夕暮れ時に笑うキミを僕は永遠に忘れない

その後すぐ先生が来たので、その場は収まったが、俺に対して視線が集まっていた。
(流石に注目されてるな〜)
2日間誰に対しても塩対応だった彼女が、3日目にしてようやくクラスメイトに挨拶。しかも周りから見れば、全く接点が無く目立たない陰キャに挨拶したとなれば目立つのは当然だ。
「ねぇ何で夜野さん、あいつに挨拶したのかな」
「本当にね、何でだろうね」
「夜野さん、あいつになんか弱みでも握られたのかな」
「そうだとしたら、最低だね」
小声で話してるつもりだろうけど、席が近いので耳に入ってくる。
(挨拶されたぐらいで大袈裟だな)
もちろん俺は、弱みをにぎるようなことはしてないし、にぎったとしても悪用する気は無い。それに、根も葉も無いことを言われて、あまりいい気分にならない。
その後何度もそんな噂を、耳にしながら過ごしていたら、放課後になっていた。
俺はいつも通りに、西館の図書室へ足を運び、中へ入った。中には夜野が、変わらずいた。
「やっぱいるんだな」
「邪魔って思うなら移動するけど」
「いいやあんな出来事があったから、もう関わろうしないだろうなって思ってたから」
普通あんな事があれば、もう関わろうとしない、会って3日目の男なら尚更。
だけど彼女は、気にすることない様子でいた。
「別にあなたが私に興味がないことはわかってるし、ここ以外静かに過ごせるとこが無いだけ」
「自分の家は、静かに過ごせないのか?」
「家族との仲が悪いので、家に居ても、集中出来ないだけです」
彼女の顔が少しだけ俯いた、だけどすぐに表情を直した。
「ですので、私は変わらず放課後ここにいるつもりです」
「なるほどね」
俺はそれ以上追求しなかった。誰でも知られたくない事はある。それに俺が知ったところで、他人の家族関係に口出しする権利が無いのだから。
少し沈黙が流れた後突然夜野が口を開いた。
「ごめんなさい」
「何が?」
「その挨拶したせいで、あなたが悪く言われてしまって」
「いいよ、別に気にしてないから」
どうやら夜野は、俺が悪く言われているのを気にしているらしい。実際は慣れているからそこまで気にして無いのだけど。
「そいえば」
ここで俺はある疑問を口にした。
「どうして朝、俺に挨拶したの?」
彼女が挨拶する理由なんて無いし。他人との
コミュニケーションをあまり好まない彼女が、何故挨拶したのかが疑問に思い質問した。
「どうしてって」
彼女は少し困った様な顔をしながら。
「ただ挨拶したい気分だったから」
そんな彼女の返答に少し戸惑った。
「そんな理由?」
「そんな理由って言われても、そう答えるしかありません」
意外な回答と、少し考え過ぎた自分に、少し笑ってしまった。
「なんで笑ってるのですか?」
「いや可愛い理由だなと」
「別に挨拶するのに理由なんか要らないと思いますけど」
「それもそうだな」
彼女もおかしいと思ったのか少し笑っていた。
(クラス内でこんな顔されたら、クラス中の男子釘付けだろうな。)
「夜野さん、今の感じで話せばクラスに溶け込めると思うけど」
「それ遠回しにクラスに溶け込めてないって言ってるように聞こえるけど」
「実際そうじゃん」
「あなたはもう少し気を使って話すことは出来ないの?」
「あいにく無理だな」
そんなやり取りをして、互いにまた笑った。
あの日から1ヶ月経った。
特に何かあったかと言えば何もない。ただ奏と紬、互いに下の名前で呼び合うようになって、図書室以外でも話すことが増えたぐらいだ。
そして今日の放課後もいつも通り図書室で過ごしている。もうすっかり奏がいることも当たり前になっていた。
「ねぇ紬くん?」
「どうした?」
「もうテスト期間だけど君は勉強しなくていいの?」
もうそろそろうちの高校は期末テストがある、この高校のテストは他校と比べてレベルが高いで有名で、しっかり勉強しないと赤点回避が至難の業だ。
「そういえばもうそんな時期か、すっかり忘れてた」
「やけに落ち着いてるわね?」
「別に赤点を回避さえすれば俺は良いからね」
「ふぅんそうなんだ」
最近になって奏のことが少しわかった。彼女は思った以上に喋ることだ。基本僕と比野がよく話し相手になっているが、他の人には話しかけていない、女子から話しかけられても、男子から話しかけられても、彼女は塩対応。なので彼女は一定の信頼が無いとそもそも話さない。
そんな彼女の次の言葉で俺は驚いた。
「ねぇ紬くん、期末テストの合計点私の方が高かったら、一緒に映画見に行ってよ」
