「ううっ! また決闘の申し込みが……」
リヒトは、部屋に積み上がった手紙の束を見て顔を顰めた。
このところ、リヒトには毎日のようにローズを巡っての決闘の申し出が届いていた。
『落ちこぼれ』と呼ばれていたからこそ、『あわよくば』と思われているんだろうということはリヒトは自分も理解していたが、それにしても量が多すぎる。
「毎日戦っているんですが、量がおかしくないですか?」
「まあ、おかしくないんじゃないかな」
リヒトの部屋で椅子に腰掛けて本を読んでいたレオンは、その問いに静かに答えた。
「最近のローズは……綺麗になったからね」
「……」
「昔は笑い方がもう少し固かった気がするんだけど。今はそう……幸せそうに笑うんだ。元々ローズは見目はいい方だけれど、花が咲くような笑い方っていうわけではなかったから」
レオンはそう言うと、リヒトの顔をチラリと見た。
「咲き誇る美しい薔薇を目にすれば、摘み取りたいと思うのも人のさがというものだろう」
「兄上」
すらすらと言葉を並べたレオンは、ぷるぷる震えるリヒトを見てにこりと笑った。
「なにかな? リヒト」
「……俺のこと、いじめて遊ぶのやめてください……」
「残念だけど、君のそういう表情を見るのは、僕は案外嫌いではないらしい」
机に顔をつけて、情けない声を上げるリヒトの髪を、レオンは側によると優しく撫でた。
まるで幼子にするように。
「……」
リヒトはその時、あることに気が付いた。
今のリヒトは、レオンが一〇年間眠り続けた間の意識がないことを知っている。
だが『賢王』としての記憶の欠片がレオンの中にあるならば、レオンはリヒトより多くのことを知っているかもしれなかった。
それはもしかしたら、リヒトのことを幼子のように思うくらいに。
前世では弟、現世では兄。
そんな兄に子どもにするように優しく頭を撫でられて、リヒトはなんだか照れくさくなってしまった。
嬉しいはずなのに、慣れない。
リヒトはほんのりと赤く染まった頬を隠すように、レオンに背を向けた。
「……そ、それでっ! あの、兄上。……父上は、今どう過ごされていますか」
リヒトの問いに、レオンはわずかに眉間にシワを作った。
「いつも通りさ。子どもじゃないんだから、避けるのはどうかと僕も思うけどね」
やれやれとでも言うように、レオンはため息まじりに言った。
最後までリヒトを認めなかったリカルドは、リヒトを王太子として認め、そして落ち着いた頃リヒトに王座を譲り、王都から離れて暮すと言いだした。
「それで? リヒト。君はどうするつもりなんだい?」
「……」
リヒトは兄の問いには答えずに、静かに席を立った。
レオンはその背を見送りながら、ふうと息を吐いた。
◇
白い百合の花。
リヒトとレオンの母が愛したその美しい庭を、リカルドは一人見つめていた。
もうすぐ息子が結婚する。
英雄と王太子の結婚に国中が活気付く中、彼は人を避けるかのように庭に佇んでいた。
これまでのことを思い出し、リカルドは深く息を吐いた。
他者の才能を理解するのも、一つの才能だ。リカルドは、それを理解していた。
無才の凡人が、天才と呼ばれる人間を殺すことなんて、最初から知っていたはずだった。遠い日に、無能な自分の代わりに、妹がこの世界から姿を消した日に。
アメリア・クリスタロス。
『光の巫女』として神殿に入ったリカルドの妹は、優れた能力を持ちながら破天荒な性格をしていた。
未来予知と治癒。その二つで、当時彼女の右に出る者は居なかった。そして、公にはされていないものの、アメリアもまた『二属性』の適性を持っていた。
光属性と強化属性。
彼女の公なイメージを保つため、神殿は彼女が『光の巫女』として活躍していた際は、彼女が強化属性持ちであることは秘匿した。
しかし彼女は、その抑圧に抗うように身分を隠し神殿から脱走し、運命の出会いをした。そして彼女は、『誰よりもクリスタロスの王に相応しい』とも言える金髪に赤目の美しい男の子を産んだ。
