【完結】ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─

 揺れる部屋、と言ってもそこまで激しい揺れじゃない。馬車とかに比べてもビックリするくらい安心できる振動で、それだけでも古代文明の技術力ってやつが伺い知れるもんだよー。
 ターミナルと呼ぶらしい、塔の中央制御エリアに向かっている僕達。その間にもみんな、それぞれに古代文明に今まさに触れていることに反応を示していた。

「しかし、まさか本当に部屋がそのまま動くか……我々の文明に置いても過去、そのような装置を作った形跡はあったと聞くが、それでも奴隷やらを使っての人力だった。だがこれは……」
「電力とやらによる完全自動。いやはや、今日一日で価値観がいろいろと破壊されてしまいますよ」

 とりわけその中でも、ベルアニーさんやウェルドナーさんはもはやあまりの情報量にパンク寸前なのか茫然自失一歩手前って様子だよ。
 他にもどちらかと言えば年長の人達のほうが、事態についていけずに困惑している人が多いように見える。

 やっぱり長く生きている分、培ってきた常識ってやつが自分の感性や価値観に深く根ざしているからこういう新しすぎる──いや実際は古すぎるんだけど──ものを目の当たりにすると、どうしても戸惑っちゃうみたいだよー。

「うおおおお古代文明! 夢にまで見たロマンが今、そこに!!」
「レオン! 恥ずかしいから黙って騒いで!」
「わかったぁっ!! ………………………………!!」
「騒ぐなぁっ!!」

 元々オカルト大好きなレオンくんなんかは大はしゃぎで、黙って騒ぐなんていう無茶振りを見事にこなして普通に叱られてるねー。
 ああ、隣でマナちゃんがぴーぴー鳴いてる。本来ここにいるのは実力的にちょっと……な新人さん達だけど、ありあまる情熱は人一倍だ。
 そうなるとそういうのこそ好ましく思うのが冒険者って人種なもんで、概ね好意的に見られていた。僕としても、なんだかホッコリするよー。

「レリエ、大丈夫でござるか?」
「体調が優れませんか? 相当な地下ですからね、多少空気も淀んでいる感じもしますし、無理もありません」
「大丈夫……ありがとうサクラ、団長。不思議とね、このエレベーターの動きとか見た目とか、明かりとかからでも、いろいろ思い出すことがあって。それで、ちょっと憂鬱になっただけだから」

 一方で新世界旅団。レリエさんが俯いて疲れた様子なのを、シアンさんとサクラさんがしきりに気にしている。
 彼女にとっては久しぶりに触れる故郷の技術だものね、何かしら想い出を想起するのも当然だよー。さらに地下、待ち受けるだろう今現在の古代文明の様子を見たらどうなっちゃうだろうか、ちょっと心配だ。

 と、部屋の振動が収まった。同時に動いている感覚も止まり、扉が開く。
 着いたんだね、ターミナルとかって場所に。レイアがまず、一歩を踏み出した。
 
「……着いた。ソウくんはここで待って不測の事態に待機。最悪の場合、すぐさまエレベーター? を動かして逃げられるようにね。代わりにリューゼちゃんとおじさん、私と一緒にこのエリアの制圧をするよ」

 テキパキと指示を出す。まずは未知のエリアだ、戦力をもっての制圧と安全確保が最初だろう。
 とはいえ全戦力投入なんてもちろんしない、むしろ最低限の人数の実力者のみでの偵察だ。僕らは多く非戦闘員を抱えているし、そもそもそんな強行軍するような局面でもないからねー。

 というわけでレイアが呼びかけたのは僕を除いた元調査戦隊幹部格、レジェンダリーセブンの二人であるリューゼとウェルドナーさんだ。
 本来なら僕もついて行ったほうがより確実なんだろうけど、何かあった時の逃走経路が現状エレベーターのみな以上、メンバーの中で唯一これを動かせる僕がここを離れるのは逃げ場がなくなることになって大変危険だ。

 だからこそ次点の実力者なわけだね。
 カインさんも加えてよかったのかもだけどそこはそれ、レイアのバランス感覚ってやつだ。こればかりは余人に計れるものでなし、大人しく従うべきだねー。

「了解ー。危なくなったらすぐ戻ってきてよー」
「やれやれ、それこそお化けが出てきたりやしないだろうな……真っ暗闇、かつての古代文明人による廃墟、そもそも滅ぼされた世界。条件的にはなんぞ出てもおかしくないのが嫌な話だ」
「ダハハハハ! なんだァおっさん、ビビリは相変わらずかァ! 出るわけねえだろそんなモン! よっしゃ行きましょうぜ姉御ォ、何が出て来ようとブチ殺してやりまさァ!!」

 待つも向かうもとりあえず返事。僕、おじさん、リューゼがそれぞれ反応する。
 実はお化け関係がまるで駄目なおじさんと、たとえお化けでも殺っちゃうぞーみたいなノリのリューゼが対照的だよー。レイアもそれには苦笑いしつつ、二人を伴ってエレベーターから真っ暗闇の外へと飛び出したのだった。
 レイア、ウェルドナーさん、リューゼの3人が何も見えない暗闇の中をランタンで照らしつつ進んでいった、ほどなく姿が見えなくなる。
 彼女らの調査とエリア制圧が終わるまで、僕らはしばらく待機だ。これで万一モンスターとかがいたら、速やかに僕らはエレベーターを閉めて非戦闘員を護るよー。