「別に良いよ…ん?今なんて?」
奏からの予想外の言葉に戸惑って、思わず聞き返す。
「だから、テストの合計点私の方が高かったら一緒に映画見に行こうって言ったの」
「何故テストの点数勝負をするのかはともかく、何で俺と映画を見に行きたいの?」
正直何か裏があるとしか思えなかった。疑うことはあまり良く無いだろうが、急過ぎる上ここまで普通だと、どうしても疑ってしまった。
「最近やってる映画を見たいのだけど、内容的に比野さんは誘えないし、その、1人だとなんか寂しいから」
じゃあ何故普通に誘わなかったのか疑問に思ったが、口にせず、珍しい彼女の提案に乗ってみることにした。
「良いけど負けても文句言うなよ」
「負けると思ってないし、負けても文句言わないから」
自信があるのか、少し口角が上がっている。
何で奏がこんな事を言ったのか気になったが、あまり気にしないでおこうと思った。そしてその自信を無くさせてやると少々考えながら、内心楽しんでいた。
テストの結果が返ってきた。
そこには全部90点以上のテストたちが並んでいた。
「ま、負けた…」
俺は5教科合計で486点、奏は480点だった。
「結構危なかった。頭良さそうだとは思ってたけど、まさかここまでとは」
「ねぇ全部嫌味にしか聞こえないのは気のせいかしら」
「気のせい、気のせい」
実際奏は頭が良い、この高校に編入する時点で相当頭が良くないと入れない。それに加えて編入して初めてのテストで傾向もわからない中受けてこの点数だ、たぶん次のテストからは勝てないだろう、今回は運良く勝てただけだ。
「悔しい」
「まぁ負けは負けだ、認めろ」
奏はむすっとした表情を浮かべる、反応が面白くて少し揶揄い過ぎてしまった。
「映画行きたかったな…」
そうボソッと奏が呟いた。何故彼女がここまでして映画を一緒に見に行きたかったのかわからない、けど少し寂しそうに見えた。その寂しそうな瞳が少し自分と重なってしまい、気づけば口が動いていた。
「まぁこうやって競うの楽しかったし、映画ぐらいなら付き合ってあげるよ」
「えっ?」
「もともと映画は久々に見に行きたかったしな」
映画自体暇つぶしになるし、最近行ってなかったのは本当なので嘘ではない。
奏は驚いた顔をしていた。きっと俺がこういうことをするとは思っていなかったのだろう。
「どうする?やめるのか?」
「私が最初にお願いしたのだもの、一緒に行くわ。」
そう問い掛ければ、彼女はそう答えた。
「わかった、見に行く日はまた話そう」
「えぇそうね」
今決めてしまっても良いが、日が落ちる前に帰った方が良いだろう。
冬と言うこともあって外は既にオレンジ一色に染まっていた。
「あの…」
「どうした?」
奏が少し言いづらそうに口を開いた。
「連絡先交換しない?ほら互いに連絡したいことがあればすぐに聞けるし」
「良いよ、確かに交換した方がいいな」
そいえばまだ連絡先を交換していなかったし、あった方がいろいろと都合がいい。
そう思いながら、奏の前に自分の連絡先を表示したスマホを出した。
奏がスマホを出して、連絡先を読み込み交換することができた。
「じゃああとで予定がない日をメールで送ってくれ、
奏の都合に合わせるから」
「別に気を遣わなくてもいいのよ?」
「気を遣っている訳じゃないから安心しろ、ただその方が楽ってだけ」
「そうなのね」
他人に合わせた方がいろいろと早く決まるので楽だ。
問題事が起こることも少ないし、下手に気を遣わせることもない。
「じゃあ今日の夜にメールで送っとくわね」
「よろしくな」
そう言って今日は互いに帰った。
連絡先を交換した日の夜
映画を見る日を決めるため僕は奏に連絡した。
『奏、映画を見る日はいつが良い?』
『そうね、週末は基本予定が空いてるけど、強いて言えば来週の日曜日が良いわ』
『了解、じゃあ来週の日曜日の10時にに駅の前集合で』
『わかった』
味気のない会話、ただ日にちと集合場所を決めただけだ。これで連絡を終わりにしようとスマホを机の上に置こうとした時だった。
♩♩♩♩
スマホから着信音が鳴った、なんだと思い画面を見ると、夜野奏と表示されていた。
「なんだ?」
「いや、ただメールだと細かいこと決めにくいなって思って、電話かけた」
「そうゆうことか」
別に決める必要ある?と思ったが口にせず、遅い時間でもないので奏に合わせようと思った。
「なんか他に行きたいことでもあるのか?」
「⁈ いや、その…」
図星なのか少し驚いているようだが、声では平静を装った。