ローゼンティッヒ・フォンカート。
その子どもが生まれてからというもの、生まれつき強い魔力の代わりに体の弱かった王妃になかなか子どもが出来なかったことから、ローゼンティッヒを次期国王に望む声が上がるようになった。
騎士団に入ったローゼンティッヒは、瞬く間に頭角を現した。
母に似た明るい性格、それでいて優しい少年の人柄はは、周囲に好感を抱かせるには十分だった。
幼い頃はまだ、妹とは良好な関係を気付けていたとリカルドは思う。
けれど強い魔力が尊ばれるこの世界で、リカルドは妹やその子どもと比較されては、自分の立場に不安を感じていた。
そんな時だった。
ようやく第一子のレオンが生まれ、リカルドは一安心した。
美しい外見と才能を持つ子どもは、『賢王』レオンの生まれ変わりとみなが評した。だが次に生まれたリヒトは、クリスタロスの歴史上類を見ないほど、『無才の王子』だった。
リカルドは悩んだ。
『光の巫女』と『凡人な自分』。
『賢王レオンの生まれ変わり』と『無才の王子』。
自分の過去を思えば、リヒトがやがて過去の自分と同じように周囲と比べられることは容易に想像出来た。その中でリヒトが過去の自分と同じように心を痛めることは、想像に難くなかった。
王妃の体調が以前より悪くなったせいではない。
ただ自分の苦い記憶が甦り、リカルドはレオンの時より、生まれたばかりのリヒトに関わりを持つことが出来なかった。
そしてリヒトが生まれてから二年ほどたった頃、アメリアが突然倒れた。
原因は、ベアトリーチェ・ロッドを蘇生させたことによる後遺症。
それは『光の巫女』なら、当然予知できた未来のようにリカルドには思えた。
『最初から、分かっていたのか? こうなることが分かっていて、お前は魔法を使ったのか?』
リカルドの問いに、アメリアは曖昧に微笑んだ。
いつも快活に笑っていた彼女が弱々しく見えて、リカルドは胸がざわつくのを感じた。
『兄様。それでも私はいつか、この選択が正しかったと、兄様もそう分かってくれる日が来ると信じています』
見ず知らずの他人を助け、妹が死ぬことを正しいと思う日が来る筈なんてない。
唇を噛みしめたリカルドを見て、アメリは言った。
『泣かないでください』
『私は泣いてなどいない』
実際その時、リカルドは泣いてはいなかった。
『私は、私は……』
ただ――涙をこらえていたというだけで。
『兄様。いつかこの世界も、魔力だけが評価される世界ではなくなります。だから、どうか忘れないでください。明るい方に、光は伸びるということを』
言葉遊びだ。そんな日なんて来るはずはないのに。
リカルドがアメリアとそんな言葉を交わした翌日、アメリアは部屋から姿を消した。
そしてリカルドは妹の侍女から、アメリアは未来を変えるために異世界に行くのだと言い、一人歪みの中に消えたことを聞かされた。
たった一人の妹だった。
その妹は、もうこの世界のどこにも居なくなってしまった。
『歪み』を広げるようなアメリアの行いは、この世界では現在禁じられていることの一つで、彼女の死の本当の理由が公表されることはなかった。
花で満たされた空の棺が厳かに運ばれるのを、リカルドは見つめることしか出来なかった。
妹がこの世界に居なくなったのに、世界はいつもと変わらず回り続けた。
それから少しして、リカルドは『剣聖』グラン・レイバルト――過去『魔王』を倒した男に、レオンの師となることを頼んだ。
グランは、領地からユーリという子どもを引き連れ王都にやってきた。
彼はレオンだけではなく、ユーリや彼の孫であるギルバートも含めた指導を行うようになった。グランはレオンの才能を評価していた。
その言葉を聞いて、リカルドは安堵した。
だが妹に続き程なくして、最愛の王妃もリカルドの前から消えてしまった。
『どうか二人のことを、同じように愛してあげてください』
彼女の棺には、彼女の愛した白百合の花が満たされた。