 緊張の空気が流れる中、一人レリエさんはやはり物憂れな様子でいる。古代文明の今、残った痕跡がこれから判明するかもしれないんだ。まだ見ぬロマンを眼前にしている冒険者達よろしく能天気にはしてられないよね。
 僕の視線に気づいて、彼女は微笑みを向けてきた。力なくも、新世界旅団の面々に小さくこぼす。

「……さっきも言ったけどターミナルからは、外界が一望できる。もうすぐ分かるのよ、古代文明の、今の姿が」
「レリエ……」
「風化して跡形もなくなっているのは分かる。そこは仕方ない、というよりそれはそれで、って感じなのよ。世界を滅ぼし、しかも蓋までしてしまった罪深い私達だけど……悠久に近い時の果てで、自然に還ることだけは許されたのかなって。安心できるから」

 自業自得と言って良い末路を迎えた古代文明。とはいえ一個人であるレリエさんが、生き残りとしてそうまで気に病んでいるのは辛い話だよー。
 それに加えてまた別の懸念も、彼女にはあるみたいだった。どこか顔色悪く、深刻な面持ちでつぶやく。
 
「今、一番怖いのは……神が、もしもまだ少しでも残っていたら。生きていたら、ということ」
「え……でも、ナンタラ言う計画で赤ちゃんソウマ殿がその神の力を封じたと聞くでござるよ? さすがにそんな状態で数万年も生きちゃいないでござろう」
「それはそうなんだけどね? どうしても、過去を思えば思うほどに、死んでないんじゃないか、生きているんじゃないかって想いが、あるのよ……」

 ……トラウマ、ってやつだねー。レリエさんは古代文明にいた頃、おそらくは神を直に目撃しているんだろう。そしてその不死性、無限性、何よりもすべてを食らうおぞましささえも。
 それが傷になっていて、未だに彼女を苦しめているんだ。何万年という時間を過ぎてなお、ソレはまだ健在で牙を研いでいるのではないか、って。

 レイアから聞かされたなんか僕に関係してる計画から推測すると、おそらくは僕の目覚めとともに神は滅んでいるはずだ。
 はずなんだけど、こればっかりはねー。実際がどうであれ、怖いものは怖いのは仕方ないし。
 僕らとしてはもう、レリエさんを気遣って労るしかできないのが悔しいよー。
 
「みんなー、このエリアは特に問題ないよ、虫の子一匹いなさそう! エレベーターから出てきていいよー」

 ──と、遠くから聞こえる声。レイアだ。ランタンの灯火とともにうっすら姿が見える。
 どうやら異常、というか敵対的なナニモノかはいなさそうだ。まずは一安心だねー。

「わかったー! ……レリエさん、行こう」
「ソウマくん……」
「きっと今日、この時が訣別の時だ。僕にしろレリエさんにしろ、他のこの場にいるみんなにしろ。今までのことに決着をつけて、新しい風を浴びるための今なんだ。勇気を出して、一緒に行こう?」

 僕は一歩踏み出して、レリエさんに手を差し出した。一緒に勇気を分かち合おうと、そういう意味さえ込めた手だ。
 僕だって正直なところ、不安がなくもない。さっきからやたら後回しにされている僕の秘密の残りとかさ、何が飛び出してきてもおかしくないんだもの。
 この期に及んで実はやっぱり僕はモンスターでしたーとか言われたら泣くよ? 年甲斐もなくガチ泣きするよ?

 そのくらいやっぱり不安なんだけど、それでも。
 それでもこの先、未来を生きていくためには、真実に向き合わなくちゃいけないと思うから。
 だからレリエさんにも手を差し伸べるんだ。それぞれ一人なら辛いかもしれない光景だって、二人なら……ううん。
 みんなと一緒なら、乗り越えていけると思うから。

「ソウマくん、レリエ。大丈夫、私達が一緒よ」
「新世界旅団はファミリィでござる。一人の問題はみんなの問題、でござるよー」
「そういうこと。みんなで乗り越えていくのがパーティってものだよ、二人とも」

 シアンさん、サクラさん、モニカ教授。
 少なくともこの3人はいつだって僕らを支えてくれるんだ。そして僕らも、この人達の支えになる。助け合いこそパーティの本質だからね。
 だからレリエさんも、ここはありがたく助けてもらうといいんだよー。
 
「分かった……私だって新世界旅団の一員だもの。今この現代を生きていくために、過去のすべてに決着をつけなきゃ、ね」
 
 みんなの温かな言葉を受けて、ついに覚悟を決めたのかうっすら微笑む。
 そして僕らはみんなとともに、エレベーターの外へと出たのだった。
 安全が確保できたという報せを受けて、僕らはすぐにエレベーターを出てレイア達の後に続いた。各自の持つランタンが、一つ一つは頼りないけど50も60も集まれば立派な光源になってくれる。
 階層全体をとまではいかないものの、目に見える範囲は十分に照らしてくれる光景。そして見えてきたものを、僕は具に観察する。

 レリエさん達が眠っていた、棺のある玄室と同質に思える素材の床と壁。何万年と放置され続けたからか埃まみれで、空気も割合澱んでいる。
 通路を抜けて見えてきた、広場っていうのかな? 遊び場? なんかよく分かんないけど開けた場所には謎の機器が山程あって、正面には外の景色を一望できる大きな、壁のようなガラスが見えていた。窓、だろうねー。

 すごい……光景だよ。この世のものとはとてもじゃないけど思えない。
 レオンくん達、一部の冒険者が挙って窓に近づき、そこから外を覗き込んで叫ぶ。

「見てくれみんな、一面ガラス張りだ! ここから外が見える……いや、見えねえ!? 真っ暗だ!」
「そりゃ光も何もない世界だからな、何か見えるはずもない。しっかしとんでもねえ分厚さだな、こりゃ……しかも強度もヤバい。杭打ちくんでもぶち抜けねえんじゃねえか?」

