。
「どうりでな」
「何が?」
 イシュタムが尋ねる。
「スレイプニルのような量産型の戦闘機だけで、北欧一の国になっているのが不思議だったけど、これで謎が解けた」
 一撃必殺の殲滅力を保持しているなら、他国が手出しできないわけだ。
 そんなことを言いながら資料を眺めていると、イシュタムの手が止まった。
「ソール、これ!」
 イシュタムが指した資料には、ある女性の写真があった。30代くらいだろう。長い髪のきれいな女性だったが、どうやら科学者のようだ。
「名前見て」
 ソールはハッとした。そこに書かれていた名前は……
「グールヴェイグ!?」
 ロキが率いるゲリラ部隊と同じ名前だ。
「しかも彼女の専門……テュルフング・エネルギーよ」
「おいおいマジかよ」
テュルフングにグールヴェイグが重なった……こりゃとんでもないことに首を突っ込もうとしているな。
 ソールとイシュタムは立ち上がり、図書館を後にした。