そしてその頃、精霊病という病が世界中で発祥事例が報告され始め、リカルドは二人の息子が病を発症しないか気が気でなかった。
幸い発症こそしなかったものの、第一王子レオンは、ある日原因不明の眠りについた。
信じていた者たちが、愛していた者たちが一人一人自分の前で倒れる中――リカルドは妹と同じように幼いながらも強い光魔法を使える少女に、祈りを託すことしか出来なかった。
『君だけが頼りだ。お願いだ。レオンを、息子を守ってくれ。この国の、次の王を』
結局は、力を持つ者だけが大切な者を守ることが出来、持たざる者は奪われることしか出来ない。
眠りについたレオンの手を握り、リカルドはそう思った。
リヒトが魔法を使えない代わりに、魔法道具の研究をしていることは知っていた。
でもそれは所詮子ども遊びで、才能あるギルバートが居たからこそ成し得たことだとリカルドには思えた。
だからレオンと共にギルバートが眠りについたこともあり、リカルドはリヒトに研究結果を発表することを禁じた。
その魔法に『間違い』が合ったとき、まず矢面に立たされるのは間違いなくリヒトであり、リカルドはその時に、リヒトを庇うだけの力は、自分にはないように思えた。
たった一人残された息子を――リヒトを思い守ろうと思えば思うほど、いつの間にかリカルドは、自分が幼い頃から向けられていた言葉と同じ言葉を、リヒトに向けるようになっていた。
そうする内に、いつの間にか幼い頃は妹に似た笑みを浮かべていたリヒトは、リカルドを真っ直ぐに見ることすらなくなった。
自分がどこで何を間違えたのか、リカルドには分からない。
ただどんな過去があったとしても、それは結局、その人間の都合でしかないと、今のリカルドは思った。
そして自分がリヒトにしてきたことを思えば、息子から離れることが『正解』だと彼は思った。
これ以上自分の存在が、リヒトを傷つけることのないように。
リカルドがそう思い、庭を立ち去ろうとしたとき――聞き慣れた子どもの声が、彼のことを呼び止めた。
「――父上」
リヒトは、部屋に積み上がった手紙の束を見て顔を顰めた。
このところ、リヒトには毎日のようにローズを巡っての決闘の申し出が届いていた。
『落ちこぼれ』と呼ばれていたからこそ、『あわよくば』と思われているんだろうということはリヒトは自分も理解していたが、それにしても量が多すぎる。
「毎日戦っているんですが、量がおかしくないですか?」
「まあ、おかしくないんじゃないかな」
リヒトの部屋で椅子に腰掛けて本を読んでいたレオンは、その問いに静かに答えた。
「最近のローズは……綺麗になったからね」
「……」
「昔は笑い方がもう少し固かった気がするんだけど。今はそう……幸せそうに笑うんだ。元々ローズは見目はいい方だけれど、花が咲くような笑い方っていうわけではなかったから」
レオンはそう言うと、リヒトの顔をチラリと見た。
「咲き誇る美しい薔薇を目にすれば、摘み取りたいと思うのも人のさがというものだろう」
「兄上」
すらすらと言葉を並べたレオンは、ぷるぷる震えるリヒトを見てにこりと笑った。
「なにかな? リヒト」
「……俺のこと、いじめて遊ぶのやめてください……」
「残念だけど、君のそういう表情を見るのは、僕は案外嫌いではないらしい」
机に顔をつけて、情けない声を上げるリヒトの髪を、レオンは側によると優しく撫でた。
まるで幼子にするように。
「……」
リヒトはその時、あることに気が付いた。
今のリヒトは、レオンが一〇年間眠り続けた間の意識がないことを知っている。
だが『賢王』としての記憶の欠片がレオンの中にあるならば、レオンはリヒトより多くのことを知っているかもしれなかった。
それはもしかしたら、リヒトのことを幼子のように思うくらいに。
前世では弟、現世では兄。
そんな兄に子どもにするように優しく頭を撫でられて、リヒトはなんだか照れくさくなってしまった。
嬉しいはずなのに、慣れない。
リヒトはほんのりと赤く染まった頬を隠すように、レオンに背を向けた。
