「流石に寒いな」
季節はもう11月、外はすっかり寒くなってる。
(流石に早く来すぎたか…)
今日は奏との約束があるので、早めに集合場所に向かったのだが、まだ居ないらしい。
(仕方ないもう少し待つか)
そう考えていると、
「早いわね紬くん」
聞き覚えのある声が、話しかけてきた。
「そっちこそ、集合の30分前だぞ」
「私が誘ったのだから、遅れてくるのはあまりに失礼でしょ」
「そっか」
真面目なやつだなと思いつつ、やっぱりすごい視線が集まるなと思った。
ただでさえ容姿端麗なのに、ロングコートとブーツに着られてるような感じがなく、上手に着こなしてる。
(改めて見ると、やっぱり綺麗なやつだな)
クラスの男子がお近づきになりたいと思うのも、少しは同感できる。
「どうかした?」
「いや、何も」
思ったことを誤魔化したら、奏は不思議そうな顔をしたけど、気にせず、「早く行きましょ」と言って目的地に向かって歩いていった。
それに合わせて俺も歩いて行った。
「映画結構面白かったな」
映画を見終わった俺たちは予定通りカフェで感想を言い合うことにした。
「あら結構気に入ってくれた?」
眼の前には普段と違って上機嫌な彼女がいる。
多分好きな作品を見た後だからだろうか、のほほんとした空気が溢れ出でいた。
(なんか子どもみたいだな)
「なんか子どもみたいって今思った?」
「おい、思考を盗聴するな」
何でわかるんだ、怖いな。頭にアルミホイルでも巻こうかな。
これ以上奏に聞かれる前に俺は話題を逸らした。
「そいえば、映画の最後のシーンも良かったけど、中盤で主人公とヒロインの感情がぶつかり合うとこが良かったな」
「あからさまに話題を逸らしたわね。けど確かに私もそこのシーン好きよ」
あのシーンはホントに良かった、あんなに自分の気持ちを包み隠さずに言うのは、今の自分にはできない。だからこそ、少し懐かしく思ってしまった。
「ああやって本音で言い合えるのは、信頼してる証拠、だから私は少し憧れてしまうわね」
そう言った奏の表情は、さっきの雰囲気とは打って変わって悲しいものに見えた。
「現実もこんぐらい、本音を隠さずに言えたら良いのにな」
「そうね…」
現実と言うのは残酷だ、本音や事実を突きつければ人から嫌われ、真面目にしている人ほど、損をしてしまうものだ。
「さて、そろそろカフェを出ましょう。あんまり長居するのもあれだし」
「そうだな」
俺達は会計を済ませ、店を出でいった。
ガランコロン
「ん?あいつは…」
カフェを出たあと、服屋を目指して移動しながら、他愛のない会話をしているときだった。
「これはこれは、天乃くんじゃあないですか」
突然後ろから揶揄うような声で、話かけられた。
そいつの顔を見た瞬間俺は、血の気が引いたのを感じた。
「柏崎…」
柏崎康平、中学時代クラスの中心的な存在で、みんなから慕われていた人間。
そして思い出したくもない、あの事件の当事者でもある。
「紬くん?顔色悪いけど知り合いなの?」
奏が心配そうな表情で聞いてくる。
「中学時代の知り合いだよ、それより早く服屋に行くか」
奏にあの事を知られたくない、その思いで俺は素早くこの場を去ろうとした。
「ひどく冷たいじゃないですか、久しぶりの再会だというのに。あ、それより、そこの綺麗なお嬢さん、早くその男から離れた方がいいですよ」
(まさか⁈)
ここはショッピングモール、人も多くいる。こんな場所で、あのことを話すのか。
「彼は中学時代、僕のことを殴って怪我をさせました。彼に何もしてなかったのにです」
「やめろ!!」
思わず声に出してしまった。人の視線が俺に集まってくる。突然の大声に何事かと思う人の視線、話を聞いていて俺のことを冷たい目で見る視線、大丈夫か心配そうな目で見る視線。
あの時のトラウマが蘇る、クラス全員で俺のことを責めた、あの日の記憶が…
「突然大声を出さないでください、隣のお嬢さんもとても驚いていますよ」
「は!」
急いで奏に視線を向けると、驚いた表情の中に不安そうな表情があった。
「紬くん?」
