名前
①所属国・地域②年齢③性格や強みなど
ソール
①アレクサンドリア→アルカディア②17歳③この物語の主人公。整備兵として、アルカディアの戦闘機の整備をしている。性格は温厚で争いや殺戮を好まず、人当たりも良い。が、自分の好きなことだけに熱中して興味のないことはやらない、場の空気を読まない、勝手に人の資料を見る、戦闘機を無断で改造するなど、周囲の人間を振り回すことも多い。機械工学の技術や知識に熟練し、その腕は一流だが、好きが高じて薄ら笑いを浮かべることも。その様子を周囲に気味悪がられたりする。アポロンからサンギルドシステムを受け継いだ唯一人の男。名前のモデルは「太陽」を意味するラテン語から。
アポロン
①アルカディア→アレクサンドリア②30歳③ソールの師匠。元はアルカディアのエネルギー担当相だったが、ガイアの血のあり方をめぐり首脳部と決別。アレクサンドリアに出向となって移住する。サンギルドシステムの開発者で、戦闘機フェニックスに導入する。争いを好まず、平和裏にエネルギー運用ができるよう研鑽を積んでいた。ソールにはたまに手を焼いていたが、一番の愛弟子としてかわいがっていた。モデルはギリシア神話の太陽神・アポロン。
ペルセウス
①アルカディア②20歳③アルカディア空軍のトップガンの一人。仁智勇を備えた武人の鑑。真面目で任務を忠実に遂行するが、敵であっても情けをかける一面がある。如何なる戦況においても冷静に判断して窮地を脱する精神力を持つ。ソールの兄貴分かつ保護者的な存在だが、暴走する彼に翻弄されることも多い苦労人。モデルはギリシア神話の英雄・ペルセウス。
アーレス
①アルカディア②23歳③アルカディア空軍のもう一人のトップガン。気さくな性格で、若い軍人からは兄貴分として慕われている。好戦的ではあるが、むやみに平和を乱すことはしない。最強の攻撃力を誇る戦闘機・グリフォンとの相性は抜群。モデルはギリシア神話の軍神・アーレス。
アンドラ
①不明(アフリカの小国)→アルカディア②19歳③グールヴェイグに所属していた女性。故国の惨状を打開すべく、ケートスに乗り込んで戦っていた。優しく女性らしい性格。しかし、信念を貫くために自分が犠牲になることをいとわない。愛機ケートスを大切にしていて、ソールが揶揄するたびに怒っていた。モデルはギリシア神話のエチオピアの王女・アンドロメダ姫。
ロキ
①ニブルヘイム②40歳③ゲリラ組織グールヴェイグのキャプテン。いつもヘラヘラとしているが、目が笑っておらず、何を考えているか分からない。一緒に行動していたソールも「信用できない」「うさんくさい男」と言っている。顔に大きな傷がある。物語が進むにつれ、その過去が明らかになる。モデルは北欧神話の悪神・ロキ。
フェンリル
①ニブルヘイム②16歳③グールヴェイグのクルー。短気で好戦的。元は戦災孤児。ロキと知り合い、行動を共にする。モデルは北欧神話の狼・フェンリル。
ヨルムンガンド
①ニブルヘイム②19歳③グールヴェイグのクルー。フェンリルとは対照的な冷静な性格。元戦災孤児。モデルは北欧神話の大蛇・ヨルムンガンド。
ハーデス
①アルカディア②29歳③アルカディア陸軍の司令官。たたき上げの職人的な軍人。モデルはギリシア神話の冥界の神・ハーデス。
ポセイドン
①アルカディア②29歳③アルカディア海軍の司令官。軍人ながら政治的大局を見極める視点を持つ。モデルはギリシア神話の海の神・ポセイドン。
アルテミス
①アルカディア②16歳③アルカディア海軍の艦載機パイロット。凛とした性格だが、別に男っぽいわけではない。モデルはギリシア神話の月の女神・アルテミス。
ゼウス
①アルカディア②56歳③アルカディアの元首。厳格な性格だが、政治の難しさに日々苦悩している。自国の軍隊を壊滅寸前にまで追いやったソールを憎んでいる。モデルはギリシア神話の主神・ゼウス。
コードネーム
①メインパイロット②所属③装備④意匠⑤特徴
フェニックス