 外を見ようにも、何しろ世界丸ごと蓋をされているんだ。光なんて差すはずもなし、そんな状態で世界を眺められるわけもない。
 ガックリきてる冒険者達を横目にウェルドナーさんは、ガラスそのものに着目したみたいだった。コンコン、と窓を叩いて感心したようにつぶやく。
 そうだね……今の音から察するに、僕の杭打ちくんでもぶち抜けるかどうか。迷宮攻略法を駆使しての全力ならたぶんいけるだろうけど、素の状態だとちょっと厳しいかもねー。

 と、レリエさんが機器の前に立った。
 どこか険しい顔つきでそれらを見やり、しげしげと眺めつつ──やがてはいくらか、触り始める。
 
「……間違いなくターミナルね。私は一般市民だからここに立ち入ることは滅多になかったけど、たしか」
「レリエさん? 何かやるのー?」
「ええ、電源がたしか、ここのスイッチ……と。駄目ねやっぱり、エネルギーが枯渇してるのかしら」

 どうやらエレベーター同様、動かせないか試しているみたい。でも動く気配も見えないのは、さっきと同じでエネルギーが切れてるからなんだろうか。
 でも、そうなると対処法もさっきと同じになるよねー……ふと思いついたのは僕だけではなく、サクラさんもだった。ポンと手を鳴らし、レリエさんに提案している。
 
「エネルギーの枯渇なら、ソウマ殿でなんとかできるのではござらんか?」
「エレベーターをも動かしたんだし、同じ要領でイケるかもだね」
「えぇ……うーん? やってみるけどー、危なそうならやめるよー?」

 モニカ教授にも言われてしまっては断れないよー。うーん、あんまり危なそうなことしたくないんだけどなー。こういうのって冒険というか単なるリスクじゃないー?
 ぶつくさ言いつつ、でも僕も機器に触る。まあ言ってもね、ここまで来て僕だって何もしないは通らないからね。

 それにエレベーターが動いた以上、たしかに可能性は高い話だしー。
 動くかなー? 動くと良いなー? なーんて願いながらも触れば──
 
『システム・リスタート。BABEL-00001メインターミナル起動します』
「うわっ!?」
「動いた!?」

 ──唐突に機器が喋った! 同時に僕が触れているところだけでなく機器全体、果ては天井がピッカリと光周囲を明るく照らす!
 うわわわ、ランタンの比じゃないよー!? エレベーターもだったけど、お陽様の下みたいに明るいー!

 ビックリして思わず機器から離れて距離を取る。するとそれまでついていた各種明かりが消えて、また元の真っ暗闇にランタンばかりが光る有り様に戻っちゃった。
 な、何これー? 理解不能なことばっかりで、ことこの場に限ってはモニカ教授よりも詳しいだろうレリエさんに助けの視線を求める。
 説明してー!
 
「……収まった? もしかしてソウくんが触ってないと動かない?」
「というよりはエネルギー切れ……? 十分なエネルギーがあるならしばらく何もなくとも動くだろうけど、それまではソウマくんからのエネルギー供給が必要、とか?」
「えっ」
「ソウマ殿、ここにてしばらく足止めでござる?」
「ええっ!?」

 レリエさんの推測とサクラさんの疑問に身体が凍りつく。う、嘘でしょ?
 つまりそれってその……明かりがついてみんな自由に塔の中を探検していく中、僕だけここでお留守番ってこと!?
 冗談じゃないよー!?
「ちょ、ちょっとゴメンだけどしばらくそれ触っていて! たぶん一時間くらいで十分に充電できるはずだから!」
「そんなー!?」

 ここまで来て僕だけ足止め、というか仕事持ち!? 一時間って結構長いよ、好奇心に支配された冒険者達ならその間に粗方調べ尽くすよー!?
 愕然としつつ、けれど頭は冷静に機器に触れ続ける。別段、僕の身体に何か異常があるわけでもないし、ましてや力を吸われていくなんて感覚とかも一切ないんだけど……

 とはいえ実際、僕が触れてる間だけはいろいろ塔の仕掛けがまた、動いているのは間違いない。なんならガラスに表示された絵が勝手に動いて、まるで何かを溜め込んでいくような表現をしてるし。
 エネルギーをチャージしてるんだろうねー。つまりはこれがいっぱいになるまでの間、僕はここにいなくちゃいけないってことだった。
 
「そしてこっちは再度システム再起動、っと! そしたら、ええと!」
『塔外周辺探査用サーチライト展開。半径100kmまでの地表を照射します』
「うおっまぶしっ!?」

 また動き出した機器に、すかさずレリエさんが手をつける。あちこちの画面を触ったり押したりしてるけど、何がなんだか分かんないやー。
 そもそも表示されてる文字とかも、この場で理解できるのはたぶんレリエさんかレイアかモニカ教授だけだろうし。

 もうどーにでもしてーって気分で眺めていると、いきなり機器から声がして塔の外がまばゆい光を放った!
 何、眩しいっ!? どうにか機器から手を離さずに目を閉じていると、レリエさんの声が周辺に響いた。

「塔の電灯──あたり一面を照らすライトをつけました! これなら」
「外が……地下世界が見られる!! みんな窓に!!」
「ちょっ!? あの! えっ!? 嘘でしょ置いてきぼり!?」

 どうやら今の、何かしらの操作によって塔の外につけられてるライト? ランタンだか蝋燭みたいな? 灯りをつけたみたいだ。
 これによって外の世界、すなわち真っ暗闇に隠されていた古代文明のあった地下の風景を一望できるかもしれないよー。

 さっそくとばかりに挙って、窓に駆け寄る冒険者達。くそーっ、僕も行きたいー!!
 でも今、この手を離したら明かりは消えるだろうし。それだと話が進まないよー。
 ああ、けど僕も古代文明を心の底からみたいよ、今すぐー!