「……そ、それでっ! あの、兄上。……父上は、今どう過ごされていますか」
リヒトの問いに、レオンはわずかに眉間にシワを作った。
「いつも通りさ。子どもじゃないんだから、避けるのはどうかと僕も思うけどね」
やれやれとでも言うように、レオンはため息まじりに言った。
最後までリヒトを認めなかったリカルドは、リヒトを王太子として認め、そして落ち着いた頃リヒトに王座を譲り、王都から離れて暮すと言いだした。
「それで? リヒト。君はどうするつもりなんだい?」
「……」
リヒトは兄の問いには答えずに、静かに席を立った。
レオンはその背を見送りながら、ふうと息を吐いた。
◇
白い百合の花。
リヒトとレオンの母が愛したその美しい庭を、リカルドは一人見つめていた。
もうすぐ息子が結婚する。
英雄と王太子の結婚に国中が活気付く中、彼は人を避けるかのように庭に佇んでいた。
これまでのことを思い出し、リカルドは深く息を吐いた。
他者の才能を理解するのも、一つの才能だ。リカルドは、それを理解していた。
無才の凡人が、天才と呼ばれる人間を殺すことなんて、最初から知っていたはずだった。遠い日に、無能な自分の代わりに、妹がこの世界から姿を消した日に。
アメリア・クリスタロス。
『光の巫女』として神殿に入ったリカルドの妹は、優れた能力を持ちながら破天荒な性格をしていた。
未来予知と治癒。その二つで、当時彼女の右に出る者は居なかった。そして、公にはされていないものの、アメリアもまた『二属性』の適性を持っていた。
光属性と強化属性。
彼女の公なイメージを保つため、神殿は彼女が『光の巫女』として活躍していた際は、彼女が強化属性持ちであることは秘匿した。
しかし彼女は、その抑圧に抗うように身分を隠し神殿から脱走し、運命の出会いをした。そして彼女は、『誰よりもクリスタロスの王に相応しい』とも言える金髪に赤目の美しい男の子を産んだ。
ローゼンティッヒ・フォンカート。
その子どもが生まれてからというもの、生まれつき強い魔力の代わりに体の弱かった王妃になかなか子どもが出来なかったことから、ローゼンティッヒを次期国王に望む声が上がるようになった。
騎士団に入ったローゼンティッヒは、瞬く間に頭角を現した。
母に似た明るい性格、それでいて優しい少年の人柄はは、周囲に好感を抱かせるには十分だった。
幼い頃はまだ、妹とは良好な関係を気付けていたとリカルドは思う。
けれど強い魔力が尊ばれるこの世界で、リカルドは妹やその子どもと比較されては、自分の立場に不安を感じていた。
そんな時だった。
ようやく第一子のレオンが生まれ、リカルドは一安心した。
美しい外見と才能を持つ子どもは、『賢王』レオンの生まれ変わりとみなが評した。だが次に生まれたリヒトは、クリスタロスの歴史上類を見ないほど、『無才の王子』だった。
リカルドは悩んだ。
『光の巫女』と『凡人な自分』。
『賢王レオンの生まれ変わり』と『無才の王子』。
自分の過去を思えば、リヒトがやがて過去の自分と同じように周囲と比べられることは容易に想像出来た。その中でリヒトが過去の自分と同じように心を痛めることは、想像に難くなかった。
王妃の体調が以前より悪くなったせいではない。
ただ自分の苦い記憶が甦り、リカルドはレオンの時より、生まれたばかりのリヒトに関わりを持つことが出来なかった。
そしてリヒトが生まれてから二年ほどたった頃、アメリアが突然倒れた。
原因は、ベアトリーチェ・ロッドを蘇生させたことによる後遺症。
それは『光の巫女』なら、当然予知できた未来のようにリカルドには思えた。
『最初から、分かっていたのか? こうなることが分かっていて、お前は魔法を使ったのか?』
リカルドの問いに、アメリアは曖昧に微笑んだ。
いつも快活に笑っていた彼女が弱々しく見えて、リカルドは胸がざわつくのを感じた。
『兄様。それでも私はいつか、この選択が正しかったと、兄様もそう分かってくれる日が来ると信じています』