①ソール②アレクサンドリア→グールヴェイグ→アルカディア③アバリスの矢、テイルブレードショット④赤とオレンジの鷲。7本の尾がある⑤アポロンが開発した極秘の戦闘機。太陽光をエネルギーに換えるサンギルドシステムが搭載されており、損傷を受けても自己修復が可能。サンギルドシステムの進化と共に性能も向上していくことになる。モデルはエジプトの不死鳥・フェニックス。
ハーピー
①イカロスなど②アルカディア③アバリスの矢、アバリスの矢改良型、対地ミサイル④紫と銀の人面鳥⑤アルカディア空軍のメジャーな戦闘機。量産型。トップガンの操る機体ほどではないが、戦闘能力は高い。初めて空軍に導入されて以来、モデルチェンジを繰り返してきた。イカロスの乗った機体は、フェニックスと交戦の末に撃墜される。モデルはギリシア神話の怪鳥・ハーピー。
ケートス
①アンドラ②アフリカの小国→グールヴェイグ③アバリスの矢(旧式)、水圧砲、アバリスの矢改良型、自爆装置④緑と黒、くじらの頭にカバの胴体⑤水陸用の兵器。アフリカの小国が、アンドラのために旧式の部品をつきはぎして開発した。部品の多くは取り替えが困難になっている。攻撃力はそこそこあるが、機動力が低い。後にソールが自爆装置を組み込んだ。ソールは「動く棺桶」と揶揄する。モデルはギリシア神話のアンドロメダ姫を襲った海の怪物・ケートス。
ニーズホッグ
①フェンリル、ヨルムンガンド②ニブルヘイム→グールヴェイグ③アイスミサイル、ブリザードブレス④青を基調にした竜⑤反アスガルドゲリラ組織・グールヴェイグの主力戦闘機。初期は2人乗り。熱エネルギーでなく、冷却システムで氷や吹雪をつくって攻撃する。モデルは北欧神話の竜・ニーズホッグ。
ケルベロス
①ハーデス②アルカディア③アバリスの矢改良型、ブロンズ砲弾、ブレードホイール、サンギルドファングボム④紺色の三つ首犬⑤アルカディア陸軍の陸上兵器。三つ首から各種類の攻撃をする。暗い所でも、アイカメラがあるので有利に戦える。逆に、急に強い光にあたるとカメラが壊れる。モデルはギリシア神話の地獄の番犬・ケルベロス。
ヒュドラ
①ポセイドン②アルカディア③水圧砲、酸④緑の八つ首の蛇⑤地中海を防衛する水上兵器。小さな要塞とも言える。多くある砲身を各個撃破しても、次々に復活する。高熱を当てると砲身はつぶれる。分割すれば移動ができる。モデルはギリシア神話の海の怪物・ヒュドラ。
セイレーン
①アルテミス、カリストー、セレネ②アルカディア③器官干渉音波④赤とピンクの人面鳥⑤ヒュドラと共に地中海を防衛する。戦闘機だが所属は海軍(艦載機)。実弾は使わず、音波で敵パイロットの三半規管を狂わせる。小ぶりな戦闘機。モデルはギリシア神話の海の魔女・セイレーン。アルテミス、カリストー、セレネで隊伍を組む。
ペガサス
①ペルセウス②アルカディア③アバリスの矢改良型、ハルペー光線④白を基調に赤と青のラインがある白馬⑤アルカディア空軍で1,2を争う戦闘機。メドゥーサ博士の開発した装甲でコーティングされている。防御力はアルカディアNo.1。メドゥーサ装甲は偶然できた代物で、そのとき爆発が起きてメドゥーサ博士も死んだので、世界唯一のものとなる。モデルはギリシア神話の天馬・ペガサス。
グリフォン
①アーレス②アルカディア③アバリスの矢改良型、ケラウノス光線④茶色を基調に金のライン。鷲の顔をしたライオン⑤ペガサスに比肩する戦闘機。エネルギーをためて撃つチャージショットができる。攻撃力と攻撃範囲はアルカディアNo.1。モデルはギリシア神話の幻獣・グリフォン。
「大変だ、陸地が…沈むぞ!!」
「助けて、誰か助けてくれえええええええ!!」
かつて、北大西洋上に栄華を極めながら1日で海底に沈んだ大地があった。後世では、さまざまな憶測を呼んだ伝説の大陸と呼ばれている。さて、その大地はどのようにして滅んだのか……。
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「ソール!」
ペガサスのコックピットにいたソールはアンドラの声の方に振り向いた。
「何しに来たんだ? 整備工場に」
「ごあいさつね、最近、顔を見せないから元気かなって気にかけてあげたんじゃないの」
「いや、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて……」