 逸る心、焦る気持ち。
 冒険者としての魂の叫びを察してか、新世界旅団の面々だけはここに残って僕を慰めてくれる。
 ううっみんな! みんなだけは僕の味方だよー!

「ま、まあまあ。新世界旅団は傍にいますから……」
「言ってシアン、ウズウズしてるの隠せてないでござるけど」
「えっ!?」
「シアンさんー!?」

 まさかの裏切りだよー!? 見ればたしかにシアンさんソワソワしてる! みんなと一緒に窓の外を見たがってる!!
 サクラさんの指摘にあからさまに動揺して、団長は慌てて手を振り否定するけど──

「い、いえそんなこと──」
「う、うおおおおっ!? マジか、これが古代文明の跡! 本来あった世界の姿かぁっ!!」
「なんという……このようなものに出くわすとは、冒険者として一番の上がりだな」
「────こと、は。くうっ」
「悩んでるー!!」

 向こうで盛り上がってる人達をチラと見て悔しそうにしてる時点で説得力がないよー!!
 気持ちは分かるけど、今にもあっちに行っちゃいそうだものみんなして、僕を置いて! 僕だけここで健気になんかチャージっぽいことしてるのにー!

 なんだか悲しくなってきたよー……
 機器に手を置きながら僕は突っ伏した。そして恥も外聞も捨て置いて、全力で不貞腐れてやることにするー!
 
「ううっ、ううっ! いーよいーよどーせ僕なんか! 見てきたらいーじゃんみんなしてさ! ふーんだ!!」
「あっ、拗ねたでござる。あーあ、シアンのせいでござるー」
「あーあ。悪い団長もいたものだねぇー」
「ち、違っ! 私そんなつもりじゃ──ご、ごめんなさいソウマくん! 別にそういうつもりじゃなくて!」
「拗ねてないもーん! いいよ行ってきなよ僕なんか置いてさ、へーん!」

 いやまあ、実際にはめっちゃくちゃ拗ねてますけどねー!
 すっかりへそを曲げて駄々をこねる僕にシアンさんは慌てて宥めにかかり、サクラさんとモニカ教授はからかうように笑い声を上げ。

「あはは……もう。ソウマくんも程々にね? ごめんなさい、足止めしてしまって」

 そしてレリエさんは、全力で拗ね倒す僕の頭を優しく撫でながらも謝ってくるのだった。
 仲間たちに慰められつつしばらく機器にエネルギーをチャージし続けていると、窓からの眺めを見飽きたのか冒険者達がすごすごと戻ってきた。
 好奇心や探究心がすごい分、目移りするのも早いからねー。言っちゃうと熱しやすく冷めやすい質が多いんだよ、冒険者ってー。

 だから今回も、粗方眺め回して見てるだけなのに飽きたとかでひとまず戻ってきたのかなー? って思っていたんだけどちょっと様子がおかしい。
 なんていうか肩透かし? 拍子抜け? みたいな、残念さが漂う雰囲気だ。え、ちょっやめてよー、僕まだ好奇心ウズウズしっぱなしなんだけどー。

「……どしたのー?」
「うん……いや、まあ見てきたほうが早いかも」
「我々はしばらく塔内を探索するが、お前も充電? とやらが終われば仲間達と見てくると良い。きっと、それで概ね分かるさ」
「……?」

 レオンくんやベルアニーさんが難しい顔をして、僕に軽く教えてくれた。嬉しさや達成感、期待感もあるもののちょっと落胆とか安堵とかが混じった、びみょ~な顔だ。
 そんなになっちゃう? そんなふうになるような風景なんだ、地下世界って。

 うー、気になるよー。
 落胆しそうなのはガッカリだけど、それはそれとしてこの目で直接たしかめたいよー。

 逸る心を抑えてひたすら時を待つ。
 機器の画面に表示されている、チャージ状況? らしい数字は結構溜まってきているっぽい。
 そろそろいいかなー? まだかなー? なんてソワソワしつつもレリエさんに僕は尋ねた。
 
「そろそろ離してもいいかなー?」
「ん……そうね、大丈夫。バッテリーに破損がなければいけるはず」
「やったっ! えーい!!」

 少し考えてから、ついにOKを出してくれたよー!
 すぐさま機器から手を離す、外の光景が気になるとか以前にずーっと触り続けてるのはしんどかったよー!

 かれこれ一時間近くは触れ続けて、別に何かした感じでもないし力を抜かれたような感覚もないんだけどとにかくエネルギーをチャージしたのはたしからしい。
 さっきは手を離した途端にパツーンと灯が消えたけど、今回はまるで問題なく明かりがつきっぱなしだよー。

「…………灯りは消えない。なら大丈夫ね。電源がグリーンになったあたり、たぶんもう100年くらいは充電しなくて良いはずよ、ここ」
「そんなにー!?」
「普通はここまで短時間でこうはならないはずなんだけど……?」

 一時間だけのチャージで100年!? なんかよく知らないけどすっごい燃費だよー!?
 あまりにもあんまりな高速ぶりにレリエさんも奇妙そうな顔をして首を傾げてるよー。怪しげに僕を見るけどやめてよー、僕何もしてないよー!