「映画見た後に少しカフェ寄って、その後ショッピングモールを周らない?」
「カフェは良いがショッピングモールは僕いらないだろ」
完全にデートみたいになってしまう。それに付き合っても無い男と一緒に周って何が楽しいのか
「ただ1人だと声かけられたりとかするから、男避けとして一緒にいて欲しいなと」
「なるほど」
確かに奏はかなり美人だ、顔はもちろんスタイルだって良いし、髪もさらさらで、ケアを怠ってないことが一目でわかる。ナンパされるのも無理はないし、それがいやで頼むのも納得できる。ただ…
「それは良いけど奏は嫌じゃないのか、俺だって一応男だし下心が無いとゆう保証は無いぞ」
興味は正直に言って無いわけでは無いが薄い。あとあまりに簡単にお願いするのでもう少し警戒心を持ってもらいたいと思った。
「嫌だったらお願いしないし、紬くんあんまり私に対してそうゆう感情あまりないでしょ。だからお願いしたのよ」
「左様で…」
だからと言って簡単に男にお願いするのはどうかと思うが…
(それにしたって信用し過ぎだろ)
こっちとしてはその信用が少し怖いまである。流石にこれは少しくぎを刺しておこう。
「だとしてもあんまりそうゆうお願いするなよ。いつか勘違いされるからな」
「わかってるわよ、それぐらい」
本当にわかっているのかあやしいが、理解してると言うならこれ以上は言えない。
(本当に理解してんのかね〜)
「なんか失礼なこと考えてない?」
「エスパーか」
何故急に思考を読んでくる。

そうこうしてるうちに時間が過ぎてった。
(そろそろ寝るか)
大体予定が決まったのでそろそろ寝ることにした。
「眠くなってきたでそろそろ通話やめて良い?」
「あら?もうこんな時間なのね、こんな長く通話しちゃってごめんなさい」
大体2時間通話してただろうか、既に時計は0時を過ぎていた。
「ん、じゃあおやすみ」
「おやすみなさい」

通話が終わり、何も表示されてない真っ黒の画面を見ながら…
紬が言った言葉を思い出す。
『だとしてもあんまりそうゆうお願いするなよ』
「君以外にこんなお願いするわけないわよ…」
消えそうなくらいのか細い声が夜に溶けていった。
「流石に寒いな」
季節はもう11月、外はすっかり寒くなってる。
(流石に早く来すぎたか…)
今日は奏との約束があるので、早めに集合場所に向かったのだが、まだ居ないらしい。
(仕方ないもう少し待つか)
そう考えていると、
「早いわね紬くん」
聞き覚えのある声が、話しかけてきた。
「そっちこそ、集合の30分前だぞ」
「私が誘ったのだから、遅れてくるのはあまりに失礼でしょ」
「そっか」
真面目なやつだなと思いつつ、やっぱりすごい視線が集まるなと思った。
ただでさえ容姿端麗なのに、ロングコートとブーツに着られてるような感じがなく、上手に着こなしてる。
(改めて見ると、やっぱり綺麗なやつだな)
クラスの男子がお近づきになりたいと思うのも、少しは同感できる。
「どうかした?」
「いや、何も」
思ったことを誤魔化したら、奏は不思議そうな顔をしたけど、気にせず、「早く行きましょ」と言って目的地に向かって歩いていった。
それに合わせて俺も歩いて行った。
「映画結構面白かったな」
映画を見終わった俺たちは予定通りカフェで感想を言い合うことにした。
「あら結構気に入ってくれた?」
眼の前には普段と違って上機嫌な彼女がいる。
多分好きな作品を見た後だからだろうか、のほほんとした空気が溢れ出でいた。
(なんか子どもみたいだな)
「なんか子どもみたいって今思った?」
「おい、思考を盗聴するな」
何でわかるんだ、怖いな。頭にアルミホイルでも巻こうかな。
これ以上奏に聞かれる前に俺は話題を逸らした。
「そいえば、映画の最後のシーンも良かったけど、中盤で主人公とヒロインの感情がぶつかり合うとこが良かったな」
「あからさまに話題を逸らしたわね。けど確かに私もそこのシーン好きよ」
あのシーンはホントに良かった、あんなに自分の気持ちを包み隠さずに言うのは、今の自分にはできない。だからこそ、少し懐かしく思ってしまった。
「ああやって本音で言い合えるのは、信頼してる証拠、だから私は少し憧れてしまうわね」
そう言った奏の表情は、さっきの雰囲気とは打って変わって悲しいものに見えた。
「現実もこんぐらい、本音を隠さずに言えたら良いのにな」
「そうね…」
現実と言うのは残酷だ、本音や事実を突きつければ人から嫌われ、真面目にしている人ほど、損をしてしまうものだ。
「さて、そろそろカフェを出ましょう。あんまり長居するのもあれだし」