ソールはアンドラのやや大きくなった腹を指さした。あの後、ペルセウスとアンドラはすぐ結婚して子供を授かった。今は妊娠8カ月である。
「身重のあんたにこの工場は毒だぜ」
工場内は暗くて通気性もよくない。加えて機械類が多くいつ倒れてくるかも分からないのだ。普通の人間でも体によくない上に危険なのに、妊婦となったらなおさらだ。
「ねえ、そう言えばさ、今度どこかに勉強に行くって聞いたわよ」
人の話を聞いていないなと思いつつ、ソールはコックピットから降りてアンドラに駆け寄った。
「勉強じゃなくて研究だ研究。北大西洋にあるシバルバーに行ってくる」
シバルバーとは北大西洋上にある島、およびそこにある国家の名称である。この大地は百年前、この世に存在していなかった。が、優れた科学技術により海を埋め立てて島にした。その結果、今で言うメキシコやグアテマラの地域にあったトゥランという国から膨大な数の人々が移住し、国家を形成したのだ。
「で、そんなところに何しに行くの?」
地中海の見えるテラスでアンドラはケーキをつつきながら尋ねた。あとからペルセウスとも合流し、3人でのんびりとランチを楽しんでいる。以前の激闘が嘘のようだ。
「シバルバーは最新のテクノロジーを使っている。サンギルドシステムをさらに改良するためには、今の技量じゃ限界があると思うんだ」
「本当に1人で行くのか?」
ペルセウスが眉をひそめながら言った。
「あのな、もう俺も子供じゃないんだ。海外だって1人で行けるさ」
ソールがにらみ付ける。アーレスもペルセウスも何かと子供扱いをしてくる。正直に言うとかなり不服だ。
「よく言うよ。この前だってペガサスをおもちゃみたいに勝手に改造しようとしやがって……」
「は? あんなの改造のうちに入らないだろ?」
ペルセウスは呆れた。勝手に改造とはペガサスの砲身を10本にしようとしたのだ。ソールにとっては、兵器だろうと身近な機械だろうとおもちゃのようなものなのだ。
「俺が言いたいのは、あのうさんくさいシバルバーに1人で行って無事に帰って来られるのかということだ」
「え? どういうこと?」
よく考えてみろ、とペルセウスは懸念していることをアンドラに話した。たった百年前、何もなかった海上に島を造ったのだ。科学技術が進んだとは言え、そんなことをやってのける国はシバルバーしか聞いたことがない。
しかも、何かしらの大量破壊兵器を秘密裏に開発しているという噂もある。裏が取れないが信憑性はかなり高いとアルカディアの首脳部でも話題になっているのだ。
「まあ、そんなことを心配しても仕方ないさ。何かあったら助けを呼ぶからよろしく」
状況次第では連絡ができないかもしれないぞと注意をしても右から左だろう。しかし、脳天気なソールの台詞はペルセウスの危惧をぬぐうには足りなかった。
そして――ペルセウスの危惧をはるかに上回る惨劇が起こることとなる……。
数日後。ソールはシバルバーに向かう旅客機にいた。ペルセウスとアンドラ、アーレス、ハーデスはアルカディア空港まで見送りに来てくれた。ポセイドンとアルテミスは、任務を離れられず断念したのだ。
アルカディアに来て以来、対戦した相手とは良好な関係が続いている。アポロンの遺志を伝えたことと1人も死者を出さなかったことが奏功したのだ。
ただし、ゼウスだけは今でも犬猿の仲である。目が合ったときも、お互いににらみつけてそっぽを向く。自国を混乱させたというだけでなく、厳格なゼウスにとってマイペースなソールは反りが合わないのだろう。
「気をつけていってこいよ」と皆に見送られて飛行機に搭乗した。離陸し、約3時間のフライトで眼下に陸地が見えてきた。
「あれがシバルバーか…」
おかわりのフルーツドリンクを飲み干しながらつぶやいた。ひと目見て高度な科学技術が使われていることが分かった。
例えば高層ビルがいくつも建っている。夕暮れになる時間帯にはきらびやかな灯りが色とりどりに重なり、夕日と重なって美しい光景を映し出していた。
一方、ソールは違和感を覚えた。何かが足りないのだ…。
(はて、何だろうな?)
