俺の父さんは、直情径行な性格の人間が多く、現場で鉄拳制裁もまま起こる鍛冶師の中では珍しいくらい、難しいことを言う人だった。
『人のために生きることこそ、鍛冶師の本懐だ』
 そう口酸っぱく口にするくせに、またある時は、
『自分のために生きることこそが、鍛冶を何より色づけてくれる』
 とも口にしていた。
「わあぁ……」
 当時の俺は難しいことはわからなかったが、とにかく父さんが鍛冶をしている姿を見るのは好きだった。
 湧き出す玉のような汗、力強い槌の動きに、魔力文字をマイクロ単位で動かしエンチャントを行う繊細な鍛冶魔法。
 父さんが産みだした魔道具や武器・防具はその無骨な手から生み出されたとは思えないほどに美しく、そして何よりも実用的だった。
 そんな父親の仕事っぷりを言葉を覚えるよりも前からずっと見ていれば、自分も鍛冶師になりたいと思うのは当然のことだ。
 俺は父さんから鍛冶師としてのイロハを叩き込まれた。
 いつかは父さんを超える鍛冶師になる。それは俺の夢だった。
 けれどその願いは終ぞ叶うことはなかった。
 ――俺に免許皆伝を言い渡した父さんは、まるで俺が一人前になるのを見守ってくれていたかのようにぽっくりと死んでしまったからだ。
 畜生、勝ち逃げなんてズルいぜ、父さん……。
 当然ながら見習いを卒業したての俺に、鍛冶師としての実績なんかあるわけがない。
 けれど今更どこかの工房に入って徒弟から始める気にはなれなかった。
 だから最初は有り金を叩いて、店主が死んだ鍛冶屋を間借りさせてもらうところから始めた。
 それから一年は……まぁ色々なことがあった。
 今となってはいい思い出だが、苦い経験も楽しい思い出も、ぎゅっと凝縮した歳月だったように思う。
 世の中というのはなかなか思い通りにはいかないもので、鍛冶屋はいいものを作れば人気者になれるというわけではなかった。
 大口の仕事は巨大資本の鍛冶屋とそこからのれん分けをした屋号持ちに振り分けられ、俺のような小さな鍛冶屋には街で暮らす人達が日々使う金物の整備くらいしか仕事がこなかったのだ。
 腕には自信があったが、コネも実績もない俺ではそれを振るう場所がなかった。
 誰か有名なやつが使ってくれれば話は違うと思うんだが、どちらかというと見た目より性能重視な俺の武器は誰からも見向きもされない。
 父さんは誰より優れた鍛冶師だったが、世渡りが下手な人間だった。
 そしてなんとも残念なことに、その部分に関して俺は確実に父さんの血を受け継いでいたのだ。
 技術の向上も望めず、日々に汲々する生活。
 誰より優れた鍛治師になりたいという俺の思いは日に日に募った。
 これじゃあ俺が憧れた鍛冶師になれるのは一体いつの日になるか……そんな焦燥に駆られる日々が終わったのは、とある出会いのおかげだった。
 リアム率いる四人組パーティー、『仮初めの英雄(インスタントヒーロー)』。
 彼女達との邂逅は、俺の運命を変えた。
 魔法剣士のリアム、タンクのミラ、ランサーのフェイ、ヒーラーのナージャ。
 今では世界を救った英雄である彼女達も、最初はちっぽけなそこらにいる四人組の女冒険者パーティーだった。
「ここに腕の良くて偏見のない鍛冶師がいると聞いてきたんだけど……もしよければ、僕達の装備を揃えてくれない?」
 最初に声をかけられた時にはビビったもんだ。何せ四人全員が、とんでもない美人揃いだからな。
 彼女達は女だけで組んだパーティーということもあり、男所帯の鍛冶屋から舐められて門前払いを食らい続けていたらしい。そしたら街の外れで細々と商売をしている俺の話を聞きつけ、ここまでやってきたのだという。
 彼女達からしても、ダメ元のつもりだったのだろう。その顔を見れば、俺の返答に期待していないのは明らかだった。
 だから俺は言ってやったのさ。
「いいぜ、作ってやるよ」
 ってな。
 俺は武器を、防具を、魔道具を作る鍛冶師だ。
 そこには性別も種族も、貴賤も関係ない。
『人のために生きることこそ、鍛冶師の本懐だ』
 父さんが言っていたことは、ずっと俺の心の芯に在った。