 なんだか悪いことをした気になっちゃってあわあわする僕。レリエさんも慌ててごめんなさいってしてくれるけど、うー。自分でも自分が怪しくなってくるー。
 そこをまあまあ、と言ってモニカ教授が割って入ってきた。にこやかに、朗らかに笑って僕を見て言ってくる。
 
「ホント、何者なんだろうねソウマくん。こんな見るからに巨大な塔を動かすだけの電力をたった一人、ものの一時間程度で賄うなんて。いや、人間なことに疑いはないけど……」
「けど?」
「……件の"軍荼利・葬魔計画"がどこを終着としたか、鍵はそこにある気がする。なんていうかね、ただ神を滅ぼしたかったってだけじゃない気がするんだよ、私には」

 これまた意味深なことをー……僕を使った神殺し計画に、さらに奥深い目的があったとでも言うのかな。
 だとしたらその目的に、僕が関わってたのはたぶん間違いないよねー。いくらなんでも僕がこんな、古代文明のエネルギーを賄えちゃうなんてどう考えてもおかしいしー。

 そもそも、なんで赤ちゃんをわざわざ使う必要があったのかな。別に今見えてる塔内の機器みたいなの使ってさ、人間挟まずにやり遂げたりできなかったのかなー?
 僕から取り出せる謎エネルギーについてとか、計画の真の目的? だとか。そのへんについてもレイアはいろいろ知ってるんだろうか。
 もうここまで来たんだしそろそろ教えてほしいよねー。

「とにかくソウマ殿の手も空いたでござる。遅ればせながら拙者らも見に行くでござるよー」
「おお、そうだね、そちらがまずは先だ。いやはやついに分かるのか、古代文明の全貌が……!」
「みんなが言葉を濁していたものは、一体……?」

 と、サクラさんが僕らに呼びかけてモニカ教授、シアンさんが続いて呼応する。ついに辿り着ける光景への期待に、みんなさっきの冒険者よろしく興奮を隠しきれない様子だよー。
 僕とレリエさんも彼女らに続いて窓へと向かう。
 さあさ、それじゃあ拝見させてもらうよ、古代文明の世界ってやつをー!
 仲間達とともに外の世界、地下世界を見る。
 塔から放たれる光は暗闇の世界を太陽もないままに強く照らし、はるか地平線の向こうまでさえ明確に映している。
 これならずいぶん遠くまで見られそうだよー。

 意気揚々と視線を外界へ移す僕達。
 するとすぐさま目に見えてわかるほどの異様な光景に、言葉を失うことになってしまった。

「…………!! これ、は」
「……樹海?」
「見渡すばかりの樹々、木々……」

 そこにあったのは、一言で言えば自然だ。
 濃い緑。地表をどこまでも埋め尽くす、異常繁殖したような木々の連なり。
 まさしく樹海だよー。

 どこにも人工物は見当たらない。樹海に呑み込まれたのか、はたまた潰されたのか。数万年も立てばそりゃあこうもなるかもしれないね。
 古代文明の痕跡どころじゃない、人間の営みの痕跡さえ欠片も残ってないや。なるほど、これは冒険者達も微妙な反応を返すはずだよー。

 だけど驚愕はそれだけじゃない。僕達より先に、視線を遠い彼方へ向けていたレリエさんが最初にソレに気付いた。
 
「あ、あれは……!!」
「レリエさん?」
「どこ向いてるでござる? ずーっと向こ──!?」

 震える声で僕らを促す彼女につられ、地平線の彼方を見る。そして目に入ってきた光景に、僕らは今度こそ絶句した。

 ──暗雲にも似た巨体がある。陸地に大きく聳え立つ、黒い闇の塊だ。
 雲じゃない。かといって山でもない。それはおそらく生物だ。顔がどこかとか、胴体とか手足がどこかが判然としないけど、それは明らかに生物のフォルムをしている。
 サクラさんが、唖然とした様子で我を取り戻して叫んだ。
 
「な、なんじゃありゃ!? でござる! 雲!? いやまさか、や、山!?」
「にしては形がおかしい! ……まるで、動物のような」
「虫にも、獣にも、魚にも見える……けど、何か、残骸めいているような気がしますが……?」

 黒ずんだ巨体は遠目からでは詳しいところはわからない。近づいて調べる必要があるだろうけど、少なくとも山じゃないのは間違いない。
 いろんな動物の面影を残した、合体させたかのような奇妙で恐ろしい、見ているだけで背筋が凍りつくような姿をしてるよー。

 アレが何か、知るはずもないけど僕にはなんとなく分かった。
 きっとアレなんだ、古代文明を滅ぼしたのは。人に作られ、暴走して、そしてすべてを食らってみせた化物の中の化物。
 アレを殺すために、僕はきっと生み出されたんだ。
 
「まさか、あれが、神?」
「そんな……あのようなモノが、人の手で生み出されたと!?」
「間違いないわ……わ、忘れるわけがない。あの姿、アレは紛れもなく私が、眠りに就く前に見たのと同じモノ。古代文明を滅ぼした、元凶!!」
「無限エネルギーを宿した、神……」

 怯えも露にレリエさんが叫んだ。遠く、こちらを見ている冒険者達もやはりか、と息を呑む。
 地下世界が作られるきっかけとなった、つまりは僕達の世界を生み出すきっかけとなった生命。あるいは本当に、僕らにとっての神と言えるかもしれない。