首をひねったものの答えは出なかった。まあいいか、と思ったそのとき、飛行機がガクン、と揺れた。
「おいおい、何だよ」
気流の乱れかと思ったがとっさに違うと感じた。この場合、アナウンスで「気流の乱れがありますが飛行には影響がありません」と流すはずだがそれがない。しかも、キャビンアテンダントたちが右往左往している。
(コックピットで何かあったな)
その直感に従い、シートベルトを外して駆けだした。
コックピットに無断で入るとパイロットが青ざめていた。
「何があった!?」
ソールが怒鳴ると壮年のパイロットがおろおろしながら答えた。
「自動操縦を解除した途端、警報が鳴り始めたんだ!」
「はあ?」
詳しくは分からないが緊急事態であることは把握できた。ソールはコックピットに駆け寄り、コントロールパネルを見た。大きさは違うが戦闘機とあまり変わらない。
「たぶん、機体が上昇しすぎているんだ。操縦桿を前に倒して下降気味にしろ!」
すると機体の揺れが少なくなり警報もやんだ。
「はあ、助かった…」
「おい、あんた機長だろ? 何であんなに慌てていたんだ?」
ソールは睨んだ。飛行機の操縦を知っている自分がいたから良かったものの、もしいなければ墜落していたかもしれない。
「実は、離陸と着陸以外は自動操縦ばかりやっていて自動操縦を解除したのが初めてなんだ」
「何だって!?」
「上の世代はマニュアル操作で機体を飛ばしてきたんだけど、自分の世代はもう自動操縦が当たり前になっている。今回のようなトラブル自体が初めてのパイロットも少なくないんだ」
その後、飛行機は無事にシバルバーの空港に着陸した。
機長が今回のトラブルを管制塔に報告したのだろうか、外に大勢の空港関係者と野次馬がいた。が、ソールは相手にするのが煩わしいので見つからないようにさっさと降りて逃げた。
シバルバーは大都市だった。アレクサンドリアやアルカディアも都会だったがシバルバーはそれ以上である。
面積はさほど変わらない。違うのは高さだ。
「たっか…」
ソールは街に出てビルを見上げた。地上100階はありそうなビルだ。それも1棟でなく何棟もそびえ、一つの区画に集まっている。
摩天楼のふもとを大勢の人々が往来している。それもすさまじい人数がさっさと歩いているのだ。
店に入って飲み物を買おうと、財布を取り出した。
「あ、両替してなかったな…」と思ったとき、ふとペルセウスに渡されたカードを思い出した。
「確かこれで買えるって言ってたな」
研究費が降りたという話だが、シバルバーの日用品はこれで買えるということなのだろう。水を持ってレジに進みバーコードのようなものをあてた。すると値段が出たので今度はカードをかざした。液晶を見ると自動的に精算されている。
「現金いらないのか…」
便利だなあと独り言を言いながら店を出ると、今度はタクシーのような車が目にとまった。行き先の研究施設の名前を書いたメモを出し、行き先を伝えようとすると。
「ん? 無人なのか?」
乗り込んだ車には人はいない。その代わり運転席のようなところにあるパネルから音声が聞こえた。
〈行き先をご指示ください〉
〈え、シバルバー・ネオフラカン中央研究所〉
〈了解しました。どうぞご乗車ください〉
ソールが座席に腰をおろすとドアが閉まり、車が走り出した。
「こりゃすごい、最新の科学技術を集めているぞ」
やがて研究施設であるシバルバー・ネオフラカン研究所に到着した。
「君がアルカディアのソールくんか、ようこそシバルバー・ネオフラカン中央研究所へ」
玄関で出迎えた赤い髪の男がにこやかに挨拶した。黒縁のメガネが印象的だ。
「私は当研究所の所長をしているフン・カメーだ」
握手した手は荒れていて指も太い。日夜、技術開発に精を出しているのだろう。二人は研究所の中に入りながらシバルバーの技術のことについて話した。
「驚きましたよ、ここは何でも自動操縦なんスね」
「すごいだろう。ネオフラカンシステムの成功により、これほどの文明が作れたんだ」