 誰かのために役に立つものを作ることこそ、鍛冶師の本懐だ。
 彼女達はまずは武器を一式買っていき、今度は防具を仕立ててほしいと魔物の素材を持ってきた。
 俺は鍛治師なんだが……と思ったが、だからといって断るのなら彼女達を門前払いした鍛冶師共と同類になるような気がしたから、俺は彼女達の要望に応えてオーダーメイドで防具を仕立ててやった。
 当然ながらきっちり寸法も測る必要もあったが、そこは仕事だからな。
 セクハラにならないよう細心の注意を払いながら、プロとして仕事をさせてもらったよ。
 そんなことを繰り返すうちに、気付けばリアム達は俺の店の上客になっており。
 彼女達の名が売れるに連れて、俺は細かい金物以外の武具を仕立てることができるようになった。
「ラック、もしよければ……私達の、専属鍛治師になってくれないか?」
「ああ、もちろんだ」
 どうやら彼女達も比較検討のために色々と見て回ったらしいが、結果的に色眼鏡で見たり好色な目で見てくるようなこともなく、かつ腕が良い俺を選びたいということになったらしい。
 とてもではないが他の武器屋や鍛冶屋では、下着姿などさらせないんだと。
 まぁ無理もないとは思うが、そこをしっかりするのもプロの仕事だろうに。
 とまぁ、そんなわけで俺はリアム達『仮初めの英雄』の専属鍛冶師になったわけだ。
 俺とリアム達は職人と客でしかなかったが、その関係は次第に変わっていくことになる。
 武器と防具というのは最前線で戦い続ける冒険者にとって、何より大切なものだ。
 命の次に大切なそれを預かるパートナーとして、なまなかな仕事などできるわけがない。
 俺は彼女達と共に歩み、己を磨いていった。
『自分のために生きることこそが、鍛冶を何より色づけてくれる』
 父さんの言葉は、やはり何も間違ってはおらず。
 俺は彼女達を利用するような形で、己の理想の鍛冶師を目指すためにその腕を磨き続けた。 だがそれはまた彼女達とて同じ。
 俺達はお互いを利用しあう関係であり、お互いの腕を信じ合う仲間であり、そして同時に切磋琢磨し合うライバルでもあった。
 俺が“技”を磨けば、彼女達は“武”を磨く。
 俺が強力な武具を作り出してみせれば、彼女達はそれを使ってそれを超える武具を作れるだけの素材を揃えてみせる。
 そして二人三脚(正確には五人六脚だが)でハック&スラッシュを続けているうち……気付けば俺と彼女達の見る景色は今までとは違ったものになっていた。
 彼女達を死なせないよう死ぬ気で頑張り続けたおかげで俺の鍛冶の腕はメキメキと上達し、当時はすぐに魔力切れで大して使うこともできなかったエンチャントも、既に鼻歌交じりに使うことができるようになっていた。
 当初は剣や槍の穂先しか打てなかった俺は、既にあらゆる武器を自作できるようになっていたし、エンチャントが達者になったおかげで今では魔道具だろうがなんだろうが大抵のものはクラフトで作ることができるようになっていた。
 だがリアム達も負けてはいない。彼女達『仮初めの英雄』は世界でも五指に満たないSランク冒険者パーティーへと成長しており、とうとう国から正式に勇者として遇されるようになった。
 ただ彼女達が勇者になろうが、俺と彼女達の関係は何一つ変わらない。
 俺達は変わらぬライバルであり、終生の友でもあった。
 彼女達は王から正式に魔王討伐を命じられ、そのために必要なあるものを探すため古代遺跡へと向かった。
「ラック、これなんだが……直せるかい?」
 そうしてリアムに手渡されたのは、芯から朽ちておりほぼ全壊していると言っても過言ではない、一本の剣だった。
 その剣の名は聖剣クラウソラス――かつて滅ぼされたという超大国の建国王が使っていた、魔を誅するための剣だ。
 唯一魔王へ攻撃を可能とするという伝承の伝えられる、由緒正しき聖剣だった。
 詳細な説明は技術的な話になるので、結果だけ伝えよう。
 俺はその剣を、直すことができた。
 そして直すのにあたって必要だったため、古代文明で使われていた魔力文字である神聖文字を扱うことができるようになり、聖剣と同じ技術を流用する形でミラやフェイ、ナージャのための聖武具を作ることもできるようになった。