「ごめん奏、ちょっと先に帰るわ」
奏のこんな表情を見たくない、そんな思いで俺はその場を飛び出した。
「待って紬くん!!」
引き止める奏を背に、俺はそのまま走っていった。
(なんで逃げたんだろう)
俺はあの後家に帰り、自室で座り込んだ。
感情に任せてあの場を去ったことは本当に正しい選択だったのだろうか、そして何故あの場を去ってしまったのかをずっと考えていた。だけど、答えは一つしかない。
(奏に知られたくなかったんだな俺は、そして、その時の姿を見たくなかった…)
奏が、俺の過去を知って失望する顔を、そして離れていく姿を、この目で見たくなかった。昔好きだった女の子が自分から離れていくように、奏まで離れていってほしくなかった。だから、自ら離れていってしまった、
昔離れていった女の子と、同じ感情を向けている女の子から、その姿を見ないように…
(結局俺はあの頃から変わらないんだな)
自分の思いを伝えられないところも
怖いことから逃げ出すところも
何もかも変わっていない
クズな人間だ…
「紬くんおはよう」
朝、奏が挨拶をしてきた。
「…おはよう」
だが、俺はそれに対して素っ気なく返して、そのまま横を通り過ぎてしまった。
あれから2日たった。ある程度気持ちの整理はついたが、奏が俺のことをどう思っているか、それを考えるだけで怖くなって避けてしまう。
話さないといけないことは分かっている。
だけど、もしかしたら奏が目の前からいなくなってしまうかもしれない。それが嫌で、未だ向き合わないといけない現実から逃げいた。
それは放課後、いつもの図書室に向かわずにそのまま帰ろうとしている時だった。
「あれ?」
下駄箱から1枚の手紙が落ちてきた。
(一体なんだ?)
内容は、今すぐに第二図書室に来い、というものだ。差出人は不明だけど、これは奏が入れたものだと何となく俺には分かった。
このまま帰ってしまう選択肢もあった。
が、そんな事していいのか、これ以上逃げるのは本当に自分が望むことか、と自分に問いかけた。そして俺は覚悟を決めて、第二図書室へと向かった。
「ふぅ〜」
(覚悟を決めろ自分)
俺は深呼吸して、ドアを開けた。
ガラガラガラガラ
「え…」
俺の目に映ったのは、夕陽に照らされながら穏やかな笑みを浮かべる奏だった。
「あら、紬くんよく来たわね」
「あ、あぁ」
俺はてっきり怒ったり、呆れられたりしてると思っていた、だけど、今の奏はそれとかけ離れた表情をしていた。
「どうしたの?そんなぼ〜として」
「あ、いや、何でもない気にしないで」
「そう?」
(って、見惚れてる場合か!)
そう自分を心の中で一括し、俺は、奏の前の席に座って、本題を話す。
「奏、今から話すことは誰にも言わないでくれ」
「分かってるわ」
これは俺が人を信用しなくなった話、そして大好きだったあの子が目の前から突然消えてしまった話。
8年前とある女の子に、いじめから助けてもらった。その女の子は気が強く物事をハッキリと言う子で、俺はその子に「もっと自分の気持ちを伝えろ」って真正面から言われたことを今でもハッキリと覚えてる。助けてもらったあとも、その子と遊ぶようになって、振り回されたりしたけど楽しかったし、前の自分に比べて明るくなって、自分の思いも言えるようになってきた。そんな日が続くようになって一年、ある日その子と喧嘩をしてしまった。理由は特によく覚えていないが、その子が珍しく弱音を吐いていたから、多分「気にしなくても良いよ」的なことを言ってしまったと思う。それが原因で喧嘩してそのままその日は解散してしまった。だけどその日からその子は現れなくなった。最初は昨日のことをまだ怒っているのだと思っていた。だけど、それは何日も続いた、1ヶ月続いた時、僕はあの子ともう会えないのだと気づいてしまった。
後悔した、喧嘩別れしてしまったことに、まだしっかりお礼を言えなかったことに、気持ちを伝えられなかったことに…
それからは、しっかり意見や気持ちを伝えるように生きようと決めた。いつかまた再会できた時に胸を張っていけるよう過ごしていこうと