あれから11年の月日が流れた。


 龍弥と菜穂は喧嘩して別れてはまたくっついてその繰り返しそれでも腐れ縁のように元さやに戻る。嫌だと思っても
 周りの友人の影響でいつの間にか縁があって再会した。
 

 人生のターニングポイントの折り返し地点になった。
 友達から恋人に別れてはまた再会して恋人に戻って家族の勧めでそろそろ
 いいじゃないのような空気感が漂う頃


「菜穂、いつまでモタモタしてんだよ」
「ちょっと待ってよ。今、ピアスつけてるんだけど、キャッチがうまく入らない……やっと入った。今行ける。さ、行こう」
「良い加減、慣れろって。何年も付けてんだろって」


 車の運転席のドアを開けて、エンジンをかけた。オーディオの音楽が同時にかかる。菜穂は助手席に乗り込んだ。着ていたロングスカートを丁寧に後ろから整えた。お互いに大学を卒業し、就職先が決まって数ヶ月。やっと職場に慣れてきて5月病っぽい症状も乗り切ったとある日曜日。2人が家族総出が集まるところへ向かっていた。同棲生活も仕事が決まったと同時に一緒に住み始めていた。

 それぞれ1人暮らししていたが家賃代がもったいないと龍弥の家に住み込むようになっていた。徐々に食器や衣服、お気に入りのインテリアを知らず知らずのうち移動させていた。



「てかさ、今日くらい早く起きられないわけ?」
「そっちこそ、目覚まし時計何回スヌーズ機能使いまくってるのよ。しかも夜中、ずっと寝かせてくれないのは誰よ。こっちは残業続きで疲れてるんだよ? 昨日も土曜日休みだけど買い物で全部時間潰れたし」
「それはお互い様だろって」
「ぶーぶー」
「豚か? いいだろ。別に、睡眠時間5時間は確保してるんだから。そこは計算済みだ」
「良いよ、何とでも言って。はいはい。計算高い男だねとでも言って欲しいのかな」
「てか、今日、みんな来るんだろ? いくら小さい式って言っても大事な人くらい呼びたいって言ってたもんね。俺の場合は両親いない分、親戚の人数が少ないからな」
「うん、呼んでたよ。てか招待状送ったの龍弥の方じゃん」
「そんな送ったの俺だけど、返事なんて見る暇ないよ。郵便物が次から次って来るんだから。てか、ライン見ればわかるだろ。
 ラインでも最終確認でチェックしてんだから」

 バックからスマホを取り出してラインを確認する菜穂。

「車はどこに停めるの? 駅前だし、少し歩くよね」
「東口で良くねぇ? あそこ安いじゃん」
「そっか」

 当日の予定も確認しない龍弥はその都度菜穂に聞く。先が思いやられるなと感じ始めた。今日は、2人の結婚式当日だった。
 駅前にある小さな少人数の式場にした。駐車場の関係で現地集合という流れだった。大きい会場の場合、親戚はバスを使って
 行くと流れがあるとかないとか。人数もそこまでいないため、ほぼ友人の方が多いという感じだった。


「というか、本当にここで良かったの?」
「うん。ドレスが着れれば小さくても全然。むしろ、恥ずかしいから写真だけでも十分だったのに」
「それはおばあちゃんがかわいそうって言うからさ。晴れ姿を直接見たい、残り短い命だからって言うもんだから。付き合わせて悪いけど」
 
 駅前の連絡通路を歩きながら話す2人。

「やばい。ラインのメッセージが鳴りまくってる。主役が遅刻ってどういうことってみんな怒ってるわ。
 ほら、行くぞ」
「え、待って。ヒール履いてるから歩きにくいの」
「大人ぶってハイヒール履くなよ。なんでスニーカーにしないんだよ。あれ、前にもこんな雰囲気なこと
 あったような……。ああ、花火大会の時か。菜穂、いつも、スニーカーにすればいいのに浴衣に下駄履いて痛くなるもんな。
 何回俺にサンダル買わせるんだか。学習能力が足りないつーの」
「仕方ないでしょう。女子はおしゃれしなくちゃいけないんだから」
「いつまで女子言ってるんだよ。もう25になるだろうって」
「むー」