自分たちの技術を謙遜することなく酔いしれるように「すごい」と言っている。ソールはその尊大さに警戒心が働いた。
(こいつ、ちょっと危ないかもな)
亡きアポロンから「どんな技術も完璧ではなく、何かしら弱点がある」と思えと教えられた。現に、サンギルドシステムは太陽がなければ修復のエネルギーが作れない。常に課題がありそれを改善する努力が必要なのだ。
自分の技術を自慢したい気持ちは分かるがフン・カメーの口ぶりには謙虚さがまったくなかった。どこかで欠陥が見つかったときどうするつもりなのか…。
「ところで、あの自動操縦ってネオフラカンシステムって言うんすね」
フラカンとはシバルバーをはじめとした中南米地域では「風」を示し、広義的に「自然」を意味するようだ。のちにマヤ神話では「風の神」となり、台風であるハリケーンの語源になったという説もある。「ネオフラカン」とは、その自然を超越した技術ということだろう。
自動決済や無人車の自動操縦のように現代でいうところのAI機能が生活の到るところに及んでいる。
例えばエレベーターに搭乗すると階数を言うだけでそこに連れて行ってくれる。車椅子の人がいたらセンサーがそれを察知するのだろうか出るまで待ってくれる。その車椅子にしたって、使用者が手で使うのではなくゲームのリモコンで操作できるような仕組みである。
空中にはラジコンのヘリコプターが飛んでいた。荷物を持っているようなので宅配便の機械だろうか。聞いたところ受取手の顔を認証して届けてくれるらしい。
「実は、飛行機の自動操縦システムは我が研究所が世界に先駆けて開発したものでね…」
まだ自慢話が続いている。大丈夫か? あのラジコンも、荷物の代わりに銃弾をプレゼントすることだってできるだろうに。
「フン・カメー兄さん。どこ行くんだ? こっちだよ」
後ろから声がした。フン・カメーに似た男が立っている。兄弟だろうか?
「ヴクブか。こちらの客人、ソール君を案内していたんだ」
その男は、フン・カメーとは対称的に青みがかった髪の色をしている。また物腰も対称的で物静かで穏やかだ。しかし、その目は指すように冷たい。
ちなみに、フン・カメーとヴクブ・カメーはマヤ神話に登場する神である。
「はじめましてソールさん。よろしくお願いします」
頭を下げた。フン・カメーより少し年下くらいだろうからソールよりは年上のようだ。が、若輩者のソールに頭を下げるのは少なくとも兄貴よりは尊大ではないからか。
「中央研究所のメインラボにご案内いたしましょう」
メインラボには多くの科学者と技術者がいた。しかし、それ以上にいたのは研究を手伝うロボットたちだ。
「ネオフラカンシステムで人工知能を開発したんだ」
自慢気にフン・カメーが話す。
曰く、自動化のほか天候を自在に操る、動植物を原子レベルで配列を変えることも研究されているらしい。ことごとく自然を超えたということをアピールしたいのだろう。
「すまないね、兄貴は自分の研究に誇りを持っているから自慢したいんだよ」
ヴクブ・カメーが苦笑いしながら言った。誇りというより自意識過剰という印象が強いのだが……。
「ところで、ネオフラカンって何か欠点や課題はないんスか?」
ソールはしれっと聞いてみた。
「何を言う! 欠点も課題もない、完璧な技術だ!!」
フン・カメーが目をつり上げて怒鳴った。
「君はネオフラカンを何も分かっちゃいない!」
いや、分かっていないからこうやってきて研修を受けようとしているんだけど……。
「兄貴、彼も別に悪気があるわけじゃないからさ、落ち着けよ」
なだめるヴクブ・カメー。
「別にないならいいんですけど。でも、どんな技術も常に課題は出て来るものなんで。現に、俺の管理しているサンギルドシステムもそうだから」
「サンギルドシステム?」
初めて聞くような顔をする2人。ここに来る前に研修の意図を伝えたが、その文面にサンギルドシステムも書いていたのだ。読んでないのか?