「そうだな」
俺達は会計を済ませ、店を出でいった。

ガランコロン
「ん?あいつは…」
カフェを出たあと、服屋を目指して移動しながら、他愛のない会話をしているときだった。
「これはこれは、天乃くんじゃあないですか」
突然後ろから揶揄うような声で、話かけられた。
そいつの顔を見た瞬間俺は、血の気が引いたのを感じた。
「柏崎…」
柏崎康平、中学時代クラスの中心的な存在で、みんなから慕われていた人間。
そして思い出したくもない、あの事件の当事者でもある。
「紬くん?顔色悪いけど知り合いなの?」
奏が心配そうな表情で聞いてくる。
「中学時代の知り合いだよ、それより早く服屋に行くか」
奏にあの事を知られたくない、その思いで俺は素早くこの場を去ろうとした。
「ひどく冷たいじゃないですか、久しぶりの再会だというのに。あ、それより、そこの綺麗なお嬢さん、早くその男から離れた方がいいですよ」
(まさか⁈)
ここはショッピングモール、人も多くいる。こんな場所で、あのことを話すのか。
「彼は中学時代、僕のことを殴って怪我をさせました。彼に何もしてなかったのにです」
「やめろ!!」
思わず声に出してしまった。人の視線が俺に集まってくる。突然の大声に何事かと思う人の視線、話を聞いていて俺のことを冷たい目で見る視線、大丈夫か心配そうな目で見る視線。
あの時のトラウマが蘇る、クラス全員で俺のことを責めた、あの日の記憶が…
「突然大声を出さないでください、隣のお嬢さんもとても驚いていますよ」
「は!」
急いで奏に視線を向けると、驚いた表情の中に不安そうな表情があった。
「紬くん?」
「ごめん奏、ちょっと先に帰るわ」
奏のこんな表情を見たくない、そんな思いで俺はその場を飛び出した。
「待って紬くん!!」
引き止める奏を背に、俺はそのまま走っていった。
(なんで逃げたんだろう)
俺はあの後家に帰り、自室で座り込んだ。
感情に任せてあの場を去ったことは本当に正しい選択だったのだろうか、そして何故あの場を去ってしまったのかをずっと考えていた。だけど、答えは一つしかない。
(奏に知られたくなかったんだな俺は、そして、その時の姿を見たくなかった…)
奏が、俺の過去を知って失望する顔を、そして離れていく姿を、この目で見たくなかった。昔好きだった女の子が自分から離れていくように、奏まで離れていってほしくなかった。だから、自ら離れていってしまった、
昔離れていった女の子と、同じ感情を向けている女の子から、その姿を見ないように…
(結局俺はあの頃から変わらないんだな)
自分の思いを伝えられないところも
怖いことから逃げ出すところも
何もかも変わっていない
クズな人間だ…
「紬くんおはよう」
朝、奏が挨拶をしてきた。
「…おはよう」
だが、俺はそれに対して素っ気なく返して、そのまま横を通り過ぎてしまった。
あれから2日たった。ある程度気持ちの整理はついたが、奏が俺のことをどう思っているか、それを考えるだけで怖くなって避けてしまう。
話さないといけないことは分かっている。
だけど、もしかしたら奏が目の前からいなくなってしまうかもしれない。それが嫌で、未だ向き合わないといけない現実から逃げいた。

それは放課後、いつもの図書室に向かわずにそのまま帰ろうとしている時だった。
「あれ?」
下駄箱から1枚の手紙が落ちてきた。
(一体なんだ?)
内容は、今すぐに第二図書室に来い、というものだ。差出人は不明だけど、これは奏が入れたものだと何となく俺には分かった。
このまま帰ってしまう選択肢もあった。
が、そんな事していいのか、これ以上逃げるのは本当に自分が望むことか、と自分に問いかけた。そして俺は覚悟を決めて、第二図書室へと向かった。

「ふぅ〜」
(覚悟を決めろ自分)
俺は深呼吸して、ドアを開けた。
ガラガラガラガラ
「え…」
俺の目に映ったのは、夕陽に照らされながら穏やかな笑みを浮かべる奏だった。
「あら、紬くんよく来たわね」
「あ、あぁ」
俺はてっきり怒ったり、呆れられたりしてると思っていた、だけど、今の奏はそれとかけ離れた表情をしていた。
「どうしたの?そんなぼ〜として」
「あ、いや、何でもない気にしないで」
「そう?」
(って、見惚れてる場合か!)
そう自分を心の中で一括し、俺は、奏の前の席に座って、本題を話す。
「奏、今から話すことは誰にも言わないでくれ」
「分かってるわ」
これは俺が人を信用しなくなった話、そして大好きだったあの子が目の前から突然消えてしまった話。