 いつも通りのやり取りが繰り広げられていた。
 こんな時でも2人は言い合いになる。
 それが良いのかもしれないとお互いに思っている。
 式場でそれぞれ着替えた。
 ドレスとタキシードを着た姿をお互いに見つめながら、照れていた。
 笑ってコメントができなかった。恥ずかしいのが勝っていた。
 遅刻する以外は式に関して最後まで滞りなく、執り行われた。



 式に参加していたのは、フットサルでいつも試合をしていたいつもメンバーと高校の同級生だった。


 38歳の下野康二と結婚した35歳の齋藤瑞紀が小さい3歳の子どもを抱っこして参加している。


 25歳の滝田 湊は東北大学に現役で通っていた。勉強しすぎなのかメガネをつけるようになっていた。
 

 高校の共通の友人で美容師になった石田紘也と山口まゆみは結婚していていつの間にか子どもが5歳になっていた。
 22歳でもう結婚していたらしい。システムエンジニアになっていた杉本政伸も来ていた。未だに独身のようだ。




 菜穂の両親と祖父母、龍弥の義父といろは、いろはの祖父母も来ていた。



 そんな中で牧師さんのような司会進行のかけ声で指輪の交換もするし、みんなの前で結婚することを宣言するし、
 みんなの前で恥ずかしながら誓いのキスもする。


 披露宴では、いつもは食べない高級食品を食べた。 
 余興では、ウエディングソングの定番の花嫁サンバや家族になろうよなどの歌を歌ってくれる人がいた。


 龍弥はみんながそれぞれの座る場所に瓶ビールを片手に持ち、相手のコップに注ぎながら近況報告を聞いてまわった。

 菜穂は席を立たず、声をかけてくれる人にそれぞれ対応していた。

 性格が分かれている。相反する性格だからこそ相性がいいのかもしれない。
 
「龍弥くん、やっと落ち着いたんだね。一時はどうなることかと思ったけど、やっぱり、冒険して、菜穂ちゃんが良いって言ってたもんね。俺はホッとしたよ。なんだかんだ言って2人の喧嘩が見られなくなるのはマジで寂しかったから。また、フットサルで試合しに来てね。最近は忙しいみたいで中々、顔出してくれないみたいだけども」

 下野は、ビールをグビグビ飲みながら言う。瑞紀は子どもを膝に座らせて、下野の肩を撫でた。

「下野さん。本当、色々と助かってますよ。いつも、軌道修正してくれるの下野さんくらいしかいないから。親身になってくれてありがたいと思ってます。これからもよろしくお願いしますよ?」

 龍弥は下野のコップに瓶ビールでおかわりを注ぐ。

「おう。お互いに嫁との関わり、頑張ろうな」
「なんか言った?」
 
 瑞紀が急に怒った顔をする。

「何でもないっす」
「萌~、萌はお父さんの味方でいてな」

 下野は娘に抱きついて泣いた。龍弥は席を移動した。

「石田! まさか、2人、結婚してるとか知らなかったんだけど」
「あー、実はね。そういうことなんよ。報告しなくてごめんね」
「本当、龍弥くん、全然うちらに連絡よこさないから浦島太郎状態だよ。菜穂とずっと付き合ってたの? 長くない?」
「いや、菜穂とは付き合ったり別れたりしてたよ。結局は元さやね。てか、お前らも高校からだよ。あれ、あの時は付き合ってなかったよね」
「そうそう。専門学校通っている時に偶然一緒になった合コンで意気投合して、久しぶりだったから学校の話で盛り上がってさ。
 そこからだよね?」
「うん。そう。ほら、俺の息子。挨拶して」
「こんにちは」
 恥ずかしいそうに言う。
「名前は何て言うの?」
龍弥は聞いた。
「石田アクアです」
「お!?今流行りのキラキラネーム?」
「おう、かっこ良いだろ? 俺が名前考えた」
「私はやめろって言ったんだけどね。それにしないと仕事辞めるって言うから、仕方なく……」