仕方なくソールは概要を説明した。すると、フン・カメーはさほど興味を示さなかったがヴクブ・カメーがくいついてきた。
「それができるなら、エネルギーを無限に作れるね」
感心したように呟く。一方、フン・カメーは
「太陽の恩恵なんてな。古代人の宗教じゃあるまいし」
と言い捨て肩をすくめて出て行ってしまった。
(どんだけうぬぼれやなんだ?)
その夜、ソールは自室で報告のメールを打った。
「初日の研修。とりあえず自己紹介。先方の研究者は優秀だが性格に問題有り。気を付ける、と……」
「ねえペルセ。ソールはちゃんとやっているかな?」
アンドラが、帰宅したペルセウスに言った。
「まあ、3日に1回はメールが来ているからちゃんとやっているにはいるようだ」
ただ、そのメールが短い上に技術的なことばかりだから具体的な研修は暗号のように読み解かなければならない。
例えば、自動化プログラムのバグがなんたらだの、なんとかコードの解析に6時間だの……。
「何それ?」
「あいつ、普段淡泊なくせに、メカ系や技術のことになると目がらんらんと光るからな」
しかもうすら笑みを浮かべる癖があるらしい。ペルセウスはその様子を動画に撮ったことがあり、アンドラに見せてみた。
「きもちわる……」
「あまり見るな。お腹の子供に触る……」
ソールも、ペルセウス・アンドラ夫婦の話のタネにされているとは露にも思わないだろう。
ところがその翌日。事件が起きた。
ソールがいつものように研究室を退出して自室に戻ろうとしたとき、突然後ろからの衝撃を受け、そのままどさっと倒れたのだ。
ペルセウスたちが異変に気付いたのはそれから一週間後だった。
「おかしい」
「何がだ?」
ペルセウスがアルカディア軍の詰め所でポセイドンに言った。
「もう1週間だ」
ソールからの定期メールが途切れて1週間が経つ。出立するとき、短くていいから定期的に連絡しろと言った。その言葉通り、短くて愛想のかけらもないメールが3日に1度は送られてきた。
それが途絶えて1週間。何かあったのだろう。
「もともと筆無精なんでしょう? だったらめんどくさくなったとかは?」
アルテミスが口を挟んだ。ちょうど海上の護衛が終わり、カリストーとシフトを交代して戻ってきたばかりだ。
「いや、あいつは自分で習慣化したり決めたりしたことは愚直にやる性格だ。何かトラブルがあったに違いない」
「ペルセウス」
アーレスが部屋に入ってきた。
「一応ゼウスに報告したぜ」
「なんて?」
「放っておけってさ」
肩をすくめるアーレスを見ると、ボスは厄介払いができてせいせいするとでも思っているようだ。
「誰か迎えに行くか?」
ハーデスがペルセウスとアーレスを促した。
「ばか言えよ。一個人を軍人が迎えに行くなんてしたらあちらさんとの関係にひびが入るぞ」
現代でもそうだが、例えば紛争地域に戦場カメラマンが入って拘束されたからとしても軍を出すことはできないのが政治だ。下手に軍を動かしたら争いの火種になる。
「もう少し待つか。そうすれば行方不明者の捜索という名目ができるだろうから」
「それまでに万が一のことがあったら?」
「そのときはそのときだ、あきらめるしかないな」
そんな薄情なやりとりがアルカディアでされる数日前のこと。ソールはくの字に倒れた状態で目を覚ました。
「いってて……あれ、俺どうしたんだっけ」
冷たい石畳が生ぬるく、かなりの汗で濡れているからけっこうな時間倒れていたことが分かる。それにしても辺りが薄暗い。何とか目をこらすと家具などが揃っているから、どこかの部屋のようだ。
突然、シュッと扉が開いた。
「お目覚めのようね」
「誰だ!」
声の方に向いて身構えた。
「あなたの面倒を見るようヴクブ・カメーから言われたわ」
扉のところにいたのは自分とさほど歳の変わらない女性だった。
「おいおい、俺は客人だぜ。何で監禁するような真似を……」
立ち上がろうとしたら全身にしびれが走り、どさりと倒れた。
