文芸部の窓から見える空は青くて曇りなく、日が照って結構気温も高めだ。
 放課後もそろそろ一時間ほど経過しそうな頃合いに、サクラさんの説明がさらに続いていく。
 
 後釜? 新規? どっちでもいいけど新しい調査戦隊を作りたいらしいシアンさんは、そのために僕に協力してほしいらしい。
 杭打ちのネームバリューだけが目当てなのかなーとちょっぴりショボーンってなってた僕だけど、サクラさんがすかさずそれは違うでござるーと、シアンさんに代わってその意図するところを話し始めてくれた。
 
「つまるところ"杭打ち"としての貴殿を含めた総合的な素質、素養──すなわち実力と人格、辿ってきた経歴。そして何よりエウリデ政府と決定的な因縁があること。これらすべてが好条件なのでござるよ、生徒会長にとっては」
「好条件……って、新調査戦隊を作るためのですよね?」
「そうでござる。ねっ、生徒会長?」
 
 サクラさんがそう言って水を向けると、シアンさんは深く頷いた。
 そしておもむろに立ち上がり僕の前に来ると、跪いて両手を握ってくるって、ええええっ!?
 
 や、柔らかいよー温かいよー!? 急なふれあい、スキンシップに心臓がバクバク言うよー!?
 顔が赤くなるのを自覚する。ガチガチに緊張する身体を、せめて手だけでも解すかのように両手を握り、あまつさえちょっと揉んでくるシアンさんにあわあわしていると、彼女はひどく落ち込んだ様子で僕に、頭を下げてきた!
 
「ソウマくんにいらぬ誤解をさせてしまったのであれば、深くお詫びします。すみません……私は杭打ちさんとしてだけでなく、ソウマくんという人間を必要としているんです」
「そ、そそそそうなんですか!? あの、その、こ、こちらのお手々は何故にどうして!?」
「……せめて、温もりだけでもたしかに伝えたくて。形はどうあれ私はあなたを利用しようとしています。疑われても当然ですから」
 
 動揺する僕とは裏腹に酷く静かに、俯きがちにぽつぽつ語るシアンさん。
 僕を利用……まあ、それは別にどうでもいいというか、シアンさんのためならエーンヤコーラーってなくらいの勢いではあるんだけれど。
 疑うほどでないにしろなんで僕? って思うところはたしかにある。
 
 それを気にしてシアンさんってば、僕の手を握ってきたんだろうか? いまいちよく分かんないけど間違いなく役得なので黙っておくよー。
 ほら見てよケルヴィンくんとセルシスくんてば、呆れがちな中にちょっと羨ましそうに僕を見ている! いかにも恋とか興味ないねーみたいな態度してるけど、やっぱり中身は僕と同じで思春期なんだもんね!
 
「青春……と言っていいのか分からんが間違いなく、いい思いはしてるなソウマくんのやつ」
「友として喜ぶべきなんだろうが、さすがに会長ほどの美人に言い寄られている姿はちょっと腹立つなソウマくんめ」
「っていうか笑いを噛み殺し過ぎでござるよソウマ殿。ちょっと面白い顔になってるでござるよソウマ殿」
「う……」
 
 えへへへ、ちょっと優越感ー。まあまあ二人にもそのうち春が来るってば! えへへへへ!
 
 ニンマリしそうになる顔をどうにか押し殺して余計、気持ち悪いニチャッとした笑顔になってる自覚はある。それをサクラさんに指摘されてスン……とはなったものの、それでも口元は弧を描かざるを得ないよー。
 めっちゃ嬉しい僕を見て、けれどシアンさんは至極真面目に真剣な表情を浮かべる。
 
「この身の誠実、我が身の潔白を伝えることはできなくとも。せめてあなたを必要とする私の熱を、少しでも伝えられればと思うのです」
「し、シアンさん……」
「あなたが必要です。実力と人格を兼ね揃えてかつ、エウリデ連合王国と致命的な形で物別れしているあなたという存在こそが、新しい大迷宮深層調査戦隊には不可欠なのです」
 
 熱意の燃える姿とその瞳。涼やかな空色なのに、どこかギラギラした太陽を思わせるその目は、僕もかつて何度か目にしたことがある。これは……
 カリスマとともに放たれる凄絶な気迫に息を呑む。凄味というのかな、この熱はそんじょそこらの冒険者に出せるものじゃない。
 
 明確な信念と勇気、そして何より不退転の野望と野心がなくては出せないものだ。
 かつては調査戦隊のリーダー、レイア・アールバドがよく見せていたモノ。それと同質のものを目の前のシアンさんに感じ取り、僕は表情を引き締めた。
 この人は間違いなく何か、とんでもないプランを持っている。それを見極めようと思ったのだ。
 
「……連合王国と仲が悪い僕を必要としているのはどうしてですか?」
「私の構想する新調査戦隊は、あらゆる国、あらゆる地域に属しません。あらゆる権力権威と距離を起き、一箇所に留まらず世界を巡り、あらゆる未知を探索し調査する集団としたいのです。政治的思惑の横槍を挟まれたがゆえに、旧調査戦隊は崩壊の憂き目を見たのですから。エウリデと袂を分かった過去を持つあなたこそは、完全独立の象徴たるに相応しい」
 
 3年前。調査戦隊はスラム出身の僕を疎んだエウリデ連合王国の策謀により、結果的に崩壊した。
 パトロンでもあった国からの横槍、そして僕個人への脅迫を前に対抗できず、空中分解してしまったのだ。
 
 それを踏まえてシアンさんは、そうしたパトロンを抜きにしたパーティーを構築しようと言う。
 完全に独立独歩、あらゆる思想や体制、他者の思惑に振り回されないための構造を持つそれは、もはやパーティーの定義さえ超えている。
 
「そう。私の思い描く新たなる調査戦隊はパーティーの規模を大きく超える、まさしく組織──言うなれば"新世界旅団"、プロジェクト"ニューワールド・ブリゲイド"!」
「新世界旅団……!」
「ニューワールド・ブリゲイド……」
「そしてソウマくんには、旅団の初期メンバーおよび中核としての役割を担っていただきたいのです。私の理想とする、未知なる世界を探求する組織のために」
 
 なんら隠すことなく野心と野望を秘めた瞳で僕を勧誘する、シアン・フォン・エーデルライト。
 彼女の姿に僕は圧倒されるものを覚えながらも、どこか、胸が疼くのを感じていた。