 そんな生き物の成れの果てが、視界の先に映る巨躯だった。
 そう……成れの果て。最初に見た時点でわかっていたけど、改めて認識するよ。
 アレはもう、死んでいる。
 
「死んでる……っぽいでござるな? 劣化はあまりしてないみたいでござるが」
「うん、見るからに生命を感じない。アレは間違いなく死んでるよー」
「あの神の死をもってソウマくんが計画から解き放たれたと考えれば、骸は10年くらい前まで生きてたことになるからね。古代文明の痕跡そのものはどうやら数万年の時に呑まれて樹海に消えたようだけど、アレだけはつい最近まで生きていたことになる」
「劣化のなさはそのせいか……!」

 生きている生命が放つ気配を、あの巨躯からは感じられない。もう完全に死んでいるんだと思う。サクラさんも同じ見解だし、そこは間違いないね。
 モニカ教授の推論からすると、アレはつい10年前くらいまでは生きていたことになる。ついって言うには長い年月だけど、それ以前に何万年とかけてきたんだから誤差みたいなものではあるよねー。

 もしかしたら実はまだ生きてて、僕や他の冒険者総出で戦わなきゃいけないとかって展開あるかも? みたいな心構えは一応してたんだけど、死んでるんならそれに越したことはないよね。
 はーよかったーってみんな、安堵のため息を漏らして済ましてるんだけど……ただ一人、レリエさんだけはやっぱり異なる反応を見せた。

 静かに跪き、両手を前に組んで祈りを捧げるように俯き出したんだ。
「最近までずっと、生きていたのね」
「……」
「人の都合で生み出され、人の都合で使われて……天罰のようにすべてを滅ぼしてもなお、人の都合からは逃げられずに何万年も。神は、生き続けさせられたのね。生命を弄ばれて、そうして死ねなかった、ずっと」
 
 跪いて懺悔するレリエさん。祈るように組んだ両手を、涙が何滴も垂れては濡らしていく。

 古代文明が健在だった数万年前から、ほんの10年前まで生き続けてきた──生かされ続けた神。
 滅ぼすものさえ失ってさまよい続けることとなった、あまりにも無惨で悲しい末路を迎えたその生物兵器の成れの果てが今、地平線の向こうに見える。

 そのことに、レリエさんはどうしようもない哀切と罪悪感を握りしめるしかできないみたいだった。
 咽びながら、許しを請うように謝り続ける。

「ごめんなさい……神様。私達かつての人間は、本当に愚かでした……!!」
「レリエさん……」
「無限なんてあるはずがないのに、目先の欲に走って……! そのひずみを、歪みをすべて生み出されただけの命に差し向けた! 神様も、ソウマくんも、私達のような愚かな人類がいなければこんな、こんな……!!」

 ……僕もかー。まあ僕もだよね、同じ名前をした計画の詳細を聞くにさ。
 数万年、エネルギーを奪われてじわじわ弱り殺された神と数万年、エネルギーを奪うために眠らされ続けた僕と。どちらも古代文明人の都合によって生み出されて数万年という時に翻弄されたのは一緒と言えるかもしれないね。

 でも、僕に関して言えばそんなに気にしないでほしかったりするよー。
 彼女の傍に跪いて、その身体を優しく抱きしめる。罪に震えるレリエさんに、僕は語りかけた。
 
「レリエさん、僕はそれでも生まれてきてよかったって今、思えてるよー?」
「…………」
「あの神は知らないけど、僕については気にしないでよ。あなた達がいなかったら生まれなかった以上、これまでがどうであれ僕はただ、ありがとうってだけなんだからさ」

 そもそも古代文明がなかったら、僕という命は今ここにいたかどうか。生まれていたかさえ怪しい。
 それを思うと、あんまり卑下されるのもちょっともんにょりっていうか……僕を思うならそれこそ気にしないで欲しいかなーって思うからねー。
 
「そうだよ、そこはソウくんの言う通りだよレリエさん」
「あ、レイア」
「古代文明の為したこと、その功罪……論ずるには今を生きる私達にはあまりにも情報が足りないけれど。少なくともソウくんを産んでくれたことについて、私はそれだけでかの文明を肯定できる」

 慰める僕の前に、他の冒険者達と一緒に塔内探検に出向いていたレイアがやって来た。見れば他の冒険者達も戻ってきてるから、一旦落ち着こうみたいな空気になったのかもねー。
 まあ、ここに至るまでいろいろありまくったからここいらで一度地上に戻り、改めて地下世界調査チームを組むってのは必要だと思うし。

 レリエさんに落ち着いてもらうためにも、ここはホームに戻るのがいいかも。
 それを考えるとちょうどいいタイミングでのフォローだよレイア。グッジョブ!
 