見ず知らずの他人を助け、妹が死ぬことを正しいと思う日が来る筈なんてない。
唇を噛みしめたリカルドを見て、アメリは言った。
『泣かないでください』
『私は泣いてなどいない』
実際その時、リカルドは泣いてはいなかった。
『私は、私は……』
ただ――涙をこらえていたというだけで。
『兄様。いつかこの世界も、魔力だけが評価される世界ではなくなります。だから、どうか忘れないでください。明るい方に、光は伸びるということを』
言葉遊びだ。そんな日なんて来るはずはないのに。
リカルドがアメリアとそんな言葉を交わした翌日、アメリアは部屋から姿を消した。
そしてリカルドは妹の侍女から、アメリアは未来を変えるために異世界に行くのだと言い、一人歪みの中に消えたことを聞かされた。
たった一人の妹だった。
その妹は、もうこの世界のどこにも居なくなってしまった。
『歪み』を広げるようなアメリアの行いは、この世界では現在禁じられていることの一つで、彼女の死の本当の理由が公表されることはなかった。
花で満たされた空の棺が厳かに運ばれるのを、リカルドは見つめることしか出来なかった。
妹がこの世界に居なくなったのに、世界はいつもと変わらず回り続けた。
それから少しして、リカルドは『剣聖』グラン・レイバルト――過去『魔王』を倒した男に、レオンの師となることを頼んだ。
グランは、領地からユーリという子どもを引き連れ王都にやってきた。
彼はレオンだけではなく、ユーリや彼の孫であるギルバートも含めた指導を行うようになった。グランはレオンの才能を評価していた。
その言葉を聞いて、リカルドは安堵した。
だが妹に続き程なくして、最愛の王妃もリカルドの前から消えてしまった。
『どうか二人のことを、同じように愛してあげてください』
彼女の棺には、彼女の愛した白百合の花が満たされた。
そしてその頃、精霊病という病が世界中で発祥事例が報告され始め、リカルドは二人の息子が病を発症しないか気が気でなかった。
幸い発症こそしなかったものの、第一王子レオンは、ある日原因不明の眠りについた。
信じていた者たちが、愛していた者たちが一人一人自分の前で倒れる中――リカルドは妹と同じように幼いながらも強い光魔法を使える少女に、祈りを託すことしか出来なかった。
『君だけが頼りだ。お願いだ。レオンを、息子を守ってくれ。この国の、次の王を』
結局は、力を持つ者だけが大切な者を守ることが出来、持たざる者は奪われることしか出来ない。
眠りについたレオンの手を握り、リカルドはそう思った。
リヒトが魔法を使えない代わりに、魔法道具の研究をしていることは知っていた。
でもそれは所詮子ども遊びで、才能あるギルバートが居たからこそ成し得たことだとリカルドには思えた。
だからレオンと共にギルバートが眠りについたこともあり、リカルドはリヒトに研究結果を発表することを禁じた。
その魔法に『間違い』が合ったとき、まず矢面に立たされるのは間違いなくリヒトであり、リカルドはその時に、リヒトを庇うだけの力は、自分にはないように思えた。
たった一人残された息子を――リヒトを思い守ろうと思えば思うほど、いつの間にかリカルドは、自分が幼い頃から向けられていた言葉と同じ言葉を、リヒトに向けるようになっていた。
そうする内に、いつの間にか幼い頃は妹に似た笑みを浮かべていたリヒトは、リカルドを真っ直ぐに見ることすらなくなった。
自分がどこで何を間違えたのか、リカルドには分からない。
ただどんな過去があったとしても、それは結局、その人間の都合でしかないと、今のリカルドは思った。
そして自分がリヒトにしてきたことを思えば、息子から離れることが『正解』だと彼は思った。
これ以上自分の存在が、リヒトを傷つけることのないように。
リカルドがそう思い、庭を立ち去ろうとしたとき――聞き慣れた子どもの声が、彼のことを呼び止めた。
「――父上」