 彼女達は俺の武具を身につけて魔王の下へ向かい……そして魔王は無事倒された。
 夜も安心して眠れぬ脅威は過ぎ去り、世界は平和に包まれたわけだ。
 それが悪いことだって話じゃない。
 いやむしろ、平和になったのはいいことだろう。
 ただ俺の胸にやってきたのは……虚しさだった。
 魔王を討伐するために作った聖剣。あれを超える作品を作るには、とてつもない研鑽が必要になるはずだ。
 けれど俺の存在は良くも悪くも有名になってしまった。
 リアム達に頼んでいるおかげで流れの鍛治師ラックの名を知っているものはほとんどいない。
 だがそれでも最近は、リアム達を経由する形で俺に大量の鍛冶仕事が降ってくるようになった。
 それに……実はここ最近俺の頭を悩ませている、喫緊の問題があった。
 ――既に俺の技術の向上が、頭打ちになってきていたのだ。
 だが聖剣に記された神聖文字を解読し、魔力情報を読み取ることができるようになったことで新たな可能性が開けた。
 今日もまたこいつを研究して、なんとかして文字を圧縮した古代文明ばりの魔道具を作りたいところだ。
「仕事を終えてからじゃないと手を出せないのがしんどいんだよな……いっそのこと今後一切、仕事は断るか」
 たしかに勇者の側で技術を鍛えたから自分の腕には自信があるが、俺はそれでも流れの鍛冶師に過ぎない。
 俺より腕のいい鍛冶師なんか探せばいくらでもいる。
 それに魔物の被害は今後減っていくだろうから、わざわざ俺が必死こいて頑張る必要はもうないだろう。
「ふぅ、これでさっさと……来客か」
 オーダーメイドのエンチャントを付与した剣をいくつか作ってから仕事に打ち込もうとしていると、店のドアベルが鳴った。
 俺の店は店自体に高度な隠蔽をかけてあり、そこに鍛冶屋があるとしっかり認識できている人間でなければ見つけることができない。
 誰かと思い店に戻ると、そこには店と同じく隠蔽のかかっているローブを身に纏っている女性の姿があった。
 数日ぶりに見る彼女の姿に、先ほどまで感じていた不満など一瞬で吹っ飛んでいってしまう。
 見るのは数日ぶりのはずなのに、まるで何ヶ月もあっていないかのように感じてしまうのは、彼女がやってのけた功績の前に少し気後れがあるからだろうか。
「久しぶりだね――ラック」
 短く切り揃えた金の髪に、意志の強い青の瞳。
 その凜々しさから王都にファンクラブができていると噂の彼女こそ、魔王を倒しこの世界に平和をもたらした勇者リアムだ。
 「おう、巷じゃすっかり偉人扱いだろ。俺も敬語とか使った方がいいか?」
「そんなのやめてよ、ラックはラックのままでいて! 僕の方こそ、来るの遅くなっちゃってごめんね、色々と話さなくちゃいけない相手がいてさ……もう疲れちゃったよ」
 リアムは勝手知ったるといった様子で中へ入ると、椅子に座ったままぐでーっと机の上に倒れ込む。
 世の中の彼女を知っている人が見れば驚愕すると思うが、こいつは案外こんなやつだ。
 がさつだし、ボーイッシュというより男勝りという表現が正しいやつで、女の子らしさというものを母さんの腹の中に忘れてしまったようなやつだ。
 まぁ女の子女の子した子と比べると付き合いやすいから、俺は助かってるんだけどさ。
「色々大変だっただろ……」
「うん、過去形にはできないよねぇ……現在進行形で大変だし、多分一ヶ月後ぐらいまでは毎日パーティーや巡礼でおおわらわだよ」
 見ればリアムは、最後に見た時より明らかに元気がない。心なしかげっそりしているような気もする。
 慣れていない王族や大貴族達との気疲れするやりとりの毎日で、だいぶ心がすり減っているらしかった。
「勇者ってのも楽じゃないんだな……ほれ」
 店の裏から取ってきたポテトチップスを差し出すと、リアムはフードを脱ぎ捨ててからぽりぽりと食べ始める。
 ちなみにこれは自作だ。誰とも話さず長時間過ごすことも多いため一通りの家事はこなせるんだ。
「他人事だなぁ……本当ならラックも僕らと一緒に来るべきなんだからね?」