「……そう。そう、ね。はるかな過去を、その善悪さえ含めて、後世に委ねる。それこそがあの時代を生きた、私の使命なのかもしれません」
「加えてあなたなりの新しい生き方を、できるだけ納得の行く形で過ごすこともね」
「そうだよレリエさん。誰にだって、幸せを求める理由と権利があるんだからさ」

 二人がかりでの言葉に、少しは元気を取り戻してくれたみたいだ。レリエさんは軽く微笑みを覗かせて、涙に濡れた顔をハンカチで拭った。

 ふー……焦ったよー。美女はやっぱり笑顔が一番、だしねー。
 塔のエネルギーチャージなんかよりもよっぽど重要なミッションを成し遂げた達成感がある。レイアもどこか、ホッとしたように笑っている。

 そんなレイアが唐突に、大きな声で僕に呼びかけたのはその時だった。
 
「…………さて! じゃあソウくん、そろそろ本題に入ろうか!」
「……えっ。本題?」
「うん! ここまでずーっとぼかし続けてきた、ソウくんに残された秘密のことだよ!」

 今このタイミングでなんか言い出した! いやまあ、たしかにずいぶん待たせるなーって感じだったけどさ。
 僕に残された秘密──主に塔のエネルギーを充填できたこととか、ナントカ計画の真の目的とか、かな。そのへんについてはレイア自身、さっきなんらかの確証を得たみたいだったけど。

 いわゆる答え合わせ、今から言っちゃうのかなー?
「お、なんだなんだ"杭打ち"の秘密が明かされんのか!」
「塔やらなんやらについては今後ゆっくり調べられっけど、杭打ちの秘密はなかなか聞けねえぜ! おいみんな、杭打ちの隠しごとが明らかになるってよー!!」
「おおー?」
「なんだなんだー?」

 話を聞きつけて冒険者達もゾロゾロやって来るよー。本当にもう、無闇矢鱈に好奇心が強いー!
 これには新世界旅団の面々も苦笑いだし、レリエさんもあらあらって笑ってる。僕だってつられて曖昧な笑みを浮かべちゃうねー。
 
「あはは……まあ、どのみちみんなにも立ち会ってもらうつもりだったし良いんだけどね」
「そうなの? ……え?」

 聞き捨てならない言葉。立ち会うって、僕の秘密についてかな?
 にしてはなんかこう第三者的というか、見学してもらう的なニュアンスじゃなかった? なんだか嫌な予感がしてきたんだけど、レイアを見る。

 薄く、優しく──そして闘志を秘めて。
 微笑む彼女に全身が粟立って、僕はちょっと待ってと震える声で確認した。

「立ち会い?」
「うん。私とソウくんの、もしかしたら最初で最後になるかもな──決闘のね」

 唖然。まさかの喧嘩だよー!?
 決闘? 僕とレイアが? なんで? 何を今さらそんなこと、調査戦隊にいた頃だってしたことなかったじゃないか、決闘だなんて!!

 意味の分からない提案だ。僕とレイアが戦う意味なんてどこにも少しばかりもない。いや僕が一方的に殴られるならまだしも、僕のほうからレイアに攻撃するなんて恥の上塗りだ、できるわけがないよー!
 
「決闘!? 戦うの、なんで!? 僕の秘密は!?」
「なんでってそりゃあ、3年前から今までの総決算のため、かなー? あと、ソウくんの謎については戦いながら説明するよ。そっちのが分かりやすいし」
「そっ……それなら、僕は何もしないよ。何もできない。レイアにただ殴られ斬られするよ。戦いにもならない」

 意義を問えば総決算、だとか戦いながら説明したほうが分かりやすい、なんて意味ありげな言葉が返る。3年前から今までってことはやっぱり調査戦隊解散にまつわる話なんだろうけど……
 それならやっぱり僕にはできないと、首を大きく左右に振る。筋が通らない。

 僕は一方的な加害者で、恨まれる側で、何をされても文句一つだって言ってはならない側だ。
 本当は再会してすぐに素っ首跳ね飛ばされても文句言えないくらい、レイア達調査戦隊メンバーに対して大きな罪を背負ってしまっている。
 
 そんな僕が、決闘にかこつけて被害者にしてしまった彼女を攻撃する? できないよそんなこと!
 だから僕にできるのは、戦いじゃない。ただ斬られ、突かれ殴られ痛みを受けてせめてもの贖いをするだけなんだ。
 新世界旅団のためにも命だけはあげられないけど……それ以外ならなんだって差し出しても良いとさえ、今の僕には思えるよー。
 
「ソウくん……」
「今さら償うなんてできないよ、分かってるそんなこと。でもそれでも、僕にできることがあるならなんでもやるよ。命は、さすがにあげられないけど……」
「ソウくん。そういうところも含めての総決算だよ」

 けれどレイアは、そんな僕をこそ否定するように告げた。僕のこういう、償いへの意欲さえ含めて彼女は、この決闘をもってすべてを精算するっていうんだ。
 そのまま静かな眼差しで僕を見つめて、続ける。
 
「3年前。私"達"は過ちを犯した。取り返しのつけられない、大きな過ちを」
「達……って、レイア!」
「それぞれの罪だけじゃなく! 自分一人が悪いと思ってる、そんな君の歪みを正すためにも!」

 なんで……自分達も悪かったって言うの? あの解散の流れの中に、レイア達が悪かったところなんて一つもないじゃないか。
 ミストルティンがキレて離脱したのだって、僕がそもそもやらかさなければあり得なかったことだ。僕が調査戦隊に入らなければ。レイア達と出会わなければ。今でもみんな、仲良くともに冒険を続けられていたはずなんだ。

 僕さえいなければ。
 今ここにいること、生まれてきたことを喜ばしく思うけど、それでもたしかにこれも僕の本音だ。
 そんな想いさえ見透かすようにして、あなたは……それでも言うの? リーダー。
 
「……私達が前に進むためにも。この戦いは必要だよ。お互い死力を尽くしてぶつけ合うんだ、何もかもを」
「…………」
「戦おう、ソウくん……ソウマ・グンダリ。私達の止まった時計を今、動かす時が来た」
 