「感情を高ぶらせないほうがいい。君の首には脳の信号を感知するチョーカーが巻かれているからね」
女性の後ろからフン・カメーとヴクブ・カメーが現れた。頭で考えたことや感情を読み取り、よからぬことをしようとしたら電流を流すということか。
「……一体何の真似だ?」
息が絶え絶えになりながら毒づいた。と言ってもあらかた狙いは勘づいている。
「君のサンギルドシステムを我がシバルバーに取り入れようと思ってね」
軟禁して無理矢理に開発を手伝わせるという魂胆のようだ。
「やなこった」
するとまた電流が流れた。
「ぐわっ!」
「言っておくけど我々が任意に電流を流すこともできる。お忘れなく」
まあ、前向きに考えてくれたまえと言い捨てて2人は出て行った。
「あいつら……」
と怒りを覚えつつ感情を抑えた。また電流が流れるのはごめんだ。
「大丈夫?」
例の女性がタオルを出してくれた。
「ああ……ってあんた、あいつらの仲間じゃないのか?」
怪訝な顔でたずねる。
「実は私もあなたと同じように軟禁されているの」
とりあえず落ち着いたソールは椅子に腰掛けてその女性にいきさつを聞いた。
女性の名前はイシュタム。ネオフラカンの研究者だという。ちなみにイシュタムとは、マヤ神話に出てくる女神の名前だ。
「もともと、私はシバルバーの人間じゃないの」
曰く、シバルバーから西にあるトゥランの出身だという。現在でいうユカタン半島にある都市だ。イシュタムの専門は脳科学で、人間の脳を研究してネオフラカンに役立てるというものだった。故郷からこのシバルバーに来て研究を続けていたが、やがてフン・カメーらのやり方に疑問を持つようになった。その結果、不意を突かれて気絶させられてこのチョーカーを着けられたという。
その研究は、人間の脳に流れる信号を操ることだという。
「それも自分の研究を盗まれてこのチョーカーに応用されたのよ」
「どこまで汚いんだ」
怒りを通り越してあきれた。
ソールはアポロンから「技術は善でも悪でもない。それを決めるのは人間だ」という薫陶を受けてきた。あの連中のやり方を見ているとネオフラカンシステムは放っておけば悪に染まると容易に想像できる。
「どうするかな……」
またビリッとしびれが走った。
「まあ、のんびり考えるか。見たところこの部屋は暮らすのに不自由はしないみたいだし」
ソールは部屋にあった菓子を食べながら自分の研究について話した。
「へえ、太陽光をエネルギーにするのね」
「俺の亡き師アポロンが開発したんだ。ただ、アレクサンドリアの事故でアポロンも亡くなったし、設計図も予備パーツも全部吹っ飛んでしまった。だからフェニックスと俺の頭の中にしか情報がないんだよ」
2個目の菓子に手を伸ばす。
「ったく、あのときゼウスのあほオヤジがあんな無茶しなきゃこんな面倒起こらなかったんだ」
ぶつくさ言うとまた電流が流れた。
「……反抗心が出ると罰を与えるか、まるで飼い犬みたいだ」
チョーカーを首輪に見立てた皮肉だ。もし西遊記を知っていたとしたら孫悟空の頭の環と揶揄しただろう。
「ごめんね、私の研究のせいで……」
イシュタムが目を潤ませた。
「い、いや、研究自体は悪くない。悪いのはあの2人だ」
今度は小さいパンを口に放り込んだ。
「ねえ、食べ過ぎじゃない?」
「腹減っているんだよ」
「なんだ、早く言ってよ。ごはん作ろうか?」
イシュタムはそう言うと立ち上がりキッチンに立って料理を始めた。しばらくするといい匂いがしてきた。
「はい、白身魚のソテーと野菜の盛り合わせとスープ。大きなパンもあるわよ」
「お、ありがとう」
早速ソールは魚を口に運んだ。
「うまい!」
満面の笑顔でほめるとイシュタムははにかんだ。
「ありがとう。まだあるからおかわりして。私も一緒に食べるね」
アレクサンドリアを出て以来、家族や友人の温かみになかなか触れられなかった。久々に触れたことがソールを和ませた。