「趣味じゃないんだよ、目立つの」
 俺はリアム達に、俺の名前を出すことのないようお願いしている。
 おかげで勇者パーティーの専属鍛治師にしては、世俗的な柵も少ない方だと思う。
 俺は金や地位、名誉といった世間的に必要とされるもののほとんどを必要としていない。
 衣食住なんか最低限生きていければいいし、女を作る暇があるならその間に剣の一本も作っていたい。
 これは俺の持論だが、鍛冶師にとって世の中の柵は基本的には邪魔にしかならない。
 リアム達が有力者達のため断り切れないものを選別し、こちらに回してくる仕事を最小限にしてくれていることはわかってはいるのだが、俺視点からするとこれでも大分多い方だ。
 リアム達からの報酬であらゆる素材を私費で調達できるようになった今、正直あまり自分の技術研鑽に繋がらないような仕事は受けたくないと思っている。
 彼女達が最高の素材とオーダーを回し続けてくれるから、我慢してきたわけだけど。
 実際のところ、金にはまったく困っていない。というかそもそもの話、かかる経費以外で金に興味がない。
 途中からはただ鍛冶仕事をして技術の限界を目指し続けていけば自然と溜まっていったため、最近では自分の金庫にどれくらいの金が入っているか自分でもほとんど理解していない。 そういえばかつて古代文明の遺物である聖剣を修復したことで、王家から報酬も出ていたっけ……中身を見ずに袋ごと金庫行きになったため額は知らないが。
「僕らも難儀してるんだよ……腕がいいのにこれだもの」
「お前ほどの剣士に腕がいいと言われると、流石に照れるな」
「前半の言葉、全然聞き取ってなくない!? 難聴系主人公でももうちょっと音拾うよ!?」
 もう……と言うことを聞かない子供を甘やかすお母さんのような顔つきで、彼女は背中に手をかける。
 そしてごとりと机の上に一本の剣を乗せた。
 思わずごくりと喉が動き、生唾を飲み込んでしまった。
 鞘に入っていてもわかるこの圧倒的な存在感。
 そして迸る魔力と、隠しきれない禍々しさ……。
 俺が目を向ければ、リアムはこくりと頷いてみせる。
「そう、これが歴代の魔王が使ってきたという魔剣……禍剣セフィラだよ」
「ありがとうな、無理を言ってもらって」
「もう、ホントだよ! これを借りてくるのに、めちゃくちゃ骨を折ったんだからね!」
 聖剣の修復依頼に関して、俺はリアム達から報酬を受け取らなかった。
 その代わりに彼女達に、俺は一つの交換条件を出したのだ。
 それは――歴代の魔王が使ってきたという魔剣、禍剣セフィラを俺に貸与してくれること。 もし魔王の討伐ができれば彼女達のものになるんだからあっさり借りれるとばかり思っていたが……どうやらこいつが魔王の討伐を証明するものということもあり、持ち出しには相当に難儀したらしい。
 ここ最近の疲れのうちの何割かはこいつを持ち出すためのものと言われれば、俺としても頭を下げることしかできない。
「とりあえずかなりヤバめな呪いが書かれてるみたいだから、気をつけてね」
「ああ、こいつに記されてるのは恐らく聖剣に記されていた神聖文字と同年代のもの……気合いを入れて、楽しませてもらうよ」
「僕はラックの身を案じて言ってるんだけどなぁ……とりあえず僕はそろそろ行くね。この後も予定がぎっしりなんだよ……誰かさんと違ってね!」
「おう、また後でな。この禍剣の分析と研究に区切りがついたら、俺の方から尋ねに行くよ」
「フェイ達もラックに会いたがってたから、そう遠くないうちに来ると思うよ!」
「そうか、それなら楽しみにしておくよ」
 べーっと舌を出しながらかわいらしい嫌みを言って、リアムはそのまま店を出ていった。
 おしゃべりが好きな彼女がこんなにあっさりと引き下がるところを見ると、どうやら相も変わらずかなり忙しいらしい。
 俺にはごめんだな。
「さってと……」
 俺は剣の柄に触れながら、にやりと笑う。
 鏡を見なくてもわかる。
 きっと今の俺の瞳は、おもちゃを与えられた子供のようにキラキラと輝いていることだろう。
 こりゃあしばらくは、徹夜かな。
「――構造分析(アナライズ)」