 必死ささえ湛えた目で、僕を見据える。レイアは本気だ、嫌でも分かるよ。
 僕たちが、前に進むために。3年前に止まった時間を、動かすために。
 
 ──そう言われてしまうともう、僕には頷くしかできなかった。
 レイアとの、一世一代の決闘、だよ。
 レイアとの決闘。急に決まったそれは一旦、この地下世界、いや迷宮からも脱出した先……いつもの見慣れた草原に行うこととなった。
 紛れもなく大規模な戦闘になるだろうし、発生する被害などを考えると地下でやるのは本当にまずいからだ。
 誰も、地下世界に隔離されたり大迷宮内で生き埋めになったりはしたくないからねー。

 そんなこんなで地下世界から、えっちらおっちらと這い上がって僕らの一団は今、野外にいる。
 気になる調査もろもろは一度切り上げてエレベーターで地下88階層へ戻り、そこから地下86階へ。そしてショートカットの出入り口をえっさおいさと登ってようやく、一人残らずの脱出を果たしたのが今ってわけだねー。

 外はすでに夕焼け色、オレンジが空と大地とを染めて雄大だ。
 思い切り未知なる冒険をしてきた僕達は、そんな美しい風景をこれ以上ないってほどの満足感と達成感で眺めていた。

「お、おお……懐かしいぜ、陽の光」
「って言ってももう夕方だけどね。でも、一日土竜してたからはんだかホッとするわ」
 
 レオンくんやノノさんがしみじみつぶやく。新米冒険者の彼らにとっては、護られての随行とはいえそれだけでも神経を使い果たしたことだろう。ヤミくんヒカリちゃんの保護者としての参加、お疲れさまでした。
 他の面子、新世界旅団のメンバーや戦慄の群狼、冒険者ギルド代表のベルアニーさんやシミラ卿も健在だけど結構くたびれてるみたい。
 
 ヤミくんやヒカリちゃんに至ってはもうおねむみたいで、レリエさんやシアンさんにおんぶされて運ばれてるよー。
 羨ましい! 代わって欲しいかもー! ……なんて、冗談ふかしてる場合でもないんだよねー。

 草原にて、みんなと距離を取った場所に二人、立つ。
 一人は言わずもがな僕、ソウマ・グンダリ。そしてもう一人は"絆の英雄"レイア・アールバド。
 これから決闘するだろう僕達だけがみんなの元を離れ、互いさえもそれなりに距離を置き、面と向かい合っていた。
 
「……さて、ソウくん。準備はいいかな」

 愛用のロングソードを抜き放ちながらレイアが話しかけてくる。戦意は十分、用意は万端って感じだ。怖いねー。
 こっちなんて準備どころかモチベーションだってろくにないのに。まったくなんでこんなことになったんだよ、意味不明だよー。
 ぼやくようにレイアに返事する。

「よくはないよ、いつだって……ねえ、本当にやるの? 僕を一方的に締めてさ、それで手落ちってしない?」
「しません。そんなの単なる八つ当たりだし、私がしたいのはそんなことじゃないからねー」
「八つ当たりって……正当な権利だよ、それは。君は、君達は僕に復讐する権利がある」
 
 レイアだけでない、調査戦隊にいた人達を見て僕は言う。なんでかみんな、僕に対して敵意を持ってはいないけど……彼女だけでなくみんな、本当は僕なんて八つ裂きにしてもし足りないはずだ。
 そしてそれは、決して理不尽な八つ当たりなんかじゃない。自分の都合を優先した結果、調査戦隊を破滅に追いやった我儘な子供に対しての正当な復讐だ。
 他ならぬその我儘な子供本人がそう認識しているんだから、そこは間違いない。
 
 だって言うのにレイアは悲しげに笑う。ウェルドナーさんも、カインさんもリューゼでさえも、それぞれ俯いたり瞳を閉じたり顔を顰めたりはするけど、殺意や憎悪を向けては来ない。
 なんで? 惑う僕に、レイアは首を横に振って告げる。
 
「ないよ、そんなの……やっぱりソウくん、君は今すごーく歪んでる。自分のしたことを重く捉えすぎて、それに押し潰されちゃってるよ」
「押し潰される資格なんて僕にはないよ。だから調査戦隊を終わらせてしまったあとでも僕はずっと、挑み続けた」
 
 ──みんなの冒険を終わらせてしまった僕に、立ち止まる資格はない。

 だからせめて迷宮へ挑むことだけは続けたんだ。贖罪ですらない自己満足だけど、それでもいつか、他の冒険者達に何か残せるものを見つけられるように。
 せめて大迷宮内のモンスターを掃除くらいすれば、そのうち誰かの役に立てるかもしれないと思ったのもあるし。
 
 新世界旅団に入ったのも、そのへんの想いが関係しているところはあるかもしれない。調査戦隊の後釜になろうってパーティの、冒険者としての後輩、シアンさん。
 彼女を見てふとこう思ったのは事実だ──ああせめて、この人のために何かしてあげられたら。少しはあの日の償いになるだろうか。
 そんなことを、ね。
 
「だけど結局、それだって僕の独り善がりだ。いつだって僕は勝手者だ。あの頃も今も、何も変わらない。心底嫌になるよ、こんな自分が」
「そんな自己否定ももう終わりだよ、ソウくん。君と想いを交わして、私達は互いを理解し合って、互いを許し合うんだ──ねえ、だからさあっ! そろそろ私の話を聞いてよっ!!」
 
 俯く僕に、訴えるように叫びながらレイアは駆けた。夕焼けに映える、美しい英雄の姿。
 僕もまた、咄嗟に杭打ちくんを構える。ああ、当たり前のように反応してしまうこんな僕が嫌いだよ。素直に斬られてしまえば良いのに。