「ごちそうさま、おいしかった」
満腹になったら眠くなってきた。するとイシュタムは部屋の端を指さして言った。
「ベッドはそこにあるからね。私ももう少ししたら隣で寝るから」
「は?」
ソールはぽかんと口を開いた。
「言ってなかった? 軟禁する部屋はこれしかないから私たち一つの部屋で寝泊まりするしかないの」
「なんですと!?」
目をむいて顔を真っ赤にするソール。イシュタムも顔を赤くしたが
「べ、ベッドは二つあるから一緒に寝るわけじゃないのよ」
ほっとしたような少し残念なような。ソールは複雑な笑みを浮かべた。
「ソールを探しに行くぞ」
ペルセウスは詰め所で言った。連絡が来なくなって2週間になる。行方不明者の捜索という名目で行くことにしたのだ。
「それは軍の仕事ではないだろう。向こうの警察にやってもらうしかない」
冷静にポセイドンが釘を刺した。
「やると思うか? 頼んでも流されるのがオチだ。それならプライベートを装っていく」
「1人で行くのか? 俺も……」
「私も行くわ」
「ここにいる皆が行くのか? アルカディアの警備はどうする?」
ポセイドンを除く全員が行きそうな勢いだ。
「メンバーを選抜した方がいい。ペルセウスとアルテミス。アーレスと他のセイレーン部隊、私は残ろう」
陸海空の警備のバランスを考えた采配である。
「ハーデスはどうする?」
「行けんことないが、俺が行って役に立つのか?」
ハーデスは自信がなさそうだった。戦闘ならともかく諜報活動の類は向いていないらしい。
「海軍から小型戦艦を出そう。シバルバー近海で演習するという名目でな」
こうしてソール捜索隊が結成された。
「ん? これ何?」
ソールはイシュタムの枕元にある物体に気がついた。黒い箱からひもが伸び、その先に吸盤のようなものが付いている。
「これ、今研究している装置なんだ。カウィール・シナプス装置って名付けたの」
人間の脳に残っている記憶を呼び起こすものらしい。人間は成長するにつれて3歳までの記憶をなくしてしまうというのが通説である。が、イシュタムによると脳内の発火現象を分析したところ記憶をなくすのではなく「奥にしまいこむ」のではないかとの仮説にいきついた。そのしまいこんだ記憶を呼び起こせないかというものなのだ。
ちなみに、カウィールとはマヤ神話の雷の神だ。シナプスと付いているから、脳内の発火現象を雷に例えたものというわけだ。
「実験してみたのか?」
「ううん、最近できたばかりだから」
「自分で試さないのか?」
するとイシュタムはうつむいてしまった。
「私、ガラスのハートだから怖いの…」
ピンと来なかったが、やがて繊細な性格だということに気付いた。探究心が高じて開発したものの使うことには躊躇しているようだな――
「ふーん、じゃあ俺が使っていいか?」
「え?」
イシュタムは目を見開いた。
「大丈夫? 怖くないの?」
「知らん。けど、このまま捕虜状態なのも退屈だしやってみるさ」
何が起こるか分からないわよ、という声をまともに聞かず、ソールは吸盤を頭に付けて「じゃ、おやすみ」とベッドに転がった。そのまま眠ってしまうまで5分とかからなかった。
――キニチ・アハウ、システムはどうなっている?
――まだまだ、実用には遠いな。
(ん? 夢か?)
――そういや、お前の赤ん坊が託児室で泣いていたぞ。行ってやった方がいいって。
――先に言えよそれを。
はっきりしない意識で会話の主の顔を見た。ひげがもしゃもしゃの男だった。
(何だか懐かしい……)
刹那、場面が急に変わって騒がしくなった。
――キニチ、逃げろ!
――ばかいえヘリオス、お前こそ逃げろ!!
――意固地になるな! てめえが死んだら赤ん坊はどうなる!!
キニチという男は、もう一人の男――ヘリオスに赤子を押しつけた。
――だったらお前がこいつを連れて逃げろ!!
キニチは足でヘリオスを蹴って逃がした。
――キニチ!!!
――ぐあああああああああああああ!!!