 まゆみはため息をついて、
 アクアを抱っこした。

「ま、いいじゃない。かっこいいじゃん。な、アクアくん」

 龍弥は頭をポンと撫でた。

「ビーム!」
 急に戦いごっごが始まる。

「うーーーやられた」

 とやられたふりをした龍弥。手を振って別れを告げた。そのまま元の席にもどる。


「お疲れ様」
「おう。菜穂は、大丈夫だった?」
「うん、平気。でも、席立たなくてよかった? 無理してても回れば良かった」
「別にいいよ。体、心配だから。無理すんなって、今大事な時だから」


 菜穂はお腹をさすってかかんだ。


「うん、今のところは問題ないんだけど」
「あと少しで終わるから。な? 俺、親父のところに行くの忘れた。ちょっと行ってくる」
「うん」

 龍弥は思い出したように、義父の雄二が座るテーブルに座った。近くにはいろはと祖父の良太、祖母の智美が座っていた。

「龍弥、おめでとう。良かったな。結婚できて。父さん、あまり、仕事仕事でお前のこと見てやれなかったけど、
 おじいちゃん、おばあちゃんに話は聞いてたから。菜穂ちゃん、良い子だよな。昔の母さん思い出す」
「え?」
「あ、悪い。そろそろ、本当のこと話そうと思って、お前も良い大人だしね。黙っていて悪かったんだけど、俺は本当にお前のお父さんだから安心して。お母さんは交通事故で亡くなったのは事実だけど、お母さんと美香子は実の姉妹で、龍弥からするとおばちゃんなんだ。血のつながりはあるの。いろはは、本当の妹。母親と父親は全く一緒。俺の子。色々複雑で申し訳ないんだけどさ。そういうことだから独りよがりにならないでドンと俺に頼ってくれていいからな。まぁ金銭的援助くらいしかできないけども……」

 龍弥はあいた口が塞がらない。今まで孤立して、殻に閉じこもって自分が自分じゃないみたいな雰囲気になって今更俺が父親って言われても納得できなくて何が何だかさっぱりわからなかった。

「私は知ってたけどね。だいぶ前から……」

 水色ドレスを着たいろはがオレンジジュースを飲んで話す。


「嘘、知らなかったのは、俺だけ?」
「単純にお母さん亡くなってお父さんが1人で子どもの世話できなかったから、小さいうちに育てるのを他の人に任せようってことになって、里親制度を頼んだら、たまたま、お母さんのお姉さんだったって話。ふたを開けたら血縁関係だったってこと。多分、市役所の人もわかってて繋ぎ合わせたと思うけどね。お母さんの名前苗字変わってたから気づかなかったのよ。きっと。白狼って珍しいし、美香子おばちゃんも婿養子取るくらいでしょう」
「でも、なんで、俺だけ離された? 一緒でも良くない?」
「ごめん、俺、男の子育てる自信がなくてさ。小さい頃からお母さん、お母さんって龍弥、俺のこと嫌ってたから。仕事で家にろくにいられなかったし。ま、今となっては美香子さんたちと一緒に暮らしてくれて本当に助かったよ。馴染んでたから」
「いろいろ隠しててごめんね。龍弥。おばあちゃんは結婚してくれるだけで本当に幸せもんだよ」
「俺もだよ。本当、龍弥、おめでとうな」

 智美と良太は泣いて喜んでいた。大人の事情。なんで晴れの舞台のこういう場所で言うんだか、何だか複雑だったが本当の父がわかって嬉しくなった。自分はどこの人間で誰の子かをずっとずっと探していた。本当の母の正体も知ることができて心底安心した。父から後で母の写真をこれでもかと見せてもらった。

 俺はここに存在してていい。
 生きてていいとさえ思った。
 いずれ生まれてくる子どもを胸はって出迎えられる。そんな気さえした。



 結婚式を終えた2人はそのまま新婚旅行へと旅に出かけた。
 仕事の休みもまとめてでしか取れないため、ここというところで確保した。

 と言っても、国内旅行で済ませていた。あまり遠出することを嫌う菜穂は国内で十分という話だった。
 空は雲を吹き飛ばしてパキッと晴れていた。
 飛行機雲も出ていない。

 明日もきっと晴れるだろう。